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管理栄養士が行う糖尿病患者への運動指導において

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管理栄養士が行う糖尿病患者への運動指導において
2008年度 リサーチペーパー
管理栄養士が行う糖尿病患者への運動指導において
記録式運動療法を取り入れた場合の HbA1c 値、体重に与える効果
The Effect of Recording Exercise Therapy
with HbA1c and Weight monitor in Diabetic Patient
by a Registered Dietitian.
早稲田大学 大学院スポーツ科学研究科
スポーツ科学専攻 健康スポーツマネージメントコース
5008A302-8
朝倉
比都美
Asakura, Hitomi
研究指導教員: 中村 好男 教授
管理栄養士が行う糖尿病患者への運動指導において記録式運動
療法を取り入れた場合の HbA1c 値、体重に与える効果
健康スポーツマネジメントコース
5008A302-8 朝倉 比都美
Ⅰ.背景
研究指導教員:中村
好男 教授
上管理栄養士による栄養指導を受け、主治医から運動を
許可された者。熟考期または準備期の者。研究参加に同
2007 年国民健康・栄養調査(厚生労働省)によると、
糖尿病あるいはその予備群と推定された人の合計は約
2,240 万人に上った。特に、日本人の糖尿病の大部分を
占める2型糖尿病の増加は、生活様式の欧米化(高脂肪
食と運動不足)が原因であるといわれている。このよう
な糖尿病患者の増加は、国民医療費の増大につながり社
会問題となっている。また、糖尿病網膜症からの失明や
糖尿病腎症からの人工透析は、
医療費の増加だけでなく、
患者のQOLを著しく低下させる。それゆえ、糖尿病予
備軍の発症予防と「軽い糖尿病」といわれる人たちの合
併症予防の重要性が言われている。
意が得られた者。薬物療法の内容は問わない。
2、調査方法
2008 年 4 月から 6 月の間に糖尿病専門外来で管理栄養
士が栄養指導時に運動指導を実施した。毎日運動すると
自己決定した者に、体重と歩数を記録する行動記録表を
渡し経過をみた。同意から 6 ヶ月間行動記録表を記入で
きた群(行動群)、同意はしたが 1 日も記入できなかっ
た群(非行動群)、数ヶ月は記入したが 6 ヶ月前に挫折
した群(脱落群)とし指導開始1ヵ月、3 ヵ月、6ヶ月
後の HbA1c 値と体重を開始前と比較した。
3、 運動指導の内容
糖尿病治療の基本は食事療法と運動療法で、患者教育
運動指導内容は、①糖尿病治療における運動の意義と
は不可欠である。患者自身が糖尿病をよく理解したうえ
具体的な効果について改めて説明②万歩計の携帯③「行
で、治療に適したセルフコントロール力をつけることが
動記録表」に歩数と体重の記入④8,000 歩以上を目標。
糖尿病教育である。
セルフコントロールを実践する上で、
無理な患者は日常の歩数に 2,000 歩プラスした数値を目
セルフモニタリングは客観的に自身の行動を把握でき、
標。
⑤外来受診時の時に行動記録表を確認、
継続の援助。
4、 測定及び解析
記録は運動継続の動機付けとなる。
糖尿病治療は、多職種のチームで行われると効果的で
1)
体重は、外来受診時に当院で測定した。歩数は各自の
ある といわれている。管理栄養士は、食事という生活
自己申告で、歩数計の型式は統一していない。HbA1c は、
の基本に深く関わることから、運動を含む生活全般の指
当院検査部の値を使用した。解析は、SPSS V.15、エクセ
導という役割が求められている。
ル 2003 を使用した。
Ⅱ.目的
増え続ける糖尿病患者への重症化予防のために、私た
Ⅳ.結果
ち管理栄養士は食事だけでなく運動指導、生活指導に積
対象者は 30 名(男 12、女 18)(表1)、6 ヶ月間「行
極的に参加しなくてはならない。管理栄養士が栄養指導
動記録表」を記録できた行動群は 9 名(男 5、女 4)、1
時にできる運動指導法を考え、実践し、その効果を明ら
日も記入できなかった非行動群 14 名(男 7、女 7)、6
かしていくことが私たちの責務であると考える。
そこで、
ヶ月間続かなかった脱落群 7 名(女 7)であった。
運動療法の重要性を理解しているが、実行に至らない患
(表1)対象者
者に対して、記録式運動療法「行動記録表」を用いて運
動指導を強化した。運動療法が HbA1c 値、体重に与える
男 12 名
女 12 名
効果について検討する。
年齢(歳)
62.2±11.7
