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Part 1 特別寄稿 - 日本建設情報総合センター

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Part 1 特別寄稿 - 日本建設情報総合センター
社会資本の維持管理における
センサ利用と標準化
日本大学理工学部交通システム工学科 教授
佐田 達典
SADA Tatsunori
1
年2月に「センサ利用技術小委員会」を設立し活動
はじめに
を開始した。本小委員会では土木分野におけるセン
サ利用の在り方、標準化、費用対効果、市場性等に
わが国の社会資本の老朽化が進む中、国土交通省
関して産官学が連携して調査、研究を行い、提言、
は2013年1月に社会資本の戦略的な維持管理・更
利用指針策定、情報発信を行うこととしている。
新を推進することを目的に、「社会資本の老朽化対
2013年7月には研究成果として、『センサ高度利用
策会議」を設置した 。この中で、老朽化対策に資
ガイドライン(案)~センサ利用の標準化に向けて
する新技術の活用等として「Ⅰ 点検・診断技術の
~』の策定を行い公表した2)。本ガイドライン(案)
開発・導入」、「Ⅱ モニタリングシステムの開
は、産業の発展に伴い進化するセンサに対応して、
発」、「Ⅲ 維持管理情報のプラットフォームの構
土木分野における高度利用に関する指針としてとり
築」に取り組むことが予定されている。社会資本の
まとめるとともに、長期的な維持管理を視野に入れ
点検・診断、モニタリングに係る情報の重要性が改
たセンサ・インタフェースおよびアプリケーション
めて認識される中で、それらの情報を取得する機器
の「標準化」について課題・提言をまとめている。
である「センサ」の利用技術にも注目が集まってい
筆者はセンサ利用技術小委員会の委員長として、
る。しかし、同会議の資料で「現場ニーズよりもセ
本ガイドライン(案)のとりまとめに携わってき
ンサ等のシーズが先行している」、「構造物等の状
た。本ガイドライン(案)は「第1章 土木分野に
態と得られたデータとの関係が不明確」と指摘して
おけるセンサ利用の現状」、「第2章 なぜ標準化
いるように、センサを点検・診断、モニタリングで
が必要か」、「第3章 標準化の内容」、「第4章
どのように活用すべきかについては、十分には議論
今後のガイドラインの策定」で構成されている。
されていない。さらに維持管理情報のプラット
本稿では本ガイドライン(案)の内容に基づいて、
フォームの構築に関しても、「現状では情報を統一
これまで議論してきた社会資本の維持管理における
的に扱うことが困難」との指摘がある。センサによ
センサ利用の標準化に焦点を当てて述べる。
1)
り取得されたデータについても標準化等の議論が必
要となるであろう。
一方、公益社団法人土木学会土木情報学委員会で
2
土木分野におけるセンサ利用
は、長年に亘って産官学の技術者が集い、施工や維
2.1 センサとは
持管理における各種センサ利用技術の研究発表と討
本ガイドライン(案)では、第1章で土木分野で
論を実施してきた。今後増大する社会資本の維持管
のセンサ利用について整理している。
理を効率よく実施するためにはセンサの利活用によ
センサとは一般に人間がもつ五感(視覚、聴覚、
る情報収集が欠かせないとの認識に基づき、2010
触覚、味覚、嗅覚)や時間、空間を計測するもので
● 110号 5
ある。そうした現象を計測することにより、自然
視、地すべり監視、海岸・海洋分野での波高・周
や構造物の変状を計測することができる。
期、津波、漂砂、浸食の測定などに幅広くセンサ
センサの種類は図-1に示すように多岐に亘って
が利用されている。また、鉄道や道路等のトンネ
いる。計測原理は、センサごとに異なり多様であ
ル、橋梁、法面の点検・モニタリング、さらに情
る。金属が持つ電気的特性を活用したセンサもあ
報化施工でも各種のセンサが活用されている。
れば、音波や電波の動作原理を活用したセンサも
なかでも、わが国の橋梁は建設から50年以上経
ある。センサのひとつであるひずみセンサは、金
過したものが増加しており、老朽化が著しくなっ
属が伸縮することによりその電気抵抗値が変化す
ている。こうした橋梁の点検・モニタリング(疲
るという原理を利用している。金属(ひずみセン
労亀裂状態、塩害状態、アルカリ骨材反応状態)
サ)を測定物に貼り付け、入出力電圧の差分を伸
のためにセンサが多く用いられることが想定される。
縮量として計測する。また、超音波速度センサ
わが国の橋梁は、高度経済成長期(1954年(昭
は、観測者から発せられた超音波が移動する物体
和29年)から1973年(昭和48年))に多く建設
に反射することによりその周波数が変化するとい
されている。1960年までに建設された橋梁の数は
う原理を利用している。
約13,000橋であるが、1970年までに建設された
橋梁の数はその3倍の約41,000橋であり、今後、
2.2 土木分野におけるセンサ利用
建設から50年を越える橋梁の数が急激に増加する
土木分野では、各種のセンサにより自然や構造
こととなる3)。また、今後、建設から50年を超過す
物の変状を計測し、現象を把握している。河川の
る橋梁が毎年2,000から3,000橋梁以上増え続け
水位、流速、水質の測定、砂防における土石流監
ることになる(図-2)。
光・電磁波センサ
可視光センサ(画像センサ)
赤外線センサ
放射線センサ
その他 機械量センサ
マイクロ変位・角度センサ
加速度・角加速度センサ(ジャイロ)
力・トルクセンサ(ひずみゲージなど)
その他 流体センサ
圧力センサ(水位計など)
