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経済社会の革命的変化への岐路に立つ日本 技術進歩と向き合う改革へ

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経済社会の革命的変化への岐路に立つ日本 技術進歩と向き合う改革へ
公益社団法人
日本経済研究センター
Japan Center for Economic Research
2015 年 2 月 17 日
経済社会の革命的変化への岐路に立つ日本
技術進歩と向き合う改革への覚悟を
日本経済研究センター 1
情報通信技術(ICT: Information and Communications Technologies)は、経済社会に、農
業化・工業化に続く第三の革命的な変化をもたらし得るキーテクノロジーと言われて
いる。ICT の利活用により経済社会の改革や成長がどのように進み、リスクはどこに潜
むのか、中長期の視点で可能性を分析し、
「革命」を促進し、経済成長へ結びつけるた
めに必要な政策を提言するため、日本経済研究センターでは「2050 年への構想」関連
の研究活動の一環として「情報通信技術が変える経済社会研究会」を 2014 年 10 月か
ら開催しており、今日までに 5 回の会合を開いた。
本中間取りまとめでは、参加者(次世代の日本経済を担う企業人や有識者など)の
発表を中心に主要論点についての議論を取りまとめた。研究会は、2015 年度にも継続
し、様々な論点についての検討を深める予定である。
<要旨>
1. ICT が経済社会に対して革命的な影響を与えるという認識が広がっており、少なからぬ
専門家が、ICT の進歩が続き、人工知能が人間の知能の限界をも越えると予測してい
る。人間の想像・創造の能力が一層問われるようになる時代の到来だ。しかし、日本で
はその予兆が十分に認識されていない。迫り来る変化への覚悟が必要だ。
2. ICT の普及により、米国では生産性の加速が起こったのに、日本では起きなかった。これ
はなぜか。組織や制度の仕組み(ルールや慣行)を見直さないまま ICT が導入されたた
め、十分な効果が得られず、結果的に投資が停滞するという悪循環に陥っているから
だ。この流れを変えるには、仕組みの見直しを必須のものとする「意識のイノベーション」
「価値観の変革」が必要だ。具体的には、古い仕組みを前提とせず、ICT の戦略的な利
活用を指揮できる経営人材を登用するなど、ICT の時代に合わせた改革を行なうことが
必要だ。
3. ICT の普及により労働市場が変化する。すでに労働市場の二極化が進み始め、中程度
の賃金が得られる定型業務が減少しつつある。定型業務が ICT の普及により機械化・自
動化され得るからだ。企業がこうした変化に対応するためには、教育訓練などの人的な
投資の強化や雇用の流動化などによって、スキル分布を大きく変えられる組織にする必
要がある。
1
「情報通信技術が変える経済社会研究会」の事務局を務める主任研究員・高地圭輔が中心に
なり、研究会メンバーの意見を踏まえ、執筆・編集した。
http://www.jcer.or.jp/
1
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
1. 変革を認識する
ICT が経済社会への革命的な影響を与えるという認識が広がっているが、日本では
その予兆が十分に認識されていないようだ。
情報通信革命のビジョン
自動車、機関車、冷蔵庫、蓄音機、電球、計算機といった、物質的な意味で我々が
見慣れたモノの多くは 19 世紀後半に次々と登場し、20 世紀を通じて急速に普及したが、
その基本機能が大きく変化したわけではなかった。
しかし、19 世紀から 100 年を経て 21 世紀を迎え、ICT の急速な進化が、米 Google
や米 Amazon などの新しい企業群を生み、モノをネットワーク化してその働きを変え
つつある。さらに ICT は、ナノテク、遺伝子工学、ロボットなど先端技術の進化を補
完し、今や情報通信革命とも言うべき変革期を迎えつつある。米マッキンゼーは、2025
年に普及する破壊的技術として 12 種類 2 を挙げているが、うち 10 までもが ICT 関連だ。
この ICT による経済社会へのインパクトは、過去の産業革命にも比肩する大きな変
化であるとの認識の下、次表のような用語で表現されている。
表 1 情報通信革命の概念
「第三次産業革命」
産業革命(ジェニー紡績機:水力・蒸気利用)から、第
二次産業革命(電気、内燃機関、化学)を経て、第三次
産業革命(製造のデジタル化)の時代を迎えているとの
認識。
「産業革命 4.0」
独の国家プロジェクト。産業革命 1.0(水力・蒸気)、産
業革命 2.0(電気)、産業革命 3.0(IT)に続き、産業革
命 4.0(仮想空間と物理空間が統合されるサイバー・フィ
ジカル・システムの実現)を推進。
「インダストリアル・
米 GE が提案。産業革命(1800 年には 800 年前の経済規
インターネット」
模の 2 倍、次の 150 年で 13 倍)から、インターネット
革命を経て、製造業・一次産業のシステムレベルの巨大
な非効率を解決するインダストリアル・インターネット
へ(2020 年頃)。
「第二の機械時代」
米の経済学者ブリニョルフソンの著書。デジタル化によ
り産業革命に匹敵する成長の屈曲点(inflexion point)を
もたらしているとの認識が示されている。
さらに、工業化の枠を超え「情報による革命」という歴史的な変革期として位置づ
ける議論がある。例えば、経営史が専門のチャンドラーは 1990 年代を「工業の時代」
2
モバイルインターネット、知的業務の自動化、モノのインターネット化、クラウド、先端ロ
ボット技術、自動運転技術、次世代遺伝子技術、エネルギー貯蔵技術、3D プリンティング、
先進素材、先進石油ガス探査・探削、新エネルギー。
2
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
から「情報の時代」への転換期と位置づけている 3 。
ICT によってグローバルな社会のあり方も変貌している。ICT は豊かな国で普及が進
んでいるだけではなく、途上国の生活の質の向上にも貢献しているのだ。1995 年頃の
ICT 普及の状況は、豊かな国ほど固定電話が普及しているというものだったが、2000
年代にはそういったリニアな関係は崩れた(図 1)。視野を広げ、グローバルな動向に
目を向ける必要がある。
図 1 豊かさ(識字率)と ICT の普及(1990 年と 2010 年)
出典:篠﨑(2014)よりを基に作成
経済学者の篠﨑彰彦氏らは、豊かさと ICT の普及の関係を調べるため、一人当たり
GDP の変化と携帯電話普及率水準の変化について、グレンジャーの因果性の検定を行
なった。分析によると、1990 年代は、先進国において経済発展が携帯電話の普及に影
響 し て い る と い う 関 係 が 見 ら れ る の に 対 し 、 2000 年 代 に は 先 進 国 で は 双 方 向 に 、
ASEAN では 1990 年代の先進国と同様に経済発展が携帯電話普及に影響しているが、
アフリカ、その他途上国、BRICS では携帯電話普及が経済発展に影響しているとの分
3
この他、梅棹(1962)「情報産業論」、トフラー(1980)「第三の波」など。
3
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
析結果が得られた。
このようなダイナミックな変化は、革命と表現しても過言ではないが、日本ではそ
の予兆が十分に受け止められていないようだ 4 。大量のデータ分析をテーマにする研究
でも米・欧が先行しており、日本ではせいぜい状況認識されたところだろう。
今後、経済社会は情報(知識)集約型に大きく変化する。デジタル経済社会への変
化を認め、対応を行うための超長期のビジョンを改めて共有し、技術の潜在能力を発
揮させるための制度の抜本的改革をどう実現するかを考えていくべきだ。この流れに
対応できるかどうかが、子供や孫の世代の日本の経済・社会の姿のほぼ全てを決めるだ
ろう。今こそ、変化への覚悟が必要だ。
技術が働きかける未来
ICT は地方のあり方を考える上でも重要なインフラだ。例えば、グローバル企業の
バックオフィスやオペレーションなどは ICT を活用して中国にアウトソースしたが、
人件費の上昇から今やコスト高で国内回帰の動きがある。ICT を活用すれば、非製造
分野の業務を柔軟に地方に引き戻すことが可能となる。リショアリングにより、地方
の中核都市において、通勤時間 20~30 分で、職住近接、4 人家族共働きで収入 600 万
円といった生活環境を実現すれば地方経済の持続性を保つことが可能だ。
非製造業は、製造業より産業内の生産性格差が大きく、底上げ効果も大きい。ICT
の事業ツールとしての活用が進み、中核都市と軸として地方経済の構造変化が進めば、
GDP の 7 割を占める地方経済の生産性が上昇することも期待できる。テレワークの普
及によって、地方に生活拠点を定めて生活の質を向上させつつ、グローバルな事業活
動に参加する高スキルワーカーが増加する可能性もある。ICT の利活用により農業の
生産性が上がり、農家の所得が増加すれば、農業現場がより魅力ある職場に変わるだ
ろう。
しかし、これらが実現するためには、技術進歩のペース、新興国の長期の経済見通