64.4±9.3
Ⅲ.方法
体重(kg)
69.2±10.8
60.8±10.1
1、対象者
HbA1c(%)
7.4±1.2
7.5±1.5
都内 S 病院に通院する 2 型の糖尿病患者で 6 ヵ月間以
各群の指導 1 ヵ月後、
3 ヵ月後、
6 ヶ月の HbA1c を図 1、
たとある。本調査では1日 10,000 歩以上の実施者は 2
体重の変化を図1に示した。
HbA1c は脱落群で 0.6%の減
名の他 7 名が 10,000 歩以下で、
行動群の HbA1c の平均値
少であったがT検定では有意差はなかった。
行動群では、
では有意な改善は見られなかった。このことから考える
有意に 3 ヶ月後に 0.3%増加していた。体重は有意に増
と、運動療法で効果を期待するには、単に「歩きましょ
加または減少している群はなかった。
う」という歩行を薦めるのでなく、10,000 歩以上の歩行
か歩行速度や運動強度を考慮した指導が必要である。
(図1)HbA1c の変化(%)
10
2、初回に同じ指導をし、調査協力に同意をしたにもか
N.S.
かわらず、
実際に運動して記録できた人は 30 名中 9 名だ
9.5
9
p‹0.05
8.5
開始
1ヵ月後
3ヵ月後
6ヶ月後
8
7.5
7
った。良いと理解している行動でも、自己決定して行動
を起こし継続できる者は少ない。行動記録を書くという
一見簡単に見える行動でも実行とその継続は難しく、行
動変容は容易なことではないことがわかった。行動変容
6.5
を促すには、単にその行動がいいかどうかではなく、そ
6
行動群(n=9)
非行動群(n=14)
脱落群(n=7)
の個人にとっていいかどうかが重要であり、患者個人の
(図2)体重の変化(kg)
背景に合わせた強い動機付けと、中断予防の援助が必要
である。本調査において行動変容が見られなかったまた
( kg)
75
70
は行動変容が維持できなかった原因は、患者と指導者の
行動群女
行動群男
65
非行動群女
60
非行動群男
脱落群女
55
双方が運動の利益を追及するあまり、運動そのものも持
つ爽快感や楽しさを理解していなかったことも大きな原
因であろう。
Ⅵ.結語
6ヵ
月
後
後
月
3ヵ
1
ヵ
開
月
始
後
50
低い目標設定をしたにも関わらず、非行動群と脱落群
行動群の 1 日平均歩数と HbA1c 値を表 2 に示した。1
日平均 8047±1046 歩であった。1 日 10,000 歩以上歩い
た 2 名の HbA1c は 6.7%から 6.3%に、7.2%から 7.1%
にそれぞれ改善していた。8,000 歩以上では HbA1c は
6.9%から 7.2%とわずかに悪化、その他は不変 2 名、悪
が多かった。管理栄養士が栄養指導時に行なう簡単な運
動指導では、効果が現れるまでの運動指導をすることは
困難であった。しかし、管理栄養士は患者の生活状況を
よく情報収集しているので、患者の生活背景を考慮した
運動療法の支援は可能であると考える。調査終了後、治
療の動機付けと継続援助のために食事、運動、体重、血
化4名であった。
糖が1目でわかるノートを作成した。今後は、この効果
Ⅴ.考察
を検証したい。
1、行動群でも HbA1c と体重に大きな改善が見られなか
った。 しかし、1日 10,000 歩以上を実施した 2 名は
HbA1c の改善をみた 。日本糖尿病学会編「糖尿病治療ガ
イド」2008-2009 では、運動の負荷量として 1 日 10,000
歩を推奨している。佐藤ら2) の調査では 2 型糖尿病の入
Ⅶ.参考文献
1)科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン(改定
第2版),日本糖尿病学会編,南江堂,2007
2)佐藤祐造 編:糖尿病運動療法指導のてびき,南江
堂,98~99,2001,
院患者に歩数計を用いて1日10,000歩歩いた群は食事療
法だけの単独群よりもインスリン抵抗性を有意に改善し
(表 2)行動群の 1 日平均歩数と HbA1c(%)の変化
K1
K2
K3
K4
K5
K6
K7
K8
K9
歩数
6709±493
8378±633
5269±346
7875±1133
5622±2269
5112±515
12613±769
4871±1385
15984±1874
開始時
5.9
7.2
7.1
6.9
7.2
8.4
7.2
7.5
6.7
1 ヵ月後
5.9
7.2
7.1
6.9
7.2
8.3
7.5
7.5
6.7
3 ヵ月後
6
7.6
7.5
6.9
7.4
8.6
7.4
7.7
6.6
6 ヵ月後
5.9
7.5
7.9
7.2
7.3
8.4
7.1
8.3
6.3
目次
Ⅰ.
