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事業再生への信託スキームの活用について ―新信託法の
事業再生への信託スキームの活用について ―新信託法の利用を含めて― − 1 − 事業再生への信託スキームの活用について ―新信託法の利用を含めて― 桃山学院大学経営学部教授 松 尾 順 介 上智大学法科大学院教授 田 頭 章 一 − 目 次 − はじめに Ⅰ.RCC による事業再生への信託利用 1.企業再生業務の経緯 2.基本的な考え方と手法 3.同社の企業再生の特徴 4.小括 はじめに 2006年12月、新信託法が成立し、1922年の 旧信託法制定以来、84年ぶりの大改正が実現 した。同法は、2008年9月、全面施行された。 この改正には、自己信託、目的信託、限定責 任信託、受益証券発行信託など新タイプの信 託が導入されるとともに、信託制度の明確化 に資する内容も含まれている。これによって、 信託制度の広範な利用の可能性が拡大するも のと期待されている。 この信託法大改正によって、信託を利用し た事業再生の可能性も注目される。特に、事 業信託などを利用して、事業再生スキームを 構築することが期待される。しかし、現状で は、新信託法を事業再生に利用した案件はそ れほど多くなく、今回の調査でも若干の事例 を見るだけである。なお、整理回収機構(以 Ⅱ.新しい信託と事業再生 1.自己信託 2.事業信託 3.事業再生において利用される信託スキー ムの現状 おわりに 下、RCC)は従来から信託を利用した事業 再生に取り組んでいるが、これは新信託法で はなく、旧法によるものである。 本稿の目的は、旧信託法の時代の例を含め て、事業再生のために、または事業再生に関 連して信託が利用された例を紹介し、新信託 法の下で、事業再生に信託が利用される事例 がなぜそれほど多くないのか、今後利用を促 進するためにはどのような方策が考えられる のか、などの点について、考察を加えること である。 そこで、本稿では、まず、Ⅰにおいて、旧 信託法の時代から事業再生に信託を活用して きた RCC の業務例を紹介・検討する。そし て、Ⅱにおいて、新信託法の下で事業再生の ために信託スキームを利用する可能性がどの ように拡張されたかを概観し、これまでの活 用例、および活用提案などを通して、信託利 用の可能性を探っていく。最後に、 「おわりに」 − 2 − 信託研究奨励金論集第32号(2011.11) において、今後の信託利用について、簡単に 展望を試みたい。 Ⅰ.RCC による事業再生への信託利用 RCC は、その前身である株式会社住宅金 融債権管理機構として1996(平成8)年に発 足して以来、不良債権の買い取りを行うとと もに、その回収に尽力してきた。その際、民 間では対応困難な、反社会的勢力などの悪質 債務者に対しては断固とした態度を徹底する とともに、誠実に返済しようとする債務者に は、合理的かつ良識的な整理・回収を行い、 整理回収の手法確立に努めてきた。このこと は、広く世間に周知されている。しかし、そ の一方で、RCC が再生型回収の取り組みを 重ね、企業再生に積極的に取り組んできたこ とはあまり知られていないのではないだろう か。同じく公的機関として設立された産業再 生機構が、大型案件の再生を手掛け、マスコ ミなどを通じて、その活動が報道されたのと 対照的であるといえる。この相違は、RCC の再生対象企業がもっぱら中堅・中小企業で あったため、全国的なメディアに載りにく かったこと、風評被害を回避しつつ、私的整 理を円滑に行うため、守秘性を重んじたこと、 さらには回収機関としてのイメージが先立 ち、再生面が見落とされがちだったことなど に起因するものと思われる。しかし、RCC は、 その調整機能を利用して、2001年11月の企業 再生本部発足以降、2011年3月末までの累計 で、175社の企業再生を手掛けている。 以下、RCC が企業再生業務に取り組むに 至った経緯を概観した上で、その基本的な考 え方や手法を紹介し、その企業再生業務の特 徴を整理・検討する(1)。同社の企業再生業務 の特徴としては、①独自の RCC 企業再生ス キーム、②信託機能、③税制面の活用を挙げ ることができる。本稿の主な関心は信託機能 を使った事業再生にあるが、同社の企業再生 業務全体も視野においてみていきたい。 1.企業再生業務の経緯 RCC は、住宅金融専門会社(住専)の不 良債権を処理するため設立(1996年6月)さ れた住宅金融債権管理機構(住管機構)およ び破綻した東京の2信組(東京協和、安全) の受け皿として設立(1996年9月)された整 理回収銀行を引き継ぎ、1999年4月に設立さ れた(預金保険機構が100%出資)。その主た る業務は、旧住専7社から買い取った貸付債 権等の管理・回収、預金保険機構からの委託 等による破綻金融機関等からの貸付債権等の 買取とその管理・回収、預金保険機構からの 委託により健全金融機関等から買い取った貸 付債権等の管理・回収、などである。特に、 旧住専および破綻金融機関処理には公的資金 が投入されているため、同社はこれら金融機 関の経営責任を厳しく追及するとともに、そ の回収を最大化することに注力してきた。そ の際、悪質な資産隠匿や反社会的勢力による 回収妨害にも臆することなく業務を遂行して きている。 したがって、同社の再生業務は、これらの 債権回収を最大化するためのひとつの手法と して位置付けられている。つまり、債務者企 業を清算処理した場合の回収見込額と再生し た場合の回収見込額を比較秤量し、後者が前 者を上回ると判断された場合のみ、債務者企 業を再生することで、回収を図ることにな る。逆にいえば、再生支援する場合、債務者 の清算価値は必ず確保し、これを債権者に保 障することを原則としている(清算価値保障 原則)。なお、この原則を徹底するためには、 債務者企業の延命や問題先送りを排除するこ とが重要な要件であるだけでなく、合理的か つ実現可能な企業再生計画の策定やそれに基 づく回収見込額の算出が要件となる。 同社は、設立当初から再生型回収も視野に 入れて取り組んでおり、住専関連の債権やバ ルクで持ち込まれる債権の中にも再生可能な 案件も含まれていた。これらの債権買取を進 めつつ、同社は企業再生スキームを整備して 事業再生への信託スキームの活用について ―新信託法の利用を含めて― いった。さらに、健全金融機関からの買取(2) が増えるにつれ、その中にも再生可能な案件 が含まれるようになっていった。また、案件 によっては、再生を視野に入れて、同社に対 応を委ねる案件もあった。 同社の業務として、明示的に再生業務が付 け加わったのは、2001年6月に政府が閣議決 定した「今後の経済財政運営及び経済社会の 構造改革に関する基本方針」(いわゆる「骨 太の方針」)の中で、「RCC は、受け入れた 債権について、債務者企業の再建可能性に応 じ、厳正な回収に努める一方、再建すべき企 業と認められる企業については、法的・私的 再建手続等を活用し、その再生を図る。この ため、例えば、企業再構築を図る組織の新設 等、RCC の機能・組織の拡充を図る」と明 記されたことによるものである。 この方針を受けて、同社は弁護士、会計士、 再生アドバイザーなどの実務家および社内役 職員等からなる「企業再生研究会」を設置し、 企業再生に関連する法務、会計、財務、税務 など、企業再生の実務を研究・検討するとと もに、 「企業再生本部」を設置し、再生業務 に取り組む組織体制を整備した。 さらに、2001年秋の臨時国会において金融 再生法が改正(12月7日成立、2002年1月11 日施行)され、 「特定協定銀行は、健全金融 機関等から買い取った資産についてはその処 分方法の多様化に努め、当該資産の性質に応 じ、経済情勢、債務者の状況等を考慮し、当 該資産の買取りから可能な限り三年を目途と して回収又は譲渡その他の処分を行うよう努 めること。その際、特定協定銀行は、当該資 産に係る債務者の再生の可能性を早期に見極 め、その可能性のある債務者については速や かな再生に努めること」とされた。 