流速・流量センサ(流速計など)
レベルセンサ
粘度センサ
密度センサ
濁度センサ
その他 磁気センサ
ホール素子
ホール IC
半導体薄幕磁気抵抗素子
GMR 磁気センサ
MI センサ
SQUID 磁気センサ
その他
温度・湿度センサ
温度センサ
湿度センサ
その他 化学センサ、バイオセンサ ガスセンサ
イオンセンサ
バイオセンサ
その他 音波・超音波センサ
空中用センサ
水中用センサ
固体用センサ
特殊環境用センサ
その他
光ファイバセンサ 光ファイバセンサ
光ファイバジャイロ
電気系統用光ファイバセンサ
特殊センサ
図ー 1 センサの種類(次世代センサハンドブック(培風館)より作成)
6
● 110号
Part 1 特別寄稿
箇所数
6,000
5,000
1970年までに建設された
橋梁数は、約41,000橋
それぞれの年度に架設された橋梁数
(橋長15m以上)平成22年4月1日現在
4,000
3,000
1960年までに建設された
橋梁数は、約13,000橋
2,000
1,000
2005
2000
1995
1990
1985
1980
1975
1970
1965
1960
1955
1950
1945
1940
1935
1930
1925
1920以前
0
年度
図ー 2 年度ごとの建設橋梁数3)
橋梁の長期モニタリングでは、水管式沈下計(た
不具合が発生してから対策を施す「対症療法型管
わみ測定)、変位計(支承変位測定)、光ファイバ
理」を行っていた。しかし、ライフサイクルコスト
センサ(ひずみ測定)、亀裂変位計(ひび割れ幅測
を最小化して効率的に構造物を管理するために「予
定)などのセンサが使われている。今後、急速に増
防保全型管理」への転換が図られている。「予防保
加する保全が必要な橋梁等の構造物に対して、状態
全型管理」を実施するためには、点検作業を高度
監視が可能なセンサが必要になるとともに、安価で
化・効率化する必要があり、データの一元化・計測
大量のセンサの供給とセンサの活用技術が求められる。
結果の定量的評価を行う上で、構造物を診断する計
3
測手法の標準化が不可欠である。
センサ利用の標準化
一方、生産システムの効率化を求められている現
状から「情報化施工」が導入されつつある。「情報
3.1 標準化が求められる背景
化施工」とは『ICT(情報通信技術)を建設施工に
本ガイドライン(案)では、第2章以降でセンサ
活用して高い生産性と施工品質を実現する新たな施
利用の標準化に関して提言を行っている。
工システム』の総称である。近年では測量技術や制
先述のように、土木分野では高度成長期に施工さ
御技術の進歩により、汎用の建設機械を用いる土工
れた道路・鉄道といった構造物を中心に経年劣化が
工事や舗装工事などに、自動化技術や情報の統合利
進行している。これらの構造物にはライフラインと
用技術として用いられている。
しての安全性・使用性および耐久性が求められてい
情報化施工の導入やデジタル機器の進歩に伴いセ
ることから、その維持管理の重要性が叫ばれてい
ンサ機能も多様化している。センサは小型化・高度
る。加えて、頻発する地震や大雨といった自然災害
化が進み、高速化されたネットワークではユビキタ
に対する防災施設に関しても安全性・耐久性が求め
スからクラウド・コンピューティングへと発展しつ
られており、重要構造物として維持管理の高度化が
つある。センサネットワークの急速な進歩によっ
求められている。
て、メーカの技術開発は飛躍的に進み、システム・
これまでは構造物を維持管理するといった場合、
インタフェースの更新サイクルが短くなっている。
● 110号 7
しかし、長期的な維持管理を行う上で、度重なる
CALS/ECに対応したCADの標準化、デジタルカメ
システム更新は「共有化」の障害となる可能性が
ラ工事写真管理基準、TS・GNSS※盛土管理要領の
高い。
制定、道路監視システムによるセンサデータロ
土木分野で取り扱うデータは長期的な管理が必
ガーの標準化検討など、様々な標準化の取組みが
要なものが多い。センサにおいては、各メーカ
なされている。業務の効率化、安全性の向上、品
間・各世代間での共有化を図るため、標準化が求
質の均一化など、多くの効果が実証されている。
められている。
しかしながら、建設分野特有の多様なステークホ
ルダー間の価値観や選考方法の差、センサに対す
3.2 「標準化」の定義
る期待や取組みのバラツキ、国内における地域性
IT用語辞典Binaryでは、『標準化とは、利害関係
や発注者による仕様のバラツキなど、「標準化の
者における利便性や意思疎通を目的として、物事
難しさ」も指摘されている。
や事柄を統一したり、単純化、秩序化することで
センサ利用の標準化は、これらの「バラツキ」
あり、無秩序化や多様化、複雑化を防止する規格
を制御するとともに、現場ニーズに応えるセンサ
を定めること。製造業やソフトウェア開発などの
に必要な仕様・機能を分かり易く整理するもので
場における設計書の記述方法や開発方法などが標
ある。
準化されることが多く、品質の向上やコスト削
減、共通化、効率化などを図るため、経済効果や
消費者メリットなどが大きいと言われている。』
4
標準化の内容
とある。
4.1 標準化によって期待される効果 本ガイドライン(案)は、土木分野におけるセ
現場でセンサを利用する場合、ユーザにとって必
ンサ利用のための標準化を対象とし、
要な情報が得られない、指針となるような事例が
①土木分野のセンサ利用に関し、センサの機能、
わからない、など具体的な課題も指摘されてい
表示、使用方法などの標準を設定し、これを土
る。センサの多様化が進み、差別化が要求される
木分野で共通して利用するもの
