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ま え が き
ま え が き 建築物には,住宅,事務所ビル,集会所などのさまざまな用途があり,それぞれの目的の ために空間が計画され,設計される。古代ローマ時代の建築家であるウィトルウィウスが 『建築十書』で述べたように,建築に要求される性能は,強(firmitas),用(utilitas),美 (venustas)である。そのなかで,特に地震国であるわが国では,「強」がきわめて重要な役 割を果たす。 建築学を学ぶ多くの学生は, 「美」あるいは「用」に興味をもっているであろう。しかし, いくら美しく,使用性に優れた建物でも,地震や台風で損傷したり,人間に危害を与えるよ ナ 社 うでは,優れた建築とはいえない。また,欧米の国々とは異なり,日本では建築学は工学に 含まれ,芸術家に近い建築家を目指す学生も,建築構造や建築環境など,工学を学ぶことが 要求される。その意味でも,災害の多い国で,優れた建築が設計できる素養を身につけるた めには,構造力学を学ぶことがきわめて重要である。特に,スタジアムやアリーナなどの大 空間をデザインする際には,力学的な感覚が必要不可欠であり,力学的合理性や,スムーズ な力の流れを表現することが,建築の美しさにつながる。 ロ 建築の設計と生産の過程の概要を図 1 に示す。小規模な建築物では,構造設計は意匠設計 (デザイン)と建築計画(室配置,動線計画など)の後に位置付けられる。しかし,大規模 コ な建築物では,このような一方通行のプロセスではなく,意匠設計から生産までのすべての プロセスの専門家が協調することが重要である。 意匠設計 ⇒ 建築計画 ⇒ 構造設計 ⇒ 設備設計 ⇒ 生 産 ⇒ 運用・維持管理 図 1 建築の設計と生産の過程の概要 構造設計は,建築計画によって決められた柱やはりなどの構造要素の配置に基づいて,そ の材料,剛性,強度などを決定する過程である。小規模の建築物では,機械的に構造計算を 実行してさまざまな基・規準に適合することを示す手続きであるが,その判定に用いられる 式の意味を理解することが重要である。また,大規模あるいは特殊な建築物では,この過程 で,構造設計者の力学的知識と感覚に裏付けされた能力が発揮される。構造設計のために は,鉄骨構造や鉄筋コンクリート構造などの各種構造の知識が必要であり,構造力学は,そ れらの基本となる学問分野である。 構造力学には多くの教科書があり,基本的なことを簡明に説明したもの,高度な内容を説 え ii ま が き 明することに重点を置いたものなど,それぞれ特徴をもっている。本書はそれらの中間的な 難易度で,できるだけストーリー性をもたせて,例題を通じて学習することによって,講義 の教科書としてだけではなく,自習書としても使用できるように執筆した。そのため,数式 を並べるのではなく,行間を埋めるような説明を加えている。 本書では,おもに不静定構造を解くための方法を,仮想仕事の原理,エネルギー原理,応 力法,剛性法,たわみ角法,固定法,塑性崩壊,座屈の順に学ぶ。これらは,力の釣合いや 静定構造の解法に基づいているため,基礎事項の修得が不十分な読者は,『例題で学ぶ構造 力学 1 ─静定構造力学編─』を参照されたい。本書は将来構造を専門とする人や一級建築士 を受験する人がマスターすべき内容をまとめているが,構造を専門としない人にとっても力学 的合理性をもった建築を設計するために,本書の内容を理解することは重要である。 構造力学は数学と力学に基礎を置いているが,建築物という人工物を実際に解析したり設 計することを目的としている。したがって,単位,次元,およびスケールの概念がきわめて ナ 社 重要である。表 1 に,本書で使われる力学量の次元と単位をまとめておく。また,構造力学 ではいくつかのギリシャ文字を用いるため,なじみのない読者のためにそれらの読み方を表 2 にまとめておく。 表 1 力学量の次元と単位(M:質量, L:長さ, F:力, T:時間) 長 さ 時 間 質 量 力 角 度 密 度 元 位 −3 次 −2 元 −2 m, mm=10 m, cm=10 m 応力,圧力 FL s 1 ひずみ 力のモーメント FL kg, g=10−3 kg 弾性係数 N=kgm / s2 FL−2 rad 断面 2 次モーメント L4 kg / m3 コ L T M F=MLT−2 1 ML−3 単 ロ 次 単 位 2 N / m , Pa=N / m2 1 Nm N / m2 m4 表 2 ギリシャ文字の記号と読み方 ギリシャ文字 読 大文字 小文字 A B C D E F G H I J K L a b c d f g h i k l m n み カ ナ アルファ ベータ ガンマ デルタ イプシロン,エプシロン ゼータ イータ,エータ シータ イオタ,アイオタ カッパ ラムダ ミュー 方 ギリシャ文字 アルファベット 大文字 小文字 alpha beta gamma delta epsilon zeta,dzeta eta theta iota kappa lambda mu,my M N O P Q R S T U V W X o p q r t v x y { | } ~ 読 み カ ナ ニュー グザイ,クシー オミクロン パイ ロー シグマ タウ ウプシロン,ユプシロン ファイ,フィー カイ,キー プサイ,サイ,プシー オメガ 方 アルファベット nu,ny xi omicron pi rho sigma tau upsilon,ypsilon phi chi,khi psi omega 2013 年 9 月 大 崎 純・本 間 俊 雄 目 次 1 . 仮想仕事の原理 1.1 質点と剛体の仮想仕事の原理 1 1 . 1 . 1 ひとつの質点に作用する力の仮想仕事の原理 1 1 . 1 . 2 剛体の仮想仕事の原理 3 1.2 棒の仮想仕事の原理 5 5 1 . 2 . 2 分布荷重を受ける棒の釣合い微分方程式 6 1.3 はりの仮想仕事の原理 1.4 トラスの仮想仕事の原理 1.5 相 反 定 理 1.6 補仮想仕事の原理 ナ 社 1 . 2 . 1 集中荷重を受ける棒の荷重作用点での釣合い式 ロ 1 . 6 . 1 棒の補仮想仕事の原理 8 11 13 14 14 15 1 . 6 . 3 はりの補仮想仕事の原理 16 1.7 コ 1 . 6 . 2 トラスの補仮想仕事の原理 単位仮想荷重法 17 1 . 7 . 1 軸方向荷重を受ける棒 18 1 . 7 . 2 ト ラ ス 18 1 . 7 . 3 片 持 ば り 19 1 . 7 . 4 静 定 ラ ー メ ン 19 演 習 問 題 21 2 . エネルギー原理 2.1 棒の全ポテンシャルエネルギー停留の原理 22 2 . 1 . 1 集中荷重を受ける棒 22 2 . 1 . 2 全ポテンシャルエネルギーの性質 23 次 iv 目 2 . 1 . 3 分布荷重を受ける棒 2.2 25 はりとトラスの全ポテンシャルエネルギー停留の原理 27 2 . 2 . 1 節点に集中荷重と集中モーメントを受けるはり 27 2 . 2 . 2 節点荷重を受けるトラス 29 2.3 カスチリアーノの第 1 定理 30 2.4 コンプリメンタリエネルギー停留の原理 31 2 . 4 . 1 軸方向集中荷重を受ける棒 31 2 . 4 . 2 軸方向集中荷重と分布荷重を受ける棒 33 2 . 4 . 3 分布荷重と節点集中荷重を受けるはり 34 2.5 演 カスチリアーノの第 2 定理 習 問 35 題 38 3.1 応 力 法 3 . 1 . 1 棒で構成された不静定構造 3 . 1 . 2 1 次不静定ばり 3.2 剛 性 法 ロ 3 . 2 . 1 軸力を受ける棒 ナ 社 3 . 不 静 定 ば り 39 39 41 43 44 46 3 . 2 . 3 剛性行列の対称性と相反定理 49 演 習 4.1 問 コ 3 . 2 . 2 節点力を受けるはり 題 51 4 . た わ み 角 法 たわみ角法の基本式 52 4 . 1 . 1 基 本 仮 定 52 4 . 1 . 2 材端モーメントと回転角の定義 52 4 . 1 . 3 材端回転角に関する適合条件 53 4 . 1 . 4 基本式(要素方程式)の誘導 54 4 . 1 . 5 材端モーメントと材端せん断力の関係 59 4 . 1 . 6 部材角と固定端モーメントの関係 60 4 . 1 . 7 境界条件と対称・逆対称条件の利用 60 目 次 v 4.2 節点移動のないラーメンの解法 62 4.3 節点移動のあるラーメンの解法 69 4 . 3 . 1 部材角相互の関係 69 4 . 3 . 2 層 方 程 式 70 4.4 異形ラーメン 73 4 . 4 . 1 節点移動のない台形ラーメン 73 4 . 4 . 2 節点移動のある台形ラーメン 74 4 . 4 . 3 山 形 ラ ー メ ン 75 演 習 問 題 78 5 . 固 定 法 固定法の原理と解法 ナ 社 5.1 5 . 1 . 1 基 本 原 理 5 . 1 . 2 図上計算の準備 5 . 1 . 3 断面力を求める手順 5 . 1 . 4 固定端モーメントと有効剛比 5.2 節点移動のないラーメンの解法 80 80 82 82 86 89 89 5 . 2 . 2 節点移動のない多層多スパンのラーメン 92 節点移動のあるラーメンの解法 コ 5.3 ロ 5 . 2 . 1 節点移動のない場合の一般的な手順 94 5 . 3 . 1 節点移動のある場合の一般的な手順 94 5 . 