未病治・運動・鍼灸 Mibyochi (Treatment to Protect Health), Physical
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未病治・運動・鍼灸 Mibyochi (Treatment to Protect Health), Physical
(59) 2000.3.1 59 第48回全日本鍼灸学会学術大会 パネルディスカッション 未病治・運動・鍼灸 Mibyochi (Treatment to Protect Health), Physical Fitness for the Health, Acupuncture & Moxibustion 司会:筑波技術短期大学教授 森山 朝正 スポーツ鍼灸セラピー神奈川副委員長 大西 雅士 演者:東京医科大学講師 坂本 歩 横浜市立大学助教授 野坂 和則 大妻女子大学教授 橋本 勲 福岡大学教授 向野 義人 司会のまとめ 筑波技術短期大学教授 森山朝正 Tomomasa MORIYAMA Professor of Tsukuba College of Technology 第48回全日本鍼灸学会の幕開けとなる「増田明 1.「未病治・運動・鍼灸」 美氏」との公開講座に引き続きパネルディスカッ まず「未病治」とはご承知のように鍼灸の最も ション1の座長を務めた。このパネルディスカッ 得意とする分野であり、このことは、鍼灸の聖典 ションの意味を表題だけで理解してくれる参加者 である黄帝内経にも記載されている。つまり予防 はまず皆無であったろう。しかし、ここまで永年 医学の意味である。予防医学といえば、近年、医 にわたり鍼灸の世界で仕事を共にしてきた(学) 療の中で注目されている医療費削減政策がある。 神奈川衛生学園専門学校副校長、後藤治久先生や その中で健康を維持し、一病息災(昔は無病息災) 本日のパネラ−の一人である、福岡大学運動医学 でQOLを高めつつ日々の生活をおくる最も簡単 研究室教授向野義人先生、そしてスポ−ツ鍼灸を な方法が「適度な運動」である。国民皆運動が叫 陰で支えてきてくれた方々には、何とも鍼灸の未 ばれて久しいが、ここには医療政策の後押しがあ 来を開く第1歩となる表題であることは明らかで ったのである。「歩け歩け運動」もその一つであ あった。表題の意味を簡単に述べ、これからの鍼 る。そしてここ数年にわたって取り組んできた鍼 灸の進むべき方向性が、どのようにして生まれて 灸とスポ−ツの出番となる。「鍼灸」と運動=ス きたかを少し詳しく述べさせていただく。 ポ−ツの取り組みは詳しくその経緯を後に語るが、 スポ−ツと鍼灸の先には、より大きな鍼灸の市場 (60) 60 未病治・運動・鍼灸 全日本鍼灸学会雑誌50巻1号 があり、それが健康の維持を目指す鍼灸であり、 ニングの一手法として鍼灸を位置づけること。② 医療費削減の先駆けとなる鍼灸の位置づけである。 スポ−ツに携わる鍼灸師のスポ−ツに関する教育 本日のパネラ−をご覧いただければ一目瞭然、ス を行うこと。③スポ−ツの現場で鍼灸によるコン ポ−ツ生理学の第1人者で鍼灸をも理解する方、 ディショニングの普及を図り臨床デ−タを集積す 厚生省で長年にわたり健康増進運動を実践して来 ること。④基礎的研究の目標も競技力向上に関す た方、鍼灸と健康の接点におられる方、そして、 る研究を主体とする事などを掲げて活動すること スポ−ツ鍼灸から健康増進への鍼灸の先駆けとな とした。その魁として平成7年8月に福岡で開催 る方、まさにこの表題を絵に描いたようなパネ された第18回ユニバシア−ド大会福岡大会で、同 ラ−の方々である。それぞれの立場からは後に専 時に開催された大学スポ−ツ研究会議に「鍼灸と 門的な詳しい説明がなされるので、ここでは、 「未 スポ−ツ」のセッションが設けられ、そこでス 病治と鍼灸とスポ−ツ」の趨りがどのように始ま ポ−ツ鍼灸斑及び医科学懇話会の基礎研究、臨床 ったかを述べる。 研究を行っている各班員で報告する内容を検討し、 コ−チングサミットでワ−クショップを実施した。 2.スポ−ツと鍼灸 明治鍼灸大学、筑波大学理療科教員養成施設、筑 著者は大学時代に運動と健康について学び、そ 波技術短期大学鍼灸学科、福岡大学体育学部等各 の後鍼灸・手技療法と出会った。鍼灸・手技療法 大学の研究機関を中心に報告された。その内容の の基礎技術を学んでいるうちにスポ−ツの分野に 一端を示す。 この技術を生かせないかと思い、日本テニス協会 1)姿勢反応に対する鍼の効果とパフォ−マンス の仕事と取り組んだ。テニスの日本の代表選手や の向上 ジュニアの選手達の身体を診ているうちに鍼灸・ 鍼刺激がスポ−ツ動作のパフォ−マンスの向上 手技療法の本来のあり方に気がつく。それはちょ に効果を持つ事を示すために重心動揺計を用いた うど鍼灸の社会的な動きと一致していた。 実験を供覧した。 昭和63年全日本鍼灸学会東京大会、平成元年金 スポ−ツ動作における構えの姿勢は、構えを意 沢大会でそれぞれシンポジウムに取り上げられた 味する姿勢が時間的・空間的に連続して変化した スポ−ツと鍼灸は、平成4年岡山県倉敷市で全日 もので、これを運動と呼んでいる。この運動の中 本鍼灸学会スポ−ツ鍼灸斑となり、後発のスポ− には身体の重力方向との関係を示す体位と、身体 ツ鍼灸医科学懇話会と共に歩をそろえ「スポ−ツ 各部の相対的位置関係を示す構えの変化の2つの 障害」から「障害予防及び競技力向上」へその活 要因を含む。スポ−ツ動作の構えは立位姿勢に代 動内容を変えてきた。 表されるが、構えの姿勢から出来るだけ速い反応 なぜか?現代医学の治療学に定義されている を起こすためには立位姿勢時の重心の位置が関係 「治療」と東洋医学の「治療」は定義が異なる。 している。立位姿勢は抗重力筋活動と外乱で起こ この事をふまえてスポ−ツの中で鍼灸の対象を考 る重心移動を元に戻す機構によって維持されてい えると、「障害」のみを対象とするのは鍼灸の臨 る。姿勢バランスの保持には伸張反射、交叉性伸 床の中では非常に狭い範囲を対象とすることとな 展反射、緊張性迷路反射、緊張性頸反射、種々の り、スポ−ツの分野で鍼灸を普及させることに限 立ち直り反射など多くの反射の協調的働きが不可 界が生ずる。従って「障害治療」といった狭い範 欠である。姿勢反応は筋と前庭器官からの固有感 囲から、「予防医学」的な分野で鍼灸を実践する 覚、視覚などの情報で起こる一連のプログラムさ 方がスポ−ツの中で鍼灸を普及することが可能と れた運動である。一方姿勢を維持するために活動 なると私は結論した。鍼灸の中の「未病治」であ している骨格筋を見ると、体幹を後方から支えて る。 いる筋は脊柱起立筋であり、下肢筋では股関節伸 それではスポ−ツの分野で鍼灸を発展させるた 筋の大腿二頭筋と屈筋の大腿四頭筋の非持続的な めにはなにが必要か?具体的には①コンディショ 活動がある。また、下腿筋では足関節底屈筋の腓 2000.3.1 (61) パネルディスカッション 61 腹筋やヒラメ筋の活動が優位で、これらのうち頸 以上のように鍼がスポ−ツ分野の中でケガの治 部筋、脊柱起立筋、大腿二頭筋、ヒラメ筋を主要 療としてのみ存在しているのではなく、より積極 姿勢筋と呼んでいる。立位姿勢では、はじめに支 的に競技力を向上させる事のできる一手段として 持基底面と足部、足関節の関係が定まる。身体は 位置づけて行く事がこれから鍼がスポ−ツ分野で 足関節を支点として逆振り子のような運動をする。 発展していく大きな条件である事を示した。 立位では頭部や重心点は絶えず動揺している。こ その後、スポ−ツ鍼灸に興味を持って国内のス のように神経系及び筋骨格系で調整されている構 ポ−ツイベントで鍼灸のボランテイア活動を希望 えの姿勢で、重心の位置がカカトよりにある事は、 する同志が多くいる事が判り、情報交換の場と活 次の動作へ素早く移動する事の妨げとなりスポ− 動協力の応援組織として全国展開する事となった。 ツパフォ−マンスの低下を招く事になる。さらに これを足がかりに国内、国際スポ−ツ大会に鍼 主要姿勢筋の一つであるヒラメ筋が過度に緊張す 灸・手技療法を位置づけるため、多くの方々の力 ると、重心の位置がカカトよりになり、かつ脊柱 を合わせることができ、国民体育大会、高校総体 起立筋の緊張を招く事も調べられつつある。従っ 開催時に鍼のサ−ビステント等の実践活動として てヒラメ筋に対して鍼刺激を行い重心の位置を前 成果を挙げてきた。今後の鍼灸の発展の方向は、 方に移動させて、スポ−ツパフォ−マンスの向上 まさに表題の示すとおりである。 に寄与できる効果を持っていることを重心動揺計 を使って示した。 参考文献 2)まとめ 1)中村隆一他:基礎運動学医歯薬出版株式会社 これ迄各分野の方々が様々な身体機能を測定で 東京都 第3版206 1991. きる機器を応用して、鍼刺激がスポ−ツパフォ− 2)蝶間林利男他:我国一流選手のスポ−ツ障害 マンスの向上に効果を発揮できる事を示してきた について昭和63年度日本体育協会スポ−ツ が、おおよそ次の3つのカテゴリ−に鍼の影響を まとめる事が出来るものと思う。①筋内循環を良 くする。末梢循環、特に筋内循環の改善で期待で きる事は骨格筋の疲労の改善につながり、疲労の 回復によってトレ−ニングの量、質の向上を計れ る。また、特定の筋をタ−ゲットにできる事で、 バランスの取れたパフォ−マンスを期待できる。 医・科学研究報告第12報364−372 1998. 3)秋月章他:上腕骨外側上顆炎(テニス肘)の 集計的観察とその治療成績 巻9号879−885 臨床整形外科13 1978. 4)川上俊文:図解腰痛学級 医学書院 東京都 第2版82−86 1992. 5)黄川昭夫他:痛みから見るスポ−ツ障害と診 ②骨格筋のト−ヌスをコントロ−ルできる。これ 療のポイント「下肢編」・「上肢編」・「腰 についてもタ−ゲットを絞って特定の筋のト−ヌ 椎・骨盤編」臨床スポ−ツ医学Vol.5 No. スをコントロ−ルすれば、バイオメカニクス的な 2∼4 1998. 