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古くて新しい問題、目録の作成‐ 日本昆虫目録の作成に従事して

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古くて新しい問題、目録の作成‐ 日本昆虫目録の作成に従事して
古くて新しい問題、目録の作成‐ 日本昆虫目録の作成に従事して
上田恭一郎 (北九州市立自然史・歴史博物館)
経緯 日本の昆虫総目録の作成 1989 平嶋義弘監修 九州大学農学部昆虫学教室・日本野生 生物研究センター共同編集 日本産昆虫総目録 A Check List of Japanese Insects 追加訂正 1990 3巻に分かれ1,767ページ、28,852種 斉藤秀生、森本桂、多田内修他昆虫学者78名、及びデータ 編纂に理学部基礎情報学研究施設有川節夫他4名の参加 平嶋名誉教授の退官記念出版物としてEsakia記念論文集と共に 寄付金1口1万円で作成頒布された。いわゆる「九大赤本」 と して広く用いられており、アセス会社による環境調査等では必 需品である。古書価格も高騰し、6 10万円の価格が付けられて いる。 内容スタイル 科名 属名 種小名 著者、年代 和名 分布地 科、亜科、族の配列は最新の分類体系 属名、種小名はアルファベット配列 シノニム等含まず現状のまま 和名が2つ以上ある場合は編者が判断し、1つのみ採用 人名の特殊記号は省く 多田内修教授によるデジタル化 日本産昆虫目録データベース(MOKUROKU) (hDp://konchudb.agr.agr.kyushu-­‐u.ac.jp/mokuroku/index-­‐j.html) 日本産昆虫学名和名辞書(DJI) カラスアゲハの事例
チョウでも学名が変わる!
九大目録(1989)以後の研究
阿江茂, 1990. 主として交雑によるカラスアゲハ群の研究.蝶と蛾 41:13-­‐19. 藤岡知夫, 1997. カラスアゲハ亜属.藤岡知夫編著, 日本産蝶類及び世界近縁種 大図鑑 1: 248-­‐261, pls. 140-­‐162. 出版芸術社. 吉本浩, 1998. クジャクアゲハとカラスアゲハ.BuDerflies 20: 45-­‐49. 八木孝司・佐々木剛, 1998. カラスアゲハ亜属(Achillides)の系統関係.蝶類DNA 研究会ニュースレター 2:7-­‐9. 白水隆, 2006. 日本産蝶類標準図鑑.336pp. 学習研究社. 矢田脩, 2007. アゲハチョウ科.矢田脩他, 新訂原色昆虫大図鑑.I (蝶蛾篇): 1-­‐13, pls. 8-­‐10. 北隆館. カラスアゲハ群
カラスアゲハ(本土産)
カラスアゲハ(トカラ産)
カラスアゲハ(八丈島産)
オキナワカラスアゲハ(奄美大島産)
ヤエヤマカラスアゲハ(石垣島産)
オキナワカラスアゲハ(沖縄産)
(白水, 2006)
近年の変化
2006 白水隆著 日本産蝶類標準図鑑 カラスアゲハ Papilio dehaanii dehaanii 八丈島亜種 Papilio d. hachijonis トカラ列島亜種 P. d. tokaraensis オキナワカラスアゲハ Papilio okinawensis okinawensis 奄美諸島亜種 P. o. amamiensis ヤエヤマカラスアゲハ Papilio bianor junia 形態、交配実験、染色体調査、分子系統研究による結果を総合したもの。
変化は続く
Fruhstorfer(1898)はSoc. Ent.でokinawensisの名称で記載した種をその後SteD. Ent. Ztg. で詳しく再記載。その際に採集場所は石垣島としたがその記載はオキナワカラスアゲハ そのものであった。ところがBMに現在保管されているFruhstorferコレクション内ではヤエ ヤマカラスアゲハにokinawensisのタイプラベルがついている。このため2010での変更が 行われた。この標本は当時奄美大島にいた宣教師Ferriéが1898年吉竹他4名の日本人 を沖縄、宮古、石垣、与那国へ派遣した時の採集品で、ヨーロッパに送られ研究された。 産地ラベルのミス、タイプラベル添付ミス?
