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研修コーナー - 日本産科婦人科学会

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研修コーナー - 日本産科婦人科学会
2009年 7 月
N―217 N―258
日本産科婦人科学会
研修コーナー
61巻
7
号
2009
日本産科婦人科学会雑誌
研修コーナーについてご意見募集
現在本会機関誌に掲載中の研修コーナーは第61巻12号掲載分までを再度見直しの
うえ,学会のコンセンサスを得たものとして「産婦人科研修の必修知識2011」とし
て,発刊の予定です.
会員の皆様には研修コーナーをお読みいただいて,お気づきの点がございましたら,
忌憚のないご意見を学会事務局・研修コーナー編集宛お寄せ下さい.
「産婦人科研修の必修知識2011」をより一層,研修医ならびに会員の皆様のお役
にたてる書籍と致したく,会員皆様のご協力をお願い申し上げます.
日本産科婦人科学会教育委員会
研修コーナーのブラッシュアップと産婦人科研修の必修知識編纂委員会
送付先:〒113―0033 東京都文京区本郷2―3―9 ツインビュー御茶の水 3 階
(社)
日本産科婦人科学会・研修コーナー編集係
FAX 03―5842―5470 E-mail: [email protected]
JAPAN SOCIETY OF OBSTETRICS AND GYNECOLOGY
N―218
日産婦誌61巻7号
E.婦人科疾患の診断・治療・管理
2.女性性機能の生理 ………………………………………(221)
群馬大学教授 峯岸
敬
9.
1)性器の損傷・瘻 ………………………………………(226)
聖マリアンナ医科大学教授 木口 一成
3)心身症,性障害 ………………………………………(232)
千葉医療センター外来管理部長 大川 玲子
5)更年期障害 ……………………………………………(238)
6)HRT ……………………………………………………(242)
愛知医科大学教授 若槻 明彦
10.
1)子宮頸部円錐切除術 …………………………………(246)
和泉市立病院名誉院長 梅咲 直彦
3)腟式単純子宮全摘術 …………………………………(250)
札幌医科大学教授 斎藤
豪
7)子宮鏡 …………………………………………………(254)
滋賀医科大学教授 村上
節
9月号(特集)予告
生涯研修プログラム
クリニカルカンファレンス1
1)切迫早産の頸管長による予知・管理
昭和大学 大槻
2)母子感染における最近の知見
防衛医科大学校 松田
3)妊娠高血圧症候群の予知とその対策
神戸大学 山崎
クリニカルカンファレンス2
1)胎児構造異常と機能評価のポイント
埼玉医科大学総合医療センター 馬場
2)胎児心臓のスクリーニングのコツと落とし穴
久留米大学医学部小児科 前野
3)分娩時の胎児心拍モニターによる胎児評価
福島県立医科大学 藤森
クリニカルカンファレンス3
1)HPV test 導入後の子宮頸部異形成の取扱い
佐賀大学 横山
2)子宮頸部腺系病変
鹿児島大学 辻
3)卵巣境界悪性腫瘍と術中迅速診断
東京慈恵会医科大学病理学 清川
克文
秀雄
峰夫
一憲
泰樹
敬也
正俊
隆広
貴子
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2009年7月
N―219
クリニカルカンファレンス4
1)PET 検査の有用性と問題点
東海大学大磯病院 村上
2)婦人科腫瘍におけるセンチネルリンパ節の現況
東北大学 新倉
3)胞状奇胎診断の up-to-date
熊本大学 大場
クリニカルカンファレンス5
1)新しい排卵誘発治療
徳島大学 松崎
2)卵巣予備能の評価
名古屋大学周産母子センター 岩瀬
3)多胎妊娠の発生予防
埼玉医科大学 梶原
クリニカルカンファレンス6
1)子宮内膜症ホルモン療法の現況
大分大学 奈須
2)子宮内膜症と不妊症
鳥取大学 原田
3)子宮内膜症と悪性腫瘍
産業医科大学 土岐
クリニカルカンファレンス7
1)妊孕性温存手術としての子宮頸部
trachelectomy
九州大学 小林
2)新たな支持療法の開発
琉球大学 長井
3)悪性腫瘍における代替医療の実際
金沢大学補完代替医療講座 大野
クリニカルカンファレンス8
1)下肢リンパ浮腫の外科的治療
慶應義塾大学形成外科 永竿
2)外陰癌の創部ケア
九州がんセンター 齋藤
3)終末医療へのスムーズな移行には
横浜市立大学附属病院化学療法センター 宮城
クリニカルカンファレンス9
1)胎児発育不全の分娩のタイミングと分娩管理
宮崎大学 鮫島
2)双胎の分娩時期と分娩管理
大阪府立母子医療センター 末原
3)耐糖能異常妊婦の分娩時期と分娩管理
長崎医療センター 安日
クリニカルカンファレンス10
1)思春期のこころとからだ
福岡大学 井上
優
仁
隆
利也
明
健
家栄
省
尚之
裕明
裕
智
智久
俊章
悦子
浩
則幸
一郎
善仁
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N―220
日産婦誌61巻7号
2)産褥うつ病のケア
熊本大学医学薬学研究部
臨床行動科学分野こころの診療科 北村 俊則
3)更年期のうつ
藍野学院短期大学 後山 尚久
安全な産婦人科医療を目指して
1.胎児機能不全への対応
1.妊娠中のトラブル
国保旭中央病院 小林
2.分娩中モニターのトラブル
昭和大学 関沢
3.急速遂娩中のトラブル
横浜市立大学附属市民総合医療センター 高橋
2.産科救急への対応
1.産科出血
国立循環器病センター 池田
2.血栓塞栓症・羊水塞栓症
静岡県西部浜松医療センター 小林
3.術中合併症への対応
1.中絶によるトラブル
東京女子医科大学母子総合医療センター 牧野
2.腹腔鏡下手術のトラブル
帝京大学溝口病院 西井
安全な産婦人科医療を目指して
1.新生児蘇生法
(NRP)
鹿児島市立病院周産期医療センター 茨
2.産科超音波診断
大分県立大分病院 佐藤
産婦人科診療ガイドライン
(産科編)解説
1.CQ002妊娠初期に得ておくべき情報は?
CQ202妊娠12週未満の流産診断時の注意点は?
筑波大学 濱田
2.CQ404微弱陣痛が原因と考えられる
遷延分娩への対応は?
とくなが女性クリニック 徳永
3.CQ409妊娠41週以降妊婦の取扱いは?
自治医科大学 松原
4.CQ407羊水混濁時の対応は?
CQ605妊婦における風疹罹患の診断と対応は?
横浜市立大学附属市民総合医療センター 高橋
康祐
明彦
恒男
智明
隆夫
康男
修
聡
昌司
洋実
昭輝
茂樹
恒男
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2009年 7 月
N―221
E.婦人科疾患の診断・治療・管理
Diagnosis, Treatment and Management of Gynecologic Disease
2.女性性機能の生理
Female Reproduelion
視床下部―下垂体―性腺の制御において,下垂体より分泌されるゴナドトロピンは,卵
巣の顆粒膜細胞と莢膜細胞に存在する FSH,LH に特有なレセプターに結合して,ステロ
イド産生を調節し,結果として卵巣より分泌されるステロイドホルモンとインヒビンが中
枢にフィードバックしてゴナドトロピン分泌に影響を与えるサーキットを形成している.
視床下部
視床下部ゴナドトロピン放出ホルモン(Gonadotropin releasing hormone:GnRH)は
10個のアミノ酸からなるポリペプチドで視床下部の神経細胞から分泌され,下垂体門脈
を経て,下垂体の LH と FSH の分泌を促進する.GnRH の律動的分泌は,FSH,LH の
律動的分泌をもたらす.持続的投与はゴナドトロピンの分泌をもたらさず,至適な濃度と
律動的投与は生理的ゴナドトロピン分泌をもたらす.これらの現象は,ゴナドトロピン分
泌細胞における GnRH レセプターの変化によると考えられており,持続的 GnRH 作用は
自己のレセプター数を減少させ,律動的作用はレセプター数を増加し,反応性を上昇させ
る作用があると考えられている.律動的 GnRH 分泌は,月経周期において頻度と振幅が
変化している.例えば,卵胞期前半は低振幅であるが,後半には頻度も振幅も上昇し,排
卵に至り,黄体期の頻度は低下し,間隔が長くなるが,振幅はさらに増加し,卵胞期より
大きな振幅を示し,2週間で少しずつ減少していく.GnRH は2∼4分の半減期をもち,
速やかに脳内の酵素で代謝されるため,この律動的分泌が必要であると考えられている.
レセプターの構造が解明された後には,卵巣や胎盤にもその局在が示されているが,GnRH
の下垂体外の作用については不明な点が多い.
エストロゲンのフィードバック
オーファンレセプターであった G 蛋白結合型受容体,GPR54の遺伝子に変異があると,
低ゴナドトロピンによる性腺機能低下症を示し,さらに GPR54ノックアウトマウスでは,
雌雄ともに性腺が萎縮し性成熟が起こらないことが示された.この研究により,GPR54
が生殖機能に重要な機能をもつことが示され,このリガンドとして発見されたメタスチン"
キスペプチンがエストロゲン(E2)
の作用を GnRH 細胞に伝達することが判明した.つま
り,GnRH 細胞には,GPR54が発現し,E2のポジティブ,ネガティブフィードバック両
方の作用をキスペプチンが伝達する.ポジティブフィードバックの場合は,前腹側室周囲
核に E2が作用するとキスペプチンが上昇し,GnRH 細胞を刺激して分泌増加が起きる.
GPR54の変異によりレセプターが恒常的に刺激されると思春期早発症の原因となること
が示され,突発性思春期早発症の病態のひとつとしてレセプター異常が存在することが示
された.さらに,サルやヒトの脳の視床下部弓状核でのキスペプチンの上昇が報告され,
閉経後にこれら蛋白の増量がみられることから,ネガティブフィードバックにおいても,
作用していることが示され,ヒトにおける制御にもキスペプチン系が関与することが強く
示唆されている(図 E-2-1)
.
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N―222
日産婦誌61巻 7 号
前腹側室周囲核―視索前野
視床下部弓状核―正中隆起
前腹側室周囲核
視索前野
GnRH
メタスチン
(キスペプチン)
視床下部弓状核
メタスチン
GPR54
GPR54
正中隆起
エストロゲンの
ポジティブ
フィードバック作用
(雌のみ)
エストロゲンの
ネガティブ
フィードバック作用
卵胞発育・ステロイド合成
(図 E21)MaedaK,etal
.
:Met
ast
i
n/
Ki
sspept
i
nandcont
r
olofest
r
ouscycl
ei
n
r
at
s.
RevEndocrMet
abDi
sor
d8:2129,2007より引用改変
下垂体
下垂体から分泌されるゴナドトロピンには FSH と LH があり,ともに α・β 鎖のヘテ
ロダイマーを形成する.TSH の α 鎖とも同様に相関性が高く,β 鎖の特異性が高い.
FSH の分泌には卵巣で合成されるインヒビンが抑制的に働き,LH,FSH の分泌には
GnRH がコントロールしている.FSH,LH の作用で卵巣の顆粒膜細胞と莢膜細胞の協同
で E2が産生される.インヒビンは主に顆粒膜細胞および黄体より分泌され,下垂体から
の FSH の分泌を特異的に抑制し,FSH により分泌が促進される.LH は卵胞期では内莢
膜細胞に働きアンドロゲン合成を促進する.LH サージの開始の約36∼40時間後,ピー
クの10∼12時間後に排卵が起こる.黄体期においては黄体の維持に関与し,プロゲステ
ロン分泌を維持する.
