...

資源開発でテイク・オフできるか

by user

on
Category: Documents
21

views

Report

Comments

Transcript

資源開発でテイク・オフできるか
蒼天モンゴル
資源開発でテイク・オフできるか
―― 高まる期待と岐路に立つ発展戦略 ――
菊池 洋
国際協力銀行 北京駐在員事務所
首席駐在員
リーマンショックの影響を短期間で切り抜け2011
化が始まったのは、旧ソ連が崩壊した1990年であり、
年以降4年連続の2桁成長の見通し、1人当たり
この国は市場経済化の道を歩み始めてからまだ20年し
GDPが3000ドルの水準を超え貧困率は大きく低下、
かたっていない。この20年間は、北のロシアと南の中
2012年には5億ドルを超える政府保証付き債券を初
国という、南北の国境を接する両大国と深い経済関係
めて発行し国際資本市場にデビュー、世界が注目する
を継続しつつも、一方に偏らないバランスの保持に努
鉱山プロジェクトが進み、今後さらに多数の地下資源
め、同時に欧米や日本を「第三の隣国」と位置づけ関
開発が見込まれる。どこまでも続く蒼天の下に広がる
係を強化することで、両国への過度の依存を避ける全
悠久の草原とそこに点在するゲルに暮らす遊牧民族の
方位外交を進めてきた。しかし、経済的には旧ソ連時
国――そんなモンゴルのイメージは、経済発展の真っ
代に始まった銅の生産・輸出に長く依存してきたた
只中にあって、大きく変わろうとしている。本コラム
め、その歩みは決して順調とはいえない時期が続いた。
では、隣の大国である中国から見えるモンゴルの歩み
国際的銅価格の影響を受け、経済成長率のアップダ
と今を紹介していきたい。
ウンを繰り返しジェットコースターにもたとえられる
モンゴル経済は、1990年の市場経済化スタートから
1. 市場経済化20年
これまで、5回に及ぶIMFプログラムを実施した。そ
の目的は、初期の体制移行に伴うマクロ経済安定化支
長く続いた一党独裁体制を放棄し、モンゴルで民主
援、銅価格の下落による外貨不足への対応などで、
2008年のリーマンショックの際は、
翌年の経済成長率が1993年以来16
年ぶりのマイナス成長となり、大
規模なIMF支援を要請した。
2. 今、資源開発に沸く
このような説明を始めると、今
のモンゴルの人々は「昔話」と一
蹴するだろう。今のウランバート
ルにはそれだけの自信と活気がみ
なぎっている。資源価格の上昇に
も助けられ、2011年の実質GDP成
長率は前年比17.5%と急速に回復。
国会議事堂(中央・白い大きな建物)と
その奥に広がる密集したゲル集落
32
2013.1
2012年は若干減速したが、それで
も10%を超える成長を維持したも
■蒼天モンゴル
のと見込まれ、2014年までの予測も含めて冒頭の4
年連続2桁成長という威勢のよいIMF見通しにつな
がっている。なにしろ、17.5%という数字は、世界第
1位の高成長国であり、近年2桁成長を継続し世界か
ら注目を集めるカタールをも上回る。こうした点が今
後、飛躍的な成長が待ち受けていることを予感させる
要因でもある。
日本サッカーが1994年ワールドカップ出場をかけ
た最終予選で敗退したドーハの悲劇として一般に記憶
されるカタールは、ペルシャ湾の半島に突き出る人口
わずか160万人の小国でありながら、1990年代前半に
自国に豊富に埋蔵する天然ガスの将来性にいち早く目
をつけた。そのころ始めた開発が大成功し、今や世界
中国・モンゴル・ロシアを結ぶ鉄道が草原を走る様子
第1位の天然ガス輸出国にまで成長。1人当たり
GDPは9万8000ドル(2011年)と日本の2倍以上の
にデビューした後、11月には、モンゴル政府が50億
水準となった。今のモンゴルを語るときにカタールを
ドルの債券発行枠を設定したうえで、初回分として15
意識するのは、広大な国土の下に眠る大規模な地下資
億ドルの債券発行に成功した。新興市場国で一度に15
源に世界が注目しているからである。
億ドルというのは相当な金額である。
前後してしまうが、ここでモンゴルの国概要を紹介
これまでは、開発に伴う投資が経済を支えた2桁成
しておきたい。東西約2400km、南北約1300km、面
長であったが、本格的な輸出と継続的な投資を通じた
2
積156.4Km で日本の約4倍の広大な国土に、人口は
高度成長はまさにこれから始まるところであり、IMF
わずか281万人(2011年)
。そのうち、首都ウランバ
は鉱業部門の今後5年間の成長率を平均20%と見込ん
ートルに130万人が居住している。西部は3000mから
でいる。これが順調に実現すれば、現在3000ドルの
4000mを超えるアルタイ山脈やハンガイ山脈があり、
1人当たりGDPは、2017年には3倍の9000ドルに迫
東部に向かって緩やかに傾斜しながら高原が続き、南
ることになる。マレーシア、トルコ、メキシコといっ
部には標高平均1000mのゴビ砂漠が広がる。羊や山
た新興市場国の有望株が現在約1万ドルなので、その
羊の数は、それぞれ1000万頭を超え、人口をはるか
水準にほぼ匹敵する。