し、為替レートの変動、働き方や暮らし方への価値観など、様々な不確定要素につい
て検討を行わなければならない。予測にあたって不確定要素が存在する場合、それに
対して複数のストーリーを組み立てていくつかの未来像を提示するシナリオプランニ
ングが有用だ。
例えば、「日本の未来社会」(城山英明氏、鈴木達治郎氏、角和昌浩氏編著)では、
湊隆幸氏が、人々のセキュリティ意識と政府の大きさの 2 つの座標軸から、技術を消
費し続け秩序が失われる①技術歓楽社会、逆に政府の役割が大きくなる②管理強制社
会、技術を利用する社会システムが完備され人と人との繋がりが薄くなる③技術完備
社会、技術に精通した自律的な個人から成り立つ④民主自律社会の 4 つの社会像を描
き出している(図 2)。
ICT は、技術を利用する人々の価値観に働きかけ、変化したニーズが新たな技術や
4
例えば、米 GE が 2014 年に世界 26 市場を対象に実施した調査によれば、
「私たちは現在、・・・
(略)・・・インダストリアル・インターネットという、歴史的転換点ともいうべき、新たな産
業革命の只中にいる」という認識を肯定する回答は、日本企業の管理層では 32%と、ドイツ、
ロシア、オーストラリアに次いで下から 4 番目である。
4
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情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
制度の進歩を実現するという不確定な循環を生み出すため、予測シナリオの深化には
幅広い知見が求められる。本取りまとめにおいては、シナリオの精緻化は今後の課題
とし、長期のストーリーを組み立てるにあたって重要となると考えられる ICT のトレ
ンドや求められる対応について掘り下げる。
図 2 4つのシナリオ
出典:「日本の未来社会」(城山英明氏、鈴木達治郎氏、角和昌浩氏編著)
2. 技術の未来を見通せ
技術の指数関数的成長、モノのインターネット化、ビッグデータの利活用、人工知
能の進歩などが情報通信革命を支える主な動きだ。技術の進歩が続けば、人工知能が
人間の知能の限界をも越えるかもしれない。
技術の指数関数的成長
プロセッサの計算能力、通信速度、データ量などが指数関数的に持続する傾向が続
いている 5 。自動運転、機械学習など、従来、不可能と思われていた予測が覆されたり、
なかなか成果が出なかった課題が克服されたりしているのは、基盤となる技術の指数
関数的な成長が持続したこと、そうした技術が統合的に利用されることにより、予測
を超えるペースで技術進歩が実現したことが理由だ。
ICT が補完的に利用される技術分野も発展している。例えば、図 3 に示すような遺
伝子解析(DNA シーケンス)装置の劇的な性能向上は、医療技術を進歩させ、疾病発
症リスクの低下、いわゆる健康寿命の延長をもたらすだろう。
進化の正のフィードバック、すなわち進化のある段階で生み出された強力な手法が
次の段階を生み出すために利用されるメカニズムは、ICT を今後も持続的に進歩させ
ると考えられる。次の技術進歩を加速させる領域へ資源を集中することが有効だ。
5
半導体の集積度が指数関数的に向上するとするムーアの法則は有名だが、その結果、1975 年
のスーパーコンピュータの価格は 500 万ドルだったが、2013 年には同じ演算能力を持つ iPhone4
はわずか 400 ドルとなった。
5
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情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
具体的にはソフトウェア、通信、
図 3 DNA シーケンスの費用低下
クラウド、ロボットなどの技術領域
だ。そうした技術が支えて急速に進
化しつつある領域として注目されて
いる分野がモノのインターネット、
ビッグデータや人工知能だ。
モノのインターネット
モノ、ヒト、サービス、情報など
がネットワークを通じて大規模に連
動することで新たな価値が生まれる。
このうち、モノにフォーカスした部
分を最近では IoT(Internet of Things)
と呼んでいる。米ガートナーによれ
ば、IoT とは「物理的なモノ(物体)
のインターネットであり、物体には、
出典:Science & Technology Trends May 2011
自らの状態や周辺状況を感知し、通
信し、何かしらの作用を施す技術が埋め込まれている」と定義され 6 、同社は 2020 年
にはグローバルで 300 億を超えるモノが繋がり、1 兆 9000 億ドルの経済価値を創出す
ると予測している。
モノやサービスがインターネットに接続されれば、センサーからのデータの分析が
可能となる。製造業や物流、医療・健康から農業に至るまで様々な分野で、状況を正
確に把握することで効率が向上し、データの分析を通じて新たな価値を生むことに繋
がる。また、無視されがちな弱いシグナルを発見し、リスクを回避することに繋がる
だろう。
消費者の身の回りで毎日使用するようなモノは、気象や状況に連動して自動的に最
適な環境を提供するようなサービスとして再定義されるだろう。その代わりに人間は
体験、非定型的なコミュニケ-ションや分析に集中できるようになる。
ビッグデータ
集めたデータの分析に関するキーワードがビッグデータだ。この言葉は、2011 年の
米マッキンゼーの報告などで大きく注目され、2012 年 3 月には米国ビッグデータ研究
開発イニシアティブが発表された。この計画は、大量のデータの収集・蓄積・保存・
管理・分析そして共有のための技術革新を促進し、科学・工学における発見の加速、
安全保障の強化、教育の革新に活用しようというものである。EU も 2015 年から大規
模な産学連携プログラムを開始する。
データ利用は非競合、複製の限界費用はゼロに近く、減耗・枯渇がないという特色
6
このような概念は、M2M(Machine to Machine)、ユビキタスネットワーキングなど様々な言
葉で表現されてきた。ここでは細かい異同には立ち入らない。
6
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があるため、データの蓄積とその利活用が競争力の源泉となる。ここ数年は構造化さ
れたデータがシステマティックに増大して新たな科学的知見の発見やビジネスの創出
に利用されるが、その後は、桁外れに多種で大規模だが形式が整っていない非構造化
データがリアルタイムに蓄積され、ネットワークを通じて相互につながり、指数関数
的に成長する演算能力を用いて分析されることで、社会システムを大きく変えていく 7 。
一見分からなかったことが可視化される結果、新たなビジネスモデルの誕生、科学的
知見の発見、リスク回避などが実現することが期待されている。各国が進める公共保
有データの公開政策(オープンデータ政策)もこのような期待が背景にある。
人工知能
チェス・将棋に始まり、クイズ、軍事、宇宙探索、医療などの分野に人工知能(AI:
Artificial Intelligence)の適用領域が拡大している。そして、近年のコンピュータの能
力向上とソフトウェアの進化により可能となったディープラーニング(深層学習)は、
脳を模した仕組みを利用することで、抽象的な情報の分析能力を飛躍的に高めるもの
だ。
例えば、一週間 YouTube を見続けた米 Google の人工知能は「猫」を自動的に認識す
るようになったという。言語を理解する能力をソフトウェアが獲得すれば、人類はコ
ンピュータによる自律的な学習を通じた予測・分析能力を獲得し、人工知能は想像や
創造の領域へ進むだろう。
まずは、薬物療法の判定や新たな治療方法の提案、さらには災害時の意思決定支援、
サイバーセキュリティ対策などに用いられ 8 、社会の安全性の向上に繋がっていくこと
が予想される。
シンギュラリティ
その先には、ICT が人間の知能を超える境界、技術的特異点(シンギュラリティ:
Singularity)が来ると予想されている。一部の研究者は、2045 年頃には特異点に到達し、
人間の脳に蓄積された知識と、テクノロジーの力、その進化速度、知識を共有する力
の融合を含む大きな変化が起こり、社会制度の再設計が不可避と指摘している。
このような社会像を予測することは難しいが、遺伝子解析や人工知能の医療利用によ
る長寿命化が進み、定型的な業務は機械化されるだろう。ケインズは 1930 年に「孫た
ちの世代の経済的可能性」を書き、100 年後、つまり 2030 年ごろには、1 日 3 時間、
週 15 時間働けばよい社会になる可能性があり、人間は、本質的な問題に本格的に取り
組むことができるようになると論じた。ICT を徹底的に活用した知識集約型の産業や
社会が発展すれば、ケインズが予測したような形で生産性を高めることが可能かもし
れない。
ヒトとしての頑張りどころが大きく変わるため、想像・創造といった能力を伸ばす
ことが必要になる。今後は、高等教育を受けた人々をいかにこの意味で生産的な存在
7
現在では、検索頻度からのインフルエンザの流行状態の予測などが行われている。
東京電機大学では、国の支援を受けて研究所を設置し、人工知能を利用して将来発生すると
予測されるサイバー攻撃に対抗する技術の開発を開始している。
8
7
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
にするかが、今後の日本の経済・社会の全てを決めるといっても過言ではない。
3.