プロラクチンはアミノ酸198個よりなる単純ペプチドホルモンであり,下垂体 lactotroph より分泌され,乳汁分泌作用をもつ.プロラクチン合成はエストロゲンや TRH な
ど促進し,放出抑制因子としてドーパミンが主な役割を果たし,ドーパミン減少はプロラ
クチン上昇の原因になる.PRL の分泌には一定のリズムがあり,睡眠中に上昇し,食事
にも一過性に上昇するパターンを示す(図 E-2-2)
.
卵巣
FSH,LH の作用は two cell theory と呼ばれる莢膜細胞と顆粒膜細胞の相互作用で E2
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2009年 7 月
N―223
50
睡眠
夕食
PRL(mg/mt)
昼食
30
10
8:00
16:00
24:00
8:00
時刻
(図 E22) プロラクチンの日内変動
Qui
gl
eyME,Roper
tJF,YenSS:Acut
epr
ol
act
i
nr
el
easet
r
i
gger
edbyf
eedi
ng.JCi
neEndocr
i
nolMet
ab
52:10431045,1981より引用
HDL
LH
SR-B1
LH-R
コレステロールエステル
莢膜細胞
ミトコンドリア
コレステロール
Sterol carrier protein
Star
コレステロール
P450scc
プレグネノロン
3β-HSD
プロジェステロン
P450c17
アンドロステンジオン
基底膜
E2
顆粒膜細胞
FSH-R
アンドロステンジオン
アロマターゼ酵素
FSH
(図 E23) 卵巣におけるステロイドホルモン産出機構
を合成すると理解されている.ステロイド合成の初期に莢膜細胞で LH の刺激のひとつと
してコレステロールからアンドロゲン合成が高まり,これが顆粒膜細胞に移送され,FSH
の刺激のもとに芳香化を受けてエストロゲンの合成が高まるというものである.ステロイ
ド合成に必要な酵素以外にもコレステロールの移動に必要な蛋白群の合成が誘導され,細
胞膜に存在して,コレステロールを細胞内に取り込むことから,ミトコンドリアでの移動
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N―224
日産婦誌61巻 7 号
インヒビンA
60
150
インヒビンB
40
100
20
50
0
1,500
50
40
1,000
30
20
エストラジオール
500
10
プロゲステロン
0
0
LH
(U/L)
40
エストラジオール
(pmol/L)
プロゲステロン
(nmol/L)
0
インヒビンB
(pg/mL)
200
15
30
10
FSH
20
5
FSH
(U/L)
インヒビンA
(pg/mL)
80
10
LH
0
−14
−7
0
7
14
0
LHサージからの日数
(図 E24) 正常月経周期における血中インヒビン Aとイ
ンヒビン Bの変動
(Gr
oomeNP,I
l
l
i
ngwor
t
hPJ,O’
Br
i
enM,etal
.
:JCl
i
n
Endocr
i
nolMet
ab1996;81:1403より引用 )
を含めて,ステロイド合成酵素に基質材料を提供することで合目的に作用していると考え
られた(図 E-2-3)
.さらにエストロゲンは FSH と共同的に働いて,FSH レセプター,LH"
hCG 受容体を強力に誘導するので,FSH,LH の作用がさらに効率よく伝達されること
になる.
インヒビン,アクチビン,フォリスタチンは,いずれも FSH 分泌調節因子として1980
年代に同定された蛋白性の成長因子である.インヒビンとアクチビンはその構造的特徴か
ら TGF-β スーパーファミリーに分類される.インヒビンおよびアクチビン共に卵巣での
主な産生部位は顆粒膜細胞で,産生された後卵胞液中に放出され,これらの濃度は血中よ
りかなり高いことが示されている.アクチビンを含むいくつかの成長因子は未熟な卵胞の
顆粒膜細胞における FSH-R の誘導をする.これは,ゴナドトロピン非依存的時期の卵胞
から依存性に移行することを意味するため,卵胞成熟期における重要な変化を制御してい
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2009年 7 月
N―225
ると考えられる.FSH-R 誘導に関しても,FSH とアクチビンは協同的に作用し,FSH
に対する感受性を上昇させる効果も存在する.
一方,この FSH-R に FSH が作用すると,アクチビンの産生は低下して,共通の β 鎖
をもつインヒビンの産生が上昇する.インヒビンは,下垂体からの FSH 合成・分泌を抑
制するため,卵巣局所での FSH 濃度の低下がもたらされる.アクチビンが FSH-R を増
加させることは,FSH 作用を強めることになるが,その結果 FSH 濃度の低下をもたらす
ことになり,FSH に対する卵胞間の競合が盛んになることが予想される.さらに同じ局
所では,FSH もアクチビンも協同的にフォリスタチン産生を促進するので,アクチビン
の局所作用は FSH の作用により急激に抑制されることになる.
子宮
子宮内膜の周期的変化は,主にエストロゲンとプロゲステロンの2つの性ホルモンの作
用を受ける.卵胞発育によりエストロゲンの分泌が始まりエストロゲンは子宮内膜の増殖
を起こしエストロゲンレセプター(ER)
とプロゲステロンレセプター(PR)
の発現を促進す
る.
排卵が起きると黄体からプロゲステロンが分泌されるようになり,内膜は分泌期の構造
に変化する.腺組織では着床に必要なグリコゲンを含有するようになり核下空胞をもたら
す,間質細胞は脱落膜化に向けた変化をする.
黄体の機能は LH により維持される一方,黄体はエストロゲン,プロゲステロンとイン
ヒビン A を分泌し,ゴナドトロピン分泌を抑制している.LH 刺激がない状態では黄体の
寿命は12∼16日であり,プロゲステロン分泌低下が月経を引き起こす.もし妊娠が成立
すると,胎盤から分泌される hCG が黄体からのプロゲステロン産生を維持し着床に適し
た内膜の状況を整えることが可能となる(図 E-2-4)
.
〈峯岸
敬*〉
*
Takashi MINEGISHI
Department of Obstetrics and Gynecology, Gunma University Graduate School of Medicine,
Gunma
Key words : Hypothalamus・Pituitary・Ovary・Uterus・Feed back
索引語:視床下部,下垂体,卵巣,子宮,フィードバック
*
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N―226
日産婦誌61巻 7 号
E.婦人科疾患の診断・治療・管理
Diagnosis, Treatment and Management of Gynecologic Disease
9.
1)性器の損傷・瘻
はじめに
骨盤腔内は狭いスペースのなかに尿管,膀
胱,尿道,直腸,女性ではさらに卵巣,卵管,
子宮,腟と多くの器官が存在し,静脈が発達
して複雑な静脈叢を形成している.このため
に分娩並びに手術に際して隣接臓器の同定が
不完全であったり,拙劣な操作で出血させる
と容易に他臓器に損傷を与える.そのうえ,
Ⓐ
婦人科領域外の予期せぬ臓器損傷に対して,
その処置に慣れないため,その対応を誤ると
術 後 に 後 遺 症 を 生 じ 患 者 の Quality of life
(QOL)
を損なう.そこで本稿では,これら
の性器損傷並びにその結果生じた瘻に対処す
る方法について解説する.
(1)性器の損傷
種々の原因により,外陰・腟・会陰の損傷
を生じ,さらにこれが内性器,直腸,骨盤腔
ドレーン
(Ⓐ)
を挿入している.
や腹腔の及ぶこともある.その多くは分娩時
に生ずるが,その他,外傷・性交・薬物・放
(図 E91)1) 会陰血腫の処置
射線・子宮内操作などの手術時損傷があげら
れる.
① 外陰血腫(図 E-9-1)
-1)
外陰部強打による血腫形成が多い,腟前庭や陰核の動脈あるいは静脈の破裂によって生
ずる.治療は小さなものでは圧迫止血で治癒するが,大きなものでは切開して血腫の除去,
止血を行う.
② 会陰裂傷
主として分娩時,稀に性交により発生する.分娩時の裂傷が放置され,哆開したままで
治癒すると陳旧性会陰裂傷となる.
分娩時腟裂傷:
a.第1度―裂傷は皮膚および皮下などの表層組織のみ
b.第2度―裂傷は会陰の筋層に及ぶが肛門括約筋は侵されない
c.第3度―裂傷は肛門括約筋ないし直腸壁に及ぶ
d.第4度―第3度の裂傷に,さらに肛門粘膜および直腸粘膜の損傷が加わる(図 E-9-1)
2)
第3度以上の会陰裂傷および陳旧性会陰裂傷では放置により便失禁をきたすので,直腸
壁を縫合後さらに肛門括約筋の断端縫合を加える必要がある.
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2009年 7 月
N―227
腟腔
腟壁
Ⓑ
Ⓐ
①
直腸腔
直腸壁
②
③
① Ⓐの部分で直腸壁から結合組織を剝離.
② Albert-Lembert吻合を行う.
③ Ⓑの部分に死腟を残さないように埋没縫合,腟壁縫合を行う.
(図 E91)
2) 第 4度会陰裂傷
③ 腟損傷
分娩あるいは性交によって生じる腟壁の裂
傷をいう.圧迫で止血されないものは縫合を
行う.
④ 頸管裂傷(図 E-9-1)
-3)
分娩時に生ずる裂傷が主であるが,子宮内
容除去術の場合,Hegar 頸管拡張器による
頸管の急速拡張,胎盤鉗子等による無理な内
容除去術の際等にも発生する.出血点を確認
し縫合止血をはかるが,裂傷部が比較的上部
の場合は,子宮腟部を外方に牽引しつつ,側
腟円蓋部より子宮頸部に大きく糸をかけ止血
する.
⑤ 子宮穿孔
(図 E91)3) 頸管裂傷
子宮壁を完全に損傷,穿孔した状態.子宮
ゾンデ診,子宮内膜掻爬術,IUD 挿入,Hegar による頸管拡張術,胎盤鉗子・鋭匙など
による子宮内操作の際に生ずる.穿孔に気付いた際にはただちに操作を中止し,穿孔部が
大きい場合は,腹腔鏡検査を行い,保存的治療が不可能な場合は開腹し,損傷部を収縮す
る.
⑥ 子宮腔内癒着症 Asherman syndrome
子宮体内膜の器械的操作,特に分娩後や人工妊娠中絶時に過度の基底層の剝脱,欠損を
生じ,さらに局所感染などを伴って子宮腔の部分的あるいは広汎な癒着を伴うもの.子宮
鏡下に癒着剝離し, シリコンドレーンあるいは IUD を挿入して癒着の再発を予防しつつ,
Kaufmann 療法を行って子宮内膜の再生を促す.
(2)性器瘻
① 尿瘻
尿路系と子宮・腟間に交通が生じ,尿が漏れる状態をいう.
a.種類
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N―228
日産婦誌61巻 7 号
A.輪状切開と縦切開
B.経腟的縫合第一層
C.経腟的縫合第二層
D.腟壁の縫合
(図 E91)4) 膀胱膣瘻
ⓐ尿道腟瘻
尿道と腟壁との交通で,きわめて稀である.尿失禁はないが,排尿時に外尿道口および
腟壁の両者より尿が流出する.ゾンデ診により鑑別可能である.
ⓑ膀胱腟瘻(図 E-9-1)
-4)
膀胱と腟前壁との交通,常に失禁の状態にある.分娩時あるいは婦人科手術時の損傷,
子宮頸癌や腟癌の末期にみられ,最も多い.
ⓒ尿管腟瘻
尿管と腟との間の交通.左右いずれか一側の尿管との交通の場合には,尿失禁と共に,
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2009年 7 月
N―229
膀胱からの排尿もみられるが,両側の尿管と腟との瘻の場合には,膀胱尿はみられない.
広汎子宮全摘出術後に発生する場合が多く,術中直接に損傷した際には術後ただちに尿失
禁をみるが,多くは2∼3週後に発生する.
