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1 2012 年 2 月 17 日 ポルトガル リスボン 朝 半病人の旅立ち 朝 7 時に
1 2012 年 2 月 17 日 ポルトガル リスボン 朝 半病人の旅立ち 朝 7 時に空港までのお迎えの車がホテルに来ていた。3 年前は朝の 5 時だったのを思い出 す。セルビア行きの荷物を積むが、高橋さんはまだ体調が戻らないようで顔が青冷めてい る。二人を乗せた車はうねる市内の坂道を上 下し空港へと向かう。10 分ほどで空港に着 き、イタリアン航空カウンターを探すが判ら ない。迷うこと 10 分スターアライアンスの カウンターでチェックインをする。 ビジネス ラウンジで少しの休憩をするが、飲み物以外 は口に入らない。やがて定刻の 8 時 30 分に リスボンからローマへと向かう。ローマの空 港でも 2 時間ほどの待ち時間がありラウン ジで一休み。ラウンジから望む景色は殺風景 で、広い空港の駐留機を見る。せっかくのビ ジネスラウンジでも水物だけである。但し、 期待するほどの物も無いが。退屈なローマ空 港から第二の訪問国セルビアに向かい、地中 海から内陸に向かうと眼下は白い景色へと 変化して行く。 雪のセルビアに入国 セルビア到着は 17 時過ぎで、既に冬の早い帳に包まれ雪に覆われていた。入国検査を済 ませ、狭い空港なのでターンテーブルには直ぐ着く。そこには在セルビア日本大使館の庄 子書記官が待機しており安堵する。空港を出てミニバンに荷物を積み込むが久しぶりの外 気は零度前後で気持ちが良い。ホテルまでの 20 分の車窓は、雪に埋もれている車が出国前 の大雪情報を納得させた。到着したコンチネンタルホテルは旧ソ連時代の建物で、当時の 威厳を誇るかのようで、維持費を心配する自分が情けない。ホテルでルーマニアからの助 っ人の土屋さんとも合流し、イベント会場を下見した。会食では亀田公使も加わりイベン トの打ち合わせをする。この時昨日から初めての食事をした。体調も戻り始めビールがと ても旨かった。しかし豚肉の料理は脂を抜いて、これでもかと硬く焼いた板のようで、3 人 共完食は出来なかった。 2 月 18 日 セルビアの活動初日 朝 7 時にテレビ局に向かう。外は昨夜同様雪景色で、市内は路肩を雪が覆い道幅も狭まり、 入り組んだ所では交差が出来ず渋滞を起こしている。ホテルから 15 分ほどでテレビ局に到 2 着。局内で出番を待つ間画面を通してのアナ ウンスのお姉さんは、見た目がおばさんだっ たが実際は綺麗な人だった。テレビ写りの悪 いキャスターなんて意外だ。事前に質問に対 し回答を伝えてあったが、実際は忘れており いい加減な事を言っていたと思う。取材後記 念写真を撮ったが、お姉さんは私より背の低 い男の人は初めてと言っていた。ハグをした ら胸に顔が収まるかも・・・。1時間近く局に居たが生放送の取材は 15 分ほどであった。 途中のベオグラード中心部に空爆の跡が残されており、その破壊力の凄まじさを露わにし ていた。それを曇るガラス超しに見て、市内の台所である露天市場に向かう。其処でも車 を停めるのに雪が邪魔をして停車も難しい状態だ。ベオグラードの露天市場には様々な物 が売られ 300 軒程の店舗数がある。その中に魚屋が 4 軒ほどあり、店の脇にノルウエーサ ーモンの LEROY の箱が積まれていた。サーモンは公邸に届いていると言うので、他の魚 3 を選ぶが鮮度は決して良いとは言えない状態である。それでも無いから選ぶと言う辛さを 味わう。露天市場を見ていると、この国の食事情を垣間見る事が出来る。今月に入り大寒 波が襲い川も凍結したと言われ、食材の輸送も滞ったと聞く。その影響もあるのだろう、 とりあえずの買い物を済ませ、セルビアの代名詞のカレメグダン城址公園を見学。 ベオグラードの歴史 ここはベオグラード要塞と呼 ばれ、 2 世紀から 18 世紀の間に、 何度も建設と破壊が繰り返され たと言う。雪に覆われた公園を 石垣の脇まで進むと、人の足跡 の無い一段低い敷地に植込みが 見えた。そこまで雪に足跡を残 しながら進むと、日本からの支 援に対する感謝のオブジェがあ った。嬉しい記念碑である。そ こはサヴァ川とドナウ河の合流 点を見下ろす小高い丘の上で、 渡る風が身を刺す。脇には要塞が姿を残しており、聞くとベオグラードの歴史を物語るユ ニークな博物館だと言う。要塞は「上町(ゴルニ・グラード)」と「下町(ドーニ・グラー ド)」、カレメグダン公園に分かれている。ここは市民の憩いの場所でもある。