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エドゥアルド・チャドウィック

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エドゥアルド・チャドウィック
エドゥアルド・チャドウィック ヴィーニャ・セーニャ社 オーナー兼代表取締役社長
チリを愛する男が手がける、
世界最高峰のボルドースタイル
“チリのオーパス・ワン”と評され、世界で
「これは本当にうれしかった。チリワインが、
も最高評価を受けているのが「セーニャ」だ。
世界の頂点に立ったんだからね(笑)
」
豊かな果実味とやわらかな酸味の奥には涼し
もともと彼はチリの老舗ワイナリー、エラ
げなニュアンスが隠れ、アコンカグァ・ヴァ
スレスの後継者で、すでに“チリ最高峰 ”と
レーの冷涼な土地を語っている。カベルネ・
の評価を受ける「ドン・マキシミアーノ・フ
ソーヴィニヨンを主体にチリの在来品種カル
ァウンダーズ・レゼルヴ」を擁していた。す
ムネールをブレンドしたその味は、ボルドー
べてに恵まれていた彼が、なぜ新たな挑戦に
スタイルでありながらも“チリのワイン ”で
踏み切ったのか。
あることを主張している。
「1991 年、ロバート・モンダヴィがチリに来
手がけるのはヴィーニャ・セーニャの代表
た時、彼の案内役をしたんだ。そしてアコン
取締役社長エドゥアルド・チャドウィック。
カグァ・ヴァレーを訪れた際、彼が『素晴ら
2003 年からは醸造責任者のフランシスコ・バ
しいテロワールだ!』と叫んだ。自国のポテ
ェティグとともに、さらに品質を向上させて
ンシャルに気づいたのはまさにその時だった。
いる。それを証明するのが、04 年に行われた
「ベルリン・テイスティング」だ。ブライン
あらためて自分の手で、世界に誇れるワイン
をつくりたいと思ったんだ」
ドでの試飲の結果、
「セーニャ2001」はシャ
その後、彼はモンダヴィとともに「セーニ
トー・ラフィット・ロートシルトやシャトー・
ャ」を生み出すが、それは瞬く間に世界で認
マルゴーを抑えて 2 位となったのだ。ちなみ
められ、
チリワインの“アイコン”となった。
Eduardo Chadwick C.
に、1 位も彼のワイン「ヴィニエド・チャド
「理想はフィネスのあるワイン。セーニャに
ウィック 2000」だった。
よってチリワインが認識されたら幸せだね」
1987年大学卒業後、父より醸造技術を習得。その後ボルドーで学ぶ。
ロバート・モンダヴィとの出会いを転機に、95年
「ヴィーニャ・セーニャ」
設立。2010年、チリへの貢献が認められ、外務省より表彰を受けた。
超・仕 | 事 | 人 |
WHO’S WHO
photographs by Shizumi Yoneda text by Kimiko Anzai(Chadwick.c)
, Hisashi Ikai
パトリシア・ウルキオラ デザイナー
対話を繰り返し創造する、
共感という名のデザインワーク。
各国の土地柄を活かした新タイプのコンセ
99 |
うであり、日本に来るたびに、新しい感覚に
プトストアをつくりたい ―― 。そう考えたイ
出合うことができると語る。
タリアの家具メーカー、モルテーニは、記念
内装設計とプロダクトデザインの仕事をバ
すべき第 1 号店の場所として東京を選び、そ
ランスよく手がける彼女だが、このふたつの
の内装設計をパトリシア・ウルキオラに依頼。
分野をどのように切り替えているのだろうか。
2 層を貫く大きな壁面に配された現代的な格
「私には脳も身体もひとつしかないので、状
子の隙間から、外光とともに隣接する日本庭
況に応じて切り替えるなんて器用なことはで
園の緑が漏れる印象的な空間が生まれた。
きません。毎回クライアントやプロジェクト
「根津美術館の美しい庭を借景に、イタリア
のテーマが変わるだけで、私はいつも同じ」
と日本の世界観を融合していきました」
終始一貫しており、こうと思ったらテコで
このショップがある表参道を、日本の縮図
も動かないタイプだと自己分析する。
のような不思議な街だと彼女は例える。
「でも、気が合う友だちと一緒に映画を観に
「最新ファッションが集まるエリアかと思え
行くと感動を分かち合えるように、相手と対
ば、昔ながらの仕立屋や骨董商があったり、
話を続けていると、いつかしら“共感 ”が生
とても見事な日本庭園まである。こんな素敵
まれる時があるんです。それこそが仕事をし
なミクスチャーは、ほかのどの国を探しても
ていて、一番ワクワクする瞬間かも」
Patricia Urquiola
見つけられないんじゃないかしら」
彼女にとって、デザインは単なるビジネス
古きよき伝統と最先端の感覚が見事に溶け
の手段ではない。さまざまに異なる思想や社
1961年スペイン生まれ。マドリードとミラノで建築を学ぶ。アッキー
レ・カスティリオーニやヴィコ・マジストレッティに師事したあと、2001
年に独立。モルテーニのほかに、モローゾ、B&Bなどと協働を続ける。
合い、次なる文化を生み出す。その様子はま
会構造をつなぐための創造性にあふれたコミ
るで、さまざまな色の光を放つプリズムのよ
ュニケーションツールなのだ。
with New Attitude
0515_超仕事人_1.indd 2
2015/04/21 10:56
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