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医薬分野に向けた連続波テラヘルツ分光システム

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医薬分野に向けた連続波テラヘルツ分光システム
コクリスタル
集
医薬品
特
ホモダイン
ライフアシスト技術を支えるデバイス研究
医薬分野に向けた連続波テラヘルツ分光システム
テラヘルツ分光法の医薬分野への応用を目指してシステムの小型化を図
るために,従来のパルス波方式とは異なる連続波(CW)方式のテラヘル
ツ分光システムを作製しました.このシステムはサンプルの吸収と位相(誘
電率)を同時に測定することが可能であり,0.3∼ 1 THzにおいて75 dB以
上のダイナミックレンジを示しました.さらに,医薬品分野において溶解
性や薬物の吸収性を高めるために開発された新しいタイプの結晶で薬剤分
子結晶と各種の添加剤結晶からなる複合分子結晶(コクリスタル)につい
て,その結晶のピークに周波数を固定してテスト錠剤中の 2 次元分布の測
定を分子間相互作用に基づいて行いました.
あ じ と
かつひろ
味戸 克裕
/キム ジェヨン
ソン ホジン
NTT先端集積デバイス研究所
動モードが多くあるためです.これら
のユースケースを図 ₂ に示します.安
の振動モードがTHz波を吸収するので,
心 ・ 安全のため,消費者により近いと
テラヘルツ(THz)分光法は従来よ
現在のTHz分光において 2 つの性質を
ころでの分析ニーズは高まっています.
りパッシブな分光法として天文分野に
併せ持つのは0.3~ 5 THz程度に限られ
また,製造工程の設計,分析,管理を
おいて気体分子の回転モードを観測す
ます.測定対象の物質にもよりますが,
行い,最終的に製品の品質を保証する
るために用いられてきました.しかし,
0.1~0.3 THzでは物質透過性は高いが
システムのことをProcess Analytical
近年アクティブな分光法として,分子
分子や結晶の識別は難しく,逆に 5 ~
Technology(PAT)と呼びますが,こ
や結晶さらに生体試料を分析すること
10 THzでは物質透過性は非常に低くな
れを医薬品製剤へ導入し品質を向上さ
が可能になり,新しい分光分析手法と
りますので,薄膜や表面の分析に限ら
せるガイダンスが FDA(米国食品医薬
して 注目されるようになりました.
れてきます.
品局)から報告されており,THz分光
テラヘルツ分光法 THz分光法の主な特長は 2 つで,THz
波の持つ物質透過性と分子間相互作用
システムの小型化によりPATに使われ
装置の小型化と医療分野への応用
る可能性が高まっています.医薬品の
に基づく固体中の分子種あるいは結晶
CW(Continuous Wave)THz分光法
簡便な非破壊測定を実現するには,装
種の識別能力です.特に多成分が混合
装置小型化の概要と医薬分野への応用
置の感度や安定性,測定速度のみなら
した材料や超微粒子などX線回折法が
適用しにくい難しい分野への応用が期
固体中の分子種・結晶種の
識別能力
待されます.
THz波はおおむね0.1~10THz(1011~
高
両方の性質を
併せ持つ領域
13
10 Hz)の光と電波の間にあるため,
可視光では透過しにくい紙,木,プラ
スチックなどを透過することが知られ
ており,非破壊分析をすることができ
ます.しかし,図 ₁ に示すように固体
中の物質透過性は周波数が高くなると
物質透過性
低
低くなる傾向があります.これは,周
波数が高くなると波長が短くなり,固
0.1
1
10 (THz)
体サンプル中での粒子の散乱が大きく
周波数
なることと,さらに 1 THz以上に分子
図 1 THz分光法の特長
間相互作用に関係する分子や結晶の振
NTT技術ジャーナル 2014.11
39
ライフアシスト技術を支えるデバイス研究
ず,THz分光システムのチップ化が必
2
の受信機の出力が(Pr)
であるのに対
CWホ モ ダ インTHz分 光 お よ び イ
要と考えられます.レーザダイオード
して,コヒーレント検出法での受信機
メージングシステムの構成を図 5 に示
(LD)から,送信機,受信機,それを
の出力がPr× Ppumpであり,PrはPpumpに
します(2).LD 1 が周波数可変のLDで,
比べて小さいためです.
