Comments
Description
Transcript
日本におけるジェゴグ
Kobe University Repository : Kernel Title 日本におけるジェゴグ(JEGOG in Japan) Author(s) 山田, さよ子 Citation 表現文化研究,10(2):247-256 Issue date 2011-03-14 Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 Resource Version publisher DOI URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81002922 Create Date: 2017-03-29 調査報告|©2011 神戸大学表現文化研究会|2011年1月13日受理| Research Report | ©2011 SCBDMMT, Kobe University | Accepted on 13 January 2011 | 日本におけるジェゴグ JEGOG in Japan 山田さよ子 Sayoko Yamada はじめに 本稿は日本におけるジェゴグについての報告であり、 ジェゴグ(JEGOG)は竹でできたガムランの1つであ 執筆者によるバリ島のジェゴグに関する一連の報告の る。竹でできた大小異なる14台の楽器によるアンサン 結びとなるものである。 ブルで、その楽器、音楽や芸能なども指す。また、ア ンサンブル中最大の楽器1台の名前を指す言葉でも 1. バリ島のジェゴググループによる演奏活動 あり、本稿ではこのように最大の楽器名を示す場合は 1.1. バリ島のジェゴググループによる日本公演 〈ジェゴグ〉と示す。音階はガムランの中でも珍しい、 日本におけるジェゴグの活動の中で、長く継続され、 独自の4音階である。楽器のみの楽曲演奏や、舞踊 日本でのジェゴグの知名度を上げているものの1つが を伴った演奏もあるが、ムバルンと呼ばれる競技的な バリ島のジェゴググループによる来日公演である。この 演奏活動が楽しまれている。14台の楽器は〈バランガ 分野では「スアールアグン(Suar Agung)」が1991年より ン〉、〈カンチール〉、〈スウィール〉、〈クントゥン〉、〈ウン 毎年のように日本公演を行い、現在でも続いている。ス 1 ディール〉、〈ジェゴグ〉の6種類 からなり、通常15名 アールアグンは、ジュンブラナ県ジュンブラナ郡サン 以上で演奏される。 カルアグン(Sangkaragung)村を拠点とする1982年誕 ジェゴグはバリ島西部のジュンブラナ県で1912年 生のグループである。そのほかには、ジュンブラナ県 に誕生し、ほぼジュンブラナ県のみで発展してきた。 公認のグループ「ジンバルワナジェゴグダンスチーム 現在でもジュンブラナ県外に存在するグループはほ (Jimbarwana Jegog Dance Team)」によると思われるいく んのわずかである。またジェゴグがバリ島内でその存 つかの公演や、イベントなどへの参加がみられる。【表 在が知られ始めたのは1980年代以降である。このよう 1-1、1-2】は、バリ島のグループによる日本公演の記録 な中で、日本におけるジェゴグの歴史は意外と古く、 を示したものである。 日本人演奏家によるグループも存在する。また近年 ジェゴグとほかの楽器のコラボレーションによる演奏も 1.1.1. スアールアグン公演について【図1】 よく行われている。 スアールアグンは、バリ島内でも知名度の低かった 執筆者は2002年よりバリ島におけるジェゴグの実態 ジェゴグを世界的に有名にしたグループである。メン について調査・研究を進めてきた。バリ島内でジェゴグ バーは100名を超え、バリ島内はもちろん、世界で活躍し、 の名が広がるのとそれほど変わらない頃から、バリ島よ ほかのグループとは比べものにならないほど活発な活 り遠く離れた日本でも様々な活動が行われ、その名を 動を行っており、財団法人ジャサツアー(JASATOUR)2 広めていったことは興味深い。このようにバリ島から離 と共に活動を進めている。リーダーのスウェントラ れた土地で行われるジェゴグの活動の実態と、日本に (Suwentra)3 はジェゴグを世界に広めた人としてバリ島 おけるジェゴグの新たな活動やその可能性について明 内でも有名であり、またスウェントラの妻である日本人 らかにすることを目的とし、本調査報告を作成する。 の和子女史もジャサツアーのコーディネーターとして国 内外のスアールアグンの活動を支援している。 