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方法転換期に入ったわが国の国勢調査
日本統計学会誌 第 41 巻, 第 2 号, 2012 年 3 月 355 頁 ∼ 379 頁 方法転換期に入ったわが国の国勢調査 浜砂 敬郎∗ Japanese Population Census in Changing of Survey-method Keiro Hamasuna∗ 欧米諸国において,1980 年代より進展してきた人口センサスの方法転換過程は,21 世紀に入っ て,漸く収束状況を迎えつつある.アメリカやイギリスでは,伝統的な国勢調査員による全数調 査様式に代わって,センサス票追跡システムを備えた全面的な郵送調査様式に移行し,北欧や中 欧諸国では,行政登録簿から統計単位情報を獲得する統計登録簿型センサス(北欧・中欧諸国) に転換しつつあるからである.それにたいして,わが国では,2005 年に発生した国勢調査環境 の危機的状況を踏まえて,調査票の封入提出方式と郵送返送方式を導入することによって,2010 年国勢調査を成功裡に導くことが試みられた.本稿では,2010 年調査において発生した実査過 程の非組織性と市区町村業務の混乱状況,およびその社会的組織的な要因を分析することによっ て,伝統的なセンサス様式が,わが国でも社会的な限界点に来ていることを明らかにし,方法転 換の方向を模索する. The method change process of population census, which has been developing since 1980’s in the European and American countries, is passing into the converging situation at last in the 21 century. First in the U. Kingdom and northern America the census method is transforming from the complete counting survey by enumerators to the mail-out and -back one with the form-tracking system. Then in the northern and central European Countries census based on the registerstatistics has been establishing or starting instead of the conventional census. As opposed to the such situations of the advanced countries in the Japanese census 2010 the procedure to collect the census form closed in the prepaid envelops for the data security and the form mail-back system are introduced in order to overcome the serious problems that occurred in the population census 2005. In this paper by analyzing the causes that brought the disorder in the field operation and the diffusion of the census taking work in the local authorities he tries to demonstrate the conventional census’s social limit in which the field operation mainly depends on the working of the enumerators and to detect the direction in the changing census method. キーワード: センサス革命,2010 年国勢調査,伝統型人口センサス,郵便配達型調査員,住民基 本台帳 ∗ 九州大学名誉教授:〒 811-3221 福岡県福津市若木台 2-14-5 (E-mail: hamasunaff[email protected]). 356 日本統計学会誌 第41巻 第2号 2012 はじめに−人口センサスの国際的動向と 2010 年国勢調査− 1. 欧米諸国において,1980 年代より進展してきた人口センサスの方法転換過程は,21 世 紀に入って,漸く収束状況を迎えつつある.アメリカやイギリスを見ると,伝統的な国勢 調査員による全数調査様式に代わって,センサス票追跡システム (Form Tracking System) を備えた全面的な郵送調査様式 (mail-out and mail-back) に移行し,北欧や中欧諸国では, 行政登録簿 (Administrative Register) から統計単位情報を獲得する統計登録簿型センサス (Census based on the registerstatistics)に転換しつつあるからである(浜砂, 2009) . 他方,わが国では,1995 年国勢調査までは,国勢調査票の配布および回収ともに調査員 の世帯訪問によって実施される全数調査様式をとっていた.それは,国際的には伝統型人 口センサス(conventional population census)と呼称される近代的な人口センサスの基本 型(浜砂, 2000, 2005a)であって,2000 年と 2005 年の国勢調査でも,基本的には踏襲さ れていたが,実施主体である総務省統計局は,調査票の調査員による回収時に,被調査世 帯が密封用封筒(2000 年国調ではシール貼付による簡易封筒)をもちいて提出することを 許容した.しかし,2005 年国勢調査では,密封用封筒による調査票の提出が,地方自治体 (例:横浜市の『全世帯封入封筒提出方式』(若林, 2005))によっては,全面的に採用され ることによって,とくに関東圏の大都市部では,市区町村の調査票の回収・整理・審査過 程において,大きな混乱を引き起こした.さらには,未回答が容認され, 「空白票」を調査 拒否として再調査しない措置がとられることによって,センサスの基本原則である全数性 を確保することが危ぶまれる事態に至った.また,国勢調査員の実査業務中途での集団的 辞退や,調査員が調査票を奪われるような険悪な状況も発生した(浜砂, 2005b).このよ うな国勢調査環境の危機的な状況にたいして,2010 年国勢調査では,被調査者のプライバ シー保護を徹底し,調査員の負担軽減をはかるために,調査票の封入提出方式と郵送返送 方式を導入することによって,調査過程を成功裡に導くことが試みられた. 総務省統計局は,すでに 2010 年 11 月 1 日に, 「国勢調査の実査完了声明」1) を発表した が,それは事実上の「実査成功宣言」であって,郵送返送法とインターネット回答法の導 1) 「国勢調査の実査完了声明」は,統計局ホームページ『センサス』の英文編に公表されたが,和文編には,これ に対応するニュースは掲載されていない.同声明は,もう一つの新しい措置として,2010 年国勢調査実施本 部の設置と国勢調査全国協力者会議(National Conference of Census Supporters.)の開催を高調している. しかし,後者の開催は,どちらかといえば, 「対症療法」的であって,国民全般の統計意識を高めることによっ て,国勢調査にたいする理解と協力を得るような「国民性」には欠ける措置であった.それは,アメリカに おいて,1980 年人口センサスいらい設置されてきたセンサス完遂委員会(Complete Count Committee)と 比較すると,一目瞭然である.センサス完遂委員会は,連邦から州,郡(county) ,さらには郡区 (township) を経て地域社会の調査困難地区にいたる各行政区域と調査区の各次元における全国ネットワーク型のセンサ ス協力組織である.その組織的な特徴は,郡や郡区が設置する協力会議による住民参加型の活動であって,実 査時から,郡ごとに逐次,回収率を公表することによって,郡民の調査協力を競わせている(U. S. Census Bureau, 2009).(次頁に続く). 国勢調査の方向転換 357 入とによる「多様なデータ回収法 (multimodal data collection method)」を,つぎのよう に高く評価している(総務省統計局, 2010d) . 「センサスの実施の成功の多くは,期待されたように働いた,新しく導入された措置に よっている.最も注目すべき新しい措置は,多様なデータ回収法,すなわちセンサス調査 員(国勢調査員) ,地方自治体への郵送とインターネット(東京都のみ)によって,調査票 を収集する方法の導入である.それぞれの世帯は,センサス票(調査票)を提出する方法 を選ぶことができた.それは,センサス票の提出を容易にした.結果的には,半数以上の 世帯が,郵送による返送法を選択した.他方,東京都におけるインターネットによる回答 率は期待以上で,全世帯のほぼ 8.4%に達した. 」 確かに,2010 年国勢調査では,険悪な事態(調査員の集団辞退,調査票の紛失や調査員 の負傷事故等)は,それほど見受けられず,表面上は,平穏に進展したかのように見受け られる.しかし,2010 年 9∼12 月期における実査状況を正確に見ると,「多様なデータ回 収法」は,その「多様さ」のために,実査過程に非組織性をもたらし,市区町村における 調査票の回収・審査業務に混乱を引き起こした基本的な要因になっている.それは,調査 票の調査員による配布法と郵送による返送法の併用が,技術的社会的な成立条件が基本的 に異なる調査員調査法と郵送調査法の「混用」であって,伝統型人口センサスの社会的な 受容度の低下にたいする対症療法的な措置であったからである2) .われわれは,まったく 同じように二つの調査方法が併用されたドイツの 1987 年国勢調査とイギリスの 2001 年人 口センサスが,人口センサスの方法転換過程(前者は統計登録簿型センサスへ,後者は郵 送調査型センサスへ)における大きな転轍点であったことを想起しなければならない (浜 砂 (1990, 2000, 2005a, b, 2006),イギリスについては,本稿第 4 節).両者では,わが国 の 2005 年や 2010 年の国勢調査においても発生した [1] 大量の国勢調査員を一時的に動員 する困難性と実査経費の肥大化,[2] 調査員の選任難,または大量辞退,[3] 調査世帯にた いする調査員の訪問難 (hard to access) と郵便配達型調査員の出現,および [4] 市町村にお ける調査票の整理・審査業務の激増と追跡調査の無力化が,実査過程に大きな混乱を引き 越したことが,伝統型人口センサスが断念される社会的経済的な要因となっている.した がって,本稿でも,2010 年国勢調査において発生した「混乱」を,国際的な人口センサス 1) 2) 他方,わが国の国勢調査全国協力者会議は,県によっては「事前調整や経費措置がない」提案(総務省, 2011a, 愛知県版, p. 6)と受け止められるような状況にあって,私が入手することができた『国勢調査実施報告』で は,東京都と大阪府をはじめ,愛知県や福岡県では設置されていない(総務省統計局, 2011a).また,総務 省統計局の紹介 (2010a) によると,設置例は京都府と静岡県であって,それ以外の開催県としては,各県の 広報 HP を見るかぎり,千葉県と青森県における開催を確認できるにすぎなかった.同会議は,実査にかか わる地方自治体や町会等によって直接住民に働きかける組織的な態様をとらないで,実査が困難と考えられ るマンション居住者,学生や外国人を特定し,住宅管理企業,教育団体や外国人組織にたいして,実査時に オートロックマンションの開錠等を求める「調査便宜」的な組織であったとおもわれる. 調査員調査法と郵送調査法が成立する社会的技術的な条件の相違については,浜砂 (2010) 参照. 358 日本統計学会誌 第41巻 第2号 2012 表1 2010 年国勢調査の実査状況について. (1) 実査過程 1) 調査員の募集・訓練 (2) 問題状況 ← [1] 調査員の募集・選任難 ↓ 2) 調査票の配布 (9 月 23 日) ← [2] 世帯の訪問難(不在,門前払い,居留守, ↓ 居住者の確認難) 3) 調査票の回収(返送) ↓ ← [3] 世帯の訪問難+郵送世帯の確認? (10 月 7 日まで) 4) 調査票の調査区への区分け ↓ ← [4] 区分け作業の量と期限,労力 5) 回収票と返送票の照合 (10 月 15 日) (未提出世帯の確認) ↓ 6) 補完・追跡調査 (10 月 22∼24 日) ← [5] 再調査の効果(短期間+ [2] 訪問難) ↓ 7) 調査票の審査と補記 (11 月以降) ↓ ← [6] 審査:膨大な作業量+住民登録簿 からの転記(同時性の原則?) 8) 世帯一覧表への世帯員数の追記 の方法転換過程における過渡期な統計事象として考察し, 「混乱」のなかから方法転換の方 向性を析出することを試みる. 2. 伝統型人口センサス=調査員による全数調査様式の社会的限界 表 1 は,2010 年国勢調査において発生した問題点を,実査過程にそって整理している. それを見ると,これまでの国勢調査においても見受けられた [1] 調査員の選任難,および [2] 世帯訪問難と居住状況の確認難に加えて,[3] 調査員の管理難,[4] 回収(調査員と郵送) 後の調査票の調査区への区分難,[5] 調査票の審査難,さらには [6] 再調査難,[7] 調査票の 記入漏れや [8] 調査世帯の調査漏れが発生し,それらは,ニュース報道等でも伝えられた. とくに [3]∼[6] は,今回の国勢調査において,初めて発生した実査事象であって,他の要因 と相まって,調査員機能の大きな低下と市町村における実査業務の緊迫化・激務化の大き な原因となっている(浜砂, 2011) . このような国勢調査の実査過程における全面的な危機状況は,当初から予想されていた し,前回の 2005 年国勢調査においても, 「過去に例のない調査実施上の課題が多く顕在化」 していた.そのために,総務省統計局は, 「国勢調査の調査方法等の改善方向の基本的な方 向を取りまとめる」ために, 『国勢調査の実施に関する有識者懇談会』 (以下『有識者懇談 会』と略称する)を,2006 年 1 月に設置した.「調査実施上の課題」が,国勢調査の存立 にかかわる深さと広さをおびていることから,『有識者懇談会』では, 「調査方法,調査員 国勢調査の方向転換 359 業務の在り方,調査内容等」について全面的な審議が行われている(総務省統計局, 2006f, p. 1).同会第 1 回会議に「17 年国勢調査の実施上の問題と課題」として提出された『配布 資料 4』は,国勢調査環境の悪化状況を, 「1 調査実施環境面の問題」 , 「2 調査事項の問題」 , 「3 調査員の問題」および「4 その他の問題」の 4 つの側面に分けて整理している (表 2:総 務省統計局 (2006a)) . ここでは, 「3 調査員の問題」から考察に入って行こう. 国勢調査員の募集・選任難 を発生させている即自的な要因は,地域住民組織の弱体化や組織における住民層の高齢化 に見られように,調査員出自の母体となる日常的・地縁的な生活関係が成り立つ社会的な 土壌が著しく劣化していることである.統計局が公表している国勢調査員の属性別構成表 によると,1975 年から 2010 年の期間に,つぎのような傾向を検出することができる(浜 砂, 2011, p. 165; 総務省統計局, 2011b) . 1. 年齢別には,60 歳以上の調査員層が全体の 18%から 56%に増大することによって,調 査員の過半を占めるにいたっている.さらに 70 歳以上の調査員層が 3%から 19%へ と増加し,再高齢化の様相を見せている. 2. 男性調査員層が長期的には 72%から 54%へと減少し,女性調査員層は 26%から 47%へ と大きく拡大している. 3. 若年・壮年層が 57%から 25%へと大きく減少している [とくに若年層(29 歳以下)に 限ると,12%から 3%へと激減]. 4. 国勢調査員の経験者層は 2000 年を境に回復傾向にあるが,調査員の負担軽減措置が とられた今回の国勢調査でも,40%台前半に止どまっている. 5. 町会組織の推薦による調査員の割合は,新しい調査員配置基準(一人の調査員が 2 調 査区担当)の採用や調査員の負担軽減措置(総務省統計局, 2011a, 各都府県版第 6 章) にもかかわらず,1990 年国勢調査以降 60%前後の比率にととどまり,代わって公募・ 登録型調査員層が増大している(8%から 23%へ) . このような国勢調査員層の動向を,後述する深刻な調査員の募集・選任難問題とあわせ て考慮すると,町会推薦依存型の調査員募集には限界がみえており,女性調査員層の拡大 は,調査員層の高齢化と相まって,保全措置の再強化を要請している.また,若年層の動 向は,学生調査員を組織的に確保する方策をとるなど統計教育の課題3) とともに,調査員 3) 毎日新聞 2011 年 11 月 7 日号によると,東日本大震災への救援ボランティア活動に参加した学生に,単位を 認定した国立大学の割合は,学期末(年度末)の応急措置であったにもかかわらず,4 割に達している.