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創る喜びで人と人をつなぐソフトウェア

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創る喜びで人と人をつなぐソフトウェア
創造性を支援するインターネット環境構築に向けた本格研究
創る喜びで人と人をつなぐソフトウェア
仮想生物の共有から生まれるコミュニティ
無かったからです。
モジュローブ(Modulobe)は、コン
手法としては最も古典的なバネモデ
ピュータの画面上で動く仮想生物を簡
ルとペナルティ法を組み合わせ、高速
単に作れるソフトウェアです。子ども
な動作を実現しました。また、通常一
向けのブロック玩具のように自由に部
軸のみに曲るリンク(図 1)は解析法
品を組み合わせて形を作り、そこに動
で計算しますが、コストがかかるため、
きを加え、生き物のように動くモデル
角度に対するバネを複数組み合わせる
(仮想生物)を簡単に作ることができま
ことで、同等の計算を高速で行うこと
す。そのようにして作ったモデルをイ
ンターネットのサイトに投稿し、他人
と共有することで、モデルを介したコ
創造性の秘密を探る
モジュローブが目的としていたのは
イトには現在3,500体以上のモデルが登
「創造性とは何か」について考えるこ
とです。一概に創造性といっても対象
独自の物理シミュレーションエンジン
バタフライ リンク
ができるようにしました。
ミュニケーションを行えます。このサ
録されています。
ノーマル リンク
スクリュー リンク
図 1 回転方向が一軸だけに制約された
リンク構造
は幅広く、定義も曖昧です。そこでま
ず、できるだけ要素を絞り、単純なモ
的な指標を見出すことはできませんで
モジュローブでは、作ったモデルを
ジュールの組み合わせによるモデルを
した。
物理法則に従ってリアルに動かすこと
対象にし、そのようなモデルでも創造
次に、モデルが人に与えた影響で
ができます。モデルは、
骨格となるシャ
性は発揮できるのか、発揮するとすれ
計ることを考えました。モデルをサイ
フトと関節となるリンクという 2 つの
ばどのように、またそれを支援するこ
トに投稿する際に、他の人がモデルを
モジュールから作られますが、それぞ
とは可能なのかなど、一連の流れを調
自由に再利用できることに同意しても
れのモジュールにかかる重力や摩擦
べようと考えました。投稿されたモデ
らっています。あるモデルを元にして
力、リンクを伝達する力などの物理法
ルを見ると、非常に高い創造性を感じ
新しい要素を加えたモデルを再投稿す
則を計算して、リアルな動きを再現し
させるモデルもあるし、そうでないモ
ることができるのです。あるモデルに
ます。そのような物理シミュレーショ
デルもあります。その違いはどこにあ
影響を受けて新しいモデルが生み出さ
ンを実現するライブラリにはすでにい
るのでしょうか。
れたのであれば、そのモデルはきっと
ろいろありますが、私たちは独自の物
最初、例えばモデルの複雑さなど、
人に影響を与えるような高い創造性を
理シミュレーションエンジンを用いる
客観的な指標で識別できないかと考え
持っているに違いありません。モデル
ことにしました。多数の物体がリンク
ました。しかし、非常にシンプルなが
共有サイトでは、そのようなモデルの
で接続され、生き物のように動くモデ
らも面白い表現をしているモデルもあ
再利用を可視化するために、改変され
ルを表現するという目的に合うものが
るし、その逆もあります。結局、客観
たモデルが投稿された場合に、元とな
るモデルを自動的に判別して継承関係
を表示する機能をつけています(図2)
。
グループ・コミュニケーションを支援するシステムと
して、Wiki に注目しています。2003 年、メーリン
グリストと統合した Wiki システム「qwikWeb」を開
発し、運用実験を続けています。Wiki の出発点は、ソ
フトウェア開発における「利用者がシステム設計に参
加する」という発想にあり、そのような Wiki の特性
を他分野に応用し、利用者と開発者の垣根を超えたシ
ステムのあり方を模索したいと考えています。
江渡 浩一郎(えと こういちろう)
情報技術研究部門
情報流デザイングループ
30
産 総 研 TODAY 2007-06
これによってどのモデルがどのモデル
に影響を与えたのか、一目でわかりま
す。