これを受けて、同社は企業再生本部内に 「企 業再生検討委員会」を設置し、個々の案件の 再生の可能性を専門的かつ客観的に判断する 体制を整え、企業再生に取り組んでいる。同 委員会の定数は15名であり、委員は外部の弁 − 3 − 護士、公認会計士、税理士、不動産鑑定士、 企業再生コンサルタント等から構成され、任 期1年(再任可)となっている。また、委員 の職務は、債務者の事業の再生可能性を判定 し、答申するとともに、再生可能と判定され た案件については、担当部署を通じ必要な支 援を行うものとされている。その際、厳格な 守秘義務が課されている(図表1参照)。 2.基本的な考え方と手法 同社の企業再生に関する考え方は、前述の 「清算価値保障原則」に基づくものである。 つまり、同社が保有する債権の対象企業の再 生を行うのは、「債権者としての経済的合理 性に合致すると認められる場合、すなわち、 当該事業を清算処分して回収を行う場合より も当該事業を継続させて、当該事業の譲渡収 入または事業収益から弁済を受ける方が回収 の極大化になると判断される場合」に限定さ れている。 ただし、現在は、同社自身が保有する債権 だけでなく、金融機関から債権者間調整を委 託された再生案件にも取り組むとともに、地 域の中小金融機関に対する企業再生支援業務 にも取り組んでいる。特に、同社は信託機能 を有していることから、同社に債権そのもの を信託する手法、あるいは同社のファンドが 債権を購入し、同社が債権者間調整を行う手 法も見られるようになってきている(これら の手法については次節参照)。 したがって、同社の企業再生に対する関わ りは、同社が債権者となっている場合と金融 機関からの委託による場合とに大別される。 それぞれの場合の再生手法は以下のとおりで ある。 まず、債権者としての立場の企業再生は、 前述のように回収極大化を図るためであり、 具体的な手法として、①中小企業者に対する 条件変更等による対応(リスケジュールや利 下げなど) 、②政府系金融機関との連携によ るセーフティネット貸付(3)および保証制度の − 4 − 信託研究奨励金論集第32号(2011.11) 図表1 企業再生案件処理関連図 (2006 (出所)整理回収機構10年史発刊委員会編『整理回収機構10年のあゆみ』、整理回収機構、2006年10月、186頁。 活用、③ RCC 主導による抜本的再生計画策 定による私的再生、④債務者申立てによる法 的手続を活用した事業再生、⑤ RCC 申立て による法的手続を活用した事業再生、である。 また、金融機関からの委託による企業再生 業務は、RCC の調整機能を利用するもので あり、中立・公正な立場での再生計画の検証、 債権者間の利害調整、再生計画への合意形成 などを行っている。その際、次の手法が採用 されている。①メイン行が債務者の同意を得 て RCC に案件を持ち込む。②持込金融機関 における対象債務者区分は「要管理先」以下 である。③私的整理による自力更生を図る場 合、公表により、再生に支障を生じるおそれ がある場合は、個社名の公表は行わない。④ RCC が関与することにより再生計画の公平 性・妥当性が確保されるため債務者および債 権者の税務上の対応が容易になる。⑤企業再 生計画上の金融機関が RCC 企業再編ファン ドに保有債権を売却した上で、新たに当該債 務者の弁済のために、リファイナンスを行う ことによって当該債務者企業との継続取引が 可能となる。 3.同社の企業再生の特徴 RCC の 企 業 再 生 業 務 の 特 徴 と し て、 ① 「RCC 企業再生スキーム」 、②信託機能の活 用、③税制上の措置の3点を挙げることがで きる。 ①独自の「RCC 企業再生スキーム」 まず、RCC の企業再生業務の特徴として、 独自の私的整理スキームを有し、その実施に 際しては、同社の調整機能が活用されている ことが挙げられる。このスキームは、私的整 理において、RCC が債権者として取り組む べき企業再生の手続きや依拠すべき準則を明 示したものであり、これによって手続きの公 正性、客観性、透明性および衡平性を確保す るとともに、債務者と債権者が共有した情報 について、相互に厳格な守秘義務を負うこと になる。また、このスキームは、RCC が債 事業再生への信託スキームの活用について ―新信託法の利用を含めて― 権者として取り組む場合だけでなく、金融機 − 5 − 次に、スキーム対象企業とされるためには、 関からの委託によって調整業務に取り組む場 ①過剰債務を主因として事業継続が困難な状 合にも適用される。 まず、このスキームでの私的再生は、次の 場合に限定される。① RCC が債権者として 取り組む場合、当該事業の清算した場合の回 収額よりも当該事業を再生継続させた場合の 回収額が債権者にとって上回ると見込まれる 場合にのみ実施される。② RCC が調整業務 に取り組む場合、メイン行から RCC に持ち 込まれた案件であることが前提となる。その 上で、金融債権者間の合意の下で、事業の再 生を進め、事業収益から最大限の回収を図る。 況に陥っており、自力による再生が困難であ ると認められること、②再生の対象となる事 業自体に市場での存続価値があること、③債 務者、経営者が弁済に誠実であり、財産の状 況を誠実に開示していること、④債務者の事 業再生を行うことが、債権者にとって経済合 理性があること、という条件を満たすことが 必要である(図表2参照)。 第三に、私的整理の開始から再生計画の 実行に至る手続きは以下の通りである。① RCC と委託者である金融機関との間で、守 図表2 再生適格要件チェックリスト 大項目 1.債務者の誠意、意欲 小項目 ・債務者は、弁済に関し誠意ある資性にあるか。 ・債務者が関連会社をも含め自らの資産・負債について誠実に開示しているか。 ・債務者が再生に対し意欲を持っているか。従業員の協力を得られるか。 2.経済的合理性 ・企業再生が債権者にとっても経済合理性が期待出来るか。 ・再生による回収見込額と精算配当額等との比較。 (原則:より回収額の多い方式を選択する) 回収の確実性(確率軸と時間軸で検証)を総合的に判断して評価する。 3.再建の可能性 ・事業価値(市場競争力)を有するか。 技術力、営業力、商品力、商圏、商権、人的資源、業界動向等の総合評価。 ・重要な事業部門で営業利益を計上するなど、債権者の支援により再建の可能 性があるか。 着眼項目:法定償却相当額控除後の 営業利益>0(全体又はコア事業で) 借入金残高/ EBITDA 等 ・必要に応じ、リストラの余地があるか。 ・スポンサー出現の可能性があるか。 4.主張債権者意向等 ・再生型処理に対し大口債権者の同調が見込まれるか。 5.その他債権者の動向 ・大口債権者と同調する動きがあるか。 6.経営責任 ・必要に応じ、経営者の交替や私財提供等の経営責任を明確化できるか。 7.株主責任 ・必要に応じ、増減資を実施するなど、既存株主等の株主責任を明確化できるか。 8.関係会社の透明性 ・関係会社を含むグループ全体の財務情報が十分に把握できているか。 9.RCC の社会的使命との適合性 ・当該企業が反社会性を有することはないか。 10.地域経済への影響 ・当該地域経済への大きな影響があるか。 (出所)RCC 企業再生部「RCC の企業再生について」 (内部資料)、2008年6月10日、15頁 − 6 − 信託研究奨励金論集第32号(2011.11) 秘義務契約を締結した上で、債権者に関する 情報の提供を受け、再生可能性等について協 議を行う。②監査法人等の専門家によって 財務・資産デューディリジェンスを実施す る。③財務・事業デューディリジェンスをも とに案件検討協議を行うと同時に、再生の見 込まれる先に対しては「再生計画の策定」を 行う。④ RCC 内部で再生計画の妥当性を協 議し、再生可能性の見極めを行った後、企業 再生検討委員会に計画着手附議を行う。⑤再 生計画原案提示・一時停止について合意する ため、第1回債権者会議を開催する(一時停 止に関しては、与信残高の維持、債権者間の 地位の維持、追加担保の不提供などを合意す る)。⑥その後、数回の債権者説明会を開催 し、債権者説得を行い、最終再生計画案策定 後、計画合意に至る。