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炭素壁損耗の基礎研究と課題

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炭素壁損耗の基礎研究と課題
炭素壁損耗の基礎研究と課題
大阪大学大学院工学研究科
2. はじめに
1970 年代のトカマク装置 PLT の実験において、
炉心プラズマ中心に金属壁材料が流入して蓄積し、
電子温度が凹型の分布となるという実験結果が報
告された[1]。その一方で、このような金属不純物
の蓄積は、高密度放電やエッジに強いガスパフを
した条件下では避けられるという結果も同時に報
告されていた。しかし、これ以降炉心プラズマの
パラメータを改善するために、プラズマ中に混入
しても放射損失の小さい低 Z 材(炭素、ボロン、
ベリリウム)をプラズマ対向壁(コーティング材
も含む)に使用することが実験の主流となった。
特に、炭素材は耐熱衝撃特性に非常に優れている
ため、トカマク装置で高熱負荷を受けるリミター
板やダイバータ板に使用され、さらに JT-60U、
JET、及び TFTR などの大型トカマクでは、第一
壁全てに炭素板が使用された。
1980 年代のトカマク実験における炭素壁の使
用と並行して、イオンビーム照射下での損耗基礎
研究も盛んに行われた。炭素材では、他の材料で
は見られない化学スパッタリングや照射促進昇華
などの特有の損耗過程があり、損耗の基礎研究と
しては、非常に興味ある材料であった。本解説で
は、これらの炭素材料の損耗現象に関する現在ま
での知見と今後の課題について述べる。
上田良夫
図1 炭素材の損耗率の温度依存性
性の化合物(水素の場合はメタン等の炭化水素、
酸素の場合は一酸化炭素や二酸化炭素)を発生し
て、炭素材が損耗する現象である。照射促進昇華
とは、イオン照射下において昇華が通常の熱昇華
に比べて低い温度から始まる現象である。他の材
料では、この現象は報告されておらず、炭素材に
ついて特有の現象と見られる。
2.炭素材の損耗
炭素材にイオンが入射した場合の損耗は、大き
く分けて、物理スパッタリング、化学スパッタリ
ング、照射促進昇華がある。炭素材の損耗率の温
度依存性を図1に示す。物理スパッタリングは、
入射イオンと材料原子の衝突過程によるもので、
温度依存性はほとんどなく、図中では 300 K 付近
の損耗はほとんど物理スパッタリングによる。水
素同位体を入射した場合には、900 K 近傍に損耗
の ピ ー ク があ り 、こ れは 化 学 ス パッ タ リン グ
(Chemical Sputtering)によるものである(正確
に言えば、温度依存性は、入射エネルギーに依存
する。後述)
。また、どのようなイオンを入射して
も 1000 K 近傍から損耗率が上昇するが、これは照
射促進昇華(Radiation Enhanced Sublimation、
通称 RES)による。通常の熱昇華は、核融合炉内
の環境では、おおよそ 2200 K を越えたあたりから
観測される。
化学スパッタリングとは、炭素材に水素同位体
もしくは、酸素のイオンが入射した場合に、揮発
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図 2 化学スパッタリングの温度依存性
図中の数字はイオンの入射エネルギー[2]
3.化学スパッタリング
化学スパッタリングの温度依存性を、入射イオ
ンのエネルギーをパラメータにとって示す(図 2)
。
化学スパッタリングの損耗率の温度依存性は、
水素同位体イオンの入射エネルギーに大きく依存
する。エネルギーが 1 keV では、800-900 K 付近
にピークを持ち、温度が下がると急激に減少する。
この場合、常温付近では損耗率はほとんどゼロで
ある。
しかしながら、
エネルギーが下がって 150 eV
程度以下になると、ピーク値が減少し、同時に常
温付近の値が大きくなって、全体的にフラットに
近い温度依存性を持つようになる。化学スパッタ
リングにおいては、
物理スパッタリングと異なり、
イオンの入射エネルギーにはっきりとした閾値が
ない(D イオンによる物理スパッタリングでは、