立場からパフォ−マンスの向上に鍼の応用が可能 となる。③神経系に対する影響。更に、今回はこ の場で示す事は出来なかったが、今までの多くの 研究成果から鍼が神経系に影響を与える事が明ら かになっている。その中からスポ−ツパフォ−マ ンスへの影響として、①自律神経系への働きかけ で、特に交感神経系の抑制効果があり、この事は “あがり”の防止対策として鍼が有用である事を 示している。また②体制神経系への影響として外 部刺激に対する反応性の向上を期待する事などを 挙げる事が出来る。 62 (62) 未病治・運動・鍼灸 全日本鍼灸学会雑誌50巻1号 健康増進スポーツ医学の立場から 学校法人呉竹学園 東京医科大学衛生学公衆衛生学教室 坂本 歩 Ayumi SAKAMOTO Kuretake College 1.健康と身体活動、運動 についても数々の報告がなされるようになった。 運動が,身体に様々な影響を与えることは広く 川上ら6)は、企業の従業員3,987名を対象として 知られており、現在までに,生体に対する,運動, 質問紙により調査を行い男女とも運動をよくする スポーツ,或いは身体活動の恩恵と弊害について と回答した者ほど低い抑うつ得点を示したことを の数多くの報告がある.特に、運動の生活習慣病 報告している。Morganら7)は、運動がState and 予防に対する効果については、縦断的疫学研究に Trate Anxiety Inventory(STAI)における状態不安 おいて明らかにされている. を低下させると報告している。また、Blumenthal 疫学調査における生活習慣病と運動に関する初 ら 8)は健康中年男性を対象に習慣的有酸素運動 期の研究としては、1953年に報告されている トレーニングの前後での感情気分の変化を気分プ Morris1)の論文が挙げられる。この報告では、ロ ロフィール検査、Profile of Mood State(POMS) ンドンの2階建てバスの運転手は車掌に比べ、虚 とSTAIによって評価している.この報告ではトレ 血性心疾患の発症率と死亡率が有意に高いことを ーニングプログラムを実施した群と運動習慣を持 示している。また、Paffenbargerら2)は、ハーバ たない群とを比較しており,POMSでは非トレー ード大学の卒業生17000名を対象として、週あた ニング群と比較してトレーニング群で有意に緊張, りの歩行数や階段昇降数などから身体活動量を算 疲労,混乱の感情尺度が減少し,非トレーニング 出することにより身体活動と疾病発症や死亡に関 群で変化のない活気に関する尺度が増加し、また、 する追跡調査を行っている。その結果、週あたり 抑うつについては非トレーニング群で有意な増加 2000kcal以上の消費をしている群或いは4.5mets以 を認めている.STAIでは状態不安,特性不安とも 上の中等度の運動を習慣的に行っているものは、 にトレーニング群で減少を認めている.さらに, 非活動的な群と比べ、全死因による死亡率が有意 Steptoeら9)も有酸素運動トレーニングにより緊 に低いことがわかった。さらに,運動と体力との 張,不安,抑うつ等の感情尺度の低下を報告して 関係については、Blairら3)が高い持久的体力を おり,運動によるストレスコーピング能力の改善 有するものはそうでないものに比べ、死亡率が低 についても指摘している.このような研究から運 く、この関係は高脂血症を有するものについても 動が精神、情動或いは気分に少なからず良い影響 同様な結果が認められることを報告している。 を与えていることが明らかになっている。 また、動物実験や臨床研究においても運動の効 一方、運動による弊害として、オーバーユース 果について、そのメカニズムに言及する報告も数 の問題や不適切なトレーニングによる障害、さら 多くなされており、内臓肥満を介したインスリン には、運動による突然死に関することなど多くの 抵抗性4)5)の改善、軽症高血圧の改善、糖代謝 報告もある。筆者らは10)激しい長時間に及ぶ持 の改善或いは虚血性心疾患の予防効果などは、す 久運動であるトライアスロンをモデルとした研究 でに明白な事実として捉えられている。 で競技直後にNatural Killer(NK)細胞の機能が低 最近になり、運動の精神、心理面に与える影響 下し,それが翌日まで及ぶことを報告した.この 2000.3.1 パネルディスカッション (63) 63 報告の前後多くの研究者から運動の強度,時間や で検討することを指している。ここでいうセッテ 種類によって免疫応答が異なることが発表されて ィングとは、地域、家庭、学校、職域などを指し、 いる.即ち,運動が所謂、諸刃の剣であることも セッティングアプローチの発想は、人々がこれら 明らかな事実である。 のセッティングにおいて日常生活を営んでいると これらの研究成果を背景に、適切な運動にかかる いう考え方に立脚している。また、各セッティン 指針が各国で策定されている。米国疾病予防セン グは、単独で存在しているのではなく、相互に影 ター(CDC)とアメリカスポーツ医学会(ACSM) 響を及ぼしているということと人々が各セッティ による公衆衛生的な身体活動の勧告11)として、毎 ング間を自由に行き来しているということを留意 日30分以上の中等度の身体活動を行うべきである しなければならない。具体的には各セッティング としている。わが国においても年代別運動所要量 における健康増進にかかる関係者が、公私を超え が設定されている。さらに、世界保健機関(WHO) た連携をもちながら課題解決のための共通のビジ でもglobal initiative active livingという計画を策定 ョンのためにセッティングを改善し、発展させる している。 方法のことであると考えられる。 昨今、スポーツやレジャーはわが国においても 米国では、1979年に〝ヘルシーピープル1990〟 その人口が増えている。しかしながら、前述した という健康増進と疾病予防に関する公衆衛生報告 ように適切な運動は、身体に良い影響を及ぼすこ 書を作成している。しかしながら、この計画は十 とが明らかになっているにもかかわらず、運動を 分な成果をあげられなかった上、データ上の問題 定期的におこなっている者の割合は少ない。勿論、 から評価できなかったものもあった。これらの反 健康の維持増進のための運動に関する普及啓発活 省を踏まえ、現在実施されている〝ヘルシーピー 動は、地域、職域など様々なセッティングで実施 プル2000〟が策定された。〝ヘルシーピープル されているが、十分な成果があがっていないのが 2000〟では、ボランティア組織、専門家、企業、 現状である。 個人の幅広い協力を得ながら健康に生活できる期 間の延長、健康格差の改善、予防サービスの利用 2.国内外の健康施策と運動 を目標に掲げ、特に優先課題をも明記している。 WHOでは1986年に、カナダのオタワでヘルスプ この優先課題の中でも身体活動とフィットネスと ロモーションに関するオタワ憲章を提唱した。以 いう項目が謳われている。〝ヘルシーピープル 後、今日までこれが世界各国の健康政策の基本的 2000〟は、明らかな目標数値を提示している点が、 戦略として広く浸透している。ヘルスプロモーシ 国の健康施策として高く評価されており、世界各 ョンとは,「人々が自らの健康をコントロールし、 国の健康施策にも大きな影響を及ぼしている。現 改善することを可能にするプロセスである」と定 在、〝ヘルシーピープル2010〟の策定が進められ 義されている12)。そして、人々が身体的、精神的、 ている。これは、ヘルシーピープル運営委員会が 社会的に完全に良い状態に到達するためには、個 中心となり作業中であるが、特筆すべきことは、 人や集団がそれを望み、実現し、ニーズを満たし、 インターネットや地方公聴会を通じて国民の民意 環境を改善し、その環境に対処することが出来な も反映させようとしている点である。 ければならないとしていて、健康は生きる目的で わが国においてもアクティブ80ヘルスプランや はなく、毎日の生活の資源であると謳っている。 トータルへルスプロモーションプラン或いは生涯 また、このヘルスプロモーションを実践するため スポーツ振興など関連各省庁が健康施策を展開し の具体的方法論としてセッティングアプローチと ておりその成果は少なからずあがってきている。 いう考え方が提唱されている。即ち、ヘルスプロ しかしながら、各々の施策が地域、職域、教育現 モーションを進める上で課題となる項目に対し、 場など特定のセッティングに対して実施されてい その対象に視点を向けるだけでなく、その対象が ることもあり、WHOの提唱しているセッティング 生活する様々なセッティング(場面)という視点 アプローチの考え方が十分に浸透していない感が 64 (64) 未病治・運動・鍼灸 全日本鍼灸学会雑誌50巻1号 ある。また、国民の健康観が多様化した現在にお に環境の整備、個人のスキルの向上などに力を注 いては、健康施策が、疾病を有する人や障害者に いできたが、運動実践のための時間や場所を提供 も適用される必要がある。近年、わが国において しても習慣的に運動をする人の割合は、非常に低 は、特定の要援護層に対する児童や身体障害者層 い。 などを対象とし保健、医療、福祉の連携が行われ この課題に対し、行動科学的な手法が運動の継 てきた。もともと、個人が何らかの疾病障害に陥 続のためにも用いられるようになってきた。日常 った際に、病気の進行を予防しながら症状の改善 の生活習慣をより良く変えていくことをLife Style を図り、そしてより質の高い生活レベルを回復す modification或いは行動変容といった言葉で表現さ ることは、誰しもの願いであろう。特に、現在の れる。疾病の発症や進行の予防を目指すために、 ような高齢社会においては、保健医療福祉の垣根 行動変容は、非常に重要であり、以前より禁煙や を取り払わずにはいられない状況にある。