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CONTENTS
カリキュラムと学習のながれ............ 2
CPU 実験
ほんとうのコンピュータ自作 ........... 4
理学部 7 号館の一日.................... 8
MESSAGE
本学科の平木教授が講演の冒頭で必
今後も指数的に速くなっていく。
果たしていまの世界を想像できただろう
が出現し、人間と対等な知的活動をす
ず話すように、コンピュータは指数的に
とすると、近い将来、何が起こるのだ
か、ということを考えるならば、いまの人
る時代がやってくるだろう。30 年後、い
速くなっている。単純化すると10 年で千
ろうか。平木先生によれば、現在のコン
間に、30 年後のことがわかるはずもない。
まよりも十億倍の計算能力を持ったコン
倍になっている。ということは、20 年で
ピュータは鰐(ワニ)の脳だそうだ。どう
人間社会は仮想化している。そもそも、
ピュータがポケットに入る時代になったと
百万倍、30 年で十億倍になる。どうし
して鰐に譬えるのかまったくわからない
都市に住むということ自体が仮想化の始
き、世界は一変し、本当に特異点がくる
てこんなに速くなるのだろうか。カーツワ
が、それはともかく、鰐の脳が人間の脳
まりなのである。そして、テレビを見てい
のかもしれない。
イルという、アメリカのかなり怪しいがと
になる日も近いという。上で述べたカー
る時間、テレビゲームで楽しんでいる時
そのような時代の激流のなかでひとつ
ても有名な未来学者が、
「収穫加速」と
ツワイルはもっと明確である。予言者た
間も、仮想世界ですごす時間である。こ
だけ確かなことがある。情報技術が常に
いう法則を唱えている。技術革新の結
るもの、こうであってほしい。なんと、
の文章を読んでいる皆さんも、一日のう
中核にあって社会を導いていくということ
果はいくつもの新たな技術を生み出すの
2045 年になると、コンピュータの知性が
ちの何時間を、携帯でメールを送ったり
である。皆さんは、そのような時代の激
で、技術の発展は必然的に指数的になる
人間の知性を超えるのだそうだ。この時
パソコンでブログを書いてすごしている
流に身を任せるのか、それとも、その激
のだと。こんな怪しい話が本当にあるの
を特異点という。特異点の前後で世界は
だろうか。また何時間、ゲームマシンの
流を自らつくっていくのだろうか。
かと訝るのも当然であるが、しかし、コ
一変する。人間の知性はコンピュータの
前で遊んでいるだろうか。すでにこの現
ンピュータは実際に指数的に速くなって
知性に飲み込まれ、もやは、知性の発
代においてすら、仮想世界のなかで涙を
きたし、並列計算機を研究している石川
展を担うのはコンピュータ上の人工知能
流し、生きがいを感じる人々がいるでは
先生や量子計算を研究している今井先生
にほかならない。本当にそんな世界がく
ないか。
の言うことが本当ならば、コンピュータは
るのだろうか。しかし、30 年前の人間が
やがて、仮想世界のなかに人工知能
世界が舞台のスゴイ先輩に訊く
!... 10
情報科学科の研究室紹介........... 13
米澤研究室................................ 14
辻井研究室................................ 15
西田研究室................................. 16
平木研究室................................. 17
萩谷研究室................................ 18
今井研究室................................ 19
石川研究室.................................20
須田研究室................................. 21
高橋研究室................................22
五十嵐研究室.............................23
細谷研究室................................24
萩谷 昌己
[コラム]
ACM 国際大学対抗プログラミング
コンテスト番外記
写真
三浦 健司/宮沢 一二三/David Hill/
Jillian Murphy/情報理工学系研究科広報室
イラスト 市野 治美/北原 万紀子
文
窪木 淳子/谷田 直輝/林崎弘成+末松宏一
デザイン 辻 憲二
編集
i
株式会社アスキー・メディアワークス
2008年4月発行
東京大学理学部情報科学科
〒113-8656 文京区本郷 7-3-1 理学部7号館
http://www.is.s.u-tokyo.ac.jp
03-5841-4111〜4112
CURRICULUM
●3年夏学期
●3年冬学期
情報数学
グラフ理論、情報理論
入門、群・環・有限体
問 題 解 決とプログラ
ミング、
リスト、木、ハッ
シュ
形式言語理論
計算機システム
ハードウェア
構成法
オートマトン、文脈自由
言語、計算可能性
逐次計算機の構成・動
作原理、数の表現、割
込み
ASIC、論理回路設計、
同期、順 序制御、排他
制御
アルゴリズムと
データ構造演習
プログラミング演習
(C、Scheme)
アルゴリズム実装(ソート、ハッシュ、
探索など)
世の中には、まったく異なる実態でも、同
じ原理によって支配・制御されている現象
が数多くあります。
インターネットは、コンピュータやルータ
の接続が連鎖して、世界中のコンピュータを
つないでいます。細胞中の遺伝子も、ある遺
伝子が活発になると別の遺伝子が活発に
なったり逆に休眠したり、という関係で「接
離散数学
情報論理
言語処理系論
オペレーティング
システム
グラフ理論、線形計画
法、
マトロイド理論、離
散最適化法
一階述語論理の構文
論と意味論、
不完全性
定理、様相論理と時相
論理
言語処理系構築の理
論と技術、構文解析、
最適化、ガベージコレ
クション
プロセス、プロセス間
の同期・通信、仮 想記
憶、
ファイル入出力、実
時間処理
情報科学実験I
計算機構成論
プログラミング演習
(ML、
Prolog)
オペレーティングシステム実験
(Linuxカーネルプログラミング)
ハードウェア実験
(論理回路、論理シミュレーション、
VHDL)
計算機アーキテクチャ
の基礎、計算機設計方
式、高速化方式、評価
情報科学演習I
離散数学、
情報論理
続」が連鎖し、
「遺伝子ネットワーク」が構成
されます。またインターネット上のウェブペー
ジも、
リンクの連鎖によりネットワークを形
作っています。
●
このようなネットワークの構造を理解・制
御するために、数学のグラフ理論が役立ち
ますが、実際に世界中のウェブページのリン
ク関係を計算するときはさらに、上手な処
理の仕方、賢いアルゴリズム、高速な並列処
計算量理論
連続系
アルゴリズム
チューリングマシン、計
算量、NP完全、近似ア
ルゴリズム
連続系実世界のモデル
化、内部表現と誤差、演
算と誤差、誤差の伝搬
情報科学実験II
知能システム論
言語モデル論
コンピュータ
ネットワーク
人工知能の基本技法、
発見的探索、知識表現
と非単調論理、機械学
習・言語理解
プログラミング言語の
モデル、意味 論、帰 納
的関数、
λ計算、作用型
並列処理、型推論
コンピュータネットワー
クの基礎、
インターネッ
ト技術、ネットワークプ
ログラミング
コンパイラ実験
(コンパイラの設計・製作)
プロセッサ実験
(FPGAによるCPUの設計・製作)
情報科学演習II
計算量理論、連続系アルゴリズム(数値計算)
理、大容量のデータベースなど、情報科学の
さまざまな理論や技術が活用されています。
そして同じ理論や技術が、遺伝子ネットワー
ク処理にも用いられます。
●
ネットワークはひとつの例にすぎません。
情 報科 学は、知から計算までの広がりを
持った事象を、情報という切り口で理解し、
情報として処理することの原理から方法論
最先端研究への入門
研究の方向付け
●4年夏学期
カリキュラムと学習のながれ
情報科学の基本原理と応用分野における基礎能力を習得
実験を通して、ソフトウェアおよびプロセッサの構築法を体得する
●2年冬学期
アルゴリズムと
データ構造
情報科学演習III
3つの研究室に1カ月ずつ仮配属
コンピュータ
グラフィックス論
3次元コンピュータグラ
フィックス基 本技 術、
幾何モデル、
曲面表現、
陰面消去、陰影表示
までを扱います。その対象は、自然界に実在
研究入門的な選択科目
計算
アルゴリズム論
計算モデル論
ユーザー
インターフェイス
する情報、情報社会を実現する情報システ
知識処理論
計算機言語論
コンピュータ
ビジョン
分散・並列
システム論
ムから、自然現象を情報現象として再現す
るシミュレーションまで広がっています。世
の中の多くの自然現象は、単純な数式で理
解することはできません。情報構造に関す
る理論や技術は、さまざまな分野の理解を
●4年冬学期
研究室配属
卒業論文作成
進展させることが可能です。理学部情報科
情報科学特別演習
卒業研究
論文(英文)
を提出
論文構成法
英語の論文執筆法
統計解析法
教職用選択科目
情報社会
情報倫理
情報と職業
学科では、情報科学の原理を背景に、さまざ
まな分野で活躍する人を育てることを目標
にしています。
講義の内容や科目選択の手引などは、情報科学科の
ホームページもあわせて参照してください。
http://www.is.s.u-tokyo.ac.jp/
EXPERIMENT
CPU、
コンパイラから、
ライブラリまで、
自分たちの手でコンピュータを作れ!