緒言
背景
1、日本における糖尿病患者の増加・・・・・・・・・・・・・1
2、日本国民の運動実践状況
・・・・・・・・・・・・・・・1
3、糖尿病治療における食事療法と運動療法の効果・・・・・・2
4、認知行動療法を用いた運動療法・記録式運動療法・・・・・3
5、管理栄養士の糖尿病療養指導の現状・・・・・・・・・・・4
Ⅱ.問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
Ⅲ.本研究の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
Ⅳ.方法
1、対象者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
2、調査方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
3、運動指導の内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
4、測定および解析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
Ⅴ.結果
1、対象者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
2、行動群、非行動群、脱落群の検査結果の比較・・・・・・・6
3、行動群の歩数・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
4、行動群での個人別検査データ・・・・・・・・・・・・・・7
Ⅵ.考察1~2・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
Ⅶ.結語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
Ⅷ.参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
研究名:管理栄養士が行う糖尿病患者への運動指導において記録式運動療法を取り入れ
た場合の HbA1c 値、体重に与える効果
Ⅰ.緒言
背景
1、日本における糖尿病患者の増加
2007 年国民健康・栄養調査(厚生労働省)によると、
「糖尿病が強く疑われる人」
(HbA1c 6.1% 以上または糖尿病と答えた人)は約 820 万人、「糖尿病の可能性が
否定できない人」(HbA1c 5.6% 以上 6.1%未満)は約 1,320 万人で、糖尿病の該当
者かその予備群と推定された人の合計は約 2,240 万人に上った。2002 年調査の約
1,620 万に比べ 620 万人(27.7%)増加した。特に、日本人の糖尿病の大部分を占
める2型糖尿病の増加は、生活様式の欧米化(高脂肪食と運動不足)が原因である
といわれている。同調査によると、総摂取エネルギーのうち脂肪からのエネルギー
の比率である脂肪エネルギー比は男性 20.6%、女性 28.1%で年々増加している。こ
のような糖尿病患者の増加は、国民医療費の増大につながり社会問題である。2004
年度の厚生白書によると、国民医療費 31.5 兆円のうち糖尿病関連の医療費は 1.9 兆
円(6%)であった。また、糖尿病の合併症である糖尿病網膜症からの失明や糖尿
病腎症からの人工透析は、医療費の増加だけでなく、患者のQOLを著しく低下さ
せる。糖尿病予備軍の発症予防と「軽い糖尿病」といわれる人たちの合併症予防が
大切であると言われている。
2、日本国民の運動実践状況
2006 年社会生活基本調査(総務省)では、最近一年間でスポーツを行なった人の
割合は 20 歳以上の人で男性 68.0%女性 58.2%で、種類別では「ウォーキング・軽
い体操」がもっとも多かった。1 週間にスポーツを行なう時間は、20 歳代男性 1.15
時間0.31 時間、30 代男性 1.04 時間、女性 0.44 時間、40 歳代男性 1.11 時間、女性
0.52 時間、60 歳代男性 2.54 時間、女性 1.43 時間、70 歳代 2.25 時間、女性 1.01
時間であった。これを 1 日に換算すると、20 歳、30 歳代 6 分、40 歳 7 分、50 歳代
