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工学倫理第12回講義資料
2016/1/3 第12章 警笛ならし(または内部告発) 工学倫理 第12回 教科書:技術者の倫理入門 第四版 杉本泰治 高城重厚 著 杉本泰治、高城重厚 第12章 警笛ならし(または内部告発) 工学倫理 第12回 1 12.1 富里病院医師解雇事件-1 • 標準事例 “内部告発”というものを理解するには ⇒標準的な事例があるとよい 富里病院の事例は、専門職が企業などに勤務して働 く場合の標準事例にふさわしい。 社会で現実におきることはさまざまで、 社会で現実におきることはさまざまで ⇒事例を収集して並べるだけではよくわからない。 標準事例によって“内部告発”というものの仕組み を理解し、それと対照しながら、実務問題や他の事例 に取り組むのがよい。 富里病院の事例 医科大学を卒業したての医師の活動の記録。 3 工学倫理 第12回 清新な感じの若い医師のイメージが理解に役立つ。 12.1 富里病院医師解雇事件-3 思誠会(被告)には、北原理事長兼富里病院長 実質的経営者=村上会長が経営権、人事権を掌握。 北原院長および同病院医療関係者 1990年末頃 患者のMRSA保菌者が増えていること気 付く。 1991年4月頃 北原院長のもと 両医師が他の医師や看護士と勉強会などを開催。 手洗い、消毒の励行、感染症患者の隔離。 第三世代抗生物質の投与を控えることなどを確認。 1991年5月頃 平石医師が感染防止対策マニュアルを作 成。 富里病院としてMRSA対策を実施。 1991年6月末 K医師が検査結果に関係なく、第三世代 抗生物質を連続投与 5 工学倫理 第12回 ⇒山城医師が気付き疑問をもつ。 工学倫理 第12回 日本では2000年4月ごろから論議されるように なり、広く社会の関心をよび、2006年4月施行の 公益通報者保護法につながる。この問題につい ての誤解や偏見は、深刻な事態を招くおそれが あり、用心しなくてはならない。 12.1 富里病院医師解雇事件 12.2 コミュニティ内部の人間関係 12.3 法による救済の方法 12.4 技術者の通報対策 12.5 まとめ 工学倫理 第12回 2 12.1 富里病院医師解雇事件-2 事件の概要 医療法人の病院に勤務する医師2人 病院で不適切な治療が行われている。 保険所に申告(通報)⇒病院から解雇 解雇の無効など救済を求めて東京地裁に訴えた。 判決による要旨はつぎのとおり。 山城医師(原告) 1989年3月、国立の医科大学を卒業。 同年5月、医療法人思誠会(被告)の富里病院 (老人特例病院)に内科医として勤務。 平石医師(原告) 1990年11月、大学同級の山城医師の紹介で同 じく内科医として勤務。 工学倫理 第12回 4 12.1 富里病院医師解雇事件-4 山城、平石両医師(被告) 院長やK医師の許可を得ずに、夜間、 K医師担当患者のカルテを見てメモ。 薬剤感受性検査報告書等のコピーを持ち出して分析。 K医師が検査結果と無関係に抗生物質を多用 ⇒このような投薬方法がMRSAの発生率を高めて いる いる。 1991年7月頃 山城、平石医師 北原院長、村上会長にK医師の指導を上申 北原、村上⇒指導改善、K医師解雇を約束 しかし、その後もK医師の診療方法に全く変化なし。 北原院長や村上会長の言動から疑いをもつ。 K医師に指導するつもりは全くなく、 病院全体で、K医師の不適切な医療を、営利 6 工学倫理 第12回 本位の経営方針から許容している。 1 2016/1/3 12.1 富里病院医師解雇事件-5 1991年11月 村上会長が死亡⇒村上夫人が実質的経営者 1991年12月6日 村上夫人、要求の書面化を求める。 平石医師⇒18項目の要求事項を作成 =病院設備の改善、診療内容の適正化、職員の待遇、 病院運営 12月10日 村上夫人、北原院長、柴田理事らに報告。 柴田理事らの態度などから 改善の意思なしと判断 柴田理事らの態度などから、改善の意思なしと判断。 佐倉保健所へ富里病院の実態を上申する決意。 11日 勤務時間中に佐倉保健所へ赴いて、 保健所長に実態を申告、指導改善を求めた。 12日 富里病院が保健所に、なんらかの申告の事実を確 認。 村上、柴田、北原 ⇒山城、平石の1992年1月15日付けの解雇を告知 7 工学倫理 第12回 12.1 富里病院医師解雇事件-7 1995年11月 東京地裁での判決 解雇は、解雇権の濫用で無効、医師の地位を確認。 