しかし、再利用だけが創造性の条件
というわけではないようです。あまり
にも独創性の高いモデルは、逆に真似
されることが少ないという現象も見つ
かっています。
モデル制作者に最適化する
専門とするミュージアムがあります。
合いを大きく感じました。自分で物を
もともと、物理シミュレーション技
ここはメディア・アートの普及のため
作り、発表できる環境を与えると、一
術に強い渡辺訓章氏の参加からこのプ
に、地域での教育活動に力をいれてい
部の生徒は授業の後も自らモデル制作
ロジェクトは始まりました。インター
ます。ソフト公開後、YCAM との共同
をして発表するようになりました。こ
ネット上で仮想生物を共有するとい
研究として、地域の小中学校でのワー
れまでのモデルを凌駕するような独創
うコンセプトを元に、物理シミュレー
クショップを行うことになりました。
性に溢れたモデルを次々と作り上げる
ション部分から制作を始め、半年程度
2006 年 6 月から 10 月にかけて、県内 22
小学生もいました。そのような、創造
で、モデルを作って動かすところまで
校、合計 1000 人以上の小中学生を対象
性の発露を発見することができたのは、
できるプロトタイプが完成しました。
にした大規模なものとなりました。
大きな喜びでした。
最初はこの段階での公開を検討しま
現在、小中学校ではパソコンが次々
したが、結局延期しました。システム
と導入されていますが、パソコンを
を公開しても、使ってもらえなければ
使った授業をどのように進めるかは現
意味がありません。このプロジェクト
場の教師に任されています。しかし、
で一番重要なのは、モデル制作者です。
教えるための教材は限られていて、現
ているのは、創造性を支援するような
公開したソフトに一番最初に飛びつ
場では教える内容に苦心しています。
ネットワーク環境を構築することで
くのは、そのソフトに最も興味のある
そのような中、モジュローブを使った
す。私はモジュローブの他に Wiki の
ユーザーです。そのような最初に触っ
ワークショップは、パソコンを使って
研究も行っています。Wiki はその事
たユーザーがスムーズにモデル制作を
物を作ること、それをネットワークで
例であるWikipedia に見られるように、
行えなければ、二度と使ってもらえな
公開し、共有すること、公開された中
ユーザーの参加によって大規模なコン
いかもしれません。スムーズにモデル
身が他人によって再利用される可能性
テンツが作り上げられています。私は、
制作を行えるよう、4 ヶ月かけてイン
があることなど、インターネット時代
どのようにすればそのような創造性を
タフェースを全面的に見直しました。
における新しい創造性のありかたにつ
生み出すような環境を構築できるのか
その甲斐あって、公開直後からさまざ
いて教えることができる教材として歓
を知りたいと思っていました。
まなモデルが投稿されるようになりま
迎されました。
創造性を支援するネットワーク環境を
構築する
私がこの研究で最終的に目標とし
少しづつわかってきたことは、創造
小中学校でのワークショップは、私
性は人に属するものであり、人と人と
にとっても大きな驚きをともなうもの
のつながりを強化することによって創
でした。モジュローブを使ったモデル
造性を支援することができるというこ
山口県に山口情報芸術センター
の作り方の授業という側面よりも、天
とでした。そのときのシステムの役割
(YCAM)というメディア・アートを
才小学生発掘プロジェクトという意味
は、そのようなコミュニケーションを
した。
小中学校でのワークショップ
行いたいという人の気持ちを支援する
プテラノドン by ピロシ
ことであり、自発的な参加を促すこと
立つことができるカブトムシ by ピロシ
です。そのためにインタフェースの改
良や継承関係の可視化など、さまざま
な工夫をこらしてきました。
ペガサスドラゴン by うき
キングギドラ by yk
ペガサス by ピロシ
創造性を支援する環境作りは非常
に大きな目標ですが、これからもこの
テーマに取り組み、情報を消費するだ
けでなく、情報を生産することに積極
的に参加するようなインターネット上
での運動へとつなげていきたいと考え
ています。
図 2 モデルの再利用による継承関係の可視化
産 総 研 TODAY 2007-06
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