ⓓその他
膀胱子宮瘻,膀胱頸管瘻がある.
b.原因
ⓐ先天性
他の奇形を合併しやすい.
ⓑ産科手術の合併症
直接損傷および圧迫壊死による.
ⓒ婦人科手術の合併症
広汎子宮全摘出術,単純性子宮全摘出術,特に腫瘍による尿管偏位があったり,子宮内
膜症などにより広汎な癒着を伴う症例の手術時に発生する.
ⓓ性器癌の浸潤
子宮頸癌・膀胱癌などの膀胱壁,尿管壁などへの浸潤・蔓延.
ⓔ放射線治療による慢性障害
ⓕその他
感染症,交通外傷など.
c.診断
確認のために,腟鏡診,膀胱鏡,腎盂尿管撮影を行い,尿瘻の部位と程度をみる.イン
ジゴカルシンを膀胱内に注入すると,膀胱腟瘻の場合はただちに排出される.もし,排出
されない場合はインジゴカルシンを静注し,尿管腟瘻を確認する.
d.治療
尿瘻が小さいときには保存的に治療する.膀胱留置カテーテル,持続吸引ドレナージ,
経尿道的尿管ステント留置術,全身状態の改善を図る.2∼3カ月待機しても治癒傾向の
みられない場合は下記の手術を瘻孔の程度に応じて行う.
ⓐ尿管吻合術
ⓑ尿管尿管吻合術
ⓒ尿管膀胱吻合術
Sampson 法,Boari 法,Futh 法,その他,尿管皮膚瘻など.
② 糞瘻
瘻孔を通る内容物が糞である場合を糞瘻と称する.直腸腟瘻が最も多く,稀に小腸腟瘻
が発生する.
a.種類と原因
ⓐ直腸腟瘻(図 E-9-1)
-5)
分娩時の損傷,悪性腫瘍の末期症状,またはその放射線照射後の慢性障害として,ある
いは周囲の炎症の結果として発生する.時に産科・婦人科手術後にみられることがある.
ⓑ小腸腟瘻
高度の癒着剝離術後に発生することがある.
b.診断
小瘻孔は,診察指を直腸に入れ,よく伸展しないと見逃すことがあるので注意する.
c.治療
直腸腟瘻では,瘻孔が小さければ腸内ガスが漏れる程度で自然閉鎖する場合もある.閉
鎖しないときは,腟式に瘻孔を閉じる.悪性腫瘍や放射線治療後に生じた場合は閉鎖は困
難で,人工肛門を造設する.
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N―230
日産婦誌61巻 7 号
A.瘻孔の直腸内反転による小瘻孔の修復法
瘻孔から約5mm外側で腟壁に円周状の
切開を入れる.
B.瘻孔の直腸内反転による小瘻孔の修復法
腟粘膜下で直腸粘膜を遊離し,癒着縫
合を直腸粘膜欠損部周囲にかける.
C.瘻孔の直腸内反転による小瘻孔の修復法
第3番目の縫合は直腸腔間隙を横に連
続縫合する.
D.瘻孔の直腸内反転による小瘻孔の修復法
最後に腟粘膜を縦に連続縫合する.
(図 E91)5) 直腸膣瘻
③ 月経瘻
月経血が腟以外の部位へ瘻孔を通じて排出される状態.
a.種類と原因
ⓐ子宮腹壁瘻
多くは,古典的帝王切開術後,子宮体部の切開創が腹壁と癒着し,感染などのため創傷
部縫合不全を起こして瘻孔が形成される.
ⓑ子宮膀胱瘻
稀であり,帝王切開術後に多い.
ⓒ子宮直腸瘻
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2009年 7 月
N―231
稀であり,帝王切開術後や子宮筋腫核出術後に多い.
以下に頻度の高い子宮腹壁瘻の診断・治療について述べる.
b.診断
ゾンデ診,膀胱鏡,直腸鏡などや,画像診断を行う.
内診所見で子宮体は著しく上昇して腹壁に癒着し,移動性が失われている.月経時に腹
壁の瘻孔より出血をみる.また,造影剤を注入して撮影すると瘻孔と子宮腔との連絡を証
明できる.
c.治療
開腹し,腹壁の瘻孔を中心にその周囲の組織を上下に狭い紡錘状に切除する.腹壁から
子宮を剝離し,子宮の瘻孔を中心に縦に長く細い紡錘形の切除を行い,子宮壁を縫合する.
子宮表面および腹壁後面の腹膜欠損部を縫合して再癒着の防止につとめる.将来妊娠を希
望しないものには子宮摘出術を行う方が安全である.
《参考文献》
1.柳原敏宏.産科手術・処置.産科と婦人科 2003;70 suppl:71―77
2.中村幸夫,高橋秀身.産科の手術・処置.産婦人科治療 1997;74:837―841
3.越野立夫.膀胱損傷修復手術.産婦人科の実際 2001;50:1691―1695
4.永田一郎.直腸腟瘻の修復.産婦人科の実際 2001;11:1647―1652
〈木口 一成*〉
*
Kazushige KIGUCHI
Department of Obstetrics and Gynecology, St. Marianna University School of Medicine, Kanagawa
Key words : Perineal laceration・Cervical laceration・Vesicovaginal fistula・Rectovaginal fistula
索引語:会陰裂傷,頸管裂傷,膀胱腟瘻,直腸腟瘻
*
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N―232
日産婦誌61巻 7 号
E.婦人科疾患の診断・治療・管理
Diagnosis, Treatment and Management of Gynecologic Disease
9.
3)心身症,性障害 Psychosomatic diseases,Sexual dysfunction
(1)心身医学・心身症
① はじめに
心身医学とは,患者を身体面からだけでなく,心理面,社会面を含めて総合的に診てい
こうとする医学である.心身は相関するという考えに基づき,全人(的)
医学とも称するが,
その意味ですべて臨床医学は全人的でなければならない.これは心身医学の「一般性」と
もいわれる.
一方,狭義の心身症は心身医学の「専門性」といわれる.日本心身医学会で「身体疾患
のなかで,その発症や経過に心理社会的な因子が密接に関与し,器質的ないし機能障害が
認められる病態をいう.ただし,神経症やうつ病など,他の精神障害に伴う身体症状は除
外する」と定義される.代表的疾患として,慢性疼痛,緊張型頭痛,片頭痛,摂食障害,
過敏性腸症候群,アトピー性皮膚炎などが挙げられる.産婦人科領域では,前出の摂食障
害も関与する月経の異常,妊娠悪阻,不妊症,更年期障害,産褥性精神疾患,性機能障害
などが考えられる.産婦人科系心身症の個々の疾患についてはそれぞれの項を参照された
い.
② 心身相関のメカニズム
心身相関の機序には,神経(中枢神経,自律神経)
―内分泌―免疫の3つの系の協調機能
が関与している.ストレスが加わりこの協調機能(ホメオスターシス)
が乱れ,さまざまな
反応を起こす結果,急性あるいは慢性の器質的疾患を生じるのである.このことは拘束ス
トレスによるラットの胃潰瘍モデルなど,多くのストレスモデルで証明されている.
ストレスに対する不安,恐怖,緊張などが不眠,食欲低下など生理的障害を起こすこと
は一般的である.しかしストレスへの対応には個人差があり,例えば攻撃的な人は虚血性
心疾患を,過剰適応的な人は癌患者に特徴的など,行動パターンによって異なった疾患を
引き起こす傾向が認められる.
③ 心身症の診断と治療
心身医療は疾患,あるいは疾患を持つ患者を中心に図 E-9-3)
-1のようにとらえ,身体
面,心理面,社会面から診断し,治療していく.心身相関の医療は広い分野にわたるので,
産婦人科などの一般科の医師はもちろん,心療内科でも一人で対応することは難しい.一
般身体科,心療内科,精神科医師,および看護師(助産師)
,臨床心理士などとのチーム医
療が望ましい.
治療の中心は,患者の心と向き合って診療する「面接療法」
である.その基本的用件は,
患者が安心して話せ,プライバシーの保護が伝わるような環境整備である.特に一般科の
患者は心身相関に気付いていないことが多いので,導入が難しい場合もある.さりげない
質問や心理テストを導入するなどし,患者の話に傾聴する態度を示す.話しながら患者が
自分の生活パターンや環境など心因に気付くのを促すのが,診断および治療につながる.
④ 面接療法を補助する心身医学的技法
防衛が強固,精神的未熟などでは,言語的表現に頼る治療が進みにくい.このような場
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2009年 7 月
N―233
身体的治療
薬物療法
(時に)
手術
身体疾患
心理療法
面接療法
行動療法
自律訓練法など
疾患
(患者)
心身症
社会的療法
生活環境調整
健康教育
生活習慣病
(図 E93)1) 疾患のなりたちと心身医学的治療
合にはより深い精神分析的治療や,行動面からのアプローチ,身体的アプローチなどの技
法が適応となる.
「精神分析」的心理療法には,他者との関係性を重視した「交流分析」も含まれる.
「行
動療法」は疾患に導く歪んだ行動パターンを是正するトレーニングであり,治療中に行動
背景となっている内的側面への気付きを促すのが「認知行動療法」である.
「家族療法」は,
患者の最大の環境因子である家族を視野にいれた治療である.治療技法にはその他リラク
セーションを導く「自律訓練法」などがある.
診断の一助としては標準化された心理テストも多数開発されている.
向精神薬(主として抗不安薬,抗うつ薬)
などの薬物療法も重要である.過剰な心理的反
応を軽減して,心身相関への理解や行動変容する力を引き出し,心身症を治癒に導くもの
である.
《参考文献》
1.臨床心身医学入門テキスト.吾郷晋浩,他(編)
,三輪書店,2005
2.女性心身医学.日本女性心身医学会(編)
,永井書店,2006
(2)性機能障害(不全)
① はじめに
性障害を精神疾患としてとらえた分類には DSM-IV-TR
(アメリカ精神医学会)
,および
ICD-10
(WHO)
があり,性機能不全,性嗜好異常,性同一性障害が挙げられる.本稿で
とりあげる性機能不全について,男性では器質的疾患としての研究や臨床が進んできた.
女性性機能障害(Female Sexual Dysfunction,FSD)
は, 男性との相違を含めて, 精神,
身体双方から検討される概念である.表 E-9-3)
-1は性機能不全分類であるが,男性との
対応をわかりやすくするため DSM-IV-TR 分類をとりあげた.性機能障害(不全)
には性
欲,性的興奮,オルガズムの性反応障害と性交疼痛障害がある.それぞれ,最初の性体験
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N―234
日産婦誌61巻 7 号
(表 E93)1) 性機能不全 SexualDi
sor
der
sの分類
(DSMⅣTRより)
性的欲求の障害 SexualDesi
r
eDi
sor
der
s
性欲低下症 Hypoact
i
veSexualDesi
r
eDi
sor
der
性嫌悪障害 SexualAver
si
onDi
sor
der
性的興奮の障害 SexualAr
ousalDi
sor
der
s
女性の性的興奮の障害 Femal
eSexualAr
ousalDi
sor
der
男性の勃起障害 Mal
eEr
ect
i
l
eDi
sor
der
オルガズム障害 Or
gasmi
cDi
sor
der
s
女性オルガズム障害 Femal
eOr
gasmi
cDi
sor
der
男性オルガズム障害 Mal
eOr
gasmi
cDi
sor
der
早漏 Pr
emat
ur
eEj
acul
at
i
on
性交疼痛障害 SexualPai
nDi
sor
der
s
性交疼痛症 Dyspar
euni
a
腟痙攣(腟痙) Vagi
ni
smus
(表 E93)2) FSDの原因となる身体疾患
心血管系疾患
高血圧 冠動脈疾患
神経系疾患
多発生硬化症 末梢神経炎 脊髄損傷
内分泌系疾患
糖尿病 甲状腺疾患 高プロラクチン血症 副腎疾患
その他
自己免疫疾患 腎疾患
(透析) 腸疾患(人工肛門) 膀胱疾患 尿路変更 皮膚疾患(湿疹,接触皮膚炎) 悪性新生物 うつ病
(表 E93)3) 性反応を抑制する薬物
向精神薬
ベンゾジアゼピン バルビツレイト 三冠系抗うつ薬 SSRI
リチウム 抗精神病薬
循環器系作動薬
抗コレステロール薬 βブロッカー クロニジン ジゴキシン
内分泌系作動薬
ダナゾール GnRhアゴニスト 経口避妊薬
その他 ヒスタミン H2リセプター阻害薬 インドメサシン フェニトイン
以来続いている「生来型」と,あるときから発症した「獲得型」
,状況によらず生じる「全
般型」と状況や相手によって生じる「状況型」とに分けられる.さらに原因的には器質性,
心因性,混合性,不明性,となるが,多くの性機能障害は混合性である.