CPU 実験
1
全体的な設計
最初に、CPUの全体的な設計を行い
実装のしやすさと、コンパイラの開発のしや
します。
ます。この段階では、まず命令セット——
すさが、相容れない場合もあります。うまく
仕様が固まると、各自の興味・得意不得
CPUが備える命令群などのアーキテクチャ
そのバランスをとることがたいせつです。
意を考慮に入れて開発の分担を決め、それ
を決めます。複雑な仕様にすると完成させ
スピードコンテストでの記録更新を狙うよ
ぞれ開発にとりかかります。分担した作業が
3 年生の 冬 学 期になると、情 報 科学 科の 名物、情 報 科学実 験 II
るのが難しくなるので、最初は既存のCPU
うなチームは、何度か設計しなおし、シン
進むあいだ、仕様の解釈に違いがないよう
——通称
「CPU 実験」
が始まります。CPU の設計段階からコンピュー
アーキテクチャを参考に、シンプルな設計
プルで周波数が高いもの、独特な命令や複
に確認し、進捗状況を確かめあって必要で
タを作り、課題プログラムが動くようにするというハードなものですが、
から始めることが多いようです。性能のよい
雑な機構を採用したもの、というふうに既
あれば手伝い、途中で気づいた問題点をう
コンピュータを作ろうとするとき、CPUの
存の枠に囚われないアーキテクチャも登場
まく回避して各自の開発物に反映させます。
ほんとうのコンピュータ自作
OB・OG の誰もが「楽しかった」と口を揃えます。このエキサイティン
グな実験の様子を紹介します。
2
10月のはじめ、4〜6人に分けられた各
実験は、まず命令セット/アーキテクチャ
高速化のノウハウは先輩から後輩へと
チームに、FPGA 基板と道具がいくつか渡
の設計から始め、CPU、コンパイラ、アセ
伝えられ、先輩は後輩たちがさらに速いも
されます。ミッションは「半年かけてできる
ンブラやシミュレータを分担して実装、とい
のを作るのを楽しみに待ちます。
だけ速いコンピュータを作れ」
。それから翌
うふうに進みます。学生実験としてはかなり
またCPU実験は、一連の課程を通して
年 3月に開かれる発表会までのあいだに、
難しく、動作に至らないこともありますが、
コンピュータの根底にある動作原理を体
与えられた課題プログラム(例年はCGプロ
いったん動きだすと、発表会でのスピードコ
得できるだけでなく、半年にわたるプロ
グラム)が動くように独自のコンピュータを
ンテストを目指してさらに高速化に工夫を凝
ジェクトワークがたいへん貴重な経験に
設計・製作します。
らしていきます。
なります。
FPGA 基板について
CPUの実装には、支給されたFPGA 基板を使用します。基
FPGA 基板
SSRAM
SDRAM
板の中央には、内部の回路を自由にデザインして書き換えられる
FPGAという半導体チップが載っています。FPGAの周りには、
メモリ(SSRAM、SDRAM)
、入出力端子(DVI、USB)
、回路
書き込み用のケーブルなどの周辺装置が備えられ、FPGAに制御
回路を用意してやると利用可能になります。拡張基板には、作業
用コンピュータと通信するための追加の入出力端子(RS-232C)
、
電圧を変換するチップ、開発初期のFPGAの動作確認に使う
LED、抵抗などを、必要に応じてハンダ付けしていきます。写真は
4
17
現在使用しているFPGA基板で、中央のFPGAは100万ゲート
18
規模の回路を実装可能です。最新のFPGAを搭載した新しい基
板も準備中なので、もっと多様な回路が実装可能になるでしょう。
FPGA
USB ポート
3
コンピュータの動作原理とアーキテクチャ
6
5
とにより、プログラムを動作させます。メ
16
1
15
14
9
2
7
8
10
11
12
19
13
20
❶ FPGA 基板、
❷拡張基板、
❸電源、
❹ PC、
❺ロジック合成ツール、
❻パラレル — JTAG ケーブル、
❼ USB ケーブル、
❽ USB-RS232C ケーブル、
❾ LED、
❿抵抗、
「コンピュータの心臓はCPUだ」
「書
ンブラというプログラムで機械語に変換
モリからCPUへの転送速度や数値計算
いたプログラムはCPUが計算してくれる」
するものもあります。
の速度などは、半導体の製造技術だけ
ということを聞いたことはあっても、実際
プログラムが書き手によって変わるよ
でなく、メモリの大きさや配置、機械語
にCPUがどうやってプログラムを実行し
うに、コンパイラの変換結果もコンパイ
の命令形式や種類、複数の命令を同時
ているかは知らない方も多いでしょう。
ラによって差異があり、コンパイラの最適
に実行する仕組み、性能の引き出しやす
コンピュータは「0」と「1」が並んだ機
化しだいで、変換後のプログラムの実行
さといった設計が大きく影響します。スー
械語の命令列しか理解できません。そこ
効率は大きく変わります。プログラムが巨
パーコンピュータから携帯電話まで、コン
で、プログラミング言語で書かれたプロ
大化している今日では、特別な分野を除
ピュータも用途が違えばかけられるコスト
グラムは、コンパイラというプログラムで
いてアセンブリ言語でプログラミングする
も半導体技術も異なり、それに応じた設
機械語に変換します。コンパイラによって
ことは少なくなり、いかに高性能なコンパ
計が求められます。このようなことを扱う
は、いったんアセンブリ言語(機械語をよ
イラを作るかが重要になっています。
のがコンピュータ・アーキテクチャの分野
り読みやすい記号で記述できるようにし
CPUは、メモリ上に保存された機械
で、基本設計のことを一般にアーキテク
たもの)のプログラムに変換し、次にアセ
語の命令列を順次読みだして実行するこ
チャと呼んでいます。
⓫フィルムコンデンサ、⓬チップ、⓭電解コンデンサ、⓮ピンセット、⓯ハンダごてとハンダごて置き、⓰ハンダ、⓱テスタ、⓲導線、⓳ラジオペンチ、⓴ニッパー
EXPERIMENT
3
4
製作開始
ただいまテスト中
▶▶▶ CPU の開発
ひととおり出来上がると、実際にFPGAに回路のデータを送
回路の規模が大きくなった現在、論理回路の実装には、回路図
り込んでテストします。それぞれは一見うまく動いているようでも、
上でゲートを配線する代わりに、HDL(ハードウェア記述言語)
不具合や仕様の解釈のずれは残っているもので、ここから完成ま
を用いるのが主流です。HDLはプログラミング言語に似ていて、
では思いのほか長くかかります。あまり楽しくない作業ですが、そ
回路の動作を詳細に記述できます。このHDLからCADが実際の
の代わり検証方法が身に付きます。PCとの通信はほんとうにうま
回路を生成しますが、思い通りの回路を得られるように、CADの
くいっているか、機械語が適切に生成されているか、CPUは仕様
動作を見越してHDLを書くのも腕の見せどころです。通常、生成
どおりかなど、すべての可能性を疑って問題を探ります。ハードウェ
された回路はCADがFPGA内の資源に自動配置・配線しますが、
アに不具合がある可能性もあり、出力される信号をオシロスコープ
必ずしも最適とはいえないので、手動で配置・配線するツワモノも
で調べることもあります。発熱が原因ではないかと疑ってヒートシ
現れます。設計した論理回路は、HDLシミュレータで表示される
ンクをFPGAの上に載せてみたらうまく動いた、なんていうこと
波形図で検証します。シミュレーションには時間がかかりますが、
この作業を丁寧に行うことが完成への近道です。
HDL から回路を生成、HDLシミュレータで出力信号をチェックする。
もありました。
5
▶▶▶コンパイラの開発
FPGAに回路のデータを送り込んでテストする。
動いた!
課題プログラムはMLというプログラミング言語で書かれている
ついに完動する日がきます。課題プログラムのCGも正確に描画
ので、MLコンパイラが必要です。最近はMLで実装されたきれい
されて、これでおしまい……ではなく、実はスピードコンテストに向け
でわかりやすいMLコンパイラがあるので、これを改造してまず動
たここからの高速化が本番です。CPU実験の最も楽しいところです。
作させ、より効率の良い命令列を生成するよう最適化することが
過去の例では、パイプライン、レジスタフォワーディング、VLIW、スー
多いようです。一方、好きな言語でゼロから実装する人も例年いま
パースカラ、キャッシュ、プリフェッチ、分岐予測、スクラッチパッド
す。最初はよく知られている最適化手法を調べて実装したりします
メモリなどが導入されました(興味のある人はぜひWebなどで調べ
が、自分たちのCPUに特化した最適化には試行錯誤で独自の方法
てみてください)
。課題プログラムを徹底的に解析してコンパイラを
を考えなくてはいけません。三角関数のような一般的な関数ライブ
最適化したり、それに飽きたらず、生成したアセンブリプログラムを
ラリも、コンパイラとともに用意します。高速化のためにアセンブリ
さらに手作業で最適化する人もいます。自分たちのコンピュータがど
言語で書く人が多いのですが、コンパイラの最適化を頑張った結果、
MLで記述したほうが速くなった人もいます。
シミュレーションなど、計算量の大きい作業には情報科学科のクラスタ
システムなどを使う。
んどん速くなっていくのはとても気分の良いものです。
6
▶▶▶ツールの開発
完成
CAD、HDLシミュレータ以外の開発ツールも自作します。代表
発表会には例年、院生なども大勢訪れます。各チームが半年かけ
的なものはCPUのシミュレータで、コンパイラが生成した命令列
て作った自分たちのアーキテクチャやコンパイラを自慢し、無事に完
の検証や、実行時間を予測してアーキテクチャを改良するために使
成したチームは課題プログラムを実演してスピードを測定します。
います。シミュレータがなければコンパイラを開発できないので、ま
年々記録が更新されていく様子が見てとれる右のグラフには、先
ず簡単なものを実装し、必要に応じて改良していきます。命令の取
輩から継承されたCPU実験のノウハウが形となって表れています。
捨選択のために各命令の呼び出し回数の統計をとったり、アーキテ
数年前の「夢の20秒」というフレーズも、いまではすっかり現実の
クチャの改良のためにパラメータを変えて実行する機能が加わるこ
ものになりました。
ともあります。様々な条件でまとめてデータをとるときには、性能の
そして、発表会が終わっても、なぜか挑戦は続きます(だって、そ
高い情報科学科のクラスタシステムなどを利用します。
こにボードがあるから)
。2008 年にはついに、1年間の改良を経
以上の作業と並行して拡張基板に追加端子やLEDをハンダ付け
て、10 秒を切ってしまった人も現れました。そこまで熱中できるの
し、FPGAボードでのテストの準備も進みます。
拡張基板に追加の端子や LED をハンダ付け。製作者の好みがでると
ころ。
がCPU実験なのです。
(谷田直輝)
課 題プログラムは
例年レイトレーシン
グによるCG。
0秒
10 秒
20 秒
30 秒
2003 年
34.550 秒
2004 年
39.056 秒
2005 年
2006 年
2007 年
40 秒
25.927 秒
18.797 秒
17.085 秒
課題プログラムの実行時間の推移。2006 年には夢の20 秒
突破を果たした。
A DAY OF ISers
理学部7号館 の一日」
「
F:ねえ、なんで情報科学科選んだの?
B:自由そうな雰囲気がよかったから。
B:夜はいろいろ思いつくんですよね。
入ってからけっこうたいへんだけ
E:夜は門が閉まっちゃうから、来ると
れども。
情報科学科生は、自分たちのことを、
「ISer」と呼びます。
A:先輩に洗脳された。
ISer はどんな日常を送っているのでしょうか? 春の気配
D:ブログに書かれていた CPU 実験が
が見えたある日、情報科学科のある理学部 7 号館で 5 人の
楽しそうで、こりゃもう行くしかな
ISer の一日を追ってみました。演習の追い込み時期で忙しい
いでしょう。
B:読んでた、読んでた、僕も。
人もあり、さらに持ち前のサービス精神も手伝って、もしかし
E:ブログ、先生に読まれていたらいや
たら、ふだんにまして異彩を放っているかもしれませんね。
だなあ。
んでるのを見たら、もうプログラム
F:じゃ、学校以外は何をしているの?
作るのが楽しくて。
A:家でゲーム、息抜きに勉強。ぷよ
技術が好き。
B君
課題
夜中はいろいろ思いつく
ガソリン入ってエンジン全開
13:00
14:00
15:00
16:00
17:00
18:00
19:00
20:00
21:00
22:00
23:00
24:00
女とのおでかけにお勧めはどこ?
C:そりゃ、家に引きこもるのがいちば
んですよ。
A、
B、D、E:えーっ!
B:自然言語系、検索エンジンとか。
C:で、ふたりともゲームで遊んでる。
D:ハードウェア周りだなあ。
A、B、D、E: ……。
E君
ローソンで朝食
CPU 実験の作業
自宅で晩飯
入浴
帰宅
赤門の横から登校
眠くなったのでイスで仮眠
研究室に配属される前の居場所、
通称「地下」
。この日はCPU 実
験の発表が近く、やや緊迫した
空気。
就寝
コーディングつづく
就寝
長風呂でちょっと幸せ
自宅で就寝
8:00
12:00
D君
ナチュラルローソンで食事
5:00
11:00
C君
CPUシミュレータを
コーディング
4:00
10:00
です。
F:……たまには街に出よう。週末の彼
正門が閉まるので 0:30 登校
3:00
9:00
ぷよは、自分で作るほどお気に入り
F:授業のないときはどうしてるの?夜
ISer 5人の 24 時間
7:00
B:データベースエンジンの改造。
A:バイトはしてないんです。
C:やっぱり、OS や分散なんかの基盤
6:00
のかな?