3 . 2 節点移動のある多層多スパンのラーメン 97 5.4 D 値 法 100 5 . 4 . 1 D 値法の考え方 100 5 . 4 . 2 反曲点高さ比と柱の材端モーメント 102 5 . 4 . 3 はりの曲げモーメントとせん断力 103 演 習 問 題 106 6 . 不静定トラス・骨組 6.1 応力法(1 次不静定) 6 . 1 . 1 外的不静定トラスの断面力 107 107 次 vi 目 6 . 1 . 2 内的不静定トラスの断面力 112 6 . 1 . 3 不静定ラーメンの断面力 116 6.2 応力法(2 次不静定) 120 6 . 2 . 1 2 次の外的不静定トラス 120 6 . 2 . 2 2 次の内的不静定トラス 122 6.3 応力法による合成骨組の解法 123 6 . 3 . 1 単純ばり+トラス 124 6 . 3 . 2 門 形 合 成 骨 組 126 剛性法(変位法) 129 6 . 4 . 1 ト ラ ス 129 6 . 4 . 2 骨 組 構 造 135 6 . 4 . 3 剛 性 法 の 利 点 139 演 習 問 題 140 ナ 社 6.4 7 . 塑性解析と極限解析 7.1 応力-ひずみ関係の理想化 7 . 1 . 1 垂直応力と縦ひずみの関係 ロ 7 . 1 . 2 塑 性 ヒ ン ジ 141 141 142 荷重増分法による極限解析 143 7.3 極限解析の基本定理 145 7.4 ラーメンの極限解析 演 習 問 コ 7.2 149 題 152 8 . 柱と骨組の座屈 8.1 さまざまな座屈現象 153 8.2 圧縮軸力を受ける柱の座屈 154 8 . 2 . 1 釣合い微分方程式 154 8 . 2 . 2 オ イ ラ ー 座 屈 155 8 . 2 . 3 さまざまな境界条件の柱の座屈荷重 156 8.3 骨 組 の 座 屈 159 8.4 飛 移 り 座 屈 161 目 演 習 問 次 vii 題 163 演 習 問 題 解 答 165 索 179 引 1 . 力 の 釣 合 い 2 . 材 料 の 性 質 ナ 社 『例題で学ぶ 建築構造力学 1 ─ 静定構造力学編 ─』 主要目次 コ ロ 3 . 静定ばりとラーメンの断面力 4 . 断面力の性質と応力 5 . 静定ばりのたわみ 6 . 静 定 ト ラ ス 1 章 仮想仕事の原理 構造物の実際の変位および実際に作用する荷重とは異なる仮想の変位や荷重を用いて,釣合 い状態にある力が満たすべき条件,あるいは適合状態にある変形が満たすべき条件を導くため の原理を,それぞれ仮想仕事の原理および補仮想仕事の原理という。本章では,それらを総称 した仮想仕事の原理を解説する。なお,1 . 3 節や 1 . 6 節では部分積分を多用するので,本章の 最後に部分積分の公式を記した。また,部分積分に慣れていない読者は,結果のみを理解して もよい。 ナ 社 1 . 1 質点と剛体の仮想仕事の原理 質点と剛体を用いて仮想仕事の原理の基本的な考え方を解説し,トラスやラーメンの断面 力や反力を,仮想仕事の原理を用いて求める方法を示す。 ロ 1 . 1 . 1 ひとつの質点に作用する力の仮想仕事の原理 質量があり,大きさが無視できる物体を質点という。ひとつの質点が,力 P の作用によっ コ て,その作用方向に u だけ移動したとき,力 P がなした仕事 W は式 (1 . 1) で与えられる。 (1 . 1) W=Pu また,図 1 . 1 のように,質点が力のベクトル P の作用によって変位ベ P クトル u だけ移動したとき,力 P がなした仕事は,力と変位のベクトル の大きさ P = P ,u= u ,および P と u のなす角 i を用いて W=P・u=Pu cosi 質点 (1 . 2) である。ここで,P・u はベクトル P と u の内積を意味する。力と変位の ベクトルが平面内にあり,P=(Px,Py)T,u=(ux,uy)T のように成分表記 i u 図 1 . 1 質 点 に 作用する力の ベクトルと変 位ベクトル されるとき W=Pxux+Pyuy (1 . 3) である。 さらに,ひとつの質点 A に力のモーメント M が作用しているとき,点 A まわりの回転 i に対して M がなす仕事は M i である。 2 1 . 仮 想 仕 事 の 原 理 図 1 . 2 のような,ひとつの質点 A に力のベクトル P1, P1 移動後 P2,P3 が作用した状態を考える。質点 A が,変位ベクト A’ P2 ル du によって図のように点 A’ に移動したものとする。こ こで,du は実際の変位ベクトルではなく,仮に想定した P3 y P2 変位ベクトルである。このように,質点や物体に力が作用 して生じる実際の変位とは関係なく,任意に想定した変位 を仮想変位という。 