それ は学生層を,国勢調査員を確保するための「リソース」として考慮する貴重な示唆を与えているようにおも われる. 原因・背景 対応策 [4] 調査の目的・必要性にたいする 理解不足 [4] 調査の必要性にたいする無理解 [5] 世帯名簿作成のため,世帯の男女別人員を [3] 住宅の「床面積の合計」の不明 調査事項 [4] 業・産業の回答方法に理解不足 [2]「氏名」等の記入必要性の理解不足 抗を感じる 問題 [3] 調査事項への理解不足 [2] 情報を狙う犯罪の増加 [1] 個人情報保護意識の高まり 対応:個人情報保護法の「誤解」等) [1] 学歴・職業・産業の回答にたいする抵抗感 低い評価 [2] 居住状況の確認難(集合住宅管理者の立場と 4) 記入に抵 [3] 統計調査の必要性に理解不足・ (隣人関係の希薄化) の困難性 2 調査事項の [2] 個人情報保護法の誤解 [1] 住宅管理者・隣人調査の困難性 3) 聞取調査 [1] 個人情報保護意識の高まり [3] 調査員への不信感の発生 [3] 調査票詐取の報道等による調査員身分証明問題 聴取することへの苦情 [2] 情報犯罪への防犯意識の高まり [1] 個人情報保護意識の高まり 〇調査員と世帯との連絡方法の改善等 (訪問者への警戒心等) [2] 提出票の封入を調査員が遵守するかの不安 ○行政情報の活用 [3] 安全・防犯意識の高まり [1] 人情報である個票情報の悪用懸念 調査環境の整備 マンションの増加等) [3] 女性単身世帯等の警戒心による面接の困難化 〇個人情報保護措置の徹底等 可否の検討 〇詳細票 (long form:標本調査)導入の 記入方法の検討 ○抵抗感の強い調査項目の必要性や ○管理会社の協力確保等 ○情報保護法の正しい普及 ○行政情報の活用による調査の効率化 調査方法や調査環境の整備 ○居住環境(マンション等)に適応する ○世帯名簿の作成方法の見直し等 〇国勢調査の意義等についての広報強化 〇調査員への信頼感の確保 〇情報保護対策の一層の強化 〇マンションの調査に適した調査方法や [2] 居住環境の変化(オートロック 提出方法の検討 共働き世帯の増加等) [2] いわゆるオートロックマンション問題 〇不在等の世帯に対する調査票の配布・ その面接困難性 [1] 世帯構成の変化(単身世帯・ 調査非協力 世帯訪問難 面の問題 [1] 不在がちな単身世帯や共働き世帯の存在と 問題の具体的状況 国勢調査環境と国勢調査員が置かれた状況. 2) 世帯の 問題の状況 1) 調査員の 問題の局面 1 調査実施環境 表2 360 日本統計学会誌 第41巻 第2号 2012 問題の局面 [3] 調査員の説明不足・連絡メモの不完全記入 ・苦情の増加 原因・背景 危ぶむ困難地域の増加 [3] 調査困難地域の拡大 (マンション等の増加) [2] 調査員公募の限界 [3] 実査の困難化から調査員辞退等の 否定的反応 [4] 調査員の推薦を辞退する町内会や によるトラブルの発生 の扱い [3] 調査票の紛失事件の発生 [1] 封入方法の不徹底(封筒の未配布や開封) [3] 不在世帯での調査票配布・ [2] 金銭・情報の詐取を偽調査員事件の多発 発生 8) 封入提出 調査員偽装 (全国で 120 件程度) ける犯罪の 対応策 〇個人情報保護対策の一層の強化等 [2]・封入提出の増加による市町村の [3] プライバシー意識の高まり 審査事務が増大 〇封入提出票の審査体制の充実 〇調査票の配布・回収方法の再検討 〇いわゆる「かたり」対策の強化等 〇調査員の身分証明の強化 ○調査票の配布・提出方法の再検討 検討等 〇調査員確保・研修の新しい方法の 〇 IT 化などによる調査員業務の効率化 〇調査員の少数化(担当世帯数の増加) 〇調査員と世帯との連絡方法の改善等 〇調査員の研修や指導の充実 〇調査票の配布・提出方法の検討 地域差 [1] 都市部と農村部など調査環境の 回収の困難・不安全性 [2] 世帯の警戒心を逆利用した [1] 調査票を詐取する偽調査員事件の発生 7) 実査にお [1] 情報犯罪の増加 [2] 自治会役員の高齢化や推薦を 機能低下 自治会の増加 (未加入世帯の増加) [1] 町内会・自治会依存型の調査員募集の の困難化 [1] 自治会の組織力・機能の低下 [3] プライバシー意識の高まり [2] 一部の調査員の訪問マナー不足 [1] 調査員の研修不足 6) 調査員確保 による苦情の発生と連絡の困難化 [2] 訪問マナーへの苦情とトラブルの多発 めぐるトラブル 問題の具体的状況 [1] 調査手続きの「非遵守」への苦情 問題の状況 5) 調査員を (続き). (出所) 「平成 17 年国勢調査の実施上の問題と課題(総務省統計局:『有識者懇談会』第 1 回会議配付資料 4)より表現・字句等を改めて作成. 4 その他の問題 3 調査員の問題 表2 国勢調査の方向転換 361 362 日本統計学会誌 第41巻 第2号 2012 の任用方法のあり方に新しい課題を提起し,国勢調査員の経験者層における再任用状況は, 調査員層の高齢化と相まって,調査結果の精度確保に大きな問題点を投げかけている. いずれの問題点も,これまでの調査員確保策が,社会的な変動に対応することができて いないことを明らかにしている.それは,これまで国勢調査の実査過程が足掛かりとして きた調査員と被調査者の日常的な地縁関係が希薄化しつつある調査環境問題4) と相まって, 調査員調査による全数調査様式が,限界点を迎えつつある一つの証左であろう. つぎに,2010 年国勢調査も,これまでの国勢調査と同様に,国勢調査員の選任難問題に 見舞われた.その一部は,ニュース報道が伝えているように,大都市から地方の小市町村 にまでおよぶものであった.ここでは,選任難問題が先鋭化している大都市都府県(愛知 県,大阪府,東京都,福岡県)の「調査員の選考・配置等に関する提案や意見」 (ここでは, 調査員・任用と実査業務を直接に担当する各都府県の市区町村部の意見)を要約しておこ う(総務省統計局, 2011a, 各県版,「第 6 調査員の選考配置等について」の第 7 項). [1] 現行の調査員の選任方法(町内会・自治会推薦など)には,調査書類・業務の理解 を難しくさせしている調査員の高齢化・資質・意欲などに課題がある.調査員調査を 原則とするには,選考方法(募集範囲の拡大 [消防職員,学生など] や専門的な研修受 講の必要性)を再検討する必要がある. [2] 調査員の負担軽減以上に,調査員報酬が低下している(拘束期間の長期化,調査票配 布以前の準備作業,被調査世帯にたいする調査返送法の確認など調査事務の複雑化) . [3] 調査員の確保策である新しい調査員の配置基準によって,事前の調査書類の処理作 業(調査区・単位区番号の記入等)が増加し,誤記を引き起こしている. [4] 調査員の負担は軽減されたが,調査員の確保難の状況は変わらないか,困難になっ ており,民間業者(派遣会社や郵便会社等)への委託を検討すべきである. [5] 調査員の管理が難しくなっており,調査方法としての調査員調査は基本的に再検討 されるべきである. とくに,町内会推薦型の調査員制度は限界点に達しており,東京都は, 「調査員の選考・ 配置等に関する提案や意見」をつぎのように集約している. 4) もちろん,都市地域でも,古い住宅街等には,日常的な隣人関係が保たれている地域,また農漁村地域では, 旧来の共同体的な地縁関係が温存されている地域が見られ,そこでは「顔見知り調査員」 ,あるいは隣接地区 からの調査員によって実査が進められている.しかし,後述するように,とくに単身者世帯の増大とその居 住様式は,プライバシー意識の高まりと相まって,そのような日常的な地縁関係には馴染みにくい生活様式 を浸透させている. 国勢調査の方向転換 363 「• 調査員の採用が近年非常に厳しくなっており,特に集合住宅や施設での調査員の配置 に区市町村は苦慮している. • 調査員の配分基準等を地域特性に合わせ,また,調査区の実情に合わせて,弾力的に 運用できるよう検討してほしい. • 調査員の確保は,多くの団体において非常に苦労したと聞いている.特に自治会・町 内会からの推薦によって調査員を確保している団体においては,高齢化,調査員にな ることへの忌避感が限界に達しており,仮に公募等を検討しても,募集する人数規模 からして,調査員を十分に確保できなくなる可能性がある.十分確保し得ない場合, 民間への業務委託を認めてほしい. 」 (総務省統計局, 2011a, 東京版, pp. 19–20) 調査員選任問題の深刻化は,端的には,募集期間の延長となってあらわれる.多くの市 区町村は,調査員の任用手続きに要する期間と調査員への調査票・調査書類の配布が行わ れる調査員説明会(8 月後半から 9 月中旬まで)の準備期間を考慮して,国勢調査員の募 集締め切り期日を 5 月∼6 月に設定していたが,予定通り募集を終えた市区町村は,かな り少数であったと思われる.