なお、計画案の要点は 次の通りである。経営困難に陥った要因、事 業再構築計画の具体的内容、将来見通し(10 年間程度)、財務状況の見通し(10年間程度)、 資本再構築計画、資金繰り見通し、債務弁済 計画(最長15年) 、経営者責任の在り方、債 務超過解消期間(原則3年)、資産評価税制 適用の場合、債務免除を含む財務状況の将来 見通しは、公正な資産評定による価額を基礎 とした実態貸借対照表に基づくものであるこ と、経常利益黒字化(原則3年)、株主責任 の明確化(支配株主の支配権の消滅、増減資 の実施)、原則として経営者の退任(留任の 場合、私財提供など)、債権者間の権利調整(債 権者間の平等を原則とする) 。⑦再生計画案 を再生検討委員会へ付議し、所要の修正を施 す。⑧第2回債権者集会に再生計画案を提出 し、審議する。⑨再生計画が成立すれば、主 要債権者によるモニタリングを実施する。⑩ 再生計画の実行過程で履行が困難となった場 合、関係者の協議により再生計画の見直し、 あるいは法的手続きへの移行を検討する。な お、公表に関しては、計画成立後、公表によ り支障がないと判断される場合に限って公表 する。また、計画成立後、債権売却希望者に は、債権売却の機会を提供する。その際、後 述の RCC 金外信託が入札により買い取りを 行うか、あるいは RCC がサービサー機能を 使って買い取りを行う。 なお、このスキームでは、メインバンクが 要管理先債権を債務者の同意を得て RCC に 持ち込み、抜本的な再建計画を遂行すること で、当該債務者の債務者区分の上方遷移を図 り、金融機関からの融資を継続することが企 図され、このスキームを遂行する際、要所要 所で RCC の調整機能が重要な役割を果たし ている。 ② RCC 信託とファンド 第二の特徴として、信託機能(4)を有し、こ れを活用していることが挙げられる。その際、 同社の信託は、証券化型信託と再生型信託と に大別でき、さらにそれぞれにいくつかのタ イプに分類される(図表3参照)。 証券化型信託(5)は、不良債権の処理を目的 とするものであり、2001年1月「RCC トラ ストワン」がその第一号である。これら証券 化型信託は、金融機関・ノンバンク等が保有 する不良債権の処理と RCC 自体が保有する 債権の流動化のために、SPC を通じて信託 受託し、優先劣後に分け、優先部分を幅広く 投資家に販売し、劣後部分は RCC が保有・ 回収を図るものである。RCC トラストシリー ズは、その後も約半年ごとに改良を重ね、 2006年2月には「トラストセブン」の販売を 行っている。なお、その間、債権元本1兆1,506 億円超の不良債権を受託し、992億円の証券 を発行し、延べ90社以上の投資家が購入した。 また、上記スキーム以外にも、オフバラ ンス化型金外信託といわれるスキームもあ り、これは金融機関の保有する不良債権を、 RCC が投資家から受託した金外信託で買取 り、買取残高が積みあがった段階で、外部格 付けを取得し、証券化するタイプである。こ れは、2004年9月に第1号の証券化を実施し ている。 事業再生への信託スキームの活用について ―新信託法の利用を含めて― − 7 − 図表3 RCC の信託機能を活用したスキーム (出所)整理回収機構 HP、 http://www.kaisyukikou.co.jp/intro/shintaku_kinou.pdf#search= ‘RCC 企業再生サポート証券化型信託’ 、を参照。 さらに、企業再生サポート証券化型信託と いわれるタイプもあり、これは地域金融機関 の保有する債権を、RCC が投資銀行から受 託した金外信託で買取るタイプである。これ も、金融機関の不良債権のオフバランス化を 図るものであるが、債権回収に際しては、債 務者企業の再生計画を支援し、債務者企業の 再生を図ることで配当の極大化を目指すもの である。 他方、再生型信託と呼ばれる取り組みも進 められた。その第1号となったのは日本新都 市開発の案件である。同社は旧日本興業銀行 がメインとなって、二十数行が合計約2,600 億円を融資していたが、バブル崩壊後経営不 振に陥り、再建策を模索していた。しかし、 交渉は難航し、2002年3月、RCC が再生型 信託として信託受託することになった。具 体的には、興銀以外の金融機関の貸出債権 を RCC が受託し、RCC と興銀とが共同で日 本新都市開発を経営管理する。そこでは、同 社の優良資産と不良資産との切り分けが行わ れ、優良資産は M & A などの手法によって 再生され、不良資産は処分・回収される(た だし、信託した金融機関は信託受益権を有す るためオンバランスとなる) 。RCC に債権を 集中することで、抵当権解除などの調整や事 務手続きが容易になるとともに、資産処分な どの判断も迅速化し、回収効率が向上するこ − 8 − 信託研究奨励金論集第32号(2011.11) とが企図され、その試みは成功したといえる。 また、この時期の中小企業の中には、金融 機関の自己査定上、破綻懸念先に分類されて いるものの営業キャッシュフローが確保され ているものも多く、そのままでは信用低下か ら倒産を余儀なくされる危険性があった。し たがって、金融機関がその債権を売却処分す ることなく、RCC に信託し、当該企業の再 生を進めることが求められた。そこで、RCC はスキームや事務的な取り扱いルールを確定 した上で、金融機関から中小企業向け貸出債 権を受託することとした。その際、当該企業 の再生計画を策定し、業況の進捗管理を行 い、原則3年以内に再生を模索することとさ れた。これによって、2003年3月末で、175件、 債権元本3,500億円の債権が信託され、その 後約2年で再生が完了した。 さらに、企業再編ファンド型金外信託の取 り組みも進められ、これが同社の基本スキー ムとなっている(ここで、再編と銘打ってい るのは、再生のために不振子会社の売却や事 業譲渡など M & A 的手法が使われるためで ある) 。ただし、ここでのファンドは、通常 の投資ファンドとは異なり、金銭以外の金銭 の信託(いわゆる金外信)を利用するもので ある。つまり、投資家が信託委託者となって RCC 信託に金銭を拠出し、RCC はその資金 で債権を購入するとともに、当該信託財産の 管理・運用を請け負い、利益を配当するとい うものである。この仕組みは、2001年秋から 実施され、その後改良が施され、現在では基 本スキームが定着している(図表4参照)。 このスキームでは、おおむね以下の手順で 手続きが進められていく。①メインバンクか ら RCC が債務者企業の再生に関する業務委 託を受け、業務委託契約および秘密保持契 図表4 RCC 企業再編ファンド型金外信託のスキーム (出所)整理回収機構 HP 、http://www.kaisyukikou.co.jp/announce/announce_128_1_1.html 事業再生への信託スキームの活用について ―新信託法の利用を含めて― 約を取り交わす。その際、債務者企業の同 意が必要となる。② RCC は公正・中立な立 場で債務者企業の再生計画を検証するととも に、債権者間調整を進め、債権者の合意を取 り付ける。③合意形成後、RCC は各金融機 関と入札管理委託契約を結ぶとともに、当該 案件に適当と考えられる複数の投資家を選定 し、入札に関する情報を開示する。④各投資 家は当該債権の購入について入札し、落札し た投資家は RCC と金外信託による RCC ファ ンドを設立する(RCC は買取資金を受託す る)。⑤落札した投資家は当該債権の購入に 関し、金融機関と債権売買契約を取り結ぶ。 ⑥ RCC は合意された再建計画に従い、債権 放棄などを実行するとともに、債権放棄後も 当該金融機関との取引継続を希望する金融機 関は、当該企業に対し、必要に応じてリファ イナンスを行う。⑦ RCC は信託財産となっ ている債権の管理・回収を行う。 ただし、取引金融機関が少数であるような 案件の場合、入札は行わず、RCC サービサー 部門が各金融機関から相対取引で債権を購入 することもあるが、このスキームの要点は、 再生計画の遂行を前提として、入札を行うこ − 9 − とで、当該債権の価格発見機能を高め、適切 な価格での売買を促すことが可能となる点で ある。