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自己決定とコンピテンスに関する大学生用尺度の試み*
自己決定とコンビテンスに関する大学生用尺度の試みま 桜 井 茂男“ (心理学教室) 要旨:内発的動機づけ理論で重要と考えられる「有能感」、「有能欲求」、「自己 決定感」、「自己決定欲求」をそれぞれ測定する質問紙の作成を試みた。大学生 を対象に、合計台回の調査を行った結果、作成された質問紙は、信頼性と妥当 性が認められる有用な尺度であることが判明した。今後は、より綿密な妥当性 の検討をすることが期待される。 キーワード:有能感、有能欲求、自己決定感、自己決定欲求 内発的動機づけを研究するにあたっては、現在のところ二つのアプローチが優勢である(桜井, 1990)。ひとつは、Hunt,Hebb,Ber1yneらが主張する立場で、最適不適合あるいは最適覚醒に 基づくアプローチである。もうひとつは、White,Deci,Harter、筆者らが主張する立場で、有 能さ(コンビテンス)と自己決定に基づくアプローチである。この二つのアプローチのどちらを 採用するかは、Deci(1975)によれば、好みの問題であるという。 ところで、有能さと自己決定に基づくアプローチでは、内発的に動機づけられた行動を、「人 間がそれに従事することによって、自己を有能で自己決定的であると感知できるような行動であ る」と定義している(Deci,1975)。また、桜井(1990)では、内発的に動機づけられた行動を、 「有能さと自己決定への欲求によって動機づけられる行動である」と定義している。こ一 、いった 捉え方に共通に見られる概念は、①有能さの感覚である「有能感」、②有能さへの欲求である 「有能欲求」、③自己決定している感覚である「自己決定感」、④自己決定への欲求である「自己 決定欲求」である。しかし、これまでのところ、こういった心理学的な概念を直接測定しようと 試みた研究は見あたらない。 そこで、本研究の目的はこういった4つの心理学的な概念(有能感、有能欲求、自己決定感、 自己決定欲求)を測定する大学生用の尺度を構成することである。妥当性は、関連する諸概念と の相関で吟味する。用いる関連諸概念とは、達成欲求、自律欲求、自尊感情、自我同一性、公的 自己意識、絶望感、抑うっ傾向である。Deci&Ryan(1985a)によれば、つぎのような予測が できる。有能感は、自尊感情、自我同一性と正の関係、公的自己意識、絶望感、抑うっ傾向と負 の関係が予測される。有能欲求は、達成欲求と正の関係が予測される。自己決定感は、自尊感情、 ‘A Study of Deve1oping a Se1f−report Sca1e of Se1f−determination and Competence in Co11ege Students. ”Shigeo Sakurai(Department of Psycho1ogy,Nara University of Education,Nara) 一203一 自我同一性と正の関係、公的自己意識と負の関係が予測される。自己決定欲求は、自律欲求と正 の関係が予測される。なお、本研究では三回の調査を行っている。 方 法 被調査者 被調査者の人数は、一回目の調査では大学生103名(男子26名、女子77名)、二回目 の調査では大学生89名(男子21名、女子68名)、三回目の調査では大学生100名(男子50名、女子 50名)であった。 質問紙 ①有能感、有能欲求、自己決定感、自己決定欲求尺度原案:有能欲求と自己決定欲求 の項目は・日本版EPPS性格検査の中の達成欲求尺度および自律欲求尺度の項目やDeci(1975. 1980)およびDeci&Ryan(1985a)における同概念の記述を参考にして作成された。また、有 能感および自己決定感の項目は、先に作られた有能欲求と自己決定欲求の質問項目を現在の状態 である有能感と自己決定感を表すように修正して作成された。たとえば、有能欲求で「有能な人 間になりたい」という項」目は、有能感では「有能な人間である」と修正された。さらに、自己決 定欲求で「自分の生き方は・自分で決めたい」という項目は・自己決定感では「自分の人生は・ 自分で決めている」と修正された。