② 性欲障害
性欲はセックスを求める欲望や衝動である.性欲障害には低性欲症と性嫌悪障害がある.
前者は単に性的な関心に欠けるもの,後者はセックスに対する不合理な恐怖や嫌悪感であ
る.心因としては,性に対する否定的な刷り込み,両親の夫婦関係や性的虐待のトラウマ,
あるいは親密な関係性を持つことの葛藤や困難もみられる.獲得型では関係性のトラブル
や心身の疾患で生じる.性交痛やオルガズム障害の繰り返し,ボディ・イメージの劣化も
性欲を低下させる.内分泌や慢性疾患(表 E-9-3)
-2)
,薬物の影響も注目されてきた(表 E9-3)
-3)
.特に閉経や卵巣機能の欠落によるテストステロンの欠乏が性欲低下を起こすこ
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2009年 7 月
N―235
(表 E93)4) 性交痛の原因となる器質性疾患
外陰疾患
外陰炎 外陰白班症 腟前庭炎 皮膚の萎縮 クリトリスの癒着 ヘルペス
バルトリン腺炎 会陰切開瘢痕 その他の外陰手術後遺症 放射線治療後遺症 VVS(
vul
valvest
i
bul
i
t
i
ssyndr
ome)
腟疾患
腟炎 腟粘膜萎縮 性器脱 腟断端瘢痕
骨盤内疾患
子宮内膜症 子宮筋腫 付属器炎 慢性骨盤腹膜炎 骨盤内腫瘍 骨盤うっ血症候群 尿道炎 尿路感染 腸疾患
とはよく知られている.
③ 性的興奮障害
性欲を前提に適切な刺激を加えると,性的興奮反応として骨盤内の血流が増加し,性器
が充血,膨張する.この結果,腟壁から潤滑液が漏出(lubrication)
する.また骨盤底筋
群が緊張して腟口は軽度に拡張する.これらの反応は心地よく,心理的高揚感を伴う.女
性の興奮障害は男性の勃起障害に一致する.
興奮障害の心因には性欲障害と同様,性に対する否定的なメッセージがみられる.獲得
型の障害には,妊娠や性感染症への恐れ,相手への懸念など不安が関与する.妊娠中絶や
性暴力,性交痛も性反応抑制の一因である.
身体的には性器の血流障害や神経麻痺が興奮障害の原因となる.腟潤滑液の減少は,エ
ストロゲンの欠乏,腟粘膜の萎縮によっても起こる.骨盤内手術による,腟やクリトリス
への血流減少は性的興奮を妨げる.
④ オルガズム障害
オルガズムは興奮反応でピークに達した骨盤底筋の緊張が,リズミカルな運動とともに
元に復する交感神経反射である.性的興奮の知覚は陰部神経から脊髄に伝わり,オルガズ
ム反射は下腹神経から伝わる,とされている.
心因性オルガズム障害は,無意識のオルガズム回避である.ある程度興奮が高まると,
いつも雑念が起こり性的感覚への集中が損なわれる.興奮障害と同様,性に対する抑圧が
関与するが,
「自分をコントロールできなくなる」といった,オルガズムに対する誤った観
念も影響している.
身体的な原因として,老化や手術などによる骨盤底筋肉の劣化,陰部神経,下腹神経や
血管の損傷,あるいは反射を抑制する薬物などが考えられる.
⑤ 性交疼痛症(dyspareunia)
反復的に起こる性交痛を性交疼痛症という.それ自体苦痛であるばかりか,性欲障害な
ど他の女性性機能障害(FSD)
の誘因ともなる.他の FSD に比べて器質的疾患が原因のも
のが多いが,心因性や混合性も少なくない.性交で痛みを感じる部位は,主に腟入口部付
近と骨盤内部である.性交痛を起こす主な器質性疾患を表 E-9-3)
-4に示した.
ペニス挿入時やピストン運動の摩擦で生じる性交痛は,主に外陰,腟入口部の炎症性疾
患が原因である.この部位は神経終末が多く分布し,小さな傷でも激しい痛みを感じる.
代表的な疾患はエストロゲン欠乏による萎縮性腟・外陰炎である.腟粘膜の萎縮による腟
潤滑液の分泌減少と,炎症による直接の痛みとがある.閉経後の多くの女性が体験し,高
年カップルの性交停止の理由となりやすい.出産時の会陰裂傷・切開の瘢痕も自発痛,性
交痛の原因となりうる.
骨盤内臓器に炎症や癒着,腫瘍があると,性交時に腟の奥の方で痛みを生じる.代表的
疾患は子宮内膜症である.骨盤内にできた硬拮や癒着が痛みの原因となる.慢性骨盤腹膜
炎は性交痛,自発痛(下腹痛,骨盤痛)
を起こす.
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N―236
日産婦誌61巻 7 号
性交痛には器質性疾患が無いか,身体疾患だけでは説明できないものがある.むしろ多
くの性交痛は心身症の概念にあてはまる.性的興奮障害から起こる腟潤滑液不足は若者に
もみられる.不安・緊張は骨盤底の不随意収縮から性交痛を生じる.その程度が強く挿入
ができないものがワギニスムス(次項参照)
である.
⑥ ワギニスムス
定義は「腟の外1"
3の部分の筋層に反復性,または持続性の不随意攣縮が起こり,性交
を障害するもの」である.無意識の性交恐怖,特にペニス挿入に対する恐怖のため,腟が
条件反射的に収縮を起こす.一般には生来型であるが,なかには性交痛や夫婦間の不和な
どに起因する,獲得型のワギニスムスもある.婦人科診察のトラウマによって恐怖がより
高まったと思われるケースもある.
⑦ 女性性機能障害(FSD)
の診断と治療
FSD の疾患概念を理解していれば,問診で診断可能である.性行為の状況,環境,パー
トナーシップ,さらにそれまでの性的体験(性歴)
によって,障害の原因をたどることがで
きるが,これは治療も兼ねている.FSD が主訴で,性心理学的な問題と判断した場合は
専門的な性治療へと進む.
他の心身症の原因として治療中に FSD が浮上した場合は,その気付きが心身症の治療
にむすびつく場合もある.
慢性疾患,薬物,出産,手術の影響など,身体的因子によるものや,心理因子との混合
型もある.特に何かをきっかけに発症してはいないか,本人が自覚していないこともある
ので,それらのチェックも必用である.
心因性の性治療は,カウンセリング,行動療法,精神療法とで成り立っている.カウン
セリングは治療全体の流れをつくるものである.行動療法は性治療の中核で,恐怖などに
よってできた不利益な条件反射や性反応の抑制を,容易なものから練習して健康な反応を
学習しなおすものである.性障害に応じたいくつかのプログラムがあるが,代表的な方法
に「感覚集中訓練」がある.オルガズム障害への行動療法は,マスターベーションから始
めると良い.高まってくる性的快感に集中し,オルガズムまで雑念に陥らない練習を重ね
る.次いでパートナーの愛撫でオルガズムを獲得する.
ワギニスムスにおける行動療法は,腟の条件反射消去をめざす系統的脱感作療法である.
抵抗感の少ないものから大きなもの,タンポン,經管拡張器,自分の指,夫の指,1指か
ら2指,次いでペニスといった順で腟に挿入する練習をして行く.婦人科診察法を応用し,
治療者の1指,2指,腟鏡診などができるような訓練も有用であるが,これだけでは性交
できるとは限らない.自宅での練習を確認し,性交できるまで治療する必要がある.
身体因性の FSD では,原因疾患の除去が言うまでもなく治療である.薬物が疑わしい
場合,中止,変更が可能であれば試みる.性欲障害にはテストステロンが鍵をにぎること
もあり,男性・卵胞混合ホルモンのボセルモンデポー注,ダイホルモンデポー注などが勧
められる.有効であれば,男性化作用に注意して継続する.
《参考文献》
1.セックス・カウンセリング入門(改訂第2版)
.日本性科学会(監修)
,金原出版,2005
2.DSM-IVTR 精神疾患の分類と診断の手引き.高橋三郎,他(訳)
,医学書院,2002
〈大川 玲子*〉
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2009年 7 月
N―237
*
Reiko OHKAWA
Department of Obstetrics and Gynecology, National Hospital Organization Chiba Medical Center, Chiba
Key words : Psychosomatic diseases ・ Psychosomatic medicine ・ Sexual dysfunction ・
Female sexual dysfunction・FSD
索引語:心身症,心身相関,性機能障害,ワギニスムス,行動療法
*
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N―238
日産婦誌61巻 7 号
E.婦人科疾患の診断・治療・管理
Diagnosis, Treatment and Management of Gynecologic Disease
9.
5)更年期障害
はじめに
小児期における卵巣機能は未熟であるが,10歳前後からエストロゲン産生を開始し,
初潮を迎える.エストロゲン濃度は20∼30歳代頃にピークとなり,40歳を超えると徐々
に低下し始め,50歳頃に閉経を迎え,それ以後低値となる.更年期とは生殖期と非生殖
期の間の移行期で年齢的には45∼55歳頃をさし,卵巣機能が低下して消失する時期に相
当する.更年期にまず出現するのがホットフラッシュや発汗などに代表される血管運動神
経症状である.更年期障害は一定の時期を過ぎると沈静化するが,閉経後10∼15年間経
過してから,骨粗鬆症による骨折や心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患の発症が多くなる
ことがわかっている.しかし,これらの疾患群は無症状のうちに進行するため閉経時期か
らのスクリーニングが必要である.このように更年期以後は低エストロゲン症候群という
べきさまざまな疾患群が発症するため,総合的な管理が必要となる.
更年期障害とは卵巣機能の低下に起因したエストロゲン濃度の減少に加え,社会的,環
境的要因が複雑に絡み合って,自律神経失調症状や精神神経障害症状などのさまざまな不
定愁訴が出現する症候群である.
本稿では更年期前後の内分泌的変化や更年期障害の病因・病態やその発症機序,治療方
法について概説する.
1.加齢に伴う内分泌変化
卵巣からのエストロン(E1)
,エストラディオール(E2)
の分泌は20∼30歳代でピーク
を示し,以後緩やかに漸減し,閉経の時期に一致し,急激に減少する.E1と E2の変化を
比較してみると,E1の低下は E2ほど,急激でない.これは閉経後,脂肪組織,副腎,卵
巣間質からのアンドロステンダイオンが芳香化により,主に脂肪組織において,E1へと
転換されるためである.したがって,閉経前のエストロゲンは E2が主であるが,閉経後
は E1が中心となる.一方,エストロゲンの低下に伴い,下垂体ゴナドトロピンである Luteining hormone
(LH)
と follicular stimulating hormone
(FSH)
は上昇し始めるが,FSH
1)
の上昇が LH よりも顕著である(図 E-9-5)
-1)
.