つまり、これによって債権の時価が形 成される。逆にいえば、再建計画もない状況 下で、相対交渉で売買すれば、買いたたかれ る可能性が高いため、それを避けることを企 図したスキームであるといえる。 このようなスキームを利用する背景には、 以下のような金融機関のニーズがある。 ①債権放棄後の残債額が少ない場合、金融 機関の中には、融資関係の解消を希望す る金融機関があり、これらの金融機関は 再生計画に同意書を提出する前に債権を 売却しようとする。つまり、再生計画に 同意するためには、取締役会稟議など行 内の煩瑣な手続きを経る必要がある場合 や信金・信組には、内規等で債権放棄そ のものが認められない場合もあるので、 再生計画を前提に早期売却を選択するこ とになる。また、RCC にとっても、債 権が RCC 信託に集中している方が手続 きを進めやすいという利点もある。こ のケースを具体的な数値例で説明する と、以下の通りである(図表5ケース2 図表5 ファンドへの売却価格例 (出所)整理回収機構企業再生部「企業再生ハンドブック」(2008年1月15日)、127頁。 − 10 − 信託研究奨励金論集第32号(2011.11) 参照)。金融機関の債権元本100、合意さ れた再生計画上の債務免除40、残債60の 返済を10年均等とする。まず金融機関 は RCC ファンドに対し30で債権を売却 し、債権売却損70を計上し、当該債務者 企業との融資関係は解消される。次に、 RCC ファンドは再生計画に従って、40 を債権放棄する。ここで、RCC ファン ドの投資家は、期間10年で返済予定額60 の債権を30で購入したことになる。これ は、DCF で考えると、割引率15%で現 在価値に割り戻したことになる。つまり、 ここでの投資家の入札によって、当該債 権の現在価値が決定されることになる。 ②金融機関の中には、融資関係の継続を希 望しつつも、ひとたび債権放棄すると内 規等によって取引関係が継続不能になる 場合がある。その際、当該金融機関は、 債権放棄ではなく、債権売却を選択する ことになり、このスキームを利用する ニーズが生じる。具体的な数値例で説明 すると、以下の通りである(図表5ケー ス1参照)。①と同様に、金融機関の債 権元本100、合意された再生計画上の債 務免除40、残債60の返済を10年均等とす る。まず金融機関は RCC ファンドに対 し、59で 債 権 を 売 却 す る。 次 に、RCC ファンドは再生計画に従って40の債権放 棄を行う。第三に、金融機関は債務者企 業に60の新規融資(リファイナンス)を 行う。第四に、債務者企業はこの60でもっ て RCC ファンドに対し、期限前一括返 済を行う。ここで、RCC 信託を通じて 債権を購入した投資家は、第1日目に59 で債権を購入し、第2日目に額面100の 債権のうち40を債権放棄し、第3日目に 60の弁済を受けることになる。つまり、 3日間の金利ないし手数料として1を得 ることになる。他方、金融機関も60の新 規融資を継続することができる。RCC では、このような流れを「ワンタッチス ルー」と呼んでおり、ここでは投資家の 入札によって、リファイナンスのための 手数料が決定されることになる。 ③評価損益税制上、1行だけが債権放棄す る場合、RCC ファンドスキームが債権 放棄を行った上で、リファイナンスを行 う必要がある。また、全金融機関が債権 放棄しても、RCC が債権を保有してい なければ、そのままでは評価損益を活用 できない。したがって、 通常、上記リファ イナンス方式を利用して、メインバンク の債権を RCC ファンドで債権放棄する ことになる。 ③ 税制上の措置 第三の特徴は、税制上のメリットが与えら れることである。これらのメリットは、債務 者側のメリットと債権者側のそれとに大別で きる。 まず、債務者側については、債権者が債権 放棄すると、債務者企業には債務免除益が計 上されるが、税務上の欠損金があれば、それ と相殺することによって法人税を免除され る。ここでの欠損金には、青色欠損金と特例 欠損金があり、前者は7年間繰り越しできる のに対し、後者は7年を超えてしまったため に通常は利用できないが、法人税法第59条 により復活利用が可能である。2004年3月 24日国税庁事前照会に対する文書回答では、 「RCC 企業再生スキーム」に基づき策定され た再生計画により債務者が債務免除を受けた 場合には、法人税法基本通達12−3−1−(3) にいう「整理開始の命令に準じる事実」があっ たものとして、原則として、特例繰越欠損金 の損金算入を認める法人税法第59条の適用が あるものとみなして差し支えないとされた。 また、2005年度税制改正で、一定の要件を 満たす私的整理において債務免除が行われた 際、評価損の損金算入および期限切れ欠損金 の優先利用を認める税制措置が新たに講じら れた。これにより、債務免除益と評価損や期 事業再生への信託スキームの活用について ―新信託法の利用を含めて― 限切れ欠損金との相殺が可能となったこと で、資産を売却しなくても評価損で益金を相 殺でき、事業再生の迅速化が図られた。な お、ここでいう一定の要件とは、以下であ る。(a)一般公表の債務処理準則に従った計 画が策定されていること、 (b)当該準則中に、 公正価格による資産査定の基準が定められて いること、(c)当該評定の基準に基づいて貸 借対照表が作成され、当該計画における損益 見込み等に基づいて債務免除額が決定されて いること、(d)上記(a)∼(c)について、 専門的な知識経験を有する第三者機関や債権 放棄をする協定銀行(RCC)の確認を得て いること、(e)2以上の金融機関による債権 放棄が行われていること(ただし、政府系・ RCC の場合は単独でも可、また、RCC の場 合は、信託の受託者として保有する債権につ いて債権放棄する場合でも可)。なお、この 税制改正に関して RCC は国税庁照会を行い、 基本的に RCC 企業再生スキームを利用した 場合、上記税制が適用されることを確認して いる。 次に、債権者側については、債権放棄した 金額が損金として扱えるかどうかが問題とな るが、上記文書回答では、「RCC 企業再生ス キーム」に基づき策定された再生計画により 金融機関等が債権放棄を行った場合は、原則 として、法人税法基本通達9-4-2にいう「合 理的な再建計画」に基づくものとして、損金 に算入できると解して差し支えないとされ た。 このように RCC 企業再生スキームにおい て、資産評価税制を適用することができるよ うになったが、そのためには RCC が債権者 として、債務免除に関する手続きを行う必要 が生じた。したがって、金融機関はいった ん RCC に債権を売却し、RCC が債権放棄を 行った後に、残債権相当額を債務者企業にリ ファイナンスするようになった。ここにも金 融機関が前述の企業再編ファンド型金外信託 スキームを利用する背景がある。 − 11 − 4.小括 Ⅰでは、RCC が企業再生業務に取り組む に至った経緯を概観した上で、その基本的な 考え方や手法を紹介し、その企業再生業務の 特徴として、①独自の RCC 企業再生スキー ム、②信託機能、③税制面の活用を指摘し た。ただ、このほかにもソフトな側面ではあ るが、同社には、複雑な案件が多く持ち込ま れ、それらを手掛けてきたことも指摘できる だろう。これは、同社がすぐれた調整機能を 有していたことの証左である。しかし、同社 案件は、守秘義務上の制約や風評被害を回避 する観点から、水面下で手続きが進められる ことが多いため、一般に知られることは少な く、ここでも具体的に取り上げることはでき なかった。また、債権放棄を行うに当たって は、経営責任や株主責任の明確化を重視して いるが、その反面経営者や株主の生活も尊重 し、「身ぐるみをはぐ」ような形での責任追 及や私財提供を強要しないことも注目される 点だろう。企業再生において、経営責任や株 主責任が重要であることは言うまでもない が、地縁・血縁が尊重される、地方の中堅・ 中小企業の場合、責任追及のあり方にはデリ ケートな要素が多々含まれている。