ことで時間・費用とも無駄が多くなってきている。
②土木分野のセンサ利活用に関係する人々の間
そこで、センサを利用する上で知っておくべき
で 、 利 益 、 利 便 性 が 公 平 に 得 ら れ る よ う に 整
こと、確認すること、評価する基準を整理するこ
理、単純化する目的で定めたもの
とが重要となってくる。本ガイドライン(案)
と「標準化」を定義している。
は、センサに関して必要な情報や知識を整理し示
標準化は必ずしも容易なものではなく、失敗事
すことで、ユーザがよりセンサを利用し易くする
例も多々報告されている。多くは、標準化の範囲
ことを目的としている。
を明確にしなかったり、現場(ユーザ)の意図を
以下に、標準化によって、期待される効果につ
反映しない「やり過ぎの標準化」によるものであ
いて示す。
る。「やり過ぎの標準化」によりオーバースペッ
(1)センサ選定の指針
クとなった費用の増大が、参入の弊害となり普及
センサを利用するにあたって、必要なスペッ
を阻害することにも繋がった事例もある。また、
ク、精度、機能など必要な項目のチェックや比較
標準化が新技術普及の足かせにならないよう「自
が無駄なく行える。必要なセンサ知識が整理さ
由度のある標準化」であるべきで、限定を避ける
れ、メーカとユーザ間で共有すべき情報を明確に
ことは言うまでもない。
するとともに、統一した(共通化)表記により知
建設分野でも、ITや要素技術の進化、電子納品、
識レベルの平準化を図ることができる。長期間の
※ TSとはトータルステーション、GNSSとはグローバルナビゲーションサテライトシステムのことである。
8
● 110号
Part 1 特別寄稿
利用を考慮したデータ形式やハードウェアに依存し
ウェアに依存しないデータ処理やコネクタ・部品な
ないデータ形式を示すことで、センサ間の互換性を
ど共通化でメーカ間の互換性が向上する。汎用部品
向上させ、長期間の利用、再利用を前提としたセン
の利用が促進され、供給や品質の安定につながる。
サ選定が可能となる。
(2)コスト削減
4.2 標準化の範囲と項目
ユーザにとっては、比較・選定が容易になること
(1)標準化すべき項目について
で、検討・設計作業時間が短縮される。
本ガイドライン(案)では、ユーザ、メーカ間で
メーカにとっても、無駄な差別化を避け、必要な
共通化・共有すべき項目で機能、表現、内容、使用
機能と情報を整理して製品化のスピードが増し、価
方法などを「標準化すべき項目」としている(表ー1)。
格低減を図ることができる。
(2)今後検討すべき項目
(3)安全性・施工性の向上
本ガイドライン(案)では、ステークホルダー間
導入・設置作業が迅速化されるだけでなく、危険
で共通化しにくい項目やユーザやメーカで容易に対
作業の軽減も期待される。
応できない項目など、適用条件や利用場面が多様で
(4)計測品質の高度化
標準化には適さない、あるいは難しい下記の項目に
ユーザにとっては、必要な機能・データが欠落す
ついては、今後検討すべき項目とした。
ることがなくなる。既存データとの比較が容易とな
① 測定原理
る。メーカにとっても、汎用的な部品を標準部品に
各メーカやセンサによって独自性や特許性を有す
することで、供給が安定し品質の向上にも繋げるこ
る可能性があり、公開や標準化には適さないと考え
とができる。
られる測定や計測方法に関する項目。
(5)汎用性と互換性
② 通信方式や信号変換、制御コマンド
ハードウェア、ソフトウェアの両面で、ハード
データの種類、容量、要求される通信速度など使
表ー 1 標準化すべき項目
範囲
標準化すべき項目
①センサの性能
・入力信号と範囲
・分解能・誤差範囲
・消費電力、使用電源
②センサの対環境性能・
対策
・保護等級(IP 性能について)
・振動・温度・紫外線・腐食環境(pH)など
・雷、ノイズ対策など
③センサの長期性能
・耐用年数(使用環境により異なる)
④機器の互換性
・機器間の接続方法
・出力データの形式、信号の種類
・容量の制限
・通信速度 など
⑤インタフェース
・コネクタ型式
・通信プロトコル など
・読取り/書込み機能(動作、時間)
⑥出力データの種類・仕様
・データ形式(複数)/データの容量/データ項目の単位/データ項目の順番
(データフォーマット)
・必要なデータ項目(正常データ、通信品質、データ異常、リセット情報など)
⑦データセキュリティ
・保全性(バックアップ)
・機密性
⑧アプリケーション
・汎用性、メンテナンス、使用環境(OS など)、耐用年数 など
・データ表示方法、図化方法 など
・センサの機能・仕様に関する統一した表現、名称、単位
⑨標準化に合わせて統一・
・言葉の定義
定義すべき項目
・耐用年数の表記
● 110号 9
用現場の特有のニーズ・仕様、使用環境の影響を
検作業の効率化・高度化とともに重大な損傷が発
受ける項目。
生する前に異常を発見することが可能となり、予
③ 他センサ/他社間センサとの接続・同期について
防保全や施設のライフサイクルコストを低減する
複数のセンサや他のセンサ・計測機器などとの
ことができると期待されている。
接続方法や同期方式に関する項目。
現在開発されている道路監視支援システムに
④ センサの誤差およびその要因等に関する事項
は、のり面モニタリングシステムとゴム支承反力
専門性が高く、統一表現が難しい誤差の内的要
測定システムがある。のり面モニタリングシステ
因(繰り返しによるセンサ感度の低下・誤差の拡
ムは、のり面に設置した地下水位計、地中傾斜計
大・ドリフト等)などの誤差、使用環境に起因す
およびアンカ荷重計などで得られたデータを、無
るノイズやデータ変動、誤差に関する項目。測定
線ICタグを介して走行車両や遠隔地に送信するシ