2.更年期障害の病因・病態
更年期障害の症状は熱感,のぼせ,心悸亢進,発汗,不眠などを中心とした自律神経失
調症状と不安感,抑鬱,恐怖感,疲労感などが中心の精神神経症状の2つに分けられる.
エストロゲン欠乏はいずれの症状にも関与するが,自律神経失調症状の出現との関連性が
強く,精神神経症状はホルモンの変化以外にも心理的,環境的要因が強く関与する.更年
期障害の発症機序の詳細はいまだ明確ではないが,卵巣機能の低下,すなわち内因性エス
トロゲン濃度の低下により,negative feedback 機構が作動するため,視床下部―下垂
体―卵巣系に変化を生じ,視床下部は持続的な機能亢進状態となる.このため,視床下部
からは Luteining hormone-Releasing hormone
(LH-RH)
を,下垂体からはゴナドトロ
ピンの過剰放出を促す.したがって,その機能亢進状態は視床下部に存在する自律神経中
枢へも影響を及ぼし,自律神経失調の状態となる.
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2009年 7 月
N―239
初潮
↓
エストラジオール(E2)
エストロン
(E1)
閉経
↓
E1(pg/ml )
E2
150
100
50
0
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
↓
↓
FSH
(mIU/ml )
LH
200
150
100
FSH
LH
50
0
0
10
20
30
40 50 60
年齢(歳)
70
80
90
(図 E95)1) 各種ホルモンの加齢による変化
一方,心理的および環境的な要因は大脳皮質―大脳辺縁系を刺激するために,その刺激
は視床下部の自律神経中枢にも影響を及ぼし,自律神経失調症を発症するといわれている.
3.更年期障害の発症機序
(1)自律神経失調症状
自律神経失調症状の代表である血管運動神経症状のなかで,のぼせ,ほてりの発症機序
にはいくつかの説がある.ひとつには,血中エストロゲン濃度の減少により,その代謝産
物であるカテコールエストロゲンも減少するため,カテコールアミンの合成が亢進し,受
容体レベルでカテコールアミン優位となる.このため,LH-RH と LH の拍動性分泌が促
進し,体温中枢も刺激されるため,のぼせ,ほてりなどの血管運動神経症状が出現すると
考えられている.一方,エストロゲン濃度の低下により,血中カルシウム濃度の上昇を認
めるため,血管拡張作用を有する calcitonin gene-related peptide
(CCRP)
が末梢神経
末端から過剰分泌され,血管が拡張し,のぼせ,ほてりなどの症状が出現するとも報告さ
れている.
(2)精神神経症状
脳内モノアミン神経伝達物質であるドーパミン,ノルアドレナリン,セロトニンなどが
抑鬱の発症と関連することが報告されている.例えばエストロゲン濃度の低下は,モノア
ミンオキシダーゼの分解を抑制するため,セロトニン濃度に影響することが知られている.
また,エストロゲンの関与以外にも精神的ストレスが大脳皮質―大脳辺縁系を刺激し,視
床下部の自律神経中枢にも影響を及ぼす.
4.更年期障害の診断
(1)自覚症状
更年期障害の不定愁訴は,多様性で変化しやすく,症状の程度を定量的に評価すること
は極めて困難である.この不定愁訴を定量化する目的で,クッパーマン更年期指数(表 E!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
N―240
日産婦誌61巻 7 号
(表 E95)1) クッパーマン更年期指数
更年期障害の症状として 11項目に分類し,その評価(f
act
or
)により 3段階の点数を割り当
てている.さらにその症状の重症度により,4段階に分類し,11症状の評価と各症状の最高
の重症度との積を加算してクッパーマン更年期指数とする.
症状
重症度(sever
i
t
y)
種類
強(3)
中(2)
弱(1) 無(0)
(mar
ked)
(moder
at
e)
(sl
i
ght
)(none)
症状群
(sympt
om)
評価
(f
act
or
)
顔が熱くなる(ほてる)
汗をかきやすい
腰や手足が冷える
息切れがする
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
1.血管運動神経障
害様症状
4
手足がしびれる
手足の感覚が鈍い
□
□
□
□
□
□
□
□
2.知覚障害様症状
2
夜なかなか寝つかれない
夜眠っていてもすぐ目
を覚ましやすい
□
□
□
□
□
□
□
□
3.不眠
2
興奮しやすい
神経質である
□
□
□
□
□
□
□
□
4.神経質
2
つまらないことにクヨ
クヨする
(憂うつになる
ことが多い)
□
□
□
□
5.憂うつ
1
めまいや吐き気がある
□
□
□
□
6.めまい
1
疲れやすい
□
□
□
□
7.全身倦怠感
1
肩 こ り,腰 痛,手 足 の
節々の痛みがある
□
□
□
□
8.関節痛・筋肉痛
1
頭が痛い
□
□
□
□
9. 頭痛
1
心臓の動悸がある
□
□
□
□
10.心悸亢進
1
皮膚をアリがはうよう
な感じがある
□
□
□
□
11.蟻走感
1
9-5)
-1)
が考案され,現在,広く使用されている2).クッパーマン更年期指数の症状群は,
ほてりや発汗などの血管運動神経障害様症状,手足のしびれなどの知覚障害様症状,不眠,
神経質,憂鬱,めまい,全身倦怠関節,筋肉痛,頭痛,心悸亢進,蟻走感の11項目に分
類される.これらの11の症状群についてそれぞれ重症度を0
(無)
,∼3
(強)
の4段階に分
類し,各症状に重み付け(factor)
を割り当て,factor と重症度の積を求め,11症状の積
を加算することで更年期指数を求めることができる.クッパーマン更年期指数の症状群の
なかで,血管運動神経障害様症状の factor は4と最も高く,本症状が更年期障害のなか
で最も重要な症状であることといえる.一方,従来のクッパーマン更年期指数を簡潔にす
るとともに我が国の女性に特徴的な10の更年期症状をそれぞれスコア化し,同様に重み
付けを行い,総点数を計算する簡略更年期指数が考案されている.更年期指数は更年期障
害の診断のためではなく,治療経過のなかで症状がどのように変化していくかを評価する
ために用いるものである.
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2009年 7 月
N―241
(2)血液検査
更年期障害はエストロゲン濃度が低下する時期から発症するため,血中 E2濃度が低値
で下垂体ゴナドトロピンの FSH 濃度が高値の場合にこの病態を考えるべきである.更年
期を明確に診断する基準値はないが,1年以上無月経で,E2が10pg"
mL 以下,FSH が常
に30mIU"
mL 以上を示す場合,閉経と診断される.月経が順調に発来しており,エスト
ロゲン分泌が十分存在する女性でも更年期障害と類似した症状を訴えることがあるが,基
本的には区別するべきである.
(3)精神科的疾患との鑑別
更年期障害の症状は,心因性が原因である場合も多く,神経症,鬱病,統合失調症など
精神科的疾患との鑑別を必要とする場合もある.これらの病態を鑑別するために種々の検
査法が試みられている.
精神科的疾患の除外診断にはさまざまな方法があるが,心理テストの Cornell medical
index
(CMI)
健康調査表や Self-rating Depression Scale
(SDS)
などが多く用いられてい
る.SDS の場合,39点以下は抑うつ傾向乏しい(poor)
,40∼49点は軽度の(mild)
,50
点以上は中等度の抑うつ傾向(moderate)と判定し,50点を越える場合には,精神科のコ
ンサルトも考慮に入れるべきと考えられる.しかし,更年期障害と精神科的疾患の合併も
しばしば認められ,精神科との共診が必要となることもある.
5.更年期障害の治療
更年期障害の治療の基本はまず対話療法である.患者を取り巻く環境,悩みごと,家庭
内の問題など話を聞くことによって症状はかなり緩和される.一方,薬物療法として,自
律神経障害のようにエストロゲン欠乏が直接的原因と考えられる症状には,基本的にホル
モン療法(HRT)
が有効である.しかし,閉経前で月経を有する女性,すなわち卵巣機能
がいまだ温存されている有経女性には HRT は控えるべきであり,この場合には,漢方や
自律神経調整剤などが適応となる.精神神経症状が主な場合,前述したように精神的スト
レスが主要因のことが多いが,エストロゲン欠乏が原因のこともある.したがって,対話
療法や向神経薬に加え,HRT なども適応となる.
(1)HRT
症状がほてりや発汗など血管運動神経症状が中心の場合には HRT が著効する.またそ
れ以外にも不眠,腟乾燥感,記憶力低下,頻尿,精神的症状,睡眠障害,関節痛,四肢痛
改善などにも効果がある.一方,HRT は更年期の抑うつ気分または抑うつ症状を改善す
るが,更年期のうつ病に対する効果のコンセンサスはない.
(2)抗不安薬,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
HRT は血管運動神経症状には効果的でも精神神経症状には必ずしも有効ではない.不
安が強い場合には抗不安作用の強いクロチアゼムが,不安に加え,頭痛や肩こりなどの症
状を訴える場合には筋弛緩作用のあるエチゾラムが有効である.また,抑鬱を中心とする
症状の場合には SSRI が適応となる.
(3)漢方薬
漢方薬投与の際には患者が虚証か実証かを分類する必要があるといわれているが,実地
臨床の場では極めて困難である.漢方薬にはさまざまな種類があるが,最初に効果的と考
えられる漢方をある一定の期間処方し,効果がなければ異なる漢方に変更する方法をとっ
てもよい.
6.更年期障害の管理
初回来院時にまず患者と十分な対話をすると同時に,血液検査として E2,FSH を測定
し,症状を定量化するためにクッパーマン更年期指数を計算する.適切と考えられる薬剤
を投与後,1∼2カ月目に再度クッパーマン更年期指数を計算し,指数の減少傾向があれ
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N―242
日産婦誌61巻 7 号
ば,その薬剤を継続するが,指数に変化なく,無効と判断された場合には薬剤変更する.
更年期障害の程度や持続期間には個人差があるものの閉経後約5年程度で症状は徐々に沈
静化してくる.したがって,症状の経過をみながら,程度が軽快してくるようであれば薬
剤を減量するべきである.
おわりに
更年期障害は症状の程度に個人差があるが,重症化すると日常生活にも支障をきたすこ
とがあり,女性にとっては重大な問題である.一方,ある一定の期間を経過すると症状は
沈静化するため,管理の重要性が軽視されがちである.しかし,更年期障害はほとんどの
女性が経験する症候群であるので,一般の疾患群と同様に精査・治療する必要がある.更
年期障害の大きな病因の一つに卵巣機能の低下があり,治療のなかでは低下したエストロ
ゲンを補充する HRT が極めて効果的である.しかし,エストロゲンの低下のみならず社
会的あるいは性格的要素などさまざまな要因も含まれているため,薬剤投与の前に食事や
運動など生活習慣の是正が基本である.
《参考文献》
1.赤祖父一知,他.内分泌環境.産婦人科シリーズ,中高年婦人の産婦人科.森 一
郎(編)
,東京:南江堂,1984;32―44
2.Kupperman HS, Blatt MH, Wieabader H, Filler W. Comparative clinical evaluation of estrogenic preparations by the menopausal and amenorrheal indicies.
