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平成14年(行ケ)第363号 特許取消決定取消請求事件(平成
平成14年(行ケ)第363号 特許取消決定取消請求事件(平成16年5月19 日口頭弁論終結) 判 決 原 告 出光興産株式会社 訴訟代理人弁理士 大谷 保 同 東平正道 被 告 特許庁長官 今井康夫 指定代理人 佐藤修 同 板橋一隆 同 森田ひとみ 同 一色由美子 同 宮川久成 同 伊藤三男 主 文 特許庁が異議2001-72969号事件について平成14年5月2 2日にした決定を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 主文と同旨 第2 当事者間に争いのない事実 1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「ガソリンエンジン用燃料油」とする特許第3161256 号発明(平成6年11月29日特許出願〔特願平5-299353号に基づく優先 権主張・平成5年11月30日〕,平成13年2月23日設定登録。以下,その特 許を「本件特許」という。)の特許権者である。 本件特許につき特許異議の申立てがされ,異議2001-72969号事件 として特許庁に係属したところ,原告は,平成14年3月11日付け訂正請求書に より,願書に添付した明細書の特許請求の範囲等の訂正(以下「本件訂正」とい い,本件訂正に係る明細書を「本件明細書」という。)を請求した。 特許庁は,上記特許異議の申立てについて審理した上,同年5月22日, 「訂正を認める。特許第3161256号の請求項1に係る特許を取り消す。」と の決定をし,その謄本は,同年6月17日,原告に送達された。 2 本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】記載の発明(以下「本件発明」と いう。)の要旨 (1)沸点25℃未満の留分が3~10容量%,沸点25℃以上75℃未満 の留分が35~50容量%,沸点75℃以上125℃未満の留分が25~40容量 %,沸点125℃以上175℃未満の留分が10~30容量%及び沸点175℃以 上の留分が5容量%以下であること,(2)上記各留分のリサーチ法オクタン価が 70以上であること,(3)式(I) Y=1.07BZ+0.12TO+0.11EB+0.05XY+0.03 C9+A+0.005〔100-(BZ+TO+EB+XY+C9+A)〕 ・・・(I) 〔式中,BZはベンゼン含有量,TOはトルエン含有量,EBはエチルべンゼ ン含有量,XYはキシレン含有量,C9+Aは炭素数9以上の芳香族分含有量(いず れも燃料油中の含有量で容量%)を示す。〕 で表される排気ガス指数Yが5以下であること,(4)ベンゼン含有量が1容 量%以下で,硫黄分が40ppm以下,かつ含酸素化合物含有量が0容量%である こと,及び(5)リサーチ法オクタン価が89~92であることを特徴とするガソ リンエンジン用燃料油。 3 決定の理由 決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明は,平成2年7月発行 「東洋大学工学部研究報告」第25号の石原健二・山下忠孝「自動車ガソリンの性 状と組成」103頁~114頁の表-1(市販のガソリンの性状)のレギュラーガ ソリン「1-4R」に関する記載(審判引用例1・本訴甲4,以下「引用例1」と いう。),California Regulatory Notice Register,Register91,No.40-Z,October4,1991,pp1326-1330(審判引用例2・本訴甲 5,以下「引用例2」という。)及びYasunori Takei,Hirohiko Hoshi,Makoto Kato,Masanori Okada,and Kazuo Abe "Effects of California Phase 2 Reformulated Gasoline Specifications on Exhaust Emission Reduction"SAE922179(1992)(審判引用例3・本訴甲6,以下「引用例3」とい う。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許 は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであって,拒絶の査定をしなけ ればならない特許出願に対してされたものであるから,特許法等の一部を改正する 法律(平成6年法律第116号)附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改 正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2 項の規定により,取り消すべきものとした。 