そして,筆者の情報収集体制の不備から,多くの市町村にお ける調査員募集の遅延状況にかんする情報を保存することができなかったが,つぎのよう な事例が示すように,応募期限が過ぎた 7 月∼8 月になっても,なお選任を終了していな い地方自治体も見受けられた. 事例 [1]: 東京都渋谷区役所HP(7 月 15 日付) 「平成 22 年国勢調査調査員募集」 (調査員 が,なお 200 名募集中であり,町内会からの推薦とともに,8 月に入っても,続けら れていたようである.…筆者注) . 事例 [2]:北海道伊達市HP(7 月 15 日付)「平成 22 年国勢調査調査員追加募集」,室蘭民 報(6 月 24 日号)記事「締め切り目前 50 人決まらず…伊達市が国勢調査員募集」に よると,同市の調査員募集の締め切りは 6 月末を予定していたが,募集は 7 月末まで になっても,継続されていた. 事例 [3]:福岡県福津市募集広報によると,当初の締切期日 5 月 21 日が 6 月 15 日に延期,さ らに 6 月 15 日付市長名「調査員決定書」によると,なお調査員募集中,6 月 9 日付 けの同市HP「お知らせ」によると,募集期間は 6 月 30 日までに延長されている. 事例 [4]:中国新聞(7 月 16 日号)記事「国勢調査員の獲得に四苦八苦」によると,広島県 芸南 4 市’1 町村で,7 月中旬でも,募集未完了の市あり. 事例 [5]:鎌倉市HP「平成 22 年国勢調査調査員募集中!」(更新日:2010 年 8 月 2 日) 364 日本統計学会誌 第41巻 第2号 2012 事例 [6]:神奈川新聞カナコロ 8 月 17 日号「国勢調査員が足りない…横須賀市が確保に懸命, 交通不便な地域中心/神奈川」(8 月中旬なっても,募集未完了の例…筆者注) 事例 [7]:河北新報(8 月 21 日号)記事「国勢調査員確保 石巻市が懸命,高齢辞退 なり 手不足,10 月 1 日実施 職員動員も今後に不安」(浜砂, 2011). 先に見た表 2 にもどると,それは,狭義の調査員選任問題だけでなくて,1) 調査世帯にお けるプライバシー意識の浸透,2) 政府統計の調査目的と統計調査の必要性にたいする国民 の無関心あるいは無理解,3) 調査世帯の家族の生活様式と居住様式の変容,および 4) 調査 員にたいする調査世帯の不信感・警戒感の強まりによって,調査員調査による全数調査が 全面的に困難になってきていることを具体的に明示している.換言すると,それは,全数 調査様式の調査員調査にたいする社会的な受容度 (Public Relation) が著しく低下している ことを物語っている.さらに,わが国の政府統計における広範な郵送調査の拡がり (浜砂, 2010)と欧米主要国の人口センサスにおける方法転換過程の進展状況を考慮すると, 『有識 者懇談会』では,少なくとも長期的な方針としては,郵送調査法の全面的な導入や行政登 録簿の積極的な利用等,およびその適用の技術的制度的な条件が本格的に審議されるべき であったと考えられる.しかし,北欧・中欧諸国の統計登録簿型センサスはもとより,郵 送調査型センサスにおいても,調査対象者を把握するためのアメリカの住所基本ファイル と地理情報システム(Master Address File and TIGER database,(石田, 1999; Vitrano, 2005)やイギリスの国民住所登録簿(後述第 4 節)の策定に見られるような欧米諸国におい て先行するセンサス事情は,正確には考慮されなかった.そして,すでに問題点の克服が 進み,積極的に活用されている行政登録簿にたいして, 「素朴」な疑問(例えば,住民基本 台帳の記載項目数や記載情報の精度)を投げかけることによって,行政登録簿を統計情報 として本格的に利用することは,審議の対象とはならなかった.また,情報不足に起因す る認識の遅れ(例えば,同懇談会は,2006 年 1 月に発足,しかし,すでに 2003 年にはイギ リス国家統計局が全面的に郵送調査型センサスに転換することを公表 (Office of National Statistics U.K., 2003, 2004))から,郵送調査法の導入についても,それが,調査世帯の抵 抗感を和らげ,調査員の負担を軽減するための便宜的な対応策として位置づけられること によって,調査方法として成立するための技術的社会的な条件が正面から審議される機会 は,設けられなかった(総務省統計局, 2006b, p. 14, 2006c, pp. 16–17).とくに後者に関 連して,調査員の世帯訪問がきわめて困難化しているにもかかわらず,被調査世帯による 調査票の受領を確認するために,調査員の「面接による調査票の配布・手渡し」を要件と する「タテマエ論」によって,訪問調査法を原則とする方針が決定された5) . 5) 『有識者懇談会』第 5 回会議において, 「 (調査員の世帯訪問という)方法自体が問題になっている」という須々 木亘平委員(東京都)の発言にたいする竹内啓座長の原則論によるまとめ(総務統計局, 2006e, pp. 11–13) . 国勢調査の方向転換 365 なお,国勢調査員の「質」の向上策としては, 「研修や指導の充実」が唱われている(表 2 参照)が, 「調査員説明会」は,1 回,2 時間 30 分∼3 時間程度の時間の長さにおいて設定さ れ,その時間の多くは,新しい調査法の導入にともなう実査技法(調査要図の作成法,調査 区・単位区番号や世帯番号の確定方法等)の説明に割かれている.また,調査員の写真付き 身分証明書と腕章の装着が,信頼感を確保するための具体的な措置であった.調査員の保 全措置としては,同伴者(無給)制度が認められている(総務省統計局, 2010b, pp. 10–11, 2011a, 各都府県版「第 7 調査員事務打合せ会について」). 3. 旧来の国勢調査環境の崩壊と「郵便配達」型調査員の出現 2010 年国勢調査の実査過程では,上述したように,「1) 調査世帯におけるプライバシー 意識の浸透,2) 政府統計の調査目的と統計調査の必要性にたいする国民の無関心あるいは 無理解,3) 調査世帯の世帯員構成と居住様式の変容,および 4) 調査員にたいする調査世 帯の不信感・警戒感の強まり」が大量の世帯における調査員の訪問難と居住状況の確認難, さらには,調査票の封入提出法の採用,および郵送返送法の導入と相まって,市区町村に よる調査員と調査票の管理難を引き起こしている.ここでは,調査員の訪問難と居住状況 の確認難にかんする問題状況から,みて行こう. 実査過程では,第 1 に国勢調査員が担当調査区に実地に足を運び,踏査することによっ て,国勢調査の宣伝文を投函するとともに,調査区要図を作成する.第 2 に, 調査員が,各 個の世帯を直接に訪問,世帯構成員と対面し,調査協力を依頼する.そして,封入封筒の 利用を含む調査手続きの説明と,調査票,返送用封筒および世帯一覧表への世帯番号の記 入を行い,調査票を手渡し,さらには調査票の回収方法(調査員への手渡しか郵送返送の 選択)を確認する.そこでは,世帯主名と住所を伺うことによって,世帯一覧表の作成も 行なわれる.最後に,市区町村の担当部局において,調査票の未回収世帯を確認するため に,調査員回収の調査票と郵送返送の調査票を照合し,未回収世帯にたいする調査員の再 調査,および聞き取り調査を行うことによって,実査は終了する.したがって,国勢調査 員の実査行程は,目立たない調査員の労苦に依存する「地道」な課業過程であって,よほ どの事件が発生・ 「発覚」しないかぎり,ニュース報道等によっては,伝えられない「現場」 的な社会事象である.それにもかかわらず,ニュース報道では,つぎのような実査状況が 伝えられていた. 1) プライバシー意識の高まりによって,回収率が低下してきているし,「第 3 者」の他 人である調査員による訪問調査には, 「抜本的な見直しを求める声」があること. 2) 1) の事情と,居住・生活環境の変化(オートロックのマンションや単身・夫婦共働働 き世帯の増加)によって,前回の国勢調査では,未回収世帯が,約 220 万世帯(4.4%: 366 日本統計学会誌 第41巻 第2号 2012 前々回の 2.7 倍)にのぼったこと. 3) 単身者世帯層では,とくに女性や高齢者のそれでは,警戒心や防犯意識が強くなって いること. 4) 不在世帯でなくとも,「門前払い」や「居留守」の世帯が増加していること. 5) 訪問 3 回までが,訪問調査の原則であるが,不在世帯については,居住の有無を物理 的な生活事象(洗濯干し物の有無や電灯の付き具合等)によって確認することには無 理があり,被調査者に調査が周知されていないときには,調査漏れが発生している こと. 6) 調査概念や調査方法が,家族形態の多様化(同性の事実婚等)に対応していないこと. 