J Clin Endocrinol Metab 1953 ; 13 : 688―703
6)HRT
はじめに
HRT は従来,更年期障害の治療に行われてきたが,それ以外にも骨量増加や動脈硬化
抑制作用などさまざまな有益効果のあることがわかり,心筋梗塞の死亡率が高い米国では
その予防目的で多くの閉経後女性が HRT を施行していた.当時,本邦での HRT の頻度
は2%に満たず, 閉経後女性の QOL 向上のため HRT を推進する傾向にあった. しかし,
2002年に米国の NIH により行われた Women s Health Initiative
(WHI)
が報告され(図
1)
E-9-6)
-1)
,HRT のリスクがベネフィットを上回ると判断され,HRT の使用が制限さ
れるようになった.しかし,その後の研究や臨床試験結果が報告され,副作用の少ない HRT
の使用方法が具体化してきた.また,これらのエビデンスを基に HRT ガイドラインが今
年作成された.
本稿ではこれからの HRT のあり方について概説する.
1.HRT の方法
子宮摘出後の女性にはエストロゲン単独投与でよいが,子宮を有する女性へエストロゲ
ンを単独投与すると子宮内膜過形成の頻度が上昇するため少量の黄体ホルモンを併用する
必要がある.併用する場合,エストロゲン投与しながら4週に10∼12日間程度黄体ホル
モンを併用し,毎月月経を発来させる周期的投与法とエストロゲンと黄体ホルモンを連続
投与する方法がある.周期的投与の場合,不正出血は少ないが,毎月月経がある.一方,
連続投与の場合,月経はないが,不正出血が比較的高頻度に認められ,いずれも一長一短
である.
2.低用量の経口エストロゲン
WHI では,経口の結合型エストロゲン(CEE)
0.625mg と酢酸メドロキシプロゲステロ
ン(MPA)
2.5mg の投与により,心筋梗塞と脳卒中リスクの上昇が報告されている.一方,
CEE の経口投与量を減量すると心筋梗塞や脳血管疾患のリスクが低下し,経口投与量に
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2009年 7 月
N―243
(%)
300
*
有意差あり
NS 有意差なし
*
111%
200
*
*
29%
41%
*
26%
100
37%
17%
NS
*
34%
8%
NS
*
−100
心筋梗塞
脳卒中 静脈血栓症
乳癌
大腸癌
子宮
内膜癌
大腿骨 他の理由に
頸部骨折 よる死亡
(図 E96)1) Women’
sHeal
t
hI
ni
t
i
at
i
veの試験解析結果
依存してリスクは上昇することがわかっている.したがって,経口エストロゲン量が心血
管疾患(CVD)
リスクには重要であると考えられる.最近の研究で,通常量の経口 CEE で
は LDL コレステロールは低下し,HDL コレステロールは上昇するが,中性脂肪(TG)
も
上昇し,LDL を酸化されやすい小型粒子に変化させ,粥状硬化への進展を促すことや,
血管炎症に促進的に作用し,プラークを不安化させる可能性が報告されている.一方,経
口 CEE を半量にすると,TG 上昇からの LDL 小粒子化や炎症促進作用はないことが確認
されており,また,経口エストロゲン量を減量しても更年期障害に対する効果や骨量増加
作用は温存されることもわかっている.従って,経口エストロゲン投与する場合には低用
量が選択されるべきである.
3.経皮エストロゲン
更年期障害の改善や骨量増加作用などのエストロゲンの好ましい効果は経口と同様,経
皮エストロゲンでも同様に認められる.
一方,WHI では経口 CEE で CVD リスクを上昇することが報告されたが,最近欧州で
の大規模臨床試験で経皮エストロゲン投与で経口の場合とは逆に心筋梗塞のリスクが約
2)
40%低下することが示されている(図 E-9-6)
-2)
.このことよりエストロゲンの投与ルー
トの違いで作用発現に大きな差があることが想定できる.実際に最近の研究によると,経
皮エストロゲンを投与すると,経口 CEE の場合とは異なり,TG はむしろ低下し,LDL
は酸化されにくく,粥状硬化へ進展しにくい大型 LDL に変化することや,血管炎症には
抑制的に作用し,プラークを安定化させる可能性が報告されている.
経口エストロゲンは静脈血栓・塞栓症リスクを上昇することがわかっており HRT の重
大な有害事象の一つである.この経口エストロゲンによるリスク上昇は最初の1年間で顕
著でその後,低下することも報告されている.一方,経皮投与では静脈血栓・塞栓症リス
クは低いことがわかっている.経口エストロゲンには胆囊疾患のリスクを上昇することが
知られているが,これも経皮投与ではリスク上昇の少ないことが確認されている.また,
乳癌も HRT の大きな有害事象である.乳癌リスクも投与ルートで差があり,経口の場合
にはリスク上昇するが,経皮の場合リスク上昇が少ないことが報告されている.このよう
に経口に比較して経皮エストロゲン投与に有害事象は少なく,メリットの大きいことがわ
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日産婦誌61巻 7 号
1.5
(相対危険度)
1.0
1.02
1.01
1.0
0.82
0.61
0.54
0.5
0.0
経膣
経皮
経皮
ホルモン療法 経口
経口
(−) エストロゲン エストロゲン エストロゲン エストロゲン エストロゲン
+
+
黄体ホルモン
黄体ホルモン
(Lokkegaard E et al., European Heart J, 2008)
(図 E96)2) エストロゲン投与ルートの違いによる心筋梗塞のリスク
かっている.
経口エストロゲンの場合,投与量を低用量化すると有害事象が少なくなることが報告さ
れたため,経皮エストロゲンでも低用量化するべきと考えられている.しかし,経皮エス
トロゲン量を低用量化することで有害事象を減少できたという報告はこれまでない.もち
ろん不正出血や乳房痛などのマイナートラブルが出現する場合は経口も経皮の場合も減量
するべきであるが,基本的に低用量とするべきは経口エストロゲンの場合である.
4.黄体ホルモン
WHI を含めこれまで報告されてきたほとんどの臨床試験で使用された黄体ホルモンは
MPA であった.しかし,MPA はエストロゲンの HDL コレステロール上昇作用や血管内
皮機能改善効果を相殺するが,天然型黄体ホルモンはこれらの悪影響のないことがわかっ
ている.これは合成型黄体ホルモンのテストステロン作用によると考えられる.しかし,
残念ながら本邦には天然型黄体ホルモンがなく使用することができない.
WHI では CEE+MPA の場合,乳癌リスクは26%上昇するが,CEE 単独では上昇しな
い.また,HRT と乳癌の関係を経時的にみた検討ではエストロゲン単独に比較し,黄体
ホルモン併用の場合に乳癌リスクが上昇することがわかっている.このように MPA は乳
癌リスクも上昇させると考えられる.
おわりに
WHI では HRT の有害事象ばかりが注目されたため,その使用が躊躇され,閉経後女性
の QOL が著しく低下した.しかし,最近の研究により低用量化の経口エストロゲンや経
皮エストロゲン投与で有害事象を最小限にし,エストロゲンの効果が期待できるようにな
り,エストロゲン投与には投与量や投与ルートが極めて重要であることがわかってきた.
また WHI サブ解析によると,閉経後早期での HRT の開始は心筋梗塞リスクをむしろ低
下することが示されている.このように有害事象の少ない HRT の使用方法がかなり具体
化してきた.今回作成された HRT ガイドラインはできるだけ最新のデータを取り入れ,
エビデンスを重視した内容になっており,禁忌症例やアルゴリズムなども含まれている.
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2009年 7 月
N―245
今後,HRT 開始の際には参考になると思われる.
《参考文献》
1.Writing Group for the Women s Health Initiative Investigators. Risks and benefits of estrogen plus progestin in healthy postmenopausal women : principal
results From the Women s Health Initiative randomized controlled trial. JAMA
2002 ; 288 : 321―333
2.Løkkegaard E, Andreasen AH, Jacobsen RK, et al. Hormone therapy and risk
of myocardial infarction : a national register study. Eur Heart J 2008 ; 29 :
2660―2668
〈若槻 明彦*〉
*
Akihiko WAKATSUKI
Department of Obstetrics and Gynecology, Aichi Medical University, Aichi
Key words : Postmenopausal women・Estrogen・Climacteric disturbance・HRT
索引語:閉経後女性,エストロゲン,更年期障害,ホルモン補充療法
*
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N―246
日産婦誌61巻 7 号
E.婦人科疾患の診断・治療・管理
Diagnosis, Treatment and Management of Gynecologic Disease
10.
1)子宮頸部円錐切除術
(Conization)
近年子宮頸癌,特に上皮内がんが20歳代に増加してきている.特にこの年代は妊孕性
の維持のため子宮の温存が望まれることが多い.円錐切除術はこの目的にふさわしい術式
である.また微小浸潤癌が細分化され,それにともない治療方針も異なってきている.そ
のため正確な間質浸潤や広がりの診断に円錐切除術の適応が避けられない.頸管内の病変
の診断にも必要な術式である.
このように円錐切除術は初期子宮頸癌の診断,また治療に重要な役割を果たしている.
Ⅰ.適応
1.診断的適応
1)微小浸潤癌の間質浸潤の程度の把握
2)頸管内病変の正確な浸潤度診断
3)悪性腺腫や lobular endocervical glandular hyperplasis
(LEGH)の診断
2.治療的適応
1) 平上皮癌では高度異型性から Ia1までの根治を目指した手技
上皮内癌に対しては従来単純子宮全摘術が選択されてきた.しかし近年若年症例の増加
とともに,妊孕性温存手術として円錐切除術が選択されることが多くなっている.日本産
婦人科学会の統計によると上皮内癌の治療として円錐切除術が選択されたのは1990年で
は33%であったが,2003年では73%まで増加している.
Ia1期の治療としては脈管侵襲や癒合浸潤が認められない場合,単純性子宮全摘術が推
奨されるが,妊孕性を強く希望する場合,脈管侵襲や癒合浸潤がなく,断端陰性でかつ頸
管内掻爬組織診が陰性の場合には円錐切除術で子宮は温存できる.
2)腺癌では0期まで
腺癌では0期でも単純子宮全摘術が推奨される.しかし挙児希望の強い場合には厳密な
管理の下であれば円錐切除術も可能と考えられている.
Ⅱ.問題点
1.再発
レーザー円錐切除術や LEEP 後の切除断端陽性例での再発率は9∼16%,切除断端陰性
例での再発率は2∼4%と報告されている.なお円錐切除に加えて切除面に十分な蒸散を
加えることにより,子宮腟部の病変遺残や再発を防止できるとの報告がある.
2.頸管不全
円錐切除が頸管の不全を起こし早産の原因になることが報告されている.しかし円錐切
除後すべての妊婦に頸管縫縮術を施行することは推奨されていない.慎重な経過観察の後,
頸管不全の徴候が認められた場合のみ適応となる.
3.頸管狭窄
頸管内に病変があり,深く円錐切除を施行した場合,また再発などで繰返し円錐切除術
を施行した場合,頸管の癒着が発生し頸管狭窄が起こりうる.可能性があれば術後ネラト
ンカテーテルなどを頸管内に挿入し狭窄を予防する.
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2009年 7 月
N―247
切開部位
病変部
子宮動脈下行枝の
結紮糸
牽引糸
円柱上皮
平上皮
(図 E101)1) 子宮膣部の牽引・支持糸と子宮動脈下行枝の
縫合糸の位置関係
Ⅲ.手技
1.用いられる機器
切 除 機 器 に は Loop electrosurgical excision procedure
(LEEP)
,コ ー ル ド ナ イ フ
(cold knife)
,レーザーメス(CO2,Nd-YAG,KTP"
YAG)
による方法がある.それぞれ
を用いた術式には利点,欠点がある.
1)各手技の利点,欠点
(1)LEEP
比較的安価で手技も容易なため短時間で施行でき,主として外来で施行可能である.し
かし頸管内の病変では頸管内の病変の遺残がやや多く,また切除標本が複数個に分かれる
ことから病理組織学的な判定が困難なこともある.