即ち、 禁酒のプログラム開発の中でその技術が用いられ 保健医療福祉の連携はもっと広い範囲で実施され てきたものである。現在用いられている様々な行 る必要があり、その中で身体活動や運動は、十分 動科学的アプローチの中で、Health Belief Model に普及されるべきものである。 やSelf Efficacy理論或いは行動変容のための段階理 論などは、行動変容を促す上で欠かせない考え方 3.身体活動、運動の実践 疾病障害の発症要因として宿主、環境、病因が 3大要因といわれているが、環境の整備や病因の である。運動を実践するためにも健康教育の中で これらの理論に基づいた行動科学的アプローチが 行われている。 除去に関しては、技術的にも大きな進歩を遂げて いる。しかしながら、宿主の要因を改善すること は、その困難さから最近まで効果をあげることが 4.運動と鍼灸 運動は様々な疾病予防効果を有しているため、 出来なかった。昨今、いくつかの疾病と遺伝子と 予防医学に用いられている。所謂、未病治に寄与 の因果関係が明らかにされ、遺伝子治療が進めら するという点で鍼灸施術の効果とも通じるものが れてきている。また、免疫のシステムが少しづつ ある。 解明されるに至り、免疫学的治療も開発されてき 一般に鍼灸は、痛みや不快感を除去するという、 ている。一方、こうした医学の進歩とともに生体 言わば対処療法的に捉えられがちであるが、東洋 のもつ疾病に抵抗する力を発揮させるための方策 医学的な理論上、局所に刺激を与えることで全身 についても議論されるようになった。体を丈夫に の状態を改善するものであり、その効果のメカニ 保つために適切な運動を行うということも、ある ズムは生体の全機性に基づく内部環境の保持であ 面では、宿主要因を改善することにつながるかも る。運動も生体にとっては所謂身体的ストレスで しれない。 あり、その刺激によって種々の効果をもたらすと 前述したように、世界各国で様々な健康施策が 展開される中で、運動の実践は、健康の維持増進 いう視点に立てば、鍼灸施術と何ら変わらない。 前述したように、生体にとって運動は諸刃の剣 のために重要な柱となっている。元来、我々は、 であり、不適切な刺激を与えれば好ましくない影 子供のころから体を動かすことの必要性を家族や 響を与える。鍼灸施術も同様のことが言える。即 教育現場から、或いは、マスメディアを通じて認 ち、鍼灸刺激も運動と同様、その量や質、具体的 識しているはずである。しかし、運動の実践を継 には個人に合わせた強度、種類、頻度、時間など 続することは、物理的制約や個人的要因などによ を十分に考慮する必要がある。そしてそれは、科 って必ずしも容易ではない。即ち、運動の必要性 学的根拠に基づいて検証する必要がある。残念な を認識していてもそれを実践に移す人はまだまだ がら、適切な鍼灸治療にかかる科学的裏づけは、 少ないのである。わが国の健康施策においても運 現在のところ乏しい。しかしながら、鍼灸の効用 動を健康の重要な柱として捉え、その実践のため について基礎医学、臨床医学的視点で多くの研究 2000.3.1 (65) パネルディスカッション が行われており、今後徐々に立証される可能性が ある。 最近、スポーツ鍼灸という新しい鍼灸施術の方向 65 4)Reaven G.M. et al.: Role of insulin resistance in human disease. Diabetes . 1988 ; 37 : 1595-1607 5)Kaplan N.M. et al. : The deadly Quartet : Upper 性が見出されてきた。各種スポーツ現場において、 body obesity, glucose intolerance, 鍼灸施術を駆使し、特に運動選手を対象とした施 hypertriglyceridemia, and hypertension. 術が行われるようになっている。これは、スポー Arch.Intern. Med. 1989 ; 149 : 1514-1520 ツ医学が発展していった流れと良く似ている。即 6)川上憲人、原谷隆史、金子哲也、小泉明;企 ち、スポーツ鍼灸も今後大きく飛躍するチャンス 業従業員における健康習慣と抑うつ症状の関 は持っているものと考えられる。しかしながら、 スポーツ医学は、その発展の歴史の中で、確実に 科学的根拠を見出しながら実践、研究されている ことが、広く認知された所以であろう。ゆえに、 連性;産業医学、29、p.55-63(1987) 7)Morgan,W.P.:Anxiety reduction following acute physical activity, Psychiatr.Ann., 1970; 9,36-45. 8)Blumenthal,J.A.,Williams,S. et al,:Psychological スポーツ鍼灸を発展させるためには、その実践を changes accompany aerobic exercise in healthy 通じ、何らかの理論的構築が必要となるのである。 middle-aged adults, Psychological medicine, また、現状のスポーツ鍼灸は、運動障害の発生に 1982; Vol.44,No.6:529-535. 対する対症的療法として用いられていることが多 9)Steptoe,A.,& Bolton,J., :The short term influence く、運動と鍼灸が本来有する特性、即ち、疾病予 of high and low intensity physical exercise on 防やコンディショニングといった効用にはまだ十 mood, Psychological health, 1988; Vol.2:91- 106. 分に活用されていない。スポーツ鍼灸のあり方と 10)坂本歩:激しい超持久運動と最大運動負荷試 して、多岐にわたる方向性とそれぞれに対する科 験が生体の免疫系に及ぼす影響,東京医科大 学的理論の構築が期待されるところである。 学雑誌,第51巻第2号(1992). 11)Pate R.R., Pratt m., Blair S.N., et al : Phtsical 5.総括 activity and public health : a recommendation 今後、鍼灸が先進諸国と共に更に認知され、発 from the Center for Disease Control and 展するために、様々なセッティング(地域、職域、 Prevention and the American College of Sports スポーツ現場など)で施術の効果を多角的(臨床 Medicine. JAMA 1995 ; 273(5) : 402-407 医学的、基礎医学的、社会医学的など)に検証す る必要がある。そして、それらの検証に基づいた 技術が国民の保健医療福祉に寄与するものと考え られる。 文献 1)Morris J.N., Heady J.A. et al. : Coronary heart disease and physical activity of work. Lancet. 1953 ; 2 : 1111-1120 2)Paffenbarger R.S., Hyde R.T., Wing A.L. et al. : Physical activity, all-cause mortality, and longevity of college allumni. New ENG J Med. 1986 ; 314 : 605-613 3)Blair S.N., Kohl H.W., Paffenbarger R.S. et al. : Physical fitness and all-cause mortality. JAMA. 1989; 262: 2395-2401 12)Health Promotion-The Otawa Charter ; WHO, 1986 66 (66) 未病治・運動・鍼灸 全日本鍼灸学会雑誌50巻1号 スポーツ鍼灸の可能性と課題 横浜市立大学 理学部 運動・スポーツ科学教室 野坂 和則 Kazunori NOSAKA Associate Professor of Yokohama City University 1.はじめに もちろん、運動は、種類、強度、量、頻度など個 私は、鍼灸に関しては素人であり、鍼灸の科学 人個人に合った方法で行なわないと、逆効果にな において何がどこまで明らかになっているのかも るばかりか、場合によっては命を奪うことにもな 十分に把握していない。「未病治」という言葉も る1)。鍼灸においても、運動と同様な効果が確認 今回のパネルディスカッションのパネリストを引 されているのではないかと思うが、2つの異なる き受けることになって初めて知った。運動に関し 刺激に同様の作用があるというのは興味深い。 ては、運動に伴う遅発性筋肉痛・筋損傷に関する 「運動」と「鍼灸」はともに健康の維持・増進 研究などに興味を持って進めており、大学におい に役立つ刺激として位置づけられるが、この2つ ても運動・スポーツ科学に関する教育を行ってい を結びつけるものとして「スポーツ鍼灸」がある るので、多少の理解はあるつもりでいる。 と考えることもできる。「スポーツ鍼灸」は、「ス 私なりの解釈から「未病治」、「運動」、「鍼灸」 を関係づけると、「運動」と「鍼灸」はともに「未 ポーツ」の「鍼灸」なのか、「スポーツ」と「鍼 灸」なのか、「スポーツ」に「鍼灸」なのか、そ 病治」につながる可能性を持つ刺激であると考え の本来の言葉の意味は知らないが、「スポーツ」を られる(図1参照)。