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知的障害のある児童一事例を対象とした 自発的な描画

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知的障害のある児童一事例を対象とした 自発的な描画
発達支援研究 (2003) 5
知的障害のある児童一事例を対象とした
自発的な描画活動を促すためのかかわり方に関する研究
山本 彩
S 児には,興味のないことには見向きもせず,
Ⅰ.問題と目的
知的障害のある子どもの中には,周囲に描画し
周りの人に強制されたり誘われたりすることを強
ている人がいても関心を示さず,自発的な描画活
く拒む傾向がみられた。まとまった話の理解や,
動をおこなわない子どもがいる。適切に動機づけ
自分の意志を伝えることは可能であるが,周囲の
られていないために描画活動がおこなわれない場
人の取り組みに関心を示さず,他者と活動を共有
合,周囲の人がかかわり方を工夫することによっ
することが少なかった。家庭において兄弟が絵を
てその子どもの描画活動に対する動機を高めるこ
描いていても,S 児は描画することがなかった。
とができれば,自発的な描画活動が促されると考
2.手続き
える。
実施期間は,S 児が小学校 2 年生の 11 月から翌
子どもの描画に関する先行研究では,主に,描
年 11 月までとした。原則として月に 1∼2 回,計
画の発達や技術的な側面が取り上げられてきてお
21 回のセッションを設けた。S 児と指導者は,机
り,描画活動に対する動機づけの側面に視点をお
に面して並んで座り,指導者も描画活動をおこな
いた研究はあまりされてこなかった。子どもが主
うこととした。描画活動におけるやりとりや,描
体的に描画活動をおこなうためには,内発的に動
画をする様子は VTR に記録した。
機づけられることが必要である。子どもの内発的
指導者は,S 児の交流感・有能感・自己決定感
動機づけを促すためには,周囲の人がその子ども
を満たすかかわり方を試みた。具体的には,川村
の交流感(「自分は周囲の人から受容されているの
(2002)を参考にして,以下の点に配慮した。①
だ」),有能感(「自分はできるのだ」),自己決定感
「S 児と一体化している」という気持ちになって
(「自分で決めておこなっているのだ」)を満たす
かかわり合う。②必要に応じて,称賛や励ましの
ことが重要である。
ことばがけをする。③強制したり,勧誘したりし
そこで本研究では,自ら描画活動をおこなわな
ない。④指導者は S 児の興味に応じたものの描画
い知的障害のある児童 1 名を対象として,自発的
をおこなう。なお,S 児が描画しなくても指導者
な描画活動を促すために内発的動機づけを支援す
は描画活動をおこない,S 児のかかわりを待つこ
るかかわり方を実施し,その有効性について検討
ととした。指導者は,S 児の興味のあることや身
することを目的とした。
近に起こった出来事について,保護者から情報を
Ⅱ.方法
得るようにした。描画する内容は,ストーリー性
をもたせるようにし,事前に考えておいた。
1.対象児
小学校特殊学級に在籍する 2 年生男児(S 児)。
また,描画活動終了後,別室にて活動場面をモ
知的障害を有し,屈折性弱視の疑いがある。9 歳 2
ニターしていた母親や観察者に対して,S 児が描
か月時の津守式乳幼児精神発達診断法による発達
画を見せることを奨励した。母親と観察者に対し
年齢は,「探索」と「社会」の領域が 3 歳 0 か月,
ては,S 児の内発的動機づけを促すようなかかわ
「運動」と「生活習慣」の領域が 4 歳 0 か月,
「言
り方をするよう要請した。
語」の領域が 5 歳 6 か月であり,領域間で発達の
Ⅲ.結果と考察
1.内発的動機づけの支援
ばらつきが見られた。グッドイナフ人物画知能検
1)交流感の充足
査(DAM)による精神年齢は,4 歳 1 か月であった。
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発達支援研究 (2003) 5