第3 原告主張の決定取消事由 決定は,本件発明と引用例1記載のレギュラーガソリン「1-4R」(以下 「引用例1ガソリン」という。)との相違点の判断において,引用例1ガソリンと 引用例2記載の規制(以下「引用例2規制」という。)との組合せを阻害する要因 を看過し(取消事由1,3,4),引用例2の記載内容を誤認し(取消事由2), 本件発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由5)結果,その容易想到性を誤っ て肯定したものであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の 看過1) (1) 決定は,本件発明と引用例1ガソリンとの相違点aとして認定した,「前 者(注,本件発明)は式(I)で求められるYが5以下で,ベンゼン含有量が1容 量%以下かつ硫黄分が40ppm以下であるのに対し,後者(注,引用例1ガソリ ン)はYの値と硫黄含有量が不明で,ベンゼン含有量が3.11(注,「1.6 1」とあるのは誤記と認める。)容量%である点」(決定謄本6頁第4段落,以下 「相違点a」という。)について,引用例1ガソリンと引用例2(甲5)記載 の「CALIFORNIA AIR RESOURCES BOARDによるガソリンに関する規制」(以下「引用 例2規制」という。)を組み合わせることにより,当業者が本件発明を容易に想到 し得るとした。 (2) しかしながら,引用例1ガソリンは,調製に用いた基材が不明であるた め,当業者が,これを基として引用例2規制を適用する動機付けが存在しない。一 般に,ガソリンの開発,製造は,目的とする性状を満足するよう,複数のガソリン 基材,すなわち,それぞれ多種の炭化水素化合物から成り,特有の性状を有する基 材を選定し,これを適切に配合することにより行われる。したがって,当業者が, 引用例2規制を満たすガソリンを開発,製造しようとする場合には,入手可能なガ ソリン基材を適宜組み合わせ,規制を満足するように各種ガソリン基材の配合割合 を決定し,さらに,それだけでは規制を満足できない場合は,ガソリン基材の製造 条件を一部変更し,基材の性状を変えた上で,配合割合を決定する。配合割合は, 目的とする性状に対して,個々の基材が有する変動要素を組み合わせた量論的な数 式から,目的とする性状を満足する基材の配合割合を解とする方法で決定される。 引用例2規制に近いガソリンが存在し,その基材の種類及び配合割合が判明してい るときは,それを基礎として,これを一部変更することにより規制を完全に満足す るような試みもされる。 ところが,引用例1には,その調製に用いたガソリン基材が全く記載され ていないので,引用例1ガソリンは,設計変更のための手掛かりを欠くものであ り,これを設計変更して引用例2規制を満たすガソリンを製造しようとすれば,ま ず,その基材の種類及び配合割合を推測することが必要となり,次に,推測された 基材の種類や配合割合を変更することにより規制を満足するガソリンを探索するこ とになる。引用例1ガソリンを基として引用例2規制を満足するガソリンを開発す ることは,最初から引用例2規制を満足するガソリンを開発することと比べて,規 制を満足するガソリンを得るために用いる基材及び配合割合を決定する工程は一応 共通するが,その前に,引用例1ガソリンの基材の種類及び配合割合を推測する工 程が必要となり,制約条件が多い分,より困難な開発となる。したがって,引用例 1ガソリンを基として引用例2規制を適用する動機付けが存在しないから,両者の 組合せを阻害する要因がある。 2 取消事由2(引用例2の記載内容の誤認) (1) 決定は,本件発明と引用例1ガソリンとの相違点bとして認定した,「前 者(注,本件発明)においては,含酸素化合物含有量が0容量%であるのに対し, 後者(注,引用例1ガソリン)においては含酸素化合物を含有しているとも,して いないとも示されていない点」(決定謄本6頁第4段落,以下「相違点b」とい う。)について,引用例2規制が,含酸素ガソリンに対するものであることを誤認 した結果,これを引用例1ガソリンに適用することにより本件発明のガソリンを容 易に想到し得ると誤って判断したものである。