Papilio dehaanii C. Felder et R. Felder, 1864 カラスアゲハ
dehaanii C. Felder et R. Felder, 1864, Verh. zool.-­‐bot. Ges. Wien 14: 323, 371. (Papilio). Type-­‐Locality: Japan. Papilio dehaanii dehaanii C. Felder et R. Felder, 1864 dehaanii C. Felder et R. Felder, 1864, Verh. zool.-­‐bot. Ges. Wien 14: 323, 371. (Papilio). Type-­‐Locality: Japan. Distribubon: 南千島,北,礼,利,奥尻,本,佐,伊大,伊新,伊式,伊神,伊三,伊蔵,淡,隠,四,小豆,九,対,壱,平戸, 五,天草,甑;樺太,朝鮮半島
japonica Butler,, J. linn. Soc. Lond. (Zool.) 9: 50. (Papilio). Type-­‐Locality: Hakodadi. alliacmon de l'Orza, 1869, Lepid. jap.: 9. (Papilio). Type-­‐Locality: Japan. utae (Dufek et Schaffler, 2006), Notes Papilionidae 4: 2, figs 1-­‐6. (Achillides). Type-­‐ Locality: Miyake Jima. Papilio dehaanii hachijonis Matsumura, 1919 hachijonis Matsumura, 1919, Thous. Ins. Jap. Addit. 3: 477, pl. 27, figs 3, 4. (Papilio). Type-­‐Locality: Hachijojima. Distribubon: 伊八
Papilio dehaanii tokaraensis Fujioka, 1975 tokaraensis Fujioka, 1975, BuDs Jap. 56: 281, pl. 38, figs 5-­‐7, pl. 41, figs 1-­‐13. (Papilio). Type-­‐Locality: Nakanoshima, Tokara Is.. Distribubon: ト口,ト中,ト諏,ト悪,ト宝
Note: 宝島での分布は迷蝶と考えられている. Papilio ryukyuensis Fujioka, 1975 オキナワカラスアゲハ
ryukyuensis Fujioka, 1975, BuDs Jap. 56: 281, pl. 43, figs 1-­‐11. (Papilio). Type-­‐Locality: Yona, Okinawa-­‐jima. Papilio ryukyuensis amamiensis (Fujioka, 1981) amamiensis Fujioka, 1981, BuDs Jap. (rev. Edn): 282, pl. 42, figs 1-­‐16. (Achillides). Type-­‐Locality: Amami-­‐oshima. Distribubon: 奄,喜,加計,請,与路,徳,沖永良? Papilio ryukyuensis ryukyuensis Fujioka, 1975 ryukyuensis Fujioka, 1975, BuDs Jap. 56: 281, pl. 43, figs 1-­‐11. (Papilio). Type-­‐Locality: Yona, Okinawa-­‐jima. Distribubon: 沖,伊江,古宇利,伊平,久米,渡嘉,座間,阿嘉,慶
Note: 伊江島, 古宇利島の記録は迷蝶とされている. Papilio bianor Cramer, [1777] ヤエヤマカラスアゲハ(クジャクアゲハ)
bianor Cramer, [1777], Uitlandsche Kapellen 2: 10, pl. 103, fig. C. (Papilio). Type-­‐Locality: China. Papilio bianor okinawensis Fruhstorfer, 1898 ヤエヤマカラスアゲハ
okinawensis Fruhstorfer, 1898, Societas ent. 13: 74. (Papilio). Type-­‐Locality: Liu Kiu. Distribubon: 石,竹富,八黒,小浜,鳩間,西,波照,与那
Note: 鳩間島と波照間島での定着は不明. junia Jordan, [1909], in Seitz, GrossschmeD. Erde 9: 78. (Papilio). Type-­‐Locality: Ishigaki.
変化はどれぐらい?
2010便覧
1989総目録
セセリチョウ科 39
38
アゲハチョウ科
31
23
シロチョウ科
39
31
シジミチョウ科
87
81
タテハチョウ科
132
122
328
295
新しい目録のめざすもの
カタログ(Catalogue)への道 1.各種のシノニムリストを加える。 2.それぞれの原記載を記述し、タイプロカリティを原記載通り 記述する。 3.最近の分類学的知見の導入。 それはいいけど?
原記載文献が日本国内(ネットも含め)で依然として閲覧しにくいものがある。 Drury, D., 1773. Illustrabons of Natural History. (Biodiversity Heritage LibraryはWestwood, O., 1837によるnew edibon。 タイトルも Illustrabons of Exobc Insectsと変更。近年Animal Base で1773がデジタル化。) しかし書誌学的考察が必要(後述)。 Latreiile, P. A. 1824. Histoire Naturelle Encyclopédie Méthodique (Zool.) 9 (2): 329-­‐828. Herrich-­‐Schäffer, G. A. W. 1843-­‐1856. Systemabsche Bearbeitung der SchmeDerlinge von Europa, zugleich als Text, Revision und Supplement zu J. Hübner’s Sammulung eropäischer SchmeDerlinge, 1843-­‐1856. Herrich-­‐Schäffer, G. A. W. 1869. Prodromus Systemabs Lepidopterorum. Pagenstecher, A. Beiträge zur Lepidopteren-­‐Fauna von Amboina. Jahrbüchern des Nassauischen Vereins für Naturkunde, Jahrg. 37: 150-­‐326, pls. 6-­‐7. Bullebn de la Société Impériale des Naturalistes. アメリカシロヒトリの場合
Hyphantria Harris, 1841 cunea (Drury, 1773), Illust. nat. Hist. exot. Insects 2: Index to vol 1. (Phalaena). textor Harris , 1841, Rep. Insects Mass. injurious to Vegn: 255.