LD 2 が周波数固定のLDです.この 2
接続する光ファイバ部分も導波管とし
てチップに埋め込みます.これまでに,
シリコンフォトニクスにより位相制御機
構の部分を数mmの大きさで作製し,
THz帯での動作を確認しています(1).
P
IN Modu
l
a
t
o
r1
THz分光システムはフェムト秒のパ
l
a
t
o
r2
P
IN Modu
シリコンフォトニクスによる
ホモダイン位相制御機構
ルスレーザを使うパルス波方式が一般
的であるため,その周辺の制御装置も
含めると装置の小型化が困難な状況に
あり,また,THz分光チップを作成す
るためにも連続波(CW)方式のTHz
LD 1
LD 2
ます.光励起のTHz波発生方法は 2 つ
のレーザ光源とフォトミキサーを用い
送信機
SOA
LD d
r
i
ve
r I/O
DAC/ADC
受信機
〈成分表〉
THz分光チップ
分光の技術が重要となります.CWホ
モダイン分光法の概念図を図 3 に示し
結晶多形の
識別も可能
SOA
錠剤
LD:レーザダイオード
SOA:半導体光増幅器
医薬品検査を安心・安全に
成分A
50%
成分B
10%
成分C
3%
図 2 CWホモダインTHz分光法装置小型化と医薬分野への応用
ます.フォトミキサーから発生する
THz波の周波数は 2 つのレーザ光源の
周 波 数 の 差,うなりに対 応します.
CW THz信号は, 2 台の1.5 μm帯の汎
用レーザ光源を用いることができ, 1 台
は固定周波数,もう 1 台の周波数を可
変にすることで,広帯域のTHz波を発
レーザ 1
(1.5 μm)
レーザ 2
(1.5 μm)
=ν1−ν2
ν1
フォトミ
キサー
ν2
Pr
PCA
受信機
Ppump
位相制御装置
生することができます.フォトミキサー
からのTHz波を単に受信するだけでな
ν1:レーザ 1 の周波数
Pr:受信パワー
く,受信機の光伝導アンテナ(PCA)
ν2:レーザ 2 の周波数
Ppump:ポンプパワー
PCA:光伝導アンテナ
に送信信号と同じ信号を入れてミキシ
図 3 CWホモダインTHz分光法の概念図
ングを起こすのをホモダイン検波方式
と呼びます.
(log)
エンベロープ検出法のダイナミックレ
SN比
ンジ比較を図 4 に示します.コヒーレ
ダイナミックレンジ
ント検出法では,位相制御装置を使わ
ないで振幅のみを検出するエンベロー
プ検出法に比べてダイナミックレンジ
が大きくなります.これは,図 3 のよ
うにPrを受信パワー,Ppumpをポンプパ
ワーとしたとき,エンベロープ検出法
40
NTT技術ジャーナル 2014.11
ト
ン
レ
ー 法
ヒ
コ 検出
エ
などのコヒーレント検出法と一般的な
ン
ベ
検 ロー
出
法 プ
ホモダイン検波やヘテロダイン検波
0
(log)
∝ Pr×Ppump
2
Pr=Ppump
∝
(Pr )
実験上可能な最大受信パワー
受信パワー
図 4 コヒーレント検出法とエンベロープ検出法のダイナミックレンジ比較
特
集
つのLDの出力をEDFAで増幅し,単
このときのCWホモダインTHz分光の
ることができます.位相変調器には非
一 走 行 キ ャリア フ ォトダ イオ ード
受信信号と位相の関係を図 6 に示しま
線形がありますが, 2 台の位相変調器
(UTC-PD)において差周波のTHz波
す. PM 1 とPM 2 に印加する信号の
を用いることで,その影響を低減する
を発生させます.UTC-PD送信機から
位相は対称的なのこぎり波になってお
ことができます.
