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海・川・森は繋がっている

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海・川・森は繋がっている
-北海道-
海・川・森は繋がっている
- 環境生態系保全活動組織の挑戦 -
東しゃこたん漁業協同組合 積丹支所
余別・海HUGくみたい 柏崎 祐毅
1.地域の概要
積丹町は、北海道西海岸の中央部、積丹半島の
先端に位置する人口約 2,300 人の町である。基幹
産業として漁業・農業及び観光業が盛んであり、
特に夏場は「ウニ丼」をメインとした新鮮な魚介
類とマリンレジャーの人気が高く、
年間約 90 万人
が訪れる一大観光地として知られている(図1)
。
また、
「シャコタンブルー」と称される美しい海
と切り立った断崖や奇岩のコントラストは絶景で
あり、
「積丹半島と神威岬」は「北海道遺産」に認
図1 積丹町位置図
定されている(写真1、2)
。
写真2 シャコタンブルーの海と「神威岩」
写真1 北海道遺産「神威岬」
2.漁業の概要
東しゃこたん漁業協同組合は、平成 16 年
に積丹、美国町及び古平漁協が合併して設立
され、
現在、
組合員 289 名で構成されている。
主な漁業は、ほっけ・たら刺し網、いか釣
り、えびかご、うに漁業及びたこ漁業等が営
まれており、平成 26 年の生産高は約 5,900
トン、23 億2千万円となっている(図2)
。
図2 平成 26 年 魚種別漁獲金額(百万円)
-1-
3.研究グループの組織と運営
余別・海HUGくみたい(以下:HUG くみたい)は、平成 22 年6月に発足し、積丹支所
浅海部会及び青年部に所属する 109 名と漁協役員4名で構成されている。
藻場の維持・回復、海域利用のルール整備、環境保全及び多面的機能の積極的な活用を
図ることを目的に組織され、主に水産庁の「環境・生態系保全活動支援事業」
(平成 22~
24 年度)
、
「水産多面的機能発揮対策事業」
(平成 25~27 年度)等を活用し運営している。
4.研究・実践活動取組課題選定の動機
当地区において「うに漁業」は、春先から夏にかけて組合員の
8割が着業する主要漁業であるが、磯焼け漁場ではウニの身入り
や成長が悪いため商品価値が低く、漁獲による世代交代が少ない
うえ自然発生により密度が増し、磯焼けが持
続・進行するという悪循環に陥っている(写
真3)
。そのため、藻場の回復は地域として最
優先の課題であった。
磯焼けの持続要因は、
「ウニの過剰な食圧、
冬場の貧栄養化等」と考えられていることか
ら、
「自分たちの力でこれを断ち切り、
藻場
(コ
ンブの森)
を回復させたい」
との強い思いで、
漁協、役場、関係機関と協議を重ねた結果、
HUG くみたいは、3つの取り組みを行うこと
とした。一つ目は、磯焼けの持続要因である
写真3 磯焼け漁場の「うに漁業」
ウニの密度を低下させる藻場保全活動。二つ目は、海と森を繋ぐ余別川のサクラマス資源
を増やす活動。三つ目は、余別川流域の森林を再生させるための植樹活動である。これら
海・川・森における環境生態系保全活動により、人と自然を育み、主要魚種であるウニや
サクラマス資源を増大させることが地域の活性化に繋がるものと考えた。
藻場保全活動(西河)
「ウニの密度管理、母藻の設置」
サクラマス資源増殖活動及び
流域における植樹活動(余別川)
図3 藻場保全・サクラマス資源増殖・流域における植樹活動実施箇所位置図
-2-
5.研究・実践活動状況及び成果
(1)磯焼け漁場におけるウニの密度管理及び母藻の設置
保全活動エリアは、過去にコンブ群落が形成
されていたものの、漁場の荒廃が著しい西河地
区の 3,000 ㎡(50×60m)とし、内 1,000 ㎡(25
×40m)をウニ除去区に設定した。エリア内は、
40 m
25 m
底質が安定した岩盤や転石でウニ除去が容易で
1,000 ㎡
あること、コンブの着生可能な水深帯であり且
つ波当たりが良いこと、また、近隣に局所的で
はあるがコンブ群落があることにも着目した
(図3、写真4)
。
平成 24 年度の事前調査時(9月)における
写真4 保全活動エリアの
ウニ生息密度は 11.9 個体/㎡であったが、潜
ウニ除去区(西河地区)
水とタモ採り、素手でウニ除去を5回実施し
(写真5)
、周辺の一般漁場へ約2万1千個を移殖した結果、事後調査時(翌3月)にはウ
ニ密度を 2.0 個体/㎡と、移殖前の約 1/6 まで下げることができた。
写真5 事前調査及びウニ除去作業(潜水)