P1 du A 移動前 P3 x 図 1 . 2 質点に作用して釣合い状 態にある 3 つの力のベクトル 仮想変位 du によって力 P1,P2,P3 がなした仕事として定義される仮想仕事の総和 dW は式 (1 . 4) で求められる。 dW=P1・du+P2・du+P3・du (1 . 4) 図 1 . 2 の 3 つの力が平面内にあるものとし,成分を用いて Pi=(Pix,Piy) (i=1,2,3), T du=(dux,duy)T のような表記を用いると,仮想仕事の総和 dW が 0 となる条件は式 (1 . 5) ナ 社 のようになる。この式を仮想仕事式という。 dW=(P1 x+P2 x+P3 x) dux+(P1 y+P2 y+P3 y) duy=0 (1 . 5) 式 (1 . 5) が任意の dux,duy に対して成り立つとき,例えば (dux,duy)=(1,0) および (0,1) でも成立するとき,式 (1 . 6) のような x,y 方向の釣合い式を得る。 P1 x+P2 x+P3 x=0, P1 y+P2 y+P3 y=0 (1 . 6) ロ 逆に,式 (1 . 6) が成立するとき,任意の dux,duy に対して仮想仕事式 (1 . 5) が成立する。 このような原理を仮想仕事の原理あるいは仮想変位の原理という。 ようになる。 コ 一般に,n 個の力 P1,…,Pn がひとつの質点に作用するとき,仮想仕事式は式 (1 . 7) の dW =! Pi・du=e ! Pi o・du=0 n n i =1 i =1 (1 . 7) 式 (1 . 7) の括弧内が 0 となる式,すなわち n ! Pi =0 i =1 (1 . 8) は,釣合い式である。いま,式 (1 . 8) が満たされないならば,式 (1 . 7) を満たさないような du が存在する。したがって,任意の du に対して dW が 0 ならば,釣合い式が成立する。逆 に,ひとつの質点に作用する力が釣り合っているとき,すなわち,式 (1 . 8) が成立すると き,任意の仮想変位に対する仮想仕事の総和は 0 になる。 以上のように,任意の仮想変位に対して仮想仕事の総和が 0 となることから,ひとつの質 点に作用する力の釣合い式を導くことができる。 1 . 1 質点と剛体の仮想仕事の原理 3 1 . 1 . 2 剛体の仮想仕事の原理 前書『例題で学ぶ建築構造力学 1 ─静定構造力学編─』(以下,『構造力学 1 』と略記す る)の 1 章で示したように,平面内に存在する剛体に複数の力のベクトルと力のモーメント が作用したとき,剛体が釣合い状態にあるためには,水平方向および鉛直方向の力と,ひと つの点まわりの力のモーメントに関する釣合いを満たさなければならない。ここで,力の モーメントが仕事をする変位は,並進変位ではなく回転変位である。したがって,剛体の釣 合い式は,水平方向および鉛直方向の仮想(並進)変位と,ひとつの点まわりの仮想の回転 変位(回転角)に関する仮想仕事式から導くことができる。回転角も一般的な変位と考えら れるので,以下では,仮想回転角も仮想変位に含める。 図 1 . 3 のような剛体に,偶力 P と,力のモーメント M y が作用しているときの釣合い式を,仮想仕事の原理を用い て求める。点 O まわりの回転角を i(時計回りを正)とす M ナ 社 ると,点 O の変位ベクトルは 3 つの成分 ux,uy,i をも L 釣合いは明らかなので,以下では回転変位に関係する釣合 い式を導く。 仮想変位を定める際,各点の変位が適合条件を満たして O P つ。ただし,水平方向には力が作用せず,鉛直方向の力の P di x L 図 1 . 3 剛体に作用する偶力と 力のモーメント ロ いる必要がある。剛体の場合は, 「剛体は変形しない」という条件が適合条件である。図 1 . 3 の例で,点 O まわりの仮想の回転角を di とすると,M のなす仮想仕事は M di である。 また,偶力の作用点の y 方向仮想変位は,適合条件から±L di(それぞれ荷重と逆方向)な 想仕事式は コ ので,偶力のなす仮想仕事は−2 PL di である。したがって,点 O まわりの回転に関する仮 M di−2 PL di=0 (1 . 9) である。式 (1 . 9) が任意の仮想変位(仮想回転角)di に対して成立するので,釣合い式 M=2 PL (1 . 10) が得られる。 一般に,剛体に対して以下のような仮想仕事の原理が成立する。 [ 剛体の仮想仕事の原理 ] 剛体に作用する複数の荷重および集中モーメントが釣り 合っているとき,剛体が変形しないという適合条件を満たす任意の仮想変位および仮想 回転角に対して,荷重および集中モーメントがなす仕事の総和は 0 である。