S 児は,指導者の手を引いて自分の描いたとこ
たという深い満足感を得るに違いないと述べてい
ろを示したり,描いた後に指導者の顔を見上げて
る。S 児は,出来上がった描画を眺めることで,
止まっていたりすることがたびたびあった。また,
そのような満足感を味わっていたのであろう。
指導者の描画に対して「これ何?」と言ったり,
また,S 児は,母親や観察者に描画を見せ,周
描画をしながら「わー,大変だー!って言って」
囲の人から称賛の言葉をかけられたり,認められ
と言ったりするなど,指導者の反応を求める発言
たりすることで,
「やろうと思えばできるのだ」と
も頻繁にみられた。他者とかかわり合いたいとい
いう気持ちが満たされていたと考える。描画後に
う気持ちや,一緒の気持ちになって活動したいと
「できたー!」と言って手を上げたり,母親に描
いう気持ちがあることが推測された。S 児と指導
画を見せる際,
「ぼくが自分で!」という発言をし
者は,会話のやりとりを楽しみながら描画活動を
たりするなど,描画活動に対する自信もみられる
おこなうようになっていった。他者とのやりとり
ようになった。
有能感の充足については,S 児が出来上がった
は描画活動を促進していたと考える。
また,S 児は,出来上がった描画を家族や観察
描画を眺めていたり,周囲の人に描画を見せてそ
者に見せることを楽しみにしていた。描画を見せ
の成果を認めてもらったりする場面を大切にする
ることで,
「自分は周囲の人から関心をもたれてい
ことが有効であると考えた。
るのだ」という気持ちを満たすことができる場に
3)自己決定感の充足
初期の段階では,初めから着席して描画活動を
なっていたのであろう。
交流感の充足については,S 児がかかわりを求
おこなうということはなかったが,指導者は,描
めてくる行為に対して容認的に対応したり,やり
画活動をおこなうことを強制したり,誘ったりせ
とりをしながら描画活動をおこなったり,周囲の
ず,S 児が自分の行動を決定するようにした。そ
人が描画に関する話を関心をもって聞いたりする
のようなかかわり方をするなかで,S 児は自分か
ことが有効であると考えた。
ら席に着いて描画活動をおこなうようになり,5
回目のセッション以降は,セッション開始時から
2)有能感の充足
指導者の隣の椅子に座って描画するようになった。
S 児は描画活動中に,自分が描いたものを見せ
て「どーう?」などと言うことがあった。指導者
「他人に言われておこなうのではなく,自分で決
が,
「おぉー!」と言うと,ペンを持った手を上に
めておこないたい」という S 児の気持ちが満たさ
上げてから,また続けて描画することがあった。
れ,描画活動が促されたのだと考える。
そのように,指導者が励ましを含んだ反応を示す
指導者は,できるだけ S 児の興味に沿ったもの
ことが,S 児の描画活動を促していると感じられ
を描画するようにした。S 児は,指導者が S 児の
ることもあった。
好きなものを描くと,それを塗りつぶしたり,得
しかし,特に有能感が満たされているように感
意げに何かを描き加えたりした。反対に,S 児の
じられたのは,描画活動終了後,S 児が出来上が
興味がないものを描くと,S 児は反応を示さず別
った描画を眺めているときであった。 S 児は,出
の話題を話し始めたり,指導者のペンを取り上げ
来上がった描画を両手に持って眺め,なかなか放
たりした。このようなことから,S 児の興味に沿
そうとしないことがあった。ローウェンフェルド
ったものを描画することにより,S 児が自分で描
(1963)は,もし子どもが,なぐり描き時代に大
画する場面が多くなったといえる。
きな確信をもって自分の動きを反復したり,独自
自己決定感の充足については,強制したり誘っ
の適切な方法で重要性や自分の空間経験を表現し
たりせず,S 児が自分で行動を決めておこなえる
たりすることにより,十分に自由に自己表現する
ようにすることや,S 児の興味をひくような描画
なら,そういう創作品によって大きな仕事を遂げ
内容を設定することが有効であると考えた。