ウニ密度が水産庁の磯焼け対策ガイドラインが示す「藻場形成の阻害要因となる密度5
~6個体/㎡(100~200g/㎡)以上」の条件を下回ったためコンブの着生を期待したが、
効果調査(翌6月)では、小型の海藻類が若干増えたものの、コンブは1調査点で僅かに
観察されただけであり、予想とは全く違う結果となった。
「近隣のコンブ母藻からの遊走子だけでは足
りないのではないか」と考え、平成 25 年度は、
ウニ除去と並行して、スポアバッグを設置する
こととした。7回のウニ除去によって約1万9
千個を移殖し、ウニ密度を 6.4/㎡から 3.3 個
体/㎡へ低下させた。スポアバッグは環境への
配慮から生分解性タイプを使用し、母藻を収容
した 130 袋を2回に分けて、除去区全域に分散
投入(10・11 月)した(写真6)
。
写真6 分散投入されたスポアバッグ
-3-
ウニ除去に加えて母藻投入を行ったことで、コンブの着生に繋がると期待していたが、
その後の調査(翌3・6月)においてコンブの着生は見られず、スポアバッグの設置効果
は確認できなかった。またも予想に反した結果ではあったが、ウニ密度が前年度より確実
に下がっていることを成果として捉え、
「来年こそ絶対に良い結果が出る」と前向きに考え
ることとした。
平成 26 年度も過去2カ年同様に、
5回のウニ除去作業によって約1万2千個を移殖し、
ウニ密度を 4.0 個体/㎡から 3.2 個体/㎡へ低下させた。スポアバッグは狭い範囲への集
中投入に変更し、遊走子が拡散し易いように穴を広げる改良を加え 109 袋を3回に分けて
設置した。また、石に根しばりした母藻 25 組も新たに追加投入した。しかし、翌年度の効
果調査においてもコンブの着生を確認することができず、母藻の設置効果と改善効果は分
からなかった(表1)
。
厳しい現実に直面しているが、3カ年の取り組みにより、除去区内のウニは推定生息数
よりも実際の除去数が数倍(平均 2.6 倍)多く、転石裏など採りきれない状況が把握され、
この結果は除去目標(個数)の目安として活用した(図4)
。
また、ウニ除去後の冬期間、密度が低い状況が保たれる効果を確認したこと、取り組み
を継続することで生息密度を確実に下げることができたことは、成果として、今後、一般
漁場において密度管理を行う際の参考になることと期待している(図5)
。
表1 漁場モニタリング、ウニの密度管理及びコンブ母藻の設置状況一覧
漁場モニタリング
ウニ除去前
ウニ密度
推定生息数
(個体/㎡)
(個)
ウニの密度管理
参加者数(人)
ウニ除去後
ウニ密度
(個体/㎡)
日数
潜水
タモ
採り
コンブ母藻の設置
徒手
計
除去数
(個)
平成24年度
11.9
11,900
2.0
5
2
11
5
18
21,484
平成25年度
6.4
6,400
3.3
7
9
10
12
31
18,530
平成26年度
計
4.0
4,000
-
投入数
設置方法
-
130
スポアバッグ
分散
集中
-
3.2
5
18
10
0
28
12,324
134
スポアバッグ
根しばり
-
17
29
31
17
77
52,338
264
-
図4 事前調査におけるウニの平均密度から
算出した推定生息数と実際の除去数の比較
-4-
設置
図5 ウニの密度と累積除去数の関係
(2)サクラマス資源増殖活動
海・川・森の繋がりの中で、森への栄養供給に欠かせない河川を遡上するサクラマス資
源を増やすため、HUG くみたいは積丹町サクラマスサンクチュアリーセンターの技術指導
を受け、平成 24 年度から保護水面河川である余別川への発眼卵埋設放流(10 月)に取り
組んでいる(図3)
。
埋設は、自然産卵の実績がある瀬の川底を掘り返し、発眼卵を収容したアトキンス式ふ
化盆(25 ㎝角3枚重ね)を針金で杭に結び付けて設置、石を載せて固定する方法で行った
(写真7)
。
より自然に近い放流を目指し、発眼卵(5
万粒)を収容した容器の他、機材を上流域ま
で運搬するのは容易でなく、ヒグマとの遭遇
を警戒しながらの往復であったが、3年間で
合計 15 万粒の埋設を行った。ふ化盆は、翌年
春~夏(6~8月)に設置状況等の確認を行
い回収するが、増水時の作業は危険であり、
常に安全を意識しながらの活動であった。
回収結果から、埋設地点の見極めが重要
写真7 アトキンス式ふ化盆
であることが判り、埋設の際、水の流れを
設置状況(余別川)
意識した結果、平均ふ化率は、初年度 21.6
%(推定 10,800 尾ふ化)から、次年度以降は 99.6%(49,800 尾)
、74.8%(37,400 尾)
と大きく向上した(表2)
。