原理上想定されない範囲でのデータ。
ステムである。ゴム支承反力測定システムは、圧
⑤ 特殊な現場条件への対応
力センサを内蔵したゴム支承によって、従来はで
高温・高圧・強磁界・落雷などの環境下でのシ
きなかった支承部の実反力(上部工の重量)測定
ステム機能、寿命に関する項目。
を可能にしたモニタリングシステムであり、のり
面モニタリングシステムと同様に無線ICタグを介
10
4.3 維持管理分野における標準化の先進事例
して走行車両や遠隔地にデータを送信する。これ
本ガイドライン(案)では維持管理分野におけ
らのシステムでは、あらかじめ設定した「しきい
る標準化の先進事例として、(株)ネクスコ東日
値」を超える異常な値が計測された場合には、時
本エンジニアリングにおける取り組みを紹介して
速80k mで走行する管理車両に通報されるととも
いる。ここではその概要を紹介する。
に、継続的に得られたデータ等は、スマートフォ
(1)まえがき
ンやタブレットPCなどの携帯端末によって路肩な
(株)ネクスコ東日本エンジニアリングが開発
どの離れた場所でまとめて収集することができる。
を進めている道路監視支援システムは、道路を構
(3)標準化ガイドライン(案)
成するさまざまな施設(部材、設備等)に各種の
各種のセンサやデータロガなどは多くの計測機
センサや無線ICタグを取り付け、スマートフォン
器メーカから様々な製品が開発・販売されている
やタブレットPCなどの携帯端末により、遠隔地や
が、センサやデータロガのコネクタ、通信インタ
高速走行中(80k m/h)の車両内などからセンサ
フェースおよび計測データの仕様などがそれぞれ
データを収集するシステムである。(株)ネクス
メーカによって異なっているため、仕様の異なる
コ東日本エンジニアリングでは、道路監視支援シ
機器同士では接続やデータ読み取りができない現
ステムで使用する各種センサや計測機器などにつ
状にある。もし、道路監視支援システムに使用す
いて標準化の試みを行っており、ここにその概要
るセンサなどの仕様等を標準化することができれ
を紹介する。
ば、ⅰ)運用に即した低コストのセンサ選定が容易
(2)道路監視支援システムの概要
になる、ⅱ)機器の設置が容易になる、ⅲ)作業性が
多くの高速道路で老朽化が進むなか、構造物や
向上する、ⅳ)既存データとの比較が容易になる、
付属施設の点検作業は危険を伴う高所や急斜面あ
ⅴ)センサの用途が拡大できる、ⅵ)メーカ間の互換
るいは車両が通行する高速道路上などで行われる
性を確認しやすくなるなど、道路監視支援システ
ことが多い。道路監視支援システムは、各種のセ
ムの経済性・施工性・安全性・汎用性および互換
ンサにアクティブタイプのICタグを連動させるこ
性が向上すると考えられる。
とで高速道路を時速80kmで走行する管理用車両に
そこで、センサの利用者である(株)ネクスコ
異常情報を発信することができる。その結果、異
東日本エンジニアリングや建設会社、センサや計
常箇所の位置や情報を直ちに特定できるため、点
測機器メーカおよび通信システムを担当する企業
● 110号
Part 1 特別寄稿
表ー 2 道路監視支援システムにおける標準化検討項目
標準化の対象
センサの標準化
(センサ単体の性能)
標準化の項目
(1)出力信号と範囲
(2)分解能・精度
(3)許容誤差範囲(センサの特性,温度,振動による影響)
(4)消費電力,使用電源
(5)利用方法
(6)I/F の実装方法
(7)性能表示の定義
(8)性能試験方法
(9)長期性能保証
機器の標準化
(1)コネクタ・ケーブル
(2)データ形式・単位・容量・I/F・速度
(3)機器の互換性(出力信号,使用電源等)
(4)センサ間の同期
データの標準化
(1)データコンテンツ(センサごとのデータ項目,単位・有効数字)
(2)データ共有(データの属性・状況)
(3)データフォーマット(データ形式,容量,単位,順番)
アプリケーションソフト
ウェアの標準化
(1)アプリケーションソフトウェアの標準化
(2)タグの標準化
(3)維持管理 CALS への対応
運用・メンテナンスの標準化
(1)耐環境性能(保護等級,防塵,防水,耐振,耐紫外線,耐化学薬品等)
(2)耐用年数などの標準化
(3)運用・メンテナンス標準化
※下線の項目は、今回の標準化ガイドライン(案)の対象とした項目を示す。
から構成した「道路監視支援システム標準化検討
べた。センサ利用技術小委員会では今後、構造物の
ワーキング」(以下、「標準化WG」という)を設
長期的なモニタリングにおける「データの継続性」
置し、さまざまな角度から検討を重ね、その結果と
を確保することを目的に標準化を議論していく予定
して現段階において標準化の可能な範囲に限り「道
である。また、併せてモニタリングに使用するセン
路監視支援システム標準化ガイドライン(案)」を
サや計測機器の接続、データ仕様、機器の設置・保
作成した。道路監視支援システムで標準化すべき項
守管理および更新など、運用方法に関する内容につ
目は、表-2に示すとおりであるが、標準化WGで
いても提案していく。
は以下に示す各機器間の接続およびデータ仕様を中
なお、本小委員会の活動にあたっては、一般財団
心に標準化の検討を行った。
法人日本建設情報総合センター研究助成(平成22
①各機器のコネクタ・ケーブル仕様
年9月~24年8月)を受けた。ここに記して心より
②各機器の電源仕様
謝意を表す。
③各機器間の通信インタフェース仕様
④センサのデータ仕様
⑤対象センサの仕様
⑥設置場所の多様化への対応(耐環境性能など)
5
参考文献
1) 国土交通省:社会資本の老朽化対策会議、2012年1月、