7) 調査票の郵送による返送が,回収票の「6∼7 割(東京都世田谷区)」におよぶことに よって,記入漏れや誤記が多発し,再調査の「責任」が市区町村に負わされること, また,それによって精度の低下が懸念されること. 8) 市民団体によっては,郵送法が調査票の回収だけでなくて,配布についても要求され ていること. 9) 「そう複雑でもない調査内容」の情報を得るために, 「こんな大がかりな人,費用,時 間をかける必要があるのかという疑問」をもつ調査員が存在していること. 10) 国民が調査趣旨と活用法を納得できれば,国民は自主的協力を惜しまないし,「世界 に誇れる宅配制度,郵便システム,インターネット」によって,調査票を配布すると, 調査経費や調査書類を節減できるという調査方法の転換方向を提案する調査員が出 現していること(以上,浜砂 (2011, pp. 167–174)) . 先述の実査行程では,調査票の配布,あるいは再調査において,調査員が被調査世帯の 居住状況を確認できるかどうか,面接を実現できるか否かが,決定的に重要である.それ ができなければ,調査員調査といっても,被調査世帯にたいして,郵送調査以上の協力・ 説得効果を発揮することはできないからである.ニュース報道が捉えた 1)∼6) の実査事情 は,被調査世帯にたいする調査員の面接を困難している今日的な調査環境である.このよ うな住民の意識的あるいは無意識的な調査非協力・拒否は,これまでの国勢調査でも,多 く発生してきた(浜砂, 2005b) .2010 年国勢調査においても,調査員業務の負担軽減措置 や調査票の封入提出法の採用にもかかわらず, 「調査のそのものの危機感」や「調査員によ る対面方式というのは限界を迎えている」という状況把握に反映されるような危惧の念を やわらげることはできなかったようである (『有識者懇談会』における須々木亘平委員 [東 国勢調査の方向転換 367 京都] と安藤直樹 [横浜市] オブザーバーの発言 (総務省統計局, 2006c, pp. 26–27).「調査そ のものの危機感」は,事前に地方自治体の統計関係者では強く認識されていたし,それは, 中央政府の統計機関にたいする「要望」として,例年のように訴えられていた(総務省に たいする『大都市統計協議会要望書』2005∼2009 年版).また総務省統計局が実施した試 験調査においても,その「兆候」は十分に察知されていた.われわれは,平成 22 年国勢調 査第 3 次試験調査 (2009 年 6 月 19 日が調査期日)がもたらした,つぎのような「事実」に 注目しなければならないであろう(総務省統計局, 2009). [1] 最終回収率が,「平均」83%であって,その 55%が郵送によっている.再調査(フォ ローアップ)の効果は低く,それによる回収率は 7%に足りず,調査不能世帯( 「聞き取調 査」世帯)は 17%に及んでいる. [2]『有識者懇談会』における統計局の説明では,オートロックマンションの増加が実査 の居住環境的な阻害要因としてよく指摘されているが,本調査の結果を見るかぎり,地域 特性では, 「単身居住者が多い地区」と「その他の共同住宅地区」において, 「調査不能世 帯」の比率が最も高く,20%を超えて,30%に達している(オランダの 1981 年国勢調査で は,1979 年に実施された試験調査において,調査査拒否・不能世帯が全体で 20%を超えた ことが,本調査中止の根拠になったことが想起される (Redfern, 1983, Anlage 4, p. 6). もちろん, 「単身居住者が多い地区」には,オートロックマンションや一戸建て住宅も含 まれることに留意しなければならないが,調査困難な地域が着実に拡大している事実を確 認しなければならないであろう.試験調査では, 「単身居住者が多い地区」は,調査対象世 帯全体の 22%であるが,単身者世帯だけをとっても,全国の世帯規模別構成に占めるその 割合は,1970 年代の 20%台から,着実に増加し,2005 年には 30%に達している.地域別 にみると,東京都全体および区部では,それぞれ 40%と 45%に達し,さらに都心部の区域 では 60%近くにおよぶことは,「単身居住者が多い地区」が広範に出現していることを物 語っている.また,地方大都市(政令都市)でも,40%を超える都市地域が出現している (東京都総務局統計部, 2011; 横浜市統計課, 2011). このような単身者世帯層の拡大と, 「単身居住が多い地域」における対象世帯への接触の 困難さ,および調査不能世帯数の大きさを合わせてみるならば,国勢調査の全数性を揺る がすような社会的な状況が常態化しつつあることを強く認識しなければならないであろう. 統計局は,事前にこのような危機的状況が捉えることができたにもかかわらず,旧来の調 査方法(対面式の訪問調査)をもって,実査に「突入」していったと言っても,過言では ないであろう. つぎに,第 3 次試験調査は,調査票の回収時(ないしは郵送提出確認時)に,対象世帯に 面接するために調査員が必要とした訪問回数別に面接可能であった世帯数をまとめている. 面接できた世帯の割合は, 「全体平均」では 8 割近くに及んでいるが, 「単身居住者が多い 368 日本統計学会誌 第41巻 第2号 2012 地域」と「その他の共同住宅地域」では,それが 50∼60%割台に低下する.さらに,訪問 して面接ができない世帯については,最低 3 回訪問するという基準(総務省統計局, 2010c, p. 23)を考慮して,訪問 3 回までに面接することができた世帯の割合をみると,「単身居 住者が多い地域」では,それが 50%を切っている. ところで, 『有識者懇談会』では, 「対面方式による訪問世帯への調査票の手渡し」を原 則として決定したことが,調査員調査を存続させる根拠となっているから,配布時の面接 可能性を把握することが重要である.しかし,それは, 『第 3 次試験調査の結果概要』では 公表されていない. 参考として第 2 次試験調査の調査結果(総務省統計局, 2008) をうかがうと,配布時に面 接できた世帯の割合は調査対象全体では 75%, 「単身居住者が多い地区」では 43%に低下 し,さらに訪問 3 回までに面接ができた世帯の割合は,さらに 37%に減少する.試験調査 に任用される調査員の特徴(ベテランさ・優秀さ)と本調査の調査員のそれを比較すると, 後者では,面接ができる世帯の割合はさらに低下したことは疑いないであろう6) .ところ で,単身居住者層の生活様式は,青少年層では,短期移動や居住の浮動性によって地域生 活には馴染まないこと,女性・高齢独居者層では,防犯・警戒意識 および「孤独死」や 「無縁死」にみられるような日常生活の孤立化が,その社会的な特徴であろう. それは,これまで国勢調査員が実査の足がかりとしてきた日常的な地縁・近隣関係を希 薄化させることによって,試験調査に表出したような訪問不能世帯,それを引き起こす「不 在世帯」や「居留守世帯」を大量に発生させていると考えられる7) .このような現代的な 調査環境は,国勢調査員の [1] 世帯訪問難と居住状況確認難を増大させ,[2] 対象世帯に接 触・面接する意欲を著しく削いでいる8) .そして,1) 実査が夜間調査をともなう実情,2) 「面接」ができたとしても,しばしば,調査世帯から「罵詈雑言的な責め苦」に合う世相, さらには 3) 調査世帯との係争をおそれる調査員の「回避行動」によって,実査業務が,意 図せざると否とにかかわらず, 「郵便配達」型化することも,避けられない成り行きであろ う.さらに,郵送返送法の採用は,調査員(業務)の管理を困難にすることによって, 「郵 6) 国勢調査の精度にかんする最近の研究では,国勢統計と他の標本統計における精度の差には,統計調査員の「ベ テランさ」と市区町村による調査員の管理が大きく影響していることが指摘されている(山田, 2007, 2008) . 7) 総務省統計局は, 「平成 27 年国勢調査に向けた課題について∼平成 22 年国勢調査に実施状況から∼」 (未定 稿)の「平成 22 年国勢調査の実施状況に照らした今後の課題」 「2 対象把握 ∼調査員による常住確認や訪問 面接の困難な世帯等への対応が依然難題∼」において, 「○昼間不在の単身世帯やオートロックマンション居 住者など,調査員の通常の活動によっては,居住実態の確認や訪問面接の困難な世帯が引き続き増加. 」と述 べている(総務相統計局, 2011b, 資料 3, p. 1). 8) 単身者世帯にたいする訪問・面接や居住確認の困難さについては, 『有識者懇談会』第 2 回会議において,井 出満氏(東京都杉並区:元総務省統計局長)と坂俊夫氏(埼玉県熊谷市)の貴重な体験報告がなされている (総務統計局, 2006c, pp. 4–13).