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大気圧ヘリウムプラズマジェット照射による種子の発芽

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大気圧ヘリウムプラズマジェット照射による種子の発芽
特別研究報告
題目
大気圧ヘリウムプラズマジェット照射による
種子の発芽促進効果
Promoting Effects on Seed Germination of
Atmospheric-Pressure Helium Plasma Jet Irradiation
報告者
学籍番号 : 1175054
氏名 : 櫻本 幸大
指導教員
主査
副査
八田 章光 教授
古田 寛 准教授 山本 真行 教授
平成 27 年 2 月 12 日
高知工科大学 大学院
工学研究科 基盤工学専攻
電子・光システム工学コース
【目次】
第 1 章 研究の背景と目的
1-1 背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
1-2 本研究の目的と論文の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
第2章
2-1
2-2
2-3
2-4
大気圧プラズマジェット
構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
発光スペクトル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
電圧電流特性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
水量の減少・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
第 3 章 プラズマ照射による種子の発芽促進
3-1 プラズマ照射による種皮の変化・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
3-2 種子の発芽・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12
3-2-1 カイワレ大根の種子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12
3-2-2 メロンの種子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
3-3 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
3-3-1 大気圧プラズマジェットが種子へ物理的に及ぼす影響・・・・・・16
3-3-2 大気圧プラズマジェットが種子の成長促進に及ぼす影響・・・・・17
第 4 章 プラズマ処理水による種子の発芽への影響
4-1 プラズマ照射による水質変化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
4-2 最適な処理条件・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20
4-2-1 距離依存性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20
4-2-2 時間依存性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
4-2-2 水量依存性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
4-3 種子への影響・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
4-4 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29
4-4-1 大気圧プラズマジェットが蒸留水に与える影響・・・・・・・・・29
4-4-2 プラズマ処理水が種子に与える影響・・・・・・・・・・・・・・31
第 5 章 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33
業績・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35
謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36
第1章
研究の背景と目的
1-1 背景
物質は加熱していくと固体、液体、気体へと状態を変化させていく性質があり、こ
の 3 つの状態のことを物質の 3 態という。更に気体を過熱していくと、物質を構成し
ている原子及び分子の運動が活発化し、衝突を繰り返すことで電離を起こし、気体原
子または分子は、電子とイオンに分かれて激しく運動をする状態へと移行する。この
様に正と負の荷電粒子群を含みつつ、全体として電気的にほぼ中性である粒子の集団
から構成される気体がプラズマであり、物質の第 4 の状態とも言われている。プラズ
マは熱的、電磁気的、科学的および光学的に特異な性質を有しており、これらの特性
を生かした動植物へ及ぼす影響については、技術が発達する前から経験的に知られて
おり、系統的な研究も 18 世紀の時点で行われている[1]。動植物以外でもエネルギー、
物質材料、宇宙など非常に広い分野で用いられているプラズマ工学だが、近年では低
温プラズマとも呼ばれる大気圧プラズマに大きな期待が高まっており、精力的に研究
が進められている。
大気圧プラズマとはその名の通り、大気圧下で発生させたプラズマで、ラジカル、
励起原子、高速電子といった多種類の活性種が高密度に存在するため、通常のガスと
は全く異なった特性を示す。技術的な特徴は、大気圧で生成できるために高価である
真空装置が不要で構成が簡単に済む事、低温で放電損傷がないことから高密度なプラ
ズマを処理対象物に直接照射できる事、真空中ではなく大気中で生成できる事から適
用対象が拡大する事、処理時間を短縮できることが挙げられる。その特徴を生かして
医療や農業といったバイオ分野での応用が盛んとなっており、植物の発芽および成長
促進制御[2-5,10]を始め、鮮度保持[5-6]、液体や食物の殺菌 [5,7-9]などの活用が研究