投資と仕組みの見直しをワンセットに
日本では組織や制度の仕組み(ルールや慣行)を見直さないまま ICT が導入された
ため、十分な効果が得られず、結果的に投資が停滞するという悪循環に陥った。キャ
ッチアップには変化が必要だ。中間取りまとめでは、既存の研究成果を概括しつつ、
今後の分析の方向性を考察する。
汎用技術としての ICT
ICT はあらゆる分野で用いられ、ICT が実現する仮想空間内で無数のアイデアの組み
合わせが試行されている。このように普遍性を備え、技術革新の土台となる技術を汎
用技術(GPT: General Purpose Technologies)と呼ぶ。汎用技術は、利用の規模が拡大し、
補完財の供給が進むとともにいわゆるネットワーク効果が現れ、さらなる技術利用の
インセンティブとなり、普及が雪だるま式に拡大していくという特徴を持つ。
米国においては、1995 年~2004 年の GDP 成長の加速を背景に ICT を過去に生産性
向上を実現してきた汎用技術と同様の技術として位置づける議論がある(米国の研究
者へのアンケートでは蒸気が 1 位、電力と ICT は 2 位タイ)。但し、近年の成長の停滞
を念頭に過去の GPT と比較して ICT の影響を小さいとする議論もある。
図 4 2つの時代-電力と ICT
わが国でも、日露戦争前後から始まる電力の普及期(工場における原動機馬力数で
電動機が蒸気機関を上回るのは 1918 年、1930 年代には 80%を超えている)に成長の
加速が見られる。しかし、ICT が成長を加速する時代であるはずの 90 年代以降の日本
では、GDP が伸び悩んでいる。全要素生産性(TFP: Total Factor Productivity)の水準は
米国の約 6 割で、約 8 割の英独仏とも格差が縮まらない。なぜこのような違いがある
のか。人口動態の変化や景気変動の影響もあるが、情報通信革命への乗り遅れが大き
な要因なのではないか。
8
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
日米の明暗
成長会計で技術と成長の関係を分析する際には、労働生産性(ALP: Apparent Labor
Productivity)、TFP、資本深化の 3 つの要素を考える必要がある。3 者は「ALP の伸び
率=TFP の伸び率+資本深化の伸び率」という関係にあり、TFP(創意工夫)と資本深
化(新技術の導入)全体を合わせたものが技術進歩を現していると理解できる。
1980 年代の後半、米国では IT 資本深化が加速しているにも関わらず ALP、TFP が減
速するという逆説的な状況にあった。この現象は、経済学者のロバート・ソローの名
を取ってソローパラドックスと呼ばれ、ICT の経済成長への寄与については賛否が分
かれていた。しかし、その後 2000 年代後半に行なわれた研究において IT 資本深化と
ALP、TFP の加速が同時に観察されるようになり(表 2)、ソローパラドックスは解消
し、ICT の成長への寄与が明確になったとみなされている。
表 2 米国における ICT による成長加速
期間
労働生産性の伸び率
ICT 資本深化の伸び率
全要素生産性の伸び率
ソローパラドックス
期
1959-1973
1973-1995
加速(減速)分
2.8
1.5
-1.3
0.2
0.4
+0.2
1.1
0.4
-0.7
ニューエコノミー期
1973-1995
1995-2006
加速(減速)分
1.5
2.6
+1.1
0.4
0.8
+0.4
0.4
1.0
+0.6
出典:Jorgenson, et al.(2008)より作成
ところが、日本の場合は状況が全く異なっている。1980 年代後半には資本深化・
ALP・TFP が加速したが、1990 年代の後半から 2000 年代の前半は IT 資本深化が低い
水準で停滞してしまう。設備投資全体に占める ICT 投資の割合は米英の半分程度に過
ぎない(表 3)。
なぜこのような違いが出るのか。ICT 投資が経済成長にプラスの影響を与えないわ
けではない。生産関数を用いた各種実証分析では、正の ICT 投資の効果が有意に出る
のだ。例えば、日本経済研究センターも、2008 年に ICT 資本を明示したモデルの推計
を行い、そのプラスの効果を確認したうえで、2011 年以降に 80 年代後半に見られたよ
うな資本蓄積の加速があれば、成長率は最大 2.5%へ高まるとの分析結果を公表してい
る。ICT による成長加速の可能性はあるが、日本の問題は、1990 年代以降 ICT への投
資そのものが停滞し、IT 資本深化が近年鈍化している点にある(図 5)。
9
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
表 3 日本の状況
1976-80
1981-198
5
1986-199
0
1991-199
5
1996-200
0
2001-200
5
2006-200
9
2.2
2.4
3.4
2.4
1.2
1.9
1.0
0.0
0.1
0.3
0.3
0.3
0.2
0.1
0.3
0.5
1.3
0.5
-0.1
0.9
0.4
労働生産性
の伸び率
IT 資本深化
の伸び率
全要素生産
性の伸び率
出典:Shinozaki(2011)より作成
図 5 設備投資全体に占める ICT 投資の割合(%)
60
50
40
日本
アメリカ
イギリス
ドイツ
30
20
10
0
出典:平成 26 年版情報通信白書
何が問題なのか
ICT への投資が停滞した最大の理由は何か。それは、組織や制度の仕組み(慣行や
ルールなど)の見直しが不十分だったため、投資効果を引き出せず、効果のない投資
は景気が下降すると他の経費と同様に削減され、投資が持続しなかったからだ。もと
もと米国でもこのような議論があり、仕組みの見直しに必要な支出は「インタンジブ
ル・アセット」だとして、ハードウェア以外の投資、すなわちソフトウェアや無形資
産への投資が重要と指摘されていた。
日本でも、2003 年から約 5 年毎に行なわれた調査によって、情報化と業務改革をセ
ットで実施すれば高い成果を得られること、業務改革のみの実施と情報化のみの実施
では業務改革のみの方が高い効果があること等が確認されている(図 6)。
10
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
図 6 情報化、企業改革とその効果の関係
出典:情報通信技術が変える経済社会研究会第四回資料
図 7 改革の有無による比較
出典:情報通信技術が変える経済社会研究会第四回資料
日米独韓の国際比較調査によれば、日本企業の改革姿勢が最も弱く、また、IT 導入
と業務改革の効果については各国とも同じ傾向が見られたが、業務改革を実施しなか
った企業の IT 導入効果で日本は非常にスコアが低い(図 7)。職務範囲があいまいでイ
ンフォーマルな情報流通に依存した複雑な構造が特徴とされる日本型組織の ICT との
11
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
親和性の低さを示すもので、投資と合わせた仕組みの見直しが必須なのだ 9 。
では、仕組みの見直しを進めることでどのような効果が得られるのだろうか。様々
な試算があるが、直近のものとして、平成 26 年版情報通信白書では、各産業分野で ICT
利活用の先進企業へのキャッチアップ(ICT 投資を補完する組織改革や人的資本関連
の取組み、つまり仕組みの見直し)が行われた場合、ICT 資本への投資の伸び率が 3.2%
から 6.8%へ上昇しつつ、GDP 成長率を 0.5%押し上げると推計している。
産業別に見るとどうか。経済学者の深尾京司氏の研究によると、1995 年~2007 年の
TFP 上昇率を産業別に国際比較すると、日本は ICT 生産産業(電気機器、郵便及び通
信)では年率 5%以上と相当高い水準にあるのに対し、流通や電機以外の製造業など ICT
投入産業で TFP 上昇が停滞している。ICT 投入産業における仕組みの見直しに効果が
ありそうだ。
現状は、ICT の投入に伴う移行コスト、すなわち組織や働き方を変えるための痛み
を受け入れられないため、ICT 投資の効果が出ない構図だ。その結果、日本の ICT 投
資は一周遅れのままになっている。
図 8 IT に対する期待
出典: JEITA 及び IDC 「IT を活用した経営に対する日米企業の相違分析」