これまでの研究から、運動 「運動」と置き換えると(後述するように、必ず は、虚血性心疾患、脳血管疾患、動脈硬化症、高 しも「スポーツ」=「運動」ではない側面もあ 血圧、肥満、骨粗鬆症、大腸癌、うつ病、腰痛の る)、「運動」と「鍼灸」を結びつけるものとして 予防に効果的であることが明らかにされている1)。 考えることができる。したがって「スポーツ鍼灸」 運動は適度な強度で行われれば、NK細胞の活性 は、「運動」、「鍼灸」それぞれ独自よりも、より を上昇させるなどして免疫系の働きを高め、防衛 「未病治」に貢献できる可能性を持つものである 体力の向上にも役立つことも知られており6)、行 動体力も向上する。健康と体力の関係は、加齢に と捉えることができる(図1参照) 。 私の研究テーマの1つが筋肉痛であることから、 伴って、より密接になり、「健康であることは体 鍼灸にも関心はあり、「スポーツ鍼灸」の発展に 力があること」と捉えられるようになるという14)。 も大きな期待を寄せている運動・スポーツ科学に 図1 未病治、運動、鍼灸の関係とスポーツ鍼灸 運動・スポーツと鍼灸はともに未病治に役立ち、運 動・スポーツと鍼灸を結ぶスポーツ鍼灸は、未病治に より大きく貢献できる。 2000.3.1 パネルディスカッション (67) 67 図2 スポーツの概念的理解とその多面性 スポーツは身体活動(運動)であり、「遊び」と「勝利至上主義」を両極端に持つ存在として考えることができる。レクリエ ーション的な要素と、競技・競争的要素の割合で様々な様相を呈し、スポーツを健康・体力づくりの手段として行うことも できれば、時には健康や命まで犠牲にしてチャンピオンになることを目指して行うこともできる。どこに自分を位置づける のかはそれぞれである。 携わる一人として、「未病治・運動・鍼灸」につ いて、スポーツ鍼灸の可能性と課題という側面か ら考えてみたい。 ツは社会にとって不可欠なものとなっている。 「スポーツ鍼灸」という言葉が、いつ、どのよ うにして作られたのか、私には分からないが、1992 年6月に、スポーツ鍼灸・医科学懇話会準備会が 2.スポーツとスポーツ鍼灸 作られ、1995年のユニバーシアード福岡大会の大 「スポーツ」はもともと遊びの世界から生まれ 学スポーツ研究会議において、鍼灸がテーマとし た身体文化であり、狭義では、「身体技術の発揮 て取り上げられた10) ことが契機であったように思 を要する遊びで、ルールや組織を持ち、制度化さ われる。それ以降、全日本鍼灸学会学術大会でも れた競技」、広義では「身体活動=運動」を意味 「スポーツ」のセッションが設けられるようにな する14)。しかし、歩いたり、階段を昇ったり、掃 り、今回の第48回全日本鍼灸学会学術大会・神奈 除をしたりなどの日常生活での身体活動を「スポ 川大会でも「スポーツ鍼灸」は多くの関心を集め ーツ」と呼ぶ人はほとんどいない。運動の中でも、 ていたように思う。 「運動能力と熟練が求められ、通常、競争心を伴 「スポーツ鍼灸」は「スポーツ」と「鍼灸」か うもの(各種球技、陸上競技、水泳競技、体操競 らの合成語であるが、その定義は必ずしも明らか 技、武道・格闘技など)」を「スポーツ」とする ではないように思われる。「スポーツ鍼灸」を「ス ことが多く、狭義の意味でスポーツが認識される ポーツの鍼灸」と考えた場合、スポーツを行う、 ことが多い14)。しかし、「スポーツ」の解釈は人 あるいはそれに関わる人のための鍼灸というよう それぞれであり、スポーツは余暇活動であったり、 なものとなり、「スポーツと鍼灸」とした場合は、 健康・体力づくりの手段であったり、卓越性や競 両者を並列させて、スポーツあるいは鍼灸、ある 争性を追究するものであったり、あるいは見て楽 いは両者を組み合わせることによって未病治を達 しむものであったりもする。「スポーツ」は必ず 成しようというようなものと考えられ、「スポー しも健康・体力づくりに役立つものではなく、場 ツに鍼灸」とすると、スポーツの世界に鍼灸をも 合によっては健康を犠牲にしても勝つことを目指 っと導入していくために、鍼灸をスポーツに応用 すというような特徴も持っている(図2参照)。一 するための具体的な方法や方策を検討していくよ 般的には「スポーツ」という言葉には明るい健康 うなものとして捉えることもできると思う。 的なイメージがあり、「スポーツ」に関する話題 「スポーツ鍼灸」をアピールしてきたと考えら は、ニュースでも毎日必ず取り上げられ、スポー れる地道なボランティア活動は高く評価できるが、 68 (68) 未病治・運動・鍼灸 全日本鍼灸学会雑誌50巻1号 その活動には、「スポーツの鍼灸」、「スポーツと 持ちを起こさせる。ある有名選手がある補助的手 鍼灸」、「スポーツに鍼灸」のそれぞれの面が含ま 段を用いてパフォーマンスを向上させたというよ れているように思われる。たとえば、スポーツ鍼 うなことになると、仮にその現象が偶然に起こっ 灸セラピー神奈川は、「競技スポーツや健康増進 たとしても、効果ありという情報が一人歩きをし のための運動を行う人たちのコンディショニング て広がっていき、それを使用する人が増えていく。 と疲労回復を鍼灸マッサージという専門技術を通 そして、科学的な根拠は曖昧のまま、多くの人に じて支援(サポート)する」ことを目的とし11)、 受け入れられることになる。この類のものは、健 「安全で清潔な鍼灸マッサージが、国民健康生活 康や美容に関しても氾濫している。ある一時期、 の一部として受け入れられること」を意義として 爆発的なブームにはなったものの、結局効果が確 11)、活動を展開している。その活動の1つである、 認されず、その後、影を潜めていった、いわゆる 様々なスポーツの大会でのサービステントでは、 健康食品や美容関係商品は多い。 多くの人々が「スポーツ鍼灸」の恩恵を受けてい 運動・スポーツ科学では、科学的根拠のないこ るが、そこでは必ずしも「鍼灸」的な処置を受け とは受け入れないという基本的立場をとるべきで ているとは限らない。サービステントでの「スポ あり、エルゴジェニックエイドとして出回ってい ーツ鍼灸」活動は、鍼灸とは離れた「トレーナー」 る様々なものについても、それらの作用機序の研 的な活動であることが多い。報告書11) 究や客観的な実験データに基づいた効果の検証を によると、 マッサージ、テーピング、アイシングなどの処置 した上で判断をしていかなければならない。しか を受けた人数は円皮鍼を含めた鍼を用いた処置を し、実際には、スポーツの世界でも科学的には全 受けた人数より多く、灸を用いた処置は用いられ く根拠のない理論や不十分なデータを根拠にした ていない。 理論も多くあり、経験則のみに頼った実践が行わ 「スポーツ鍼灸」には、スポーツによって生じ れている場合もある。決して経験則がいけないと る傷害の予防や治療、リハビリテーションなどの いうのではないが、それが普遍化してしまうこと 効果が期待され、実際、それらの効果も実証され は問題である。経験則を裏付けるような科学的証 ており10, 12)、「スポーツの鍼灸」として「鍼灸」に 拠を提示していくことは重要であり、もし証明で おける一分野となっている。また、「スポーツと きなければ、それは改められなければならない。 鍼灸」という面でも、決して「鍼灸」だけではな そして、科学的根拠に基づいた責任のある情報を く、場合によってはストレッチングや軽運動など 発信していかなければならない。 の「鍼灸」以外が有効であるというような判断は、 スポーツ鍼灸に目を向けると、鍼や灸の生理学 様々なスポーツの大会でのサービステントで展開 的なメカニズムも次第に明らかにされてきており、 されてきたボランティア活動の報告書11)からも明 その「科学的」な説明も可能になってきている。 らかである。スポーツ選手をはじめスポーツを行 1997年には鍼の効果について、臨床上の逸話的経 う多くの人々の間で「スポーツ鍼灸」が受け入れ 験よりも科学的根拠が優先された結論に基づき、 られてきていることは、「スポーツに鍼灸」とい NIH合意形成声明16)が出された。伝統的な医学と う目的が達せられてきていることを示していると して、すでにその効果は実証されており、その科 考えられる。 学的解明は必ずしも必要ないとする考え方もある かもしれない。しかし、「スポーツ鍼灸」をスポ 3.運動・スポーツ科学とスポーツ鍼灸 ーツの中に位置づけていくには、運動・スポーツ スポーツパフォーマンスを高めるとされる様々 科学的な研究方法を用いて、作用機序の研究や客 な補助的手段をエルゴジェニックエイド(Ergogenic 観的な実験データに基づいた効果の検証が必要で aids)と呼ぶが、少しでもスポーツパフォーマン あると思う。スポーツに対する鍼灸の効果に関す スを高めたいという欲求は、仮に科学的な検証が る科学的検証は、単に「著効、有効、やや有効、 不十分であっても、それを試してみようという気 効果なし」というような記述的な調査だけでは十 2000.3.1 パネルディスカッション (69) 69 図3 未病治における運動を支える鍼灸の考え方 鍼灸、運動それぞれが未病治に役立つが、コンディショニング、パフォーマンス向上、スポーツ傷害予防、疲労早期回復な どによって運動を支える存在としての鍼灸が期待される。 分とはいえない。デザインやサンプルサイズが適 も早く除痛したいと誰もが願う。スポーツ選手が 切な実験的な研究によっても、スポーツに対する 鍼灸治療を受けるのは、「痛みがある時」である 鍼灸の効果を明らかにしていく必要があり、今後 という回答が最も多い12)。このことからも、運動 の展開を期待したい。 に伴って生じる筋肉痛は、運動・スポーツ科学と 「スポーツ鍼灸」の発展のために最も重要なこ スポーツ鍼灸科学の共通テーマになると思われる。 とは、その効果やメカニズムについて明らかにし 運動に伴って生じる筋肉痛のうちで、運動中ある ていく、基礎的、応用的研究であると思う。