E:学内のマシン管理やってます。
C:人があまりやらない分野がいいよ。
なので、そっちじゃない方向に。
2:00
イト。
F:みんな、アルバイトは何をしてる
用のゲームを作ったら40 万ダウン
F:どんな分野が気に入ってるの?
1:00
前に来たり。授業のない日はアルバ
ロードされた。電車で隣の人が遊
な数学は好きだけど微積はキライ
0:00
C:正門が閉まっちゃうから夜12 時半
D:半導体シミュレーションのお仕事。
C:それで、
(プログラムに)使えそう
A君
きと帰るときとで通る門が違う。
C:高校生のとき、Java でケータイ
B:Java ! いやなやつ。
ートPC、自転車での移
日常の読み書きに使うノ
ISerのカバンの中を拝見。
げなく光る。
り
がさ
り
お守
の論文など。
動に使う地図帳、書きかけ
型の人もそうでない人もいるねえ。
ローソンで朝食
登校
コーディングつづく
CPU 実験の作業を
しながら朝食
ローソンで夕食
授業
(ネットワーク)
(午前中の授業は休講)
自宅で朝食、
登校の準備
まったりすごす
登校
登校
授業
帰宅
生協の食堂で昼食
CPU 実験の共同作業
CPU 実験の作業
・学生1人先生 2 人の
贅沢ゼミ
自宅で夕食
自宅で就寝
大学の近所へ夕食に出る
ゲーム
入浴
地下で寝る
(明日は午前中からアルバイ
ゲーム
ト、今日はトナカイを枕に研
(ユーザーインター
課題
究室のベッドで仮眠をとるこ
フェイスのプログラム)
生協の食堂で昼食
授業
(太陽がまぶしい)
・少しプログラムを書く
ゲーム
授業
コーディングつづく
限界に達して帰宅
・少し論文を読む
CPU 実験の作業
とにする)
CPU 実験の作業
起床してシャワー浴びるなど
起床、
弥生門を通って帰宅
鎌田富久
Tomihisa Kamad a
(情報科学科6期)
株式会社 ACCESS 取締役副社長兼 CTO
1961年愛知県生まれ。大学4 年の終わりに、ACCESS
創業。世界の携帯電話やデジタル家電に搭載される
ブラウザを育て上げた。2005 年にPalmSource 社
を買収、Linuxベースの携帯電話用OS の世界普及
を目指す。
現役学生がOBにインタビュー
世界が舞台の
スゴイ先輩に訊く!
1985 年ごろ
ネットワークの将来性に着眼、
コンパクトなTCP/IPスタック
を開発。経営の基盤ができる。
1995 年
家電向けのブラウザソフト
「NetFront」
を開発。
「インター
ネットテレビ」を提案し、メー
カー各社と製品化するも、時
期尚早でヒットせず。
1997〜99 年
NTTドコモにケータイ向けの「コ
ンパクトNetFront」を提案、
iモー
ドが大ヒット。第3 世代携帯電話
FOMAにも標準搭載される。
1998 年、W3C に 携 帯 電 話 向
けページ 記 述 言 語「Compact
HTML」の標準化を提案。ベン
チャー企業の提案に世界が注目。
清水 そうなんですよね。僕も入社後 5 年
ほど、基本設計の良さが手間やコストに直
学科にはちゃんとあります。
くらいはTRONチップを作って、
CISCを作っ
結する。僕は情報科学科で基本設計に対
鎌田 情報工学と情報科学の違いは、指
て、RISCを作ってとやっていたんだけれど、
する考え方やテクニックを学び、それがい
導教授もよく言っていましたね。
なかなか製品に載らなくて……最初の製品
ま活きていると感じてますよ。
飯沢 そうそう。
「プログラミングに熟達す
が発売されるまで10 年弱かかりました。
清水 コンピュータと違って、一般消費者
るだけではサイエンスではない。情報を解
飯沢 データベースのカーネルも、製品に
向け製品のハードや CPUはすごくバリエー
析・活用してモデル化、具体的にアブスト
——まずお伺いしたいのは、先輩たちがな
なるまで5 年かかりました。ゼロから始める
ションがありますものね。
ラクション(抽出)するのが情報科学だ」
ぜ博士課程を出ながらアカデミアに残らな
と時間がかかりますよね。そのあたりは研
飯沢 ハードが安定する前に搭載ソフトを
とね。
かったのかということです。
究も事業もいっしょ。
作り始めると、不具合やバグが発見しにく
清水 工学になると“効率”の言葉が出て
鎌田 研究は好きだったけれども……僕は
鎌田 清水さんがコンピュータ、飯沢さん
くて。基本の設計思想は、ますますたいせ
くるんだけど(笑)
。
起業してましたからね。
がデータベースをゼロから作りたかったよう
つになっています。それから、大学の勉強
飯沢 情報科学は情報のモデル化まで
清水 僕の場合は、コンピュータを作りた
に、僕はOSを作りたかったんです。ところ
についていえばもうひとつ、自分で課題を
やって情報の本質をしっかりつかんでいく。
い気持ちが根っこにあって、1回はプロセッ
が、OSはマイクロソフト社の独壇場でしょ
見つけてちゃんと解くという訓練をすること
だから、第一線で幅広く活躍できるスキル
サチップを作ってみたいとメーカーに入りま
う。ビジネスにならない。そこで、土台をや
が大事なんですよ。
が身に付くのではないかとも思います。
した。ちょうど当時、三菱にTRONチップ
れる領域はどこかということをいつも考え
を作る計画があり、
「いまならゼロからプロ
てきました。TCP/IP やブラウザを手がけ、
セッサを作れる」
と誘われて入社したんです。
PalmSource 社を買収できるまでに会社が
入ったらほんとにゼロからだった。
成長して、
PalmSourceのノウハウも活かし、
飯沢 僕はプログラミングが大好きで、博
ようやくOSを含めたプラットフォームソフト
士課程在学中にデータベースシステムの
を手がけられるようになったのです。
カーネルを作るアルバイトをしていました。
——大学で専門の研究ばかりしていると、
「他人の畑で作物を作ってもつまら
ない。どうすれば日本発で土台の
OS を手がけられるかとそればかり
考えてここまできた」
(鎌田)
D501i(CPU は
清 水さんが 手が
けたM32R/D)
清水徹
Toru Shimizu
(情報科学科3期)
株式会社ルネサステクノロジ マイコン統括本部
マイコン技術開発統括部 統括部長
1958 年東 京都 生まれ。博士課 程 修 了後 三 菱電
機 ( 株 ) 入社、LSI 研究所に所属。世界に先駆けて
DRAM内蔵マイクロプロセッサを開発するなど、半
導体分野で成功をおさめてきた。
[聞き手]夫 紀恵(4年)/谷田 直輝(4年)/太田 一樹(4年)
1984 年
アルバイトで作った8ビットパ
ソコン用のプログラミング言
語「LOGO」が話題に。荒川
亨氏ともにACCESSを創業。
ここに登場していただいた情報科学科の先輩3人は、
自分の手とアイデアで作った日本発の製品を世界に
広めてきた“知る人ぞ知る”
人。
世界中の携帯電話で、
デジカメで、
コピー機で、
3人が
手がけたプログラムやプロセッサが動いています。
そんなスゴイ先輩の原点を現役生がお聞きしました。
——ほんとうに世界の第一線で活躍する
「情報の本質をとらえずに“世界初”
の製品を生み出すことはできない。
僕の考え方の基本にも情報科学が
ある」
(清水)
ことはできますか? 未経験の私たちには
不安があります。
清水 間違いなく活躍できますよ。先ほど
プログラミングコンテストの世界大会 *1 に
1989 年
入社後すぐに TRONチップ
開発に取りかかる。設計ツー
ルの自作から始めて3 年がか
りでオリジナルチップが完成。
TRONチップGmicro/100
1990 〜95 年
1チップオフコン CPU、RISC
チップなどオリジナルチップを
次々開発。身近な製品への採
用がなかなか実現せず。
1996 年ごろ
フラッシュメモリ内蔵のマイ
コンを開発、自動車のエン
ジン制御に使用される。
フラッシュメモリ内蔵 M32R
1998 年
業 界 初 の DRAM 内 蔵
「M32R/D」開発、モバイ
ル機器搭載への道を拓く。
デジカメのブームに乗って
ヒットが続く。
出場する話を聞きましたが、ワールドワイド
—— 情報科学の「優位性」は、具体的に
の場に身を置くと、トップレベルでの実力
どんなところですか。
差は紙一重だと実感できるでしょう。差は
ます。実際はどうですか?
清水 情報に関する技術全般の鳥瞰図を
ないです。
です。夢中になってたら、
そのまま入社
(笑)
。
鎌田 必ず役立ちますから、あまり深く考
獲得できることでしょう。実は、博士課程
鎌田 僕もないと思いますね。研究でもビ
鎌田 大学だとやりたいことを実現でき
えなくてもいいんじゃないのかな。たとえば
在学中に悩んだ時期があったんです。本
ジネスでも差はありません。世界中の人が
るまでに時間がかかりそうだと思ったん
僕の会社では、コンパクトなHTMLブラウ
郷には通っていたけれど、図書室にしか来
トレンドを見ながら開発をしているのが現
現在
現在
です。自分の会社なら早いだろうと考え
ザ(「NetFront」)を携帯電話などに提供し
なかった。技術論文を毎日読んでノートに
在の情報技術の世界だから、同時期に似
「NetFront」搭載機器は累計 5 億台を突破!
Linuxベースの携帯 OS「ACCESS Linux Platform」
の全世界への普及を推進中!
ました。いまは、モノを作って使っても
ていますが、少しずつアレンジしながら多
まとめて……ヒマだったんだね(笑)
。でも
たような成果や製品が出てくるのは当たり
らうのがおもしろい。だけど実際にやっ
種多様な機器に移植していくわけです。こ
いまにして思うと、あれで情報技術の全体
前です。そこで成功もあれば不成功もあっ
半導体技術の国際学会「ISSCC」と「A-SSCC」の
委員として活躍!
技術交流・提携のため欧米・アジアを駆けめぐる!