したがっ て、守秘義務や個人情報保護のため開示され ていないが、同社の主導した再生計画には、 このようなデリケートな面に対する配慮が随 所に盛り込まれていることも見逃せない特徴 だと思われる。 Ⅱ.新しい信託と事業再生 2008年9月から施行されている新信託法 は、前述したように、自己信託、目的信託、 限定責任信託、受益証券発行信託など新タイ プの信託が導入されるとともに、信託制度の 柔軟化や利害関係人の責任や権限の明確化が 図られるなどの改革が行われた。これによっ て、さまざまな生活、取引場面で信託制度の 利用の可能性が拡大するものと期待された。 − 12 − 信託研究奨励金論集第32号(2011.11) しかし、新信託法の用意した仕組みは、事 業再生の場面で実際にはどのように利用され ているのであろうか。もし、あまり利用され ていないとすれば、それはなぜであろうか。 新信託法を事業再生の場面でさらに活用して いくためには、どのようにすればよいであろ うか。以下では、このような点を念頭におき ながら、新信託法が創設した自己信託や事業 信託など新信託法の内容を概観した上で、こ れまでに事業再生に関連して提案され、ある いは実行されてきた信託スキームの事例を紹 介し、今後の事業再生における信託スキーム 利用のあり方を検討する。 1.自己信託 信託を構成する3要件は、委託者、受託者 および受益者であるが、自己信託とは、委託 者自らが受託者となる信託である。新信託法 では、委託者兼受託者が、一定の目的に従い 自己の有する一定の財産の管理または処分お よびその他当該目的の達成のために必要な行 為を自らすべき旨の意思表示を公正証書そ の他の書面または電磁的な記録で、当該目 的、当該財産の特定に必要な事項その他の法 務省令で定める事項を記載しまたは記録した ものによってする信託と定められている(信 託3条3号)。このような信託は、信託宣言 ともよばれ、旧法では明確な定めがなく、否 定的な見解が一般的であったと言われている が(6)、新法では、明文によってこれを認めて いる。なお、自己信託の成立要件として、公 正証書その他の書面または電磁的記録で必要 事項を記録することが求められており、さら に強制執行に対する特則として、詐害信託と された場合、強制執行を可能とする規定も含 まれている。 自己信託を利用した仮想例としては、次の ような事例が挙げられている(7)。 ① 保有資産(不動産・金銭債権)の流動化: 自己の保有する債権に対して自己信託を 設定し、その受益権を投資家に売却し、 流動化を図るスキームが挙げられる。た だし、信託受益権は金融商品取引法上の 有価証券に該当する(ただし、信託財産 の50%以上を有価証券で運用する信託で なければ開示規制は適用されない) 。ま た、委託者兼受託者の倒産についても、 当該信託財産は倒産隔離されている。た だし、倒産によってサービシングが継続 できるかどうかは不透明である。この例 では、債権回収者が変更されない点、投 資対象を信託受益権化することによる流 通性確保、信託コストの削減がメリット であるが、信託財産と固有財産との分別 管理が課題となる。 ②回収金の保全:サービサーが回収金を自 己信託し、自己の倒産リスクから隔離す る。 ③疑似トラッキング・ストック:特定事業 などを自己信託し、そのキャッシュフ ローを裏付けとした受益権を設定し、投 資家に譲渡する(事業信託)。 このように様々な利用例が想定されている ものの、自己信託を利用した金融スキームが 実際にどの程度利用されているかは定かでな い。しかし、種々の検索によっても、実例を 見出すことが容易ではないところを見ると、 あまり利用事例は多くなさそうであるが、上 場企業の適時開示資料から株式会社ロジコム (大証ヘラクレス上場)の事例を捜し出すこ とが出来たので、その内容を紹介する(8)。 同社の開示資料によると、2008年10月27日 開催の同社取締役会において、同社の所有す る特定目的会社 LC1(連結子会社)の優先 出資権について、自己信託により第三者(合 同会社 LL1)に受益権を設定することを決議 した(それに伴い連結子会社に異動が発生し た)。 このスキームの内容は、以下の通りである。 まず、同社は2007年9月19日に、北海道にお ける不動産事業の展開を目的として、LC1 を設立し、10億円を優先出資し、LC1の発 事業再生への信託スキームの活用について ―新信託法の利用を含めて― 行する優先出資権を所有している(この LC1 は、特定目的会社であり、資産の流動化に関 する法律に基づく資産流動化計画に従った特 定資産の譲受並びにその管理および処分にか かる業務を行うことを主な事業内容としてい る)。この優先出資権について、自己信託に より、同社が委託者兼受託者となって、第三 者(合同会社 LL1)に対し受益権を設定し、 第三者から受益権の対価を現金で受領するこ とで、資金を確実に確保する取り組みを実施 した(図表6参照)。 ここで自己信託の対象となる本件優先出資 権の内容は、発行会社:特定目的会社 LC1、 名称:第1回 B 号優先出資、1口の金額: 5万円、出資総数:2万口、総出資金額:10 億円であり、受益権設定の対価も10億円であ る。なお、LL1より受益権設定の対価を受 け取ったことにより、LC1は同社の連結子 会社の対象外になった(企業会計基準委員会 2007年8月2日付「信託の会計処理に関する 実務上の取り扱い」によって、会計上優先出 資権は受益者が直接保有しているものとみな される) 。また、優先出資権の利益配当およ び残余財産分配金を受領する権利は、受益者 である LL1が取得するが、同社には受益者 に対する配当分配に当たって信託報酬を受け 取る権利がある。さらに、この自己信託設定 により同社に利益または損失は発生しない。 さらに、同社の自己信託スキームについて、 同社関係者にインタビューを行ったところ、 図表6 ロジコム社の自己信託スキーム (出所)同社プレスリリース「自己信託による当社 連結子会社の異動に関するお知らせ」(2008年10月 27 日 )http://www.c-direct.ne.jp/hercules/uj/ pdf/10108938/00072921.pdf − 13 − 以下の回答を得ることができた。 まず、当該資産を売却することによっても 資金調達が可能であったのに、売却しなかっ た理由は、適当な売却先が見つからなかった ことと、同社グループ内の関連会社に資金余 剰があり、その資金を移動させ、有効に活用 する目的があったとのことである。したがっ て、投資家となったのは、グループ内の1社 だけである。 次に、あえて信託スキームを利用した背景 には、同社取締役会長の青山英男氏の個人的 な資質があるように見受けられる。同氏は、 同社会長であるだけでなく、自ら税理士とし て税理士事務所を運営し、かつ大学院におい ても教授として財務論(財務管理論)を担当 している。したがって、通常の証券化スキー ムを利用しても同様の経済効果は得られる が、同氏はあえて新信託法による信託スキー ムを選択し、自ら税務上の手続を行い、事実 上手続き費用をかけずにスキームを実行する ことが可能であった。なお、もし税理士等の 手続きを有料で行った場合、300万円程度の 費用が発生したとのことである。 第三に、このスキームを実施するに際して、 税務当局の調査はかなり厳しかったようであ る。先行事例であったため、取引相手先に対 する反面調査も行われ、3ヶ月程度を要した とのことである。税務当局としては、土地取 引による譲渡益発生を懸念したものと推測さ れるが、このスキームでは不動産の取得価格 と信託設定額は等しく、譲渡益に相当するよ うな利益は発生していない。なお、今後、自 己信託について周知性が高まれば、税務当局 の懸念も払拭されていくものと思われる。 同社のスキームでは、必ずしも自己信託を 使わなくても同じ経済効果を得ることができ たが、経営トップがイノベーションのひとつ として自己信託を積極的に利用したことが指 摘できる。また、同氏が税理士事務所を経営 し、税務手続面でもコストがかからなかった という特殊な事情も利用を後押ししたものと − 14 − 信託研究奨励金論集第32号(2011.11) 考えられる。