また,その 逆も成り立つ。 4 1 . 仮 想 仕 事 の 原 理 例題 1 . 1 剛体の仮想仕事の原理を用いて,図 1 . 4 のような 3P 静定トラスの部材 AB の軸力 N を求めよ。 H D 2P H G C P H F B H A E L 図 1.4 【 解 答 】 図 1 . 5 ( a ) の よ う に, ト ラ ス を 部 材 AB で切断し,その軸力 N に対応する荷重を節 3P 2P 点 A,B に作用させる。 ( b ) のようにトラスは不安定となり,上側 図 回転角を di とすると,荷重の作用点 B,C,D の仮想の水平方向変位は,微小変形の仮定のも とで,それぞれ節点 F,G,H の水平方向変位と N G B F N ナ 社 の剛体が節点 F まわりに回転する。仮想の剛体 P C G C H di D H D F A E (a) E (b) 図 1.5 等しく,0,H di,2 H di である。また,節点 B の上向き変位は L di なので,仮想仕事式はつぎのようになる。 −NL di+2 PH di+6 PH di=0 ロ ここで,節点 B は,荷重 N の作用方向(下向き)とは反対方向に移動しているので,上式 の左辺第 1 項にはマイナス符号が付いている。 軸力が外力と釣り合っているとき,上式が任意の di に対して成立するので,軸力 N はつぎ N= コ のように求められる。 1 8 PH _2 PH +6 PH i= L L 以上のように,静定構造物を断面力が作用する箇所で切断し,剛体の仮想仕事式を導くこと によって,断面力を求めることができる。この過程は, 『構造力学 1 』の 6 章で学んだ切断法 例題 1 . 2 剛体の仮想仕事の原理を用いて,図 1 . 6 のよう な静定ばりの支点 A での鉛直方向反力 VA を求めよ。 □ と同じである。 A P M P D B L/2 L/2 C L 図 1.6 【解答】 支点反力を図 1 . 7 のように定義して,支点 B を中心とした仮想の回転角 di を与える。 点 A,C,D での上向きの仮想変位は,L di,−L di,(L / 2) di なので,仮想仕事式は,つぎ 1 . 2 棒の仮想仕事の原理 5 のようになる。 P A VA L di +PL di − PL di +M di =0 2 D B VA 上式が任意の di に対して成立するので,外力と反力の釣合い式は VA L +PL − M P VB di C 図 1.7 PL +M =0 2 となり,VA はつぎのように求められる。 P M − 2 L □ VA=− 1 . 2 棒の仮想仕事の原理 1 . 2 . 1 集中荷重を受ける棒の荷重作用点での釣合い式 ナ 社 図 1 . 8 のような,先端に軸方向荷重 P が作用する長さ L の棒を用いて,変形する構造物 の仮想仕事の原理を解説し,荷重作用点での釣合い式を導く。 荷重 P が作用することによって,軸力 N が発生し, 棒は d 伸びて,先端が u (=d) 移動したものとする。 この変形状態で,図 1 . 9 のように,先端に仮想変位 du を与える。ここで,仮想変位によって実際の変位 P x L 図 1 . 8 軸方向集中荷重を 受ける棒 ロ は変化しないので,荷重 P と軸力 N も変化しない。 仮想変位 du に対応する棒の伸びを dd とすると, コ 軸力(内力)のなす仕事と荷重(外力)のなす仕事 は,それぞれ N dd および P du であり,これらの差 が 0 であるという条件から,仮想仕事式は式 (1 . 11) N N P du dd N N P 図 1 . 9 棒先端の仮想変位 のように書ける。 N dd−P du=0 (1 . 11) 式 (1 . 11) の左辺第 1 項を内力仮想仕事,第 2 項(マイナスを含まない)を外力仮想仕事 という。第 2 項のマイナスを含んだ量を外力仮想仕事とする場合もあるが,ここでは P du を外力仮想仕事とする。 仮想変位 du と仮想伸び dd は,適合条件 dd=du (1 . 12) を満たさなければならない。したがって,式 (1 . 11),(1 . 12) より式 (1 . 13) を得る。 (N−P ) du=0 (1 . 13) 式 (1 . 13) が任意の du に対して成立するという条件,あるいは適合条件を満たす任意の 6 1 . 仮 想 仕 事 の 原 理 du と dd に対して式 (1 . 11) が成立する(内力仮想仕事と外力仮想仕事が等しい)という条 件から,釣合い式 (1 . 14) N=P が得られる。逆に,外力と内力が釣合い式を満たすとき,適合条件を満たす任意の仮想変位 と仮想伸びに対して,内力仮想仕事と外力仮想仕事は等しい。 