(2)コールドナイフ
特別な機器も必要とせず安価である.また切断端の熱変性がないことから,病理学的評
価に優れている.しかし術前,術後の出血が問題となる.また病変の遺残や再発もレーザー
によるものに比較するとやや多いと報告されている.
(3)レーザー
レーザーには主として気体レーザーである炭酸ガスレーザー,
固体レーザーである YAG
レーザーがある.一般的に炭酸ガスレーザーは YAG レーザーに比べて蒸散能力は低いも
のの切開能力や蒸散能力は高い.一方 YAG レーザーは炭酸ガスレーザーに比べて蒸散能
力は弱いものの,生体組織への透過性があり,凝固能力や止血力が強いという特徴を有し
ている.したがって,炭酸ガスレーザーは蒸散法に,またしばしば出血が問題となる円錐
切除術には YAG レーザーが適している.
これらレーザー機器は高価であるのが最も欠点であるが,出血量の軽減や術後頸管狭窄
の低減が可能であること.高い蒸散能力により術後の遺残や再発率が最も低いという利点
を有している.
2)手術手順(図 E-10-1)
-1)
主としてレーザーを用いた円錐切除術が施行される.
まず術前にコルポスコープを用いて病変の占拠部位を確認し,切除範囲を決めておく.
手術にさきだち全身麻酔,または脊椎麻酔か硬膜外麻酔下を行う.
次いで子宮腟部を十分に露出する.
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N―248
日産婦誌61巻 7 号
病変部
病変部
病変部
A
B
C
A.子宮腟部にのみ病変
が存在する時
B.子宮腟部および頸管
内に病変がある場合
C.頸管内に病変がある
場合
(図 E101)2) 種々の円錐切除術
子宮頸部に病変が存在するときにはルゴールにて染色し,病変の辺縁を確認し,切開部
位を3∼5mm 外側とする.
切開する前にまず12時,3時,6時,および9時の位置に牽引用の絹糸をかける.かけ
る部位は病変の外側で,切開部位の内側とする.ついで3時および9時の位置で病変部の1∼
2cm 外側に#1-0バイクリルなどの合成吸収糸をかけ子宮動脈の頸管下行枝を結紮し出血
を予防するとともに牽引に用いる.
さらに出血を軽減する目的で切開予定線の内側の頸管間質部に10∼20万倍希釈ボスミ
ン加生食を注入する.
切開を開始する前に頸管の長さ,また頸管の方向をゾンデで確認する.
切開の方向を誤ると直腸や膀胱を perforation することもあるので注意を要する.
レーザーメスにて予定切開線に沿って粘膜に輪状に切開を加えた後にクーパーにて必要
な深さまで円錐状に切開を加え頸部を切断する.なお切開の深さは図 E-10-1)
-2に示す
ように症例ごとに異なるが,若い婦人で妊孕性の温存が必要な症例ではできるだけ浅く切
断する.この手技は coin excision と呼ばれる.
頸管の頭側での病変の遺残の有無を確認するため頸管内に掻爬を加え組織を採取する.
出血を確認し,あれば電気凝固,または結紮を行う.
子宮動脈を結紮していた合成吸収糸を取り除く.
サージセルなどで頸管の切除部位を覆い,ガーゼタンポンで圧迫し,手術を終了する.
な お 出 血 が 多 い と き,ま た 治 癒 を 早 く す る た め に 次 の よ う な ス ツ ル ム ド ル フ
(Sturmdorf)
術式が行われることもある.
なお頸管を深く切除した時には,頸管の癒着が起こり,頸管閉鎖の恐れもあるので,そ
の予防のため頸管内にネラトンカテーテルを留置しておく.
2.スツルムドルフの縫合
頸管の前唇の切除縁から2cm ほど頭方1時30分の位置から子宮頸管に向け#1-0バイク
リルをつけた針を刺入し,さらに1時の位置の子宮粘膜と11時の位置の粘膜を拾い,つい
で頸管内側から子宮腟部10時30分の位置へ針を出し結紮する.後唇も同様の操作をおこ
ない,欠損部位を腟粘膜で覆う方法である.
おもにコールドナイフで円錐切除術を行う場合に行われる手技で,出血を止めるために
は有効である.しかし子宮腟部の遺残病変が頸管内に埋没しやすく注意を要する.
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2009年 7 月
N―249
Ⅳ.円錐切除術の術後管理について
術後4∼6週には創傷部は 平上皮に覆われ治癒する.それまでの期間,術後の感染や
出血に注意しながら1週おきに観察,消毒を行っている.術後2週ごろに出血することも
あるので注意が必要である.術後8週後には創傷部が完全に治癒しているので細胞診にて
病変の遺残を検査しなければならない.
〈梅咲 直彦*〉
*
Naohiko UMESAKI
Izumi Municipal Hospital
Key words : Conization・CIS・Micro invasive carcinoma・Conservative management ・
Diagnosis
索引語:円錐切除術,上皮内がん,微少浸潤がん,妊孕性温存手術,診断
*
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N―250
日産婦誌61巻 7 号
E.婦人科疾患の診断・治療・管理
Diagnosis, Treatment and Management of Gynecologic Disease
10.
3)腟式単純子宮全摘術
腹腔鏡手術の普及により,子宮筋腫をはじめとした良性婦人科疾患に対する手術は,よ
り低侵襲で,より手術創の小さい手術が求められるようになっている.このような観点か
ら腟式子宮全摘術は腹壁に手術創を残さない,理想的な低侵襲手術である.しかし,腹腔
鏡手術と異なり腹腔内を観察できない,いわゆるブラインド手術であり,なかなか手を出
しにくい印象があるが,腟式子宮全摘術はそれほど高いハードルではなく,本稿ではその
コツについて解説したい.
手術適応
適応は子宮筋腫や上皮内癌など,単純子宮全摘が可能な疾患すべてが対象となってくる
が,内診にて子宮の可動性が得られ,サイズも500g 程度までを一つの目安としている.
可動性が不良な場合やサイズがそれより大きいものは LAVH など腹腔鏡を用いた術式を
用いている.
手術の体位
腟式子宮全摘出術をより容易に施行するためには適切な体位を取ることは非常に重要で
ある.基本的な体位は砕石位である.大切な点は患者の臀部先端が手術台より5∼10セン
チ程度手術台から手前(術者側)
にはみ出すように体の位置を決め,吊り紐式の支脚器で足
を固定する.このような固定によって下肢は軽度外転し,臀部対して強い屈曲の体位とす
ることができ,広い手術野を得ることができる.
準備する手術器具(図 E-10-3)
-1)
の中で特に重要なものは,腟鉤と腰の強い明石式双
鉤鉗子である.腟に装着する鉤はあまり長いと手術操作を腟の深いところで行うことにな
り,手術が困難となる.腟式手術のポイントは可能な限り腟の浅いところに引き出して安
全にしかも手術操作を容易に行うことにある.
子宮腟部の輪状切開と膀胱剝離
腟の鉤は上下左右4カ所に装着する.後腟壁に重り付き手術用腟鏡(図 E-10-3)
-1-①)
をかける.前腟壁には2.0 5.5cm(図 E-10-3)
-1-④)
,両側腟壁には2.8 8.0cm 大の腟
鉤(図 E-10-3)
-1-③)
を装着して子宮頸部を
露出させる.続いて子宮腟部前唇および後唇
に明石式双鉤鉗子(図 E-10-3)
-1-⑦)
をそれ
1
ぞれかける.
次に,腟壁の輪状切開を行う部位ならびに
膀胱剝離部に20万倍に生理食塩水で希釈し
たエピネフリン液を浸潤注入する(図 E-103)
-2-①)
.子宮腟部の輪状切開は双鉤鉗子
2
を切開部の反対側に強く牽引し,かつメスの
3
動きと連動するように把持した鉗子を若干回
4
5
6
7
転して切開を入れる.切開の深さは両側なら
(図 E103)1) 主な手術器具
びに前腟壁において子宮頸部周囲組織に達す
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2009年 7 月
N―251
1
2
3
4
ダグラス窩腹膜
(図 E103)
2) 子宮頸部輪状切開~ダグラス窩開放
る程度である(図 E-10-3)
-2-②)
.適確な膀胱剝離は腟式子宮全摘術では非常に重要であ
る.まず,前腟壁縁を短コッヘル鉗子で2カ所把持し前上方に引き上げる.上腟中隔(supravaginal septum)
の結合織に切開を加えると膀胱と子宮の間にスペースが生まれ,示
指でここをさらに拡大することによって膀胱子宮窩腹膜が確認される(図 E-10-3)
-2③)
.
ダグラス窩の開放
双鉤鉗子を前上方に持ち上げ,後腟円蓋の腹膜を曲ペアン鉗子で挟鉗し,クーパー剪刀
で切開する(図 E-10-3)
-2-④)
.子宮内膜症などによってダグラス窩が癒着して開放しに
くい場合があるが,このようなときには無理に腹膜を開かず,後述する膀胱子宮靱帯,基
靱帯,仙骨子宮靱帯切断の操作を腹膜外に行うべきである.
子宮頸部諸靱帯の切断と子宮動脈の切断・結紮
膀胱子宮靱帯の子宮頸部付着部をクーパー剪刀で切断するか,示指にて下方にゆっくり
圧迫すると容易に子宮頸部付着部から離断される.この操作により子宮動脈の一部が露出
される.次に双鉤鉗子を側方に強く牽引し,緊張した仙骨子宮靱帯および基靱帯の部分に
剪刀を開いて挿入する(図 E-10-3)
-3-①)
.剪刀の先端は前述した操作で子宮動脈が露出
した部分の下方まですすめる.ここでクーパー剪刀を子宮頸部に可能な限り近づけ,仙骨
子宮靱帯と基靱帯を切断する.我々はここで基靱帯を切断するにあたり挟鉗・結紮の操作
を省略している.つづいて,露出した子宮動脈を曲がりペアン鉗子で挟鉗し(図 E-10-3)
3-②)
,デシャン動脈瘤針を通し,結紮切断する.反対側の諸操作も同様に行い,ここの
操作を終了する.
子宮体部の転脱と付属器の処理
膀胱子宮靱帯を開放し(図 E-10-3)
-3-③)
,この部分に1.8 10cm 大の長い鉤(図 E-103)
-1-②)
を挿入する.子宮体が大きくない症例では体部を双鉤鉗子で把持して腟外に転
脱する.大きい子宮筋腫の場合は,途中まで折半し,筋腫を分割して摘出する.付属器の
処理は子宮円索,卵管,固有卵巣索を一括して結紮する方法と,子宮円索と卵管,固有卵
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N―252
日産婦誌61巻 7 号
1
2
右子宮動脈
3
膀胱子宮窩腹膜
4
(図 E103)
3) 基靱帯の切断~付属器の切断
1
2
子宮動脈断端と
基靱帯の一部
前方の腹膜
付属器の切断端
後方の腹膜
膀胱腟中隔
3
4
前方の腹膜
後方の腹膜
(図 E103)4) 子宮動脈再結紮~膣粘膜の縫合
巣索を中間に針糸を通して8の字結紮する方法がある(図 E-10-3)
-1-④)
.
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2009年 7 月
N―253
付属器断端の腹膜外固定および止血
子宮動脈の結紮部および基靱帯の一部をペアン鉗子でつまみ上げ,この部分をライトア
ングル鉗子などで挟鉗,結紮する(図 E-10-3)
-4-①)
.つぎに,前・後の腹腔内に挿入し
た長い鉤を抜去して,前方には2.0 5.5cm 大の鉤,後方に重り付の手術用腟鏡をかける.
まず,前方の腹膜,付属器断端,後方の腹膜に針糸をかけて付属器断端を腹膜外に固定す
る(図 E-10-3)
-4-②)
.