また,単身世帯を含むオートロック・マンションにおける訪問調査の困難 さについても,同第 4 回会議において,梅澤調査員(東京都世田谷区)と同区統計担当笹本係長の具体的な 体験報告がなされている(総務省統計局,2006d, pp. 2–18). 国勢調査の方向転換 369 便配達型」調査員を出現させる「促進」誘因として機能している9) .2001 年に郵送返送法 を採用したイギリスの人口センサスが,2011 年センサスでは調査票の配布・回収ともに, 基本的には郵送法に移行したことは,調査方法として成り立つ組織的制度的条件が原理的 に異なる調査員調査法と郵送調査法を「混用」したことの当然の帰結といえよう. 市区町村=地方実査機構の混乱とセンサス基本原則の危殆化 4. 伝統的な国勢調査環境の危機的な状況は, 「半端」な郵送調査法の採用によって,地方実 査機構である市区町村における調査票の回収・整理・審査業務に大きな混乱をもたらし, 「聞き取り調査」や追跡調査の機能不全を招いている.市区町村における調査票の回収・整 理・審査業務は,法制的には外部からは直接的に伺えない,あるいは伺うことができない調 査業務の機密的な行程である.したがって,第 1 に,筆者が入手することができた都道府 県の総務省統計局にたいする「国勢調査実施状況報告」が述べているところを聞こう.同 局は, 「市区町村における審査に関する提案や意見」を「都道府県」と「市区町村」に分け て聴取している.市区町村の「提案や意見」には,調査票の開封・整理と調査区への区分, 調査員回収の調査票と郵送回収の調査票の照合,および調査票の審査における困難な状況 が,個別的に「生々しく」記述されているが,ここでは,審査過程の混乱状況を包括的に 把握するために, 「都道府県」についての「提案や意見」を要約や抜粋によって紹介してお こう. 1) 愛知県(総務省統計局, 2011a, 同県版, p. 79) [1] 調査票の記入漏れや記入誤り,住民基本台帳による補記が,予期された以上に多く, 市区町村における審査には限界があるために,適当な措置をとることが必要である. [2] 調査票の記入漏れや記入誤りがある世帯にたいする電話照会は,昼間の不在世帯や 電話調査にたいする非回答等のために,多くの問題点がある. [3] 指導員(自治体職員)にとって,審査業務は「本来の業務終了後の夜間検査」とな り,長期間,検査業務を続行することは困難である. [4] 審査期間が短いために,市町村における調査票の審査は,記入内容にかかわらない ミス( 「読めない字,薄い字,マークシートのはみ出し,ボールペン書き」等)の処 理で手一杯である. 9) これまでの国勢調査でも見受けられた,調査員の管理について,調査手続きを守らない,あるいはそれが一 つの要因となって引き起こされる係争は,今回の国勢調査でもニュース報道が,多くを伝えている(配布期 間以前における調査票の配布,とくに大都市には, 「郵便配達型」調査員の出現と調査漏れの発生,調査票提 出の確認をめぐる調査員と調査世帯の係争と,その解決を難しくする郵送返送法の採用,調査対象世帯の実 査業務にたいする「投書」や実査業務における調査員の緊張感を不必要に高める情報犯罪の発生など)(浜砂, 2011, 事例群 2∼4, pp. 172–174). 370 日本統計学会誌 第41巻 第2号 2012 [5] 多くの市区町村において,調査票の提出時期までに,審査時間の確保ができなかった. 2) 大阪府(総務省統計局, 2011a, 同府版, p. 27) [1] 「全封入提出及び郵送提出となったため,調査票の審査が指導員業務となった上, 調査票の未記入が多く,世帯の問い合わせ等,膨大な時間を要したため,審査期間の 見直しをお願いしたい. 」 3) 東京都(総務省統計局, 2011a, 同都版, p. 66) [1]「調査方法の変更(全封入・郵送・インターネット)に伴い,指導員及び区市町村 の負担が大幅に増加した結果,調査区要図・調査世帯一覧等の第 1 次提出に係わる調 査関係書類の審査が大幅に遅れた,このため当初予定の提出予定日を大幅に超過する 区市が続出した. 」 [2]「区市町村では職員指導員が大多数を占めており,本来事務の他に国勢調査の指導 員事務を行うことは 17 年調査でも厳しい状況にあったが,調査方法が大幅に変更と なり,指導員事務が大幅に増加した今回調査ではさらに厳しいものとなった. 」 [3]「指導員事務と区市町村事務は表裏一体の関係にあり,区市町村の統計担当者は多 忙を極めた」 . [4] 調査票の未提出世帯からの回収は「課題(提出状況の整理に要する時間,『開封場 所』 ,調査員への連絡等)があまりにも多い. 」未提出世帯の特定を期日までに終えな ければ,回収事務そのものを実施することが困難である.区市町村の実情を踏まえ て,実施方法の見直しや決定方法の柔軟化を検討する必要がある. 4) 福岡県(総務省統計局, 2011a, 同県版, p. 29) [1] 郵送提出により,「市区町村事務が大幅に増加した.」 [2]「市区町村では十分な審査期間が確保できないとの意見が多く出された.」 [3] 調査票の郵送提出(投函期間 12 月 31 日)が遅く,また,調査世帯一覧や調査区要 図の記載誤りや訂正も多かった. 5) 宮城県(総務省統計局, 2011a, 同県版, p. 23) [1]「調査票と調査世帯一覧の照合が不十分のまま県に提出されているため,調査書類 提出後の調査世帯一覧の差し替え枚数が膨大な枚数となっている.正確性の確保の ためにも審査期間を十分に確保する必要がある. 」 国勢調査の方向転換 371 ところで,上述したように,地方自治体における国勢調査票の審査業務が,市区町村や 都道府県の内部過程であるにもかかわらず,ニュース報道によっても,困難な状況が多く 伝えられている.また,一部の地域にかんするニュース記事であっても,その混乱状況は, つぎのように「全国的な事象の地方版」として報じられている. 「全国の自治体が回収を進めている国勢調査の調査票で,記入漏れや誤記が多発してい る.今回の調査から『封入提出』が採用され,国勢調査員が回収時に確認しなくなったの が原因だ.宮城県内でも,…」 (河北新報 10 月 16 日号「 “酷”勢調査 記入漏れ・誤記多 発 市町村職員悲鳴」 ) 「5 年に 1 度の国勢調査が終わった.全国の自治体では,各世帯から集めた調査票の点 検・集計作業の真っただ中,今回から初めて郵送回収方式が採用され,国は回収率アップ に期待をかける.しかし,現場で作業している自治体職員からは『これで調査の精度が保 てるか』と疑問の声が次々と上がっている(出田阿生).」 (日本経済新聞 2010 年 11 月 14 日号「勤め先,学歴…空欄だらけ 国勢調査郵送でも作業膨大 精度低下懸念さらに」 ) ニュース報道が伝えるところから,調査票の審査過程にかんする実況をまとめておこう. (1)記入された国勢調査票が,調査員による直接的な審査を受けないで,封入提出や郵送 返送によって回収されるために,記入漏れや誤記が多発していること. (2)返送されてきた調査票の開封作業そのものに,多くの時間が割かれていること. (3)記入漏れは,回答が比較的に忌諱されてきた「配偶者の有無」 , 「学歴」 , 「産業(勤務 先) 」や「職業」だけでなく「氏名」や「出生年月」に及んでおり,とくに大都市部 では,それが深刻化し,調査結果の精度確保に疑問が出ていること. (4)(1)∼(3)によって,調査票の点検や審査を担当する職員の作業量が膨大になって いること. (5)さらに,電話等による聞き取り調査も,とくに業務時間内には不在世帯が多く,ま た,電話が通じても,不審がられる等,困難を極めていること. (6)マークシート記入のミスも無視できない量にのぼり, (4)や(5)の結果, 「点検作業 は,ボールペンやレ点による記入を機械的に訂正するのが主」となり,住民基本台帳 との照合も正確さを欠いていること. (7)自治体職員が指導員に任用されているために,通常業務以外の時間(残業) ,土日返 上,さらには有給休暇の取得によらなければ,調査業務が進められず,そのことが (1)∼(5)の状況と相まって,職員の「徒労感」 ,さらには,統計局の「現場感の弱 さ」や国勢調査そのものにたいする疑問を募らせていること. 