されている。プラズマプロセスは半導体,金属,ポリマーを基板材料として用いた時
と基本的に同じと考えられるが、バイオ・医療応用におけるプロセスにおける大きな
違いは、対象物が微生物や細胞などの複雑な分子組成をもち、生物的な機能を有する
材料である点である。
現在は、2050 年に向けて世界人口が 27 億人増加、総人口が 90 億人に達するという
予測結果が出ており、人口増加による食糧不足などが問題となっている。土地当たり
の食糧生産が人口の増加に追いついていない以上、遠くない未来に世界的な食糧危機
へと陥る事は明白である[10]。現在の世界の食糧危機は原油高、バイオ燃料、食品市
場や異常気象、耕作競争といった要素が複合した結果である。世界の食糧危機に対す
る一つの解決策は幾つかの手段で農業の生産性を改善することである。それを改善す
る手段として、農学分野におけるプラズマ工学は昨今に渡り研究が続けられている。
ただし一部実用化されているものを除き、大半は未だ農業生産の場に生かされていな
いのが実情である。
1
1-2 本研究の目的と論文の構成
一般的に植物の発芽には水・温度・酸素が必要となるが、この要素の中で大気圧プ
ラズマジェットを照射することが可能なのは「種子」と「水」である。本研究の目的
は、植物の種子や蒸留水に大気圧プラズマジェットを照射し、それによって引き起こ
される変化を調査することと、それらが種子の発芽に与える影響・効果を明確にする
ことである。
論文の構成について述べる。第 1 章では序論として、プラズマの性質や特徴、応用
における問題点について触れ、本研究の目的を示す。第 2 章では、本研究で使用した
実験方法について説明する。第 3 章では、大気圧プラズマジェットを種子に照射する
事で起きる変化や発芽促進について考察する。第 4 章では、大気圧プラズマジェット
を蒸留水へ照射する事で起きる変化について調べ、それを種子に用いた時の様子につ
いて考察する。第 5 章では各章での考察を元に結論を示す。
2
第2章
大気圧プラズマジェット
本章では大気圧プラズマ放電の一種類である大気圧プラズマジェットを作るため
に必要な放電装置について述べる。
2-1 構成
本研究で用いた大気圧プラズマ放電装置を構成する機器類を表 1、装置の外観を図
2.1、概略図を図 2.2 として示す。大気圧プラズマジェットを発生させるために必要な
のは放電ガスと高電圧である。放電ガスは He、電圧は 7kV で統一した。
表1
大気圧プラズマジェット放電装置に用いた機器類
名称
High voltage amplifier
(高電圧電源)
Digital function generate
(信号発生器)
Oscilloscope
(オシロスコープ)
High voltage probe
(高電圧プローブ)
Flow meter(He)
(フローメーター)
メーカー
型番
仕様
MATSUSADA
HEOPT-10B10
0 ~ 20 kV
NF
WF1943
0.01μHz~15 MHz
Tektronix
TDS2014B
100 MHz
1 GS/s
Tektronix
P6015A
20 kV dc
75 MHz
1000x
YAMATO
FS-25
0 ~ 25 slm
大気圧プラズマジェットを発生させる方法は複数あるが、本研究ではガラス管と外部電極
を用いた誘電体バリア放電(Dielectric Barrier Discharge, DBD)で発生させる[11]。放電ガス
に用いたHeガスには
① イオン化エネルギーは 24.5eV と全気体中で最も高いが、そのすぐ下に 19.8eV の
準安定状態があるので持続放電中では電離には実質約 4eV しか必要としない[12]
② 単原子分子なので振動・回転などのエネルギーロスが少ない
③ 小さな原子なので平均自由行程が長い
④ 熱伝導率が高い
⑤ ガスとしての冷却効果が高い
という特徴がある。ガス圧力は 0.1MPa(大気圧)に固定、フローメーターを調節
して流量を 5slm に固定し、ノズル(2.4mm)から He ガスが流出している事を確認した。
3
電源側の高電圧を 7kV、周波数を 10kHz へ設定する事で矩形波高電圧を発生させ、
大気圧プラズマジェットを作る。発生したばかりの大気圧プラズマジェットは放電ガ
スとガラス管やガスチューブ内に充満している大気の混合状態として発生、不安定と
なっている。そのため、15 分から 20 分ほど放置して放電が安定状態になるのを待つ。
これで大気圧プラズマ放電装置の用意は終了となる。
図 2.1
大気圧プラズマジェット放電装置の外観(左:電源
図 2.2
右:ノズル)
大気圧プラズマジェット放電装置の概略構成図
4
2-2 発光スペクトル
前項の条件において発生させた大気圧プラズマジェットの写真を図 2.3 として示す。
ノズルから大気中にプラズマが噴出している様子がわかる。プラズマジェットはノズ
ル内では主にピンク色の発光が見られるが、ノズル外では紫色の発光が見られている。
なお、プラズマジェットの全長はノズル先端から約 15mm である。この全長はガス流
量や放電電圧などの条件を変えることによって変動する。
図 2.3
本研究に使用する大気圧プラズマジェット
大気圧プラズマジェットの発光からプラズマ中の成分を明確にした。測定には USB
で PC 接続できるファイバマルチチャンネル分光器(USB-4000, Ocean Optics, 測定波
長範囲 200-1100nm)と光ファイバを用いた。
大気圧プラズマジェットの発光スペクトルを図 2.4 として示す。同図に示している
通りヘリウムイオン He+(707nm)、励起したヘリウム原子 He*(471nm, 587nm)、窒素分
子イオン N2+(391nm, 408nm)、励起した窒素分子 N2*(315nm, 337nm, 357nm)、励起した
酸素原子 O*(777nm)の他、309nm 前後に OH ラジカルの発光ピークを確認することが
出来た。
He+と He*は放電に用いた原料である He ガスが起源であり、ノズル内の発光がピン
ク色であることからノズル内に存在するプラズマの主成分となっていることが分か
った。対する N2+、N2*、O*はガスチューブやガラス管内には殆ど存在していないと考
えられるため、ノズル外の大気中に存在する窒素と酸素が起源であり、ノズル外の発