第1章ではバリ島から来日して行われた数々の日本 現在では世界各国での公演を行っているスアール 公演について、第2章では国内のジェゴグ演奏グルー プやその他のグループによるジェゴグの演奏について、 アグンであるが、日本公演はその先駆け的なもので 第3章ではジェゴグに関する様々な資料について、第4 あった。詳細が判明している来日公演記録は【表1-1】 章では日本のジェゴグに関するまとめを記す。 の通りである。1992年、93年の来日に関するデータは 247 『表現文化研究』第10巻第2号 2010年度 得られていないが、当グループのホームページ 4 では 人気は高い。しかし日本でスポンサーを獲得し、公演 1991年以降、当初は毎年来日していると記載されてお を継続させてきた活動の裏にはスウェントラの妻である り、この2年間においても日本公演が実施されていたと 和子女史の功績が大きいと考えられる。特に海外での 思われる。 活動を考えた場合、たとえ優れた芸能グループであっ またスアールアグン公演に関しては株式会社カンバ ても間をうまくつなぐコーディネーターの存在がなけれ セーションアンドカムパニー(conversation & company) が多くの公演を主催し、企画に大きく関わってきた。当 表1-1 スアールアグンによる日本公演 社は「音楽・演劇・舞踊公演の企画制作・宣伝・舞台制 1991年8月 東京公演、アースセレブレーション 1991(新潟)への参加 野でも多くの公演を企画、主催していたが、2010年12 1994年11月 兵庫、大阪公演 月20日をもってその業務を停止している。 1995年5月 福島公演 1996年7月 徳島公演 1997年8月 大阪、神奈川、東京公演、アースセ レブレーション1997(新潟)への参加 1998年8月 山形、長崎、宮城公演、明石海峡大 橋完成記念事業(兵庫)への参加 てジンバルワナジェゴグダンスチームの名前が記載さ 1999年8月 東京公演 れている。これ以外の公演に関しては演奏グループ名 2000年8月 岐阜公演 2001年8~9月 新潟、大分、兵庫公演、 Mt Fuji Aid 2001(山梨)への参加 のことであり、2003年、2004年3月の公演もこのグループ 2002年8月 東京、埼玉、静岡公演 によるものではないかと考えられる。ジンバルワナジェゴ 2003年7月 兵庫、滋賀、福岡、東京公演 2004年7~8月 徳島、東京、岩手、山梨、静岡、 大阪、新潟公演 2005年8月 東京、神奈川、岐阜、埼玉、 山口公演 2006年8月 東京、埼玉、兵庫公演 2008年8月 仙台、新潟、東京、愛知、 神奈川公演 2010年7~8月 岩手、山形、埼玉、東京公演 作業務、外国人音楽家、芸術家の招聘を事業内容と する会社(当社ホームページ5 より)」で、民族音楽の分 1.1.2. その他の公演について 【表1-2】に示すスアールアグン以外のグループによ る公演に関して、2004年10月の「アジアフュージョン カーニバル」や「御堂筋パレード」では、参加団体とし が挙がっていないため特定はできないが、当時のメン バーによるとこのグループは2、3度の来日経験があると グダンスチームはジュンブラナ県の主宰により2003年に 誕生したグループである。県名の由来でもある、森を意 味する「ジンバルワナ」をグループ名としている。このグ ループは、ジュンブラナ県内各地域で活動するジェゴグ 演奏者の選抜グループとして作られ、ジュンブラナ県の 広報にも参加している。 また2008~2010年のひろしまフラワーフェスティバル ではジュンブラナ県の中学生たちが来日し、踊りを中 心とした演目を披露している。 スアールアグンは自身の公演を中心とするものが多 表1-2 スアールアグン以外のグループによる日本公演 いのに比べ、ほかのグループは地元イベントへの参加 による地域、文化交流を主としたものが多い。またこれ らの公演の主催として2003年、2004年のものでは「アサ 2003年10月 ジェゴグ九州公演(大分、熊本) 2004年3月 NGO協同“SAKURA”祭(熊本) 2004年10月 高知魅惑のバリ島ジェゴグ(高知)、 アジアフュージョンカーニバル(大分)、 御堂筋パレード(大阪)、 インドネシアの民族音楽「ジェゴグ」コン サート(岡山) 2005年7月 三次きんさいまつり(広島) 2008~2010年 5月 ひろしまフラワーフェスティバル(広島) ヒワールドカルチャーキャラバン実行委員会」、「熊本 市国際交流振興事業団」、「NPO法人高知龍馬の会」 が関わっている。 1.2. バリ島のジェゴググループによる演奏活動のまとめ 日本国内においては早くからスアールアグンの公演 が実施、継続されている。