10 分、60 歳代 17 分、70 歳代 14 分であった。また、2007 年国民健康・栄養調査
(厚生労働省)では、日常生活における 1 日の歩数の平均値は、男性 7,321 歩、女
性は 6,267 歩で、「健康日本 21」1)の目標値である男性 9,200 歩、女性 8,300 歩に
達成していない。また、運動習慣のあるものは、40 歳代の男性 21.6%、女性 16.1%、
50 歳代 21%、24.7%、60 歳代 36.3%、40%であり、40 歳代、50 歳代では運動を習
慣化している人は少ない。そこで、国では安全で有効な運動を国民に普及すること
を目標に 2006 年に健康づくりのための運動指針 2006~生活習慣病予防のために~
<エクササイズ 2006>を策定した。このガイドは、健康な成人を対象に作られたも
ので、現在の身体活動量や体力の評価、それを踏まえた目標設定の方法、個人の身
体特性及び状況に応じた運動内容の選択、それらを達成するための方法が具体的に
示された。2)しかし、生活習慣病予防に策定された「健康日本21」「エクササイ
ズガイド 2006」のどちらも広く国民に認知されているとは考えにくい。3)
1
3、糖尿病治療における食事療法と運動療法の効果
科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン4)によると、「食事療法はすべての糖
尿病患者において治療の基本であり、食事療法の実践により、糖尿病状態が改善さ
れ、糖尿病合併症のリスクは低下する。個々人の生活習慣を尊重した個別対応の食
事療法が治療開始と持続に必要である。」「摂取栄養量は、血糖値、血圧、血清脂質
のコントロール、体重、年齢、性別、合併症の有無、身体活動や従来の食事摂取量
などを考慮して主治医が決定する。摂取成分量は指示エネルギー量の 50~60%以下
を炭水化物とし、たんぱく質は標準体重1kg あたり 1.0~1.2g、残りを脂質で摂取
する」とある。しかし、食事療法が糖尿病治療に有効である5)という論文は多くな
い。食事療法は、患者個人や、食物、状況などが常に一定ではないので、科学的に
証明することが難しいからと考える。しかし、糖尿病発症の因子といわれている過
食、肥満の是正と、合併症予防のための血糖、血圧、血中脂質の良好な維持のため
の食事は治療に不可欠であると考える。そこで、患者自身が適正エネルギー量の食
事、栄養素のバランスの良い食事、規則正しい食事が実践できるよう食事指導が行
なわれる。適正エネルギーとは、適正体重の維持と日常生活を健全に過ごすための
最低必要量である。適正体重を維持することは、インスリンの需要量を減らし、イ
ンスリン作用不足を改善する。栄養素のバランスは、3大エネルギー比率を適正に
保ち、ビタミン、ミネラルの適正補給をする。特に、エネルギー制限をすると、ビ
タミンやミネラルの摂取量の不足することがある。合併症予防のために、高中性脂
肪血症には、飽和脂肪酸やショ糖や果糖の摂取を減らし5)、高コレステロール血症
の場合は、摂取コレステロールを1日 300mg6)以下にする。食物繊維は、食後の血
糖上昇を抑制し、血清コレステロールの増加を防ぎ、便通を改善させるので、1日
20~25g6)を摂るようにする。糖尿病では高血圧の合併頻度が高く、高血圧は糖尿
病腎症の悪化要因であり動脈硬化性血管障害の危険因子でもある。高血圧患者の食
塩量は1日6g未満を推奨する。6)規則正しい食生活は、食後の血糖値の変動を少
なくし、高血糖や低血糖を避けることを心がける。3 食の量を均等に分割し一定の
時間をあけて規則正しくとる。間食や飲酒、外食の摂り方を指導する。
一方、科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン4)の運動療法よると、「2型糖
尿病患者では基本的治療として、日常生活の中で段階的に運動量を増やしていき、
それを継続することが重要である。2型糖尿病患者に置いては、運動により心肺機
能の改善、血糖コントロールの改善、脂肪代謝の改善、血糖低下、インスリン感受
性の増加が認められ、食事療法と組み合わせることによりさらに高い効果が期待で