未払い給与約6200万円+月額75万円の支払を命ずる 医療法人の反訴は棄却。 「佐倉保健所に赴き、・・・・内部告発をし、その指導 改善方をもとめたものである」と、「内部告発」とい う を う語を用いている。 る 内部告発をして解雇された医師の全面勝訴の判決、 内部告発が広く知られるようになる前の1995年のこと 。 判例解説 本件のように、使用者にとって不利益な事実を外部 の公的機関に申告したことを理由とする解雇の効力が 9 工学倫理 第12回 争われた事例は少ない。 通報の「正当化基準」の是非を考える ②被用者がその懸念を上司に報告していて、かつ③ →再三、北原院長にK医師の指導を上伸した。 ③直接の上司から満足な回答が得られずに、さらに組織内 で使えるチャンネルはすべて使っていること。 →村上会長にも同様の上申をし、村上会長が死後は、実質 的な経営者となった村上夫人および共同経営者的存在で あった柴田理事に要求したが、真剣に要求を取り上げて 改善する意思がないものと判断された。 (ハリスらの批判) 要件②、③については、直接の上司が問題の原因である ことが多く、その場合、偏見のない満足な回答が得られる とは思えない。さらに上級の経営者に知らせるのに有効な 方法がないとか、危害の発生に間に合わない場合もある。 11 工学倫理 第12回 工学倫理 第12回 12.1 富里病院医師解雇事件-6 • 訴訟と判決 1992年1月 両医師は、解雇の無効を法廷で争うと通告 。 1992年2月 他の病院に常勤として勤務。 1993年1月 両医師⇒医療法人を相手に訴訟を起した。 医師 地位 確認 未払 給与 支払を求める 医師の地位の確認、未払い給与の支払を求める。 医療法人 ⇒両医師を相手に損害賠償請求の反訴を起す 両医師の発表によりマスコミから名誉を毀損された。 1994年3月 富里病院閉鎖 (医療法人思誠会は他の病院も経営) 工学倫理 第12回 8 通報の「正当化基準」の是非を考える ド・ジョージの正当化標準(1982)と富里病院医師解雇事件 通報がモラル的に許容される要件①、②、③ ①公衆に及ぶことになる危害が本物でかつ重大であること。 →患者内にMRSA保菌者が増えていて、患者にとって極め て危険な状態にあり、K医師による抗生物質の多用がそ の原因であること。 (ハリスらの批判)※ 要件①は厳しすぎる。これでは、警笛鳴らしをする被用者 は、危害の発生と、それが重大であることを、確実に知っ ていなければならない。入手できる最善の証拠にもとづい てそのように思える、というだけで十分である。 10 工学倫理 第12回 ※日本技術士会訳編「科学技術者の倫理」(丸善1998) 通報がモラル上の責務となる要件④、⑤ ④被用者が、その状況において自分の見解が正しく、会社の 方針が間違っていることを、責任ある公平な観察者に確信 させるような文書による証拠をもっており、かつ⑤ →他の医師や看護婦と勉強会および会議を開催して相互に 確認し、感染防止対策マニュアルを作成していること、K医 師担当の患者のカルテ、薬剤感受性検査報告書、などの 証拠がある。 証拠がある ⑤その証拠が、その情報を公開すれば、迫っている重大な危 害を実際に防止することになるほど強いものであること。 →保険所は、公衆衛生上重大な危害を生ずるおそれがある 場合に、医療または保険指導に関し必要な指示をすること ができる(医師法第24条の2)。上の証拠、および2人の医 師の証言は、保険所がその権限を行使することになるほど 12 工学倫理 第12回 強いものである。 2 2016/1/3 通報の「正当化基準」の是非を考える 通報問題の全体像 (ハリスらの批判) 要件④、⑤では、被用者は、文書での証拠を入 手できるとは限らない。そういう証拠は、会社に よって管理されていて、被用者がコンピューター そ 他 情報源 近 その他の情報源に近づけないことが多い。 多 。 警笛鳴らしが被用者の責務といえるほどの事態 では、入手可能な証拠が、危害にさらされる人々 に、自由でよく知らされたうえでの同意をする機 会を与えるものなら、それで十分である。 工学倫理 第12回 通報問題の全体像 13 ②通報段階 • わが身を守るための注意 通報される側からの反撃や制裁を予想してか からなくてはならない。 