日本語をうまく使い、パ フォーマンス豊かに解説するリーダーのスウェントラの 248 山田さよ子 「日本におけるジェゴグ」 ば公演はうまく実施できず、継続も困難である。この点 スの卒業生が多い。メンバーがバリ島でジェゴグに触 でジンバルワナジェゴグダンスチームはジュンブラナ県 れ、その音楽に感動したことから楽器を購入し、毎年の 公認のグループということで、日本とインドネシアとの交 様にバリ島に通い、スアールアグン、そしてリーダーの 流事業などへの参加が実現している。広島県での招聘 スウェントラより演目を学んでいる。 活動については詳細が明らかではないが、何らかの形 現地で学んだジェゴグの演目を演奏するほか、マリン でバックアップがあることは確かであろう。 バを始めとする様々な楽器とのコラボレーションも積極 スアールアグンの公演やスウェントラの功績により、 的に行っている。同じく愛知県のバリ舞踊グループ「ス 日本においては「ジェゴグ」はある程度知名度を高めて ルヤムトゥ(Surya-metu)」の踊りによるジェゴグの舞踊 きた。また特に現地の演奏者による公演がこれほど多く 演目も演奏する。多くの有名作曲家、指揮者との共演も の機会をもって行われていることは日本にとって大変 行い、その活動範囲は幅広い。それぞれにマリンバ奏 意味のあることである。 者、打楽器奏者として活躍するメンバーも多い。2008年 ただ、現在はスアールアグンの活動があまりにも活 のスアールアグン愛知公演ではゲストとして出演した。 発であるため、「ジェゴグと言えばスアールアグン」とい 現在使用する楽器は2代目で、デルナン(Dernen) 7 うように情報が偏り、地元ジュンブラナ県の様々なジェ の制作である。楽器の調律法も学び、現在ではメン ゴググループやその活動に関する認知が広まらないま バーが調律を行っているという。 まに「ジェゴグ」、「スアールアグン」の単語のみが広 2.1.2. 芸能山城組 まっているようにも感じられる。 ジュンブラナ県には実力のあるグループがたくさん 芸能山城組【図3、4】は、1974年にバリ島のケチャ8 の 存在する。もちろんスアールアグンは県内でも格段の 上演を機に誕生した、山城祥二をリーダーとするグルー 実力を誇るグループであるが、それでもジェゴググルー プである。東京を中心に活動するグループでケチャや プのただ1つに過ぎない。今後、多くのグループの活動 ブルガリア合唱など世界各国の様々な地域の民族芸能 が日本人に紹介され、ジュンブラナ県のジェゴグに関 に取り組んでいる。早くからケチャを中心としてバリ島で する興味、関心と共にその認知と理解が広がっていくこ の調査に取り組んでいた山城は、1984年には現地で とを期待したい。 ジェゴグの演奏を収録し、CDとして発表している。 山城組のジェゴグはデルナンの制作であるが、もと もとの4音階に1音を加えた、独自の5音階を用いたも 2. 国内のグループによるジェゴグの演奏活動 日本国内にもジェゴグのグループは存在する。国内 のである。ジェゴグを中心とし、シンセサイザーなどを 唯一の演奏グループと言えるのが愛知県にあるスカル 合わせて演奏する。山城組は1986年に発売されたC サクラ(Sekar Sakura)である。また芸能山城組は、バリ D「輪廻交響楽」 9 の中でジェゴグを用いた曲を発表 島のものとは異なる、独自の楽器を使用するグループ し、さらに1988年に制作、発表された大友克洋原作・ である。 監督アニメ映画「AKIRA」の音楽「交響曲アキラ」 10 の 中でジェゴグを多用した音楽を発表し、その音を日本 またそれ以外でも邦楽とのコラボレーションとして 国中に広めた。 ジェゴグの楽器を使用しているグループが多く存在 山城組は毎年コンサートやケチャ祭りと称するイベ している。 ントを実 施 し、ほかの芸 能 と共 にジェゴグの演 奏 を 行っている。 2.1. 国内のジェゴググループによる演奏活動 2.1.1. スカルサクラ 2.2. その他の演奏活動 スカルサクラ【図2】は、1980年、名古屋音楽大学の 6 栗原幸江教授 を中心に設立されたグループであり、 国内でジェゴググループとして演奏活動を継続的に 楽器は名古屋音楽大学のキャンパス内に保管されて 行っているのは上記の2つであるが、ジェゴグはほかに いる。設立当初は青銅製のガムランを中心に活動し、 もさまざまな楽器と共に演奏されている。 ジャワのガムランやバリのゴンクビャールなどを演奏し 2004年に行われた「第10回長谷検校記念 くまもと ていたが、現在ではジェゴグの演奏を中心として活動し 全国邦楽コンクール」では、上田圭子の作曲による津 ている。