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平和の訴えから考える−核兵器問題と日米関係

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平和の訴えから考える−核兵器問題と日米関係
授業実践
政 治
1
平和の訴えから考える−核兵器問題と日米関係
栄光学園中学高等学校 相 原 義 信
教科書p.114〜117
はじめに—
「核兵器のない世界」
オバマ演説と広島・長崎
2
原爆体験から考える〜導入
2009年4月5日、北朝鮮が「飛翔体」を発射し、日
これまでの平和教育においてさまざまな実践が行わ
本が動揺していた日、アメリカのオバマ大統領が、プ
れてきたが、そのなかでも教室や講堂などで戦争体験
ラハで核軍縮についての重要な宣言をした。それは、
者の話を聞いたり、修学旅行などで沖縄や広島、長崎
核兵器の保有国として、そして核兵器の使用国として
を訪れ、現地で戦争体験や被爆体験を直接聞いたりす
アメリカの道義的責任を認め、
「核兵器のない世界」を
る平和学習が行われてきた。今回の実践でも被爆体験
追求する決意を述べたものであった。これを受けて、
を聞く・読むことからはじめたい。もちろん直接の機
2009年の「原爆の日」
、8月6日の広島、8月9日の長
会を設けることは難しい。そこで、スティーブン・オ
崎の平和式典のなかで、広島、長崎の両市長は、この
カザキ『ヒロシマナガサキ』
(DVD)や、長崎の証言
オバマ演説に支持を表明することになった。今日、核
の会『証言−ヒロシマ・ナガサキの声〈第22集(2008)
〉
』
廃絶を訴え続けてきた被爆者だけでなく、世界の人び
などを教材として生徒に提示することにしたい。
との間に核軍縮への期待や希望が高まっている。戦後
原爆体験者の講話や証言を教材にして考える授業の
64年がたち、戦争や原爆を体験した世代の高齢化がす
意義は、原爆被害を「死者何十万人」という統計的な
すみ、その風化が懸念されるなかで、どのように平和
「数」の大きさによってはかることではなく、被爆者
学習をすすめるかが、ますます問われてきている。い
一人ひとりの生命、生活から理解させることになるこ
うまでもなく平和学習では、日本国憲法の平和主義の
とである。そこでは、被爆者が原爆が投下されたとき
理解を欠かすことはできないが、ここでは広島・長崎
の状況の記憶だけでなく、戦後から現在に至るまでど
の被爆体験(証言)を導入として、現在の核兵器をめ
のような生活を送ってきたかを考えさせたい。原爆は、
ぐる日米関係を取り上げる授業を一案として示すこと
熱線や爆風による人体への影響のほかに、放射能によ
にしたい。
る急性障害だけでなく、被爆から年数がたってから発
生する影響もある。そのため、白血病やガンなど長期
にわたって被爆者を苦しめてきたことを把握させたい。
今日まで続く「原爆
症訴訟」などを考え
る手立てとなる。原
爆体験から考えるこ
とで、ヒロシマ・ナ
ガサキは64年前の過
去における「歴史」
ではなく、
「現代社
会」の問題として見
えてくるであろう。
資料1 朝日新聞2009年8月6日夕刊(朝日新聞社提供)
資料2 『高校生の新現代社会』
p.116②被爆体験を高校生に語
る被爆者
3
ヒバクシャは世界に広がる〜展開①
包括的核実験禁止条約
(CTBT)の国連採択
(アメリカ
などが批准せず未発効)
。③東南アジア、アフリカ地
日本は「世界で唯一の被爆国」といわれるが、広島・
域などを核兵器の生産・取得・配備を禁止する非核地
長崎の被爆者は日本人だけではない。当時、市内にい
帯条約の締結。④核保有国が広がらないようにするた
た朝鮮の人びとをはじめ、捕虜であった外国人などが
め1968年の核拡散防止条約
(NPT)の無期限延長、な
被爆したといわれる。原爆は、軍人・市民、国籍を問
どを取り上げ、
2国間から地域間の交渉、
ジュネーヴや
わず、無差別に被害をあたえるという特徴に留意した
国連を舞台に、さまざまなレベルで核軍縮の動きが行
い。広島、長崎以降も、被爆の歴史は続くことになっ
われてきていることを把握させたい。
また、
これらの動
た。戦後の核開発競争のなかで、米ソを中心にたくさ
きでは、
国家間による交渉が中心になるが、
国際世論や
んの核実験が行われた。アメリカによるビキニ環礁で
市民運動の盛り上がりを背景としていることや、NGO
の水爆実験(第5福竜丸の被曝)やフランスによるム
による調査・提言などの活動が国際会議などで影響を
ルロア環礁での核実験で、太平洋の島々の住民が被曝
与えていることにもふれておきたい
(地図帳p.31 ②核
した(
『標準高等地図』〈以下、地図帳〉p.85−86など
兵器と軍縮の歩み a年表 と b核保有の状況 参照)
。
参照)
。アメリカのネヴァダ州やカザフスタンのセミパ
深刻化する核拡散問題と
NPT体制〜展開③
ラティンスクなどでは、繰り返された核実験やその処
5
理作業の従事によって、多くの軍人や住民が被曝して
つぎに核軍縮が進められる一方で、冷戦後は核拡散
いる。さらにチェルノブイリの原子力発電所の事故な
が深刻化していることをとらえたい。1998年には、イ
どを加えれば、核の放射能による被害者は拡大を続け
ンドとパキスタン両国があいついで核実験を実施し、
ている。地図帳などを利用し、
「ヒバクシャ」は世界に
核保有国になった。また、中東においては、イスラエ
広がっていることに気づかせたい。そのことで、ヒロ
ルが核保有に関して言及をさける「曖昧戦略」をとっ