公益のためだからと、勇んで新聞社へ駆け込 んだり、公表したりするのは、注意や思慮を 欠く 欠くことであり、賞賛されることではない。 あり、賞賛される な 。 • 通報の方法の選択 通報には、顕名、匿名、無名、密告といった 方法の選択があり(184頁参照)、どれを選ぶ かによって、その先の運命が大きく異なる。 ド・ジョージの正当化基準は、通報段階での正当 15 工学倫理 第12回 化のみを取り上るもので、前・後の考慮がない。 ①前段階 • 2人の医師の努力 K医師による抗生物質多用や病院経営者の利 益優先を、第三者的な批判者ではなく、自らM RSA対策のために最善の努力をした。 • 専門職の人間関係 他の医師や看護婦(師)との間に、互いに対 話し信頼する専門職の人間関係があった。 • 2人の間の強固な連帯 1人でできることよりも、2人でできること のほうが大きい。 工学倫理 第12回 通報問題の全体像 14 ③後段階 • 2人の医師 解雇された後、他の病院に常勤の医師として勤務。 解雇後1年近くたって、訴訟を提起。 それから2年10ケ月後勝訴。 • 技術者の場合 医師ほど雇用の流動性がない。 解雇されてすぐに次の就職口が見つかるか? 解雇されて収入がなくなるうえに、訴訟費用がかか る、などの困難な立場に置かれる。 解雇を無効として地位を回復するには、結局、訴訟 が必要になる。 16 工学倫理 第12回 大切なのは、困難に耐えて訴訟を勝ち抜く力。 12.2 コミュニティ内部の人間関係-1 通報の「正当化基準」の是非を考える • まとめ ド・ジョージ説は、通報者が解雇され裁判 になった場合に、争点を整理するときのチェ ックリストになるだろう。 通報(内部告発)についての倫理学習に一 番大切なことは、日ごろ、勤務先の上司や同 僚との間で、対話し信頼する関係を築くこと である。そうすれば、問題が起きた場合に相 談して互いに納得する解決を導くことになる 。そういう人間関係それ自体、人を幸せにす るものである。 工学倫理 第12回 17 工学倫理 第12回 • 「内部」とは何か アメリカでは、「whistle-blowing:警笛鳴らし」 悪いことをしている人を見つけた時の警告 日本では、「内部告発」 会社や機関などの内部の不正を、内部の人 が 新聞社や監督官庁へ通報する が、新聞社や監督官庁へ通報する。 内部とは、コミュニティの内部のこと。 警笛鳴らし:国際的な普遍性はあるが、 日本語として馴染んでいない。 本章での呼び方⇒通 報 不 正:通報の対象となること 18 工学倫理 第12回 通報者:通報をする人 3 2016/1/3 12.2 コミュニティ内部の人間関係-2 12.2 コミュニティ内部の人間関係-3 • コミュニティの同胞への思いやり 病院は、一つのコミュニティ 内部で不正、内部者の医師が、外部へ通報した。 91年4月MRSAに気づく⇒6月K医師の診療方針に疑問 7月頃から再三院長らに上申⇒12月万策尽きて通報 なぜ直ちに内部告発をせず、病院内で努力をしたか。 病院が正常に運営され繁盛すること =2人の医師、他の医師や看護婦たちにも共通の利益 通報して病院の経営を揺るがすこと =他の医師、看護婦や職員を不安にする 病院の正常化は、公益のために大切とはいえ、他の人を 犠牲にすることはできない。 コミュニティの同胞への誠実な思いやりがあった。 19 工学倫理 第12回 • 通報者の利益相反 患者をMRSA感染から守ること=医師としての責務 病院の従業員として就業規則(表12.1)を守る義務があり 、通報は守秘義務違(就業規則21条3号)に違反する。 医師として通報しなければならない立場 (医師としての利益) ↓↑相反する、利益相反 従業員として病院の秘密を守らなければならない立場 (従業員としての利益) 内部告発には、通常、このような利益相反がある。 結局、2人は通報を選択したが、その結果、懲戒解雇 (就業規則44条1号)に相当することになり、解雇された。 工学倫理 第12回 20 12.2 コミュニティ内部の人間関係-5 12.2 コミュニティ内部の人間関係-4 ・報奨金説の限界 ①通報は公益に役立つから、報奨金で奨励すべきだ。 通報報奨金、おカネ目当ての通報は人倫にもとる。 乱用されると批判される。 告発される不正が窃盗や詐欺にも等しい行為 ⇒どんどん摘発することが人倫にも合致する ② ②不正行為をしなければ告発されない。 