光が紫色であることからも大気の大部分を占める窒素が主成分となっている。
OH ラジカルは高エネルギー電子によって大気中に存在する水分子 H2O が分解され
て発生したものと考えられる。H2O が H と OH へ分解されるには 5.1eV のエネルギ
ーが必要となるが、一般的に大気圧プラズマジェット内の電子は 10eV 前後のエネル
ギーを持っている事が知られており、OH ラジカルへ分解するには十分な値であると
言える。
5
図 2.4
大気圧プラズマジェットの発光スペクトル
次に、発光スペクトル内における OH ラジカルのピークを抜き出し、測定で得た値
と幾つかの理論値(300K, 400K, 1000K)を比較する事で、大気圧プラズマジェットが有
しているガス温度について調べた[13]。
実験値と理論値を比較したグラフを図 2.5 として示す。比較した結果、実験値は
300K の理論値とほぼ一致した。300K を温度に変換すると 27℃である事から、大気圧
プラズマのガス温度は常温に近い状態であることが分かった。
Intensity (arb. units)
500
400
300
experiment
APPJ
simulation
300K
400K
1000K
200
100
0
306
307
308
309
310
311
Wavelength (nm)
図 2.5
OH ラジカルの発光スペクトルと理論値の比較
6
2-3 電圧電流特性
プラズマ生成時における大気圧プラズマジェットの電圧電流特性の波形を図2.6と
して示す。左が放電電流の縦軸、右が放電電圧の縦軸である。この時、高電圧プロー
ブを介してオシロスコープで確認される電流値は、放電電流と電損等の浮遊容量によ
る充放電電流が混ざっている状態(合計電流値)である事に注意しなければならない。
正確な放電電流を測定する場合、大気圧プラズマジェットを発生させていない状態の
電流を測定し、発生させている時の合計電流値から減算する必要がある。
H7kVの入力電圧に対して、振幅3.5kV及び周波数10kHzの矩形波高電圧が電極へ印
加されていることが分かる。これにより放電電圧と放電電流がパルス状になっている
ことと、1mA前後の放電電流で大気圧プラズマジェットが発生していることを確認し
た。
図 2.6
大気圧プラズマ放電装置の電圧電流特性
2-4 水量の減少
最期に、照射時間の変化に伴う水量の減少について述べる。実験において大気圧プ
ラズマジェットを照射する際、ペトリ皿(シャーレ)の蓋が開いている事で発生する
蒸発や、ガスジェット照射による乾燥の影響により、時間に比例して水量が減少して
しまう。減少の程度を調べるため、ペトリ皿の蓋を閉じた時の状態(Control close)、蓋
を開けた時の状態(Control open)、大気圧プラズマジェットを照射した状態(Plasma
15mm 及び Plasma 30mm)、放電させずにガスジェットを照射した状態(He gas 15mm 及
び He gas 30mm)の 6 種類のサンプルを用意し、60 分までの時間経過でどれ程の減少
が見られるのかを 10 分毎に測定した。なお、Plasma と He gas はノズル先端との距離
の程度によって水量の減少が変化する可能性があるため、15mm と 30mm で行った。
7
プラズマ照射における水量の減少を示したグラフを図 2.7 に示す。水量は 30 分の時
点で蓋を閉じている状態で 0ml、蓋を開けている状態で 0.1ml、He ガスジェットを照
射した状態で 0.5ml、大気圧プラズマを照射した状態で 0.6ml の減少を確認した。ノ
ズルとの距離の長短における減少は同程度で、大きな差異は見られない。以上の結果
から蒸発による減少が 0.1ml、ガスジェットやプラズマ照射における減少が 0.4ml か
ら 0.5ml であることが分かる。大気圧プラズマジェットを使用する際に照射対象が液
体の場合、この減少を考慮する。
3
DI water (ml)
2.5
2
1.5
1
0.5
0
0
Control close
Control open
Plasma 15mm
He gas 15mm
Plasma 30mm
He gas 30mm
10
図 2.7
20
30
40
Time (min)
時間変化による水量の変化
8
50
60
第3章
プラズマ照射による種子の発芽促進
本章では大気圧プラズマジェットが種子に及ぼす物理的な影響について調べた後、
実際の発芽促進にどの様な影響を与えるのかについて調べる。
3-1
プラズマ照射による種皮の変化
一般に植物の種子は、水、温度、酸素レベルなどの特定の環境条件が揃ってから発
芽する。種皮は環境、細菌、ウイルス粒子および菌類や昆虫といった外的からの感染
やダメージを遮断して種子を保護しており、成長するための条件が揃う時まで発芽を
遅らせている。そして発芽は種皮が吸収した水分が内部の芽へ浸透することによって
開始する。
過去には大気圧プラズマを用いて樹脂や金属、ポリマー材料に対する表面改質を行
い、濡れ性を向上させたという報告が挙げられている[14-15]。同様の表面改質効果が
植物でも得られるとするなら、種子の水分吸収を改善する事で発芽の開始を早め、成
長を促進させる手法になると考えられる。
大気圧プラズマジェットが及ぼす種子の物理的変化を調べるため、カイワレ大根の
種子表面へ大気圧プラズマジェットを照射した。実験には、カイワレ大根の種子(株
式会社トーホク 発芽率 90%以上 内容量 25ml)を用いた。大気圧プラズマジェット
をカイワレ大根の種子へ直接照射している写真を図 3.1 に示す。
図 3.1
カイワレ大根の種子への大気圧プラズマジェット照射
変化を調べるに当たり、初めは濡れ性について調べた。何も処理をしていない普通
の種子(a)と、ノズルから 15mm の位置に置いて大気圧プラズマジェットを 180 秒間照
射した種子(b)の 2 種類のサンプルを用意する。種子(b)へ大気圧プラズマジェット照
射後、種子(a)と種子(b)の上に 5µL の蒸留水の水滴を乗せ、浸透の様子を調べる。
それぞれの種子に水滴を乗せた時の様子の写真を図 3.2 として示す。水滴がほぼそ
のままの状態で乗っている種子(a)と比較して、種子(b)は大気圧プラズマジェットを
照射した面に置いた水滴が広がっている様な形状となっており、水が馴染んでいる様