決定は,引用例2(甲5)につい て,「製造者に対する均一的制限の内容は,硫黄分40ppm,ベンゼン1.00 容量%,芳香族炭化水素25容量%,オレフィン5容量%である旨記載されてい る」(決定謄本5頁第1段落)と認定したが,引用例2には,上記の点に加え,更 に,「規制の構成の外観」として,「この規則は,1996年1月1日から適用可 能な7つのガソリン特性-RVP,留出温度,硫黄,ベンゼン,オレフィン,芳香 族炭化水素及び酸素-のための基準を確立する」(訳文1頁第2段落)と記載さ れ,同記載の右欄の表には,酸素の制限が「(min)1.8重量%」,「(ma x)2.2重量%」(訳文2頁)であることが記載されている。実際,カリフォル ニア規制リフォーミュレーテッドガソリン(フェーズ2ガソリン仕様)に関する文 献であるCalifornia Phase 2 Reformulated Gaso1ine Specifications,Vo1.2,October 4,1991,pp1-29(甲8,以下「甲8文献」とい う。)には,「含酸素化合物のガソリンヘの添加は,ガソリンに供給される酸素含 有量の増大により燃焼混合物の節約の効果を有する。この結果,燃焼性が改善さ れ,COの著しい減少が見られる」(訳文)と記載され,引用例2規制において は,含酸素化合物を添加すべきことが明確に示されている。また,決定が引用例2 規則を満たすガソリンが製造されているとして引用する(決定謄本5頁第2段落) 引用例3(甲6)には,含酸素化合物を添加したガソリンのみが記載され,1.8 重量%以上2.2重量%以下の酸素は,引用例2等で使用されている含酸素化合物 であるMTBEの量に換算すると,おおむね10~12容量%に相当する。すなわ ち,相当量の含酸素化合物が配合されることになる。そして,引用例2は,決定が 認定した硫黄,ベンゼン,芳香族炭化水素及びオレフィンの含有量の規制のみなら ず,RVP,留出温度及び酸素の含有量までを,一体の規制として満たすことを求 めているのであるから,決定の「引用例2には各種ガソリンに含酸素化合物を含有 させることが記載されていない」(決定謄本6頁最終段落)との認定は,誤りであ る。 (2) また,決定は,相違点aについても,引用例2規制が満足すべき基準とし て列挙している性状のうち,恣意的にその一部の項目である芳香族分だけに着目 し,引用例1ガソリンを基として引用例2規制のものに変更することは容易である と判断したが,引用例2規制を見た当業者は,規制値として列挙されている以上, 引用例2規制の各項目値全体を一体として適合させるべきものであると理解するか ら,その中の一項目のみに適合させることは,規制という性質上,あり得ないこと である。上記(1)のとおり,甲8文献に,引用例2規制においては含酸素化合物を添 加すべきことが明確に示され,また,引用例3(甲6)においても,引用例2規則 を満たすガソリンは含酸素化合物を添加したものとなっているように,引用例2規 制に沿って製造されるガソリンは,おのずと含酸素化合物を含むものとなる。 3 取消事由3(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の 看過2) (1) 決定は,相違点aについて,引用例2規制に基づいて引用例1ガソリンか ら芳香族分だけを30.3容量%から25容量%に減らせば本件発明のガソリンと 引用例1ガソリンが同一になるとして,当業者は,引用例1,2から本件発明を容 易に想到し得る(決定謄本6頁第5段落)と判断したが,当業者が容易に実施でき ない机上の論理を前提としており,誤りである。 (2) 当業者の技術常識によれば,引用例1ガソリンについて,他の成分を全く 変更することなく単純に芳香族分だけを30.3容量%から25容量%に減少させ ることは,極めて困難なことである。燃料は,原油から化学工学的手法,例えば, 分離,改質,分解等により,各種の基礎留分(多種の炭化水素の混合物)を得,こ れを基材として,それぞれの燃料の要求性能を満たすように配合することにより製 造される。ガソリンは,相当数の炭化水素化合物から成る各種のガソリン基材を配 合することにより製造され,数十種の炭化水素化合物の混合物から成り,このよう な複雑な組成物から,特定の数成分だけを選択的に低減することは,少なくとも, 当業者の目的に沿うように,安価で量産可能な工業的方法で実現することは,極め て困難である。決定は,引用例3(甲6)を挙げて,引用例2規制を満足するガソ リンは実施可能であると認定したが,引用例3は,当業者が通常採用するガソリン の製造方法,すなわち,芳香族分量が既知のガソリン基材を適宜混合して芳香族分 を所定の量に調整して製造されたと推認できるところ,このような方法で製造でき るからといって,複雑な組成物から成るガソリンから芳香族分だけを選択的に低減 することができるとはいえない。