骨盤腹膜と腟粘膜の縫合
我々は腟壁と腹膜の死腔をなくし血腫形成を予防することを目的に,左右の膀胱子宮靱
帯切断端―前方と後方の腹膜―基靱帯切断端下方―仙骨子宮靱帯切断端部の順に針糸をか
けて縫合する.つぎに,膀胱腟中隔―前方と後方の腹膜―直腸腟中隔の順に中央部を結節
縫合する.この縫合を4∼6カ所行い,骨盤腹膜を閉鎖する
(図 E-10-3)
-4-③)
.最後に腟
粘膜を吸収糸用いて結節縫合する(図 E-10-3)
-4-④)
.
腟式子宮全摘出術の麻酔と術後疼痛管理
腟式手術は皮膚切開がないために腹式手術に比べると術後痛は比較的軽度であるとされ
ていたが,我々の行った調査では術後当日には内臓痛主体の強度の痛みを訴え,疼痛管理
に難渋することが多い.このことから,最近では脊椎麻酔主体から適応外症例を除き全例
に硬膜外麻酔を施行し,術後は持続硬膜外鎮痛法で除痛している.
《参考文献》
1.工藤隆一.腟式手術の実際.永井書店,1996
2.明石裕史,馬場 剛,斉藤 豪,川股知之,山川 康,水沼正弘,荒川穣二.腟式
全摘出術の術後疼痛管理.日本ペインクリニック学会誌 2005;12:374―379
〈斎藤
豪*〉
*
Tsuyoshi SAITO
Department of Obstetrics and Gynecology, Sapporo Medical University, School of Medicine,
Sapporo
Key words : TVH・Vaginal surgery・Myoma uteri・CIS・Hysterectomy
*
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N―254
日産婦誌61巻 7 号
E.婦人科疾患の診断・治療・管理
Diagnosis, Treatment and Management of Gynecologic Disease
10.
7)子宮鏡
1.はじめに
一般に内視鏡は,観察手段から治療手段へと変遷するのを常とする.子宮においては,
米国の Neuwirth が1976年に子宮鏡下に筋腫の切除を報告しており,その後関連機器の
進歩,術式の改良,適応の拡大へと発展してきた.本稿では,治療手段としての子宮鏡に
ついて述べる.
2.適応と禁忌
適応疾患と手術術式を表 E-10-7)
-1に示す.子宮鏡下手術の適応としては,子宮内膜
ポリープや粘膜下子宮筋腫などの子宮内腔に発生した良性腫瘍,中隔子宮などの子宮奇形,
子宮内腔癒着症などの良性疾患が挙げられる.手術操作のための子宮内腔の拡張は観察時
と比べて子宮内圧を高く設定することになるため,転移や播種を生じる可能性があること
から,子宮体がんなどの悪性疾患は禁忌と考えるべきである.
3.使用機器(図 E-10-7)
-1)
子宮鏡下手術においては,硬性鏡と電極やレーザー等の操作器具,および液体の持続灌
流システムを備えた7mm から9mm 径のヒステロレゼクトスコープが用いられる.電極に
は高周波電流の通電方法によりモノポーラーとバイポーラーの二種類があるが,本邦では
現在のところモノポーラーが主流である.基本となる電極はループ型であるが,用途に応
じていくつかの種類があり,出力条件も異なる.出力の目安は,切開で80∼100W,凝
固で40∼60W,蒸散で120∼150W 程度である.
4.術前準備
1)実施時期
生殖年齢の婦人の場合,月経あるいは消退出血終了直後の子宮内膜が薄い時期に実施す
るのがよい.また,粘膜下子宮筋腫などでは GnRH agonist により月経を停止させ,子
宮内膜を菲薄化させて手術を行うのも一法である.
2)頸管拡張などの前処置
ヒステロレゼクトスコープは観察用の子宮鏡よりも径が太く,原則として子宮頸管の拡
張が必要である.通常はラミナリア棹等を手術前日に頸管に挿入留置する.ただし,未妊
未産婦の場合や内子宮口が狭小化している症例では,手術直前麻酔下にヘガールの頸管拡
(表 E107)1) 対象疾患と術式
対象疾患
手術術式
診療報酬点数
子宮内膜ポリープ
子宮鏡下子宮内膜ポリープ切除術
4,
730
粘膜下子宮筋腫
子宮鏡下有茎粘膜下筋腫切出術
子宮鏡下子宮筋腫摘出術
4,
730
12,
500
中隔子宮
子宮鏡下子宮中隔切除術
11,
000
子宮腔内癒着症
子宮鏡下子宮内腔癒着切除(剥離)
術
11,
000
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2009年 7 月
N―255
張器を用いて子宮頸管の拡張を行う.
1
3 4
3)灌流液
5
子宮内腔の拡張には,モノポーラーの場合
にはソルビトールやマンニトールなどの非電
7
解質溶液が,バイポーラーやレーザーを用い
2
6
る場合は生理的食塩水などが用いられる.灌
流液圧は75∼100mmHg に設定し,灌流液
の正確な出納を経時的に知るため,滅菌布は
a
b
c
防水性のものを用いて排液を集め術中に計量
できるようにする必要がある.
4)体位
(図 E107)1) ヒステロレゼクトスコー
患者の股間に腰掛けて位置する術者が術野 プと電極
の映るモニター画面を見やすいように,体位 上段:ヒステロレゼクトスコープ
は通常の砕石位がよい.また,手術中に閉鎖 灌流液は流入口(1)より入り排出口(2)より
神経に電流が流れて反射により大腿内転筋群 排 液 さ れ る.電 源 装置(3),光源(4),モ ニ
の急激な収縮を誘発することが稀にあるの ター(5)へは各々専用のコードを用いて接続
で,下肢はしっかりと固定し,滅菌布でくる する.ハンドル部(6)の握り込みと開放によ
り外筒先端(7)
から電極が出入りする.
んでおく.
下段:各種電極
5.手術の基本
(A)ループ電極;組織を切除し,回収にも利
1)観察
用できる.
ヒステロレゼクトスコープの挿入は,灌流
(B)針状電極;組織の切断や切離に用いる.
液を流しながら行う.観察下に挿入してもよ
(C)
ローラー電極;出血点の凝固止血に用いる.
いが,困難な場合は先端が丸みを持つ内筒に
置き換えて挿入する.
スコープを挿入したら,まず突き当たりの子
宮底部およびその左右に存在する卵管口を目
C
D
印として,目的とする病変の位置と性状を確
A
B
認する.
2)基本操作
時間経過とともに,正常子宮内膜の浮腫や
出血,浮遊する組織片などにより,視界は不
明瞭になりやすいので,手術開始後は速やか
な手術を心がける.
(図 E107)2) ループ電極の安全な使い方
基本となるループ型電極による切除操作
正常組織(A)には触れないように注意しつつ
は,奥から手前に引いて行うのが原則である 切除する組織(B)の奥へループ電極(C)を位
(図 E-10-7)
-2)
.手前から奥へ押し切りす 置し,通電しながら電極を外筒(D)の中へ引
る方法は,不用意に行うと子宮を穿孔する恐 き込み,目的の組織片を切除する.
れがあるので熟練者以外は行わぬ方がよい.
6.疾患別手術方法
1)子宮内膜ポリープ
内膜ポリープでは,その起始部から切除することを心がけ,切除後すぐに組織を回収す
る.
2)子宮筋腫
有茎性の粘膜下筋腫の場合も,子宮内膜ポリープと同様にその起始部を断ち切るように
切除する.無茎性の場合,過多月経などの症状の緩和には少なくとも子宮内腔に突出する
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N―256
日産婦誌61巻 7 号
部分の切除が必要である.残りの埋没部分が多くなるにつれ手術は困難さを増すため,筋
層内に残存した筋腫部分が子宮内腔に圧出されるのを待って再手術するという方法論もあ
る.この二期的手術は無難な方法ではあるが,一期的に摘出する手技もいくつか考案され
ている1)2).
3)中隔子宮
子宮内腔の中央に子宮前後壁に連なる丈夫な隔壁として存在する中隔の中央を少しずつ
切り離す.中隔が切離されるとともに灌流液圧により子宮内腔は次第に拡張してくる.切
離の終焉は左右に存在する卵管口と同じ深さを目標とするが,超音波断層法などでも確認
するのが望ましい.
4)子宮腔内癒着症
子宮の前後壁をつなぐ膜状,あるいは繊維状の索状組織を認めることが多い.柔らかい
ものは比較的容易に剝離される.まず,鈍的な剝離を試みるのがよい.
7.偶発症・合併症
一般に内視鏡下手術には特有の偶発症や合併症が存在するが,子宮鏡下手術においては
以下のようなものがある.
1)子宮穿孔
最も発生頻度が高く,子宮内腔癒着剝離術や子宮中隔切除,無茎性の粘膜下筋腫の摘出
術で起こりやすい.子宮頸管の拡張時やレゼクトスコープの挿入時に起こることもある.
ひとたび子宮穿孔が生じれば,高周波電流やレーザー波などによる周囲臓器の熱損傷の有
無を確認し穿孔箇所に修復を施すために腹腔鏡や開腹に移行する必要が生じる.
2)水中毒
灌流に用いた低浸透圧の非電解質溶液が多量に血管内に流入することにより起こる.低
ナトリウム血症,浸透圧の低下から脳浮腫,さらには脳幹部のヘルニアを惹起し死に至る
こともある.術中の灌流液の出納を計測し,流入量が750ml を超えれば手術の収束を図
り,1,500ml となればただちに終了する3).バイポーラーやレーザー使用時の電解質溶液
の流入では水中毒は生じないが,循環血漿量の過負荷による肺浮腫や心不全は起こり得る.
3)空気塞栓
開放された血管内へ空気が入り込むことで生じる稀であるが,深刻な事態である.子宮
頸管の拡張時に発生することもあり,骨盤高位の体勢での操作は危険である.組織の切除
や蒸散時に生じる気泡は CO2主体とする混合ガスであり,塞栓の原因とはなりにくい.
4)子宮内腔癒着
術後の創傷治癒時に子宮内腔の前後壁が癒着を形成し,過少月経や無月経を招くことが
ある.これを予防するために,術後 IUD を挿入留置し,子宮内膜の再生を促すためにプ
レマリンなどのエストロゲン製剤の投与が行われる.
8.おわりに
子宮鏡下手術の利点は低侵襲性にあるが,重篤な偶発症や合併症が生じた場合には,そ
の利点は一気に失われてしまう.本手術を安全に遂行するためには,正しい知識の習得と
適切な習練が不可欠である.手術書を繙き,熟練者の手技に触れ,術後に手術を反芻する
ことが上達への近道であろう.
《参考文献》
1.林 保良,関 賢一.Ⅳ内視鏡手術の基本手技.A.子宮鏡.新女性医学大系6,
産
婦人科手術の基礎.武谷雄二(編)
,東京:中山書店,2000;307―319
2.Murakami T, Tamura M, Ozawa Y, Suzuki H, Terada Y, Okamura K. Safe techniques in surgery for hysteroscopic myomectomy. J Obstet Gynaecol Res.
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2009年 7 月
N―257
2005 ; 31 : 216―223
3.Loffer FD, Bradley LD, Brill AI, Brooks PG, Cooper JM. Hysteroscopic fluid
monitoring guidelines. J Am Assoc Gynecol Laparosc 2000 ; 7 : 167―168
〈村上
節*〉
*
Takashi MURAKAMI
Department of Obstetrics and Gynecology, Shiga University of Medical Science, Shiga
Key words : Hysteroscopy ・ Endometrial polyp ・ Hysteroscopic myomectomy ・ Septate
uterus・Uterine synechiae
索引語:子宮鏡下手術,子宮内膜ポリープ,粘膜下子宮筋腫,中隔子宮,子宮内腔癒着症
*
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