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素材研究Ⅱ 額縁と絵画表現の新考察
研究課題 「額縁と絵画表現の新考察」 平成15年度共同研究 研究成果報告書 多摩美術大学造形表現学部造形学科研究室 目 次 2.平成 15 年度造形学科共同研究 「額縁と絵画表現の新考察」概要 3.報告書「額を作りながら」 野口祐二(耕心房) 4.額縁(油彩額)制作工程 18.額と絵画 齋藤将 杵島洋人 岡村有希子 橋本トモコ(橋本朝子) 新山拓 23.仁科一恵堂(額縁工房)の見学 23.インタビュー 仁科智明(仁科一恵堂) 26.工房見学風景 31.額縁(日本画額)制作工程 1 平成15年度造形学科共同研究 「額縁と絵画表現の新考察」概要 目 的 額縁と絵画表現の関係を研究する。 油彩額や日本画表具の在り方を再考察し、額縁と作品の関係を問い直 し提示することを目的とする。研究室が研究し考案した額縁を実際制 作し、それと合わせた作品を制作することにより絵画表現の新しい展 開の可能性を見出す。また、額縁制作の現場を見学することにより 個々の作品と額縁の関係についても再考察し、各自が額縁を発注、制 作し、額縁先行の絵画制作を考えることで更なる絵画の飛躍を目指す。 研究員 大津 英敏 平松 礼二 高橋 幸彦 田中 康夫 北條 正庸 松下 宣廉 齋藤 将 杵島 洋人 岡村 有希子 橋本 朝子 新山 拓 米倉 守 野口 祐二(耕心房/額縁制作者) 仁科 智明(仁科一恵堂/額縁製作者) 2 額を作りながら 野口祐二 私にとって額の仕事は面白く、いろんな可能性を持つものと思う反面、難しく、 未だ何一つ解ってないものでもあります。額の作り方を知っても、作品の役に立 っているのか、役割を成しているのか、迷いながら、失敗しながら、全てが勉強 で一つ一つが大きく大切な経験です。額を通していろんな作品と出合い、道具や 技法にも工夫や伝統、仕事をしながらいつも「人」を感じます。よくわからない けれど、絵を描く事も、額を作る事も、物を造る仕事が人を感じるものであるか ら辞められずに続けているような気がします。 (耕心房・額縁制作者) 3 ○額縁(油彩額)制作工程 制作/野口祐二(耕心房・額縁制作者) 場所/多摩美術大学上野毛校舎2号館 用意された木製額にヤスリをかけます。 4 胡粉を膠で溶き、額に塗っていきます。 5 乾いたら堅く絞った布で磨きます。 6 額の装飾部分にクラック材を塗ります。 7 半乾きの状態でもう一回クッラク材を塗ると収縮率の違いでひび割れができます。 8 クラック材を塗った場所以外の部分にカシューを塗っていきます。 9 カシューが乾かないうちに金箔を貼っていきます。 10 刷毛で金箔を押さえてからあかし紙で磨きます。 11 ひび割れにカシューを2回塗ります。 12 カシューの上に更に黒い塗料を塗ります。 13 14 アンバー粉をひび割れの部分に入れていきます。 15 仕上がった額に展示用ワイヤーをつけて完成。 16 野口さんが作った額は、大津英敏先生の「NOTRE DAME DE PARIS」を額装して 日本橋高島屋で開催された「十果会」に出品されました。 17 ○額と絵画 「想う」 齋藤将 油彩画の額縁は木製からプラスチック製まで様々です。 本来は作品を保護する役目を担うものでありますが、現在、額縁制作の過程で色々な 塗料や化学接着剤等を使用することもあり作品への影響を心配する声もあります。 画家が絵に合わせて新しく額縁を注文することが一般的ですが、状態のよい古い額縁 は作品への化学的な影響が少なくて風合いもあります。 この額は手に入れた古い額縁を使用したくて、それに似合うように作品を制作しまし た。 18 「水路」 杵島洋人 額縁はオーソドックスなステンレス製の日本画額である。作品全体の色調が寒色系な ので、あえてマット(外周の縁と作品の間の部分)の色に温かみのあるベージュ系の ものを使い、作品とのコントラストを意識した。 19 「Balcone」 岡村有希子 額縁の役割・目的は絵の魅力を際立たせることにあるが裏面も大切な脇役である。作 品の保存をするものは裏面の見栄えをよくする為にグリーンのテープを裏板にはり、 その裏板を入れてトンボで固定しました。 20 「ホワイトキューブ」 橋本トモコ(橋本朝子) 私が作品を発表する時、通常、額をつけることはない。なぜなら、広げたい筈の画面 の空間が、額をつけることで四角く閉じられてしまうからだ。今回、額を付けた作品 を造るということを改めて考え、展示場所のように額で白い四角い空間を作り、その 中の空間に作品を展示するという仮定で、額と作品づくりを行った。 