基材を配合して特定物質の量のみを調整すること ができても,既に配合されたものから,他の成分の量を一定に保持したまま,特定 物質の量を変更することが容易ということはできない。したがって,決定は,引用 例1ガソリンを基として引用例2規制を工業的に適用することは,実際上困難であ るにもかかわらず,これを看過した誤りがある。 4 取消事由4(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の 看過3) (1) 決定は,引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因が, 引用例1(甲4)に記載されているにもかかわらず,これを看過した結果,本件発 明のガソリンを容易に想到し得ると誤って判断したものである。 (2) 決定は,相違点aについて,引用例2規制に従って引用例1ガソリンの芳 香族分を減少させることを当然の前提としているが,引用例1(甲4)には,「レ ギュラーガソリンでは1-2R>1-3R>1-4R>1-1R の順にアンチノ ック性が低くなっているものと思われる」(105頁)と記載されているから,こ れに接する当業者は,運転性能を改善するために,かなりアンチノック性が悪いと 記載された引用例1ガソリンを用いて,更にアンチノック性を低下させることが明 らかな芳香族分の低減を試みようなどとは考えない。したがって,引用例2規制を 引用例1ガソリンに単純に適用すれば,本件発明の目的に沿わない結果となること が明らかであり,引用例1には,引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻 害する要因が記載されているというべきである。 5 取消事由5(本件発明の顕著な作用効果の看過) (1) 決定は,本件発明の作用効果について,「前者(注,本件発明)による芳 香族化合物を減少させ,含酸素化合物の含有量が0容量%であるにも関わらず,オ クタン価が89~92のガソリンが得られ,運転性を満足するという効果につい て,オクタン価が89~92のガソリンは,通常のレギュラーガソリンのオクタン 価の範囲内であり,しかも,後者(注,引用例1〔甲4〕)の表-3と表-4に は,ガソリン1-4R(注,引用例1ガソリン)に含有される炭化水素成分とその 成分のオクタン価係数が示されているから,これらの表を基にすると,ガソリン1 -4Rにおいて,芳香族化合物を減少させた際のオクタン価の低下を,芳香族化合 物以外のどの化合物の増加により補えばよいかは当業者であれば検討でき,その結 果によりオクタン価を増加させるような調整が可能であるので,特に顕著な効果と はいえない」(決定謄本7頁第2段落)と認定判断したが,誤りである。 (2) 本件発明は,レギュラーガソリンにおいて,①低公害性の観点から芳香族 分を低減すること,及びそれに伴って生ずるアンチノック性などの運転性能の低下 を防止すること,②そのために高オクタン価基材として通常用いられているMTB Eを添加することは,密度低下による燃費の低下や排気ガス中のNOxが増加する など低公害性の観点から望ましくないこと(本件明細書〔甲2添付〕段落【000 2】)の二つの課題に対して,芳香族分のうちベンゼン含有量を特定値以下に低減 し,かつ,MTBEなどの含酸素化合物を含むことなく,運転性能及び低公害性の いずれにも優れたガソリンを提供するという顕著な作用効果を奏するものである。 上記のとおり,ガソリンの製造に通常用いられているガソリン基材は限ら れており,オクタン価の高いガソリン基材には,通常,オクタン価の高い芳香族分 が多く含まれている。したがって,芳香族分を減少させることで低下したオクタン 価を,芳香族分よりオクタン価の低い炭化水素を多く含むガソリン基材を用いて穴 埋めするのは容易なこととはいえない。さらに,引用例1ガソリン及び引用例2規 制を前提とすると,引用例1(甲4)の表-3(108頁~109頁)及び表-4 (111頁)に基づいても,オクタン価を高めることは容易に達成できるものでは ない。引用例1の表-4によれば,芳香族分以外でオクタン価が芳香族分に匹敵す るオクタン価係数100以上の炭化水素成分は,グループ1(イソブタンとイソブ タンより前の成分),同3(C4オレフィン),同5(C5オレフィン),同13 (ベンゼンと2-メチルヘキサンの間の成分),同19(トルエンと2-メチルヘ プタンの間の成分),同21(3-メチルヘプタンとオクタンの間の成分)であ る。しかしながら,グループ1は,沸点25度以下の揮発性留分であり,これを高 めることは,RVPが増加し,自動車エンジンのベーパーロックの原因となるた め,添加量には限界がある。