例えば、ICT を活用した経営に対する日米企業の相違に関する調査結果では、「IT/
情報システム投資」に対する姿勢について、米国では「きわめて重要」が 75%に達す
る。一方、日本は 16%に留まる。ICT に対する期待では、日本企業が「IT による業務
効率化/コスト削減」をトップに挙げているのに対し、米国は「製品やサービス開発
9
日米を比べると、米国パターンの ICT 投資では、安価なパッケージソフト導入とその活用の
ための無形資産投資を行なう結果、高い TFP 上昇を実現できるのに対し、日本パターンの ICT
投資は、現状の仕事のやり方に合わせてカスタマイズしたソフトウェア導入を進めた結果、合
理化や労働者の技能形成をもたらさないとの指摘がある。また、毎回作り直しに近い状況であ
るとすれば、ソフトウェアは競争力を失い、それが更なる ICT 投資の減退を招くという悪循環
をもたらしている可能性が高い。
12
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
強化」がトップ、これに「ビジネスモデル変革」が続くなど顕著な違いがある(図 8)。
ICT を活用する企業の体制も貧弱だ。例えば、CIO(Chief Information Officer)設置
状況についての調査によれば、平成 24 年時点でも専任の CIO を設置している企業は
2.4%のみであり、兼任を含めても CIO を設置している企業は 19%に留まる。逆に、71.2%
が「現在は置いていないし今後も設置する予定はない」と答えている。この比率は長
期的に比較しても変化の傾向が見られない。企業において ICT を効果的に活用するた
めの体制整備に取り組むことが必要だろう。
成長の条件
20 世紀初頭のアルゼンチンは、一人当たり GDP が西欧より高かったが、年率にして
わずか 0.9%の差で 20 世紀末には西欧の約半分の水準になった。日本にとって 2%程度
の生産性上昇は不可能ではないが容易でもない水準だと考えられるが、情報化とグロ
ーバル化が進展する時代に対応した改革の成否、その結果としての僅かな成長率の差
の積み重ねが将来の明暗を分ける。まずは、若い人材を登用して古い仕組みを改め、
ICT に合わせた改革を行なうことが重要だ。
さらに、これからの時代の豊かさの源泉は、モノから情報、そして情報を使う人的
資源に変わる。ビッグデータの蓄積と活用の度合いや、人工知能などによるデータの
分析精度などが、これからの成長力の差を生むのではないか 10 。また、情報を使いこな
すためのソフトウェア開発を行なえる人材育成も重要だ。
人材の質に注目し、新技術の威力とグローバル化の恩恵を積極的に取り込むことも
選択肢となる。オフショアリングなどの対米サービス貿易について実証分析した研究
では、英語要因よりも人的交流の強さが拡大要因となっている。エコポイントのシス
テムは、国内ベンダが尻込みする中、海外ベンダが当初見積もりの 1/5 の費用で短期
間に開発したと言われている。このような取組みは、人口減少下の日本で課題となる
供給制約の克服にも貢献するだろう。
加速するスマート化と成長の未来
2015 年 1 月に米マッキンゼーは、GDP の 80%を占める G19 及びナイジェリアを対
象として実施した今後 50 年の世界経済の成長についてのレポートを公表した。報告の
内容は、仮に今後 50 年の間、過去 50 年の生産性上昇率 1.8%が維持されたとしても、
人口のピークアウトによって雇用の伸びが 1.7%から 0.3%に減少することで、世界の
GDP 成長は 3.3%から 2.1%へ 4 割減速(一人当たり GDP は 1.9%へ減速)する 11 、とい
う。但し、規制改革、イノベーションの促進、市場開放などの政策的な環境整備が行
なわれれば、3/4 はベストプラクティスへのキャッチアップ、1/4 はイノベーションを
10
例えば、平成 26 年版情報通信白書によれば、2013 年の主要産業による国内でのデータ流通
量は 8 年前の約 8.7 倍になっている。この点に着目し、 =
(
∗
) 〔 + = 1〕、
は総資本ストック、 は労働投入、 は情報資本ストック、
がデータ流通量としたモデ
ルで分析を行なったところ、POS データ等の流通は実質 GDP にプラスの効果があるという。
11
国別の計算では、日本の GDP 成長率は過去 50 年の 3.3%から 2.1%へ減速するとの予測が示
されている。
13
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
主要因として生産性上昇が最大 4%に向上するため、人口減の影響を相殺できる可能性
があるとする。
ICT が電力に続くインパクトをもたらす汎用技術との見方があり、その指数関数的
な進歩はこれからも継続するとの予測が有力なのは前節で述べたとおりだ。このこと
と、イノベーションの GDP 成長への貢献は今後 50 年の間も高々1%に留まるという予
測との関係、さらに言えば欧米を中心に広がりを見せている経済の長期停滞論との逆
説的な関係をどのように理解すべきなのか。
一つの仮説は、ICT の普及で起きていることが技術進歩による価格低下を通じた消
費者余剰の拡大だとすれば、それは必ずしも企業利益の増加や所得の増加として は
GDP に現われないため、GDP と豊かさのリンクが弱まっているのではないかというも
のだ。例えば、Facebook などのサイトでは、利用者同士が互いに投稿した UGC(user
generated content)を楽しんでおり、平成 26 年版情報通信白書によれば、日本のインタ
ーネット利用者は、平日は平均 15.5 分、休日は 20.7 分をこうしたサイトの利用に費や
している。しかし、コンテンツ制作には対価は払われず、サイトは無料で利用するこ
とができる。
Web の検索も無料で利用できるサービスだが、米 Google のチーフエコノミストとな
った経済学者のヴァリアンらは、同じ質問の答えを得るために Google を使用した場合
と図書館を利用した場合に要する時間の差を計測し、仮に一日一回そういった探索を
行なう場合には Google を利用した場合の余剰を一人当たり年間 500 ドルと見積もって
いる。こうした価値は GDP 統計に現われない。
技術進歩により、豊かさを何で図るのかという課題の重要性が増している。2015 年
度には、これらを踏まえ、ICT が経済に及ぼす影響について引き続き掘り下げていく。
4. 変化への覚悟を急げ
ICT を利活用するために、何をしなくてはならないのか。前節で取り上げたプラス
効果を実現するために必要となる取組みをまとめる。
まず意識のイノベーションを
従来の日本の投資のパターンから抜け出し、仕組みの見直しを伴う効果的な投資に
取り組む必要がある。これに関連して重要性が指摘されているのが、知識資本への投
資だ。OECD による EU と米国に関する調査によれば、ICT や R&D に加えて知財など
を含む知識資本向け投資が労働生産性の平均伸び率に寄与する度合いは 20%~34%と
高い値をとっている。この知識資本投資と物的資本投資の比率を比較すると、米国を
はじめ、ほとんどの主要国で知識資本投資が物的資本投資を上回るが、日本の知識資
本投資は物的資本投資を大幅に下回っている。
技術変化と制度(企業組織、業界慣行、法制度等)変化は異なる時間軸を持ち、特
に人間系の変化には、下手をすると 30 年という世代単位の時間が必要となりかねない。
しかし、ICT が持続的に進化する中、投資行動の改革、技術進歩に対応したビジネス
モデルの転換などは経営者の責任だ。また、研究に対する資源配分などは評価者であ
14
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
るシニア研究者の判断も問われる。
レガシーを切り替えるためにはトップダウンが有効だと言われるが、変化に伴うリ
スクが取れないマネジメントこそが根源的な問題となっているのかもしれない。その
解決の有力な手段は ICT を利活用した事業活動を指揮できる経営人材(CIO)の登用
だ。また、一部企業に見られるような世代交代やグローバルな人材の登用なども有効
な取組みだろう。産学官の全ての分野において組織の活性化を積極的に進めるべきだ。
タコツボから抜け出す
日本の電子産業は、1970 年からの 15 年の間に輸出主導で高度な成長を遂げ、プラザ