http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/point/sosei_point_
mn_000003.html
おわりに
本稿では『センサ高度利用ガイドライン(案)~
センサ利用の標準化に向けて~』を基に、社会資本
の維持管理におけるセンサ利用の標準化について述
2) 公益社団法人土木学会土木情報学委員会センサ利用技術小委
員会:センサ高度利用ガイドライン(案)~センサ利用の標
準化に向けて~、2013年7月
3) 独 立 行 政 法 人 土 木 研 究 所 構 造 物 メ ン テ ナ ン ス 研 究 セ ン
ター:橋の維持管理、http://www.pwri.go.jp/caesar/
overview/02-01.html
● 110号 11
シミュレーション技術とその応用
東京大学地震研究所巨大地震津波災害予測研究センター 教授
堀 宗朗
HORI Muneo
1
あり、シミュレーション技術では自然科学の対象以
はじめに
実際、創薬の問題では、大規模計算を利用したシ
ICTとシミュレーション技術。この二つの技術に
ミュレーション技術が適用されるようになってきて
は重複する部分と重複しない部分がある。計算機を
いる。土木工学の分野、さらに絞れば社会資本の維
使った情報処理の技術という広い意味では重複して
持管理という問題でも、適切な数理問題を設定すれ
おり、特に大量のデータを高速に処理するという特
ば、シミュレーション技術を活用することは十分可
徴は共通する。一方、シミュレーション技術は、科
能である。
学技術計算に特化しており、ICTほど守備範囲が広
この点を踏まえつつ、本稿は、シミュレーション
くない。科学技術計算は、「物理・化学・生物に基
技術の現状を分析し、シミュレーション技術の応用
づいて設定された数理問題を数値計算によって解
に関する将来展望を紹介する。なお、著者の専門で
く」ため、自然科学の対象ではないと親和性が低く
ある地震工学の分野の話題が中心となることを最初
なってしまう。さらに数理問題として設定できない
にお断りする。将来展望に関して、モニタリング・
問題とは無縁となってしまう。このため守備範囲は
センシングに代表されるICTとシミュレーション技
狭いのである。
術の融合を中心に添える。
そもそも計算機は数理問題しか解けない。シミュ
レーション技術の中核である科学技術計算も、自然
科学の対象と言いつつも、実際に解いているもの
12
外の問題が一切解けないという訳では決してない。
2
シミュレーション技術の現状
は、何らかのモデルを経て定式化された数理問題で
地震工学の分野で利用される代表的なシミュレー
ある。偏狭な印象があることは否めないが、計算結
ション技術は、耐震設計・照査に使われる構造物の
果の品質を保証するためには、「解の存在・唯一性
地震応答解析である。これは、地震が引き起こす地
が保証された数理問題を解く」ということがシミュ
盤の揺れである地震動によって、構造物がどのよう
レーション技術には強く要求される。これは、解の
に揺れるかという応答を解析するものである。応答
存在・唯一性といった点は勿論、数理問題に拘泥す
には、変位やひずみといった変形や応力や断面力と
ることなくいろいろな形で応用できるという、融通
いった力が含まれる。地震応答解析の最も強力なシ
無碍のICTとは大きく異なる点である。
ミュレーション技術が有限要素法(Finite Element
逆に言えば、数理問題が与えられればシミュレー
Method, FEM)である。構造物の地震応答は微分
ションの適用は可能である。科学技術計算が自然科
方程式の数理問題、より正確には初期値境界値問題
学の対象に特化しているという現状は、この対象に
として定式化される。FEMは、この微分方程式を
数理問題が与えられているということだけが理由で
数値計算で解く方法である。複雑な幾何形状を持つ
● 110号
構造物の領域を要素と称される小領域に分割する
と、シミュレーション技術はソフトウェア一辺倒
ことで、方程式を高精度で解くことができる。
の印象が持たれてしまう。しかし、ハードウェア
構造物を分割する要素の数を増やすほどFEMの
を無視したソフトウェアはあり得ない。繰り返し
解析精度は向上するため、100万程度の数の要素
になるが、シミュレーション技術の基盤は並列計
を使うこともある。3次元の場合、100万の要素は
算機というハードウェアと共役勾配法というソフ
3方向100x100x100の分割に対応する。領域の分
トウェアである。
割とその細かさを直感的に理解するため、計算機
地震工学のシミュレーション技術は必ずしもFEM
のディスプレイが参考になるかもしれない。ディ
のような科学技術計算に限定されない。津波からの
スプレイは、通常、100万程度の数の画素で構成
住民等避難に関わる問題にもシミュレーション技術
されている。この数より小さいと画像が荒れて見
が使われる。これは、実際に人や群集を使った避難
える上、ズームインに耐えられない。100万程度
の実験が難しいためであり、道路ネットワークの形
の画素のディスプレイの画像は、画素が使われて
状や避難経路の選択、さらには津波の前に起こる揺
いることがわからないほど画像は滑らかであり、
れによる道路等の被害を考慮したさまざまな避難シ
限界はあるが、ズームインによって詳細を見るこ
ミュレーションが行われている。避難問題の具体的
とができる。画素を画像の分割とみなせば、2次元
なシミュレーション技術としてマルチエージェント
では1,000x1,000の分割が滑らかさの目安とな
シミュレーション(Multi Agent Simulation, MAS)
る。したがって、3次元の場合、1,000x1 , 0 0 0 x