メンバーには名古屋音楽大学、特に打楽コー 軽三味線とジェゴグのために作られた曲「躍動」が演奏 249 『表現文化研究』第10巻第2号 2010年度 され、熊本県城西小学校の生徒がジェゴグの演奏に取 ジュンブラナ県で演奏されるジェゴグの特徴を次のよう り組んでいる。 に考えている。 和太鼓の公演内でもジェゴグが活用されており、 2004年の「鬼太鼓座」の公演『響天道地』や2009~ ① 限られた4音階で作られる。 2010年に行われた「鼓童」による公演『打男』などで ② 竹で作られた大小の楽器9~14台による大人数 ジェゴグが用いられている。 でのアンサンブルである。 また竹楽器を中心として活動を行うグループ「バン ③ 微妙にずらされた調律によりその演奏の中でうな ブーシンフォニア」は、尺八、篠笛など日本の楽器か りが生じる。 らネパール、ベトナムなど海外の竹楽器を用いて演 ④ ガムラン特有の、いくつかのリズムパターンの組 11 奏するグループであり、CDも制作している 。このグ み合わせによって複雑な音楽が作られている。 ループでは日本の真竹で作ったジェゴグが使用され ⑤ 自然、農民の土の匂いが残る、またジュンブラナ ている。 県民の負けず嫌いの気質を秘めた芸能である。 2.3. 国内のグループによるジェゴグの演奏活動のまとめ もちろん日本でのジェゴグがジュンブラナ県と同様の 日本においてバリ島と同様のジェゴグ活動を行うこ 形態で活動を進めることは不可能であり、また多くの日 とは大変困難である。楽器購入をはじめ、楽器の設 本人が求めることではない。とはいえ現地で学んだ芸 置場所や維持・修理、調律、演目の習得など、すべ 能を行うスカルサクラの活動はこれに大変近いもので てが困難を伴う。これらの困難の中で現地の演目を あろう。 習得し、活動を続けるスカルサクラの代表栗原教授 現地で使用されるフルセットのジェゴグを使用すれ は、大学との関わりを中心として様々な要因がうまく ば上記の①②は自然に、また③に関しても演奏方法に 働いたからこそ実現できたものであると話している。現 よっては容易に満たされるものである。ただ④、⑤に関 在は独立した団体として存在するスカルサクラである しては地元のジェゴグに関しての多くの知識と理解、そ が、その始まりは大学同士の芸術交流にあり、学生と して大きな努力が必要であろう。また少人数、または少 共に現地に足を運び、その演奏を学んだ。メンバー 数台による演奏は本来のジェゴグとは大きく異なるもの の多くが打楽器奏者であることがジェゴグの習得を可 である。 能にしたとも言われる。スカルサクラはバリ島本来の 様々な文化や芸能は環境に応じてその姿を変えな ジェゴグを演奏するといった点では国内唯一のジェゴ がら発展していく。それによって多くの人に愛される文 ググループである。 化、芸能として継続されるのが常である。実際にその独 一方、芸能山城組はジェゴグを用いながらも独自の 自の演奏によって日本中にジェゴグの音楽を広めた山 芸能を追及している。自分たちの音楽を作るために 城組の功績は大きく、また近年の様々な活動も日本に ジェゴグを活用するという活動は、山城組によって1980 おけるジェゴグの新しい可能性を秘めた興味深いもの 年代に既に行われていたものであるが、2章2節「その である。ある芸能が多くの人に認められるためにはまず 他の演奏活動」で記したように、近年になってようやく、 その名を広め、知名度を高める必要があり、これらの活 山城組以外にも新しい形でジェゴグをアレンジするグ 動はそういった意味で大変意義深いものである。ただ ループが現れてきている。また、新しい形のジェゴグに それと同時に、本来のものとはかけ離れた形でその名 邦楽器が多く用いられているのは、ジェゴグが日本の 前や芸能の一部のみ、または誤った情報が広まり、そ 楽器に馴染みやすい、あるいは日本の楽器と共通部 の活動が「ジェゴグ」という言葉のもつイメージだけを用 分の多い楽器であるということも関係しているかもしれ いた、表面だけのものになりかねないことに対する危機 ない。 感を感じるものでもある。 ただ、ここで1つ問題になることは、ジェゴグという名 前で演奏されるその楽器、そしてその演奏がはたして 3. ジェゴグに関する諸資料 本当にジェゴグと言えるものであるかという点である。 3.1. 博物館におけるジェゴグ ジェゴグの基本構造は竹でできた鍵盤を木の枠につる ジェゴグは楽器数も多く、かなりの大きさをもつため、 したものであり、その模倣は容易であるが、執筆者は その展示に関しても容易ではなく、また当然その購入 250 山田さよ子 「日本におけるジェゴグ」 にかかる費用も大きい。国内では農具博物館を含め3 音楽とは全く関係のないこの博物館には、スアー つの博物館でジェゴグが展示されている。 