ただし、概ねこのような方法で作られたが、例外も含まれて いる。それは、自己決定欲求項目の「自分のすることを、他人に指示されたくない」である。こ れに対応する自己決定感項目は作れなかった。以上のようにして作成された項目数は、有能感、 有能欲求・自己決定感がそれぞれ8項目・自己決定欲求が9項目であっれ実際の質問項目は付 録に示されてい孔また・逆転項目は・有能感と有能欲求項目では各1項目・自己決定感と自己 決定欲求項目では各4項目含まれてい乱各項目は6段階(「はい」から「いいえ」)で評定され るようになっており、当該概念に近いものから6,5,4,3,2,1点と得点化された。 ②日本版EPPS性格検査(1970)の中の達成欲求尺度および自律欲求尺度:各9項目を1から 6までの6段階評定で用い㍍可能な尺度得点の範囲は9点から54点であっれ ③Rosenberg(1965)の自尊感情尺度の日本語版1筆者がこれまでの2種類の日本語訳を参考 に、独自に翻訳したものを用いた。尺度は10項目で構成されている。各項目は1から4までの4 段階評定で・可能な尺度得点の範囲は10点から40点であ孔 ④加藤(1983)の自我同一性地位判別尺度:Marcia(1966)による同一性地位概念を質問紙 により測定する尺度であ孔12項目(3下位尺度)で構成されており・各項目は1から6までの 6段階評定である。可能な尺度得点の範囲は12点から72点であ孔 ⑤Fening§毛einら(1975)の公的自己意識尺度の日本語版:公的自己意識とは、自己の外面や 他者に対する言動などに注意を向けやすい傾向である。本尺度は7項目で構成されており、各項 目は0から4までの4段階評定である。可能な尺度得点の範囲は0点から28点である。 ⑥Beckら(1974)の絶望感尺度の桜井・桜井(1992)による日本語版:絶望感は抑うつの重 要な要素であり、Stot1and(1969)は「自己の将来に関する否定的な期待」と定義している。換 言すれば、自分の将来に望みがもてないという自己認知である。尺度は20項目で構成されており、 各項目は1から4までの4段階評定である。可能な尺度得点の範囲は20点から80点である。 一204一 ⑦Zung(1965)による抑うつ傾向尺度の福田・小林(1973)による日本語版120項目で構成 されており、各項目は1から4までの4段階評定である。可能な尺度得点の範囲は20点から80点 である。 手続き 上言己の質問紙を集団形式で実施した。一回目の調査では、質問紙の①と②を実施した。 二回目の調査では、質問紙①の有能感尺度および自己決定感尺度と、③と④と⑤を実施した。三 回目の調査では、①の有能感尺度および有能欲求尺度と、②の達成欲求尺度と③と⑥と⑦を実施 した。 結果と考察 一回目の調査の結果が表1および2に示されている。表1には、有能感、有能欲求、自己決定 感、自己決定欲求といったおのおのの尺度の平均、標準偏差、α係数および尺度間の相関係数が 示されている。信頼性係数の一つであるα係数は、.75から.80とかなり高い値を示しており、一 表1 4つの尺度間の相関と各尺度の平均(M)、標準偏差(SD)、α係数(W=103) ② ①有能感(8項目) 一.12 ②有能欲求(8項目) ③ ④ .10 M 一.00 .21I .30.. ③自己決定感(8項目) ④自己決定欲求(9項目) .51・・ − 22,57 39,73 28,42 34,26 SD α 6.65 .78 5.13 ,80 3.40 .80 3.36 .75 *・ρ<.0ユ,‡ρ<.05 表2 4つの尺度と達成欲求および自律欲求との相関係数(N≡103) 達成欲求 自律欲求 ①有能感 .O1 .03 ②有能欲求 .44“ .22. ③自己決定感 .07 .22’ ④自己決定欲求 .29“ 、50” **ρ<.01,・ρ<.05 応の信頼性は確認された。したがって、4つの尺度の項目には作成されたすべての項目を採用し た。平均では有能欲求がかなり高く、有能感が反対に低くなっている。4つの尺度間の相関係数 では、有能感と有能欲求が一112と負の相関であるのに対して、自己決定感と自己決定欲求が、51と 正の有意な相関である点が興味深い。この結果は、有能感がある者は比較的有能欲求が低いが、 自己決定感がある者はさらに自己決定的でありたいと望んでいることを意味している。