ば ⇒告発されても不正がなければ防御できる。 ⇒不正行為を秘匿する人間関係を保護する必要はな い。 ③告発すべきところを告発しなければ ⇒公務員なら懲戒事由に該当する 富里病院の告発では、10万円程度の報奨金は無意味。 報奨金制度が役立つのは、限られた場合。 21 工学倫理 第12回 • 第1話 桐生市の通報報奨金制度 ごみの不法投棄を見つけた人に情報提供を義務づけて おり、1件につき1万円を支払います。 2001年4月 群馬県桐生市、不法投棄防止条例 報奨金=ごみの不法投棄をみつけて通報した人 家電や家具のほか、生ごみなども大量であれば対象。 ただし、捨てた人や業者が特定された場合に限る。 予算に50件分50万円計上した。 桐生市清掃管理事務所 現状、山林や川への不法投棄=80件/年 市民がごみ問題に関心を持ち、目を光らせれば不法 投棄が減るはずだ。 22 工学倫理 第12回 環境省廃棄物対策課:現金を払うのは聞いたことがない。 討論1 • ゴミの不法投棄をするのは、地域コミュニティ の内部者(住民)であるよりは、よそからの外 部者だろう。そうであれば、内部告発の構図で はなく、窃盗や万引きの監視・通報と同じと思 われるが、どうだろうか。 工学倫理 第12回 工学倫理 第12回 23 工学倫理 第12回 24 4 2016/1/3 12.2 コミュニティ内部の人間関係-6 12.2 コミュニティ内部の人間関係-7 • コミュニティの拡張 • 第2話 雪印食品牛肉偽装事件 国内で狂牛病(BSE)が発生 狂牛病感染の恐れのある牛を流通させないため 01年10月 牛の全頭検査が始まる。 それ以前 解体 それ以前に解体した国産牛⇒政府補助で買い取り 国産牛 政府補助 買 取り 雪印食品 対象外の輸入牛肉を国産牛の箱に詰め替え 業界団体に買い取るように申請⇒補助金を不正受給 02年1月 取引先の西宮冷蔵が雪印食品の不正を通報 02年2月 近畿農政局が告発⇒兵庫県警などが捜査 02年3月 関西ミートセンター長など19人を懲戒解雇 25 工学倫理 第12回 02年4月 雪印食品解散 12.3 法による救済の方法-1 12.2 コミュニティ内部の人間関係-8 • 通報の方法の選択 日本の内部告発 =新聞社や監督官庁へ匿名または匿名条件でする。 通報には次の4種類がある。 ①名乗って公表=身元が雇用者に知られる(顕名) ②匿名を条件 通報 通報先は身 を 表 な (匿名) ②匿名を条件に通報=通報先は身元を公表しない(匿名) ③匿名の投書、電話=通報先は知らない(無名) ④利益目的でライバルやマスコミに通報(密告) ①~④のいずれも、通報の効果は同じ。 ①制裁される可能性大=顕名は賢明ではない。 ②、③なら、コミュニティの人間関係を損ないにくい。 工学倫理 第12回 27 12.3 法による救済の方法-2 • アメリカでは アメリカ法 コモン・ロー(後出)上の随意雇用のドクトリン(法 理)を適用してきた。 雇用契約に雇用期間などの定めがない場合、雇用者 は被用者を、いつでも、いかなる理由でも解雇できる 。 1967年 ゲーリー対USスチール事件 実際、通報者の解雇が正当化されていた しかし ↓ 1980年前後 公序に違反する解雇は無効との判決 1984年4月 ミシガン州“警笛鳴らし保護法”を制定 29 工学2倫理 第12回 通報者の救済するための法制定 工学倫理 第12回 • 国土交通省の方針 02年9月 西宮冷蔵を在庫証明書の改ざんで営業停止 雪印食品からの依頼で、偽装した在庫証明を発行 • 国土交通大臣の見解 倉庫業界の信用を失墜させた責任は重い。 内部告発を 内部告発をしたから許されるものではない。 許されるも な 。 内部告発 1ヶ月の営業停止⇒7日間に短縮した • 西宮冷蔵/廃業へ 02年11月 雪印食品以外にも取引停止が相次ぐ ⇒業績不振で、負債13億円で廃業 西宮社長:食の安全への関心を高める契機=意義あり 倉庫業コミュニティによる制裁(荷主の守秘義務?) 26 工学倫理 第12回 公益のための通報←利益相反→コミュニティのルール • アメリカと日本の法の違い 2000年4月 日本における通報問題の出発点 ・朝日新聞の投書:「自由化の前に内部告発を守れ」 アメリカ:自由化のお手本とされる。 