が挙げられる。MASは、エージェントと呼ばれる人
1,000の分割、すなわち10億程度の要素が一定の
や組織を模擬した自律的ロボットを使うシミュレー
解析精度を保証する目安となる。
ションであり、エンバイロンメントと呼ばれる空間
FEMでは微分方程式を連立方程式に変換して解
モデルの中でさまざまな行為・活動を計算する。
く。例えば、100万の要素を使う場合、連立方程
MASを使った避難シミュレーションでは、さまざま
式の行列の次元は100万のオーダとなる。100万
な属性を持つエージェントの相互作用やエージェン
次元の行列やベクトルの演算は通常のPCでは難し
トと環境の相互作用を計算し、緊急時の群集避難行
い。このため、FEMを実行するために、並列計算
動が解析されている。
機と呼ばれる複数の計算ユニットを使った計算機
MASは、当初、KISS原理("Keep It Simple,
が必要となる。さらに連立方程式の解法にも、共
Stupid"、「愚か者、単純にせよ」の原理)に従わ
役勾配法と呼ばれる特殊なアルゴリズムが必要と
ざるを得ない単純なものであった。自律的とはい
される。100万オーダの要素を使うFEMといった
え、従来は単純なルールに従ってエージェントが
大規模計算を使うシミュレーション技術の基盤
動いており、個々のエージェントが持つデータの
は、この並列計算機と共役勾配法というハード
量や機能も限られていた。エンバイロンメントも
ウェアとソフトウェアである。
単純であった。現在、計算機の容量・速度の増加に
シミュレーション技術の両輪がハードウェアと
伴い、相当高度なエージェントを使えるように
ソフトウェアであることは強調したい。特に技術
なってきている。エージェントやエンバイロンメン
開発に関して限定すれば、例えば、ハードウェア
トが保持するデータの種類や量が増加し、その結
の特性を活かしたアルゴリズムを持つソフトウェ
果、エージェントの機能やルールも複雑になって
アを開発することが重要である。同様にハード
いる。例えば、エンバイロンメントの特徴をエー
ウェアの設計にはソフトウェアの特性が考慮され
ジェントが自律的に認知するといった機能であ
ることも重要となる。なお、ハードウェアの特性
る。またエージェントの数も100や1,000という
としてメモリアクセスのスピードや演算速度、ソ
オーダではなく、万を超えるものとなっている。こ
フトウェアの特性として大量データの処理や多数
れに応じてエンバイロンメントも広い空間を対象
回の演算といったことが挙げられる。ややもする
とすることになり、精緻なものとなっている。
● 110号 13
地震工学分野でのシミュレーション技術の代表と
造物が被害を受けた場合、例えば、道路が一部使え
して紹介されたFEMとMASは、実務レベルでも使
なくなった場合の避難に対する影響や、被害の復旧
われる。この意味で十分成熟しているが、逆に言え
の度合いと都市活動の再開の状況のシミュレーショ
ば、この二つのシミュレーション技術は、「更なる
ンも考えられている。
発展を遂げる」かそれとも「(緩やかな改良はある
都市の地震シミュレーションは、地震・構造物応
ものの)現状のレベルのままに留まるか」の岐路に
答・被害対応という一連の過程のシミュレーション
立っているようにも思われる。FEMに関して言え
である。各過程のシミュレーションには独自の数値
ば、高機能の市販プログラムが利用できるように
解析手法が使われる。例えば、地震と構造物応答で
なっており、建設のみならず自動車・船舶・航空を
はFEM、被害対応ではMASが使われる。このため、
含む構造設計に関わる分野では、実務はもとより研
地震のFEMシミュレーションのためには地盤の解析
究にも使われるようになってきた。良質の商用プロ
モデル、構造物応答のFEMシミュレーションには構
グラムが安価に使われることは自体は決して悪いこ
造物のモデルが必要となる。また被害対応のMASシ
とではないが、「枯れた技術」となった感は否めない。
ミュレーションにも道路等を含む地域・地区のモデ
構造のような固体とは異なり、流体を対象とする
ルが必要となる。FEMとMAS以外の数値解析手法を
シミュレーション技術は大規模・高分解能化が進め
使うことも、勿論、可能である。数値解析手法は、
られている。コストがかかる実験の代替となるよう
それ自体では、シミュレーションができず、かなら
なシミュレーション技術が目標となっているからで
ず解析モデルが必要である。解析モデルを構築する
ある。実際、HPC(High Performance
ために必要なデータの量と質が限られている場合、
Computing)と呼ばれる高性能・大規模数値計算
精緻な解析モデルを作ることはできず、簡易な解析
の分野では工学に直結する「ものづくり」は流体計
手法を使わらざるを得ない。FEMやMASは比較的精
算を意味している。この事実が示すように研究開発
緻な解析モデルが必要となり、このような解析モデ
も盛んである。計算機の高速化・大容量化の速度を
ルを作るデータが無い場合、他の簡易な解析手法が
考えれば、部材実験や縮小実験が遅かれ早かれ計算
都市のシミュレーションでは使われることになる。
に比べコストが高くなることは自明である。固体な
さらに、地震・構造物応答・被害対応という過程の
いし構造のシミュレーション技術も実験の代替とな
中で、前の過程のシミュレーションの出力が次の過
るような、シミュレーション技術の開発は必須とな
程のシミュレーションの入力になるため、地震シ
ると思われる。
ミュレーションはシームレス(seamless、繋ぎ目無
3
14
し)であることが重要である。
都市の地震シミュレーション
都市の地震シミュレーションは、都市という大空