ルアグンが公演のためにこの土地を訪れた際、実際 浜松楽器博物館は、1995年に初めて公立の楽器博 に公演中に使用していた14台のジェゴグが寄付され、 物館として誕生した博物館である。所蔵資料数3200点 展示されている。この楽器はそれ以降もスアールアグ のうち展示資料数は1200点に及び、常設展示のほか、 ンがコンサートで来日する際には新たに調律、補修さ 特別展示、レクチャーコンサートなども行っている。ヨー れて使用されており、ある程度演奏できる状態が保た ロッパの楽器に偏らず、世界各国の楽器の展示、紹介 れている。楽器の制作者は上の2つと同様にデルナ に力を入れている。ここでジャワ、バリの青銅製ガムラン ンである。 とともにジェゴグ【図5】が展示されている。 この博物館のジェゴグは14台のフルセットで鍵盤は 3.2. ジェゴグに関する文献 すべて揃っており、保存状態は良い。スカルサクラのメ ジェゴグに関して詳細に記した文献は少ない。研 ンバーによって調律が行われたこともあり、音も良いが、 究として高木の2本の論文(2004、2005年)、執筆者 あくまで展示用として設置されている。楽器の購入はス の拙稿(2009、2010年)があるほか、「楽の器」(1988 ウェントラの紹介によるものであり、制作者はジュンブラ 年)、「地球の音楽誌 神々の音、人々の音」(1992 ナ県のデルナンである。 年)の中で大阪音楽大学の西岡信雄が自身の調査 2つ目は大阪音楽大学が設置する大阪音楽大学音 をもとに記している。また雑誌『オーディオベーシック』 楽博物館である。1966年に設立された音楽研究所と (2007年)で特集として取り上げられているものは、ス 1968年に設立された楽器博物館をもとに、2002年に アールアグンの本拠地であるサンカルアグン村を訪 音楽博物館として統合された。楽器だけでなく多くの ねて作成されたもので、「音」にこだわったデータを含 音楽資料を有する総合的な音楽博物館である。展示 め、詳細に記されている。付録としてCDも添付されて 資料は約1000点、文献資料、視聴覚資料は約30000 いる。そのほかガムランに関する文献の一部として簡 点に及ぶ。 単に紹介されているものがいくつかあり、それらは巻 この博物館のジェゴグ【図6】は、1987年にバロン ( BALON ) 12 (KENDANG) 、 ル バ ブ ( LUBABU ) 14 13 末の参考文献として挙げておく。 、クンダン と共に購入されたもので、〈バランガ 3.3. ジェゴグに関する視聴覚資料 ン〉3台、〈カンチール〉3台、〈ウンディール〉2台、〈ジェ 映像資料としては国立民族博物館の制作によるビデ 15 ゴグ〉1台の9台編成である 。歴史的に以前の編成で オテーク「悪霊ボマの響き バリ島の楽器 ジェゴグ」 あるこの9台をジェゴグとして解説している。これらの (1990年)、DVD「地球の音楽 フィールドワーカーによ 楽器は1995年の阪神淡路大震災において被害を受 る音の民族誌 47 インドネシアジェゴグとサザンドゥ け、足が壊れたために数台は展示を見合わせられて ン」(1992年)16、中学校の音楽鑑賞の教材としてビデオ、 いたが、2008年9月に補修が行われた後、9台全てが DVDの形でビクターエンターテインメントから発売され 展示された。鍵盤は全て揃っているほか、予備の竹も ている「中学校の音楽鑑賞14 世界の民族音楽2バリ 保管されている。触ることは禁じられておらず演奏も 竹筒ガムランの合奏ジェゴグ」(2006年)17 などに収録さ 可能であるが、演奏用に管理されている訳ではない れている。特に前者2つでは現地調査により、ジュンブ ため、調律も行われず演奏できる状態ではない。鍵 ラナ県の生活や文化といったジェゴグの周辺情報を 盤の竹は割れているものもある。こちらも楽器の購入 伴った資料である。 また日本国内で制作されている、バリ島のジェゴググ はスウェントラの紹介によるもので、制作者は上記の ループの演奏によるCDには、次のようなものがある。 楽器と同様デルナンである。 3つ目は山形県鶴岡市にある庄内農具館である。 (1) 「ジェゴグ/大地の響き」 ビクターエンターテイ この農具館は、1989年に国の史跡として指定された ンメント 1990年18 松ヶ岡開墾場の一部である。1875年に建てられた3 (2) 「ジェゴグ/大地の響き[Ⅱ]」 ビクターエンター 階建ての蚕室の1棟で、庄内地方で使われた農具、 テインメント 1992年19 農法や稲の品種改良に関する資料の展示がなされ (3) 「音の世界遺産 バリ島のジェゴグ」 キングレ ている。 