したがって、逆に今後も他社が 同様に自己信託を利用した金融スキームを設 定するかどうかは定かでなく、むしろ従来型 の証券化スキームに取って代わる誘引は小さ く、自己信託の利用は限定された局面にとど まる可能性も高いと思われる。 2.事業信託 事業信託とは、事業(資産と負債)そのも のを信託財産とする信託である(図表7参 照)。旧法では、信託の対象は積極財産でな ければならず、債務自体の信託や、積極財産 と消極財産とを含む包括財産の信託は認めら れないと考えられていた。しかし、新法では、 委託者に対する債権にかかる債務を信託財産 責任負担債務とすることが可能となり、それ により包括財産としての事業を信託したのと 同様の状態を作り出すことができるように なった。 事業信託を利用した仮想例としては、次の ようなパターンが考えられる(9)。例えば、企 業 A の事業部門①につき自己を受託者とし て自己信託を設定し、受益証券を投資家に 販売する。投資家は事業部門①から生じる キャッシュフローを引き当てに投資する。企 業 A の業績とは連動しない形で、資金調達 が可能となるので、一種のトラッキング・ス トックと同様の効果を持つことになる。また、 受益証券を優先劣後に切り分けて発行するこ とも可能である。ただし、受益権を多数の者 図表7 事業信託のイメージ 委託者(企業 A) 事業部門① 事業部門② 資産(積極財産) 負債(消極財産) ↓ ↓(②の財産を移転) ↓ 受託者(企業 B または企業 A) (50名以上)が取得した場合、信託業法によ る自己信託登録が必要である。信託会社に準 じる規定であり、とくに弁護士等による第三 者調査が課せられている。ただし、委託者へ の説明・書面交付義務、さらに兼業規制は免 除されている。また、この事例において、事 業部門①が企業 A にとって重要な部門であ る場合は、株主総会特別決議が必要である。 さらに、企業 A の取締役はその株主に対し て善管注意義務および忠実義務を負うととも に、受託者として事業部門①の投資家に対し て善管注意義務および忠実義務を負うことに あるが、両者は利益相反関係になる場合もあ りうる。その際、これを信託行為によって手 当てできるかどうかは難しい課題となりうる 可能性がある。その他に、受益証券発行信託 の受益証券は金融商品取引法上の有価証券に 該当する。 上記の仮想例は、自己信託を利用している が、企業 A の事業部門①について、委託者 以外の第三者(企業 B)を受託者として信託 を設定し、受益証券を投資家に販売するス キームも考えることができる。ただし、現実 的には、このような企業 B に相当する受託 者を見つけ出すことはかなり困難であると予 想される。なぜならば、受託者となる企業 B は、当該事業部門①を受託することによって、 本業とのシナジーを見出す必要があるだけで なく、受託事業である以上、信託期間にその シナジーは限定されるものでなければならな いからである。もし永続的にシナジーが期待 できるならば、当該事業部門を会社分割ない し事業譲渡によって取得するほうが賢明な判 断であると思われる(10)。 3.事業再生において利用される信託スキー ムの現状 (1)新信託法における RCC の信託利用状況 整理回収機構(RCC)ではかなり早い時 期から信託を利用した事業再生に取り組んで いることは、すでにⅠにおいて紹介した。そ 事業再生への信託スキームの活用について ―新信託法の利用を含めて― こでも述べたように、2001年6月に発表され た、政府の「今後の経済財政運営及び経済社 会の構造改革に関する基本方針」 (骨太の方 針)では、RCC 強化策が打ち出され、企業 再生に注力することや信託を活用することが 盛り込まれた。これによって信託を利用した 企業再生の取り組みが開始された。同年8月 には、RCC の信託業務が認可され、翌2002 年1月に証券化型信託案件を受託した。その 後も、RCC は信託を利用した取り組みを進 め、同年8月には、企業再編ファンド型金外 信託を受託、翌2003年3月には、中小企業再 生型信託を受託し、2006年2月には、地域金 融機関向け再生型の管理型ファンドを組成し ている。現在、RCC が利用している信託ス キームは、図表3の通りである。 しかし、これらの信託スキームは、いずれ も旧法によるものであり、新法を利用したス キームはない。また、同社へのインタビュー では、当面事業再生での利用予定はないとの ことである。同社が新法の信託スキームを利 用していない理由は、必ずしも明確ではない が、現状を見る限り、新信託法を利用した事 業再生スキームがほとんど使われていないの が実情である。この背景としては、以下の3 つが考えられる。 第一に、近年会社分割や事業譲渡など、事 業再生に関するスキームが拡充し、その利用 が進んだことが挙げられる。そのため信託を 利用しなくても、同様の効果を得ることが可 能となっているだけでなく、実務的なノウハ ウも蓄積されたものと思われる。 第二に、事業再生を担当する専門家・実務 家にとって、ノウハウのあるスキームを選好 する点も指摘できる。あえて実務経験のない スキームを使うよりノウハウのあるスキーム を利用したほうが手続の予見可能性も高く、 かつ顧客に対する説明責任も果たしやすいも のと思われる。 第三に、日本における信託利用において、 事業を信託するような土壌がないことも指摘 − 15 − できる。日本における信託利用は、金銭や有 価証券、不動産等が中心であり、信託によっ て事業を営むような土壌がなく、そのことが 利用されない遠因となっている可能性もあ る。 (2)事業信託の創造的利用例 ただし、新信託法を事業再生に利用するた めの具体的なスキームとして、JSK 事業再生 研究会民事信託委員会は、次のようなケース を想定し、スキーム案を提示している(11)。 ①事業再生の場面において、スポンサーと なる事業者に対して事業信託を行ったう えで、受益権を債権者に代物弁済する方 法により債務の整理を行う。これを、会 社分割型事業再生(事業運営委託型再生) という。 ②上記を自己信託の形態で行うことによっ て、DES の よ う に 利 用 す る。 つ ま り、 債務と受益権を交換する。これを業績連 動型事業再生(自己信託資金調達)とい う。 具 体 的 に は、 ① の 会 社 分 割 型 事 業 再 生 (図 表8)では、再生対象会社である A 社に おいて、今後も収益の見込める X 事業を信 託財産とし、これを C 社(同業他社や親会 社など)に事業信託する。なお、ここで C 社が受託者となるが、C 社を X 事業の営業 リスクから切り離すために、当該信託は限定 責任信託(12)とする。また、B 社は、X 事業 図表8 会社分割型事業信託(事業運営委託型再生) A社(受託者) X事業 受益権売却→ B社(受益者) ←売却金入金 運営委託→ ←委託料等 ←受益権の行使 受益の入金→ C社(受託 X事業 (信託スキーム:限定責任信託の事業信託) − 16 − 信託研究奨励金論集第32号(2011.11) のキャッシュフローや将来価値などを金銭化 した受益権を相応の額で購入し、受託者であ る C 社に対して、この権利を行使し、受益 金等を得る。さらに、A 社は X 事業に関す る受益権売却益を入手し、その資金を X 事 業以外の事業等に供することで、事業再生を 進めていく。 次に、②の業績連動型事業信託(図表9) では、事業再生に必要な再生資金を、事業 信託スキームによって調達するものである。 再生対象会社 A 社は、Y 事業を自己信託し、 当該信託が発行する受益権証券を投資家に販 売し、再生資金を調達するというものであ る。A 社は、経営の悪化した状態、場合に よっては破綻状態であり、通常の株式発行や 社債発行によっては資金調達できないが、Y 事業単体では、相応のキャッシュ・フローが 見込める場合が想定される。さらに、この場 合、A 社は Y 事業を分割あるいは譲渡せずに、 再生資金を調達できる。 上記の2つの仮設例のうち特に注目される のは、①会社分割型事業信託である。