372 日本統計学会誌 第41巻 第2号 2012 (8)実査日程(郵送返送の調査票と調査員回収の調査票の照合,未回収世帯の確定,再調 査)による切迫感と整理・審査作業の大きさが,調査業務を緊迫化・激務化させてい ること(下記事例参照) . ・ニュース報道の事例 [1] 産経ニュース 2010 年 10 月 5 日号「国勢調査の『未回収』増加 データの信頼性も “良心”頼み」(東京,政令都市の状況…筆者注) . [2] 河北新報 10 月 17 日号「国勢調査 郵送提出誘導で回収率低下心配 仙台市」. [3] 紀伊民報 2010 年 10 月 25 日号「未提出世帯に呼び掛け 国勢調査票の回収終盤」 (和歌山県下における市町村の状況…筆者注) [4] 大和総研ホールディングス, パブリシティ 2010 年 11 月 1 日号コラム(経済調査 部 長内智) 「調査員・統計家・エコノミストからみた国勢調査」 (東京都の状況…筆 者注) [5] 四国新聞 2010 年 7 月 21 日号「記入漏れを住基台帳で補完/国勢調査,性別や年齢」 (総務省統計局が,未回収世帯の調査票や記入漏れについて,住民基本台帳からの補 記を許容することを公表…筆者注) [6] 産經新聞 2010 年 10 月 10 日号「国勢調査は実態を反映しているか 調査票に加え 聞き取りも…」 (聞取り調査,虚偽申告,調査漏れ:全国的な状況…筆者注) [7] 産經ニュース (from editor: 編集委員 小林隆太郎) 2010 年 10 月 10 日号「国勢で なく“国衰調査”?」 (東京都の状況…筆者注) [8] 河北新報 10 月 16 日号「 “酷”勢調査 記入漏れ・誤記多発 市町村職員悲鳴」 (宮 城県下の市町村の状況…筆者注) [9] 中日新聞【岐阜】2010 年 10 月 21 日号「記入漏れ続出,市町村悲鳴 国勢調査」 (岐 阜県下における市町村の状況…筆者注) [10] 高知新聞 2010 年 10 月 27 日号「国勢調査で高知県内自治体悲鳴」 (高知県における 市町村の状況…筆者注) [11] 中国新聞 2010 年 11 月 1 日号「国勢調査の記入ミス相次ぐ」(島根県,広島県,山 口県における市町村の状況…筆者注) [12] 京都新聞 2010 年 11 月 11 日号「記入漏れ増え苦慮 国勢調査で県内自治体」 (滋賀 県における市町村の状況…筆者注) 国勢調査の方向転換 373 [13] 中日新聞【滋賀】2010 年 11 月 11 日号「国勢調査,記入漏れ多数 制度改革求め る」 (滋賀県における市町村の状況…筆者注) [14] 日本経済新聞 2010 年 11 月 14 日号「勤め先,学歴…空欄だらけ 国勢調査郵送で も作業膨大 精度低下懸念さらに」 (東京都における市区町村の状況…筆者注) 最後に,これまで紹介してきた都道府県の国勢調査実施報告やニュース報道が伝える調 査票の整理・審査業務にかんする状況を集約して述べておこう. 市区町村における調査票の整理・審査業務の膨大・長期化は,先に見たような国勢調査 員の世帯訪問難,居住状況の確認難,さらには実査遂行意識の弱まりと相まって,調査票回 収の遅滞や回収率の低下,さらには調査漏れをもたらしている.また,回収された調査票 の記入漏れは,無視できないほどに検出されている.被調査者の調査忌避意識をやわらげ るために導入された調査票の封入提出法と郵送返送法は,そのような実査機能を低下させ る誘因として作用しただけでなく,大量の郵送回収票の開封,その調査区への区分け,郵 送返送世帯表の作成と調査員回収世帯表との照合と,膨大な事務課業を市区町村に迫って いる.また,実査過程が円滑に進行するように設置されたコールセンターの業務が, 「調査 票の記入方法にかんする説明」に限定されていたために,市区町村は,狭義の実査期間中 (調査票の配布と回収:9 月 23 日∼10 月 7 日)には,調査世帯からの「質疑・苦情」にた いする応答や,調査世帯と調査員の摩擦・係争処理に追われることによって,調査票の整 理・区分業務に必要な人員を割くことができず,所定の期間(10 月 21 日)に終了しなけ ればならない上記の事務過程は著しく緊迫化した.市区町村における「実査業務」の肥大 化と長期化は,再調査(フォローアップ調査:10 月 22∼24 日)の効果を著しく弱わめた. 最後に,聞き取り調査によって,居住が確認された世帯のなかで,調査票を回収すること ができなかった世帯(調査不能世帯)が調査対象世帯全体に占める割合は,大都市地域で は,10%∼20%に達している(総務省統計局, 2011a) .さらに,大半の調査不能世帯につい ては,世帯人員,世帯員の年齢,性別や国籍が,10 月末以降に住民基本台帳によって補記 されている.とくに大都市地域における調査不能世帯は,住民層の移動性が高いことから, 調査期日より 1 ヶ月以上遅れた住民基本台帳よりの転記が,センサスの基本原則である同 時性の原則(調査時点における全国一斉調査)を揺るがすことによって,調査漏れや重複 把握を引き起こしていることは,容易に考えられよう(山田, 2010, 2011).さらに,実査 過程における調査漏れ,調査票の審査業務において検出された記入漏れ,とくに調査事項 「学歴,職業,産業」等の記入漏れ(とくに上記の事例 [3],[8],[11]∼[14])と上述の調査 不能世帯の比率をあわせて考慮すると,地域によっては,回答の 20%以上がいわゆる「不 詳」をもたらすと推測される.このような国勢調査の深刻な状況は,調査結果の精度を低 下させ,さらには同時性と全数性の原則を脅かすことによって,わが国においても,セン 374 日本統計学会誌 第41巻 第2号 2012 サス方法の基本的な転換を迫っているといえよう.つぎに,国勢調査における方法転換の 方向性を探るために,イギリスの 2001 年・2011 年人口センサスにおける方法転換の歴史 的事例を考察することにしよう. 5. 方法転換の歴史的事例—イギリスの 2001・2011 年人口センサス— イギリス国家統計局 (Office of National Statistics, U.K.,いかでは O.N.S. と略称する) は,すでに 2003 年に,2011 年人口センサスにむけて,伝統型人口センサスに最終的に終 止符を打ち,完全な郵送調査型センサスに移行する構想を公表した(O.N.S., 2003) .それ いらい,政府統計関係機関および地方自治体,学術機関や経済界,さらには報道界等にた いする,いろいろなヒアリングや情報交換集会を経て,2009 年には,イギリス議会両院に おいて,[1] センサス期日,[2] センサスの調査対象者と回答者,および [3] 調査事項が承認 (Census Order)を受けた.続いて 2010 年には,センサスの詳細な実施要綱やセンサス票 を定めるセンサス規則(Census Regulation)が,両院の了承を得ている (O.N.S, 2011).こ の間,2007 年に成立した統計・登録行政法(Statistics and Registration Service Act)に よって,センサスの実施権限が,登録庁 (Registrars General) から統計監督委員会(U.K. Statistics Authority:国家統計局の指導・監督機関…筆者注)に移行し,センサスの担 当省庁も,財務省から内閣府に代わっている (Cabinet U.K., 2008). 2001 年人口センサスでは,わが国の 2010 年国勢調査におけると同様に,センサス票の 回収に郵送法が導入されたが,2011 年センサスでは,センサス票の配布および回収とも に郵送法が採用された.そして,調査員の任用は,センサス票の配布では,被調査者の協 力が得られ難い地区だけに限定され,調査票の未返送世帯にたいする追跡調査が調査員の 主な役割となっている.それは,郵送調査法を全面的に導入し,調査困難な地区に「資源 (resource)」を集中的に投入することによって,回収率を改善し,調査結果の精度を確保す るための「戦略的な措置」であった(O.N.S., 2003) . 『2011 年センサス白書』(Cabinet U.K., 2008) は,調査方法に大きな変革を促した社会 的な要因について,つぎのように記述している. 「世帯と接触する困難が大きくなり,そのことが 2011 年センサスのデータ収集計画にお もな影響を与えた.その困難性は,つぎの要因によって引き起こされている.人口の高齢 化,[2] 単身者世帯の増加,[3] 就業形態の変化,[4] 安全進入管理システムの増加,[5] 社会 の遵守度の低下,[6] 移民の増大,および [7] いよいよ公民権を奪われていると感じる国民 の特定階層や地域社会の存在. 」 郵送調査法が本格的に導入された理由については,国家統計局のスタッフによって,つ ぎのように指摘されている(Compton, 2008; Townsend, 2008)). 375 国勢調査の方向転換 表3 調査票の配布方法(調査員手渡しと郵送)別世帯回収率. 