「ス いは運動直後には全く痛みはなく、一般的には不 ポーツ鍼灸」は、スポーツによって生じる傷害の 慣れな運動や久しぶりに行った運動後数時間から 治療やリハビリテーションに関しては豊富な実践 24時間程度経過してから発現し、24∼72時間後に を重ねており、得意とする分野ではないかと思う。 ピークに達し、5日∼1週間程度で自然に消失す 今後は、コンディショニングやスポーツパフォー る痛みを遅発性筋肉痛という2, 3, 4, 5)。遅発性筋肉 マンスの向上などの「未病治」的効果が期待され 痛では、筋肉を動かしたり圧迫したりする時にの るのではないだろうか(図3参照)。施術の仕方 みに痛みを発し、何もしなければ痛みは生じない やドーゼの問題などのテクニカルな面だけではな 2, 4, 5)。遅発性筋肉痛は、筋を伸張した状態でのアイ く、その作用機序を明らかにしていくことが必要 ソメトリック(等尺性)負荷によっても若干生じ であると思う。 るが、不慣れなエクセントリック(伸張性)動作 を伴う運動で特異的に顕著に発現する2, 3, 4, 5)。乳 4. スポーツ鍼灸への期待 (遅発性筋肉痛との関連から) 酸、スパズム、筋温上昇、損傷・炎症などが遅発 性筋肉痛の原因として考えられてきた2, 3, 4, 5)。し 痛みは、生体からの警報信号であるとされるこ かし、乳酸が遅発性筋肉痛の原因ではない証拠が とが多い。痛みが警報信号として機能するために いくつかある。たとえば、遅発性筋肉痛が、乳酸 は、①痛みが早期に発現すること、②痛みが傷害 の産生量の多いコンセントリック運動よりも、乳 に見合った強さであること、③痛みが傷害の治癒 酸産生量の少ないエクセントリック運動において 経過と一致した時間経緯をたどり、治癒によって 発現しやすいことがあげられる3, 4, 5)。逆下り走と平 消失すること、の3つの条件を満たしていること 地走を比較した研究9) によると、坂下り走後の乳 が必要である15)。実際には、このような条件に当 酸量は平地走に比べ低かったにもかかわらず、遅 てはまる痛みは少なく、後遺症としての慢性痛な 発性筋肉痛は坂下り走後に顕著に現れる。また、 ど警報信号とはならない痛みも多い15)。スポーツ エクセントリック運動の翌日に遅発性筋肉痛が発 においては様々な要因で痛みが発生するが、一刻 現する時点では、乳酸は代謝されてしまっており、 70 (70) 未病治・運動・鍼灸 全日本鍼灸学会雑誌50巻1号 無機リン酸(Pi)は運動前に比べ有意に上昇して 方法は、現在のところ見つかっていない3, 13)。 いるが、筋内pHには変化はない3, 8)。これらのこ 除痛は、鍼灸の得意とする分野であり、遅発性筋 とから考えても、乳酸あるいは水素イオンが遅発 肉痛に対する効果も期待される。もし鍼灸によっ 性筋肉痛の直接の原因ではないことは明らかであ て、エクセントリック運動に伴って生じる遅発性 る。スパズム説は、活動筋に虚血が生じ、発痛物 筋肉痛を完全に抑制できれば、それは画期的なこ 質が作られ蓄積すると、侵害受容器が刺激され痛 とである。鍼灸の作用機序も合わせて明らかにな みが発し、この痛みが反射的にスパズムを起こさ っていれば、明らかにされていない遅発性筋肉痛 せると虚血状態が進み、発痛物質がさらに産生さ のメカニズムが解明されることにもつながる。近 れるという悪循環が生まれて痛みが強くなってい 年、遅発性筋肉痛に対する鍼の作用についての興 くという説である2, 3, 4, 5, 8)。しかし、筋電図を用 味深い研究10)も発表されているが、この文章を読 いた研究では筋スパズムが確認されておらず、エ んで下さっている方で、実験的にエクセントリッ クセントリック運動ではコンセントリックやアイ ク運動によって生じさせる筋肉痛を全く出ないよ ソメトリック運動に比べ虚血が生じにくい点など うにできる鍼灸の方法をご存知であれば是非教え を考えると、この説も不十分であり、現在は支持 て頂きたい。 されていない2, 3, 4, 5, 8)。 鍼灸をはじめとした東洋医学の世界は、西洋医 これらに対し、エクセントリック筋運動中に発 学を基礎とした生理学、運動生理学しか学んでこ 生する強い機械的な力が引き起こす筋線維や、そ なかった多くの運動・スポーツ科学関係者にとっ れに直列の結合組織の構造タンパク質の損傷と、 ては未知の世界であり、多くの魅力を感じる。我々 引き続いて起こる炎症反応が遅発性筋肉痛を引き の常識では考えられないような事実もたくさんあ 起こす原因であるとする損傷・炎症説2, 3, 4, 5) るかもしれない。それらが明らかに提示されれば、 が、 現在、最も支持されている説である。しかし、遅 運動・スポーツ科学の分野でも興味を持ち、研究 発性筋肉痛の原因を損傷・炎症説で説明しようと の対象とする者も増えていくに違いない。今は、 した場合、筋損傷がほとんど確認されない場合で 時々耳にする事実を疑いの目で受け止めているこ も顕著な遅発性筋肉痛を生じる場合があることや、 とも多いのではないかと思われる。 一般的な炎症には効果がある非ステロイド性抗炎 症薬の効果が全く認められないこと、通常、炎症 5.スポーツ鍼灸の課題 に伴って上昇するC反応性タンパク質(CRP)が 今回、初めて鍼灸関係の雑誌への原稿を書くこ 上昇しないことなど矛盾があることも指摘されて とになって感じたことは、自分が専門としていな いる3, 7)。 い分野で何か意見を述べるのはなかなか勇気のい 未だメカニズムが完全には解明されない遅発性 ることだということである。自分にとっての常識 筋肉痛であるが、いろいろな方法で予防したり対 がその分野では常識ではなかったり、その逆の場 処したりする試みがなされている。運動前、運動 合もあろう。私自身、運動・スポーツ科学関係の 直後から数時間の間、さらには遅発性筋肉痛が生 学会での研究発表には慣れていても、生理学会、 じた後に、ストレッチング、マッサージ、アイシ 生化学会などで発表するのは何となく気が引ける。 ング、皮膚への消炎鎮痛薬の塗布、ビタミンCや おそらく、「全日本鍼灸学会学術大会でのスポー Eなどの抗酸化剤の経口摂取、抗炎症薬の経口投 ツ鍼灸に関する発表を、運動生理学会、体力医学 与、筋あるいは神経への電気刺激、超音波やレー 会、体育学会などでも行ってみてはどうか?」と ザーの照射、軽運動 やいくつかの方法の組み合わ いうような提案をしても、簡単には引き受けても せなどの効果が検討されている3, 5, 13)。効果があっ らえないのではないかと思う。しかし、それを敢 たとする報告もあるが、実験のデザインやサンプ えて行ってほしいと思うのである。スポーツ鍼灸 ルサイズなどの方法論に問題点があるものが多い。 の研究を鍼灸の世界だけに留めておいては、スポ 遅発性筋肉痛を確実に予防したり抑制したりする ーツの世界において鍼灸を位置づけたことになら 2000.3.1 (71) パネルディスカッション 71 図4 運動・鍼灸刺激による遺伝子発現と タンパク質合成 運動刺激も鍼灸刺激も、最終的には細胞の核に作 用し、タンパク質を合成することで細胞、組織、 さらには生体に変化をもたらし、未病治につなが る。運動、鍼灸刺激の本質はなんなのか、それが どのように核に伝わり、どのような情報伝達シス テムによって特異的な遺伝子発現を起こし、タン パク質を合成させるのか、明らかにしていかなけ ればならない。 ない。また、学会発表にとどまらず、その研究成 本質が明らかにされていくことが必要である。 果を運動・スポーツ科学関係の雑誌にも投稿して 鍼灸によって健康を維持し、運動によって健 ほしい。それもできるだけ多くの読者が得られる 康・体力を向上させることは、今回のパネルディ ようなジャーナルに、審査を経た原著論文として スカッション「未病治・運動・鍼灸」の目指して 掲載されることが望ましい。 いくべきところではないだろうか?ディスカッシ ョンは今始まったばかりであり、運動と鍼灸が手 6.おわりに 未病治は究極的な医療であると思う。病気にな を組んで、未病治を実現していけたらすばらしい と思う。 る前、傷害を受ける前に処置することが可能であ れば、それはすばらしいことである。最近のヒト 参考文献 ゲノムプロジェクトの急速な進展によって2003年 1)American College of Sports Medicine. ACSM's までには約10万種類あるといわれるヒトの遺伝情 guidelines for exercise testing and prescription 報が解読されるという。それに合わせて医療の現 (5th edition). Williams & Wilkins. 1995. 場も大きく変わっていくであろう。しかし、健康 2)Armstrong, R. B. Mechanisms of exercise- は人生において最も大切なものの1つであり、い induced delayed onset muscular soreness: a brief つまでも動けるからだでいたいという願いは変わ review. Medicine and Science in Sports and らないし、病気を予防したり、健康を維持・増進 Exercise 16:529-538, 1984. する方法への期待はますます高まっていくであろ 3)Cleak, M. J., and Eston, R. G. Delayed onset う。単に寿命が長いだけではしあわせとはいえな muscle soreness: mechanisms and management. い。いつまでも動けるからだでいるためには運動 Journal of Sports Sciences 10: 325-341, 1992. が必須である。運動刺激は特異的な遺伝子発現を 4)Ebbeling, C. B., and Clarkson, P. M. Exercose- 促し、場合によっては悪い遺伝的な素因を変化さ induced muscle damage and adaptation. Sports せるのにも役立つと期待できる。