きる」とされている。8 週間以上の運動療法を行なった研究のメタアナリシスでは、
平均して運動強度が中等度(最大酸素摂取量 50%程度)の運動 1 回約 50 分間、週
に3~4階、18 週間行なった場合、有意な体重減少は認めらないにも関わらず、
HbA1c は有意に改善(-0.66%)した。7)運動療法の急性効果は、骨格筋内へのグ
ルコースの取り込み促進作用と骨格筋内での脂肪酸燃焼促進作用で血糖が低下する。
慢性効果では骨格筋内での脂肪酸燃焼が亢進されるために肝臓での中性脂肪の蓄積
が抑制される。脂肪細胞への中性脂肪含量が減り脂肪細胞が小型化すると善玉アデ
ィポサイトカインは増加し、悪玉アディポサイトカインは減少する。全身レベルで
2
インスリン抵抗性が改善される。8)運動量は患者個人にあった運動強度と運動量が
推奨されるが、日本糖尿病学会では歩行運動では 1 回 15~30 分間、1 日 2 回、1 日
の運動量としては歩行 1 万歩、消費エネルギーとしては 160~240kcal 程度として
いる。糖尿病治療における運動療法は、血糖値の改善ばかりでなく、加齢による筋
萎縮や骨粗鬆症の予防、爽快感や気分転換など日常生活のQOLを高める効果もあ
る。
4、認知行動療法を用いた運動療法・記録式運動療法
「認知行動療法」は、人間の思考・行動・感情の関係性に焦点を当て、学習理論を
はじめとする行動科学の諸理論や認知・行動変容の諸技法を用い、思考・行動様式
を修正し症状や問題を解決していく治療である。これまで、うつ病、パニック障害
等の治療法に用いられ、多くの効果が実証されている。9)近年、生活習慣病予防に
も有効であるといわれている。中でも運動療法は、患者の心理を変化ステージで考
え、介入すると行動変化の促進率が高く後戻りが少ないといわれている。10) 心理
の変化ステージの5段階とは、①前熟考期:行動変化を考えていない。②熟考期:
行動変化の意義は理解。行動変化なし。③準備期:患者なりの行動変化。すぐに開
始。④行動期:望ましい行動/6ヶ月以内。⑤維持期:望ましい行動/6ヶ月を超
える。運動指導に適した行動科学の技法(表1)と各期の介入方法(表2)を示し
た。11)
(表1)運動指導に適した行動科学の技法
技法
内容
運動習慣のステージ
行動変容の準備性に応じた指導を行う
目標設定
これから実施していく運動の内容を具体的な目標として定める
セルフモニタリング
自分自身の行動を記録する
シェイビング
簡単な行動から始めて、少しずつ目標とする行動に近づけていくこと
モデリング
運動を実施している人を観察して学習すること
利益不利益分析
自分にとっての運動の利益や不利益について検討すること
刺激統制法
運動を実施しようと思う刺激を増やすこと
オペラント強制法
運動した後によい結果(賞賛,ご褒美,気持ちよさなど)が得られるように工夫すること
社会的支援
運動を理解してくれたり、励ましてくれたり、一緒に実施してくれたりしてくれる人を
増やすこと
コミットメント
運動することを宣誓すること
ポジティブ・セルフトー
前向き、建設的に考えるようにすること
ク
逆戻り防止法
運動をやめてしまいそうになる機会を予測して、対策を立てること
(一部改変)
(表2)各期の介入方法活用例
行動変容技法
目標設定
無関心期
関心期
準備期
実行期
維持期
○
◎
◎
○
3
セルフモニタリング
○
シェイピング
◎
◎
○
◎
○
◎
モデリング
○
◎
◎
利益不利益分析
◎
◎
○
刺激統制法
○
○
◎
◎
○
◎
◎
○
◎
オペラント強化法
社会的支援
○
◎
◎
コミットメント
○
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
ポジティブ・セルフトーク
逆戻り防止法
◎:活用が推奨される
○:状況に応じて活用が推奨される
一方、糖尿病は「教育の病気」といわれるように、糖尿病治療に患者教育は不可欠
である。糖尿病の患者教育は、医療者の一方的な説明に終わることなく、患者自身
が糖尿病をよく理解したうえで、治療に適した行動を身につけ、自立的にその行動
を維持して症状改善をはかるセルフコントロール力をつけることが糖尿病教育であ
る。前述の「認知行動療法」の考え方を取り入れた糖尿病教育は指導効果が高いと考