251 『表現文化研究』第10巻第2号 2010年度 コード 1999年 た、珍しい形として、CDでも発売されている、山城組に (4) 「ジェゴグ!大地の響き バリ島サンカルアグン よる「交響曲アキラ」はアニメ映画「AKIRA」の中で用い の巨竹打楽器アンサンブル」 ビクターエンター られている。 テインメント 2000年 そのほかインターネット上の動画サイトでは、旅行 (5) 「ジェゴグ/大地の響き[Ⅱ] バリ島サンカルアグ 者の投稿などによりバリ島におけるスアールアグン公 ン村“スアールアグン”の巨竹打楽アンサンブル」 演のほか、ウブド(Ubud)地域 22 で定期公演を行って ビクターエンターテインメント 2000年 いるグループの演奏やそれ以外のジェゴグ演奏の様 子も配信されている。 (6) 「バリ/スアールアグンのジェゴッグ」 キングレ またバリ島の一部のガイドブックには芸能鑑賞の紹 コード 2008年 介としてウブド地域での定期公演が紹介されており、ま 上記のうち、(4)、(5)は(1)、(2)のリニューアル版であり、 たスアールアグンのデンパサール事務所の紹介や、 また(6)は(3)に新たな演目を加え、2枚組のCDとして再 ジュンブラナ県でのスアールアグンの活動を紹介した 編されたものである。またすべての演奏はスアールアグ ものもある。 ンによるものであるが、(3)、(6)にはスアールアグンに加 3.5. ジェゴグに関する諸資料のまとめ え、ジュンブラナ県ジュンブラナ郡プンダム(Pendam) 本章で述べてきた、ジェゴグに関する諸資料の中に 村のグループの演奏も含まれている。これらのCDでは 現地における自然な形での演奏が収録されているほか、 は民族芸能理解に関する資料と観光や娯楽、音楽とし ライナーノーツには山城や皆川厚一によるジェゴグの てのジェゴグに関する資料など様々な目的のものが混 歴史、楽器、演目の解説が行われ、現地のジェゴグ理 在している。 民族芸能理解に関するものは楽器の展示や文献、 解を深める重要な資料となっている。 このほかインドネシアやアメリカでも、スアールアグンを 視聴覚資料といった形で存在する。その中でスアール 始めとするグループのCDが多く販売されており、日本か アグンに関連したものが多いとはいえ、ほかのグルー らでもインターネットを通じて購入することが可能である。 プも取り上げられており、またジュンブラナ県の生活や またこれ以外にバリのほかの音楽と共にヒーリング音 文化も共に解説されているため、現地のジェゴグを知る 楽の1つとして用いられているCDもある。久保田麻琴 ための貴重な資料となっている。ただし、これらの資料 は自身の制作するCD「スピリット・オブ・ヒーリング~バ は専門家や興味ある一部の人の目にとまるだけで、 20 リ」(2005年) 、「HOTEL IBAH」(2001年) 21 の中に ジェゴグの理解を深めるためには有用であるが、ジェ ジェゴグの曲を収録している。「HOTEL IBAH」収録の ゴグの知名度を高めるといった意味ではそれほどの ジェゴグはジュンブラナ県ジュンブラナ郡パンチャール 力をもたない。 ダワ(Pancardawa)の「タルナブディラクサナ(Taruna 一方、テレビ放送などはジェゴグのほんの一面を取り Budi Laksana)」の演奏である。 上げただけのものもあるが、音楽家や俳優の人気や知 国内の演奏家によるものでは、2章で紹介した山城組、 バンブーシンフォニアによるCDが販売されている。 名度の力も借り、多くの人にその存在を伝えている。ま た 山 城 組 の 音 楽 は ア ニ メ「 AKIRA 」 の 普 及 に よ っ て 「ジェゴグ」の名はともかく、その音楽は日本中へと広 3.4. その他の資料 まった。 国内のテレビ放送ではバリ島の文化、芸能全般を紹 必ずしも正確な情報や多くを記したものが広まるの 介するドキュメント番組などで取り上げられたものがある ではなく、芸能の一部を取り上げたものや誇張された ほか、「アジア音楽夢の競演 篳篥と竹のガムランが奏 もの、本来のものとは異なる形や目的で使用されたも でる世界 東儀秀樹がバリ島でセッション」(2002年 のが大きく世間へと広まり、知名度を高め、興味や理 BS2放送)、「世界ウルルン滞在記」(2003年 TBS放 解を深めるきっかけとなることも多い。こういった意味 送)、「7DAYS backpacker ――今しかできない旅があ で、これらの様 々な目 的 をもったジェゴグの資 料 は る――石田卓也編」(2010年 BSジャパン)ではそれぞ 様々な形でジェゴグの知識や知名度を高める役割を れ東儀秀樹、原田龍二、石田卓也がサンカルアグン村 もっている。 