鍼灸刺激にも遺 Medicine 7: 207-234, 1989. 伝子発現をコントロールするような働きがあるの 5)Miles, M. P., and Clarkson, P. M. Exercise- ではないだろうか(図4参照)。最終的には、運 induced muscle pain, soreness, and cramps. The 動においても、また鍼灸においても、その刺激の Journal of Sports Medicine and Physical Fitness 72 (72) 未病治・運動・鍼灸 34: 203-216, 1994. 全日本鍼灸学会雑誌50巻1号 10)スポーツ鍼灸医科学懇話会. スポーツ鍼灸論 6)Nieman, D. C., and Pedersen, B. K. Exercise and immune function. Recent development. Sports Medicine 27: 73-80, 1999. 文抄録集. 1995. 11)スポーツ鍼灸神奈川セラピー. スポーツ鍼灸 マッサージゆめ国体・ゆめ大会参加報告書. 7)Nosaka, K., and Clarkson, P.M. Changes in 1999. indicators of inflammation after eccentric 12)Sportsmedicine 編集部. スポーツと鍼灸・マ exercise of the elbow flexors. Medicine and ッサージ・柔道整復. Sportsmedicine No. 16. Science in Sports and Exercise 28: 953-961, ブックハウスHD. 1995. 13)Tiidus, P. M. Manual massage and recovery of 1996. 8)O'connor, P. J., and Cook, D. B. Exercise and muscle function following exercise: a literature pain: the neurobiology, measurement, and review. The Journal of Orthopaedic and Sports laboratory study of pain in relation to exercise in Physical Therapy 25: 107-112, 1997. humans. Exercise and Sports Sciences Reviews 14)山口泰雄(編著). 健康・スポーツの社会学. 建帛社. 1997. 27: 119-166, 1999. 9)Schwane, J. A., Johnson, S. R., Vandenakker, C. B., and Armstrong, R. B. Delayed-onset muscular 15)柳田尚. 痛みとはなにか.人間性とのかかわりを 探る. ブルーバックス. 講談社. 1988. soreness and plasma CPK and LDH activities 16)全日本鍼灸学会雑誌編集部. 米国国立衛生研 after downhill running. Medicine and Science in 究所(NIH)合意形成声明. 全日本鍼灸学会 Sports and Exercise 15: 51-56,1983. 雑誌. 48 (2) : 186-193, 1998. 健康のための運動と鍼灸 大妻女子大学家政学部食物学科 栄養生理学研究室教授 橋本 勲 Isao HASHIMOTO Professor of Otsuma Women's University 1.はじめに わが国や欧米工業先進諸国は、産業革命以降、 工業化社会を経てまっしぐらに脱工業化社会へと 常の生活を豊かなものにした。さらに、科学技術 の革新は医療の進歩を促進し、その結果感染症は 激減し、平均寿命は著しく延びることになった。 進んでいる。この間、科学と技術の進歩は、私達 しかしながら、栄養の過剰とアンバランスな摂 の生活を暮らし易く、しかも豊かにしてきた。これ 取、運動不足、さらに精神的なストレスの増大と らの数々の進歩は、私達の職場、家庭、地域社会 いった近年の傾向は、肥満症、高血圧症、虚血性 における生活様式(life style) に大きな変革をもたら 心疾患、脳血管疾患、高脂血症、糖尿病、高尿酸 した。生産能力の向上と機械化の促進は、人々を 血症などの、いわゆる生活習慣病の増加を促した。 苛酷な労働から解放し、労働時間を短縮し、生活 私達を運動不足に導いた大きな要因として、産 水準を向上させた。このような日常生活の変化は、 業革命以降におこった機械化、オートメーション 人々の創造的表現に必要な余暇時間を増加させ、日 化、モ−タリゼ−ション化、コンピュ−タ化など 2000.3.1 (73) パネルディスカッション をあげることができる。これらの要因が、職場・ 家庭や地域社会における彼らのライフ・スタイル 73 いように努力する必要がある。 これまでの健康増進を静的健康(StaticHealth) を大きく変えた。例えば、激しい肉体労働に従事 とするならば、これからの健康増進を動的健康 する人口が減少したと同時に、職業の専門化が著 (Dynamic Health)ということができる。このよう しく進み、坐業的で軽い労作に属する職業に就く なダイナック・ヘルスが益々時代のニーズになっ 人々が増加した。家事労働においても電気洗濯機、 てくるとき、鍼灸は、運動による疲労のすみやか 電気衣類乾燥機、電気食器洗い機などにみられる な回復、競技能力の向上、運動による障害の予防 ように機械化から自動化へと進み、省力化に拍車 や治療に大いなる貢献をすることでしょう。 がかかった。 日常生活の合理化、省力化によって生じた身体 そのためには、鍼灸の専門教育の中に運動生理 学をとりいれることは非常に重要です。 活動量の低下から誘発されたと考えられる心臓・ 血管系の機能障害、肺機能障害,末梢動脈血管系 2.運動生理学と鍼灸教育 の血行障害、血栓形成、高・低血圧症、代謝機能 運動生理学とは、一過性の運動および身体的ト 低下による肥満、神経性胃炎、骨粗鬆症および非 レーニングが、ヒトの体におよぼす影響、すなわ 炎症性関節症などの疾患をみてきたハンス・クラ ち、適応現象を観察し、そのメカニズム(仕組み) ウスとヴィルヘルム・ラ−プは、これらを「運動 を研究する学問です。生理学の一領域ですが、こ 不足症」と定義し、1956年のアメリカ医学会にお れを鍼灸教育の中で学ぶのは、二つの大きな意味 いて発表した。彼らは、このように運動不足によ があります。 り発症する慢性的で退化的症候群をHypokinetic 一つは、運動の能力を高めるには、いかに燃料 Diseaseと呼んだ。これまで、種々の原因による 運 (グリコーゲン)を蓄え、いかに上手に脂肪酸と 動機能、またはその活動性の異常な減少を示す病 混ぜて利用するかにかかっている。ここにも神経 気 は 、「 運 動 低 下 症 」( 英 、 Hypokinedia, 独 、 と筋の関係が巧くコントロールされないかぎり、 Hypokinesie)と呼ばれてきた。 いくら燃料を完璧に貯蔵しても運動野能力を発揮 わが国においては、運動不足および栄養過多の の両面において、欧米諸国ほど悪化せずに現在に できないのが現状であり、ここに鍼灸学の重要性 があります。 至っている。しかし、現在の運動不足の状態を野 放しにすることは、国民の健康をいろいろな面に おいて阻害し、平均寿命や高齢者の生活の質 (Quality of Life)を低下させることは明らかである。 そこで、厚生省は健康づくりのための運動量の 目安として、平成元年に「健康づくりの運動所要 量」を、運動の必要性を啓蒙・普及するために平 成4年度に「健康づくりのための運動指針」をそ れぞれ策定した。 人類の歴史のなかで今日は、医師が薬を処方す るように運動処方をしなければならないほど、体 力が低下した時代になりつつある。現代の脱工業 化した社会のなかでは、ヒトとして最小限必要な A B 運動量を割っている人々も現れており、今後益々 増えそうである。超多忙で、スポーツが無理なら まずは朝夕の通勤時に駅までの速歩や階段上りな ど、いろいろな工夫をして運動不足病にかからな 図1 ヒトの外側広筋の組織化学的標本 Aの黒色は速筋線維(FT) 、白色は遅筋線維(ST)であ り、Bの黒色はST、白っぽい部分は速筋線維(FTb)、 その中間は速筋繊維(FTa)である2)。 74 (74) 未病治・運動・鍼灸 全日本鍼灸学会雑誌50巻1号 的施設に加えて、優良健康増進施設の認定を行い、 整備を図る一方、そうした施設には健康運動指導 士の資格をもつ者を採用するように厚生省が指導 しています。現在までに約 7,000人以上の健康運 動指導士が養成されてきましたが、そのなかに多 くの鍼灸の専門家が含まれています。 3.運動と鍼灸 栄養の主な役割の一つは、運動や生命活動に必 要な燃料を補給することです。この燃料補給を正 常に効率よく行うためには、神経と筋の協調が重 要である。そこで、私のこれまでの研究「運動と 筋生理学」の分野の一側面から鍼灸と運動の係わ りついて述べることにします。 1)骨格筋線維組成と競技能力 ヒトが運動するとき、糖質、脂肪、たん白質が 骨格筋線維(細胞)で燃焼される。骨格筋を構成 する筋線維の違いによって燃料の利用にそれぞれ の特徴があります。ヒトの骨格筋は非常に多くの 筋線維によって構成され全く均一ではない。大別 して二種類のタイプに分けられ、第一のタイプは 遅く、第二のタイプは速く収縮する性質があるの 図2 各種スポーツ競技エリート選手の筋線維構成 (Saltin B, et al, 1977) で、それぞれ遅筋(Slow Twitch, ST),速筋(Fast Twitch, FT) という。