1 . 2 . 2 分布荷重を受ける棒の釣合い微分方程式 図 1 . 10 のように,軸方向の集中荷重 P に加えて分布荷重 p (x) の作用する棒の応力 v (x) を用いて,仮想仕事式を導く。ここで,荷重,応力,変位とひずみは,材軸方向の座標 x の関数である。 図 1 . 11 のような断面積 A,長さ Dx の棒の微小要素に p(x) 軸力 Av (x) が作用し,ひずみ f (x) が生じて f (x) Dx 伸 P x ナ 社 びている。この微小要素は,仮想のひずみ df (x) を与え ることにより df (x) Dx 伸びる。したがって,微小要素に おいて軸力のなす内力仮想仕事は,軸力の増分を微小量と L 図 1 . 10 軸方向集中荷重 と分布荷重を受ける棒 して無視すると Av (x) df (x) Dx である。また,仮想変位 x Dx du (x) も x の関数であり,微小要素は分布荷重 p (x) の方 ロ 向に du (x) だけ移動するので,分布荷重のなす外力仮想 仕事は p (x) Dxdu (x) である。 棒の長さを L,棒先端の変位を uL とすると,内力仮想 コ 仕事と外力仮想仕事の差が 0 となる条件から,仮想仕事式 (1 . 15) が成立する。 # L 0 f(x)Dx Av(x) Av(x+Dx) p(x) 図 1 . 11 棒の微小要素の変形 8Av _ x i df _ x iB dx −) # 8 p _ x i du _ x iB dx + P duL 3=0 L 0 (1 . 15) の左辺第 1 項は内力仮想仕事,第 2 項は外力仮想仕事であり,第 2 項はさらに 式 (1 . 15) 分布荷重による仮想仕事と集中荷重による仮想仕事に分けられる。 x に関する微分を ( )’ で表すと,仮想変位と仮想ひずみは,式 (1 . 16) に示す適合条件を 満たさなければならない。 df (x)=du’ ( x ), duL=du ( L ) (1 . 16) 式 (1 . 16) を用いると,式 (1 . 15) は # L 0 となる。 8Av _ x i dul _ x iB dx − # 8 p _ x i du _ x iB dx −P du _ L i=0 L 0 (1 . 17) 1 . 2 棒の仮想仕事の原理 7 ところで,du’ (x) と du (x) は独立ではないので,式 (1 . 17) を,du’ (x) を含まない形式に 変形する必要がある。そのため,第 1 項で部分積分を実行すると,式 (1 . 17) は式 (1 . 18) の ように変形できる。 8Av _ x i du _ x iB − # 8Avl _ x i+ p _ x iB du _ x i dx −P du _ L i=0 L L 0 0 & − # 8Avl _ x i+ p _ x iB du _ x i dx +8Av _ L i−P B du _ L i− Av _ 0 i du _ 0 i=0 L 0 (1 . 18) 部分積分については,章末の[ 部分積分の公式 ]を参照すること。 仮想変位は,変位の境界条件を満たさなければならない。この例では,棒は x=0 で支持 されているので u (0)=0,すなわち (1 . 19) du (0)=0 である。したがって,式 (1 . 18) が境界条件式 (1 . 19) を満たす任意の du (x) (0≦x≦L) に ナ 社 対して成立することより,式 (1 . 20) を得る。 Av (L)=P, 0≦x≦L: Av’ (x)=−p (x) (1 . 20) また,軸力を N (x) とし,N (x)=Av (x) を用いると,式 (1 . 20) は式 (1 . 21) のように書 ける。 ロ N (L)=P, 0≦x≦L: N ’ (x)=−p (x) (1 . 21) 以上より,x=L での釣合い式と,0≦x≦L での釣合い微分方程式が得られる。 コ 一般に,変形する構造物について,内力仮想仕事と外力仮想仕事を考慮することにより, 以下のような仮想仕事の原理が成立する。 [ 変形する構造物の仮想仕事の原理 ] 変形する構造物に複数の外力(集中モーメント を含む)が作用して内力が発生しているとき,これらの外力と内力が釣り合うならば, 変形の適合条件(ひずみ変位関係)と変位の境界条件を満たす任意の仮想変位および仮 想回転角に対して,内力がなす仮想仕事と外力がなす仮想仕事は等しい。また,その逆 も成り立つ。 これまでの式展開では,材料の性質(構成式)を用いていない。したがって,仮想仕事の 原理は,材料の性質にかかわらず成立する原理である。しかし,線形弾性材料では,仮想仕 事の原理と材料の特性を用いて,荷重と変位の関係を求めることもできる。 