てみたら、モノを作って普及させるのは、
んな場合、基本設計の良し悪しがとても
像や歴史、研究の流れをつかむことができ
て……。
研究以上に時間がかかる(笑)
。
重要になるんです。移植が増えれば増える
た。そんなことをやる時間と環境が情報科
清水 勝負の分かれ目は、自分のオリジナ
2001 年
東証マザーズに上場。サム
ソン、ノキア、モトローラなど
にもソフトを提供。事業をグ
ローバルに拡大。
「NetFront」が使われているAmazon
電子ブックリーダー「Kindle」
いま世界から注目される
日本のベンチャーの成功者
10
まだSQL
(データベース言語)
もないころで、 「実社会で役に立つのか」と思ってしまい
操作言語を文法から考えて設計していたん
2003 年
三菱・日立合弁のLSI 専業企業
ルネサステクノロジ設立。1チッ
プマルチコアCPUを開発。
世界のシステムLSI市場を
開拓するマルチなエンジニア
11
飯沢篤志
Atsu s h i I i z a w a
(情報科学科2期)
株式会社リコー 研究開発本部ソフトウェア研究所
ソリューション研究室 室長
1957年生まれ。博士課程進学後 ( 株 )リコーでアル
バイト、そのまま入社。食べたものがみんなコード
に化けるという伝説の開発力で日本発の拡張リレー
ショナルデータベース管理システムを開発。
1981 年
修士課程在学中、ワー
クステーションにUNIX
を移植。マイクロプロ
セッサへの移植を世界
と競った。
リティを信じて突き進めるかどうかではない
ですか? ビジネスの場合なら採算割れし
中央電子のワークステーションCEC8000。
日本で初めてマイクロプロセッサを搭載した
1982 年
博士課程在学中にリコー研究所でデータベースシステ
ムのカーネル開発に着手。5 年後に
「G-BASE」完成。
1994 年
大学向け図書館情報シス
テム「LIMEDIO」開発。現
在約200 大学で稼働中。
1996 年
デジタル放送や携帯配信の
時代到来を見据えて、マル
チメディアデータベース関係
の研究開発に着手。6 年後
にマルチメディアコンテンツ
作成システム「MPMeister」
を開発。
2003 年
開発したシステムをヨーロッ
パ、中国へ展開。海外研究
拠点との連携を図る。
現在
未来のオフィス環境を創造中! 緻密な日本発システム系ソフトで世界と勝負!
ない状態、つまり負けない状態を保ってお
いて、オリジナリティを発揮できるチャンス、
勝負どころを待つんです。オリジナリティを
「緻密な組込み系のプログラムが
あって日本製品の本領が発揮され
ている。日本のプログラムには底力
がある」
(飯沢)
貫き通していれば、いつかチャンスは巡って
きてヒットが生まれる。
——日本の情報系産業の未来予測を教え
鎌田 まさに僕などはそうですよ。パソコ
ていただけますか。
ンの OSでは勝ちようがないから、失敗を
鎌田 世界中のプログラマーを見ています
何度も繰り返しながらも家電にブラウザが
が、やはり日本人は緻密なプログラミング
搭載される日をずっと待ってきました。
ブロー
をします。アメリカは上流の設計は得意だ
ドバンドやWi-Fiが普及した最近になってよ
けれど、緻密さがない。中国もコストは安
うやく、チャンスが見えてきたところです。
いけれど、緻密さがない。緻密さは日本が
清水 情報技術は盛衰が激しいけれど、
ダントツです。
惑わされずに客観的でいることも重要です
清水 ちょうどベトナムにデザインセンター
よね。技術トレンドでは、ずいぶん前に提
を作ったところですが、ベトナムはいま成長
案された発想や技術が新たな視点で再登
盛り。インドはスケールが大きくてパワーを
場してくることもしょっちゅうありますから。
感じます。だけど、細部へのこだわり、オ
鎌田 最近プログラミングではマイナーな
タク的なこだわりは、日本独特の長所です。
関数型言語(HaskellやOCaml)が流行っ
飯沢 そのこだわりがすごい製品を生む可
てますが、あれは清水さんが作っているよう
能性もあるでしょう。今後日本で期待できる
なマルチコアCPUが出てきて並列化の流
分野かな。私も組込み系にかかわることがあ
れがあるからでしょ?
りますが、限られたリソースでたくさんのプログ
清水 そうでしょう。情報科学的な鳥瞰
ラムを作り込むので、緻密さが求められます。
図に照らしあわせながら技術をとらえていく
日本はこの分野のトップランナーですが、今
と、
トレンドをキャッチアップして先行したり、
後もトップを走っていくと思います。
マイナー技術をすくい上げたりできるかもし
れません。
*1 ACM-ICPC(ACM国際大学対抗プログラミン
グコンテスト)
。太田さんは2008年世界大会に出場。
底力のある技術で日本の緻密な
システムソフトウェア開発を牽引
12
utokyo_00_12.indd 14
08.4.17 3:53:43 PM
▶ ▶ ▶ 情 報 科 学 科 の 研 究 室紹介
米澤 研究室
Akinori Yonezawa
●並列・分散計算、プログラミング言語
辻井 研究室
Jun-ichi Tsujii
●自然言語処理
西田 研究室
Tomoyuki Nishita
平木 研究室
Kei Hiraki
●計算と通信の高速化
萩谷 研究室
Masami Hagiya
●理論計算機科学
Hiroshi Imai
●アルゴリズム論
Yutaka Ishikawa
●並列分散システム
Reiji Suda
Shigeo Takahashi
●データの可視化とその視覚応用
Takeo Igarashi
●ユーザーインターフェイス
●計算論的脳科学
P.15
リッチでリアルなコンピュータグラフィックス
P.16
TV、映画、携帯電話まで、世界をリードする技術を日常生活に
もっと速く もっともっと速く
P.17
鰐から人間へ 高速なコンピュータとネットワークの実現
「安心・安全」から
「あやしい・あぶない」
まで
P.18
新しい情報モデルを求めて
P.19
継続的進化を続けるシステムソフトウェア
P.20
安全・高性能・高生産コンピュータシステムを目指して
●数値シミュレーション、高性能計算
細谷 研究室
知と言葉の計算
アルゴリズムの基礎から量子情報科学へ
石川 研究室
五十嵐 研究室
理論を基に設計・実装まで、社会に役立つソフトウェアをつくる
いろいろな計算モデルで科学的解析可能な計算をセキュリティから分子コンピューティングまでに応用
今井 研究室
高橋 研究室
P.14
言葉と意味の結びつきを計算した先に、人間のように応答するシステムが見える
●コンピュータグラフィックス
須田 研究室
理論研究から設計・実装まで
Haruo Hosoya
コンピュータの中の小宇宙
P.21
科学技術シミュレーションの未来を拓く
やわらかい可視化
P.22
視覚情報の抽出と伝達
気の利くコンピュータ
P.23
未来のユーザーインターフェイスをデザインする
いまこそ脳科学
P.24
モジュールを組み合わせて複雑なシステムを実現
13
研究室紹介
米澤 明憲
教授 Akinori Yonezawa
研究室紹介
●並列・分散計算、プログラミング言語
●自然言語処理
確かな理論と枠組みに
基づく基盤ソフトウェア
Jun-ichi Tsujii
辻井 潤一
教授
知と言葉の計算
コトバを入力するとあたかも人のように応えてくれるシステムをつくる
OS、
プログラミング言語—ソフトウェアシステムのありかたを根幹から考え、
つくる
新しいソフトウェア基盤、
それが私たちのテーマ
きいのと同じです。
応用
このようなソフトウェ
ア・セキュリティの問題
実装
人間の「知」を計算と見る立場は、計算機
150 億ページ、直接索引できない「深層
いえ、際限なく大きい世界知識を、逐一計算
の出現とほぼ同時の20 世紀中葉に始まる。
Web」までいれると、その数百倍あるとい
機に教え込むことはできない。必要な知識を、
「知」が計算なら、計算をする機械で「知」
われる。そしてその量は、この瞬間にも絶
100 億ページを超えるという膨大なテキスト
が実現できる。
「知」を実現するものは、脳
え間なく増大している。
から自動獲得できないか? ここには、言葉
だけではない。人工知能研究の始まりである。
情報へのアクセスを保障するだけでは、
の構造認識が必要で、さらにそのためには膨
この人間の「知」の中核に、言葉がある。
情報の有効活用はできない。あたかも人間
大な知識が必要、という無限退行がある。
人間の思考の基盤に、言葉による対象の把
のように情報の内容を理解し、その相互の
この矛盾を解いて、大量データからの機械
握とその操作がある。自分という意識もまた、
意味的な連関を把握できるシステムが必要と
学習と構造に関する数学的な系とを結びつけ
言葉と密接につながっている。自意識の原
なる。言葉から意味を計算する技術が不可
ること、
それがこのプロジェクトの目標である。
欠となる。
ソフトウェアとは、コンピュータを使って
に対処することも、米
仕事をするための命令書のようなもの。現
澤研究室の研究活動の
代の我々の生活はさまざまなソフトウェアに
ひとつです。ソフトウェ
支えられて成り立っています。
アを作成するときのミス
たとえば、携帯電話で相手と会話したり
を減らすために、開発
メールをやりとりしたりできるのは、通信を
に使用するプログラミン
行うソフトウェアのおかげです。世界中の金
グ言語を改良したり、完成したソフトウェア
初的なものは、ほかの動物にも、言語獲得
融市場で行われている取引にも、自動車や
に問題がないかどうかを検査する研究をして
以前の幼児にもある。ただ、自分と外の世
飛行機の制御にもソフトウェアが使われてい
います。
ます。あなたが手に取っているこの冊子も、
たとえば、型理論や情報流解析などに基
文書作成ソフトウェアの力を使って作られて
づいた、コンピュータウイルス感染や情報
ほかにも、研究室はこれまで、ソフトウェ
言葉と意味の結びつきを計算するプログ
「彼が昨日会った人は、今日京都に出張し
1800万件という膨大な数の論文が蓄積さ
います。実はソフトウェアそのものも、ソフ
漏洩の危険性を防ぐ基盤ソフトウェア(プロ
アのプログラムの難読化、ゲームソフトウェ
ラム、あたかも人間のように、入力された言
ている」このように、1つの文のなかにより小
れている。この膨大な論文の内容を(部分
トウェアを使って作られていたりします。
グラミング言語、オペレーティングシステム)
アが正しく作られているかどうかの検査、
ネッ
葉に適切に応答できるシステムを構築するこ
さな文をたたみこんで、複数の時空間にまた
的ではあるが)理解し、構造化しておくこと
を研究しています。
トワークで接続されたコンピュータを自律的
とが、我々の目標である。
がる複雑な内容を伝達できる。
クジラ、
イルカ、
で、生命科学者が必要とする情報を効果的
さらに、万一ソフトウェアが誤動作しても
に渡り歩いていくモバイル・エージェントソフ
猿と、言葉に類するものでコミュニケーション
に提供していくシステムを構築する。
致命的な問題にならないように、ソフトウェ
トウェアなど、さまざまな研究を対象にして
日常の生活はすでにソフトウェアなしに
アで仮想的なコンピュータを作り、この上で
きました。
は成り立たない状況なので、ソフトウェアが
ソフトウェアを実行させる仕組みも研究して
誤った動作をすると大変なことになります。
います。
暮らしに不可欠ないま、ソフト
ウェアの根底技術に安全が要る
たとえば、ウェブサイトが乗っ取られたり、
個人情報や機密情報が漏えいしたり、自動
改札機が使えなくなったり、先物取引が停止
設計
多数のコンピュータを協調
動作させる
理論
ソフトウェアは使われてこそ
—理論、実装から応用まで
言葉の意味と機械学習
—aNT プロジェクト
界を対立させ、それを操作する能力のおお
もとに、言葉がある。
MEDLINEというテキストベースには、
必要な情報をみつけること
する生物は多い。しかし、このような複雑な
●
構造を使って、入りくんだ情報伝達ができる
我々の研究成果は、英マンチェスター大
単に理論を研究するのではなく、かといっ
言葉と意味とを結びつける計算(言語処
のは、人間言語だけだ。人間言語の構造と
学に2004 年に設立された、英国国立テキ
てただ実装するだけでもなく、確かな理論に
理技術)の研究は、
「知」のメカニズム解
意味との関係は複雑であり、その計算には厳
ストマイニングセンターを通じて世界に発信
基づいてソフトウェアを設計・実装し、実際
明のためだけではない。世界規模の計算機
密に構築された数学的枠組みが必要となる。
されている。
辻井は、
2005年より同センター
に応用してその有効性を確かめることで、社
ネットワークに蓄積された膨大な情報、それ
「クロールで泳ぐ花子を見た」と「望遠鏡
の科学ディレクターを兼務している。
会に役立つソフトウェアを作ることを米澤研
を構造化して有効に活用するという、21世
で泳ぐ花子を見た」のように、一見よく似た
究室は目指しています。
紀の情報技術の最大の課題に寄与する。
文が違った構造を持つことも多い。正しい構
したり、振込ができなくなったり、口座が乗っ
研究室では、大量のコンピュータを統合し
取られたり、電話が使えなくなったり、自動
て効率的に利用するための並列・分散シス
2002 年、Web には 20 億の索引可能
造の計算には、
「クロールで泳ぐ」
「望遠鏡で
車のエンジンが停止してしまったり、ロケッ
テム(グリッドシステム)についても研究して
なページがあった。これが、2006 年には
見る」という世界知識が不可欠である。とは
トが空中分解したりするかもしれません。
います。たとえば、グリッドシステムを効率
これは、
コンピュータの性能が向上しても、
よく管理するための制御ソフトウェアや通信
自然に解決される問題ではありません。逆に
ソフトウェア、データ保存ソフトウェアの研
コンピュータの性能が良くなるにつれて、誤
究や、並列分散システムの作成を支援するた
動作時のダメージが大きくなる傾向にありま
めに、ソフトウェアで仮想的に大量のコン
米澤研究室:
す。ちょうど、自転車を安全に運転するより
ピュータを再現する仕組みなどを研究してい
http://web.yl.is.s.u-tokyo.ac.jp/home-ja.html
も飛行機を安全に運転するほうが格段に難
ます。
安全なシステム記述言語および高信頼 OS:
• 並列・分散・モバイル計算
• ソフトウェアセキュリティ
• 言語設計・実装
参考データ
http://web.yl.is.s.u-tokyo.ac.jp/e-society/
しく、自転車で事故が起きたときより飛行機
安全プロジェクト:
で事故が起がきたときのほうが、被害が大
http://anzen.is.titech.ac.jp
14
生命科学の知識 Web
—GENIA プロジェクト
機械翻訳、固有表現抽出、情報検索、
生医学テキストに対する自然言語処理
• 機械翻訳技術の他分野への応用
S
参考データ
VP
NP-COOD
NP
• 構文解析、機械学習、品詞タグ付け、
COOD
VP
辻井研究室:
COOD
NX
CONJP
NP
VP
ADVP
PX
PP
NNP
CC
PRP
VBD
RB
IN
NX
Christopher
and
I
walked
alone
Under
NNS
英文を解析した結果。より詳しい素性構造をEnjuのデモで試せる。
(http://www-tsujii.is.s.u-tokyo.ac.jp/enju/demo.html)
branches
http://www-tsujii.is.s.u-tokyo.ac.jp/index-j.