21 「蒼春」 新山 拓 この作品は、支持体の上下左右側面にも仕事がなされているため、通常の作品に 少しかかるような額では、仕事が隠れてしまう為に、作品と額が離れた箱額と呼 ばれるものにしました。 22 ◎仁科一恵堂(額縁工房)の見学 ○インタビュー 仁科智明氏 取材日時 2004 年 2 月 17 日(火) 仁科一恵堂の歴史 日本画を入れる木の額縁を作ったのは、私の考えではウチが初めてですよ。それ以 前の縁っていうのは表装にくっついているっていうだけのものはあったにはあった んですけど。当時は額縁屋とはいわなくて、ウチの親父も元々は指物師ですから。表 具屋が表装にできないものを表装に近い形で額装してみないかっていわれたんです。 だからウチの初期は江戸指物の業で額縁を作ったんですよ。そこから発展して、「俺 は人と同じものは嫌だ」っていう作家が当時いっぱいいたんですよ。(笑)そしたら オリジナルな縁を作らなきゃなんない。それが原点。それで今までそれを基本的にや ってきたんです。 私はもともと絵描きになりたくて絵を勉強していたんだけども、親父が額縁屋をや っていたし、ある先生から「絵を描くのも額縁作るのも一緒だよ」って言われて、そ れで額縁屋になったんです。 額縁屋として 最近は機械で作っている額縁屋もあります。油画の縁でも私共みたいに一つ一つ手 で作っているのと機械で作っているのとがあります。それともうひとつは版画額。だ から一口に“額縁”っていっても大きく分けて5種類あるんです。 額縁の良し悪しはまず材料がいいことと、木を接合する角の部分がいいこと。それ で決まってきます。あとはデザインの問題ですね。作家に如何に合わせるかというこ と。普通額縁屋っていうはただ縁を作って、絵が出来たらそれをそのまま縁に入れて っていうだけなんですよ。それでも世の中には通用します。だけど私のところは今ま でいろんな先生方から作品を預かって、「この縁にこの絵を」って出来合いのものに 入れてっていうのはやったことないですね。私は額縁っていうものは作品に合わせた ものを自分で考えて作るものだと思ってやってきましたから。額縁があるからそれに ただ入れるっていう方法じゃなくて、“タブローを作るのは芸術家。額縁屋はそれに 衣装を合わせる創作者”っていうのが本来の姿であって、その作品が1%でも2%で も10%でも良く見えるようにするのが本来の額縁屋の仕事だと思ってやっていま 23 す。 額縁屋としては作家からお預かりした作品を、何百年…って言ったらオーバーかも しれませんけれど、最低百年位はもつようにしなければならない。今のパネルに使っ ているベニヤが十年もつのか二十年もつのかわからないし、何年かしたらベニヤのシ ミが作品に影響してしまう。だからパネルから剥がして、伝統的なちゃんと袋張りし たものに張りなおすんです。そうすれば絵の具も変化しない。ところがドーサの効か ない紙なんかに強く描くと絵がパネルから剥がれないんですよ。そしたら私ども額縁 屋はパネルに張ってあるそのままの作品を額縁に入れざるを得ない。そうすると額縁 の構造から変えなきゃならない。でもそれは今までの伝統から言えば絶対やってはい けないことだと私は思っているんです。その辺を全然考えない額縁屋もいるんですよ。 だから外(額縁)はどんな材料を使ってもいいけど、中(作品)は表具のやりかたで やる。それが日本画の伝統的なやり方だと思ってやってきました。そこが油画の額縁 との一番大きな違いです。油絵はただ作家からお預かりした絵をそのまま入れるでし ょう。キャンバスに描いたタブローをそのまんま。要するに日本画と油画の額縁の最 大の違いは、日本画の場合はちゃんと表具にするという点ですね。そうすると何十年 ももつんです。 今の若い人達へ 若い学生さんたちに私が今一番言いたいのは、額装するためにはどう絵を描いたら いいかということ。絵を描く前に何をして、どうやって描かなきゃなんないかという ことと、保存の方法と、そういった基本の、下地のことだけはちゃんと教えてあげた いなと思っているんです。今の学生さんはその場だけでいいわけですよ。紙の張り方 やらなんやらメチャクチャでしょう。統一がないわけです。「紙は伝統的にはこうい うものだよ」っていうことを教えてあげなきゃならないと思う。紙の張り方にしても 糊じゃなくて画鋲で仮張りして絵を描いている人がいる。仮張りが狂っているのに紙 に水を引けば、紙でも木でも水を引いたら狂ってくるわけですよ。紙にしたって、自 分の紙というものがあればいいんだけど、今は一般的には麻紙のドーサ引きを画材屋 さんで買ってきてそのまま描いている。