9
子が見て取れる。このことから、大気圧プラズマジェットの照射により種皮表面の濡
れ性が向上し、水を吸収し易くなったことが分かる。
図 3.2
普通の種子(a)と大気圧プラズマを照射した種子(b)の濡れ性
次に、大気圧プラズマが種子の表面に与えた影響を調べるために電子顕微鏡(SEM)
で種子表面を観察する。電子顕微鏡で観察した種子の表面写真を図 3.3 として示す。
種子(b)の表面には裂傷などの有意な物理的損傷が見られず、大気圧プラズマ照射によ
るダメージを与えていない事を確認した。この事から 2 章で述べた大気圧プラズマが
処理対象に熱的損傷等を与えない低温状態であることが証明されている。なお、種子
(a)に亀裂が入っているが、これは電子顕微鏡資料室で真空排気したため、急激に膨張
したことによって発生した亀裂である。
図 3.3 電子顕微鏡による普通の種子(a)と大気圧プラズマを照射した種子(b)の表面
次に、大気圧プラズマジェットを照射した種子が実際に水分を吸収し易くなったの
かについて調べる。実験には何の処理も施していない普通の種子(control)と、ノズル
から 15mm の位置に置いて大気圧プラズマジェットを 60 秒間照射した種子(plasma)
をそれぞれ 10 個ずつ用意し、3ml の蒸留水が入ったペトリ皿(直径 55mm)の中に入れ
る。それから 1 時間毎に蒸留水を吸収した種子の質量を測定し、元々の種子の質量か
ら減算して吸収した蒸留水の水量を調べる。種子の質量の測定には電子天秤(OHAUS
AV212 Adventurer Pro)を用いて行う。
3 時間経過毎に蒸留水を吸収している種子の様子を図 3.4、時間経過における総合吸
収量を表すグラフを図 3.5、時間毎の吸収量を表すグラフを図 3.6 として示す。1 時間
の時点で control は 0.04ml、plasma は 0.09ml の蒸留水を吸収している。その後は互い
に 1h に 0.01ml から 0.02ml のペースを保って吸収し、吸収の総水量が 0.15ml に達し
10
て以降はそれ以上の吸収が見られなかった。この飽和に control が 8 時間で到達する
のに対し、plasma では 5 時間の時点から始まっている。種子 10 個における吸収の水
量が 0.15ml で止まった事から、1 つあたりの種子が吸収する水量は平均して 0.015ml
であると推測できる。plasma は control と比較して吸収が早い事が分かる。
以上の結果から、大気圧プラズマジェットを種子に直接照射すると種皮の吸水能力
を向上させる効果が得られた。
図 3.4
種子の水分吸収の様子
Volume water (ml)
0.15
0.1
0.05
control
plasma
0
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
Time(h)
図 3.5
種子(10 個)の総水分吸収
11
Volume water (ml)
0.1
control
plasma
0.08
0.06
0.04
0.02
0
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
Time(h)
図 3.6
種子(10 個)の時間毎の水分吸収
3-2 種子の発芽
3-2-1 カイワレ大根の種子
ここでは大気圧プラズマジェットを照射した種子の発芽促進について述べる。前項
にて大気圧プラズマを照射した種子は種皮の濡れ性を向上させ、水分を吸収しやすく
なる事が判明した。これが種子の発芽へどの様にして影響するかを調べていく。用意
するのは何の処理も施していない普通の種子(Control)と、大気圧プラズマジェットを
照射してから育てる種子(Plasma)の 2 種類のサンプルである。1 つのサンプルに用い
るカイワレ大根の種子の数は 30 個、与える蒸留水の水量は 1.5ml で一定にする。
実験手順について説明する。ペトリ皿(直径 85mm)の中に入れたキッチンペーパ
ー(市販 エルモア 強力吸収キッチンタオル)の上へ 30 個の種子を並べ、15mm の
距離から 24 時間毎に 60 秒間ずつそれぞれの種子に大気圧プラズマジェットを照射す
る。その後、カイワレ大根の育て方に沿ってキッチンペーパーに 1.5ml の蒸留水を染
み込ませた後、室温 25℃の部屋で光に当てない様に全ての種が発芽するまで観察する。
今回の実験では種皮が裂け、内部の芽が露出していた場合を発芽として数えた。
カイワレ大根の時間経過による発芽の様子を示した写真を図 3.7、発芽した種子の
総数を表したグラフを図 3.8、6 時間毎に発芽した種子の個数を表したグラフを図 3.9
として示す。発芽そのものは 48 時間の時点で両方が 100%となっているが、その過程
において、普通に育てた種子が 48 時間で発芽率 100%となったのに対し、大気圧プラ
ズマジェットを照射した種子は 42 時間の時点で発芽率が 100%となっている。また、
1 日目(0h から 24h の間)では種子の発芽促進に大きな変化が見られないものの、2
日目(24h から 48h の間)からは種子の発芽が活発となっていることが分かり、特に
12
24 時間から 30 時間の間にかけて 13 個、30 時間から 36 時間の間にかけて 12 個の種
子が発芽している。これは普通に育てた種子の 2 倍以上の発芽率である。
この結果から大気圧プラズマジェットを照射したカイワレ大根の種子の方の発芽
が早まっている事が確認できた。
図 3.7
時間経過によるカイワレ大根の種子の発芽
13
30
Number of seeds
control
plasma
20
10
0
0
図 3.8
6
12
18 24 30
Time(h)
36
42
48
時間経過によるカイワレ大根の種子の発芽した総数
Number of seeds
15
10
5
0
0
図 3.9
control
plasma
6
12 18 24 30 36 42 48
Time(h)
6 時間毎に発芽したカイワレ大根の種子の個数
3-2-2 メロンの種子
次にメロンの種子を使った実験を行う。手順は蒸留水を浸したキッチンペーパーを
敷いたペトリ皿(直径 85mm)を用意し、He ガスを 24 時間に 60 秒照射した種子
(Control)、大気圧プラズマジェットを種子全体に 24 時間毎に 60 秒間照射した種子