30 eV 程度)
。このことから、化学スパッタリング
は、放射冷却ダイバータにおける炭素材ダイバー
タ板の損耗過程を支配すると考えられている。
化学スパッタリングの際に発生する炭化水素分
子種は入射イオンのエネルギーに依存する。エネ
ルギーが 1 keV 程度では、発生粒子はほとんどメ
タンであるが、エネルギーが減少し 150 eV 以下に
なると、C2Hx や C3Hx などの分子量の大きい分子の
放出が増える。
炭素材に不純物(ボロン等)を添加した材料の
化学スパッタリングは減少することが知られてい
る。
しかしながら、その温度依存性をよく見ると、
600K 程度を境にして添加物の影響は異なる。純粋
な炭素材とボロン添加炭素材について、化学スパ
ッタリングの温度依存性を図 3 に示す。
図 3 より熱分解性黒鉛(pyro)とボロン添加炭素材
(USB15)
の化学スパッタリング率を比べてみると、
600 K 以上の温度領域では、エネルギーにかかわ
らず化学スパッタリングが大きく抑制されている
ことがわかる。このような抑制効果は、バナジウ
ムやチタンなどでも同様に見られる。一方で、600
K 以下のエネルギー領域では、熱分解性黒鉛とボ
ロン添加炭素材の化学スパッタリング率の差はほ
とんどなく、ボロン添加による抑制効果がほとん
どないことがわかる。
以上から炭素材の化学スパッタリングには高温
プロセスと低温プロセスがあると考えられている。
もう一度その特徴をまとめると、高温プロセスは、
エネルギーが 0.5-1.0 keV 程度で最大値をとり、
添加物による化学スパッタリングの抑制効果が大
きい。それに対して、低温プロセスでは、エネル
ギーが 50 eV 程度で最大値をとり、添加物による
抑制効果がほとんどない。
酸素による化学スパッタリングは、水素による
ものと大きく異なる。酸素の化学スパッタリング
図 3 ボロン添加炭素材(USB15、15%B)と熱
分解性黒鉛(pyro、100%C)の化学スパッタリ
ングの温度依存性[3]
図 4 酸素による化学スパッタリングの温度依
存性[4]
率の温度依存性を図 4 に示す。
酸素の化学スパッタリングは水素と比べて温度依
存性が弱く、常温から 1800 K 程度の広い温度範囲
でほぼ一定のスパッタ率を示す。主にに発生する
粒子は CO で、600 K 付近では CO2 分子もある程度
形成される。酸素による化学スパッタリング率は
0.6 程度とかなり大きく、酸素が多い環境では無
視できない。
化学スパッタリングのモデルについては、Roth
がいろいろな実験結果を集積して、かなり詳細な
モデルを提案している。このモデルでは、エネル
ギー依存性や温度依存性については、実験結果を
比較的よく再現することができる。
しかしながら、
その物理過程の理解は十分ではなく、特にフラッ
クス依存性については、まだ検討の余地が多い。
- 11 -
ITER ではダイバータのストライクポイントに
熱衝撃特性の高い炭素材を用いることになってお
り、その損耗量を正確に見積もることが重要であ
る。ITER のストライクポイントには、1024 D/m2s
という非常に高いフラックスでプラズマイオンが
入射する。このフラックスは、イオンビーム実験
のフラックスより 4 桁程度大きく、イオンビーム
実験での結果がどの程度適用できるかはまだはっ
きりとわかっていない。最近のプラズマシミュレ
ータやトカマク実機の実験結果から、フラックス
が増大すると化学スパッタリングの損耗率は減少
するといわれている。しかし、実機実験では、イ
オンビーム実験に比べデータを解釈する上でいろ
いろと問題がある。たとえば、
・イオンエネルギーが一定でない(実機では、
フラックスの増加と共にエネルギーが下が
る)
・イオンの入射フラックス見積もり誤差が大き
い
・炭素表面の不純物堆積の影響評価が不十分
・炭化水素分子のイオン化、解離、励起等の断
面積が不確実
などの問題があり、データの評価が難しい。この
ことは、高フラックス下での精度の高いモデルの
構築と併せて、化学スパッタリング研究の今後の
課題である。
4.照射促進昇華
照射促進昇華とは、先にも述べたように、イオ