合意があった 1985 年からの 15 年は内需主導で穏やかな成長を果たした。しかし、国
内生産は 2000 年の約 26 兆円をピークに半減して 2013 年には約 11 兆円、貿易収支も
赤字化した。
この衰退の原因として、技術ジャーナリストの西村吉雄氏が挙げるのは閉鎖的な自
前主義への固執だ。最大の輸出品目であった DRAM では製造段階での品質管理の高度
化と低コスト化の両立に成功して 1986 年には世界シェアが 80%に達した。しかし、信
頼性を犠牲にした低価格化が要求されるパソコン市場に対応するための設計と製造の
分業というグローバルな潮流に乗り遅れ、得意分野からの全面撤退を招く結果となっ
た。技術進歩が早い DRAM は成功と衰退が一気に訪れた事例だが、ICT 投入産業では、
もっと緩やかな衰退が起こるのかもしれない。
日本はオープンイノベーションで OECD 18 位(2008~2010 年)と低迷しているが、
自前主義への固執を捨て、取組みを強化することが必要だ。ICT によって開発・生産・
マーケティングのサイクルを一気通貫でつなぐことが可能となってきている(いわゆ
る六次産業化)。こうした垂直的な統合と効率化は、社内や系列企との閉鎖的なシステ
ムとして形成されてきたが、ICT をツールとしたオープンなコラボレーションを通じ
て無数のアイデアとリソースを結びつけることで同等以上のことが実現できる。社会
的に多様な集団は均質的な集団よりイノベーティブであることが分かっている。同じ
専門知識を持つ人材でも、異質な相手と接することで、熟慮し、十分な準備が行なわ
れるからだ。
具体的な取組みとしては、大学を人材創出の場としてイノベーションの担い手とし、
大学発ベンチャーを人材、資金の側面から支援することなどが考えられる。例えば、
スタンフォード大学の研究成果である遺伝子組み換え特許からは、研究者は生涯ロイ
ヤリティ約 300 億円を得たと言われている。わが国でも、帝人、TDK、味の素、荏原
製作所等は大学発のベンチャーが起源だ。
しかし、研究や発明についても、タコツボ化と無縁ではない。科学技術振興機構の
奥和田シニアフェローらの分析では、工学系研究のテーマを詳細に分析すると、時系
列的な変化に乏しく世界のトレンドからの乖離が見られ、特に公的研究機関と国立大
学で世界からの乖離が進んでいる状況だ(図 9)。また、人材の国際的移動の経験も乏
しく、技術の目利きに関して、日本の専門家集団が持つ偏り、つまり研究人材の固定
化が、この硬直化を招いている可能性があるという。産学連携のような形で官民の研
究の交流を進めても、全体の偏りや硬直化が解消するわけではないようだ。
15
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
図 9 世界のトレンドから乖離してきた日本の工学研究
出典:白川, 古川, 野村, 奥和田「日本の電気電子・情報通信研究の世界トレンドからの乖離に
関する計量書誌分析」
発明についても同様の傾向がある。塚田尚稔氏及び長岡貞男氏の研究では、欧州の
主要国や中国・シンガポールなどと比較して、国際共同発明の発生率が日本は著しく
低く、大きな機会損失が発生している可能性があることが指摘されている。
これらを踏まえ、国際共同研究や開発の取組みを積極的に進めるべきだ。研究開発
についても ICT を活用する新たな動きがある。2014 年 8 月には、NASA が 50 年以上
蓄積してきた宇宙観測画像 180 万枚を公開し、分析作業への協力を呼びかけた。こう
した手法はクラウドソーシングと呼ばれ、ビジネスでは既に広範に行われるようにな
ってきているが、その R&D への応用と言える。また、2012 年には、米国の 15 歳の少
年がインターネット上を駆使してすい臓がんの迅速かつ安価な新方法を開発したこと
が話題となった。新たな手法に取り組むべきだ。
製造の革新
IoT 化や 3D プリンタによる生産革新など、製造業を ICT で革新する動きが拡大する
傾向が顕著であり、産業横断的な生産設備のネットワークによる統合、部品や製造物
への ID やセンサー埋め込み等が提案されている。これらに積極的に取り組むべきだ。
好例が、第四次産業革命を意味するドイツの国家プロジェクト Industrie 4.0 だ。
Industrie4.0 は、日本と同様に 2 割以上の GDP を製造業が生み出しているドイツが産官
学の連携のもとに推進する製造業の IoT プロジェクトだ。サイバー空間を構成するデ
ジタル情報と物理空間という二つの世界が統合された環境(CPS: Cyber Physical System
16
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
<サイバー・フィジカル・システム>)を製造業全体で作り上げることを目指している。
工場では、製品の部品が近づくと、ID 情報が読み取られ、必要な工程を指示し、複
数の生産設備を最適に組み替えるため、生産性を落とさずにカスタムメードを大量生
産する「マスカスタマイゼーション」が可能となる。ID を持つ部品は、サイバー空間
で常に特定可能な状態に置かれ、製品となって稼動している状態をも工場にフィード
バックし、生産、流通、経営管理を最適化する。
Industrie 4.0 は産業横断的な取組みを志向している。これは、標準化などの技術的な
体系、ネットワークインフラ、人材の整備、関連の制度を統合することで、部品生産、
販売、エネルギー、物流などが工場を超えて連携し、在庫やロスを広い範囲で最小化
することを目的としているからだ。ICT は身近にあるあらゆる商品やサービスを再定
義し、新たな需要を生み出する可能性を秘めている。従来の枠を超え、横断的に取り
組む発想が必要だ。
パーソナルデータの活用
データへの投資は R&D と同様にイノベーションの源泉となる。中でもフロンティ
アとなるのがパーソナルデータの利活用だ。位置情報や履歴情報などのパーソナルデ
ータの利活用は社会効率を向上させる。米 MIT のペントランド教授は、ネットワーク
社会における情報やアイデアの流れと人々の行動の構造を数学的に分析し、より良い
知の生成、課題の解決、都市の設計等に活用しようとする Social Physics(社会物理学)
を提案している。
図 10 アイデアの流通と投資リターン(イメージ)
投資のリターン
エコーチェンバー(反響室)に入っているユーザ
同じ情報に何度も行き当たっている状況が評価でき
ず、自信過剰による意思決定がバブルやパニックを
生み出す
孤立気味のユーザ
情報不足による意思決定の非効率
アイデア流通の度合い
出典:A. Pentland. 2014. Social Physics. P32 より作成
著書では、ネットトレーダーが利用する SNS を分析すると、大別して①孤立ユーザ、
②中程度の交流を持つユーザ、③互いに何度も投資戦略をコピーしあうユーザなどの
グループがあり、中庸な②のグループの投資リターンが最も高く(図 10)、①には情報
交換のインセンティブを、③には新戦略への自信過剰やパニック的な反応を抑えるた
めにアイデアの流れを減速させると全体で 6%の収益の上昇が観察されたという例が
示されている。
こうした情報の流れの分析とチューニングによるフィジカルな世界の効率向上は、
防災・減殺目的での SNS 活用やパンデミックへの対策としての応用も可能であり、研
17
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
究を積極的に推進すべきだ。課題となるのはプライバシーの確保だろう。この点につ
いては後で触れるとおり、ルールの見直しが重要だ。
プラットフォームへの競争
自前主義の枠を超えた技術プラットフォームの形成を目指すべきだ。IoT やビッグデ
ータに取り組む企業間では、デジタル情報と物理的な空間のモノやサービスが融合し、
サイバー・フィジカルなプラットフォームが形成されつつあり、すでにデファクト・
スタンダード化を巡る競争が始まっている。特定分野において単独企業の取組で先行
しても、プラットフォームにならなければ必ず巻き返される。ライバル企業であって
も味方に取り込み、プラットフォーム化する戦略を工夫することが必要となる。仲間
作りに先んじることができなければ勝ち馬に乗るしかないが、最も美味しい市場はあ
きらめなければならない。
この点について参考となる可能性があるのは、審査中を含めた燃料電池車の関連特
許 5680 件を無償で公開することを表明したトヨタ自動車の取組みだ。ライバルも巻き