このス キームでは、事業譲渡や会社分割を行わずに、 それと同じ経済効果を期待している。しかし、 ここで最大の問題は、C 社にとって受託者と なることのメリットが想像しにくいことであ る。確かに C 社にとって、当該 X 事業を受 託することで本業との間のシナジーが生じる ことが想像される。しかし、ここには信託契 約があり、たとえシナジーが生じたとしても、 いずれは信託期間が終了し、当該事業を手放 さざるを得なくなる。したがって、このシナ ジーには、期間の制約があり、実際は利用し 図表9 業績連動型事業信託 (自己信託資金調達) A社(受託者) ←受益証券売却金 受益金等償還→ Y事業 自己信託 投資家 投資家 投資家 投資家 投資家 受益証券発行 (信託スキーム:業務連動型の自己受託事業信託) にくいものである可能性が高いと思われる。 し か し、 同 研 究 会 の メ ン バ ー に イ ン タ ビューしたところ、逆に信託期間があること を利点と考えて、スキームを構築することも 可能という案を提示された。つまり、信託期 間を1年程度の短期に設定し、シナジーの見 込める C 社が受託する。1年間受託する過 程で、実際に予想通りのシナジーが得られ れば C 社は、当該事業を買収する。しかし、 シナジーが得られない場合は、信託期間終了 後、当該事業を返還する。この場合、当初 から C 社は、X 事業の買収を検討しており、 事業デューデリジェンスを行うものの、シナ ジーが得られるかどうかは、事業を行ってみ なければ確証が得られない。したがって、試 用期間として信託を利用するというものであ る。実際、事業デューデリジェンスには、様々 な制約や仮定があり、必ずしも実際通りには ならないので、信託を利用してより現実的な 事業デューデリジェンスを実施するというも のである。このような信託利用は、今後実現 する可能性があると思われる。 (3)非事業資産等の「切り出し」のための 信託の利用 信託が社会の様々な場面で盛んに利用され ている英米法諸国では、後述するように、事 業再生プロセスで再生すべき事業と過去に負 担した賠償債務を切り分ける等の目的で、信 託が利用されてきたし、それを参考にして、 賠償等法律関係の分離のために信託の利用を 示唆する議論もある(13)。そして、わが国の 実務でも、最近では、事業再生に関連して非 事業資産等の「切り出し」のために信託ス キームを利用する例がみられるようになって いる。以下に、二つの例を見ておこう。 第1は、福島交通会社更生事件の例である。 この事件では、再生の対象である事業とは関 係の薄い財産(無担保ノンコア資産および担 保余剰ある担保対象ノンコア資産。以下、両 者を合わせて「無担保ノンコア資産」という) 事業再生への信託スキームの活用について ―新信託法の利用を含めて― を信託行為によって切り出し、本体の法的再 生手続(会社更生手続)の早期終結を実現し たケースである(14)。この事件では、会社更 生手続上、優先的更生債権と扱われる退職金 等の労働債権部分については、更生計画によ る一括弁済割合を原則40%に設定しつつ、無 担保ノンコア資産の時間をかけた売却によ り、更生手続とは別のスキームで退職者等に 追加的満足を与えようとした。 具体的な手続の流れは、次の通りである。 まず、更生計画で定める「信託行為の定め」 に基づいて、無担保ノンコア資産を、管財人 が設立した一般社団法人(受託者)に信託す る。信託受益権は、当初更生会社が取得する が、その共有持分権は退職者等(優先的更生 債権者・新受益者)に対して代物弁済とし て譲渡される。それにより、退職者等に対す る弁済は受託者にゆだねられ、更生手続自体 は迅速に終了する。受託者は、いわゆる処分 連動方式と同様に信託財産を換価処分したう え、退職者等の有する信託受益権にかかる共 有持分権について、信託配当を行う。 この事件で信託スキームが採用された基本 的目的は、無担保ノンコア資産を更生会社自 体から切り離すことにより、早期に更生手続 終結決定を受けることにあった。また、他の 財産切り出し方法(担保対象となっているノ ンコア資産については、会社分割により、同 様の目的が実現された)ではなく、信託を利 用した理由については、①移転コスト(たと えば、登録免許税)節減メリットが大きいと 考えられたこと、および②無担保ノンコア資 産を売却した場合の上ぶれ・下ぶれに伴う譲 渡所得税リスクの回避(いわゆるパススルー 課税の存在)が挙げられている(15)。 このように、本件の事例全体をみると、更 生会社は手続の早期終結により「更生会社」 という冠がつかない正常会社として自由な事 業の展開が可能となる一方で、退職者等の優 先的更生債権者も、時間的制約なしに売却さ れる無担保ノンコア資産の換価代金から追加 − 17 − 満足を得ることができることになったように 思われる。ただし、このような再生手続にお ける信託スキームが濫用的に利用されるお それがないとはいえない。とくに、私的整 理で、ノンコア資産を再生会社本体から切り 離す際に信託が利用される場合には要注意で あろう。なぜなら、上記の会社更生事件のよ うに信託行為が更生計画に定められて裁判所 の審査対象になる場合と異なり、私的整理で は、ノンコア資産の選定、受託者の組織・体 制、信託財産管理の方法等についてチェック が働かないおそれがあり、単に不良資産の切 り出しに使われる懸念がないではない。他方、 法的再建手続で、信託スキームを使ってノン コア資産を手続から切り出す場合にも、上記 のように裁判所のチェックの機会はあるもの の、多数決により少数債権者(関係人)を強 制する効力があることから、慎重な信託の組 成および承認プロセスが必要になるというべ きであろう(とくに、法的手続が終了してし まうと、信託スキーム自体に対する倒産裁判 所のコントロール手段がなくなることに注意 (16) 。 すべきである) 第二に、国際倒産事件に関してであるが、 日本企業再生の過程で、清算信託が使われた 例がある(麻布建物株式会社更生事件)。清 算信託(liquidation trust)は、 アメリカでは、 第11章再建手続においてしばしば使われてい るスキームである。一般には、再建計画にお いて、一定の財産を受託者(民間の信託会社 等がなるが、債権者委員会による監督を受け る場合が多いようである)に信託して、「清 算トラスト」を設定し、その信託受益権を通 して債権者に配当をする(他方で事業資産は 新会社・スポンサーへの譲渡等により、事業 の継続を図る)仕組みを指すようである。麻 布建物事件(日本の会社更生とアメリカの再 建手続との並行倒産事件)では、アメリカの 再建手続で、ホテル事業用資産はスポンサー に、非事業資産は他の第三者に譲渡するとい う計画が作成される一方で、(日米双方の手 − 18 − 信託研究奨励金論集第32号(2011.11) 続における)債権者への弁済のために清算ト ラストが設立され、わが国の資産もこのトラ ストに信託されることになった。この事件に おける清算トラストは、あくまでアメリカ再 建計画に基づいて設けられたものであるが、 わが国の資産や債権者も含めてこの清算トラ ストスキームに組み込まれたことから、わが 国の倒産手続の原理からみて、このようなス キームが調和的であるかどうかが議論され た(17)。 我が国の運用として考えた場合、民間の会 社を受託者として、債権の調査・確定に関連 する職務まで行わせることは困難と思われる し、このような信託と倒産裁判所との関係(と くに法的整理終了後)も、明確ではない(麻 布建物事件では、アメリカ手続における再建 計画により、そこに定められた信託条項にし たがって最終報告書を裁判所に提出して倒産 裁判所の承認を得ることとされたようであ る)。 上で見た福島交通事件と麻布建物事件は、 いずれの事件でも事業再生に不要な資産を外 出しし、別枠で扱うことにより、迅速な事業 再生を実現しようとする目的で、信託という 法的枠組みを利用しているとみることができ る。このような信託の利用方法は、信託のい わゆる転換(財産分離)機能に着目するもの で、信託の創造的で有効な利用方法であるこ とは間違いない。