ン照射下で通常の熱昇華よりも低い温度で炭素材
の昇華が起こる現象である。この現象はイオンビ
ーム照射実験によって発見された。1980 年代の実
験で以下のようなことがわかっている。
1.どのような入射イオン種でも起こるため、原
子の衝突や拡散を基礎とする物理的なプロセスと
考えられる。
2.照射促進昇華の損耗率は、入射原子が炭素原
子に与えるエネルギー付与量に比例する。
3.発生する炭素は、ほとんど 1 原子(C)である。
これに対して、熱昇華では、C2、C3 など、クラス
図5 5 keV Ar イオンを照射した場合の炭素材
の損耗率の温度依存性[5]
1価イオンからの発光強度である。この信号はお
およそ炭素材から放出される炭素のフラックスに
比例する。図より、時間が 1.8 s 付近まで、炭素
のフラックスに大きな変化はなく、それ以降、急
激に上昇する。この現象を表面温度と対応させる
と、炭素の放出量の急激な増加は、おおよそ
2000℃以上で起こっていることがわかる。これは、
通常の熱昇華によると考えられ、ビーム実験で見
られた照射促進昇華現象が顕著に見られていない。
同様の実験結果は、TFTR や JET でも観測されてい
る。
イオンビーム実験とトカマク実機での実験結果
が異なる理由については、フラックスの違い(イ
オンビーム実験:<1020 m-2s-1、トカマク実機
(TEXTOR)実験:~1023 m-2s-1)や、プラズマ中の
不純物の存在などが理由として考えられる。筆者
らは、フラックスの効果を調べるため従来のイオ
ンビーム装置より 2 桁程度大きいフラックスで照
ター分子が多く含まれる。
代表的な実験結果を図5に示す。1200 K 付
近から損耗率が急激に増加しているが、この部分
が照射促進昇華による損耗率の増加部分である。
しかしながら、トカマク実験では必ずしも実験
に対応する結果が得られていない。TEXTOR トカマ
ク装置による炭素プラズマ対向材の損耗特性の結
果を図6に示す。
図中で CI、及び CII と書かれているのは、炭素材
表面付近のプラズマからの炭素原子、及び炭素の
- 12 -
図6 TEXTOR の炭素テストリミター実験にお
ける炭素の損耗量と表面温度の時間変化[6]
射できる装置により、照射促進昇華のフラックス
依存性を調べた。その結果を図7に示す。
っていないが、空孔以外の格子間原子の消滅場所
が関係している可能性がある。
この実験結果より、1020 Ar/m2s 程度以下のフラ
ックスでは、損耗率のフラックス依存性が小さい
(~φ-0.07)が、このフラックスを越えると損耗
率が急激に減少していることがわかる。したがっ
て、先の TEXTOR の実験において、照射促進昇華が
顕著に観測されなかった主な理由として、イオン
が高フラックスで入射した事が考えられる。
照射促進昇華の機構としては、格子間原子モデ
ルが有力である[7]。格子間原子モデルとは、イオ
ンの衝突によって格子位置からはじき出された炭
素原子(格子間原子)が、表面まで拡散し、この
格子間原子と他の格子原子との結合エネルギーが
低いために、低い温度から昇華するという考え方
である。この過程においては、入射イオンと炭素
の格子原子の衝突において、格子間原子ができる
と同時に空孔も発生する。これは格子間原子の消
滅場所となる。格子間原子は拡散における活性化
エネルギーが低いため、
低温でも拡散しやすいが、
空孔は活性化エネルギーが高いため、低い温度で
はあまり動かず、照射促進昇華が観測されるよう
な高温領域で拡散し始める。このため、低温では
空孔が蓄積してその密度が高くなるため格子間原
子の多くが空孔と再結合して消滅し、表面まで拡
5.おわりに
炭素材は、低 Z 材でありプラズマ中に混入した
場合の放射損失が少ないことや、耐熱衝撃性能に
非常に優れ、溶融しないことなどにより、現在の
多くのプラズマ閉じ込め装置で使用されている。
しかしながら、種々の損耗過程の存在により、そ
の損耗は非常に大きくまた、損耗炭素原子が再堆
積するときに、特に低温部に再堆積する場合は、
水素同位体を取り込んで堆積する(共堆積現象)。
また、炭化水素ラジカルは、温度が高い壁の表面
での付着率が小さいため、プラズマが直接あたら