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発達支援研究 (2003) 5
表1 描画活動への取り組み方の変化
指導者へのかかわり方
描画行為
指導者の隣に座って描く。
Ⅰ期
指導者の描
共同活
画に関心を
動への
向ける。
準備期
その他
指導者の描画と関係のないところに 自分が描きたい気持ちが強くあ
線描を描く。
る。
指導者の注意を引きつけようと 指導者の描 指導者の描画を塗りつぶす。
画を塗りつぶ
する。
す。
指導者の描画を見て,「これ
指導者の描画の特定部位上に線描
何?」を繰り返す。
を描く。
出来上がった描画を両手に
持って眺める。
指導者が描くのを待っている。
出来上がった描画を母親以外
の人にも見せる。
手の動きやその軌跡を楽しむ。
指導者の描画に注目して顔を
近づけて見る。
指導者の描
指導者が描く
Ⅱ期
画上で描画
のを待ってい 指導者とのやりとりを求める。
客体期
活動をおこな
て描く。
描いてほしいものを言う。
う。
指導者の描いた描画上で,音や動
きを表現する。
出来上がった描画を母親のとこ
ろへ持っていく。
指導者の描画の一部を描き加える。
描きたいものを自分なりに描く。
自分が描くことを指導者に告げ
てから描く。
指導者とやりとりを楽しむ。
Ⅲ期
指導者とやり 指導者の主体的な発言を促
主体へ
とりしながら す。
の移行
描く。
期
描きたいものをほのめかす。
自分で思いついたものを自分なりに 自分を主語にした発言がよくみ
描くことが多くなる。
られる。
自分で思い
ついたものを
自分なりに描
く。
描画した後「できたー!」という
発言がある。
母親に描画を見せて説明する
中で「ぼくが自分で!」と言う。
Ⅳ.結論
2.描画活動への取り組み方
S 児の内発的動機づけを支援するかかわり方
描画活動をその取り組み方によって 3 つの期に
(交流感・有能感・自己決定感の充足)をしなが
区分した。各期の特徴をまとめ,表 1 に示す。
S 児の描画行為に関しては,Ⅰ期では指導者の
ら描画活動をおこなったところ,指導者が強制し
描画を集中的に塗りつぶすような行為が,Ⅱ期で
たり誘ったりしなくても ,S 児は自ら描画活動を
は指導者の描画上で音や動きを点や線で表す行為
おこなうようになった。
自発的な描画活動を促すためには,まず,その
が,Ⅲ期では自分で描きたいものを描き加える行
子どものやりたいという気持ちを引き起こすこと
為が特徴的であった。
S 児は,指導者が描画する手の動きを模倣した
が必要である。周囲の人が,その子どもの交流感・
り,以前に指導者が描いたものを後に自らの描画
有能感・自己決定感を満たすかかわり方をするこ
活動において再現したりすることがあった。S 児
とは,やりたいという気持ちを惹起し,自発的な
が他者の描画活動を見て,表現方法を獲得する機
描画活動を促すための有効な手段であるといえる。
会にもなっていたことが推測された。
周囲の人がかかわり方を工夫し,子どもが自ら描
画活動に取り組める環境をつくることが大切であ
そして S 児は,単独では描画活動をおこなわな
かった時期でも,本研究においては,Ⅱ期以降に
る。
おいて,30 分間以上椅子に座って描画活動に取り
文献
組むことができた。他者とともに描画活動をおこ
川村秀忠(2002)学習障害児の内発的動機づけ:その支援
なうことで,S 児の描画する機会をつくることが
方略を求めて.東北大学出版会.
できたといえる。
ローウェンフェルド V.(1963)竹内清・堀内敏・武井勝
なお,Ⅲ期の後半においては,家庭で自分から
雄(訳)美術による人間形成:創造的発達と精神的成長.
絵を描くことのなかった S 児が,兄弟の描画して
黎明書房.
いるところに自分で紙を持っていき,ひとりで絵
山形恭子(1988)0-3 歳の描画における表象活動の分析.
を描く様子もみられるようになった。
教育心理学研究,36,201-209.
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