自己の現 状把握と理想とが、有能さの領域と自己決定の領域では異なった関係にあると言えよう。自己決 定感と有能欲求、有能欲求と自己決定欲求、有能感と自己決定感は、それぞれ相関係数の大きさ 一205一 は異なるがほぼ正の関係にある。こういった4つの尺度間の関係についてはさらに二回目、三回 目の調査でも検討する。 表2には、4つの尺度と達成欲求および自律欲求との相関係数が示されている。予測通り、有 能欲求と達成欲求、自己決定欲求と自律欲求の間に中程度以上の正の相関が認められた。その他 にも、有能欲求と自律欲求、自己決定欲求と達成欲求、および自己決定感と自律欲求の間にも正 の低い相関が認められた。前二者は欲求同士であるので、当然かもしれないが、後者は有能感と 自律欲求との間が無相関であるのと対照的である。この結果と表1の結果より、有能感と自己決 定感は関連する欲求との関係が同じではないように判断される。したがって、有能感と自己決定 感は同じ重みをもって扱われていないDeci&Ryan(1985a)の考え方と軌を一にしていると思 われる。彼らは、有能感よりも自己決定感の方が、内発的動機づけでは上位に位置するものと考 えている。 表3には、二回目の調査結果が示されている。有能感と自己決定感との相関係数は.32と、一 回目の調査結果(.10)よりやや高い正の相関となっている。これは、有能感が高い者は比較的 自己決定感も高いことを意味している。両者の関係は調査集団によって微妙に異なるのであろう か。自尊感情、自我同一性、公的自己意識との相関は予測通りであった。すなわち、有能感と自 尊感情および自我同一性とは正の相関、有能感と公的自己意識とは負の相関、自己決定感と自尊 感情および自我同一性とは正の相関、自己決定感と公的自己意識とは負の相関であった。 表3 有能感および自己決定感と白樺感情、自我同一性、公的白己意識との相関係数(N=89) 自己決定感 有能感 自尊感情 自我同一性 公的自己意識 .32“ .64・・ .30‘, 一.36’■ 一 、46・・ .30i. 一.23’ 自己決定感 **ρ<.O1,‡ρ<.05 表4 有能感および有能欲求と達成欲求、自業感情、権望感、抑うつ傾向との相関係数山=l00) 有能欲求 有能感 .29n 有能欲求 一 達成欲求 .16 .61‘. 自尊感情 絶望感 抑うつ傾向 .61.・ 一.41・. 一.51・・ .25. 一.27.・ 一.20・ **ρ<.01,*ρ<.05 表4には、三回目の調査結果が示されている。有能感と有能欲求の相関係数は.29で、一回目 の調査結果(一12)とは大きくかけ離れたものとなった。一方は正の相関で、他方は負の相関で ある。二回目の調査における有能感と自己決定感の相関も一回目の結果とは異なっていたが、こ の結果はそれ以上の差であり、どうも4つの尺度間の関係は調査する集団によってかなり異なる ように推察される。しかし、表4によれば、有能欲求と達成欲求ならびに有能感と自尊感情との 関係は一回目および二回目の調査結果と類似している。この点については妥当性が強く示された。 一206一 有能感と絶望感および抑うっ傾向との負の相関も予測を支持している。 以上をまとめると、表1から表4の結果から本研究で作成された有能感、有能欲求、自己決定 感、自己決定欲求尺度の妥当性はほぼ認められたといえよう。今後の課題としては、さらにいろ いろな方法で妥当性を検討する必要がある。本研究では関連する概念との関係が質問紙法のみに より検討されたが、投影法による検討や行動的指標を用いた検討も重要であろう。また、Deci &Ryan(1985b)は、大学生用の内発的動機づけ傾向を調べる質問紙を開発しており、これと の比較検討も興味深いところである。 引用文献 Beck,A.T.,Weissman,A.,Lester,D.,&Trex!er,L.1974The measurement of pessimism: The hope1essness sca1e.JoμηmZ o!σoπs〃κ加gαηd CZ加{cα∼P8ツ。ん。王。gツ,42,861− 865. 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