ない排気ダクト内まで輸送されそこに共堆積層を
作ると考えられている。これらにより炭素材を DT
炉で用いると、炉内にトリチウムを大量に吸蔵し
てしまう可能性が強い。また、炭素のダストが大
量に生成されると、真空容器内を大気開放した場
合に爆発する危険性もある。以上のような問題に
より、核融合発電炉での炭素材の使用は困難であ
ると考えられている。
しかしながら ITER のダイバータのストライク
ポイント(熱負荷が最も高い)では、炭素材の使
用が予定されている。その理由は、ITER ではディ
スラプションによる大きな熱負荷がかかる可能性
があり、タングステンなどの金属材料では溶融し
てしまうからである。金属材料は溶融すると、凝
固する際に再結晶化したり、大きな内部応力が生
じて破壊しやすくなることや、凝固する際に表面
の形状が変わって、局所的に大きな熱負荷を受け
やすくなり、結果として高熱負荷に耐えられなく
なることなどが考えられる。したがって、将来炭
素を使わない核融合炉を実現するためには、ディ
スラプションによるきわめて高い熱負荷が壁に入
るような現象は、完全に抑制されなければならな
い。
ITER の初期の物理実験フェーズにおいて、エネ
ルギー増倍率 Q~10 を達成できる炉心プラズマの
生成とともに、ディスラプションの抑制が大きな
研究テーマである。炭素材は、高熱負荷の除去に
は最も好ましい材料であるが、今まで述べてきた
ように損耗の問題やそれに伴うトリチウムとの共
堆積の問題があるため、ITER ではできるだけ早い
金属材(タングステン等)への移行が予定されてい
る。また、発電実証炉においても、損耗の少ない
タングステンの使用が予定されている。したがっ
て、ITER の初期の物理実験フェーズで、効果的な
ディスラプションの抑制方法を見出すことが炭素
材から金属材への移行を行うためには不可欠であ
る。
図 7 5 keV Ar ビーム照射による炭素材の照射
促進昇華の損耗率のフラックス依存性[5]
散しない。しかしながら、温度が高くなると空孔
密度が減少して表面まで拡散する格子間原子の数
が多くなり、その結果照射促進昇華が観測される
ようになる。このモデルは、照射促進昇華のイオ
ンエネルギー、質量、温度依存性をよく説明でき
る。また、本モデルでは、粒子束依存性が~φ-0.25
となり、高フラックス領域での実験結果(φ-0.26)
とほぼ合っている。低フラックス領域で実験値の
フラックス依存性が弱い理由は、はっきりとわか
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参考文献
[1] R. Hawryluk, et al., Nucl. Fusion 19, 1307 (1979).
[2] E. Vietzke and A.A. Haasz, Chemical Erosion, in
Physical processes of the interaction of fusion plasma
with solids (Academic Press, Inc., San Diego, 1966).
[3] C. Garcia-Rosales and J. Roth, J. Nucl. Mater.
196-198, 573 (1992).
[4] E. Vietzke and A.A. Haasz, Chemical Erosion, in
Physical processes of the interaction of fusion plasma
with solids (Academic Press, Inc., San Diego, 1966).
[5] Y. Ueda et al., J. Nucl. Mater. 227, 251 (1966).
[6] V. Philipps, et al., J. Nucl. Mater. 220-222, 467
(1995).
[7] J. Roth and W. Möller, Nucl. Instrum. Methods B
7/8, 788 (1985).
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