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5 自然体験の思想的背景に関する研究(個人研究)
114 Ⅲ 調査研究報告/自然体験の思想的背景に関する研究(個人研究) 5 自然体験の思想的背景に関する研究 (個人研究) キーワード 自然と人間の関係、アメリカ、原生自然 本研究では、平成 25 年度に引き続き、わが国とアメリカにおける自然と人間の関係に ついて比較検討を行った。本稿では、特にウィルダネス(原生自然)の意味に着目し、報 告を行う。 1.入植者の思想、ウィルダネス ウィルダネスを辞書で引くと、「(人の住まない)荒野、荒れ地、人気(ひとけ)がなく どこまでも変化のないだだっ広い所」(その他)、などの意味を見つける。しかし、ウィル ダネスとは単なる一つの言葉ではなく、かつてアメリカ大陸に入植したヨーロッパ人であ りクリスチャンである人々によって、数百年のうちに大きな変化を遂げた概念であること が伝えられている。入植が本格的に始まった初期の頃、夢を抱いてアメリカ大陸に移り住 んだヨーロッパ人の目の前には、果てしない荒野が広がっていた。人々は実り多い楽園の 暮らしを手に入れたかっただろう。しかし、先住民との戦いとともに未開の土地との闘い に明け暮れた。キリスト教の教えに従い、悪魔の住む森を切り開くことは正しいと信じて いたのである。さらに、森の恐ろしさと相俟って、開拓者として手つかずの大自然に素手 で立ち向かわなければならない運命を背負い、入植者たちはウィルダネスを切り倒す対象 とみなすようになっていった。一方、先住民にはこのような思想はむろん存在しない。先 住民にとって自然は畏敬の対象であり、まさに生活の場であっただろう。 現在では、アメリカンウィルダネスは全土のわずか2%しか残っていないのだという。 数百年にわたる大規模開拓が行われる中、多様な知識人の挑戦と思索の繰り返しによって、 ウィルダネスの意味は問われ続けた。時代ごとのウィルダネスへの意識の変化を概観する と、開拓によって失われた大自然と反比例するかのように、ウィルダネスへの意識は人々 の精神の奥底に取込まれ、引き継がれ、その価値を高めていったことが指摘されている。 戦う対象から、やがて崇高の源としての「驚愕」「恐怖」「曖昧さ」などの感情を喚起させ る対象に、そして人間が後世に伝えるべき宝へと変わっていくのである。 本研究の分析を通じて、現代のアメリカにおける自然と人間の関係、例えば自然そのも のに人間同様の法的主体としての地位を認める「自然の権利」のような考え方が提唱され るに至る意味が、日本のそれと大きく異なっていることが明らかになった。 2.ウィルダネスはどう生かされているか アウトドア大国アメリカの教育現場では、その市場の大きさに連動しているとは考えら れるが、ウィルダネスが大胆にとりいれられている。一例として、筆者が平成 26 年度にフ ィールド調査を行ったアメリカのある州立大学の事例を紹介したい。 この大学では、今年で3期目を迎える Semester in the Wild という講座が展開されて いる。都市部から遠く離れた自然の中に約2か月滞在し、高度な知識修得を求める体験教 Ⅲ 調査研究報告/自然体験の思想的背景に関する研究(個人研究) 115 育カリキュラムである。ちなみに、講座が展開されるフィールドは里山のような環境では なく、完全に人間社会から閉ざされている大自然にある。受講学生は、本拠地のキャンパ スから車で3時間ほど離れたサテライトキャンパスに移動する。バックパッキングで旅を しながら、ウィルダネスの一角に建てられた大学のリサーチステーションまで歩いて行く。 バックパッキングで移動しながらキャンプ生活を続け、代わるがわるやってくる教授陣の 授業を受けるというものである。これらはもちろん単位化されており、その分野は、アメ リカ環境史、リーダーシップ、エコロジー、ライティング(environmental writing)、原 生自然および保全地区の管理法などに及ぶ。学際的な内容を目指しているため、異なる学 部に所属する教授が協力して運営を行っている。 全米を見渡すとこのような事例は他にもたくさんあるのだろうが、大学をあげてウィル ダネスを利用した大がかりな授業が運営されている事実を目の当たりにすると、アメリカ 人と自然のつながり、とりわけウィルダネスの思想の受け継ぎとともに、ウィルダネスへ の愛着とプライドを強く感じる。 ウィルダネス概念は、紛れもなくアメリカ文化の重要な要素であると言えるのではない だろうか。 (出典:http://www.wilderness.net/NWPS/enlargeAndDetails?id=3614) 116 Ⅲ 調査研究報告/自然体験の思想的背景に関する研究(個人研究) 3.今後の課題 本研究は概観するに留まっているため、詳細な分析と比較検討を重ねていく必要がある。 また、わが国にフィットする実践を模索する研究がこういった基礎資料を効果的に利用す るために、異分野間の連携が必須だと思われる。 参考文献 ・Nash, Roderick.“Wilderness and the American Mind”New Haven: Yale UP, 1967. ・ロデリック・ナッシュ/松野弘訳『自然の権利』ちくま学芸文庫、1992. ・エドマンド・バーク/中野好之訳『崇高と美の観念の起源』みすず書房、1999. ・Lewis, Michael L.“American Wilderness: A New History”Oxford: Oxford UP, 2007. (文責 前青少年教育研究センター主任研究員 関 智子)