でスアールアグンと交流する様子が放送されている。ま 252 山田さよ子 「日本におけるジェゴグ」 4. まとめ 本稿では、3つの観点から日本のジェゴグについて 報告した。この中でまず言えることは、日本では1980年 代から現在にわたり、ジェゴグに関する多くの演奏活動 やその他の資料が存在したということである。またその 中で本場であるジュンブラナ県のジェゴグに触れる機 会が多くあったことは大変貴重なことである。 またもう1つはバリ島のジェゴググループによる演奏 活動が広まり、資料が蓄積される一方で、日本のジェ ゴググループによる演奏が行われ、さらにそこから一 歩進んだ形でジェゴグを自分たちの演奏の中に取り 込んで活用していく動きが近年大きく広がってきてい るということである。これらの活動により、日本でジェゴ グに触 れる機 会 は増 え、少 しずつその知 名 度 も高 まってきた。ただここで考えたいのは、誕生し、発展し てきたジェゴグの歴史の中でその大部分を占めるジュ ンブラナ県のジェゴググループがどのような役割をも ち、日本国内でどのように考えられているのかといっ たことである。 日本のジェゴグを見ていくと、スアールアグンやス ウェントラの活躍があまりにも大きいために、バリ島の ジェゴグと言えば彼らのみが注目されている。また近年 の日本人演奏家によるジェゴグの活用を見ていると、と もすればジェゴグが地元ジュンブラナ県を離れ、その 言葉によるイメージのみが独り歩きをしてしまいそうな 様子を呈している。 もちろん日本においてこういった活動の役割は大き く、その貢献度は計り知れない。ただ彼らの活躍によっ てジェゴグが注目を集めることで、その活動が地元ジュ ンブラナ県から離れたものになるのではなく、それに よってますます地元の芸能への理解が深まるものであ るべきであると執筆者は考える。 ジュンブラナ県にはたくさんのジェゴググループが存 在し、その生活に根差した活動を行っている。民族芸 能としてのジェゴグの発展とその継続のために、日本で もさらにジェゴグへの理解、関心が高まり、地元のジェ ゴグに対して何らかの形で返していくことができるような 交流を願っている。またそれに向けて今後多くの地元 のジェゴググループが来日し、様々な芸能を披露してく れることを期待したい。 253 『表現文化研究』第10巻第2号 2010年度 図4 山城組が使用する5音階ジェゴグ 図1 スアールアグン東京公演フライヤー 図5 浜松楽器博物館に展示されているジェゴグ 図2 スカルサクラの演奏 図6 大阪音楽大学音楽博物館に展示されているジェゴグ 図3 山城組の演奏 254 山田さよ子 「日本におけるジェゴグ」 20 デラ制作。 21 キングレコード制作。 22 バリ島中部の町。芸術の町とも言われ、毎晩多くの定 期公演が行われている。 図版出典 図 1 「スアールアグン日本公演」 カンバセーションアンド カ ム パ ニ ー 、 http://conversation.co.jp/schedule/ suar-agung、2011年1月20日参照。 図 2 「 ス カ ル サ ク ラ と は 」 ス カ ル サ ク ラ 、 http://www 17.ocn.ne.jp/~sekar/sakura.html 、 2011 年 1 月 20 日 参 照。 図 3-6 執筆者による撮影。 参考文献 1 高木尚子 「バリ島西部地域に発達した竹ガムラン『ジェ ゴグ』の歴史的展開」 『ムーサ』6巻、沖縄県立芸術大 学音楽学部音楽学専攻、2004年。 2 高木尚子 「バリ島の芸能ジェゴグ・テンポ・ドゥル再考」 『ムーサ』6巻、沖縄県立芸術大学音楽学部音楽学専攻、 2005年。 3 山田さよ子 「バリ島のジェゴグⅡ バリ島内のグループ 調査報告」 『表現文化研究』第10巻第1号、神戸大学 表現文化研究会、2010年。 4 山田さよ子 「バリ島のジェゴグ」 『表現文化研究』第9 巻第1号、神戸大学表現文化研究会、2009年。 5 小川洋 「バリ島の巨竹アンサンブル ジェゴグ」 『AUDIO BASIC』43巻、共同通信社、2007年。 6 西岡信雄他 『楽の器』 藤井智昭他編、弘文堂、1988 年。 7 西岡信雄 『地球の音楽誌 神々の音、人々の音』 大 修館書店、1992年。 8 I NYOMAN SUKERNA, GAMELAN JEGOG BALI, INTRA PUSTAKA UTAMA, 2003. 9 皆川厚一他 『インドネシア芸能への招待』 東京堂出 版、2010年。 10 皆川厚一 『ガムラン武者修行 音の宝島バリ島暮らし』 PARCO出版、2000年。 