また,グループ3及び同5は,引用例2規制で5容量 %以下とすべきとされているオレフィン分であり,既に引用例1の基準をはるかに 超えている引用例1ガソリンのオレフィン分を増加させることは引用例2規制に反 する。グループ13,同19及び同21は,ベンゼンより沸点の高い成分であり, 芳香族分の減少により,他の沸点留分が相対的に増加するとの指摘に反することに なる。また,引用例1の表-3によれば,「シクロヘキサン+未詳2成分・・・僅 少」,「未詳2成分・・・僅少」,「未詳1~6成分・・・0.67」と記載さ れ,いずれも,ほとんどが未詳成分であり,ガスクロマトグラフィーをもってして も分離特定が困難な化合物を添加してオクタン価を高めることは,当業者が想定し 得ないことであり,引用例1の表-3,表-4によって,当業者が芳香族分を減少 させたことに伴うオクタン価の低下を補うことは,容易なことではない。 第4 被告の反論 決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の 看過1)について 引用例1ガソリンを設計変更して引用例2規制を満足するガソリンを開発す るために,引用例1ガソリンの基材を推測する必要はない。引用例1(甲4)の表 -3には,引用例1ガソリンの組成が明記されているから,その組成を基に規制に 適合するように設計すれば足りるものである。さらに,引用例1では,「ペンタン 以上のn-パラフィンでは,プレミアムガソリンよりレギュラーガソリンの方に多 く,ライトナフサの多いことをうかがわせる」(113頁第4段落)と記載され, 基材としてライトナフサが多く用いられていることが明示されているので,この点 でも引用例1ガソリンの基材が不明であるということはできない。 2 取消事由2(引用例2の記載内容の誤認)について 引用例2規制の各項目は,すべてを満たした場合にのみ効果を奏するもので はない。本件明細書(甲2添付)に「ベンゼン含有量が1.0容量%を超えると, 燃料油自体が人体に悪影響を及ぼしたり,また排気ガス中のベンゼン含有量が多く なって,環境汚染をもたらすおそれが生じる。硫黄分が40ppmを超えると,排 気ガス中のSOxが増加するとともに,触媒の被毒によって三元触媒の活性が低下 し,その結果排気ガス中のNOxも増加することとなる」(段落【0007】)と 記載されているように,ベンゼン,硫黄分の低減効果は,それぞれ独立の効果であ る。したがって,引用例2規制が含酸素ガソリンであるとしても,規制項目の一部 分を適用することに何ら困難性はない。 さらに,引用例2(甲5)には,含酸素化合物を含有しないガソリンが明示 されている。すなわち,引用例2の1327頁右欄の表には,「cap」,「製造 者用均一的制限」,「DAL(注,予定された代替制限)オプションによる製造者 用基準」の規格が示されている(訳文2頁)が,「DALオプションによる製造者 用基準」では,酸素の規制は記載されていない。 以上のとおり,引用例2規制の上記3規格に共通する項目,すなわち,最低 限の項目は,硫黄分,ベンゼン量及び芳香族分の3種類であり,それ以外は規定さ れていないから,引用例2規制の各項目値全体を一体として適合させる必然性はな い。 3 取消事由3(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の 看過2)について 引用例1(甲4)には,ガソリンの組成が明示されているから,引用例2規 制に適合するように変更することは容易である。しかも,ガソリンは,単一の基材 から製造されることはなく,いろいろの基材をブレンドして目的の物性あるいは組 成にすることが技術常識であるから,引用例1ガソリンを基として引用例2規制に 適合させるため,基材の配合をいろいろ調整することは,容易である。本件明細書 (甲2添付)の実施例でも,ガソリン配合に用いる基材の具体的な製造条件の開示 はなされていないが,当業者は,通常入手可能な基材を配合することにより,本件 発明が規定する所定の特性のガソリンを製造できるものと理解する。 4 取消事由4(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の 看過3)について 原告の引用に係る引用例1(甲4)の記載は,引用例1の表-1からの予想 にすぎず,引用例1全体の記載を見れば,引用例1ガソリンのアンチノック性が悪 いとは記載されていない。アンチノック性の指標であるリサーチ法オクタン価の実 測値,組成からの推定値は,表-3の最下欄に記載されているとおりであり,実測 値は,上記の予想と異なり,引用例1ガソリンが悪いわけではない。リサーチ法オ クタン価の実測値は,90.0~91.3であり,引用例1ガソリンと他のレギュ ラーガソリンに有意な差はない。