シマ・ナガサキは、日本のなかの「ローカル」な問題
てはいるものの、確実視されている。また、イランも
ではなく、
「グローバル」な問題として理解させること
核開発をすすめているといわれている。隣国の北朝鮮
ができるであろう。ヒロシマ・ナガサキを風化させな
は、2006年にミサイル発射や核実験を実施、2009年に
いためには、過去の歴史ではなく、現代において世界
も2回目の核実験を実施した。これらの国があるアジ
に広がっている問題として、
「ヒバクシャ」をとらえて
アの各地域では、カシミール紛争、パレスチナ問題、
考えさせたい。
朝鮮半島問題など、冷戦の終結後も隣国間での紛争や
4
核保有の現状と核廃絶へ取り組み
〜展開②
対立が背後にあることを把握させたい(地図帳p.29−
30 ③冷戦後の世界 a世界のおもな紛争、および bカ
現在、約2万発の核弾頭が存在するといわれている。
シミール紛争)
。
核兵器は、冷戦の時代、米ソ中心に核兵器開発がすす
1968年のNPTでは、非保有国による核兵器の製造、
められ、核保有国のなかでも、アメリカとロシアの核
取得を禁止し、IAEA(国際原子力機関)の査察の受
保有が圧倒的な割合をしめていることを理解させたい。
け入れを義務付けることで核兵器の広がりを防ごうと
その後、冷戦のさなかにイギリス、フランス、中国も
するものであった。しかし、インド、パキスタン、イ
核保有国になり、1962年の「キューバ危機」など核戦
スラエルはNPTには加盟せず、北朝鮮は脱退を繰り返
争の危機がひろまっていったことをおさえておきたい。
している現実がある。また、NPTでは、その時点での
そして、冷戦後から今日までの核軍縮の動きについて、
核保有国にも、核兵器の他国への譲渡を禁止し、核軍
①アメリカとロシアの間では、核兵器(核弾頭)を削
縮の誠実な実行を求めてきたが、核保有国の軍縮の義
減する動きとして第1次・第2次戦略兵器削減条約
務が守られているとはいえず、不平等であるという批
(STARTⅠ・Ⅱ)や戦略攻撃力削減条約(モスクワ条
判も強い。このことで5年ごとに行われるNPT再検討
約)
。②地下核実験を含めすべての核実験を禁止する
会議などでは、核保有国と非保有国の対立がみられる。
冷戦後の核拡散のなかで、NPT体制が揺らいでいるこ
とを考えさせたい。
6
日米安全保障体制の再編と
ミサイル防衛〜展開④
日本の核についての政策を考える前に、冷戦後の国
際関係の変化のなかで、「自衛隊」と「日米安保体制」
のあり方が大きく変わってきたことをまず確認してお
きたい。自衛隊は、インド洋やイラクなど海外へ派遣
されるようになり、日米安保体制の再定義が行われ、
冷戦下の国際関係を前提としたものから、広くアジア
太平洋地域の安定をはかるためのものに変わっていっ
た。1999年の新ガイドライン関連法では、「周辺事態」
において自衛隊がアメリカ軍の後方支援をすることに
資料4 『アクセス現代社会 2009』p.185 Ⅲ①
なり、在日米軍の再編成も進められている。ここでは、
との協力が欠かせないものとなっていることも理解さ
自衛隊が国際的な役割を求められるようになり、日米
せたい。アメリカ本土に向かうミサイルの迎撃など、
間の関係が強化されていることを確認したい。その際、
ここでも「集団的自衛権」の問題が生じることを理解
日本国憲法で認められていないとされる「集団的自衛
しておきたい。
これらをふまえたうえで、
日本は核廃絶
権」の行使との関連について、政府解釈の変遷をふま
を訴える被爆国でありながら、アメリカの
「核抑止力」
えながら考えさせたい。(『アクセス現代社会 2009』
に頼ってきている状況を生徒に考えさせることにした
<以下、資料集>p.182 3戦後の防衛の歩み と 第9
い。オバマ大統領がアメリカの核の削減などをすすめ
条解釈<資料3>参照)このように冷戦後変化してき
れば、日本の
「核抑止力」
が低下するというジレンマが
た日米関係をふまえたうえで、日本の核問題について
存在するとの指摘もふまえておきたいところである。
考えたい。1967年以来、被爆国である日本は「非核三
原則」をとってきたといわれる。しかしながら、「も
7
ち込ませず」については、アメリカの核兵器を搭載し
日本は、ヒロシマ・ナガサキを経験した唯一の被爆
た空母が寄港していたとの指摘があり、実際に日本は
国であり、非核保有国である。また、一方のアメリカ
アメリカ軍の「核の傘」に守られてきたといわれてき
は、オバマ演説にあるように戦争で核兵器を使用した
たことをふまえておきたい。また、今日では、弾道ミ
唯一の核保有国である。立場の違いがありながら、日
サイルに対処するため、海上のイージス艦と地対空パ
米関係は強化されてきている。オバマ米大統領の核軍
トリオットによる「ミサイル防衛」(資料集p.186 Ⅲ
縮政策に期待を寄せながらも、これまでの核兵器をめ
日米安全保障体制①経緯<資料4>、④ミサイル防
ぐる国際関係や日米関係をしっかり理解しておくこと
衛 参照)がすすめられ、情報の共有化などアメリカ
が必要であると思われる。
まとめ
資料3 『アクセス現代社会 2009』p.182 3②第9条解釈の変遷(政府の統一見解及び首相発言)の一部
参考資料 DVD 『ヒロシマナガサキ』
監督 スティーブン・オカザキ、発売・販売元 マクザム、提供 シグロ/ザジフィルムズ
単行本 『証言−ヒロシマ・ナガサキの声<第22集(2008)
>』
2008 長崎の証言の会
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