のTHz波は 2 次元走査用サンプルス
り,PM 1 が 2 πのときPM 2 が− 2 π
CWホモダインTHz分光システムの
テージに載せた試料を透過して,PCA
になっています.受信信号はサイン波
ダイナミックレンジと移相の関係を
受信機で検出します.LDとUTC-PD
であり,サンプルがないときとあると
図 7 に示します.ダイナミックレンジ
の間にあるのが,ホモダイン位相制御
きで,振幅(As)と位相(∠Фs)に差
は0.3 THzで100 dB, 1 THzで75 dB
機構で,PM 1 ,PM 2 の 2 台の位相変
が出るので,これによりサンプルの
と高い値が得られています.また,大
調器が光ファイバで結合されています.
THz波の吸収の度合いと誘電率を求め
気中の水蒸気の影響でシャープなピー
クが検出されていますが,
水蒸気のピー
クのあるところはそれに対応して位相
ホモダイン
EDFA 位相制御機構
LD 1
識別実験
∠φ
周波数可変
2 次元走査用
サンプルステージ
PM 1
EDFA
LD 2
PCA
受信機
データ
ロックイン
アンプ
受信信号
∠
( ・t+φ )
EDFA: エルビウムドープファイバ増幅器
: 振幅
: 検出周波数
∠φ : 位相角度
PM : 位相変調器
薬結晶の中でもTHz波の吸収の高いコ
クリスタルを含むテスト錠剤です.こ
の実験のサンプルはカフェインとシュ
ウ酸のコクリスタルをポリエチレン粉末
に混合して,直径10 mm,厚さ約 1 mm
UTC-PD:単一走行キャリアフォトダイオード
: 制御周波数
医薬錠剤のコクリスタル成分の識別
例を図 8 に示します(3).サンプルは医
PM 2
周波数固定
PC
の変化がみられます.
UTC-PD
送信機
のテスト錠剤として作製しています.
コクリスタルの濃度は左上が20%,右
t : 時間
図 5 CWホモダインTHz分光およびイメージングシステムの構成
下が40%です.下段に示すTHzスペク
トルの測定は 2 GHzステップごとに
データを取り込みながら行い,900ポイ
ントで約15秒を要します.1.4 THz付
受信信号
︵サイン波︶
サンプルなし
サンプルあり
t
近のブロードなコクリスタルの吸収
ピークが濃度に比例し,また吸収ピー
クの付近では誘電率も変化しているこ
とが確認できます.
また,上段に示すTHzイメージ測定
は,周波数を固定して 2 次元のスキャ
∠φ
位相
︵のこぎり波︶
2π
−2π
(20 kHz)
ンをしています.各イメージは60×40
PM 1
ポイントで構成され,測定時間は約40秒
φTHz
t
PM 2
( 5 kHz)
図 6 受信信号と位相の関係
です.THzイメージの測定時間は機械
式の遅延ステージを使うパルス波方式
のTHz分光装置が数時間かかるのに比
べて,
非常に高速です.
1.4 THzのイメー
ジではコクリスタルのピーク位置に対
NTT技術ジャーナル 2014.11
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ライフアシスト技術を支えるデバイス研究
別が困難でしたが,スペクトルの解析
(dB)
ダイナミックレンジ
100
・100 dB(0.3 THz)
90
・75 dB( 1 THz)
80
70 THz信号
60 (0.3 mの大気中)
50
40
30
20
検出ノイズ
10
0
0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 2.0(THz)
ダイナミックレンジ
処理の向上によって,可能になってき
ています(4).THzピークの帰属を含め
たTHzスペクトルの解析処理とデータ
ベース化がシステムの性能向上ととも
に重要な要素となると思われます.