html
aNT プロジェクト:
http://www-tsujii.is.s.u-tokyo.ac.jp/aNT/
GENIA プロジェクト:
http://www-tsujii.is.s.u-tokyo.ac.jp/GENIA/
英国国立テキストマイニングセンター:
http://www.nactem.ac.uk/
15
研究室紹介
西田 友是
研究室紹介
教授 Tomoyuki Nishita
●コンピュータグラフィックス
計算と通信の高速化●
もっとリッチに、
もっとリアルタイムに
Kei Hiraki
平木 敬
教授
もっと速く、
もっと遠く
未来の情報基盤をもとめて
コンピュータグラフィックス技術の世界をリードする
TV、映画、携帯電話にいたるまで、コン
・自然景観(自然現象)の描画
ています。墨絵、油絵、印象派の絵画のよ
ピュータグラフィックス(CG)は私たちの生
地球を含む自然物 —— 特に空、雲、煙、
うなCG生成手法を開発しています。
情報という抽象化は、処理だけでなく通信
大きさ、データの移動速度の性能を向上させ
にも大きな変化をもたらした。かつては電信で
る必要がある。これが、人間にならび、人間
活に浸透し、このごろではどこにCG 技術
水などの、粒子の散乱特性まで考慮したリ
・インタラクティブレンダリング
文字、電話で音声しか送れなかったが、ディ
を超す情報処理を実現し、いままで解決しな
が使われているのか気付かないばかりか、実
アルな描画手法を開発しています。これと関
グラフィックスハードウェアを使用し、
水、
髪、
目から入ってきたもの、
耳から入ってきたもの、
ジタル化——すなわち世界を情報の集合体と
かった問題解決の鍵となる。
物よりリアルなCG映像すらあるほどです。
連して、自然現象をはじめ、各種解析・シミュ
砂状物質をリアルタイムに変形描画させる研
さわって味わって感じてみたもの、内からわき
して抽象化し、モデル化することによって、さ
私たちは、ようやく鰐までになったコン
CG 技術は、長い間に多様な手法が少し
レーション結果の可視化(サイエンティック・
究。
特に流体を考慮した風切り音の生成法は、
でてくる思考・感情は、人間に内在する情報
まざまなものが通信可能となった。今日のイン
ピュータとネットワークを、いかに人間まで育
ずつ編み出され、改良され、劇的に安価に
ビジュアライゼーション)も行っています。
CGの新たな方向性を打ちだしました。
となる。書籍、写真、動画、それをディジタル
ターネット技術は、すでに物体以外のすべての
てるかをテーマとし、コンピュータ、ネットワー
なったコンピュータと、映画やゲームといっ
・CG画像と写真の合成
化したものは、人間が取り出し、抽象化して作
ものを遠隔化できそうな様相を見せている。
クやソフトウェアシステムの高速化に取り組ん
た市場を得て形成されてきました。そして、
画像の合成、画像変形(ワーピング、モー
りだした情報である。同じように、世界中の森
さらにリッチでリアルタイムなCG生成が研
フィング)
、焦点距離の変更などの2次元画
羅万象有象無象、そして生命体の存在自身が、
究されています。西田研究室はこのCG 技
像処理に関する研究を手がけています。
情報として抽象化することにより人間のものと
術の基礎から応用までに取り組んでいます。
取り組んでいる研究の紹介
でいる。目標は決して遠くない。あと10万倍
速い情報処理
—「鰐」から「人間」へ
の高速化だ。過去 50 年間で1000万倍の
高速化をコンピュータ、ネットワークともに実
なる。物理は世界を場と物体を用いて抽象化
では、情報により抽象化する意味は何だろ
する。化学は物質、生物は生命を中心に世界
うか?
をモデル化し、
理解する。情報では、
世界を「1」
それは、情報処理における計算
CG 分野の最も権威ある学会は ACM
と「0」の列に代表される情報の集合体として
の万能性にある。データを移動す
SIGGRAPH で
次に注目されるのは君だ!
水の屈折・散乱・集光効果を考慮した水中
情報とは何だろうか?
私たちは、CGのさまざまな研究分野——
・形状処理とその応用
SIGGRAPHです。毎年夏に開催される
モデル化し、理解する。
る、四則演算をする、条件を判断
形状モデリング、隠面消去、陰影表示、ア
ベジエ曲面やメタボールを利用した曲面形状
SIGGRAPH 会場では、学術会議ととも
情報が他の科学と大きく異なるのは、世界
して適用する処理を選択する、これ
ニメーションなどを広くカバーし、特にリア
の生成。最近は形状変形法を開発しています。
に技術とアートの粋を集めたデモンストレー
をモデル化・理解するだけでなく、計算という
らの組合せですべての情報に対す
ルな画像生成に多くの実績があります。
・レンダリング技術
ションが繰り広げられ、多くの来場者で賑わ
過程により情報を操作し、処理できることだ。
る処理を実現できることは、チュー
・光学的効果を考慮したリアルな描画
曲面のレイトレーシングのために、ベジエ
います。2005 年、その学会から、CGへ
昔、情報処理はおもに人間の脳で行っていた。
リングマシンの理論が教えている。
リアルな画像は、照明効果を忠実に計算
クリッピング法を開発しました。この方法は
の長年にわたる貢献が認められ、アジアで
いまから70年くらい前のある日、情報は電気
詳細は分かっていないものの、人間
することによって得られます。そのため、各
多項式の解を求めるのに有効で、
応用として、
は初のS.A.Coons賞を受賞しました。日本
信号になってコンピュータで処理できるように
の脳はこのようにして情報を処理し
種の照明効果—さまざまな光源(スポットラ
曲面を多角形に分割しないで表示する方法
のCG 研究が世界に認知されて、たいへん
なった。最初は大砲の弾の落下場所の計算、
ていると考えられている。
イト、線光源、面光源、天空光)に対応し
(隠線消去、レイトレーシング、スキャンラ
嬉しい気持ちです。
飛行機の翼設計、暗号の解読がコンピュータ
しかしながら21世紀になっても、
コンピュー
たシェーディングモデル(陰影付け)を開発
イン法による隠面消去)が生まれました。
の扱える計算だった。それから70年たち、宇
タは人間が楽々とできること、たとえば視覚認
しています。特に、相互反射光の計算(ラジ
・NPR(非写実表現法)
宙や銀河創生、
地球全体の気象を再現し、
チェ
識、気の利いた会話、翻訳、囲碁、将棋など
オシティ法)および半影の計算は、先駆的
写真のようにリアルな画像を追求するだけ
スやオセロでは人間の能力を凌駕し、我々の
は遠く及ばず、知を持つものには程遠い。万
な研究として評価されています。
でなく、絵画タッチのCGへの関心も高まっ
生活に不可欠なものとなった。
能の計算ができるはずのコンピュータはなぜ人
• コンピュータグラフィックス
(自然物・自然現象の可視化、照明シ
ミュレーション、CAD システム、形状
幾何モデル、計算結果の可視化、絵
画風 CG)
間ほど情報を取り入れられないのか?
計算の万能性は、コンピュータには個性が
16
の高速化の研究
• Java と実行時コンパイラの研究
参考データ
ず必要な情報の処理ができることを約束して
平木研究室:
開発した CG 手法の軌跡とアニメーション:
いる。しかしながら、現実のコンピュータで
http://www-hiraki.is.s.u-tokyo.ac.jp/intro.html
http://nis-lab.is.s.u-tokyo.ac.jp/~nis/
sampl_img.html
http://nis-lab.is.s.u-tokyo.ac.jp/~nis/animation.
html
実現するためには、アルゴリズムなどのよう
GRAPE-DR:
http://grape-dr.adm.s.u-tokyo.ac.jp/
http://nis-lab.is.s.u-tokyo.ac.jp/~nis/topicja.
html
なびく髪をインタラクティブにレンダリング
• 超並列スーパーコンピュータ
• コンピュータアーキテクチャ
• 超高速 TCP 通信
• データ共有システム
• 値の局所性を用いたアプリケーション
なく、コンピュータとネットワークを用いて必
西田研究室:
大気散乱を考慮した地球
2003 年11月、24000km 離れた 2 点間で 7.56Gbps の長距
離高速データ転送を記録、世界記録を更新した。以来、2007
年の最終記録まで記録を更新し続けた。
間に及ばないのか? なぜ、コンピュータは人
参考データ
現してきたことは、その大きな支えとなる。
開発したGRAPE-DR 用プロセッサ。1チップあたり
512G FLOPSの処理能力がある。
な実現の方法論を明らかにするとともに、実
際上の制約となっている計算の速度、記憶の
Data Resevoir:
http://data-reservoir.adm.s.u-tokyo.ac.jp/
17
研究室紹介
萩谷 昌己
研究室紹介
教授 Masami Hagiya
●理論計算機科学
アルゴリズム論●
「安心・安全」から
「あやしい・あぶない」まで
Hiroshi Imai
今井 浩
教授
さらにその先へ!