える。セルフコントロールを実践する上で、セルフモニタリング(自己行動記録)
は客観的に自身の行動を把握でき、記録は運動継続の動機付けとなる。そして、そ
の記録をもとに、さらに的確な援助が可能になる。
5、管理栄養士の糖尿病療養指導の現状
糖尿病治療に栄養士が参画し始めたのは、昭和 30 年ごろからといわれ、長い歴史を
持つ。診療報酬上では、栄養・食事指導業務は管理栄養士の独占業務である。2007
年現在の診療報酬点数は個人指導が 130 点(1 点 10 円)、集団指導が 80 点である。
しかし、糖尿病は、医師、栄養士ばかりでなく糖尿病の専門研修をうけた看護師、
薬剤師、臨床検査技師、理学療法士などがチームを組んで療養指導をするとより指
導効果が上がるということから、2001 年日本糖尿病療養指導士認定機構による糖尿
病療法指導士(以後CDE)制度が発足した。2008 年 6 月現在CDEは 13643 人、
うち管理栄養士・栄養士は 3208 人である。看護師の 6719 人についで 2 番目に多い
職種である。日本糖尿病療養指導士認定機構が医療法上の保険点数を考慮して作っ
た療養チームの役割分担(例)
(表3)を示す。管理栄養士・栄養士は、食事という
生活の基本に深く関わることから、運動を含む生活全般の指導と実践という役割が
示されている。糖尿病治療において、管理栄養士・栄養士に期待される部分は大き
い。しかし、日常の限られた時間の栄養指導業務の中で、その役割を十分に果たす
ことが困難な場合もある。特に、運動指導は、患者個々への運動量の決定や評価方
について管理栄養士は養成過程での教育を受けていないことから具体的な指導が実
施されていないこともある。
4
(表3)糖尿病療養指導チームメートの役割分担(例)
管理栄養士
医師
看護師
臨床検査
薬剤師
・栄養士
○
○
理学療法士
技師
自己管理の意識付け
○
○
○
食事療法
○
○
栄養管理と評価
○
○
献立等の理論と実践
○
○
運動療法
○
○
インスリンと自己注射
○
○
服薬指導
○
血糖自己測定
○
○
生活指導
○
○
○
療養指導の計画つくり
○
○
○
○
○
○
療養指導の評価
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
(糖尿病療養士受験ガイドブック 2002)12)
Ⅱ.問題の所在
以上のことから、増え続ける糖尿病患者への重症化予防は、医療費削減と患者のQ
OLの維持のために急務である。Kumamoto Study13) では、HbA1c 6.5%以下で
は、最小血管合併症の出現の可能性が少ないといわれている。血糖コントロールを
良好に保つために、私たち管理栄養士は、チームの一員として食事指導だけでなく
運動指導についても、積極的に且つ効果的に行っていかなくてはならない。特に、
糖尿病治療に有効であるといわれながら、患者の実行率は高くない14)といわれる
運動療法について、管理栄養士が栄養・食事指導時にできる運動指導法を考え、そ
の効果を明らかしなくてはならない。
Ⅲ.本研究の目的
運動療法の重要性を理解しているが、実行に至らない患者に対して、記録式運動療
法「行動記録表」を用いて運動指導を強化した。運動療法が HbA1c 値、体重に与
える効果について検討する。
Ⅳ.方法
1、対象者
S病院(東京都新宿区)に通院する 2 型の糖尿病患者
2008 年 4 月の時点で 6 ヵ月間以上管理栄養士による栄養・食事指導を受け、主治医
から運動を許可された者
できることがあればやってみたい熟考期の患者、または時々運動をする準備期の患
者
研究参加に対して、本人から同意が得られた者
薬物療法の内容は問わない
5
2、調査方法
2008 年 4 月から 6 月の間に受診した患者で、S病院の糖尿病専門外来で定期的に管
理栄養士が栄養指導を実施している患者に対して、栄養指導時に運動指導をあわせ
て実施した。その中で、毎日運動してみると自己決定した者を対象に、体重と歩数
を記録する行動記録表を渡し、歩数計の携帯を約束した。定期受診の際に行動記録
表を持参してもらい、6 ヶ月間運動継続の援助を行った。同意から 6 ヶ月間行動記録