周波数
1.10
THz
位相
(度)
270
180
90
0
−90
−180
−270
1.41
THz
1.66
THz
■参考文献
水蒸気のピーク
0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 2.0(THz)
周波数
図 7 ダイナミックレンジと位相の関係
サンプル
THz分光イメージ
医薬コクリスタル
のテスト錠剤
透過
0.8
1
1.0
1.2
40秒/イメージ(60×40ポイント)
1.3
1.4
1.5
1.6
1.7
(THz)
0
330
②
① ③
−30
10 mm
位相 (度) 10 mm
①:100% PE
②:20% Ca
f
:Oxa+80% PE
③:40% Ca
f
:Oxa+60% PE
THzスペクトル
吸収の度合い
③
0
5
②
0
2.5
2.4
2.3
2.2
2.1
2.0
1.9
1.8
1.7
1.6
1.5
誘電率
PE:ポリエチレン
Caf: Oxa:カフェイン・
シュウ酸コクリスタル
5
①
0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 2.0
(THz)
周波数
(1) J.-Y. Kim, H. Nishi, H.-J. Song, H. Fukuda,
M. Yaita, A. Hirata, and K. Ajito:“Compact
and stable THz vector spectroscopy using
silicon photonics technology,” Optics Express,
Vol.22, No.6, pp.717₈-71₈5, 2014.
(2) J.-Y. Kim, H.-J. Song, K. Ajito, M. Yaita, and
N. Kukutsu:“Continuous-Wave THz
Homodyne Spectroscopy and Imaging System
With Electro-Optical Phase Modulation for
High Dynamic Range,” IEEE Transactions on
Terahertz Science and Technology, Vol.3,
No.2, pp.15₈-164, 2013.
(3) J.-Y. Kim, H.-J. Song, M. Yaita, A. Hirata, and
K. Ajito:“CW-THz vector spectroscopy and
imaging system based on 1.55- μ m fiberoptics,” Optics Express, Vol.22, No.2,
pp.1735-1741, 2014.
(4) K. Ajito, J.-Y. Kim, Y. Ueno, H.-J. Song, K.
Ueda, W. Limwikrant, K. Yamamoto,and K.
Moribe:“Nondestructive Multicomponent
Terahertz Chemical Imaging of Medicine in
Tablets,” Journal of The Electrochemical
Society, Vol.161, No.9, pp.B171-B175, 2014.
15秒/スペクトル
(900ポイント, 2 GHzステップ)
③
②
①
0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 2.0
(THz)
周波数
図 8 医薬錠剤のコクリスタル成分の識別例
応しており,コクリスタル濃度の 2 次
医薬分野への応用例について紹介しま
元分布を明瞭に知ることができます.
した.CW方式はコンパクトさやイメー
現在の測定時間は 2 次元走査用のス
ジングの高速性に関してパルス波方式
テージの速度で律速されているため,
に比べ有利ですが,測定の感度や帯域
ステージの高速化あるいはスキャン方
に関しては現状,パルス方式のほうが
式の工夫によって,今後さらなる高速
優 位です.CW方式では現 在 0.3~ 2
化が期待できます.
THzにおいてはサンプルの測定が可能
今後の展開
ですが,より広帯域である 2 THz以上
の測定可能にするためにはより高出力
本稿では,CWホモダインTHz分光
の送信機が必要です.さらに,市販の
およびイメージングシステムを構築し,
医薬品に関しては多成分を含みその識
42
NTT技術ジャーナル 2014.11
(左から)ソン ホジン/ 味戸 克裕/
キム ジェヨン
THz分光法は医薬分野のみならず分子間
相互作用に基づく新たな非破壊分析法とし
て,特に多成分が混合した材料や超微粒子
などX線回折法が適用しにくい難しい分野
への応用が期待されます.
◆問い合わせ先
NTT先端集積デバイス研究所
ソーシャルデバイス基盤研究部
TEL 046-240-3565
FAX 046-240-4041
E-mail ajito.katsuhiro lab.ntt.co.jp
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