アルゴリズムの基礎から量子情報科学へ
論理からコンピュータシステムのしくみを追求する
るか。形式体系のもとでの計算は常に停止す
ピュータシステムの正しさを検証する技術が重
るのか、計算できないことはないのか。
要になります。このような研究分野は「数理的
以上のような性質を個別に考えるのではな
技法」とか「形式的手法」と呼ばれています。
皆さんは、チューリング機械とかラムダ計算
く、計算モデルに対してなんらかの「論理」を
現代社会は情報技術に大きく依存しており、
量子力学を研究してみるのはどうだろう、
量子力学に従う状態(量子状態)で情報
量子計算ではじめて可能になるコンピュータ
などの言葉を聞いたことがあるかもしれません。
定義することにより、さまざまな性質を統一的
数理的技法は情報社会をより「安全・安心」
いまのパソコンやインターネットを凌駕した
を表現し、操作して計算し、相手に送って
間のリーダ選挙方式を、世界初で提案・実証
これらは、
「計算」というものを数学的に捉え
に導くことが可能になります。さらに、論理を
にする技術として期待されています。研究室で
新しい情報科学技術を展開するために。こ
通信するのが量子情報処理だ。これでニュー
している。
るための「計算モデル」の典型例です。計算
形式体系(公理系・推論規則)として与えれば、
も、暗号プロトコルの検証(暗号系の破られ
れだけだと脈絡がつかめないかもしれない
トン力学ではできない情報処理ができるよ
モデルによって、
「計算」というもやもやとした
推論の自動化や機械化が可能になります。こ
易さを考慮にいれた確率的な議論を可能にす
が、10 年、20 年先の情報環境がどうなっ
うになるのだろうか? 答えは「イエス」で
ものが科学的解析の可能な対象となります。
れは、以下で述べるように、実際的な検証技
る形式体系)とJavaプログラムのモデル検査
ているか想像してほしい。いまのパソコンや
ある。量子力学には、測定すると状態が変
(モデル検査という検証技術を用いてマルチス
計算モデル
きるようになる。これは1994 年に示されて
新しい情報モデルを求めて
量子情報モデル
おり、当研究室では、代数的に深化を進め
て量子アルゴリズム研究を展開するとともに、
新しい研究に取り組む面白さ
いうまでもなく、このような計算モデルは、
術へつながります。
インターネットがそのまま10年、20 年先で
わってしまうという量子不確定性原理があ
ここまでで量子情報科学の面白さをすこし
コンピュータを作るための指針になりますが、
研究室では、以上のような方向で計算モデ
レッドのJavaプログラムを検証する技術)の
も幅を利かせているわけはないのだから。
る。情報処理的には、量子通信する途中で
でも感じていただけたら、若手の方々にはぜ
実際に作るときは、さまざまな観点から計算モ
ルに関する研究を行っています。
研究を進めています。
昔を思いおこすと、東大では1980 年代
盗聴されるとこの原理で状態が変化して相
ひこの注目を集めている分野で新しいテーマ
デルにない機能を多く追加してしまうことがよ
情報技術の進展とともに、計算モデルに関
にはメールを世界とやりとりできるようにな
手に届くことになり、これをうまく通信方式
に取り組む楽しさを実感してほしい。新規テー
あやしい・あぶない
くあります。すると、実際のコンピュータは、も
との計算モデルとは似ても似つかないものに
り、今井も1985 年にStanford 大学の共
マに取り組むには、まず新しいことを知らな
同研究者との論文執筆のやりとりにメール
いといけない。量子情報科学を展開するに
なってしまい、実際のコンピュータに即したモ
既存のシステムを安全・安心にするだけでな
を使って、国際会議投稿の締切りに間に合
は量子力学が必要だ。しかし、それは物理や
デルを考えよう、
という方向に研究が進みます。
く、新しい計算モデルを考えることもたいせつ
わせた。メールは現時点では最もポピュラー
電子工学分野の人と同じレベルの量子力学を
また、コンピュータを作るためではなく
です。新しいことは当然、最初は「あやしい・
な通信手段であるが、それがこれからもずっ
学ばないと先に進めないということではない。
て、自然界を理解したり再構築したりするた
あぶない」ものです。
「あやしい・あぶない」
と情報交換手段の主役というのでは世界は
量子情報科学のために必要な量子力学は、
めに計算モデルを考えることもあります。特
技術が有用になって社会に広がると、今度は
変わっていかないのだ。
実は大学生にとっては非常に取り組みやすい
に、生物が行うさまざまな情報処理は生物
それらを
「安全・安心」にする必要がでてきます。
若い世代の特権として、それまでにない
もので、大学入門線形代数を理解していれば
学で活発に研究されている課題ですが、生物
本研究室では、
「あやしい・あぶない」計
世界を切り拓く挑戦ができるということがあ
スタートできる。
が行う情報処理に即した計算モデルがあれば、
する研究テーマも変遷してきました。ネットワー
算モデルの研究として、分子コンピューティン
る。ぜひ、そのターゲットとして、いまや社
として構築すれば、長距離通信においても
こうした壁を冒険して乗り越えることで、新
生物の情報処理をモデル化して解析するだけ
ク技術やユビキタス技術などの進歩により、ま
グや合成生物学に関する研究を行っています。
会基盤となった情報科学技術を革新するこ
途中で盗聴がないことを保証できるはじめて
しい世界が広がっていく。交流する研究者も
でなく、生物と同様の情報処理をコンピュータ
た生物を扱うためにも、
「定量性」と
「場」を持っ
分子コンピューティングでは、計算モデルを考
とに挑んでもらいたい。その先には、自分
の通信方式になる。これはニュートン力学で
さまざまな分野にわたり、分野の垣根を超え
に行わせたり、生物の情報処理を再構築する
た計算モデルが重要となっています。
「定量性」
えるだけでなく、実際にDNAなどの生体分子
の研究が世界を変えるという素晴らしい体
デジタル情報処理をしているだけでは不可
た交流はきっと有意義なものとなる。こうした
ことが可能になります。
とは、確率や物理量(エネルギーや濃度)など
を用いた計算システムを実装しています。
験ができるはずだ。
能な画期的技術革新である。
楽しさをぜひ体感してほしい。
では、具体的にいまの情報処理を革新す
この暗号通信方式は1984 年に提案され
るにはどうすればよいだろう? ひとつのア
たものだが、2007年に我々の研究グルー
プローチは、いまある情報処理原理ではな
プが情報科学を駆使し、世界で初めて定量
い、新しい原理を使うことである。いまのパ
的に安全性を保証した量子暗号システムの
ソコンや携帯電話を制御するVLSIチップが
実験実証を行ったところである。
参考データ
ニュートン力学で「0」
「1」のデジタル情報
計算の効率という点でも量子状態を使って
萩谷研究室:
を処理するのに対し、VLSIチップの集積度
計算すると、量子重ね合せという性質とフー
向上に応じてチップ内では量子力学が支配
リエ変換を組み合わせて、いまのコンピュー
する点に着目して、新原理として量子力学を
タでは効率よく解けないと思われている整数
ERATO-SORST 量子情報システム:
使ってみようというのだ。
の素因数分解の問題を効率よく解くことがで
http://www.qci.jst.go.jp/
の定量的な尺度を扱うことを意味します。
「場」
形式体系と論理
とは、ネットワークにおけるように、計算の主体
がなんらかの関係を持ちつつ分散していること
計算モデルの研究は、計算概念を計算モ
を意味します。生物におけるさまざまな情報処
デルとして数学的に定式化し、それをさらに
理もなんらかの「場」を活用しています。
「形式体系」として定義することに始まりま
す。形式体系のもとで、計算は厳格に定まっ
安全・安心
た規則による記号操作として定義されます。
すると、さまざまな疑問が湧いてきます。形式
上で述べたように、計算モデルとその論理
体系の個々の対象がいったい何を意味してい
に対して形式体系を定義し、自動的にコン
18
• 分子コンピューティング
• 計算モデルと形式的検証
• プログラミング言語
http://hagi.is.s.u-tokyo.ac.jp/
http://hagi.is.s.u-tokyo.ac.jp/~hagiya/
分子コンピューティング:
http://hagi.is.s.u-tokyo.ac.jp/mp/
• 量子計算
• アルゴリズム論
• 組合せ最適化
• 計算幾何
参考データ
今井研究室:
http://www-imai.is.s.u-tokyo.ac.jp/
19
研究室紹介
石川 裕
研究室紹介
教授 Yutaka Ishikawa
●並列分散システム
数値シミュレーション、高性能計算●
機能し続けるシステム
発時のツールで取り除けるようにする。ま
たソフトウェア実行時には、OSによるディ
SCore
ペンダビリティ支援機能を提供する。こ
須田 礼仁
准教授
コンピュータの中の小宇宙
科学技術シミュレーションの未来を拓く
安全・高性能・高生産コンピュータシステムを目指してシステムソフトウェアは進化を続ける
ディペンダブルシステム
ソフトウェア
Reiji Suda
コンピュータの中に
どんな世界をつくるか?