込んで燃料電池車の台数を伸ばし、水素ステーションなどのインフラ整備との好循環
を生み出しつつ、コア技術を手の内に置くことで、エコカーの世界市場で優位に立つ
こととが狙いと見られる。
こうした戦略は、スマホ市場で優位に立ちつつあった Apple に対抗するために、
Google が Android OS をオープンソース化したように、もはや定石と言える。スマホの
プラットフォームと同様に、消費者にとっても選択肢が拡大するものだ。
5. 技能を時代に合わせる
ICT は働き方をどう変えるのか。日本経済研究センターでは、研究会と並行して、
米国における 1 万人規模のデータセットを用いて労働者のスキルが職業選択にどのよ
うな影響を与えたかの分析を実施した。ICT は二極化を促し、中程度の賃金が支払わ
れる定型業務を代替する。技能を変化させることが可能な仕組みづくりが重要だ。
ICT と仕事
ICT が労働を補完することで、高齢化で減少する労働投入からより大きな成果を生
み出すことへの期待がある 12 。企業のマーケティングにビッグデータを活用すれば精度
が上がり生産性が高まる。他方、ICT の利活用は、オフショアリングによる空洞化に
加え、高スキル労働者と低スキル労働者の間の格差を拡大し(スキル偏向型技術変化:
12
例えば、弁護士による調査に、文書解析システムを利用することで、人手なら数年かかる電
子データの分析を 1 ヶ月で終え、早期の調査が可能となったという。また、老舗旅館の配膳に
ロボットを活用することで、接客係に余裕が生まれ、おもてなしの水準が高まった例も伝えら
れている。海外では、米国の AP 通信社が、2014 年 10 月から、米国企業の決算を伝える 300
字程度のニュース原稿の執筆を自動化したことが伝えられ、「ロボット記者」として話題とな
った。配信の対象社数は 300 社から 3000 社に増加し、生産性は劇的に向上。現場の記者は、
当初懐疑的だったが、労働時間の 2~3 割を生身の記者ならではの仕事に割き、集中できるよ
うになったため歓迎しているという。
18
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
skill-biased technical change)、社会問題として深刻化するとの見方がある。
米マッキンゼーによれば、2025 年までの間に知識職務の自動化が及ぼす潜在的な経
済インパクトは 5~7 兆ドルに及ぶ。この点について、英オクスフォード大学の研究グ
ループは、例えば、トラックやトラクターの運転手で 93%、コンピュータシステム分
析で 65%といった具合に、約 700 種類の職業ごとに機械化確率を計算した論文を 2013
年に発表している(表 4 に一部例示)。機械化は、人間による業務処理を前提とした各
種の制度にも変化を迫る可能性がある。では、ICT の普及は、業務や職業の構成に対
して実際どのような影響を及ぼすのか。
進行しつつある二極化
ICT利活用の先進国である米国では二つの格差が拡大している(図11)。まず、賃金
については、低賃金層と高賃金層の賃金格差が拡大したこと、低賃金層と高賃金層の職
業の雇用シェアが増加したことが分かっている。職業毎の平均的な賃金が、その職業に
ついている労働者の平均的なスキル(専門知識や技能)の水準を表していると考えると、
高スキル職と低スキル職の雇用シェアは増大し、中スキル職の雇用シェアが減少したと
考えることできる。
図 11 二極化の現状(米国)
非農業部門 318 業種を 1980 年時点の平均賃金で順序付け、各職種の雇用シェア・賃金の変化
を計算
出典:Autor and Dorn(2013)より作成
19
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
米MITのオーター教授ら一連の研究によれば、業務については、これを定型か非定型
か(特定のルールに従って繰り返し行なわれているのか否か)、認識的か身体的かとい
った視点から表4のように5つに分類 13 すると、ICTの導入が活発化した1980年代以降、定
型業務への労働需要が減少し、高度なスキルを必要とすると考えられる非定型業務への
労働需要が増加したことが分かっている。また、ICTをより多く導入した産業ほど定型
業務が減少し、非定型分析業務及び非定型相互業務が増加していたことが分かっている。
つまり、ICTの普及を背景として、中程度のスキルを要求する業務が機械化され、賃
金と業務の二極化が進んでいる状況だと考えられる。労働者の学歴別に分けても、中程
度の学歴、すなわち、高卒以上大卒未満の層への影響が最も大きい。
これらを地域別に見ると、1980年時点で定型業務集約的だった地域ほど二極化の傾向
が強く現れているという。さらに、これらの現象は、オフショアリングや移民など他の
要因では説明できず、二極化はICTの導入によるものである可能性が高いと結論付けら
れている。
表 4 業務の5分類と機械化確率の例
分類
業務例
職業例
機械化確率例
Computer Systems
Analysts
0.65%
非定型分析
研究、調査、設計
非定型相互
法務、経営、管理、コンサ
Human Resources
ルティング、教育、アート、 Managers
営業
定型認識
一般事務、会計、検査、監
視
Loan Officers
98%
定型手仕事
農林水産業、製造業
Industrial Truck
and Tractor
Operators
93%
非定型手仕事
サービス、美容、警備、清
掃、運転、修理
Healthcare Support
Workers, All Other
63%
0.55%
出典:表: 池永 (2009) より作成。職業例・機械化確率例: Frey and Osborne (2013) より抜粋
いかにスキルを獲得するか
労働者の側ではこうした変化に対応する必要が生じるが、特に、需要が減少する定型
13
Autor et al.(2003)は、米労働統計局が計測した職業毎のスコア(例えば、General Educational
Development(GED)、Physical Demands- Strength Rating (Strength)、Specific Vocational Preparation
(SVP)といった項目)を基礎として、Non-routine Analytic、Non-routine Interactive、Routine
Cognitive、Routine Manual、Non-routine Manual という 5 業務の分類に適切なスコアを選び出し、
1960 年から 1990 年までの Census Occupation Classification(COC)と時系列対照可能な形で 211
職種について 5 業務のスコアを計測し、分析に用いた。なお、ここでは当該データセットをさ
らに 2002 年までの COC と時系列対照可能な形に整理した 194 職種のデータを用いて分析した。
20
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
業務に従事している労働者はどのような形でスキルを獲得し、職業分野を移動するのか
が問題となる。高スキル業務への移動を行なうにはスキル獲得が必要だからだ(図12)。
図 12 労働市場の二極化のイメージ
出典:情報通信技術が変える経済社会研究会第一回資料
図 13 は、National Longitudinal Survey of Youth 1979 という 1979 年時点で 14 歳から
22 歳の青少年 12,686 名を 30 年以上に渡り追跡調査し、就業状況や学歴等に関する情
報を蓄積した米国のデータセットから作成したもので、2 種類の定型業務を行なう職業
に従事する労働者が 10 年後にどの業務を行なっているかを示している 14 。これらの定
型業務従事者は、10 年後も同じ分野に就業する傾向があり、年齢を積み重ねるとその
傾向が強くなることがわかる。
しかし、定型業務から、非定型業務へ移動している者もいる。その中で、高スキル
業務(非定型分析、非定型相互)に移動する労働者と、低スキル業務(非定型手仕事)
に移動する労働者は何が異なるのか。
その点を明らかにするために、被説明変数を非定型低スキル業務(非定型手仕事)、
定型業務(定型手仕事と定型認識をあわせたもの)、非定型高スキル業務(非定型分析