間を対象とすることの他、さまざまな解析手法を
地震工学の分野の新しいシミュレーション技術と
シームレスに組み合わせるという意味で、計算科学
して、構造物の地震応答解析を都市全体に拡張する
の観点からみた新しいシミュレーション技術である
都市の地震シミュレーションが注目を浴びている。
ことは間違いない。地震工学の観点からは、現状の
これは都市の構造物、すなわち、建築建物や社会基
地震被害推定を超えることが期待されている。現状
盤施設一棟一棟に対して、地震応答解析モデルを構
の地震被害推定は経験ベースである。想定した地震
築し、地点毎の地震動を入力し、地震応答を計算す
(震源の位置、マグニチュード等)から地点毎の地
る、というものであり、「都市を丸ごと計算する」
震動を計算し、その地震動から構造物の被害を計算
ことになる。地点毎の地震動も計算するため、地震
するが、この計算には経験式が使われるからであ
の源である断層からの地震波動伝播の仮定を計算
る。具体的には、地震動の計算には震源からの距離
し、柔らかい地表面近くの地盤での増幅も計算され
と最大加速度等の地震指標の関係を表す距離減衰
る。さらに、都市の地震シミュレーションでは、構
式、構造物被害には地震指標と構造物に被害が生じ
● 110号
Part 1 特別寄稿
る確率の関係を表す被害関数と呼ばれる経験式で
4.1 大規模数値計算を使う数値解析手法の実行
ある。経験式の精度には限界があることは自明で
IESの例として、図ー1に東京23区を対象とした
ある。震源から発生する地震波が伝播し地盤を揺
地震シミュレーションを示す。これは地盤モデル
らすという地震動の発生や、地盤の揺れである地
と構造物モデルを用いた、地震と地震応答の過程
震動が構造物を揺らすという応答といった物理過
のシミュレーションである。地盤の揺れは、谷の
程が考慮されていないからである。
ような地形では他よりも大きく増幅する。また柔
一時代前の計算機の性能を考えれば、経験式を
らかい地層の材料特性・幾何形状にも依存する。
使う以外に地震被害推定に選択肢がなかったこと
表層地盤の細部まで正確に表現した3次元地盤モデ
は事実である。計算機の他、地盤・構造物・地区
ルの地震シミュレーションは、文字通り大規模計
地域の解析モデルを構築できるような都市のデー
算が必要となる。これは、実務の地震シミュレー
タが整備されていなかった、少なくともディジタ
ションの計算量を遥かに凌駕するが、京計算機の
ル情報として入手できなかったことは軽視できな
ようなスーパーコンピュータでは計算が可能であ
い。計算機の大容量化・高速化とともにディジタ
る。数年の内に、相応に大きい計算サーバを使っ
ル都市データの整備によって都市の地震シミュ
てこのような計算を実行することは決して夢物語
レーションを開発する可能性が生まれてきたので
ではない。
ある。都市のディジタルデータは、ICTの社会普及
構造物モデルは市販の地理情報システムに蓄積
の他、地理情報システムの整備にも絡んで、質・
された建築建物の形状データから構築されてお
量ともに増大している。増大の速度は計算機の発
り、その数は100万を超えている。構造物一棟一
展の速度とも十分バランスするように思われる。
棟の地震応答シミュレーションに必要な数値計算
都市の地震シミュレーションの
基盤技術
は、地震のシミュレーションに必要な数値計算よ
4
りも小さいが、100万の構造物を一斉に計算する
と相応の計算量となる。このため地震応答のシ
都市の地震シミュレーションを支える基盤は、
ミュレーションにもスーパーコンピュータを使う
大きく、 1)各種数値解析手法を実行する技術、
ことが必要となる。なお、100万を超えるシミュ
2)都市モデルを自動的に構築する技術、3)膨大
レーションを分散して実行し、その結果を束ねる
な解析結果を可視化する技術、の3つに分類するこ
ことは決して単純ではない。計算機のハードウェ
とができる。数値解析手法の実行とは、開発され
アにあった適切な処理を開発する必要がある。
た解析手法を地震シミュレーションのシステムに
組み込み、他の数値解析手法とシームレスに連動
4.2 各種都市モデルの自動構築
させることである。都市モデルの自動構築とは、
前述のように、都市の地震シミュレーションで
一つないし複数の地理情報システムに蓄積された
は、地震、地震応答、被害対応それぞれの都市モデ
データから、都市モデル構築に必要なものを抽出
ルが必要となるが、IESはこの都市モデルを自動構
し、それから妥当な解析モデルを作ることであ
築する点が特徴である。自動構築とは、1)入力と
る。可視化の技術とは、都市の地震応答を
なる地理情報システムのファイルを読み込み、2)
10,000m単位の都市全体から0.1m単位の構造物
ファイルと蓄積されたデータを分析し、3)各都市
単体までのさまざまなスケールで可視化する技術
モデルに必要なデータを抽出し、4)解析手法の入
である。この3つの基盤に支えられる都市の地震シ
力となる適切なファイルを出力する、という一連の
ミュレーションは、IES(Integrated Earthquake
処理を行う。計算機を使うものの、科学技術計算と
Simulation, 統合地震シミュレーション)として開
は全く異なる処理が必要となり、独自のプログラム
発が進められている。
が開発されている。この意味で、IESは狭い意味で
の科学技術計算のプログラムではない。
● 110号 15
図ー 1 東京23区の都市モデル:構造物一棟一棟を計算し、大きく揺れた部分を赤、揺れが小さい部分を青で表示。
都市の地震シミュレーションでは、各数値解析手
盤の揺れから個々の構造物の地震応答、そして個人