その後大使 公邸へと向かう。大使公邸は小高い斜面の高級住宅街の中にあり、歴史を感じさせる重厚 な白い建物であった。公邸に入り角崎大使の歓迎を受け早々地下の調理室へと向かう。調 理室ではタイ人の公邸調理人ノイさん夫婦が待ち受けており、我々を歓迎してくれた。昼 食はノイさんのタイ料理をいただく。違和感のない美味しい昼食に感激。 大使公邸の仕込み 昼食後厨房に戻り土 屋さんとルーマニア人 シェフ 2 名と、病み上が りのエンジェル高橋と で、サーモンの仕込みに 入る。途中現地テレビ局 の取材も入り、厨房は賑 やかだ。サーモンは予想 していた通りで、ノルウ エーを出て 1 週間は経 過している様だ。腹はゆ 4 るみ変な脂が出ている。手強いサーモン であるが魔法の調理法で、臭いも消え味 も深みが出て蘇る。本来ノルウエーサー モンは生で十分食用に耐えられるが、 流 通の違いで、江戸前の技が役に立つ。他 の魚も仕込みをするが此処で欧州の革 命を試みる。と言うのもエンジェル高橋 が、マケドニア米を提案し今回のすし米 に使用。このマケドニア米は研ぐと割れ が出て崩れも出る。研いで笊上げを 30 分してから炊飯器に入れて 水を入れ 30 分。この時の水 の量は米 10 で水 11 として 炊飯した。通常の海外水量 にしたが、炊きあがりはお 粥状態であった。しかしこ の米は炊きあがり後の変化 が面白い米である。炊きあ がり直ぐは、割れた米など が糊状態であるが、時間が 経過すると米粒がしっかり としてくる。炊きあがり後 15 分ですし酢をあ わせるが、その時は 糊状態でも 1 時間後 位に米粒の存在感が 出て来る。しかし日 本で試し炊きをした 時とは状態が違う。 釜によっても炊きあ がり状態の違いもあ り 3 回ほど試し炊き をする。魚も含め翌 日の下準備が終了し たのは夕刻であった。 5 その後コンチネンタルホテルのイベン ト食材と、機材をワゴン車に乗せホテ ルの厨房に搬入する。案の定ホテルの 係員の連絡が悪く、1 時間以上納入場 所が解らず厨房内をうろうろする。 セルビア料理とラキア 夕食は大使ご夫妻の招待でシーフー ドレストラン「グシュティ・モラ」で ベオグラードの海鮮料理をいただく。 レストランは昼間見たサヴァ川を望む 国道脇にあり、歴史を感じさせる建物であった。魚事情の良くない国でもこのレストラン は、直の仕入れで鮮度も定評があると言う。ウエイターが運ぶワゴンにディスプレーされ た魚が、その存在感をしっかり出していた。全てモ ンテネグロの方から送られてくると言う魚は魚体 も大きく 1 匹の魚を 6 人でいただく。ここで、フ ルーツで出来たこの地のお酒を頂いた。家庭でも造 る手作りのラキア(ブランディー)は、各家の自慢が あるそうだ。 2 月 19 日 セルビアスシセミナー 朝 8 時にホテルの厨房に入りシャリ研ぎ をする。セミナー参加者は 300 人を予定し ているので、130 升の炊き上がりが必要で ある。炊飯器はどうにか数台借りる事が出 来たので、炊飯には不安は無いが炊きあが りに不安がある。初めの炊きあがりはお粥 状態で思わしく無い。しかし最後の方でど う に か、 すしシャリらしきものが出来た。セミナー開始は 14 時で、会場の準備も進められている。厨房には現地 のスシシェフが 5 名とルーマニアからの 3 名が準備 を進める。そこに公邸調理人ノイさんも加わり 12 時には巻き寿司を始める。参加者の試食の握りは会 場の特設テーブルに設置、セミナーが開始されてから始めるように準備する。 6 幅の広い会場正面にステージが設けられ、 セミナーのパワーポイント映像のスクリ ーンと、手元を写すスクリーンの 2 幕を設 置。客席は半円形にステージを包む様に置 かれ、その数は 300 を越えている。14 時 になると大使館のアンジェルカ職員の司 会でイベントは開始された。先ず角崎大使 の歓迎の挨拶があり小生が紹介された。セ ミナーは日本の歴史から始まり、日本の食 の基本を説明し、すしの衛生調理へと進む。セルビアの参加者は日本文化に関心が高く手 ごたえも十分である。親日的で地震 の時には多くの方が支援をされたと 聞いている。なるほど会場の雰囲気 もすこぶる良い。日本大使館の日頃 の活動が功を奏しているのであろう。 約 2 時間のセミナーは滞りなく終了 し、角崎大使ご夫婦を壇上に迎え恒 例の三本締めを行うと会場は大いに 盛り上がった。余韻に浸る参加者の 一人にセルビア国旗のデザインマフ 7 ラーを頂戴した。会場の横に設営されたテーブルでは、現地シェフとルーマニアからのシ ェフがお客様のすしを握りサーブする。