(Plasma(scan))、種子の先端に 24 時間毎に 60 秒間照射した種子(Plasma(point))の 3 種類
のサンプルを使い、24 時間毎に発芽の様子を観測する。種子は 20 個、水量は 1.5ml
で行う。
14
メロンの種子の時間経過による発芽の様子を示した写真を図 3.10、発芽した種子の
総数の表したグラフを図 3.11、1 日毎に発芽した種子の個数を表したグラフを図 3.12
として示す。発芽率はカイワレ大根と比べて全体の 60 から 65%程度と低い傾向にあ
るが、これを 100%と仮定した場合、大気圧プラズマジェットを照射した種子の方が
早い段階で発芽していることが確認できる。この結果から大気圧プラズマジェットを
照射した種子の発芽速度が約 20%向上している事が確認でき、プラズマ照射による改
善が見られる。
図 3.10
時間経過によるカイワレ大根の種子の発芽
15
Number of seeds
20
15
10
5
0
0
Control
Plasma (scan)
Plasma (point)
1
2
3
4
5
6
7
Time (day)
図 3.11
時間経過によるメロンの種子の発芽した総数
Number of seeds
10
Control
Plasma (scan)
Plasma (point)
5
0
0
1
2
3
4
5
6
7
Time (day)
図 3.12
3-3
1 日毎に発芽したメロンの種子の個数
考察
3-3-1 大気圧プラズマジェットが種子へ及ぼす影響
大気圧プラズマジェットの照射によってカイワレ大根の種子の表面には濡れ性の
変化が見られた。水の吸収に関しても通常の種子に比べて 3 時間以上も早く吸収する
という結果が得られていることからも、樹脂や金属・ポリマー材料と同様[14-15]に種
子でも大気圧プラズマジェットの照射による表面改質が有効であると考えられる。
2 章に示した発光スペクトルでは表面改質や殺菌などの応用において重要な役割を
16
担う O*や OH ラジカルの存在が確認できていることから、これらの成分が種子の表
面で酸化反応を起こし、表面エネルギーが大きい活性面となったことで濡れ性が向上
したと考えられる。
3-3-2 大気圧プラズマジェットが種子の成長促進に及ぼす影響
大気圧プラズマの照射により、種子の発芽促進には変化が見られた。生物というも
のは刺激やストレスを与えた場合、それらの増加に伴って活性化、機能低下、細胞死
という段階を辿っていく。程よい刺激は植物などを成長させるが、足りなければ変化
がなく、やり過ぎれば逆に低下を招いてしまう。今回の条件では植物の発芽促進に対
して程度の良い刺激を与える事が出来たと判断する。
発芽が促進された要素としては前項で述べた濡れ性が水分の吸収が影響している
が、それ以外にも大気圧プラズマジェットによって生成された活性種の一種である硝
酸イオン(NO3−)や亜硝酸イオン(NO2−)が影響している可能性がある。植物にとっての
硝酸イオンは生命活動に必須なタンパク質を作り出すために必要なもので、体液中に
は一定の硝酸イオンが存在しなければ生育できない。種子が水分と共にこれらを吸収
することも発芽促進に影響を及ぼした可能性もある。なお、硝酸イオンや亜硝酸イオ
ンの検証は 4 章にて述べる。
17
第4章
プラズマ処理水による
種子の発芽への影響
本章では大気圧プラズマジェットを照射した蒸留水の変化について調べた後、それが種
子に対して発芽促進に影響を与えるのかについて調べる。
4-1 プラズマ照射による水質変化
前章において大気圧プラズマジェットを種子へ直接照射すると発芽促進効果が得
られることが判明した。ここでは種子以外に発芽の要素の中で大気圧プラズマジェッ
トを照射することが可能な「水」に注目していく。
液体への大気圧プラズマ照射は農業分野の他にも医療分野への応用が大いに注目
を集めている。高電圧放電を照射して医療を行う研究は約10年前から行われており、
現在ではプラズマ応用研究の主流の一つとなっている程である[16]。一般的には患部
に対して直接的にプラズマを照射する手法を用いた研究が行われているが、人体は濡
れ環境なため、液体に対する殺菌も重要である。これは水分を吸収する事で発芽・成
長する植物にも同様のことが言え、大気圧プラズマジェットの照射によって液体の成
分が変化した場合、何らかの影響を及ぼす可能性が考えられる。
大気圧プラズマジェットが及ぼす液体の変化を調べるため、サンプルとなる液体の
表面に大気圧プラズマジェットを照射する。実験を行うにあたり、照射対象には蒸留水を
用いる。大気圧プラズマジェットは3章と同様の放電装置と条件で発生させたものを
使用した。蒸留水に大気圧プラズマジェットを照射している写真を図4.1に示す。
図4.1
蒸留水への大気圧プラズマジェット照射
初めに、大気圧プラズマを照射した蒸留水がどの様に変化するのかを調べる。なお、大
気圧プラズマジェットに照射した蒸留水のことを以降は「プラズマ処理水(plasma
activated water, PAW)」と呼称する。実験手順は、まずペトリ皿(直径 55mm)に3ml
の蒸留水を入れて、大気圧プラズマジェットを15mmの距離で30分照射したプラズマ
18
処理水を作る。その後、プラズマ処理水を分光用石英セルに移した後に透過率(%T)
を測定する。透過率の測定には分光光度計(U-3900, Hitachi)を使用した。透過率は190nm
から900nmの間の範囲を測定する。
蒸留水とプラズマ処理水(30min)の透過光を水の入っていない空の石英セル(リファ
レンス)の透過光と比較した透過率のグラフを図4.2に示す。透過率が100%以上にな
っているのは測定の光が液体内で屈折し、結果的にリファレンス光の強度よりも強く
なっていることを示している。近赤外線領域や可視光領域ではプラズマ処理による変
化が見られないが、300nm以下の紫外線領域になるとプラズマ処理水の透過率が急激
に低下し、200nmから210nm付近では約30%も減少しているという明確な変化が見ら
れた。その中でも最も顕著に表れていたのが205nmの波長である。
Transmittance (%)
100
80
60
40
20
distilled water w/o plasma
plasma assisted water (30 min.)