仮想仕事式 (1 . 17) において,仮想変位と仮想ひずみは,境界条件と適合条件を満たせば 8 1 . 仮 想 仕 事 の 原 理 任意なので,先端での変位が 1 であるような仮想変位 du (x)=x / L,それに適合する仮想ひ ずみ df (x)=du’ (x)=1 / L を与えると,式 (1 . 17) は式 (1 . 22) のように書ける。 # L 0 L Av _ x i x dx − # p _ x i dx −P =0 L L 0 (1 . 22) ヤング係数を E とすると,変形の適合条件(ひずみ変位関係)と構成式より (1 . 23) v (x)=Eu’ (x) であり,境界条件 u (0)=0 を用いると,式 (1 . 22),(1 . 23) より L AE x u _ L i= # p _ x i dx +P L L 0 (1 . 24) を得る。 (1 . 24) より式 (1 . 25) のような先端の変位と力の関 例えば,p (x) が一定値 p0 のとき,式 係式(剛性方程式)を得る。 AE 1 u _ L i= p0 L + P L 2 ナ 社 (1 . 25) 剛性方程式については,3 章と 6 章で詳しく説明する。 1 . 3 はりの仮想仕事の原理 図 1 . 12 に示すような,分布荷重 w (x) と,両端の節点 1,2 に集中荷重 P1,P2 と集中モー ロ メント M1,M2 を受ける長さ L のはりの自由体を考える。断面は一様であり,曲げ剛性を EI とする。はりは十分に細長く,せん断変形は無視できるも w(x) M2 コ のとする。また,軸方向変形については,1 . 2 節の棒の変形と 同じなので,ここでは考慮しない。 M1 1 P1 2 P2 軸方向の座標を x とし,たわみを v (x)(下向きを正),たわ み角を i (x),曲げモーメントを M (x),曲率を l (x) とする。 図 1 . 13 のように,仮想のたわみ角 di (x) を与える。たわみ角 は時計回りが正なので,長さ Dx の微小要素での仮想のたわみ x L 図 1 . 12 節点集中荷重,節点 集中モーメントと分布荷重 を受けるはりの自由体 角の増分は,仮想の曲率 dl (x) を用いて−dl (x) Dx のように di(x+Dx) 表される。図では di (x) の増分は負,dl (x) は正である。ま た,図の変形は,実際の変形状態を表しているものではないこ di(x) dl(x)Dx とに注意する。 曲げモーメントの微小増分を無視すると,微小要素で曲げ モーメントがなす仮想仕事は M (x) dl (x) Dx である。したがっ て,仮想仕事式は式 (1 . 26) のように書ける。 x Dx 図 1 . 13 はりの微小要素 の仮想のたわみ角と仮 想の曲率 索 引 【い】 22 【う】 運動学的条件 144 【お】 オイラー座屈 オイラー座屈荷重 オイラーの座屈方程式 応力法 153 156 155 39 【か】 コ 【き】 機構条件 基本系 逆対称変形 行列式 極限解析 ──の基本定理 極限点 局部座屈 146 108 62, 97 157 143 146 163 154 45 49 【こ】 剛性法 43, 129 剛 体 3 剛 度 55 剛 比 55 降伏応力 142 降伏条件 146 降伏棚 141 降伏点 141 降伏モーメント 142 固定端モーメント 56, 80, 86 固定モーメント法 80 コンプリメンタリエネルギー 32, 33, 34 コンプリメンタリエネルギー最小 の原理 33 コンプリメンタリエネルギー停留 の原理 32 ロ 解除モーメント 80 外的不静定 107 解放モーメント 80 外力仮想仕事 5, 9, 144 外力仕事 23 外力補仮想仕事 14 外力ポテンシャル 23, 28 下界定理 146 角方程式 69 重ね合せの原理 41 荷重係数 146 荷重項 56 荷重制御 162 荷重増分法 144 カスチリアーノの第 1 定理 30 カスチリアーノの第 2 定理 36 仮想回転角 3 仮想仕事 2 ──の原理 2 仮想仕事式 2, 6, 8, 11, 150 仮想の荷重 14 仮想変位 2 ──の原理 2 完全弾塑性モデル 141 系剛性行列 系剛性方程式 ナ 社 位置エネルギー 【け】 【さ】 材端回転角 材端モーメント 座屈応力 座屈長さ 座屈モード 座標変換行列 53 53 156 158 156 131 【し】 仕 事 質 点 柔性行列 自由節点 縮 約 上界定理 1 1 51 62 134 146 【す】 垂直応力 図上計算 スナップスルー 141 82 163 【せ】 静定基本系 切断法 39, 41, 42, 107 109 節 点 52 