その組織化学的標本を図1 に示した。ミオシンATPアーゼという酵素活性 は筋収縮の速度と密接に関係しており、速筋にお 二つめは、鍼灸学は今後、運動生理学をとりい いてその活性は非常に高い。遅筋線維の特徴は、 れたダイナミック(動的)な鍼灸学に変っていく その収縮速度は遅いが、有酸素的代謝能力が高く、 必要があります。以前は、いかに疲労回復を早め 無酸素的能力が低い。逆に速筋線維はその反対で るかというスタテック(静的)鍼灸が中心だった ある。速筋をさらに細かく分類するとFTa とFTb ように考えます。 というサブタイプに分けられ、FTa 線維は有酸素 しかし、日本人の栄養状態は飛躍的に向上して、 的・無酸素的両代謝能力に優れ、FTb 線維は無酸 その反面、肥満症や高血圧症等の生活習慣病、過 素的能力に優れ、FTb 線維は無酸素的代謝能力が 労死等の心配のある体になっており、運動量と食 著しく高い。 物の摂取量のバランスが適切な状態にあるかどう 女性は、骨格筋組成の割合からみると、男性の か非常に重要になってきている。そこで、生活習 ように裾広がりではない(図2)。筋組成の特徴 習慣病の予防や改善のためにも鍼灸教育を基礎に からみて、速筋線維の割合は筋力に、遅筋線維の した運動の指導、競技スポーツのコーチがますま 割合は持久的運動能力に影響を与えるために、短 す必要となってきます。 距離、長距離、その他の競技においても男性の競 また、運動生理学を学んだ鍼灸の専門家の重要 度は益々高まってきます。なぜなら、厚生省は国 民の健康維持のために、健康増進センター等の公 技能力にはるかにおよばない。 2)骨格筋組成と運動の燃料 運動に必要とされる燃料としての栄養素は運動 2000.3.1 パネルディスカッション (75) 75 の強度や筋線維の種類によって異なる。FT線維は って健康増進、生活習慣病の予防、競技能力を向 生命活動の直接的エネルギー源であるアデノシン 上させる鍼灸学をより幅の広い学問として発展さ 3りん酸(ATP) を再生成するために主にクレア せることになるでしょう。 チンりん酸、グリコーゲン、グルコースを消耗す るが、ミトコンドリアやミオグロビンに富んだST 文 献 線維は多くの毛細血管より充分な酵素の供給を受 1)Hashimoto, I. Physiology of endurance exercise. けて、遊離脂肪酸、グリコーゲン、グルコースを An abstract of the 2nd Tokyo International 燃7消します。運動の強度とその継続時間の長さ Symposium on Sports and Exercise Medicine- が、どの燃料をどの程度消耗するかを決定します。 Health and Sports Medicine, Tokyo, 1989. 2)Hashimoto, I. Jogging and Heart Disease. Asian 4.おわりに Medical Journal-Progress in Basic Medicine. これまでの骨格筋組成の研究や栄養学上の燃料 補給の面からいろいろなデータを示し、軽い運動 を長時間継続することが体内の脂肪を効率よく燃 Japan Medical Association. 35(3):132-142. 3)橋本 勲.脂質代謝と運動.腎と透析.31 (6):1027-1034, 1991. 焼することを述べてきました。このような運動生 4)橋本 勲.健康づくりのための運動所要量. 理学的研究成果を鍼灸教育に取り入れることによ 日本臨床栄養学雑誌.14(1):49-54,1992. 未病治・運動・鍼灸 福岡大学スポーツ科学部教授 向野 義人 Yoshito MUKAINO Professor of Fukuoka University Faculty of Sports and Health Science Laboratory of Sports Medicine 未病治は伝統的な健康の知恵であり本格的な病 年では、足三里の灸を毎日励行した福岡の医師で 気になる前段階である未病の段階で治療してゆく ある故原志免太郎博士が百才をこえる長寿を達成 ことを指している。この概念は鍼灸の根幹をなす したことが有名である。このように足三里の灸は ものであり、健康に対する伝統的な考え方の一つ 長寿、つまり、未病治と結びつけられて語られる とみなし得る。未病治は長寿に連なる概念であり、 ことがある。果たして、足三里の灸が未病治に役 長寿と鍼灸との関わりを結びつける話としては足 立つとした古人の考え方は妥当であろうか? 三里に関する記載が有名である。百姓万平伝説1) 足三里の灸がどのように位置づけられていたか がそのひとつで、その伝説によると、あまりな長 を有名な古典の中から引用しながら、未病治に役 寿に代官所に呼び出されて、長命術があるのかと 立つとした考え方の妥当性を考察してみる。 質問された際、特別な養生はしてなく先祖代々足 足三里の灸で我々になじみの深い文献は奥の細 の三里に灸を毎日行っているのみであると答えた 道である。その冒頭の一節に”---ももひきの破れ とされている。万平243才、妻たく242才、倅万吉 をつづり、笠の緒つけかえて三里に灸すゆるより 196才と記載されており、健康の維持増進に対す まず松島の月、心にかかりて---”とある2)が、江 る足三里刺激効果への期待がこめられている。近 戸から奥羽・北陸を経て美濃の国大垣に至る行程 76 (76) 未病治・運動・鍼灸 全日本鍼灸学会雑誌50巻1号 図1 閉塞性動脈硬症の趾光容積脈波 約2400キロメートルにおよぶ長い道のりを踏破す 施行し、それぞれが無刺激、足三里刺激および非 るための心得として足の三里に灸をしている。疲 足三里刺激(足三里と同一皮膚節で、胃経以外の 労回復をはやめる効果があることを古人がよく知 部位)を受けるようにした。刺激方法として、負 っていたからと考えられる。我々は実験的に疲労 荷終了直後に該当部位の皮内に1mlの生理食塩水 を作成しその回復に足三里刺激が有効であるかど を注射した。順序による影響を除外するため、各 うかを検討してみた3)。40秒で疲労困憊におちい 処置がランダムオーダーになるようにした。 る運動強度を個人の能力に応じて推測するために、 経皮的二酸化炭素分圧の回復は足三里刺激、非 自転車エルゴメーターを用いて種類の異なった負 足三里刺激、無刺激の順であり、足三里刺激は疲 荷を行い、持続できた時間を測定した。その上で、 労回復をはやめる可能性を示唆していた。奥の細 時間と負荷強度との間の個々人の回帰式を求め、 道で述べられていた様に足三里刺激は疲労回復の 40秒間全力で自転車をこげる負荷強度を決定した。 促進に応用できると考えられた。この機序の一つ 40秒で疲労困憊にいたる運動強度を被験者である として下肢の微小循環の改善が関わると予測され 健康成人9名ごとに求め、自転車エルゴメーター る。足三里刺激による微小循環改善は臨床例にお でその運動強度を負荷し筋疲労を作成した。同時 いてもしばしば経験する。筆者らの経験の中から に、大腿四頭筋部における動脈血二酸化炭素分圧 足三里刺激効果が微小循環改善をもたらしたと推 を知るために経皮的二酸化炭素分圧を経時的に測 測できる例を紹介する。間歇性跛行、下肢の血管 定し、筋疲労を評価した。この実験で用いた運動 造影所見から閉塞性動脈硬化症と診断された患者 強度では無酸素運動となるため、エネルギーはク で、下肢の趾尖容積脈では右側の脈波は検出でき レアチニンリン酸系、解糖系から補給される。そ なかった(図1)。この患者は閉塞血管を拡張さ の結果、乳酸が急激に産生され、生体は一気にア せるためのバルーンカテーテルの適用がなく、強 シドーシスに傾く。このため、過換気がおこり血 力な血管拡張作用のあるプロスタグランディン他 中二酸化炭素分圧が急激に減少する。経皮的二酸 の薬物が無効であった。この例はわずか50メート 化炭素分圧測定はこの過程を経時的に観察できる。 ル毎の間歇性跛行であったが、足三里の生理食塩 増加した乳酸や減少した二酸化炭素分圧は運動休 水皮内注刺激を継続することにより徐々に歩行距 止後1時間くらいで回復することから、この回復 離がのび最終的には痛みなしで歩行可能となった。 過程を経時的に観察することで疲労回復に対する この時点で血管造影を再施行したが、血管は閉塞 足三里刺激の影響をみることが出来る。自転車エ したままであった。この現象は下肢の大きな血管 ルゴメーターによるこの強度の負荷を各人で3回 の一つが閉塞しても歩行に必要な十分量の酸素が 2000.3.1 パネルディスカッション 図2 経絡テスト分析手順 (77) 77 78 (78) 未病治・運動・鍼灸 全日本鍼灸学会雑誌50巻1号 供給されていることを示している。つまり、足三 序の最重要な因子であることや最大酸素摂取量が 里刺激の継続により下肢の微小循環が発達したこ 多いと高血圧や糖尿病などの生活習慣病の発症が とを意味している。このような足三里刺激による 少なくなることや癌の発生も少なくなる6)ことも 微小循環の改善や発達は未病治と関わりがあるの 知られている。足三里刺激による長寿の達成とい であろうか? った伝統的な健康の知恵は現代の健康づくりの知 近年、その方法論が確立された健康づくりのた めの運動療法は健康度の指標を最大酸素摂取量と しており、これを規定している要因は心肺機能、 恵である運動療法と同じ効果機序の上に成り立っ ているものと推測される。 このように足三里の灸に代表される鍼灸には健 微小循環の発達、赤筋白筋比、ヘモグロビン量な 康の維持増進にも効能があることがうかがい知れ どであることが知られている。足三里刺激が微小 るが、すでにこの事も有名な古典の中で指摘され 循環の改善や発達を促す可能性があることから、 ている。