内部告発=良心に従っての行動、正義の行動 日本では、 本 、 内部告発=所属組織への裏切りとして罪悪視 労組すら企業悪を擁護する立場に立ちがち “身分保障され、市民として、所属する企業の反 社会的行為を告発できる社会こそ、真の自由社会 というべきだ”と主張 この投書のように、 アメリカが進んでいて、日本は後れているのか? 28 工学倫理 第12回 12.3 法による救済の方法-3 • 日本では 第二次大戦後 弱い立場にある労働者を保護する政策 雇用者が労働者を解雇する場合の予告 雇用契約についての民法の規定では2週間 労働基準法が30日前とする(労働法20条1項前段) 逆にいえば、 雇用者は、30日前に予告すればいつでも解雇でき る。=自由な解雇の権利=解雇権を保障された形 ↓ 高度成長前 労働者は雇用の機会に恵まれず 解雇はそのまま生活の危機 工学倫理 第12回 30 5 2016/1/3 解雇権濫用の法理 12.3 法による救済の方法-4 裁判所は、解雇権を制限して労働者を救済する理論 権利の濫用は無効=解雇権濫用の法理を適用した。 「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的 な理由を欠き社会通念上相当として是認することがで きない場合には、権利の濫用として無効となる。」 解雇権濫用の法理による救済 1995年 富里病院医師解雇事件の判例より早い 1975年 本採用拒否事件の判決にさかのぼる 日本は後れたのではない 裁判による通報者救済ではむしろ日本が先行した 2003年 労働基準法改正・・・・解雇権濫用の法理取り入れ 31 工学倫理 第12回 2007年 労働契約法公布→労働基準法から移される。 12.3 法による救済の方法-5 12.3 法による救済の方法-6 • 制定法と判例法 日本の裁判所:通報者を保護する制定法はない。 解雇権濫用の法理を用いて通報者を救済した。 アメリカの裁判所:随意雇用のドクトリン(法理) 工学倫理 第12回 33 12.3 法による救済の方法-7 • 公益通報者保護法 2004年制定、2006年施行 ①通報者 公益通報者保護法で救済されるのは、 労働者と派遣労働者に限られる。 ②通報事項 関係のありそうな多くの法律が対象。 保護の対象外とされる可能性はほとんどない。 ③通報先 その1:労務提供先もしくはその指定先 その2:権限のある行政機関 その3:発生や被害拡大の防止に必要と認められるもの =新聞等のマスメディアを含む マスメディアへの通報は保護対象として制限(表12.2) 35 工学倫理 第12回 工学倫理 第12回 • 民法第1条(基本原則) 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。 2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に 行わなければならない。 3 権利の濫用は、これを許さない。 • 憲法第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は 国民の不 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不 断の努力によつて、これを保持しなければならない。 又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、 常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。 • 労働契約法第16条(解雇) 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相 当であると認められない場合は、その権利を濫用した 32 工学倫理 第12回 ものとして、無効とする。 制定法だけが法ではない 法=制定法+判例法 制定法=議会の議決をへて成立 ・・・・社会的承認を得るための方法 判例法=判例の積み重ねによって社会的に承認 ドクトリン(法理)は、判例法として確定する一歩手前 英米でコモン・ローというのは、社会に共通の法を意味 判例法:使う使わないは裁判官にまかされる。 社会で起きる問題に適用されて練られた法だか ら信頼性がある。 制定法:どの裁判所でも使われる安定性がある。 制定が議会の力関係に左右されかねない。 34 工学倫理 第12回 12.3 法による救済の方法-8 • 法律の使いやすさ 1947年 早い段階から通報を保護する規定が存在。