節点方程式 63 全塑性モーメント 142, 143 せん断力分布係数 101 全ポテンシャルエネルギー 23, 26, 28, 50 全ポテンシャルエネルギー最小の 原理 23 全ポテンシャルエネルギー停留の 原理 23 【そ】 相反定理 層方程式 層モーメント 塑性ヒンジ 13, 49 71 71 142, 143 【た】 第 1 変分 対称行列 対称変形 縦ひずみ 単位仮想荷重 単位仮想荷重法 単位仮想変位法 単位仮想モーメント 単位不静定力 弾性方程式 断面 2 次半径 26, 37 51 61, 92 141 18 18 10 19 108 108 156 【ち】 中間荷重 中心圧縮柱の座屈 55 153 【つ】 釣合い微分方程式 7, 10, 27, 28, 47 【て】 停留条件 23 適合条件 3, 5, 8, 9, 11, 17, 32, 40 適合微分方程式 35 【と】 到達モーメント 飛移り座屈 81 154, 163 180 索 引 内的不静定 内力仮想仕事 内力補仮想仕事 107 5, 9, 144 14 【は】 バイリニア はりの横座屈 汎関数 反曲点 反曲点位置 反曲点高さ比 141 153 26, 37 158 102 103 【ひ】 ひずみエネルギー ひずみ硬化 表計算 標準剛度 比例載荷荷重 22, 25, 27 141 109 56 146 【ふ】 コ 108 20 159 81 81 81 【へ】 平面保持 ベティの相反定理 変位制御 変位の境界条件 変位の連続条件 変位法 変関数 変 分 変分法 142 13, 51 162 7 45 43 26, 37 37 37 【ま】 マックスウェルの相反定理 マトリクス法 崩壊荷重 崩壊荷重係数 崩壊機構 崩壊メカニズム 崩壊モード 補仮想仕事 補仮想仕事式 細長比 保存力 補ひずみエネルギー 13 43 【も】 モーメント分配法 門形合成骨組 門形骨組 80 126 159 【ゆ】 唯一性定理 有効剛比 146 61, 87 【よ】 要 素 要素方程式 52 56 【れ】 【ほ】 ロ 部材角 53, 60 部材剛性行列 44, 48 部材剛性方程式 44, 48 不静定合成骨組 123 不静定力 40, 41, 42, 108 不釣合いモーメント 80 不釣合い力 24 不適合量 部分積分 ブレース 分割モーメント 分配モーメント 分配率 144 146 144 144 144 14 14, 15, 16 156 22 31 ナ 社 【な】 連続ばり 48 【数字】 0 系 1 系 108 108 【英字】 D 値 100 ―― 著 者 略 歴 ―― 大崎 純 (おおさき まこと) 本間 俊雄 (ほんま としお) 1979 年 1981 年 1986 年 1986 年 ナ 社 1998 年 2007 年 2007 年 2009 年 日本大学生産工学部数理工学科卒業 日本大学大学院博士前期課程修了(建築 工学専攻) 日本大学大学院博士後期課程修了(海洋 建築工学専攻) 工学博士 フジタ工業株式会社(現 株式会社フジ タ)入社 鹿児島大学助教授 鹿児島大学准教授 鹿児島大学教授 鹿児島大学大学院教授 現在に至る 例題で学ぶ 建築構造力学 2 ─ 不静定構造力学編 ─ Mechanics of Building Structures ─ Learning from Exercise ─: Statically Indeterminate Structures ロ 1985 年 1993 年 1996 年 2007 年 2010 年 京都大学工学部建築学科卒業 京都大学大学院修士課程修了(建築学専 攻) 京都大学助手 博士(工学)(京都大学) 京都大学大学院助教授 京都大学大学院准教授 広島大学大学院教授 現在に至る Ⓒ Makoto Ohsaki, Toshio Honma 2013 2013 年 10 月 7 日 初版第 1 刷発行 コ 1983 年 1985 年 検印省略 著 者 発 行 者 印 刷 所 大 崎 純 本 間 俊 雄 株式会社 コロナ社 代 表 者 牛来真也 萩原印刷株式会社 112⊖0011 東京都文京区千石 4⊖46⊖10 発行所 株式会社 コ ロ ナ 社 CORONA PUBLISHING CO., LTD. Tokyo Japan 振替 00140⊖8⊖14844・電話(03)3941⊖3131(代) (大井) (製本:愛千製本所) ISBN 978⊖4⊖339⊖05237⊖4 Printed in Japan 本書のコピー,スキャン,デジタル化等の 無断複製・転載は著作権法上での例外を除 き禁じられております。購入者以外の第三 者による本書の電子データ化及び電子書籍 化は,いかなる場合も認めておりません。 落丁・乱丁本はお取替えいたします ★