結局その本の成立過程、書誌学的知
識が必要とされる!
Druryの場合 Vol. 1(1770)には図版(Pl. 18; 4)とそこに図示された種の解説(p. 36)、ここに「New York から受理。」とあるのでtype localityは「New York (U. S. A.)」、学名はVol. 2(1773)のIndex to vol. 1に記述されているので、こちらが原記載とされている。 Harrisの場合 Harris 1841. A report on the insects of MassachuseDs injurious to vegetabon: 255 にて 記載とされていたが、この本を見るとオリジナルはNew England Farmer 7:33にて Arc;a textor Harris, 1828。しかしKirby (1892)が1841に後指定した。Watson et al., (1980) もKirbyの処置に従い、Franclemont (1983)も同様、10のシノニムを挙げ、textorはその内 のひとつ。 アメリカシロヒトリのシノニム
Hyphantria Harris, 1841 cunea (Drury, 1773) liturata (Goeze, 1781) puncta;ssima (J. E. Smith, 1797) budea (Hübner, 1823) textor (Harris, 1841) mutans (Walker, 1856) punctata Fitch, 1857 pallida (Packard, 1864) candida (Walker, 1865) suffusa Strecker, 1900 brunnea Strecker, 1900 (Franclemont, 1983)
日本に侵入したアメリカシロヒトリの種小名はcuneaでいいか? Inoue (1982)は何故 textorのみをシノニムとしたのか? そもそも北米大陸で1種なのか?
ギリシャ語、ラテン語の壁
エルモンドクガの場合 Arctornis Germar, 1810 l-­‐nigrum (Müller, 1764) Fauna Insect. Friedrichsdalina: 40 (Phalaena) v-­‐nigrum (Fabricius, 1775) Syst. Ent.: 577 (Bombyx) l-­‐nigrum ussuricum Bybnski-­‐Salz, 1939, Entomologist’s Rec.J. Var. 51:165. asahinai Inoue, 1956, Jap. J. med. Sci. Biol. 9: 19.
Fridrichsdalinaは何処?
このころの地名ーラテン語化されたものを調べる必要性。 W. T. Stearn, 1983. Botanical Labn. Geographical names. 著者のODo Müllerがデンマークに住んでいたことから、デンマーク人に聞く。 コペンハーゲン近くのFrederiksdalと判明。現在も残ってるManor houseでMüller はこの荘園で家庭教師をやっており、この荘園で採集された昆虫をリスト化したもの。 タイプは残ってなく、多分コペンハーゲンの大火災で消失したといわれている。 熟練分類学者の逝去
蛾類、テントウムシ、水棲甲虫類といった分野で逝去が続き、 カタログのアップデートのみならず、原記載の記述といった基 本的なことが不明になる危険性がある。 カタログデータの電子化が進んでいなかったことによる継続の 困難さ。 文献知識の散逸。 個人的レベルでの研究、資料データの保存で あり、組織的な継続が無い現状。
分類体系の急激な変化
どの「高次分類体系」のもとで編纂するか?
情報洪水
出版形態
アナログ
デジタル
長所 目にやさしい 閲覧は案外早い 保存は長期可能 一度作るとコピー
は安い 場所をとらない 検索が簡単 変更は簡単
短所
高価 場所をとる 索引が無い場合 検索が大変 変更が困難 目に悪い 閲覧が案外大変 ファイルは壊れる 売れるか売れないか
アナログのカタログは案外売れる! マーケットリサーチの必要性。若者は本を買わない? 買えない?
弱りつつある学会会計への一助? 個々の制作者 負担はどのように解決?
情報公開
利用者
(社会)
学会
研究者
(個々の組織)
問題点
情報公開は社会の流れ
データベース作成は個人努力
データベース作成が業績とならない現状
解決策?
データを減らしてネットへ。完全版はアナログで。 猪又・植村・矢後・上田・神保 日本産蝶類和名学名便覧 (hDp://binran.lepimages.jp/) 蛾類:神保 みんなで作る日本産蛾類図鑑V2 (hDp://www.jpmoth.org/) まとめ
1. 学名、和名の変化に対応できる体制構築の
必要性
2.個人の作業を集約化できる国レベルでの持
続的なデータベースの必要性
3.日々作られる世界のデータを収集する意志ー
組織の確立
4. 分類学者の社会的ポストの確保
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