それだけに、上述したよう な濫用の危険やわが国の倒産法制との整合性 の観点からの検証を慎重に行い、健全な発展 が阻害されないよう配慮が必要であろう。 おわりに 以上で見てきたように、新信託法の下で、 事業再生に関連した信託の活用の新しい試み が、いくつか見られるようになっている。し かし、現状ではいまだ事業再生の場面での信 託の利用の手法が確立しているとはいえず、 個別の事件の関係者による個別的な試みにと どまっていることも多いように思われる。 このように、事業再生の場面での信託の活 用が今一つ大きな流れとはならない理由とし ては、さまざまな議論がありうるところであ るが、最後には次のような点を指摘して若干 のコメントを加えることとしたい。まず、す でに RCC の業務の現状に関して述べたさい に(Ⅱ3(1)参照)、現場の専門家はあえて なじみのない信託を使うより、会社分割や事 業譲渡など既存の再生スキームを選択しがち であることを指摘したが、事業再生の現場で 業務を行う専門家にとって、どのような信託 構成が当該案件にとって適当であり、そのよ うな信託構成をとった場合の事件処理の流れ がどのようなものになるかを予見し難いこと が信託構成採用の障害になっていることは否 定できない。また、それと関連して、信託を 利用する意味、換言すれば他の事業再生手段 と比較した優位性を示すことが必ずしも容易 でないこともあるように思われる。その意味 で、Ⅱ3(3)で紹介した福島交通事件の無 担保ノンコア資産の信託スキームで、信託構 成のコスト削減効果や租税関係での(会社分 割等との比較での)優位性が明確に示され、 信託採用の根拠とされていることは注目に値 する。このようなコスト面や課税面での信託 のメリットを、モデル的な信託スキームの中 で確認し、実際の事業再生に携わる関係者に 伝えていくことが、事業再生における信託ス キームのさらなる展開にとっては重要と考え られるのである。 ただ、他の再生手法との詳細な比較作業を 踏まえて、いかなる事例でいかなる信託構成 が適当かを明確な形で示すことは、民事再生 プロセスにかかわる個々の関係者にとって は、やや荷が重いのが普通であろう。私的整 理による事業再生が私的整理に関するガイド ラインや産業再生機構の業務モデルによって 著しい発展をみたように、事業再生における 信託スキームについても、信託協会など信託 実務をリードする立場の組織ないし専門家集 事業再生への信託スキームの活用について ―新信託法の利用を含めて― 団が「運用モデル」のような実務指針を作成 し、今後の実務の展開を積極的に促していく ことが望ましいのではなかろうか。 近時、事業再生の場面で、会社分割や事業 譲渡が債権者詐害の目的で濫用的に利用され るケースが表面化しているが、信託もそのよ うな不当な目的で利用されるおそれがないわ けではない。事業再生における信託スキーム の利用が、そのような誤った方向へ向かわな いよう、実務を規律するという意味でも、上 記のような実務指針は意味をもちうるものと 考える。 * 本稿を執筆するに際し、関係者の方々か ら資料や情報をご提供いただくとともに、お 忙しい中インタビューにも応じていただきま した。心より深謝申し上げます。さらに、社 団法人・信託協会より研究助成を賜りました こと厚く御礼申し上げます。 【注】 (1)本稿における事実関係や基本スキームの 記述は、整理回収機構10年史発刊委員会 編『整理回収機構10年のあゆみ』、整理回 収機構、2006年10月、整理回収機構編『債 権回収と企業再生』、金融財政事情研究会、 2007年、整理回収機構企業再生部「RCC の企業再生について」 (社内資料、2008年 6月10日)、同「企業再生ハンドブック」 (同、 2008年1月15日) 、同「RCC 再生関連機能 のご紹介」(社内資料、2008年5月12日) および整理回収機構編『RCC における企 業再生』 、金融財政事情研究会、2003年、 によっているが、煩瑣になるため個々の箇 所には注を付さなかった。また、同社担当 者へのインタビュー調査によって補足・修 正した部分もある。 (2)健全金融機関からの買取は、1998年夏か らの国会(いわゆる「金融国会」 )審議を 経て成立した金融再生法(同年10月成立、 施行)53条によって、預金保険機構または その委託を受けた整理回収機構は、2001年 − 19 − 3月末までに申込みを受けた場合、健全金 融機関からも買取ができることとなった。 なお、この申込期限は、その後2005年3月 末まで延長された。 (3)セーフティネット貸付とは、業況等が芳 しくないが、中長期的には企業維持が見込 まれる中小企業者を支援する貸付制度であ り、中小企業金融公庫、国民生活金融公庫、 商工組合中央金庫などの政府系金融機関が 行っている。 (4)RCC は、2001年6月、経済財政諮問会 議から「骨太の方針」が示され、その中で 主要行による不良債権のオフバランス化の ための受け皿機能として、信託兼営が盛り 込まれたことを受けて、同年7月に信託業 務の認可申請を行い、同年9月に認可され た。また、信託業務の開始にあたっては、 社内の経験者とともに、信託銀行からの出 向者数名によって対応した。 (5)RCC による不良債権の証券化について は、小谷範人「不良債権の証券化と不良債 権処理―整理回収機構(RCC)の証券化 事例等を通じた考察―」、『尾道大学経済情 報論集』、Vol.3、No.1(2003年)、堀田真 理「不良債権証券化の効果」 、『経営論集』 (東洋大学)、第64号(2005年)などの研究 がある。 (6)四宮和夫『信託法(新版)』有斐閣、1989年、 84頁、参照。 (7)ここでの仮想例は、井上聡編著『新しい 信託30講』弘文堂、2007年、191∼199頁に よる。 (8) 同 社 プ レ ス リ リ ー ス「 自 己 信 託 に よる当社連結子会社の異動に関する お 知 ら せ 」 (2008年10月27日 )http:// www.c-direct.ne.jp/hercules/uj/ pdf/10108938/00072921.pdf (9)この仮想例については、前掲『新しい信 託30講』、236∼241頁を参照。 (10)もっとも、事例によっては、期間を限 定した信託のメリットが考えられないわけ − 20 − 信託研究奨励金論集第32号(2011.11) ではない(後述3(2)参照)。また、会社 分割と信託を併用した再生スキームなど、 企業再編手法と信託との組み合わせには、 多様な可能性がある。実際の例をベースに、 会社分割と信託を併用した再生スキームを 報告するものとして、今川嘉文ほか編著『誰 でも使える民事信託』149頁以下(2011年) を参照。 (11)杉田利雄「事業信託を活用した事業再 生の可能性」 『ターンアラウンド・マネー ジャー』第4巻11号、2008年11月、72∼77頁。 (12)限定責任信託とは、受託者が信託のす べての信託責任財産負担債務について信託 財産のみをもって、その履行の責を負う信 託である。これは、信託財産責任負担債務 においては、受託者が無限責任を負担する という原則の例外となる。 (13)田頭章一「巨額賠償等債務を負う債務 者の事業再生と被害者保護―倒産手続とし ての『水俣病被害者救済特別措置法スキー ム』の検討を手掛かりとして―」東北学院 法学71号620頁(2011年)参照。 (14)事業再生迅速化研究会第4PT「 (主と して会社更生手続における)事業の分離 と事業再生の迅速化」NBL924号58頁以下 (2010年) 、小林信明ほか「地方バス会社の 会社更生事例―企業(事業)価値を増加さ せるための工夫―」事業再生と債権管理 131号184頁(2011年)参照。 (15)小林ほか・前掲論文189頁参照。 (16)福島交通株式会社更生事件に関しては、 管財人を務められた小林信明弁護士および 三森仁弁護士から、貴重な御教示を得た。 (17)業再生迅速化研究会第4PT・前掲論文 60頁以下、片山英二ほか「日米にまたがる 麻布建物(株)にみる承認援助手続と国際 並行倒産」事業再生と債権管理127号67頁、 82頁以下(2010年)参照。