ドーサにしたって今学生さんでドーサ引ける 人いないでしょう。ドーサが引けないっていうのは、そりゃ作り方が分かっているん だからそれを引けばいいんだけどそういうことじゃなくて、自分にあったドーサが引 けるかっていうことなんです。ドーサ引かない人もいるし、半ドーサ(非常に薄いド ーサ)じゃなきゃいけないっていう人もいる。箔を押す場合でもドーサは違う。作家 さんそれぞれにちゃんと考えて作っているんです。 裏打ちをしないで絵を描いちゃう人が多いけどそれも問題であって、裏打ちは上手 かろうが下手だろうができなきゃいけないんですよ。下手でいいんですよ。上手い人 は表具屋になればいいんだから。 (笑)知らなければ、やってみなければわかんない。 24 そうして裏打ちをしてからパネルに張らなきゃいけない。 私は「中間」を知っているんですよ。横山大観などの古い先生と、それから以降の 私より若い人達のことの両方。その間に材料…というか“日本画”っていう文化の違 い、日本画全体にも変革があるでしょう。古い先生の絵が“芸術品”として残ってい て、今の先生たちはそれを見て来ているんだけど、それと違ったものをやりたいのが 芸術家の心でしょう。そうすると道具も変わったし、それ以前のものと今のものとじ ゃ、私の感覚じゃ全然違う。今の人達は途中なんですよ。昔のいい材料のことで教わ って、今の材料を使っているから。学生時代に使った材料にしても、刷毛にしても紙 にしても、絵具にしても、いいものを使っているわけです。ところが今の学生さん達 は今の材料しか知らないわけです。そしてそれしか使ってないわけです。私に言わせ れば刷毛にしても筆にしても絵具にしても、昔と今とじゃ全然違う。だから少し考え 方を変えなきゃいけないかなと思うんですけどね。ウチは額縁屋だけど、技術は絶対 落としちゃいけないと。今まで通りやろうとしているんですけど、それはね、何百年 と伝わってきたものをそのまま残したいと。それが日本の文化だと。いうことなんで す。だからこれから先のことをやるのか、今までやってきたことを教えてそれをその まま残してもらえるのか、それも学校、美術学校のあり方で違ってくると思うんです よ。だけど私がいろんな先生、山本(丘人)先生と中川(一政)先生と両方とも私の お師匠さんなんだけど教わったのは、日本の文化っていうのはどういうものか、芸術 は新しくなっていくけど、その中でも残さなきゃいけないものはあったんだというこ とを言われてきたんです。それは絶対間違いのないことだと思っています。それは私 が存在する限り皆さんに伝えていきたいですね。 一番言えることは、西洋の文化と東洋の文化とは、共通した部分はあるし、残るもの は残るんだということなんです。正解はないわけでしょう。芸術にしてもなんにして も。 25 ○仁科一恵堂 工房見学風景 株式会社 一恵堂 東京都江東区南砂2−26−3 26 ○ 玄関にて 27 ○玄関入ってすぐの看板 この額が原点だそうです ○仁科 智明氏 28 ○北條先生との対談 ○木工作業所 29 30 31 ○額縁(日本画額)制作工程 ① 額として使用する木材は、何年か寝かせる 32 ②額のデザインとなる図面と見本 33 34 ③仁科では一つ一つカンナやノミで デザインとなるホゾを彫っていく 35 ④内側の枠の中に絵が入る ⑤大外にさらに縁が付く 36 ⑤の拡大 左外枠から(イ)(ロ)(ハ) ⑤の縁の断面左から(イ)(ロ) 37 プレス機 ⑥マット枠 ⑤の(ロ)と(ハ)の間に入る部分 38 ⑦手にしているものはマット枠の中に入るパネル このパネルに一度剥がした作品を張りなおす 39 ⑥のマット枠に支持体であるベニヤのあくが 出ないように和紙を受け張りする 作品を張る内側のパネルも同様に 40 ⑧ ⑥のマット枠に布を貼り付けたもの 各種布地、作品にあわせて選ぶ 41 ⑨ ⑦の作品を張り込むパネルは以前、ここで仁科さんが手にしているような 和紙を太鼓打ちにして柿渋を施したものだったが時間とコストがとても かかため現在は⑦のような木製パネルに作品を張り込んでいるそうです 42 ⑩額縁の塗装、合成漆を塗って乾燥させたもの 43 ⑪さらに塗装を施したもの 44 ⑫額の飾りに使われている金箔を施した装飾板 ⑬塗装の済んだ額に⑫をはめ込んだもの 45 ⑭額、マット、作品、ガラスこれらを全て組み合わせたもの 46 完成品 完成品の裏側 47 ケースに入れて梱包している様子 出荷待ちの状態 48 扇面の額なども手がけている 49 洋額も手がけている 図案を直接木枠に書き込んでいる様子 ノミや彫刻刀で彫りこんでいく 50 漆を塗り金箔を貼る作業 51 塗装を施し完成した状態 52