表を記入できた群(行動群)、同意はしたものの 1 日も記入できなかった群(非行動
群)、数ヶ月は記入できたものの 6 ヶ月前に挫折した群(脱落群)とし指導開始1ヵ
月後、3 ヵ月後、6ヶ月後の HbA1c 値と体重を開始前と比較した。
3、運動指導の内容
運動指導は、次のとおり行った。①運動の意義と具体的な効果について改めて説明
した。②万歩計の携帯を薦めた。③「行動記録表」
(図1)に、歩数と体重を毎日記
入することを約束した。④目標は、8,000 歩以上とし、無理ならば日常の歩数に 2,000
歩プラスとした。1 日のどのタイミングで歩くかは、あえて指導しなかった。⑤栄養
指導時に行動記録表を確認し継続の援助をした。
4、測定および解析
体重は当院で測定した値。歩数計は各自のものを使用して歩数は各自の自己申告。
HbA1c は S 病院検査部の値を使用した。解析は、SPSS
V.15、エクセル2
003を使用した。
体重は、自宅の体重計で起床して排尿後と就寝前の測定値を「行動記録表」に各自
記入してもらっていたが、結果をまとめるにあたっては、外来受診時に当院で測定
した体重を使用した。
Ⅴ.結果
1、対象者
開始時の対象者は 30 名(男 12 名、女 18 名)、平
mean±SD
(表4)対象者
均年齢 63.7 歳(±10.2)、最小 42 歳、最高 78 歳で
あった(表4)。HbA1c は平均 7.5%(±1.4)最小
4.9%、最高 10.8%、体重女性平均 60.8 kg(±10.1)、
最小 47.8kg。最大 87.0kg、男性平均 69.2 kg(±
男 12 名
女 12 名
年齢(歳)
62.2±11.7
64.4±9.3
体重(kg)
69.2±10.8
60.8±10.1
HbA1c(%)
7.4±1.2
7.5±1.5
10.8)、最小 55.7kg、最大 7.9kg であった。
2、行動群、非行動群、脱落群の検査結果の比較
開始時 30 名のうち、6 ヶ月間「行動記録表」を記録できた運動群は 9 名(男 5 名、
女 4 名)、1 日も記入できなかった非行動群 14 名(男 7 名、女 7 名)、6 ヶ月間続か
なかった脱落群 7 名(女 7 名)であった。各群の指導 1 ヵ月後、3 ヵ月後、6 ヶ月
の HbA1c、体重の変化を(図2、図3)に示した。
HbA1c は 3 群で有意に減少した群はなかった。脱落群で-0.6%の減少であったが
T検定では有意な差ではなかった。行動群では、逆に有意に 0.3%増加していた。体
重においても有意に増加または減少している群はなかった。
6
(図2)HbA1c の変化(%)
10
(図3)体重の変化(kg)
N.S.
75
9.5
9
8.5
(k g )
行動群女
70
p‹0.05
開始
1ヵ月後
3ヵ月後
6ヶ月後
8
7.5
7
行動群男
65
非行動群女
60
非行動群男
55
脱落群女
50
3、行動群の歩数
行動群 9 名の個人別 1 日平均歩数を
(図4)示した。個人別では 10,000
歩以上が 2 名、8,000 歩以上が 1 名、
5,000 歩以上 8,000 歩未満が5名、
5,000 歩未満 1 名であった。
後
後
ヵ
月
ヵ
月
6
3
脱落群(n=7)
ヵ
非行動群(n=14)
1
行動群(n=9)
月
開
6
後
始
6.5
(図4)行動群の個人別 1 日平均歩数(歩)
20000
(歩)
18000
16000
14000
12000
10000
8000
6000
4000
2000
0
K1
K2
K3
K4
K5
K6
K7
K8
K9
4、行動群での個人別検査データ
行動群の歩数と検査値の関係をみた。1 日 10,000 歩以上歩いた 2 名の HbA1c と歩
数を示した(図5、図6)。K9の HbA1c は 6.7%から 6.3%に改善した。K9は、
目的を決めてその達成度を自ら評価していた。K7の HbA1c は 7.2%から 7.1%に
改善していた。K7が 10,000 歩以上歩くのは運動療法ではなく、夫の墓参りに行く
手であった。8,000 歩以上の K2の HbA1c と歩数を示した(図7)。K2の HbA1c
は 6.9%から 7.2%わずか悪化し、その他は不変 2 名、悪化4名であった。