には模倣以上のものである。理論はむろん
A(Algorithm):計算方法によって、速
重要だが、ちょっと複雑な問題になると数値
度や精度がまったく違う。適切な計算方法
計算に頼らざるを得ない。実験では実現で
を設計することが重要だ。
家庭、オフィス、工場、自動車、飛行機、
れらはおもに Linux 上で実装しているが、
並列コンピュータ上の多数のコンピュータを
コンピュータは小さな宇宙だ。宇宙には
きないような理想的な条件がシミュレーショ
S(Software):スーパーコンピュータな
鉄道、あらゆるところでコンピュータが使わ
FreeBSDなどのUnix系 OSのカーネルで
調停し、効率よくたくさんのアプリケーションを
何があるか? 空間と、それを満たす物質
ンでは設定できるし、現実にない性質の物
どでは、それに適したプログラミングが必要
れ、それらがネットワークでつながる時代。
の稼動も目指し、将来は独自OSカーネル
動かすためには、アプリケーションの動作を管
と、物質の挙動を決める物理法則である。
質を使ったり、地球や宇宙の変化のように
になる。
たとえ1台のコンピュータが故障しても、シ
の開発も視野にいれている。
理するソフトウェアが必要になる。SCore(エ
物理法則に従って、実に多様な現象が宇宙
物理的に実験できないものでも、シミュレー
H(Hardware):コンピュータの性能を
スコア)は、石川が経済産業省のプロジェク
の中で起こる。コンピュータも同じだ。宇宙
ション上で実現できる。風洞実験では測定
最大限に引き出すには、ハードウェアを正し
トで開発を主導してきたそのようなソフトウェア
空間の代わりにメモリ空間があり、物質の
器が設置してある場所以外の流れは測定で
く理解しなければならない。
ステム全体に波及しないようにすることがた
高性能並列計算システム環境
いせつだ。故障は、ハードウェアだけでな
くソフトウェアの不具合に起因することも多
である。SCoreは、筑波大学や理化学研究
代わりに情報(データ)がメモリ空間に満ち
きないが、シミュレーションなら空間のすべ
未来を拓くシミュレーションにはSMASH
い。ネットワークアタックによるシステム停
本来1台で使用する目的で作られたコン
所の計算センターで使われている日本発のクラ
ている。そして、物理法則の代わりにデー
ての点における流れの情報を得られる。この
のどれひとつも欠かせないが、実はこのな
止やデータ漏洩など、システムに対する新た
ピュータをネットワークでつなぎ、並列コン
スタシステムソフトウェアであり、石川研究室
タの挙動を決めるのはプログラムである。ど
ように、シミュレーションは実験や理論に並
かでかなめになるのが中央にある「A」で
な脅威も生じている。
ピュータとして使うようにしたシステムを、ク
のクラスタ関連の研究成果も、SCoreに組み
ういうデータをメモリに満たし、どういうプ
ぶ研究手段となった。工業製品などの設計・
ある。アルゴリズムが適切でないと、計
このような不具合が生じないシステムを、
ラスタと呼ぶ。現在、多くのスーパーコン
込んで世に出されている。
ログラムをつくるかによって、コンピュータ
最適化にコンピュータシミュレーションが大
算はできても精度がまったく足りなかったり、
の中にはさまざまな世界が広がる。現実の
活躍しているのもよく知られているだろう。
プログラムをいくら工夫しても、コンピュー
「ディペンダブルシステム」と呼ぶ。ディ
ピュータがクラスタ構成をとっている。ま
新たな研究開発が始動
ペンダブルシステムが持つべき要件には、
た、異なる組織に設置されているコンピュー
Availability
(可用性)
、
Reliability
(信頼性)
、
タ群を使って並列処理を行う、グリッドコン
Safety(安全性)
、Confidentiality(機密
ピューティングという形態もある。
並列アプリケーションは、並列コンピュー
ピュータの中にどんな世界をつくりだすか、
性)
、
Integrity
(健全性)
、
Maintainability
(保
並列処理プログラムはおおむね、各コン
タの特性に強く依存することから、プログ
それは君たちの想像力しだいだ。
守性)がある。
ピュータでの計算とコンピュータ同士のデー
ラミングに深い計算機知識を要し、作った
石川研究室は、米澤研究室、筑波大学、
タ交換を繰り返し、各コンピュータが結果を
プログラムは異なるアーキテクチャのコン
早稲田大学、慶應義塾大学とともに、ハー
ファイルに格納するように動作する。このた
ピュータでは動作しないことが多い。研究
ドウェア故障、ソフトウェアのバグ、ネット
め、並列計算システムの性能を向上させるた
室では、さほど深い知識がなくても記述可
スーパーコンピュータが登場してから、コ
ワークアタックに強く、電力消費と性能・実
めには、データ交換とファイルシステムの高
能で、さまざまなタイプの並列コンピュータ
ンピュータシミュレーションは「第3の科学」
S(Science):まずシミュレーションの
る。最近はハードウェアに自動適応する「自
時間性に配慮した、ディペンダブルシステム
速化がポイントになる。
で効率よく動作するようなプログラミング環
といわれるようになった。
「第 3」というか
対象そのものに対する理解が必要だ。
動チューニング」の研究にも取り組んでいる。
を研究開発している。
石川研究室では、高速化の研究ツール
境——プログラミング言語、ライブラリ、ミ
らには、先行するものが2つあるわけだが、
M(Model):シミュレーションしたい対
科学技術シミュレーションの未来を拓くため
この取り組みでは、ディペンダビリティを
として、データ交換のための業界標準で
ドルウェアを研究開発していく。
それは
「実験」と
「理論」である。シミュレー
象物や法則を、コンピュータで扱えるように
に、これからもさまざまな問題に貪欲に取り
阻害する論理的なバグや所定の時間範囲で
あるMPI 通信ライブラリ規格を独自実装し
ションという言葉の意味は模倣だが、実際
表現する。
組んでいきたい。
実行できないようなバグを、ソフトウェア開
(YAMPI)
、さらにYAMPIを基に、産業技
術総合研究所とグリッ
ソフトウェア開発時
実行時
プログラム
プログラム
ド向けMPI 通信ライ
ブラリの実装である
検証・解析
・ソフトウェアの論理的な正当性
・時間制約の検証
・消費電力見積もり
・耐故障性の検証
検証ツール
20
・実行時耐性保証
・故障・状態変化検知
えない世界をつくりだすこともできる。コン
第 3 の科学
—シミュレーション
アルゴリズム、
高性能プログラミ
ング、
これが我々の研究テーマだ
スタ向けファイルシス
タの性能を活かしきれないなど、根本的な
問題がいろいろと発生する。
我々の研究室は、この「A」と2 つ目の
では、コンピュータさえあればやりたい
「S」をおもな研究テーマとして、新しいハー
シミュレーションが簡単にできるのかとい
ドウェアを活かしたプログラム手法、高速ア
うと、話はそれほどたやすくない。シミュ
ルゴリズムなどに取り組んできた。気象計算
レーションの実現のために必要なものを
に使われる球面調和関数変換の世界最高速
「SMASH」だと言う人がいる。
• 高性能・高生産並列計算環境
• ディペンダブルシステム
• 実時間分散システム
のアルゴリズムは、我々が考案したものであ
• 数値計算アルゴリズム
• 計算の高速化・並列化
• 科学技術シミュレーション
GridMPIを研究開発
している。また、クラ
OSカーネルによるモニタリング
世界を模擬することもあれば、現実にはあり
参考データ
石川研究室:
http://www.il.is.s.u-tokyo.ac.jp/
テムの研究開発も進
PC クラスタコンソーシアム:
めている。
http://www.pccluster.org/
参考データ
高速球面調和関
数 変換法を用い
た気象シミュレー
ション
須田研究室:
http://olab.is.s.u-tokyo.ac.jp/~reiji/sudalab.
html
21
研究室紹介
高橋 成雄
准教授 Shigeo Takahashi
研究室紹介
●データの可視化とその視覚応用
ユーザーインターフェイス●
人の目を通した情報の
理解を探求
Takeo Igarashi
五十嵐 健夫
准教授
気の利くコンピュータとは?
未来のユーザーインターフェイスをデザインする
情報ビックバン時代の可視化処理—やわらかい可視化プロジェクト
に省略し、視覚情報に変換するという方法で、
ピュータの実現だと、
我々は考えている。バー
に3次元CGやアニメーションを作れるよう
あふれるデータのなかから本当にほしい情報を
チャルリアリティで右側を見たいときは、
「右
にするものだ。
効果的に抽出し、視覚的に提示します。
を見たい」とコマンドを打つのではなく、顔
画像を利用したコミュニケーション支援手
「百聞は一見にしかず」——これは、可視
実例をお見せしましょう。図1は陽子と水素
を右に向ければよい。コンピュータが自身
法、大量の情報を効率よく収集・分析・利
化の話をするときによく言われることわざで
原子の衝突をシミュレーションしたものです。
の所在をGPSなどで把握していれば、人は
用するための手法、また将来に向けて、家
す。実際、人が持つ五感(視、聴、触、嗅、味)
左側は単純な可視化処理で得られた不明瞭な
わざわざ現在地を手で入力する必要がなくな
庭用ロボットを操作するためのユーザーイン
のうち、視覚は空間的にも時間的に最も解
画像、右側は適切なデータ解析を施して改善
る。気の利くコンピュータの実現には、コン
ターフェイスも研究対象である。
像度の高い知覚であり、人への情報伝達に
しています。実は、シミュレーションを行った研
ピュータあるいはユーザーの置かれている状
ユーザーインターフェイスはまだまだ新し
中心的な役割を果たしてきました。可視化は、
究者も、右側の画像を見てはじめてループ状
況を適切に把握し、どのような状況のときど
い研究分野で、解決しなければいけない問
視覚は人への高解像度
入力デバイス
手書きスケッチによる3 次元モデリング
人が理解すべきデータをコンピュータを用い
のエネルギー分布があることに気付いたそうで
て画像などの視覚的な情報に変換し、わかり
す。可視化技術がふだん見すごしている情報
昔のコンピュータは、何をするにも命令を
やすく伝える技術です。
を気付かせてくれた、好例です。
いちいちキーボードから打ち込まなくてはな
本当に意味のある情報を
拾い上げるのは難しい
コンピュータの性能向上が顕著になるとと
可視化は、情報ビックバン時代の到来とと
もに価値が高まってきています。
伝わらなければ意味がない
もに、核融合などの複雑な物理現象のシミュ
図 3 投影図にデフォルメを加えた例。
(左)写真と
同じ投影図表現、
(右)デフォルメを加えて道路が山
に隠れないように改善。
らず、使いにくいものだったが、ウィンドウ、
のように動作すべきかが適切に設定されて
題が多く残されている。また、個人のアイデ
いることなどが必要である。
アがすぐに世界中で使われる可能性があり、
エキサイティングな分野でもある。より多く
アイデアいろいろ
アイコン、
メニュー、
マウスを駆使したグラフィ
期待している。
カル・ユーザーインターフェイスの普及によっ
このような問題意識のもと、さまざまな新
を加えて道路が山に隠れないようにしても、ほ
て、一般の人にも使えるようになった。しか
しいインターフェイス
とんどの人は違和感なく3次元シーンを想起
しよく考えてみると、入力デバイスがキーボー
を研究している。
レーションを短時間かつ高精度に行ったり、あ
ところが、可視化しようとするデータが複雑
できることがわかっています。これは可視化に、
ドからマウスに代わっただけで、人間がやり
ひとつは、ペン
るいは経済などの統計データをリアルタイムに
になると、誇張されて可視化された情報でも人
データの解析のみならず、人の視覚の仕組み
たいことをいちいち細かく指示しなければい
入力を活用したイン
を考慮する必要性を示唆しています。
けないことに変わりはない。このような受動
ターフェイスのデザ
的なインターフェイスは、ウェブやメールのよ
インである。ペン入
うな簡単な操作には問題がなくても、映像
力には、大まかな情