調査区の調査難易度 調査員の手渡し 郵送 (ETC) (Hand-delivery) (Mail-out) 53.4% 50.6% 2.8% 1 66.9% 63.4% 3.6% 2 55.7% 51.2% 4.5% 3 47.8% 44.7% 3.1% 4 36.8% 37.0% −0.2% 5 All cases 両者の差 ETC 33.8% 29.3% 4.5% Camden 35.7% 34.6% 1.2% Liverpool 50.8% 46.6% 4.2% Stoke 59.6% 56.1% 3.5% Bath 62.3% 61.0% 1.3% Carmarthenshire 67.5% 62.5% 5.1% 注:ETC とは,国家統計局が,調査区を調査難易度別に区分するために,設定した調査目標分類 (Enumeration Tagreting Categorisation) で,詳しくは O.N.S. (2009) 参照. 1) 「2001 年センサスで経験した重大な危険性,とくに大量の調査員を募集することに 失敗した危険性を少なくすること」 . 2)「被調査世帯にたいする訪問達成率の低下は,調査員がしばしば,基本的には郵便配 達員として機能することを意味すること」 . 3)「(調査票の未回収世帯)を追跡することに,より多くの資源を投入することができ ること」 . 4)「(住宅への)進入管理に対応すること」. このようなセンサスの調査環境のなかで,変更された調査方法の有効性を検証するため に, 「大規模な試験調査 (a large scale test)」が 2007 年の 5∼6 月に実施されている.試験 調査は, 「実査条件と社会的な属性」を考慮して選定された 5 つの地方自治体(合計で,約 55 万 2 千世帯が居住,5 つの自治体名は表 3 に)において,調査の難易度階層別 (5 区分) の標本世帯数が等しくなるように,調査区が設定された(各階層の調査世帯が 2 万世帯, 合計 10 万の標本世帯 (Benton et al., 2006, pp. 16–18)).調査票の配布を調査員が行う調 査と郵送によって実施する調査の比較については,表 3 のような調査結果が得られている (Garnet, 2008, p. 6; O.N.S., 2009, p. 13)). 国家統計局は,調査結果にもとづいて,つぎのように結論付けている. 「• 調査票の郵送は,回収率に影響している(減少させる方向で…筆者注) .しかし,差 376 日本統計学会誌 第41巻 第2号 2012 は小さく,回復することができる. • 調査難易度別の階層間分布は,それ自体としては,配布方法の選択における重要な要 因ではない. • 住所登録簿と追跡調査の手続きについて確認された改善は,過小把握が小さくなり, 調整できることを示している. • 郵送配布の措置は,焦点を絞った追跡調査と社会共同連携のために,資源を解放する. 結局,証拠は,郵送配布措置が,長所と節約をもたらすことを示している.配布方法 がいずれにせよ,追跡調査は回収率を最大化するためには,決定的である.したがっ て,国家統計局は,郵送配布が 2011 年における調査票配布の主要な方法であること を決定した(O.N.S., 2009, pp. 16–17)). 」 また,郵送調査法の導入については,それを実査方法として技術的制度的に成立させる ために,つぎのような法制的技術的な措置が執られている.それは,調査員調査法におけ るとは,基本的に異なっている (Cabinet U.K., 2008). [1] 調査における回答義務の強化:実査では,調査員がそなえる人格的な説得力,ある いは日常的な地縁関係に依存することはできず,調査主体=政府と調査客体=国民 は, 「純粋」に公法的な関係に立たされるから. [2] 調査対象者を厳密かつ正確に把握するための国民住所登録簿 (National Address Register) の策定:イギリス国内には,住所を確定する権限をもつ機関が存在しない ために,国家統計局が,関係機関と情報共有協定を結び,王立郵便記号住所ファイ ル (Royal Mail Postcode Address File),陸地測量部基準地図住所階層 2(Ordnance Survey Master Map Address Layer 2),全国土地不動産地名辞典 (National Land and Property Gazetteer) を「十分に利用」することによって, 「住所一覧表」を作成した. [3] 調査票が配布→回収されていく経路を「実時間」的に把握するセンサス票追跡シス テム(Form Tracking System) の導入. 最後に,2011 年人口センサスは,同年 3 月 27 日を調査期日として実施された.今日,そ の成否を知ることはできないが,イギリスの 2001 年・2011 年センサス調査法の変革は,調 査票の配布に限った郵送調査法の「半端」な導入が,郵送調査法の本格的な採用に導き,人 口センサスが成立する技術的制度的な条件を大きく改変させたことを明らかにしている. 国勢調査の方向転換 6. 377 終わりに これまでの考察によって,わが国の 2010 年国勢調査では,統計調査環境の悪化現象が臨 界点に達しつつあり,調査員調査による全数調査様式が,調査方法として社会的な限界を 大きく露呈し,そのことが国勢調査の基本原則(全数性(一般性)や同時性の原則)を揺る がしていることは明らかであろう.とくに調査員による世帯訪問が困難化することによっ て,郵便配達型調査員が出現していることと,調査できなかった世帯の調査票が住民基本 台帳によって「補記されていること」 ,およびその割合が無視できない程に増加し,換言す ると,住民基本台帳が国勢調査の欠くことができないデータソースとなっていることを考 慮すると,わが国の国勢調査でも,郵送調査の全面的な導入や行政登録簿の積極的な利用 が本格的に検討されるべき時期に来ていることも明らかであろう.本稿で考察したイギリ スセンサスの方法転換過程や,筆者が別稿において調査研究を進めてきたドイツの統計登 録簿型センサスの展開は,わが国の国勢調査における方法転換の方向性を先行的に示して いる. 総務省統計局も,このような国勢調査をめぐる問題状況を踏まえて,新たに発足した「平 成 27 年国勢調査の実施に関する有識者懇談会」に,通常の対応を(2010 年国勢調査の実施 状況の取りまとめ,有識者による検討,都道府県との意見交換など)を記述する資料(総 務省統計局, 2011b)とは別に,未定稿ではあるが, 「平成 27 国勢調査に向けた課題につい てー平成 22 年国勢調査に実施状況からー」 と題する資料(総務省統計局, 2011c)を提出 している.同資料には, 「1 調査方法」 , 「2 対象把握」 , 「3 国民理解の促進,結果の利活用 促進」 ,および「4 国勢調査を取り巻く地域の状況を踏まえた地方事務」の 4 つの局面に分 けて, 「平成 22 年国勢調査の実施状況に照らした今後の課題」が箇条書きされている. 「1 調査方法」と「2 対象把握」における「検討の視点」を要約や抜粋によって示すと,つぎ のとおりである. 「1 調査方法」における「検討の視点」 1) 調査実施系統にかかわる調査主体が「理解・処理しやすい調査フローの在り方」 2) 回答漏れ・誤記入の発生を少なくする調査票と居住・生活条件にかかわらず,便利か つ抵抗感の少ない調査票の提出方法等の「在り方」 3) 世帯訪問や聞き取り調査にたいする,調査世帯一覧に記載すべき情報や調査票審査等 への「活用の在り方」 4) 審査期間の在り方 5) 「…,インターネット回答方式のメリットを十全に発揮しうる調査システム・フロー の在り方」 378 日本統計学会誌 第41巻 第2号 2012 「2 対象把握」における「検討の視点」 1) 事前に全数把握を行い, 「調査票を確実に届けるための仕組み・方法の在り方」 (官民 の各種情報の活用可能性,活用に当たっての課題等) 2) 「回答漏れや誤記入を補完」し,「調査漏れや重複調査をチェックするための方法・ 手段の在り方」 ( 「調査世帯一覧等の様式,行政資料活用の在り方等」 ) 3) 「中間不在世帯やオートロックマンション居住者に対する効果的なアプローチの在 り方」 4) 重複調査の可能性を「念頭に置いた調査項目・調査票設計等の在り方」 2010 年国勢調査が提起している課題が具体的に把握されていることから,課題の広狭さ と深浅さを伺うことができる.しかし,本資料が「未定稿」であって,すべての「検討の視 点」が「…在り方」で結ばれているように,対応措置の実態的な内容は,今後の審議に委 ねられている.本稿で考察してきたように,わが国の国勢調査環境が危機的な状況にあっ て,国勢調査が方法転換期に入っているだけに,審議の動向を見守らなければならないで あろう. 謝辞 本稿を審査して頂いた 2 人の査読者には,本校を完成するために,貴重なコメントや問題 点の指摘を頂いたことを深謝する. 参 考 文 献 Benton, P., Mclaren, E., Walker, S. and White, I. 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