0
200 300 400 500 600 700 800 900
Wavelength (nm)
図4.2
蒸留水とプラズマ処理水(30min)の透過率スペクトル
以上の結果を踏まえ、プラズマ処理水の透過率が最も減少する最適条件について調
べていく。特定の波長の光に対する物質の吸収強度を調べるため、評価には「吸光高
度法」を使用する。吸光光度法は液体による光の吸収の程度(吸光度)を求める方法
で、ランベルド-ベールの法則より吸光度Aは以下の式で表される[17]。Iは未処理の
蒸留水の透過率、I´はプラズマ処理水の透過率とする。
また、今回の測定結果から大気圧プラズマジェットの照射による透過率の変化は紫
外線領域のみに出現することが判明した。よって、以降の分光測定では190nmから
19
340nmの限定した波長領域内で測定を行うものとする。
4-2 最適な処理条件
4-2-1 距離依存性
始めに蒸留水と大気圧プラズマジェットのノズルとの距離による条件を述べる。
3ml の蒸留水を入れたペトリ皿(直径 55mm)を用意し、台座を使ってノズルの先端から
蒸留水までの距離が 10mm から 90mm まで離れる様に間隔を調整する。その後、各々
の距離で大気圧プラズマジェットを 10 分間照射したプラズマ処理水を用いて、距離
の違いによる吸光度の違いを調べた。
各スペクトルにおける吸光度のピーク値(205nm)を示したグラフを図 4.3、各距離に
おける吸光度スペクトルを図 4.4 に示す。測定の結果、初期値である 10mm に対して
徐々に距離が離れていくと吸光度が向上し、30mm でピークに達した。しかし、更に
距離が離れていくにつれて吸光度は減少し、30mm の間隔で作ったプラズマ処理水の
吸光度を頂点に、山なりの形状になっている。
この結果から大気圧プラズマジェットの照射には放電条件に応じて最適な照射距
離が存在し、本実験の条件ではノズルから 30mm 離れた位置が最適であることが判明
した。以上の結果を踏まえ、以降の実験におけるノズルと蒸留水の距離は最も効果が
得られる 30mm で固定して行うこととした。
Absorbance (205nm)
0.1
0.08
0.06
0.04
0.02
0
0
図 4.3
10 20 30 40 50 60 70 80 90
Distance (mm)
大気圧プラズマジェット照射における距離依存性
20
図 4.4
各距離におけるプラズマ処理水の吸光度スペクトル
21
4-2-2 時間依存性
次に照射時間の変化による影響について述べる。3ml の蒸留水を入れたペトリ皿(直
径 55mm)を用意し、大気圧プラズマジェットを 1 分から 30 分間照射したプラズマ
処理水を用いて、照射時間の違いによる吸光度の違いを調べた。
各照射時間における吸光度のピーク値(205nm)を示したグラフを図 4.5、各照射時間
における吸光度スペクトルを図 4.6 に示す。測定の結果、大気圧プラズマジェットの
照射時間が長くなればなるほど、ほぼ時間に比例してプラズマ処理水の吸光度が向上
している事が確認できた。
この結果から照射時間と吸光度は比例の関係になっており、照射時間につれてほぼ
一定のレベルで吸光度が向上していくこと、したがって何らかの水中生成物の濃度が
照射時間と共に増加することが分かった。ただし、2 章で述べた様に長時間の照射は
Absorbance (205nm)
水量の減少につながるため、注意が必要である。
0.25
0.2
0.15
0.1
0.05
0
0
図 4.5
5
10
15
20
25
Exposure time (min.)
30
大気圧プラズマジェット照射による時間依存性
22
図 4.6
各照射時間におけるプラズマ処理水の吸光度スペクトル
23
4-2-3 水量依存性
ここではプラズマ照射する時にペトリ皿に入れる水量深さによる影響について述
べる。3ml から 15ml の蒸留水を入れたペトリ皿(直径 55mm)を用意し、大気圧プ
ラズマジェットを 10 分間照射したプラズマ処理水を用いて、水量の違いによる吸光
度の違いを調べた。
各水量における吸光度のピーク値(205nm)を示したグラフを図 4.7、各水量における
吸光度スペクトルを図 4.8 に示す。測定の結果、水量が多いほど吸光度が低下してい
ることが確認できた。プラズマ照射によって生成する物質量が同じであれば、水量の
増加に対して濃度は反比例して低下する。従って、吸光度も反比例して低下すると考
えられるが、実際の吸光度は大きい。
Absorbance (205nm)
0.08
0.06
0.04
0.02
0
0
図 4.7
3
6
9
12
Volume of DI water (ml)
15
大気圧プラズマジェット照射における水量依存性
24
図 4.8
各水量におけるプラズマ処理水の吸光度スペクトル
4-3 種子への影響
ここでは 3 章で行ったカイワレ大根の種子の発芽実験において、普通の種子にプラ
ズマ処理水を用いた場合、発芽促進に影響を及ぼすかについて述べる。
初めに濡れ性について調べる。実験を行うにあたり、大気圧プラズマジェットをノ
ズルから 30mm の距離で 10 分間照射したプラズマ処理水を 3ml 用意した。蒸留水を
乗せた種子を種子(a)、プラズマ処理水を乗せた種子を種子(b)と定義する。
5µL の水滴を種子の上に乗せた時の様子の写真を図 4.9 として示す。目視の場合、
種子(a)と比較しても種子(b)は水滴と馴染んでいる様子が明確に見られなかった。この
結果からプラズマ処理水に種子を濡れ性へ変化させる効果はないことが分かる。
25
図 4.9
蒸留水を乗せた種子(a)とプラズマ処理水を乗せた種子(b)の濡れ性
次に、プラズマ処理水を用いた水分の吸収具合を調べる。普通に蒸留水を吸収させ
る種子(control)と、ノズルから 30mm の距離で 10 分間照射した 3ml のプラズマ処理水
を吸収させる種子(PAW)をそれぞれ 10 個ずつ用意し、水分の吸収具合を時間経過と共
に確認する。なお、測定には 3 章でも用いた電子天秤を使用する。
時間経過によって水分を吸収している様子の写真を図 4.10、総合の吸収値を表すグ
ラフを図 4.11、時間毎の吸収値を表すグラフを図 4.12 として示す。PAW は 1 時間の
時点で 0.05ml 吸収しており、それ以降は 0.01ml から 0.02ml のペースでピーク値であ
る 0.15ml まで蒸留水を吸収していく。8 時間で 0.15ml に達して以降、それ以上の吸
収は確認できなかった。この結果から 1 時間の時点で 0.04ml、実験開始から 8 時間で
0.15ml のピーク値に達した control とほぼ同等の速度で水分を吸収していることが分
かる。以上の結果から、プラズマ処理水は種子の水分の吸収速度に大きな変化を与え