の作成・編集や、他人とのビジュアルなコミュ
報を手早く入力でき
処理できるようになりました。けれども、この
の注意をうまくとらえることができなくなります。
ようなデータを手に入れただけで、データに潜
図2の左側は、視点が不適切なために可視
在している意味がわかるわけではありません。
化結果がだいなしになっています。そこで、心
むしろ逆に、データが膨大になればなるほど、
理学実験の知見を採り入れ、人がモノを見る
必要な情報を得ることは大海から真珠を拾い
ときの視点の定め方を当てはめて適切な視点
このように、可視化は情報ビックバンの
ニケーションなどといった、膨大な情報をい
ること、また文字だ
集めるくらい難しくなっているのです。このよう
で可視化したものが右側です。
現代を生き抜くための道具となりつつあります。
ちどに扱うような操作には適していない。ま
けでなく絵や図も同
に、あふれるデータに翻弄されている現代を、
また、人の視覚には融通性があって、実際
日々流れ込んでくるデータから必要な情報を引
た、今後家庭にはいってくると期待されるロ
時に入力できるとい
とは異なる少し嘘の混じった映像をうまく理解
きだし、視覚を通して確実に人に伝達させるこ
ボットのような、実世界を扱う場面にも不十
う特徴があるが、既
可視化では一般的に、データを解析して必
できます。図3は山道を描いたものですが、
我々
とは、人の叡智を最大限活用するための活動
分である。このような問題を解決する、未来
存のペン入力手法はその良さを活かしきれて
要な情報を強調しつつ必要でないものは大胆
の実験から、右側のように投影図にデフォルメ
といえるでしょう。
のインターフェイスが求められている。
いない。そこで、より自由に描画しつつ高度
「情報ビックバン時代」と呼んでいます。
情報ビックバン時代を
生き抜く道具となれ
直接操作によるアニメーション作成手法
な使い方が可能な手法を開発している。
• 3 次元画像や関連性データの解析
• 奥行き手がかりを考慮に入れた投影図生成
• 人の視覚注意のモデル構築と可視化応用
図1 陽子と水素原子の衝突シミュレーションで衝突
直後を可視化。
(左)データ解析を施さない可視化
画像、
(右)データ解析を施して改善。
22
図 2 歯のデータに対する人の視覚特性を考慮に
入れた視点選択。
(左)悪い視点からの見え方、
(右)
最も良い視点からの見え方。
気の利くコンピュータ
の人がこの分野に興味を持ってくれることを
コンピュータグラフィックス(CG)のコン
テンツを手早く簡単に作成する技術も開発し
未来のインターフェイスに必要なのは、人
ている。従来、CGは専門家が時間をかけ
間がコンピュータにいちいち指示を与えるの
て作るもので、素人が作成するのは難しかっ
参考データ
ではなく、人間の自然な動作からコンピュー
た。開発中の、手書きスケッチによる3 次
高橋研究室:
タが人間の必要としていることを察して手を
元モデリングや、操作の記録と再生によるア
http://visual.k.u-tokyo.ac.jp/
差し延べてくれるような、
「気の利く」コン
ニメーション作成手法は、初心者でも簡単
• ペン入力インターフェイス
• CG を簡単に作るためのインターフェイス
• ロボットのためのインターフェイス
参考データ
五十嵐研究室:
http://www-ui.is.s.u-tokyo.ac.jp/
http://www-ui.is.s.u-tokyo.ac.jp/~takeo/
index-j.html
23
研究室紹介
細谷 晴夫
講師 Haruo Hosoya
●計算論的脳科学
いま再び
脳の謎に立ち向かう
情報科学的アプローチ
脳ってどういう仕組みで
動いてるのだろう
ました。つい30年ほど前には、
「人工知能」
というテーマでこの飽くなき探求に参加し、
それは一世を風靡する勢いでした。しか
この疑問は、古今東西、人間の一大関心
し、その試みの大半は無惨な失敗に
事となってきました。21世紀になったいまで
終わり、現在では個々のアプリ
も解明されていない、最大の謎のひとつです。
ケーションに知能的な機能を
最近のマスメディアでの取り上げ方や、おび
追加するような研究に終始し
ただしい書籍が出版されていることからもわ
ているように見えます。
「ヒト
かるように、専門家だけでなく、一般の人た
と同じくらいの知能を持つ機
ちの関心も相当なものです。それも当たり前
械を作ろう」などという過去
のことです。脳とは自分自身のことであり、人
の夢はどこかにいってしまっ
間ならばみな、自分はどういう存在なのかと
たかのようです。それどころ
いうことを知りたいと思うでしょう。
か、そういう夢を持ったり語っ
私は脳科学のなかでも、
「計算論的脳科学」
たりすること自体がタブー視さ
に関心を持って研究しています。
「計算論」と
れ、嘲笑の的になるような雰囲気さえあるほ
は何でしょう? 脳科学はもともと、実験を
どです。私も学生時代、そのような雰囲気
との対応がとれるケースも!)
。ですから、い
主体とする生物学の守備範囲でした。つまり、
のなかで育ったためか、ごく最近まで「現実
ままさに、情報科学者が脳科学という人類
解剖学や生理学の手法を使って、
「脳の基本
主義的」な研究をチマチマとやっていたほう
最大かもしれない科学分野に再参加し、本
単位となっている神経細胞はどういう仕組み
でした。
質的な貢献ができる絶好のチャンスなのだ
になっているのか」とか、
「脳のどの場所にど
ういう機能があるのか」とか、
「脳のどことど
こがつながっているのか」というようなことを
急速な技術発達のあと、
再び脳に挑む
と思っています。特に私は、
「個別の学習理
論を組み合わせ、どのように脳の高次機能
が実現できるのか」ということに興味があり
調べています。これはこれで、非常に価値の
しかし、そのような否定的な意見をいまも
ます。これは、
「個々のモジュールの組合せ
あることです。けれども、これだけでは脳の
言う人々は、この20 年間の他の分野の急
によって大きくて複雑なシステムをつくりあ
仕組みがわかったことにはならないのです。
速な発展に気付いていなかったのです。神
げる」という、システム設計の訓練を受けた
結局のところ、
「神経細胞がどうつながり、
経解剖学や生理学の分野では膨大な知見が
情報科学者にとって、格好の活躍の場となっ
その結果どのような機能が生まれるのか」を
たまって、脳組織の微細な構造までかなりわ
ていくでしょう。
明らかにすること——それも言葉で説明する
かっています。また、fMRIを代表とする脳
レベルではなく、
「数理的にモデル化して、計
イメージング技術の発達によって、健康な人
算機などで再現できる」程度に精密に説明で
間の脳の活動を細かく観察できるようになっ
きないかぎり、本当に「脳を理解」したこと
てきました。そして、計算論も活発になり、
にはなりません。このモデル化をするのが
「計
見通しのよいモデルがたてられ、生理学的
算論」なのです。
実験を通して検証が進んでいます。さらに、
なぜいま情報科学科で
脳科学なのか
情報科学者も、常に脳に興味を持ってき
24
• 計算論的脳科学
• プログラミング言語論、XML 処 理
(過去の研究)
情報科学の一分野でもある機械学習理論が
整理されてきて、意外にも脳の学習メカニズ
参考データ
ムと強い関係があることもわかってきたので
細谷研究室:
す
(学習アルゴリズムと実際の脳の神経結合
http://arbre.is.s.u-tokyo.ac.jp/
ACM国際大学対抗
プログラミングコンテスト
番
外 記
きで近づいていきましたが、それに気付いた人
は少なかったようです。なんとか勝ったものの、
熊のおかしな動きに失笑がもれます。
2回戦:作戦がツボにはまります。相手の熊
にぴったり重なり、5割の鮭を獲るはずが、な
んと8割がた獲れてしまいました。なぜか捕獲
可能範囲のぎりぎり外側の鮭にも捕獲操作を
しかけていたため、熊に向かって移動してくる
鮭をいち早く捕まえられたのです。相手にぴっ
たり張り付くという怪しい挙動と、まったく同じ
動きなのに鮭をほとんど獲ってしまうという怪し
い結果に、会場が沸きます。3回戦以降もあ
れよあれよという間に勝ち進みました。
Photograph: David Hill
情報科学科におけるイベントとして、ACM
として、2007年アジア地区予選東京大会で
ついに決勝戦:残念ながら、手抜き
(相手
が主催するICPC(International Collegiate
併催されたJava Challenge出場時の小話を
の熊だけ見ていたため、進めない方向に動こう
Programming Contest)への参加がありま
紹介します。
として身動きできないことがある)が明らかに
す。これは、何問か出される問題を3人1チー
●
なって完敗でした。でも、会場のみなさんに私
ムで制限時間内に何問解けるか、どれくらい速
このときの課題は「動きまわる複数の鮭の
たちのアイデアが伝わり、最後まで笑って楽し
く解けるかを競います。例年7月ごろに国内予
現在座標がリアルタイムに与えられるとき、で
んでいただけ、運も味方して準優勝という結果
選があり、10 ∼20人のISerが地下端末室
きるだけたくさんの鮭を獲るように熊の動きを
まで得られたことに、素直に喜びを感じました。
に集合してオンライン参加します。2回の予選
制御する」というものでした。制限時間は1時
プログラミングコンテストは、自分の能力を
を勝ち抜き、世界大会へ進むと、開催地まで
間強。プログラムを書いた翌日に1対1のトー
試すだけでなく、コードやアルゴリズムを通じ
海外旅行ができます。
ナメント形式で他のチームと対戦します。
て盛り上がれる貴重な場だと思います。プログ
コンテストでは、アルゴリズムの考案力、プ
私たちはこのタイプのプログラムは不得意で
ラミングが好きな方は、ぜひ一度参加して雰
ログラミングの速さ、正確さ、デバッグ能力、
Javaにも気が進まなかったので、アイデア一
囲気を味わってください。
そしてチームの協調と戦略が問われます。ダイ
発で勝負することにしました。戦略を以下に:
クストラ法 *1くらいは何も見なくても2分で実装
できるよね、という世界です。
私たちのチームkitsune-(きつねー)は、
(kitsune-/林崎弘成+末松宏一)
1. 鮭を捕まえられそうなら捕獲を試みる
2. そうでなければ相手の熊に一歩近づく
2007年の世界大会に出場し(日本で開催さ
出題の意図としては「いかにして鮭の近くに
れたので海外旅行には行けませんでした)
、制
行くか」なのでしょうが、そこを「鮭を追いかけ
限時間5時間で全10問のうち4問を解いて、
ているはずの相手の熊」を追いかけてごまか
世界26位
(国内2 位)
という結果を出しました。
そうという作戦です。相手の熊と同じ場所にい
コンテストは時間との闘いで、問題が解けそ
れば、
鮭を獲れる確率は5割くらいになるハズ。
Photograph: Jillian Murphy
うだという興奮、バグの原因が掴めない焦り、
この案にコーディング担当者もちょっと乗り気
写真上:提出したプログラムが正解と判定されると、
問題に対応した色の風船が届けられる。自分のチー
ムの上に風船がたくさん浮かんでいるとしあわせ、他
のチームの風船が増えると危機感がつのる。
問題が解けて目印の風船がチームに届けられ
になり、チームの作戦は決定。慣れない言語
たときの喜びの一瞬、この問題が解ければ上
に戸惑いながらも、なんとか提出しました。
位に喰い込めるという希望などが入り混じり、
翌日はドキドキのトーナメント戦。どのチーム
濃密な時間が流れていきます。情報科学科の
も勝算はなく、他のチームの作戦に興味津々
サイトを覗くと、問題の解説や臨場感あふれる
で、とても盛り上がります。
歴代の参戦記が楽しめます。ここでは番外編
1回戦:私たちの熊は相手の熊に奇妙な動
写真下:チームkitsune-/ 荒木伸夫、末松宏一、林
崎弘成
*1:いくつかの都市と、都市間の道路のデータ(どこ
からどこまで何 kmか)が与えられたとき、都市Aから
都市 Bまで行くときの最短距離を求める方法。情報
科学科に入ると2年冬学期の講義で習います。
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