...

第2章 学習科学の基礎 - 静岡大学大学院教育学研究科附属 学習科学

by user

on
Category: Documents
15

views

Report

Comments

Transcript

第2章 学習科学の基礎 - 静岡大学大学院教育学研究科附属 学習科学
Chapter 2. Foundation of the Learning Sciences (Mitchell J. Nathan & R. Keith Sawyer)
In R. K. Sawyer (Ed.) Cambridge Handbook of the Learning Sciences (2nd Edition).
第2章
学習科学の基礎
大島純(静岡大学)
1.章の要約
本章は,学習科学のこれまでの進展に寄与した様々な理論や方法論についてわかりやす
く解説している。まず,学習科学のテーマが理論と実践の橋渡し,そしてスケールアップ
であることを述べた後で,様々な背景理論の説明が続く。こうした背景理論の概略を押さ
えることができれば,学習科学がどのようにそれらの理論を学際的に利用していくのかと
いう疑問が読者の中に生まれるかもしれない。それに対する回答を,この章の著者は Newell
の学びの時間軸という考え方と,彼ら自身の考える要素研究(elemental research)とシス
テム研究(systemic research)という枠組みで総括している。要素研究とは,伝統的な還
元主義アプローチによって,学習という行動を因子分解可能だと想定し,よりシンプルな
下位構造の分析を通して全体像を明らかにしようとする。これに対してシステム研究は,
学習という現象を複雑系として捉える。そのために,それを個々の下位要素に分解すると
いう仮定を否定し,要素ではなく全体システムと比較的独立した下位システムとの関係性
で捉えることを試みる。学習科学の研究においては,この要素研究とシステム研究の両者
をうまく統合しつつ効果的な学習環境のデザインを構築,実施,評価,改善していく。そ
れぞれの研究アプローチから今現在わかっている原則を整理した上で,スケールアップの
ために研究の方法論としてはスケールダウン・メソッドを著者らは提唱する。このスケー
ルダウン・メソッドは基本的にシステム研究のアプローチを採用しているが,全体システ
ムの問題点を,準分解可能な下位システムの分析と改善,再投入によって解決するステッ
プを取る。この準分解可能な下位システムは,分解された因子ではなく,工学における機
能分解に等しい。この新しいメソッドが,これまでの要素研究,システム研究の根本的な
考え方の断絶を橋渡しし,両者の研究成果がより広くそして深く教育の改善に寄与してい
くことが期待されている。
2.私が面白いと思った一文とその理由
「複雑系としての学びを分析するために要素的方法だけを利用する問題点は,そこで採
用される因子分解の仮定が,特定の参加者と構成要素がシステムに再度投入される時の構
成要素の機能のローカル文脈の固有な相互作用を無視するところにある。スケールダウ
ン・メソッドはそうした『再統合プロセス(reintegration process)
』の重要な役割を強調
する。再デザインされた下位システムは大きな全体システムの詳細と関心のある要素の質
をよく理解している参加者によって思慮深く再統合される必要がある。そして,システム
的方法を用いて現実場面の学習環境は研究されねばならない。」
システム研究と要素研究の還元主義を統合する方法の留意点を明確に示しており,学習
1/2
Chapter 2. Foundation of the Learning Sciences (Mitchell J. Nathan & R. Keith Sawyer)
In R. K. Sawyer (Ed.) Cambridge Handbook of the Learning Sciences (2nd Edition).
科学の方法論のユニークさを適切に表現しているから。
3.背景
本章はハンドブックの中でもイントロダクションとしての位置づけが強く,その意味で
著者の研究の背景を色濃く反映したものではない。しかしながら,こうした総括的な章を
任せられる著者たちは学会においてもそれを代表する高い信頼を置かれた研究者であるこ
とは間違いないだろう。Second author の Keith Sawyer はハンドブックの編者でもあり,
学習科学の総括を任されている。分散化した創造性(distributed creativity)などを研究の
テーマとし,集団による創造的な実践のメカニズムを分析してきた。主に会話分析などの
事例分析を利用しつつ,社会文化的アプローチを背景に,他者との相互交渉がもたらす集
団知の発達を検討してきた。
First author の Mitchell Nathan は,Keith Sawyer と同じく会話分析を研究手法として
採用しているが,その対象は STEM education に関連した教室内の談話(特に数学,算数
教育)に焦点化してきた。最近では video-based discourse analysis を採用することで,会
話だけでは捉えることが困難であった非言語的な行為を取り込むことによって,教室内で
の教師と生徒の談話,生徒同士の談話の中で構築される意味について社会文化的なアプロ
ーチに準拠しつつ分析を展開している。
4.日本への示唆
本章の中で語られている学習科学の使命は,伝統的な教授主義からの脱却を目指すいか
なる教育システムに対しても具体的かつ効果的なアプローチを示している。人間の学びと
いう活動自体を複雑系として捉えることを前提に,標準化された知識構造が同じようにす
べての学習者の中に構築されるという幻想を捨てている。それぞれの学びの文脈の上でど
のような最適解が検討可能かを分析し,開発し,そして評価するというシステム研究
(systemic research)と,それを支える要素研究 (elemental research)の両者の有機的
な融合が,新しい学習研究の horizon を見せてくれているだけに,日本のこれまでの授業研
究の中へ建設的に取り入れられることを願う。
2/2
Fly UP