と非定型相互をあわせたもの)の 3 つのカテゴリー、説明変数を学歴、職業経験、人
種といった労働者属性を表す変数とした離散選択回帰分析を行なった。
この分析は、t 時点の労働者の特徴で、t+1 時点に就業している職業分野を説明しよ
うとするものである。サンプルは、前時点の職業分野と性別によって分けられ、全部
14
194 職種は 5 業務のうちどの業務を最も集約的に行なっているかという観点から、非定型分
析、非定型相互、定型認識、定型手仕事、非定型手仕事の 5 つに分類した。本来であれば各職
業は 5 つの業務の組み合わせとして表されるが、ICT によって代替されるような職業なのか、
ICT によって補完される高スキル職なのか、ICT の影響をあまり受けないサービス職なのか、
という点が重要であるため、各職業を 5 つに分類することで職業の特徴を端的に表現すると考
えている。その結果、194 職種は非定型分析 28 職種、非定型相互 28 職種、定型認識 62 職種、
定型手仕事 29 職種、非定型手仕事 47 職種に分けている。
21
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
で 6 通りの推定を行なった。ここではデータの特性上、2 年ごとのパネルデータになっ
ている。つまり、労働者の現時点の属性で、2 年後の職業分野を説明している。
図 13 各期の期首に定型業務に従事している労働者の 10 年後の業務
出典:「ICT の普及と労働市場の変化」
22
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
推定結果は表 5 の通りである 15 。この表は、各説明変数が 1 単位増加したときの各職
業分野への就業確率の変化を限界効果として表している。例えば、上段 4 列目の「大
卒」という行は、男性の定型業務労働者のなかで、学卒後の労働市場参加年数や人種
が同じであっても、大卒以上の学歴を持つ労働者は、高卒未満の労働者よりも、2 年後
に非定型分析・非定型相互業務といった高スキル分野に就業している確率が約 23.8%
高いということを意味している。
表 5 離散選択回帰分析の結果
出典:「ICT の普及と労働市場の変化」
, ,
推定式は Pr
= 1| ,
= Λ( + ′
+
+
+
∗ ′
+ ′
+
である。ここで、
は労働者 i が時点 t+1 において職業分野 j に従事しているかどう
かを表すダミー変数、 は高卒未満を基準グループとする学歴ダミーのベクトル、 Exp は潜在
経験年数(年齢-就学年数-就学前年数(5 年))、 は人種ダミーのベクトル、 は 1980 年代
を基準グループとする年代ダミーのベクトルである。 Λ(∙)はロジスティック分布の累積密度関
数である。すなわち、この推定モデルは誤差項が独立にタイプ 1 の極値分布に従うと仮定した
多項ロジットモデルである。また、 j = 1, 2, 3 は、それぞれ非定型手仕事、定型手仕事・定型認
識、非定型相互・非定型分析を表し、職業分野選択のベースカテゴリーは定型手仕事・認識と
した。この推定式を、労働者の現時点での職業分野・性別ごとに推定した結果が表 5 である。
当てはまりを表す McFadden の決定係数は一般の決定係数よりも小さくなる傾向があるものの、
モデルについては検討の余地がある。例えば、労働者の職業履歴が全て分かるならば、職業経
験を表す変数として各職業分野の経験年数を追加することで、より正確に労働者のスキル蓄積
への影響を捉えることができると思われる。
15
′
23
日本経済研究センター
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分析結果は、就業している職業分野が同じで、人種や職業経験年数が同じであって
も、大学進学以上の学歴を持っているかどうかで、2 年後に高スキル分野に就業してい
るかどうかに大きな違いが生じるというものだ。学歴の効果は職業経験年数が増加す
るにしたがって弱くなるが、それは学歴の効果を相殺するほどではない。すなわち、
労働者のキャリアにおいて、学歴は高スキル分野への就業に対して持続的に影響を与
えている。
日本でも二極化が進行
日本でも米国と同様の変化が起きている。池永肇恵氏、神林龍氏らが取り組んだ一連
の研究では、1960年から2005年にかけて、日本の労働市場においても定型手仕事・定型
認識業務が減少し、非定型手仕事・非定型相互・非定型分析業務が増加していたことが
明らかになっている。但し、アメリカに比べ変化の速度は穏やかである。これは、日本
でICTの時代に応じた仕組みの変化を実現できずにいることとも整合的だ。
また、職業構成のシェアも変化した。1995年から2012年にかけて、製造、大型トラッ
ク運転手、配管工といった中賃金層の職業の雇用シェアが低下し、介護、警備、保育と
いった低賃金層の雇用シェア及び上位の職業の雇用シェアが上昇して、定型業務が減少
した。さらに、1980年から2005年にかけて、ICTを導入した産業ほど定型業務が減少し、
非定型分析業務が増加していた。これらは、日本でも労働市場の二極化が生じているこ
とを示唆するものだ。学歴が高スキル業務への就業に影響を与える傾向があることも米
国と同様だ。但し、米国では大卒賃金プレミアムが上昇したが、日本では殆ど変化して
いない。これは、これまでの日本では、大学教育の拡大が高スキル労働需要の増加に対
応できていたことを意味するのかもしれない。
スキル分布を変化させる
今後の労働市場に対する影響について、労働需要について考えると、ICTの普及拡大
は、人しか出来ない仕事、すなわち非定型分析・非定型相互といった高スキル業務の需
要を高めることになる。非定型手仕事に対する労働需要は、対面で提供されるケースが
多いために人口減の影響を受ける一方で、定型業務によって提供される財の価格が低下
することで需要が増加する可能性があるため、一概には言えない。
重要なのは、二極化の拡大に歯止めをかけるため、労働者のスキル分布を時代にあっ
た形で変化させることが可能な環境の整備だ。求められるスキルの変化に対応した大学
教育の見直しや職業訓練の再設計などが必要となるだろう。社会人向けの教育プログラ
ムの充実などが求められる。
オンライン教育の仕組みをスキル獲得に活用することも期待される。例えば、欧米で
開始されたMOOCs(Massive Open Online Courses)のプラットフォームに国を問わず各
種教育機関が参画し、全世界の学習者向けにオンライン講座を提供中だ。オンライン教
育については、修了率の低さが指摘されている。また、米国の研究では、雇用者からの
評価がまだ低く、対面型と比較した場合の教育効果の差の有無にについて議論があるも
一方で、高等教育に要する費用を低下させることが報告されている。まだまだこのよう
な改善点はあるものの、オンライン教育の活用によって、低所得層のスキル獲得を容易
24
日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
にすることが期待される。
教育の他、労働者のスキル分布を変化させる経路としては職業経験を積むことが挙げ
られる。日本では企業など組織内の職業経験を通じたスキル蓄積、つまり「仕事・会社
に慣れること」が重視されてきた。しかし、新技術への対応のための組織内労働者のス
キル分布の変化を配置転換で達成できるのかについては疑問がある。慣れるべき仕事が
社内に存在しないケースもあるはずだ。
このような場合、雇用調整、つまり人の入れ換えによって組織内の労働者のスキル分
布の変化を実現させることが有効だろう。しかし、年功序列や終身雇用といった日本型
の雇用慣行との両立が難しい。管理・交渉といった非定型相互業務のスキル蓄積は日本
型雇用慣行の下で職業経験を積むことで達成されている面があるとすれば、別の方法を
考える必要もある。雇用の流動性を高める他、研修などの無形資産への投資やオープン
イノベーションを通じて組織外に存在するリソースを活用することで、組織内労働者の
スキル分布を変化させることが有効だろう。
6. 技術進歩にあった制度を整備する
「仕組みの見直し」の一環として、技術進歩に対応した法制度を速やかに整備する
ことが必要だ。ロボット、遠隔操作での無人飛行機や自動運転車の運用ルールや事故
の際の対応を明確にすることなどが必要となる。また、サイバーテロへの対策の強化
も重要な課題となる。なかでも、マイナンバー制度と個人情報保護制度は ICT が経済