ちなみに,レギュラーガソリンのオクタン価は8 9~92とすることになっており,市販のレギュラーガソリンのオクタン価はほと んど89~92の範囲のものである。したがって,原告が主張するような阻害要因 はない。 5 取消事由5(本件発明の顕著な作用効果の看過)について 芳香族分を減らしてもオクタン価を低下させない配合は,当業者に容易であ るから,オクタン価が高いことは顕著な効果ではないとした決定の判断に誤りはな い。引用例1(甲4)の表-4には,種々の炭化水素成分グループのオクタン価係 数が記載されている。この表にも示されるように,例えば,ブタンとイソペンタン の間の成分,イソペンタンとペンタンの間の成分などのような芳香族でなくてもオ クタン価の高い成分は多く存在するので,芳香族分の減少によるオクタン価の低下 をこれらで補うのは容易である。また,芳香族分の量を減らすとしても,例えば, トルエン,キシレンのようなオクタン価の高い芳香族分を多く残すように調整する ことによって,オクタン価の低下を補うことも可能である。本件発明の実施例1 は,脱硫軽質ナフサの成分組成が不明なので,基材B,Cのみの成分組成を計算し ても,芳香族分が約30%と高く,それによってオクタン価を高くしているものと 考えられる。さらに,引用例1ガソリンは,含酸素化合物を含有しておらず,その ベンゼン含有量は3.11%であり,これを1%に低減したとしてもオクタン価の 低下は測定精度程度であるから,原告が本件発明の効果として主張する,MTBE などの含酸素化合物を含むことなく,運転性能及び低公害性のいずれにも優れたガ ソリンを提供するという作用効果を奏するものである。 第5 当裁判所の判断 1 取消事由2(引用例2の記載内容の誤認)について (1) 原告は,引用例2規制が含酸素ガソリンに対するものであるのに,本件審 決が,相違点b,すなわち,「前者(注,本件発明)においては,含酸素化合物含 有量が0容量%であるのに対し,後者(注,引用例1ガソリン)においては含酸素 化合物を含有しているとも,していないとも示されていない点」(決定謄本6頁第 4段落)についての判断に際し,「引用例2には各種ガソリンに含酸素化合物を含 有させることが記載されていない」(同最終段落)と認定したことは誤りであると 主張する。これに対し,被告は,引用例2規制の3規格に共通する項目,すなわ ち,最低限の項目は,硫黄分,ベンゼン量及び芳香族分の3種類であり,それ以外 は規定されていないから,引用例2規制の各項目値全体を一体として適合させる必 然性はないと主張するので,検討する。 (2) 本件発明において,含酸素化合物含有量が0容量%と規定されていること は,上記第2の2のとおりである。そこで,引用例2(甲5)の記載についてみる と,引用例2は「California Regulatory Notice Register Register 91,NO.40-Z,October4,1991」というアメリカ合衆国カリフォルニア州における規制 に関する文書であり,「リフォームレーテッドガソリン(フェーズ2ガソリン仕 様)とガソリンの冬季酸素含有に関する規制に対する修正及び採択の検討のための 公聴会の告示」(訳文1頁第1段落)とのタイトルの下,「規則の構成の外観 こ の規則は,1996年1月1日から適用可能な7つのガソリン特性-RVP,留出 温度,硫黄,ベンゼン,オレフィン,芳香族炭化水素及び酸素-のための基準を確 立する」(同第2段落),「RVP以外の6項目の特性についての基準は-供給シ ステム全体のガソリン(代替フォーミュレーションを含む)に適用される絶対的制 限(「cap」)と,製造者又は輸入者から最初に供給される際のガソリンに適用 されるより厳格な基準(代替フォーミュレーションとして的確なガソリンは,この より厳格な基準から免除される。)-という少なくとも2つの階層を含んでいる。 硫黄,ベンゼン及び芳香族炭化水素の制限においては,製造者及び輸入者は最初に 供給される際のガソリンに適用される基準に従うという付加的なオプションを有す る。