法を連成させることが重要であったが、さまざまな
の避難行動が計算される。都市のサイズにも依存す
都市モデルの構築のために、地理情報システムのよ
るが、計算結果の出力はテラバイトを超える。この
うな複数のデータソースを利用するというデータと
データを、人が分かるように可視化することが必要
数値解析手法の連成も重要である。IESでは、連成と
である。IESでは、シミュレーション結果を、都市
いう観点から数値解析手法とデータソースを同一視
全体、街区単位といった異なるスケールで分かるよ
することで、数値解析手法-数値解析手法の連成方法
う、可視化のマルチスケール性を重視している。具
を数値解析手法-データソースの連成方法に効率的に
体的には、都市全体の構造物応答を動画で眺める
利用している。効率的な連成を可能にしているの
際、大きな揺れや被害が起こった街区に滑らかに
は、IESのプログラムの構造にレイヤ構造が採用され
ズームインをした動画となるような機能である。可
ているからである。これはデータレイヤ、解析レイ
視化に特化した計算ユニットを利用し、データの転
ヤ、可視化レイヤの3つからなる構造で、各レイヤ
送を高速化するアルゴリズムを開発することで、マ
のデータのやり取りにCMD(Common Modeling
ルチスケール可視化を実現している。
Data)という共通の形式のデータを利用している。
4.3 解析結果の可視化
16
5
都市の地震シミュレーションの
展望
可視化はあまり馴染みのない用語かもしれない。
都市の地震シミュレーションのプログラムである
大量のデータを2次元・3次元の静止画・動画とし
IESは開発段階であり、各計算の高速化や、解析モ
て表示するためには強力なハードウェアが必要であ
デル自動構築の高度化等、改良の余地がある。その
り、その性能を最大限活用して実際に可視化を実行
一方で、地震から自然災害全般に、現時点だけでは
するソフトウェアの開発も必須である。このため、
なく将来予測を行う、という拡張も必要である。豪
可視化はシミュレーションに関わる多くの分野での
雨や洪水、火山噴火のシミュレーションは、自然災
重要課題となっている。
害全般に有効な総合的防災・減災を実現するために
都市の地震シミュレーションでは、都市全体の地
重要である。また、経年劣化を考慮した都市を予測
● 110号
Part 1 特別寄稿
することで、維持管理の良否が将来の地震防災・
減災に及ぼす影響の評価に繋がる。
自然災害全般や経年劣化は、自然科学技術の計
6
おわりに
算として相応に成熟したレベルにある。最新の計
巨大災害の教訓は技術革新をもたらす。今でこ
算環境を利用するには、大規模化・高速化の
そ当たり前の技術である耐震設計は、1923年の関
チューニングは必要であるが、これはさほどの難
東大震災を契機として普及したが、当時は最新技
事ではない。最大の課題は大規模計算を利用した
術であった。1995年の阪神・淡路大震災では危機
シミュレーションに見合う、信頼できる都市モデ
管理システムが刷新された。大規模数値計算を利
ルを構築することである。高精度の電卓を使って
用した都市の地震シミュレーションを東日本大震
も一桁の数の足し算をすることは意味がない。高
災を契機とした技術革新の一つとすることは、工
精度の電卓には、相応の桁数の数を使った複雑な
学系研究者の責務と考えている。
演算に使われるべきである。電卓と複雑な演算は
なお、都市の地震シミュレーションは、被害想
計算機と数値解析手法に対応すると考えると、電
定の新しい手法である。シミュレーションだけで
卓に入力する数が都市モデルに対応することにな
は地震の防災・減災に直接役には立たない。科学
る。計算機と数値解析手法が整備されつつある現
的に合理的な被害想定に基づいて、効果的な防
在、拡張に必要とされるのは、高品質の都市モデ
災・減災対策が立案・実行されて役に立つのであ
ルなのである。
る。これには、モニタリング技術とシミュレー
現時点のIESで自動構築される都市モデルは、基
ション技術が連携して構築される都市モデルの品
となるデータソースの質と量が限られているた
質が有効性の鍵を握る。土木工学の分野で、モニ
め、高い品質を誇れるものではない。例えば、
タリング技術とシミュレーション技術、その連携
個々の構造物に対し、設計時のCADデータが利用
に関する技術開発の重要性は高い。大学・大学院
できるようになれば、都市モデルの信頼度は格段
において、この二つのICTに強い新しい人材を継続
に向上する。さらに、現場施工という建設産業の
的に育成することが必要であり、大学教員の責務
構造物の特徴を考えると、設計データは実構造物
の一つと考えている。
の力学特性を安全側に見積もったものとなる。こ
のため、構造物の力学特性に関しては、実測デー
参考文献
タを使うことが望ましいと考えられる。ICTを利用
M. Hori, Introduction to computational earthquake
した構造物のモニタリングは、維持管理に有効で
engineering, 2nd edition, Imperial College Press, 2011.
あると同時に、解析のためのモデル構築にも有効
堀宗朗:都市の統合地震シミュレーションとセンシング、計測と
である。モニタリング技術とシミュレーション技
術は、モデル構築の点で連携が必須なのである。
制御 52(11), 1015-1021, 2013.
堀宗朗:地震災害予測のためのシミュレーション、シミュレー
ション 31(4), 198-203, 2012.
● 110号 17
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