社会に与える影響を考える上で大きな意味を持つ。
マイナンバー
2016 年 1 月からスタートするマイナンバーは 21 世紀型社会のインフラとして極めて
重要だ。1980 年代のグリーンカード構想はプライバシーへの懸念から挫折したが、
「消
えた年金」などの問題が、旧態然とした縦割りの行政システムを変革する機運となっ
た。マイナンバー制度は、個人レベルで生涯の負担と受益を統合して議論を行うこと
を可能とし、公平・公正を実現する重要な 21 世紀型の社会インフラだ。
マイナンバーとレセプトデータを組み合わせて分析すれば、社会保障を効率的・抑
制的に運用することが可能となる。また、マイナンバーを利用した確認作業の円滑化
は住民の利便性を向上させるとともに、サービスの連携やビジネスプロセスの改革な
どを通じて、自治体のバックオフィスを飛躍的にスリム化するはずだ。自治体の仕事
は、定型業務の処理から、能動的なサービス提供など非定型的業務へと大きく変化す
るだろう。特定自治体の領域に閉じない広域的なサービス提供にも活用でき、格安ス
マホのサービス提供などで行われているような形でのバックオフィスサービスの 卸
売・再販などの可能性が広がる。
民間利用についても今後議論が進む見込みだ。家電などにリコールがある場合に対
象顧客の特定が容易になる。こうした分野では民間利用を積極的に拡大すべきだ。法
人に付番される法人番号、今後実現することが期待される取引番号などとともに、金
融システムへ取り込まれれば、ファクタリングが活性化するだろう。
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情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
普及が進んだとはいえなかった住基カードの経験を踏まえ、中途半端は避け、マイ
ナンバーの利活用は徹底的にやるべきだ。制度導入の成功がその一里塚となる。政府
は周知広報を民間に丸投げせず、着実に準備すべきだ。政府の構想どおり、個人番号
カードに健康保険機能を集約すれば、2020 年頃には全国民の 2/3 が個人番号カードを
保有するだろう。全員が持てばさらなる社会システムの変革へ繋がることが期待され
る。そしてその意図は十分に感じられる。
個人情報保護の仕組み
ビッグデータ・パーソナルデータの利活用において課題となるのが、プライバシー
の確保だ。技術と個人の価値観が相互に影響しあうテーマであり、どこまで個人情報
を把握することが許されるのか、技術進歩と両立する解を探す必要がある。EU では
2012 年 1 月に EU データ保護規則案 16 が提案され、米国でも 2012 年 2 月にオバマ大統
領が「情報化時代のプライバシー保護のブループリント」を公表した。OECD のプラ
イバシーガイドラインも 2013 年 7 月に改正されるなど新時代の制度的な検討が加速し
ている。
わが国でも 2013 年 6 月に「パーソナルデータ利活用を促進するための新たな制度改
正大綱」が示された。2015 年にも、個人情報保護のための第三者機関の設置などを柱
とする法制化が進められる見込みだが、人権保障的な EU 型と整合性を取るのか、消
費者保護・競争促進的な米国型を志向するのか、方向性をどう整理すべきかが引き続
き課題となる。
過度の制約を課してイノベーションを阻害することは回避しなければならない。消
費者の意思に基づくパーソナルデータの利活用や、匿名化された情報の利活用は積極
的に進められるべきだろう。
具体策としては、分散保存によりパーソナルデータの名寄せを防ぐこと、アクセス
履歴の保存公開や監査の仕組みを整備すること、暗号技術などによりネットワークセ
キュリティを強化することなど考えられる。今後、制度化における欧米との整合性の
確保、企業や研究機関による国際的な取組みの推進が必要だ 17 。
7. 変化を促す政策を講じる
「唯一生き残るのは、変化できる者」(「種の起源」ダーウィン)との言葉に示され
ているとおり、現状維持から脱却することが必要だ。今後、次のような政策課題につ
いて検討を深めていく。
16
2015 年以降採択の見込み。
先進諸国で制度的検討が進む中、2013 年 5 月にはアイボリーコーストにおいて、全国民の
パーソナルデータ(位置情報と通話パターン)を利活用し、エスニック境界のマッピング、公
共交通の効率化、伝染病の伝染経路の分析などに活用する 90 のプロジェクトが欧米の大学・
研究機関等によって実施中。
17
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日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
イノベーションへの環境整備
イノベーションへの資金供給を促す仕組み、特に、大規模データなど知識資本への
投資促進、知識資本整備を正当に評価するための評価指標、海外の先進地域との連携
(資金供給、R&D網のネットワーク形成促進)、イノベーション促進の観点からの適
切な移民政策、個人による起業へのセーフティネットワーク整備などが考えられる。
業務改革の推進
ICT 投資の効果を発揮させるためには、組織や制度の仕組み(ルールや慣行)の見
直しを行なうことが必須だ。そのためには、企業戦略のレベルで ICT の利活用を検討
し仕組みの見直しを指揮できる権限を持つ CIO の設置・活用を促進することも重要だ。
科学とビジネスの融合
イノベーションの起点として、ICT 及び ICT が補完する基礎的・創造的な科学の重
要性が高まる。企業によるオープンイノベーションへの取組みの促進、大学発ベンチ
ャーの育成などが必要だ。研究者へのインセンティブのあり方、技術ライセンス、大
学等研究機関の施設の産業利用等なども重要な課題となる。
立地拠点としての魅力の増大
ロボットやパーソナルデータを活用したイノベーションを促すためのスマートな規
制改革、最先端の研究開発やマーケティングの実施を可能とする思い切った特区施策
を推進することが望ましい。そのための 2020 年の東京五輪の開催はひとつのステップ
となる。利活用を過度に制約しない個人情報保護の仕組みの確立も重要なテーマだ。
雇用制度改革/人材育成
労働市場の二極化に対応するための雇用制度や機械化に対応するための各種の資格
制度の見直し、高等教育の再構成による社会的なスキル分布の最適化や、訓練を通じ
たスキル獲得の機会提供などが促進される必要がある。想像・創造の能力を伸ばすこ
とや、イノベーションを加速する技術分野(例:ソフトウェア、通信、クラウド、人
工知能、ロボット)での人材育成は特に重要となる。
グローバル化への対応
海外の質の高い人材との国際的な交流を強化する必要がある。そうした交流を基盤
として ICT を活用したサービス貿易が拡大すれば、人口減少下の日本で課題となる供
給制約の克服にも貢献する可能性がある。日本発のアイデアや技術を海外で実証し、
国内へフィードバックすることなども一つの選択肢だ。サイバーセキュリティ対策に
おける国際連携なども重要なテーマとなる。
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日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
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日本経済研究センター
情報通信技術が変える経済社会研究会「中間取りまとめ」
情報通信技術が変える経済社会研究会
座長
有識者
経済団体
メンバー
岩田
一政
公益社団法人日本経済研究センター理事長
浅見
徹
東京大学大学院情報理工学系研究科教授
奥和田久美
科学技術振興機構シニアフェロー
高口
鉄平
静岡大学大学院情報学研究科准教授
実積
寿也
九州大学大学院経済学研究院教授
篠崎
彰彦
九州大学大学院経済学研究院教授
日本経済団体連合会
エレクトロニクス、自動車関連、IT、小売、流通など会員企業等
企業
10 社
オブザーバー
NHK、総務省
アドバイザー
鈴木達治郎
日本経済研究センター特任研究員/長崎大学教授
高地
圭輔
日本経済研究センター主任研究員
小林
辰男
日本経済研究センター主任研究員
高良
真人
日本経済研究センター研究助手
事務局
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