吉田兼好は彼の著書ある徒然草の中で” 足三里刺激は最大酸素摂取量を増加させる可能性 40才以降の人、身に灸を加えて、三里をやかざれ を有する。しかし、鍼灸で最大酸素摂取量が増え ば上気のことあり。必ず灸すべし。”と述べ7)、40 るとする報告4)と変化がない5)とする報告があ 才をすぎて三里に灸をすえなければ、生命活動の り未だ意見の一致がなされていない。ここで示し 根源物質である”気”に異変がおきるとして、健 たように足三里刺激で微小循環の改善や発達が起 康の維持増進のためには足三里の灸が欠かせない こりうることや臨床例の中には鍼灸治療による心 としている。未病治に対する足三里刺激効果への 肺機能の増強が観察される例があることなどから 期待が古人の中でいかに強かったかを推測できる 我々は鍼灸で最大酸素摂取量が増加する可能性が 一節でもある。 あると考えている。最大酸素摂取量の増加は高血 未病治を運動療法を介して達成していく試みは 圧や糖尿病などの生活習慣病を改善させる効果機 国をあげての施策となっている8)。この運動療法 図3 動作筋電図RMS・スピード・経絡テストに対する鍼治療の影響 2000.3.1 パネルディスカッション (79) 79 においては運動が軽強度であることや量や時間が なされても、人の動きを全体として分析するシス 十分であるということが最重要になる。一方、乗 テムはまだ開発されていない。しかしながら、経 り物などの交通手段の少なかった時代ではそのほ 絡テストを用いると経絡概念に基づいて人の動き とんどが徒歩による移動であったことから、その を多関節・多軸の動きと捉え、これを分析して治 時代の生活そのものが現代の運動療法の要件を十 療するシステムを構築できる 10)(図2)。人の動 分に満たしていたはずである。古人が足三里刺激 きをこの経絡テストで観察すると動きの異常が病 で未病治を達成しようとしたことの特徴はどこに 気や症状とよく連動して出現することから、我々 存在するのであろうか? はこの概念を応用して人の動きの異常を判断し、 その特徴は鍼灸理論を構成する経絡という概念 鍼灸治療でそれを改善する試みをしながら、それ にあると考えられる。この概念に基づけば、足三 がどのような有用性を有しているかを検討してお 里は胃経と呼ばれるネットワーク上の一経穴であ り、その一端をこの項で紹介する。 り、足三里の刺激はその部分への刺激にとどまら 動きの異常が改善すれば運動能力も改善するか ずこの経への刺激にもなる。経絡には多様な考え どうかを検討する目的で、肩痛を有する投手の肩 方が内包されており、その実体はまだ明らかには 周囲筋群のうち7つのアウターマッスルに表面電 されていない。筆者は経絡が人の動きを分析する 極をつけ、最大限の力で投球させ、肩の違和感が のに極めて有用な概念であることに注目し、経絡 出現した時点からさらに5球を投げてもらった。図 を動きとの関連でとらえ動きの分析から異常経絡 3に20才の投手の投球毎の三角筋前部、三角筋中 を判断する経絡テストを考案し9)、これを応用し 部、三角筋後部、僧帽筋上部、大胸筋、上腕三頭 た病気の治療や健康の維持増進をはかる試みをし 筋、上腕二頭筋の筋放電量(積分値)および投球 てきた。 スピードを示した。鍼治療前には32球で修了した 現代医学では個々の関節の動きの詳細な分析は が、動きの分析(図2)に基づいた鍼治療後には 図4 動作筋電図RMS・スピード・経絡テストに対する鍼治療の影響 80 (80) 未病治・運動・鍼灸 全日本鍼灸学会雑誌50巻1号 図5 治療8週後の主観的尺度 56球の投球が可能となった。投球スピードは平均 後には最初からトップスピードとなり最後までス で治療前110.1km/h、治療後は112.3km/hであり、 ピードはほぼ一定であった。しかも、鍼治療前の スピードに変化はなかったが、投球数は増加した。 平均スピードが118.1km/hに対して治療後の投球で 鍼治療後には三角筋前部、三角筋後部の筋放電量 は126.1km/hと増加していた。この時の筋電図(図 が増加し、僧帽筋、上腕三頭筋および上腕二頭筋 4)を比較すると三角筋前部、三角筋中部、三角 の筋放電量は顕著に減少した。一方、三角筋中 筋後部、僧帽筋の筋放電量に差を認めなかったが、 部、大胸筋の筋放電量は治療前後での変化はほと 大胸筋、上腕三頭筋および上腕ニ頭筋の筋放電量 んどなかった。このように鍼治療後に一部の筋肉 は顕著に減少していた。一方、投球前と投球終了 の筋放電量が変化したことは動きを分析し異常を 時での経絡テストの所見を比較すると鍼治療をし 改善する治療を行うと投球時に負荷のかかる肩の てない場合、経絡テストにおける制限数が7個増 筋肉に差が生じてくる事を示している。つまり、 加したのに対して、鍼治療をして制限数をほとん 投げる動作に差が生じたことを示唆している。こ どなくして投球した場合は投球スピードが増加し の事は投球前と投球終了時での経絡テストの所見 たのに制限数は11減少していた。動きの改善を目 からも推測できた。鍼治療をしてない場合、投球 標とした鍼治療がその人の有する能力を最大限に 終了時には経絡テストにおける制限数が6個増加 発揮させることができ、しかも疲労の蓄積を防ぐ したのに対して、鍼治療をして制限数をほとんど 可能性があることを示している。 なくして投球した場合は投球数が増加したのに制 このように経絡テストを用いて、経絡概念を応 限数は増加しなかった。このことから動きの制限 用した動きの異常の観察とその改善を達成しよう を改善することは肩痛のある投手の投球時の肩の とする試みは運動療法で期待されている健康づく 筋肉群への負荷をかえ疲労を少なくすることを示 り効果にない有用性を内包しており、これを用い しており、動きの改善を目標とする治療が有用で た新たな健康づくりが可能と考えられる。 あることを示唆している。肩痛のない投手におい そこで、健康づくりが急務とされている企業体 てはどのような影響があるかも検討した(図4)。 を対象に経絡テストに基づいた鍼治療の効果を検 鍼治療をした場合としなかった場合で、投球に差 討した。この方法は簡易に研修できるとともに診 が認められるかどうかをみるために全力で60球投 断治療に要する時間が短時間ですむ特徴とともに げてもらった。鍼治療をしなかった場合には投球 これまでの鍼灸治療と比べても遜色ない治療効果 開始から徐々にスピードが増加して、30球をこえ を期待できるという利点を有している。 てから一定のスピードとなったのに対して鍼治療 企業は生活習慣病罹患による医療費の増加や休 2000.3.1 パネルディスカッション (81) 81 図6 運動器に関わる受診日数と医療費 業日数の増加による生産性の低下などから健康づ 軽減などを達成できた。血圧を同時に観察したと くりが急務とされていることから、これを対象に ころ、高血圧者では収縮期血圧および拡張期血圧 して鍼治療が健康づくりに役に立つかどうかを免 ともに有意に減少した。一方、高血圧でない血圧 許取得後2年以内の鍼灸師が主体として参加する 群では収縮期血圧には変化がなく、拡張期血圧は チームで検討することを試みた。大手企業の中の 有意に上昇した。しかし、正常血圧の範囲であっ 肉体労働を主体とした一事業所(245人 平均年 た。この2ヶ月の鍼治療が病院などの診療機関へ 齢53才)の中で頚や肩や腰などの運動器に痛みの の受診や医療費にどのような影響を与えたかを知 ある人の中から鍼治療を希望した152人を対象と るためにレセプトによる追跡調査を行った結果を して鍼治療を行ったが、登録だけをして受診しな 図6に示している。4月から10月までの運動器疾 かったものや数回の治療で改善して受診しなかっ 患による受診日数の平均が89回であったのに対し たものがいたため、治療を継続し、最終受診日に て11月、12月は平均38日であり半分以下になって 受診していた117名について鍼治療の影響を検討 いた。運動器疾患の4月の医療費を1とし、それに した。治療は週1回ないし2週に1回とし、事業 対する比で表すと4月から10月の運動器疾患の医 所に出向いて行ったため、生産ラインに影響を及 療費は平均1.03であり、11月および12月の平均は ぼすことはなかった。図5に治療8週後の腰痛や 0.18であった。鍼治療期の運動器疾患の医療費が 頚肩痛などの痛みの主観的尺度を示したが、痛み 約1/5にまで減少した事を示しており、鍼灸治療の が受診時の2割以下にまで減少したのは頚肩痛で 導入で医療費削減が達成できる可能性があると考 48%、腰痛で47%、膝痛で60%であり、痛みが半 えられた。わずか2ヶ月の試みでしかないが、医 減したものはそれぞれ79%、71%、90%に達した。 療費の削減に加えて痛みの軽減や情緒の改善など 経絡テストの陽性所見も顕著に減少していた。ア も達成できており、経絡テストを用いた鍼治療は メリカの精神科医が開発した気分を調べる心理検 健康づくりが急務とされている企業体において今 査であるPOMSテスト11)による検討では、緊張、 後十分に役立つと考えられた。 抑うつ、怒り、疲労、情緒混乱のスコアは有意に 伝統的な健康の知恵である鍼灸により未病治を 減少し、鍼治療の導入により情緒の安定や疲労の 達成させるとの考え方の中には運動を介して最大 82 (82) 未病治・運動・鍼灸 酸素摂取量を増加させ未病治を達成するとする現 代の考え方と同時に経絡概念を基盤として人の健 全日本鍼灸学会雑誌50巻1号 13:486-491, 1992 6)Blair SF, Kohl-HV3d, Paffenbarger RS, Clark 康維持増進を計るとの考え方も内包されており、 DG, Cooper KH, Gibbons LW:physical fitness 鍼灸の未病治に果たす今後の役割が期待される。 and all-cause motality. 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