ることは出来ず、それ単体で改善する効果はない。
図 4.10
種子の水分吸収の様子
26
Volume water (ml)
0.15
0.1
0.05
control
PAW
0
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
Time(h)
図 4.11
種子(10 個)の総水分吸収
Volume water (ml)
0.1
control
PAW
0.08
0.06
0.04
0.02
0
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
Time(h)
図 4.12
種子(10 個)の時間毎の水分吸収
次に、蒸留水で育てた種子(control)と、ノズルから 30mm の距離で大気圧プラズマ
ジェットを 10 分間照射したプラズマ処理水で育てた種子(PAW)の 2 種類のサンプルを
用意し、発芽の様子を観測する。3 章と同様に 1 つのサンプルに用いるカイワレ大根
の種子は 30 個、与える水量は 1.5ml で行う。
実験手順について説明する。ペトリ皿(直径 85mm)の中に入れたキッチンペーパ
ーの上へ 30 個の種子を並べるまでは 3 章と同様である。次に、蒸留水と大気圧プラ
ズマジェットを 10 分照射した 3ml のプラズマ処理水を用意し、各々をキッチンペー
パーに 1.5ml 染み込ませた後、全ての種子が発芽するまで観察する。発芽した種子の
27
数え方も 3 章と同様に行う。
カイワレ大根の時間経過による発芽の様子を示した写真を図 4.13、発芽した種子の
総数を表したグラフを図 4.14、6 時間毎に発芽した種の個数を表したグラフを図 4.15
として示す。カイワレ大根の発芽そのものは 48 時間の時点で両方が 100%となってい
るが、その過程において蒸留水で育てた種子とプラズマ処理水で育てた種子は同程度
のペースで発芽している事が確認でき、発芽速度に明確な変化を見る事は出来ない。
時間毎の発芽個数についても 1 日目(0h から 24h の間)と 2 日目(24h から 48h の間)
の両方において蒸留水で育てた時と比べて大きな変化がなく、ほぼ同等のペースで発
芽していることが判明した。この事からプラズマ処理水は発芽に関して大きな影響を
及ぼさないという事が確認できる。
図 4.13
時間経過によるカイワレ大根の種子の発芽
28
30
Number of seeds
control
PAW
20
10
0
0
図 4.14
6
12
18 24 30
Time(h)
36
42
48
時間経過によるカイワレ大根の種子の発芽した総数
Number of seeds
15
10
5
0
0
図 4.15
control
PAW
6
12 18 24 30 36 42 48
Time(h)
6 時間毎に発芽したカイワレ大根の種子の個数
4-4 考察
大気圧プラズマジェットの照射により、蒸留水には明らかな変化が見られた。変化
は主に紫外線領域で見られている。紫外線を吸収するものとして考えられるのは溶存
酸素や、大気中にプラズマを照射した事により発生した OH ラジカルなどの活性種で
ある。これらが蒸留水の中に浸透し、それが紫外線を吸収していると考察する。活性
種に関しては吸収のピークが 205nm であるため、吸収中心波長が 203nm の硝酸イオ
ン(NO3−)と 208nm の亜硝酸イオン(NO2−)の混合状態であることが考えられる。
29
蒸留水に大きな影響を及ぼす条件はノズルとの適度な距離、照射時間、水量である。
まずは距離について考察する。2 章でも述べているが、目視できる大気圧プラズマジ
ェットの全長は 15mm であるため、それ以上の距離ではプラズマジェットが水面に直
接当たっていない状態である。つまり、実際は目視できる部分よりも目視できない部
分の影響によってプラズマ処理水は大きい効果を得ているということになる。上記の
推察を踏まえ、距離の変化によるガスの流れ方の違いを調べる。距離は本研究におい
て最も使用した 15mm 及び 30mm を比較する。目視では見えないガスの流れや密度差
を可視化するため、シュリーレン撮影法を用いて行う。
ガスの流れ方を比較した様子を図 4.16 として示す。距離が 15mm の時に対して
30mm の時は周囲の大気を大きく巻き込んでいる事が確認できる。この結果から目視
できる大気圧プラズマジェットが直接照射している 15mm が大きな効果を得られて
いないのは、距離が近すぎてプラズマが大気を十分に巻き込んで気相化学反応を誘起
することが出来ていないためと考えらえる。これは 15mm だけに限らず、30mm より
ノズルに近い距離においては同様のことが言える。
図 4.16
距離の変化によるガスの流れ (a)d = 15mm (b)d = 30mm
それに対して 30mm より離れた距離で大きな効果を得られないのは大気圧プラズ
マジェットから離れすぎて、蒸留水の中へ浸透する前に活性種(活性酸素と活性窒素
を含む)が寿命によって消滅しているためと考察した。今回の実験におけるガス速度
は 18.5m/s で、距離が 40mm だった場合は蒸留水へ浸透するのに最低でも 2.16ms の時
間がかかる。大気圧プラズマジェットの先端からでは 25mm であるが、それでも
1.35ms の時間がかかってしまう。例えば OH ラジカルの寿命は 1ms 程度であるため、
浸透する OH ラジカルの総量は必然的に減少する。そのため、30mm 以降の距離にお
ける吸光度は下がっていったと推察できる。なお、本研究においては大気を十分にプ
ラズマ化しつつ、蒸留水の中に活性種を浸透できる最適な距離が 30mm 前後であった
が、これは放電条件やガス流量によって大気圧プラズマジェットの全長が変化すれば
変動する可能性があるため、実験を行う際は十分な注意が必要である。
次に照射時間について考察する。これは長時間の照射ほど液中へ活性種が浸透して
30
蓄積されていることが原因と考えられる。最期に水量について考察する。同距離及び
同時間の照射で比べるなら、少ない水量の方が液中における活性種の割合が増えるこ
とから吸光度は水量に反比例すると考えられるが、結果は反比例しなかった。これは
ペトリ皿の深さに対して水深が増すと、水面を囲む壁の高さが変化したことになり、
図 4.16 で示したのと同様に水面付近でガス流が影響を受けるためと考えられる。
31
第5章
結論
本章では、大気圧プラズマジェットを用いた実験で得られた結果と考察に基づいた
結論を示す。
本論文において目的としていたのは植物の種子や蒸留水に大気圧プラズマジェットを照
射して引き起こされる変化を調査することと、それが発芽に与える影響・効果を明確にするこ
とである。
大気圧プラズマジェットが種子へ及ぼす変化は「濡れ性の向上」であった。これは大気圧