11 伊藤俊冶 『バリ島芸術をつくった男 ヴァルター・シュ ピースの魔術的人生』 平凡社、2002年。 12 吉田禎吾 『神々の島バリ バリ=ヒンドゥーの儀礼と芸 能』 河野亮仙、中村潔編、春秋社、1994年。 13 吉田禎吾 『バリ島民 祭りと花のコスモロジー』 弘文社、 1992年。 14 片寄美恵子 『バリに嫁いで』 長崎出版、2005年。 15 山下晋司 『観光人類学の挑戦「新しい地球」の生き方』 講談社、2009年。 16 山下晋司 『バリ観光人類学のレッスン』 東京大学出版 社、1999年。 17 東海晴美他 『踊る島バリ』 パルコ、1990年。 18 山田深如他 『ワールドガイド バリ島』 丑山孝枝編、 JTBパブリッシング、2007年。 19 堀江典子他 『バリ島ベストガイド2008年版』 成美堂出 版編集部編、成美堂出版、2007年。 20 生島尚美他 『新・好きになっちゃったバリ』 下川裕治 編、双葉社、2003年。 21 とまこ 『バリへ行きたい!』 メイツ出版、2008年。 注 1 〈カンチール〉は〈カンチラン〉、〈クントゥン〉は〈チュル ルッ〉、〈ウンディール〉は〈プマデ〉などとも呼ばれる。 2 バリ島の旅行会社。JEGOG、ART、SUAR、AGUNGの 頭文字をとって名づけられている。ジェゴグ公演、講習 など芸能に関する案内のほか、バリ島内の送迎や宿泊 の手配などを行う。 3 I KETUT SUWENTRA(イ・クトゥッ・スウェントラ)。 4 「スアールアグン芸術団… ジェゴグを復興したスウェ ントラ氏が率いるジェゴグ演奏団」 スアールアグンに つ い て 、 http://sekishow.jp/suaragung/suaragung 2010.htm、2011年1月20日参照。 現在オフィシャル ホームページは準備中となっている。ここでは以前の ホームページに掲載されていたものをミュージシャンの 関将が紹介している。 5 「会社概要」 カンバセーションアンドカムパニー、http: //www.conversation.co.jp/company/、2011年1月20日 参照。 6 名古屋音楽大学音楽学部打楽コース教授。この調査 に関しては2008年9月、インタビューという形で御協力 頂いた。スカルサクラのホームページは以下のとおり。 スカルサクラ、http://www17.ocn.ne.jp/~sekar/、2011 年1月20日参照。 7 I KETUT DERNEN(イ・クトゥッ・デルナン)。以前はス アールアグンに所属していた。 8 インドの叙事詩「ラーマーヤナ」を題材とし、声のみで 演奏される、舞踊を伴った芸能。その音楽を指すことも ある。 9 ビクターエンターテインメント制作。 10 ビクターエンターテインメント制作。 11 「竹風」 2004年、ローヴィング・スピッツ制作。 12 バリの芸能で用いられる、日本の獅子舞のようなもの。 13 バリのガムランで用いられる弦楽器。 14 バリのガムランで用いられる両面太鼓。ジェゴグの演奏 時にも用いられることがある。 15 初 期 のジェゴグは9台 による編 成 であり、後 に〈クン トゥン〉2台と〈スウィール〉3台が加えられた14台編成 となる。 16 日本ビクター株式会社制作。 17 平成18年度版。ビクターエンターテインメント制作。 18 1984年収録。企画・構成は山城祥二による。 19 1990年、1992年収録。企画・構成は山城祥二による。 255 『表現文化研究』第10巻第2号 2010年度 ■執筆者について 山田さよ子(やまだ・さよこ) 神戸大学医療技術短期大学部卒業後作業療法士として 勤務。神戸大学発達科学部を経て現在神戸大学大学院 人間発達環境学研究科博士課程前期課程在籍。研究領 域はジェゴグ。 E-mail:[email protected] ■Notes on the Contributor Sayoko Yamada has been working as an occupational therapist after she graduated from School of Allied Medical Sciences, Kobe University. She graduated Faculty of Human Development, Kobe University, and is currently in the master's course of Graduate School of Human Development and Environment, Kobe University. Her research interest is Jegog. 256