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第3章 4細胞期までの細胞配置の再現-1
第3章 4 細胞期までの細胞配置の再現 3.1 はじめに 本章では、提案する力学モデルを用いたシミュレーションによって線虫初期胚の 4 細胞 期までの細胞配置を再現できることを示し、その再現性について検証する。前章で述べた ように 4 細胞期までで細胞配置が変化する過程において特徴的な細胞配置の一つが見られ、 これらの細胞配置の決定には力学的要因が大きく関係している。そこで、提案する力学モ デルを用いて細胞配置シミュレーションを行い、卵殻による影響と細胞の形状の伸長によ る影響について考察する。また、線虫初期胚で実測した値と比較することによって再現性 を検証する。 3.2 線虫 C. elegans の初期胚における実測 本節では、C. elegans の初期胚における実測方法について述べる。まず、初期胚の時系列 スライス画像の取得方法について述べる。時系列スライス画像とは、焦点面を一定間隔ご とにずらして得られる対象物のスライス画像を一定時間間隔で取得した画像のことである。 これら取得した初期胚の時系列スライス画像を用いて次の 3 つの属性値を計測した。 (1) 受精卵の 1 細胞期の卵殻と初期細胞(P0)の大きさ (2) 4 細胞期までの細胞分裂のタイミング (3) 2 細胞期の前側の細胞(AB)の形状の伸びる速度と最大距離 これら実測値のうち、卵殻・P0 の大きさと細胞分裂のタイミングは提案する力学モデルの パラメータ設定に用いた。また、AB の伸びる速度と最大距離はシミュレーションの再現 性の検証に用いた。 -16- 3.2.1 方法 線虫は C. elegans の N2 系統を用い[Brenner 74], [Riddle 97]、20℃で育成した成虫を用い た。成虫の中央をナイフで切断・初期胚を取り出してスライドガラスに乗せ、微分干渉顕 微鏡と PC を用いて画像を自動取得した。1 細胞期の分裂中から 4 細胞期分裂終了までの時 系列スライス画像を 9 つのサンプルから次の条件に従って取得した;画像の解像度は 0.222167 µm / pixel・512x512 pixel2、焦点方向の間隔は 1.0 µm、焦点方向のスライス数は 41 スライス、時間間隔は 1 分であった。 図 3-1 微分干渉顕微鏡による P0 のスライス画像 以下、取得した時系列スライス画像から初期胚の属性値の実測方法とその値について述 べる。 3.2.2 卵殻・P0 の大きさ P0 間期の時点のスライス画像のうち、卵殻・P0 の形状を確認できるスライス画像 9~10 枚(焦点方向の細胞中央あたりでは 4.0µm 間隔、細胞の端では 2.0µm 間隔)を用いた。卵 殻の境界上と P0 の細胞膜上のそれぞれに等間隔のサンプル点を、細胞中央あたりでは 16 点、細胞の端では 8 点とった。卵殻は楕円形をしているので、まず卵殻の長軸方向を卵殻 のサンプル点から最小二乗法を用いて直線に近似し、長軸が x 軸にあうように xy 平面上で 卵殻・P0 のサンプル点を回転させた。そして、それぞれのサンプル点から(2.4)式の係数 a,b,c を最小二乗法によって求めることによって楕円形の半径を計算した。表 3-1 に得られた卵 殻・P0 の大きさ Rx, Ry, Rz(= 1 / a , 1 / b , 1 / c )を示す。これらの受精卵はスライド ガラスとカバーガラスに挟まれているので若干平らな形をしていた。 -17- 表 3-1 卵殻と P0 の大きさ 卵殻 Rx(µm) Ry(µm) P0 Rz(µm) Rx(µm) Ry(µm) Rz(µm) 29.77±1.58 20.27±1.08 16.83±1.10 26.93±1.31 19.68±0.96 16.07±0.64 3.2.3 Volume(µm3) 34861.8 細胞分裂のタイミング 時系列画像より細胞分裂過程における以下の 3 つのタイミングを計測した。 (1) 細胞形状が伸長し始める時間 (2) 収縮環が収縮を始める時間 (3) 収縮環が収縮を終了し細胞が二つに分かれる時間 細胞形状の伸長の開始時間は二つの中心体が離れ始めた画像の前段階とし、収縮環の収縮 の開始時間は細胞質にくびれができた画像の前段階とした。細胞分裂終了時間は二つの娘 細胞の境界が認識できた画像の前段階とした。 細胞形状の伸長と収縮環の収縮のタイミングの計測例を図 3-2 に示す。図の左上に示し たのは撮影開始からの時間(分)である。この場合の細胞形状の伸長と収縮環の収縮の開 始時間は以下のように決定した。図 3-2 (a)では 28 の時点は細胞の形状には変化がないが核 の周りに中心体が見える。29 の時点で中心体間の距離が伸びてきたことから細胞形状の伸 長の開始時間を 28 とした。また、33 の時点はまだ細胞質のくびれがないが 34 の時点で現 れたので収縮間の開始時間を 33 とした。 28 中心体 29 30 (a) 細胞形状の伸長の開始時点 33 34 35 細胞質の くびれ (b) 収縮環の収縮の開始時点 図 3-2 細胞形状の伸長と収縮環の収縮の開始時点 -18- 表 3-2 に得られた細胞分裂のタイミングの平均と標準偏差を示す。 表 3-2 細胞形状の伸長の開始時間 min. P0 AB P1 3.2.4 細胞分裂のタイミング 収縮環の収縮の開始時間 Step min. 細胞分裂の終了時間 step min. step -22.00±1.41 1 -19.89±2.67 1500 -14.67±2.00 ----- 0.00 4000 4.67±1.12 8700 8.44±1.51 ----- 4.33±1.70 8300 8.22±1.56 12200 15.78±1.12 ----- AB の伸びる速度と最大距離 2 細胞期の前側の細胞 AB が分裂する際の形状が伸びる速度とその最大距離を計測した。 計測方法は以下のように行った。 図 3-3 AB の長さの計測 (1) 2 細胞期で AB の中心体が離れ始める直前(核の辺りの変化によって判別)から、 AB の収縮環の収縮が終了するまでの画像を選択する (2) AB がもっとも大きく見える焦点面の時系列画像において AB を長方形で囲む;長方 形が AB に接するようにして、長辺を中心体間方向の軸に合わせる(図 3-3)。 (3) それぞれの時系列画像から得られた長方形の長辺を AB の形状の長さとする。 時系列画像のうち AB の分裂方向へ伸びる速度が一定に変化する 7 つの時系列画像より 計算した。それぞれから速度と最大距離を計算したところ、速度の平均は 3.38 (µm/min2)・ 標準偏差は 1.73 であり、最大距離の平均は 48.75 (µm)・標準偏差は 2.37 であった。 -19- 表 3-3 AB の分裂方向への伸びる速度と最大距離 AB の分裂方向へ伸びる速度 3.2.5 AB の分裂方向へ伸びる最大距離 2 平均 3.38 (µm/min ) 48.75 (µm) 標準偏差 1.73 2.37 4 細胞期の細胞配置の位置関係 4 細胞期での細胞間の位置関係を調べた。4 細胞期のスライス画像の焦点面のうち細胞が 最大に見える画像を用いて、細胞の位置を示すために 4 細胞期の画像に対してそれぞれの 細胞に 16 のサンプル点を等間隔に配置し、そのサンプル点の重心を求めた。3.2.2 項で求 めた卵殻の長軸方向へ合わせるためにサンプル点と重心の位置を回転させ、その後に二つ の細胞間の向きと x 軸との角度を求めた。図 3-4 に ABa-ABp、ABa-P2、EMS-ABp、EMS-P2 の 4 つの細胞ペアの向きを角度の平均±標準偏差として表す。 ABp 24.0°±5.3 P2 ABa -0.7°±3.4 29.7°±3.9 88.9°±5.7 EMS 図 3-4 4 細胞期での細胞の位置関係 3.3 4 細胞期までの細胞配置シミュレーション 本節では、線虫初期胚の 4 細胞期までの細胞配置を再現するために行ったシミュレーシ ョンの設定と結果について述べる。提案する力学モデルで必要なパラメータを設定し、細 胞形状の伸長に関わるパラメータを変化させてシミュレーションを行った結果について考 察する。 -20-