( 表12.3)しかし、ほとんど利用されなかった。 1989年 富里病院医師解雇事件では 労働安全衛生法第97条を用いる余地があったが、 解雇権濫用の法理を用いて救済した。 解雇権濫用の法理を用いて救済した 制定法は、条文の字句が厳密に解釈され、救済が制限 解雇権濫用の法理=救済に前向き 労働基準法に入って法律になった(制定法) 公益通報者保護法が適用しにくければ、 労働契約法のこの規定 もともとの解雇権濫用の法理 いずれも利用できる 工学倫理 第12回 36 6 2016/1/3 12.4 技術者の通報対策-1 労働安全衛生法第97条(労働者の申告) 労働者は、事業場にこの法律又はこれに基づ く命令の規定に違反する事実があるときは、そ の事実を都道府県労働局長、労働基準監督署長 又は労働基準監督官に申告して是正のため適当 な措置をとるように求めることができる。 が • 2 事業者は、前項の申告をしたことを理由とし て、労働者に対し、解雇その他不利益な取扱い をしてはならない。 • 工学倫理 第12回 37 12.4 技術者の通報対策-2 12.4 技術者の通報対策-3 • 常備対策 一番小さなコミュニティ=2人 人数が多くなるにつれて、人間関係が希薄になる。 互いに対話し信頼し合うには、2、3人から数人の少人 数が適している。 大きな企業も、数多くの小さなコミュニティからなる。 QCサークルは、企業主導だが、同僚2~3人が日頃か ら対話するようになれば、信頼関係ができる。 普通の技術者は、してよいことと、してはいけないことの 区別がついている。 コミュニティにおける信頼関係の下、技術者倫理への方 向づけをすることが、常備の対策となる。 工学倫理 第12回 39 12.4 技術者の通報対策-4 工学倫理 第12回 • 有事対策: 企業内に不正あるいはその兆候が生じ、 技術者がそれを知ってからが有事対策 富里病院医師解雇事件 2人の医師の小さなコミュニティの強固な連帯 2人が力を合わせて、表12.4の①~⑤を順次実行。 解雇92年1月~(他病院常勤医師92年2月)~ 訴訟93年1月~勝訴95年11月 2年10ヶ月にわたる争いを2人で戦い抜いた。 勝訴するには、通報者が孤立しないことが大切。 通報者同士の強い連帯や労働組合による支援が必要。 解雇されると、収入がなく、訴訟の費用も掛かる。 工学倫理 第12回 40 討論2 技術者倫理における通報についての学習 不正やその兆候を見つけた場合、適切な判断 ができるようにすること。 単に通報すべきかどうかというような学習で はない。 工学倫理 第12回 • 対策の基本 企業を場とする通報 通報者となる立場(技術者) 通報の影響を受ける企業の立場(経営者) 通報者となる人=企業コミュニティの一員 企業内に不正やその兆候を知った人は、 通報するか、どこに、どのようにするかを考える。 その人と企業の経営者は、 この段階では同じコミュニティの同胞 同じコミュニティの問題として解決するのが基本 企業に勤務する技術者の身になって検討する。 常備対策:日常 38 工学倫理 第12回 有事対策:不正・不祥事やその兆候発見後 • 日ごろ、企業の職場で、小さなコミュニティの 連帯を育てることが、技術者のためにも、企業の ためにも有用とみられるが、技術者のために、そ れぞれどのように有用か、討論しよう。 41 工学倫理 第12回 42 7 2016/1/3 卒業後のテキストの役割 • 通報(警笛鳴らし、内部告発): 実務に従事する技術者には、ときに身を誤 る切実な問題。 • テキストの公益通報者保護法の実務の解説 問題にぶつかった場合には役立つかもしれ ない。 • テキスト 学生向きであるが、技術者にとって重要な こと。 卒業後実務に就いてから、難問に出会い、 テキストを取り出すことがあるかもしれない 43 工学倫理 第12回 。 工学倫理 第12回 12.5 まとめ 技術者としての生活には、個人の利益、コミ ュニティの利益、そして公益がある。 • 通報は、公益のためであっても,企業の倒産 を引き起こしたり、コミュニティの人間関係を 破壊することがあり、通報者自身、解雇などの 苦境に立たされる可能性がある。 苦境に立たされる可能性がある • そういうことを考慮しないで、勇気をもって 公明正大に通報すべきだ、などと単純に言い切 るわけにはいかない。 • 工学倫理 第12回 44 8