試食 会場は客席の後方に設けられており、そこで 皆さんはいつまでも楽しんでいた。 ベオグラードの代表レストラン 夕刻一時のベオグラードのすしレストラ ンめぐりをした。一部の店を除きフュージョ ン系のすしをメインとしており、ヨーロッパ で受けているすしメニューである。しかしど この店を見ても食材の鮮度が良くなかったの が残念である。その後大使館主催で現地日本 企業の皆さんと、セルビア料理のレストラン で会食をした。重厚な造りのレストランマデ ラはベオグラードの代表的なレストランで、 出された料理全てが素晴らしかった。どこの 国に行っても感じる事だが、一流の料理人が 作る料理に不味いものは無い。 良い所に連れて来 ていただいた。 2 月 20 日 昼と夜の VIP イベ ント 外は相変わらず の雪景色である。 本日のイベントは 昼と夜の 2 回を行 う。 大使公邸には現地 シェフも応援に来 て準備は滞りなく 8 進む。すしシャリの出来は昨日よりも随分良くなり、日 本の米の様になってきた。マケドニア米は、日本の米の 様に研ぎ上げて浸しをすると、表面がふやけ炊き上がり が微妙に変化する。米の品質と粒が一定していない様で もある。現地ではあまり研ぐことはしないで軽く洗い炊 飯をしている。その方が米の炊き上がりも一定し扱いや すい。しかしそれではプロの仕 事と言えないので、何度も試し 炊きをして要領を得た。通常海 外の米は炊き上がりから 2~3 時間経過すると極端に米の旨さが消える。 ところがこのマケドニア米は上手に炊くと、 5 時間後でも糯米の様に粘りがあり面白い 米である。 すし酢の味も飛ばずテイクアウトでも十分 行ける。それには炊飯時に蜂蜜と、炊飯ミ オラを入れると思わぬすし米となる。これ が浸透するとヨーロッパのすし米の革命が 起こるであろう。そこまでにするにはマケ ドニア米の品質を一定にする事も必要であ るが、楽しみな 米に出会った 事が嬉しい。本 日の食数は合 わせて 100 食 も無く機動力 からすればそ の場で対応が 出来る。昼過ぎ に最初のイベ 9 ントが始まる。対象者はセルビアにある各国大使館の、大使夫婦がメインだ。この時のス シセミナーは英語で行い参加者は大いに盛り上がった。各国の大使夫婦はすしを当然知っ ており、大変楽しみにしていたのが手に取るように解る。恒例の包丁の切れ味の時には参 加大使夫人の腕の上で胡瓜を切った。失敗すれば国際問題になるがそこが面白いので止め られない。短いセミナーが 終了し試食となると、予想 以上に皆さんお召し上が りだ。何回もお替りに来る のはフュージョンのスシ では無いが、日本の伝統的 な調理をきちんとしたす しが、シンプルで正直美味 しいからだ。15 時過ぎに 一段落して街の中にラン チをしに行く。角崎大使が ハンバーグの元のような ものがこの国にあるので 是非との事でレストランに向かう。しかし想像していたものと違い時間も無くなったので テイクアウトで帰る事にした。 お会計時にレストランオーナ ーから、貴方をテレビで見たと 言われお土産を頂いた。手の平 サイズの小さな帽子と靴であ る。また小道具が増えた。17 時過ぎに再度公邸に戻り準備 をする頃になると、雪が激しく 降り始めて来た。このイベント が終了したら、深夜ルーマニア 10 への国境越えが控えているので不安が募る。 現地 VIP も熱狂 19 時になると今度はセルビアの VIP が公邸に集まり、ウエルカムドリンクの勢いもあり皆 さんの顔色も良い。角崎大使歓迎の挨拶の後小生の紹介と進む。その時昨日プレゼントさ れたセルビア国旗のマフラーを着けて登場。お集まりの皆さんが喜び大受けであった。当 然セミナーも順調に進み会場は大 変な盛り上がりである。日本好き sushi 好きな、VIP の皆さんである。 国会議長や、国立劇場の支配人夫 婦やとにかく超 VIP の皆さんが公 邸で Sushi を楽しむ。角崎大使ご 夫婦も素晴らしき交流をされてい た。セミナー終了後の試食時には、 皆さん大変喜ばれてすしを召し上 がっておられた。国会議員も多数 参加で角崎大使もご満悦である。22 時過ぎ全ての事業も終了し、大使館の皆さんに見送ら れホテルに戻る。短い日々であったが充実したセルビアを経験させて頂いた。23 時過ぎ雪 のベオグラードを発つ。我々を乗せたワゴン車は、黒光りする深夜の国道を、ルーマニア のクルージュ・ナポカへと向かう。 国境が雪で閉鎖されて居ない事を祈りながら・・・ 全国すし商生活衛生同業組合連合会 すし知識海外認証制度委員長 風戸正義