均一的制限(flat limit),又は,『予定された代替制限』プロセスにより平 均的に適合しうる更に厳格な制限のどちらかを選ぶことができる」,「基準:提案 された,供給システム全体に適用される『cap』,製造者及び輸入者により最初 に供給される際のガソリンに対する均一的制限,及び,『予定された代替制限』 (DAL)オプションに基づき製造者及び輸入者が守るべき基準は次の通りであ る・・・ 特性 [cap] 製造者用 DALオプションに 均一的制限 よる製造者用基準 PVP 7.0psi* 適用なし 適用なし 硫黄 80ppm 40ppm 30ppm ベンゼン 1.20容量% 1.00容量% 0.80容量% 芳香族 30容量% 25容量% 20容量% 炭化水素 オレフィン 10容量% 5容量% 適用なし 蒸留温度 T90 330F 300F 適用なし T50 220F 210F 適用なし 酸素(min)1.8重量%**1.8重量% 適用なし (max)2.7重量% 2.2重量% 適用なし * 夏期の規制期間のみ適用 ** 冬季の規制期間のみ適用」 (訳文1頁最終段落~2頁)と記載されている(なお,上記表中,「特性」 欄の「PVP」は「RVP」の誤記と認める。)。 上記記載によれば,引用例2規制の3種類の規格は,硫黄,ベンゼン,芳 香族炭化水素のそれぞれの含有量ついての制限値が異なる,それぞれが独立した規 制であり,「DALオプションによる製造者用基準」では,酸素やオレフィンの含 有量等については規定はないが,硫黄,ベンゼン,芳香族炭化水素の含有量につい ては最も厳しい(上限値が小さい)条件が定められており,酸素の含有量について 規定のない基準を選択するときは,硫黄,ベンゼン,芳香族炭化水素の含有量につ いては,それぞれ「30ppm」,「0.80容量%」,「20容量%」という制 限値と組み合わせなければ規制を満足せず,規制という性格からみて,各項目ごと に,都合の良い項目のみを組み合わせることは,予定されていないというべきであ る。したがって,相違点aについての容易想到性を検討する際に,芳香族分及びベ ンゼンの含有量として,引用例2規制の「製造者用均一的制限」規格(硫黄,ベン ゼン,芳香族炭化水素の含有量について,それぞれ「40ppm」,「1.00容 量%」,「25容量%」)を選択した場合,その他の制限値,すなわち,相違点b に係るガソリン組成物の酸素含有量については,「(min)」は「1.8重量 %」,「(max)」は「2.2重量%」とならざるを得ず,他の規格を組み合わ せることはできないというべきである。そうすると,酸素含有量を「0」とするに は,これを許容する「DALオプションによる製造者用基準」規格を選択するほか なく,同規格では,硫黄分は「30ppm」,ベンゼン含有量は「0.80容量 %」であるから,本件発明の「硫黄分が40ppm以下」,「ベンゼン含有量が1 容量%」という構成とはならない。 さらに,引用例1ガソリンを基として引用例2規制を適用するに当たっ て,その容易想到性を肯定するためには,本件発明の他の構成要件である各留分の 容量割合,上記各留分のリサーチ法オクタン価,排気ガス指数Y及びガソリン組成 物全体としてのリサーチ法オクタン価についても,これらが本件発明の規定する数 値範囲となることも確認することが必要であるのに,決定がその確認を行っていな いことは,その説示に照らして明らかである。 (3) 以上によれば,引用例2規制において酸素含有量を「0」とするには, 「DALオプションによる製造者用基準」規格を選択するほかなく,本件発明の 「ベンゼン含有量が1容量%以下で,硫黄分が40ppm以下」という構成は,同 規格を満足することができず,硫黄を40ppm,ベンゼンを1.00容量%とす るには,「製造者用均一的制限」規格を選択するほかなく,本件発明の「含酸素化 合物含有量が0容量%」という構成は,同規格を満足することができないにもかか わらず,引用例2規制の3種類の規格の区別をすることなく,「引用例2には各種 ガソリンに含酸素化合物を含有させることが記載されていない」(決定謄本6頁最 終段落)とした決定の認定は,誤りというほかないから(なお,決定は,上記のと おり,引用例1ガソリンを基として引用例2規制を適用するに当たって,本件発明 の他の構成要件が本件発明の規定する数値範囲となることについて確認を行ってい ない点においても誤りであるが,この点は後記2において改めて検討する。),原 告の取消事由2の主張は理由がある。 2 取消事由3(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の 看過2)について (1) 原告は,決定が,相違点aについて,引用例2規制に基づいて引用例1ガ ソリンから芳香族分だけを30.3容量%から25容量%に減らせば本件発明のガ ソリンと引用例1ガソリンが同一になるとして,当業者は,引用例1,2から本件 発明を容易に想到し得る(決定謄本6頁第5段落)と判断したことに対して,当業 者の技術常識によれば,引用例1ガソリンについて,他の成分を全く変更すること なく単純に芳香族分だけを30.3容量%から25容量%に減少させることは極め て困難なことであると主張し,被告は,引用例1(甲4)には,ガソリンの組成が 明示されているから,引用例2規制に適合するように変更することは容易であると 主張するので,検討する。 (2) 決定は,相違点aとして,「前者(注,本件発明)は式(I)で求められ るYが5以下で,ベンゼン含有量が1容量%以下かつ硫黄分が40ppm以下であ るのに対し,後者(注,引用例1ガソリン)はYの値と硫黄含有量が不明で,ベン ゼン含有量が3.11容量%である点」(決定謄本6頁第4段落)を認定し,「ベ ンゼン含有量」,「硫黄分の量」及び「Yの値」の3パラメータを挙げて検討して いるが,それぞれ,引用例2(甲5)に,ベンゼン含有量1.00容量%,硫黄分 40ppmという規制値が記載され,同記載と芳香族炭化水素含有量25容量% (いずれも引用例2規制の「製造者用均一的制限」規格による規制値)に基づいて 排気ガス指数Yの最大値を算出すると4.3となることから,相違点aについて, これらの規制値を適用すれば,上記3パラメータについて,本件発明の数値範囲を 設定することは当業者にとって容易であると判断した。しかしながら,決定が,引 用例1ガソリンを基として上記規制値を適用した場合,本件発明の他の構成要件で ある各留分の容量割合,上記各留分のリサーチ法オクタン価及びガソリン組成物全 体としてのリサーチ法オクタン価を満足し得るか否かについて検討を行っていない ことは,上記1(2)のとおりである。本件発明は,5段階の各沸点範囲ごとの留分に ついて,その全体に対する容量割合,各留分のリサーチ法オクタン価が70以上で あること及びガソリン組成物全体としてのリサーチ法オクタン価が89~92の範 囲であることを規定しているところ,引用例1ガソリンは,本件発明の「沸点25 ℃以上75℃未満の留分が35~50容量%」の要件を除き,各留分区分ごとの容 量割合及びリサーチ法オクタン価は一致(重複)することは当事者間に争いがない が,引用例1ガソリンを基として引用例2規制を適用した場合,引用例1ガソリン の成分及びその含有量に変更される部分が生じ,上記一致(重複)していた要件 が,変更後も一致したままであるかどうかについては,更に検討が必要となる。こ の点について,決定は,本件発明のガソリン組成物全体としてのリサーチ法オクタ ン価89~92の値が,通常のレギュラーガソリンのオクタン価の範囲内であり, 引用例1(甲4)の表-3及び表-4には炭化水素成分とそのオクタン価が示され ているから,芳香族炭化水素を減少させた際のオクタン価低下をどの化合物で補え ばよいかは当業者が検討可能である(決定謄本7頁第2段落)としたが,芳香族炭 化水素以外でオクタン価の大きい成分が限られていること,沸点の低い揮発性の高 い留分ではRVPに影響を及ぼすこと,オレフィンの量についても制限があるこ と,表-4のオクタン価は必ずしも各個別の留分ごとのものではなく,しかも,未 詳とされる成分も含んだものであること等を勘案すれば,表-3及び表-4の上記 記載から,直ちに代替成分の選択が容易であるということはできない。ベンゼン等 の芳香族炭化水素のオクタン価が他の非芳香族炭化水素に比べて比較的高いこと は,引用例1の表-4から明らかであり,含有量の少ないデカンより後の成分(表 -3から4.01%と計算される。)以外は,いずれも,引用例1ガソリンのオク タン価の実測値90.7(表-3)よりも高いから,当業者は,それらの含有量を 引用例2規制に従って減ずる場合,芳香族分の含有量のみを25容量%,かつ,ベ ンゼン含有量を1容量%にし,他の成分を引用例1ガソリンと同じ割合で増やすだ けでは,オクタン価の低いものとなることを予想し,これを,本件発明の規定する 5段階の各留分の範囲内という条件の下で,他の成分で代替できるかどうか検討し ない限り,引用例2規制が適用できるということはできないと理解するものと認め られる。したがって,決定が,上記検討をしないまま,相違点aについて,引用例 2規制を適用すれば,本件発明の数値範囲を設定することは当業者にとって容易で あると判断したことは,誤りというほかなく,原告の取消事由3の主張は理由があ る。 3 以上によれば,原告主張の取消事由2及び3は,いずれも理由があり,決定 は,引用例2の記載内容を誤認し,引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを 阻害する要因を看過したものであって,これが決定の結論に影響を及ぼすことは明 らかであるから,その余の点について判断するまでもなく,決定は取消しを免れな い。 よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決 する。 東京高等裁判所知的財産第2部 裁判長裁判官 篠 原 勝 美 裁判官 岡 本 岳 裁判官 早 田 尚 貴