プラズマ放電によって生じるOHラジカルやO*による酸化反応が影響しており、表面エネル
ギーが向上した種子の表面は水分を吸収し易くなる。一方で大気圧プラズマジェットの照射
による種子への熱的・物理的なダメージは(60秒及び180秒間の照射では)見受けられなか
った。対して蒸留水へ及ぼす変化は「紫外線領域の透過率低下」である。紫外吸収はOHラ
ジカルや硝酸イオン(NO3−)、亜硝酸イオン(NO2−)などの活性種であると推測される。紫外吸
収する生成物濃度を高くするためにはノズル(大気圧プラズマジェット)との最適な距離を見
つけ、長時間の照射と少ない水量であることが求められる。ただし装置と放電の条件によっ
て適正値は変動する可能性があることと、照射による水量の減少には常に注意を配らなけ
ればならない。
濡れ性となった種子は効果が持続する間に水分を多く吸収し、結果として発芽促進へと
繋がっているのに対し、プラズマ処理水は発芽という観点においては明確な効果が見られ
なかった。これは大気圧プラズマジェットの照射でOHラジカルや活性種による影響を同様
に受けても、得られる効果が種子と蒸留水では根本的に違うためである。
32
【参考文献】
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[12]J.S.Chang, R.M.Hobson, 市川幸美, 金田輝夫 : “電離気体の原子・分子過程 ”,
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ラズマ・核融合学会誌 (2008), 84-10, P.679-684
34
【業績】
【国際学会】
1) Kodai Sakuramoto, Yosuke Mori, Jun-Seok Oh, Akimitsu Hatta, “Improvement of Seed
Germination Using an Atomospheric-Pressure Helium Plasma Jet”, 8th International
Conference on Reactive Plasmas and 31st Symposium on Plasma Processing
(ICRP-8/SPP-31), (Feb. 4-6, 2014, Fukuoka Convention Center, Fukuoka).
2) Kodai Sakuramoto, Yosuke Mori, Jun-Seok Oh, Hiroshi Furuta, and Akimitsu Hatta, “UV
absorption of water induced by APPJ irradiation”, The 5th International Conf. on Plasma
Medicine(ICPM-5), (May 18-23, 2014, Nara Pref. New Public Hall, Nara).
3) Jun-Seok Oh, K. Sakuramoto, K. Kitamura, H. Furuta, and A. Hatta, “UV absorption
spectroscopy for reactive species in plasma treated aqueous solutions”, International
Workshop on Diagnostics and Modelling for Plasma Medicine (DMPM2014), (May.
18-23, 2014, Nara Pref. New Public Hall & Dodaiji Culture Center, Nara).
4) Jun-Seok Oh, H. Fukuhara, K. Sakuramoto, C. Kawada, S. Wei, K. Inoue, T. Shuin, H.
Furuta, and A. Hatta, “Bladder cancer cell lines cultured by plasma treated cell culture
medium”, The 5th International Conf. on Plasma Medicine (ICPM-5), (May 18-23, 2014,
Nara Pref. New Public Hall, Nara).
【国内学会】
1) 呉準席, 桜本幸大, 古田寛, 八田章光, “ 紫外線吸収分光法を用いた大気圧プラズ
マ処理水中の活性種測定 ”, 第 75 回応用物理学会秋季学術講演会(2014.09.19, 北
海道大学, 北海道札幌市)
【論文】
1) Jun-Seok Oh, Kodai Sakuramoto, Hiroshi Furuta, and Akimitsu Hatta, “In-situ UV
absorption spectroscopy for detection of reactive oxygen and nitrogen species in water
during helium atomospheric pressure plasma jet irradiation”, submitted
35
【謝辞】
本実験を進めるにあたり、最後までご丁寧にご指導いただきました八田章光教授、
古田 寛 准教授および呉 準席助教に深い感謝の意を述べさせていただきます。御三
方には研究室へ配属されてから今日に至るまで、実験装置の使い方をはじめ放電現象
や実験で扱う装置の動作原理などについて多くのご指導をいただきました。他にも就
職活動におけるアドバイス、エネルギー教育などのイベントへ参加する機会を与えて
頂いいて、本当に感謝の念が絶えません。私にとって八田・古田研究室に在籍した 3
年半の生活は非常に充実したものとなりました。また、高知工科大学へ在学中にご指
導頂きました教員一同様におきましても心から感謝します。また、電子系秘書の中山
さん、松谷さんに感謝の意を述べさせていただきます。行事など連絡をして頂いたり、
些細な質問に対して何時もご丁寧に答えて頂くなど、大変お世話になりました。
本研究を進めるにあたり、八田・古田研究室の博士課程である針谷さん、小路さん
に、感謝の意を述べさせていただきます。研究室内の装置への説明や些細なことに対
しても相談に乗っていただきお世話になりました。同期である角田君、関家君、中村
君、山下君にも感謝の意を述べさせていただきます。皆様のおかげで大学生活がより
一層楽しく充実したものになりました。
最後になりましたが、大学院卒業までの 24 年間あらゆる面で支えていただいた家
族に深い感謝を送ります。6 年間に渡る大学生活を健やかに送ることが出来ました。
本当にありがとうございます。
36
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