平成 27 年5月に行われたさけます・内
表2 発眼卵埋設放流結果一覧
水面水産試験場のサクラマス稚魚分布調査
平均ふ化率(%) 推定ふ化尾数
によると、観測定点で捕獲された稚魚を尾
埋設年
鰭の色調で判別した結果、天然魚に混じっ
H24
21.6
10,800
て埋設放流由来の稚魚が複数発見されたこ
H25
99.6
49,800
とから、活動成果として浜の関心も高まっ
H26
74.8
37,400
た。今後、前浜の漁業資源となり、更に親
魚として余別川に遡上・産卵、そしてまた海に栄養が供給されることを期待している。
-5-
(3)余別川流域における植樹活動
HUG くみたいの活動計画が、平成 25 年8月、水産庁の「森・川・海の全域を活動対象と
している先駆的・模範的モデル活動組織」の認定を受けたことを機に、専門家の技術支援
により、
「余別川流域における豊かな森林の再生」を目標に植樹活動を始めた(図3)
。
植樹は森本来の多様性を確保するため、原生林の樹木の種から育てた数種類の苗木を混
ぜて植樹し、二次林を再生させるという北海道科学大学の岡村教授らが開発し実績のある
「生態学的混橎・混植法(通称:コンパ法)
」に取り組むこととした(図6)
。
図6 「生態学的混橎・混植法(通称:コンパ法)」概略図 (北海道科学大学 岡村教授提供)
初年度は、流域の未立木地(町有地)において、試験植樹と繁殖力の高いニセアカシア
等の外来種の除伐を行い、オニグルミ等の在来種の生育を促した。また、次年度に備え、
自生する在来種の種子を採取(10 月)
、後日、余別小学校の児童とともに土づくりと種植
え(11 月)を行った。一年間、小学校で大切に育てられた苗木は、翌年の秋に植樹し、平
成 25 年度から3カ年で 24 種、計 70 本の植樹を行った(表3、写真8・9)
。
写真8 外来種の除伐作業、土づくりと種植え(余別小学校)
-6-
表3 植樹結果一覧
ハシドイ
アズキナシ
エゾイタヤ
ズミ
エゾヤマザクラ
ホオノキ
ヤチダモ
オニグルミ
ミズナラ
ハルニレ
トドマツ
カツラ
センノキ
キハダ
ノリウツギ
ウダイカンバ
カシワ
ケヤキハンノキ
トロノキ
エゾニワトコ
イタヤカエデ
サワシバ
シナノキ
ヤマグワ
小計
H25年度 H26年度 H27年度
植樹数(本)
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
2
1
3
1
1
1
1
1
3
1
1
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
2
1
1
3
1
1
1
1
1
1
1
3
1
1
1
1
20
30
20
計
2
3
1
2
4
5
3
5
4
3
3
3
3
3
2
2
4
5
3
3
4
1
1
1
70
写真9 コンパ法による植樹
6.波及効果
水産庁主催の「モデル活動組織事例報告会
(平成 26 年2月)
」において、北海道代表とし
て「森・川・海」の栄養循環の一役を担う植樹活
動の事例発表を行い、広報誌を活用し活動状況
を町民に紹介した。また、定期的に行う勉強会では、活動結果の報告や情報交換、対策等
を話し合い、関係者との連携や交流が深まった。この結果、平成 26 年度から観光協会とタ
イアップした新たなイベント「どっこい積丹さくらます祭り」が始まり、町特産のサクラ
マスと、余別川の環境保全に取り組む私たちの活動を、直接、一般の方々に紹介する機会
が得られるようになった。来場者は、初年度 120 人から今年度は 450 人に増え、サクラマ
スを通じて環境保全の大切さと正しい知識を育んで貰うきっかけとなり、町の活性化にも
一役買うことができた(写真 10)
。まさしく「余別・海HUGくみたい」の名称に込めら
れた思いに、一歩近づけたのではないかと自負している。
写真 10 「どっこい積丹さくらます祭り」
活動紹介(左)、稚魚放流体験(中)、サクラマスちゃんちゃん焼き試食提供(右)
7.今後の課題や計画と問題点
ウニの密度管理と母藻の設置により、コンブが生え、藻場の回復が進むと考えていたが、
現状の取り組みでは、目に見える成果が得られていない。そこで次年度は、川や森での活
動に加え、保全活動エリアにおいて新たに栄養添加(施肥)を検討しており、何らかの糸
口を掴むまで、当面、活動を継続する計画である。
また、植樹を通じて交流している小学生を対象に、植樹場所や川での観察会の開催も計
画中であり、次世代の「HUGくみ(育み)
」にも取り組んで行く。
-7-
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