に上回る。冬の気温は氷点下30度を下回るし、逆に気
温が上昇して雪が多い冬にはゾドと呼ばれる雪害で数
3. 取った狸とまだ取らぬ狸
百万頭の家畜が死亡することもある。
この蒼天モンゴルが今熱いのは、オユ・トルゴイと
その一方で、多くの課題にチャレンジしなければな
タバン・トルゴイという2つの金銅鉱、炭鉱の開発が
らない現実もある。資源ナショナリズムの高まりへの
進むためである。それぞれの頭文字を取って、OT
対応と、マクロ経済の安定的な運営の両立である。豊
(オー・ティ)
、TT(ティ・ティ)と関係者が呼ぶこ
富に存在する天然資源に直面したとき、どのような国
れらの鉱山には、銅が約3600万トンと金が約1300ト
であってもそれをいかにして国民生活の充実に役立て
ン(OT)
、石炭が64億トン(TT)という、いずれも
るかという、簡単なようで難しい問題に直面する。そ
世界的規模の埋蔵量が確認されている。リオ・ティン
れは資源開発の(特に初期段階においては)
、経験と
ト社が過半出資する加アイバンホー社とモンゴル政府
技術を有する外国企業の関与が通常は欠かせないこと
が所有するOTは、2013年から本格的な商業生産を開
からくるジレンマである。
始。東西の鉱区に分かれるTTは、東鉱区からの輸出
モンゴルでは旧ソ連との関係が長く続いた1990年
が徐々に始まっており、西鉱区は現在開発の準備が進
までの記憶と、それ以降の中国への経済的依存度の高
められている。この潜在力を背景に、2012年3月、
まりのため、この両大国への思いは複雑なものがある。
モンゴル開発銀行が5億8000万ドルの政府保証付き
実際、石油を依存するロシアは今でも最大の輸入相手
債券を発行、
「モンゴル・ブランド」が国際資本市場
国であり、銅鉱山や鉄道などの株式の過半数もロシア
2013.1
33
■蒼天モンゴル
ドバイ風の建物と、道路の渋滞、建設が進むビル
大気汚染の原因となる暖房用石炭を売る露天
が所有している。中国は全体の約95%を占める最大の
時間を越えたマクロ経済運営上の課題である。取った
輸出相手国であり、虎の子の鉱物資源は、ほとんどす
狸の皮の使い方もまた難しい。
べてを中国が購入しているのが現実である。モンゴル
が鉱業セクターを含む戦略的に重要な分野への外国投
4. 内陸のカタールになれるか
資を規制する法律を、2012年8月の国会議員選挙直
前の5月に成立させたのも、特に中国に対する国民感
去る2012年8月、北京の日本企業による商工組織
情を選挙前に意識したものとみられている。OTや
である中国日本商会の内外モンゴル視察ミッションに
TTの開発が本当に順調に進むのかについては、慎重
参加する機会があった。中国の内モンゴル自治区には
な見方がないわけではない。格付会社のスタンダー
400万人を超えるモンゴル族が暮らし、標識には中国
ド&プアーズがその後10月に、モンゴル政府の格付
語と縦書きのモンゴル語が併記されている。レアアー
「BB-」の見通しをポジティブから安定的へと変更し
スの中心的産地でもあり、省都フフホト市や包頭市の
たのは、この点を反映している。狸を取るためには、
所得水準は1人当たり年間1万ドルを超え、北京市や
資源開発に着目する中露日韓米とのバランスをうまく
上海市の水準を上回る。一方で、長年にわたり経済の
とらなければならない。
アップダウンを繰り返してきたものの、今、世界的規
もう1つの課題は、資源開発で潤った財布をいかに
模の鉱物資源を発見し、発展の発射台についた内陸国
有効かつ安定的に使い、ジェットコースターといわれ
モンゴル。同じ「モンゴル」と名のつく両者であって
るほど変動の激しかった経済の動きを安定化させる
も大きく違う点は、片方は中国という国の一部として
か? である。政府歳入はGDP比で2009年の約30%か
海をもち、もう片方は海をもたず、ロシアと中国とい
ら2011年には約40%まで上昇したが、歳出も同期間
う2つの大国に囲まれている点である。中東カタール
に同36%から同45%へと、歳入増に呼応するかたち
の最大の天然ガス購入国は日本であり、輸出先も多様
で上昇。2011年のGDP規模87億ドルに対して、輸出
化している。今のモンゴルが天然ガス開発に着手した
額は48億ドル、同年末の外貨準備は24億ドルまで増
ころのカタールと同じスタートラインに立っていると
加した。海外との間の巨額な資金フローは、この国の
しても、手強い大国に囲まれた内陸国モンゴルが、天
マクロ経済運営を難しくしているという現実がある。
然資源という宝を活かすことは容易ではない。
歳出の増加は経済の過熱感を醸成し、2012年は物価
蒼天のモンゴルと、開発に沸くモンゴル。連載第1
上昇率が2桁で推移した。インフレは持てる者と持た
回目の今回は、昔と今が交錯するモンゴルを見る視点
ざる者の格差を広げることから社会的な問題になりや
を示してみた。この国の動きを追いながら、次回以降
すい。今の収入をいかにうまく使い、いかに蓄えて将
は少しずつ深堀りをした内容を紹介していきたい。
来の資源価格下落などに備えるかは、きわめて重要な、
34
2013.1
Fly UP