Ⅵ.考察
1、行動群でも HbA1c と体重に大きな改善が見られなかった。 しかし、1日 10,000
歩以上を実施した 2 名は HbA1c の改善をみた 。日本糖尿病学会編「糖尿病治療ガ
イド」2008-2009 では、運動の負荷量として 1 日 10,000 歩を推奨している。佐藤
ら15) の調査では 2 型糖尿病の入院患者に歩数計を用いて 1 日 10,000 歩歩いた群は
食事療法だけの単独群よりもインスリン抵抗性を有意に改善したとある。また、石
井ら16)の調査によると、2 型糖尿病患者に 8 週間にわたり 1 日 30 分のジョギング
か速歩を中心とした有酸素運動を行ったところインスリン抵抗性を改善し HbA1c
の低下したとある。本調査では1日 10,000 歩以上の実施者は 2 名の他 7 名が 10,000
歩以下で、行動群の HbA1c の平均値では有意な改善は見られなかった。このことか
ら考えると、運動療法で効果を期待するには、単に「歩きましょう」という歩行を
薦めるのでなく、10,000 歩以上の歩行または歩行速度や運動強度を考慮した指導が
必要である。
2、初回に同じ指導をし、調査協力に同意をして「行動記録表」を持って帰ったに
もかかわらず、実際に運動して記録できた人は 30 名中 9 名だった。良いと理解し
7
ている行動でも、自己決定して行動を起こし継続できる者は少ない。行動記録を書
くという一見簡単に見える行動でも実行とその継続は難しく、行動変容は容易なこ
とではないことがわかった。行動変容を促すには、単にその行動がいいかどうかで
はなく、その個人にとっていいかどうかが重要であり、患者個人の背景に合わせた
強い動機付けと、中断予防の援助が必要である。2 年間の運動カウンセリングを通
じて、良好な血糖コントロールが得られた研究17)では、運動の利益の説明による
動機付け、段階的運動量増加によるセルフエフィカシーの増加、楽しさ感の増加、
友人や家族のサポート、患者の信念の確認、障害を乗り越える方法の発見、運動日
誌の 7 点に絞って援助をしたとある。本調査において行動変容が見られなかったま
たは行動変容が維持できなかった原因は、患者と指導者の双方が運動の利益を追及
するあまり、運動そのものも持つ爽快感や楽しさを理解していなかったことも大き
な原因であろう。
Ⅶ.結語
低い目標設定をしたにも関わらず、非行動群と脱落群が多かった。管理栄養士が栄
養指導時に行なう簡単な運動指導では、効果が現れるまでの運動指導をすることは
困難であった。しかし、管理栄養士は患者の生活状況をよく情報収集しているので、
患者の生活背景を考慮した運動療法の支援は可能であると考える。調査終了後、治
療の動機付けと継続援助のために食事、運動、体重、血糖が1目でわかるノートを
作成した。今後は、この効果を検証したい。
(図1)「行動記録表」
8
図5
HbA1c と歩数の変化(K9)
HbA1cと歩数の変化(K9)
(%)
10
9.5
9
8.5
8
7.5
7
6.5
6
5.5
5
平均歩数
HBA1c
6
5
4
3
2
1
開始
1ヵ月後
2ヵ月後
3ヵ月後
4ヵ月後
5月後
6ヵ月後
(歩)
16000
14000
12000
10000
8000
6000
4000
2000
0
図6
HbA1c と歩数の変化(K7)
HbA1cと歩数の変化(K7)
(歩)
(%)
10
9.5
9
8.5
8
7.5
7
6.5
6
5.5
5
平均歩数
HBA1c
6
5
4
3
2
1
開始
1ヵ月後
2ヵ月後
3ヵ月後
4ヵ月後
5月後
6ヵ月後
16000
14000
12000
10000
8000
6000
4000
2000
0
図7
HbA1c と歩数の変化(K2)
HbA1cと歩数の変化(K2)
(歩)
16000
14000
12000
10000
8000
6000
4000
2000
0
(%)
平均歩数
HBA1c
5月後
6ヵ月後
4ヵ月後
2ヵ月後
3ヵ月後
1ヵ月後
開始
1
2
3
4
5
6
10
9.5
9
8.5
8
7.5
7
6.5
6
5.5
5
9
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