...

論文の内容の要旨

by user

on
Category: Documents
16

views

Report

Comments

Transcript

論文の内容の要旨
氏
名
髙宮 健吾
博士の専攻分野の名称
博士(工学)
学位記号 番号
博理工甲第 945 号
学位授与年月日
平成 26 年 3 月 24 日
学位授与の条件
学位規則第 4 条第 1 項該当
学位論文 題目
GaAs 中の窒素原子対による単一等電子トラップからの非古典光発生に
関する研究
論文審査 委員
委員長 教
授 矢口 裕之
委 員 教 授 鎌田 憲彦
委 員 准 教 授 内田 秀和
委 員 准 教 授 田井野 徹
委 員 准 教 授 土方 泰斗
論文の内容の要旨
量子情報技術の分野において重要な役割を担う単一光子発生源への応用を目的として単一量子ドット、
GaP 中の単一等電子トラップやダイヤモンド中の単一 NV 中心などに対して様々な研究が行われている。
GaAs 中の窒素原子対による等電子トラップからの発光は、発光線幅が狭いことや、発光中心である窒素原
子対の配列(距離)に対応した発光エネルギー値が再現性良く得られるなどの特長から、単一光子源への応
用に大いに期待されている。しかし、GaAs 中の単一等電子トラップによる発光は強度が高くないことや、
二つのピークに分裂し、それぞれが直交する直線偏光であるなど、単一光子源に不向きな特性も報告されて
いる。
そこで本研究では単一光子源の実現に向けて GaAs 中の窒素原子対による単一等電子トラップからの非古
典光(単一光子や量子もつれ光子対)発生に向けた特性改善を目的として、窒素δドープ GaAs(001)、窒
素δドープ GaAs(110)や窒素δドープ GaAs/AlGaAs ヘテロ構造の作製および、単一等電子トラップの
発光特性評価を行った。それぞれの試料は有機金属気相エピタキシー法を用いて作製した。窒素δドーピン
グ層は、As 源の供給を行ったまま Ga 源の供給を止め、GaAs 成長中断を行っている間に N 源を5秒間供
給することで作製した。単一等電子トラップによる発光を測定するために空間分解能が高い顕微フォトルミ
ネッセンス測定、顕微フォトルミネッセンス励起分光測定、顕微フォトルミネッセンス時間分解測定等を行っ
た。
窒素δドープ GaAs(001)中の単一等電子トラップによる発光の励起強度依存性に対し、発光モデルを
考案し発光再結合確率 1/τ を求めた。GaAs 中の単一等電子トラップによる発光は等電子トラップの種類に
よって発光再結合確率が異なっており、高エネルギー側の発光ほど発光再結合確率が高い傾向にあることが
わかった。
窒素原子が混入することによって生じる発光ピーク分裂の原因となっている面内歪みの異方性を解消する
ために、窒素δドープ GaAs を上下から AlGaAs 層で挟んだヘテロ構造を作製し、単一等電子トラップから
の発光特性評価を行ったところ、発光ピークが単峰でランダム偏光の発光を観測した。また、AlGaAs 層を
− −
52
有していない窒素δドープ GaAs 中の単一等電子トラップによる発光と比べてキャリアの供給効率が約8倍
向上した。これらの特性は、AlGaAs 層を用いることで面内歪の異方性が解消し、さらにバンドギャップの
大きい AlGaAs 層が障壁層となりキャリアの閉じ込め効果によって供給効率を上げることができたために得
られたと考えられる。
窒素δドープ GaAs(110)から観測された二つの鋭いシングルピーク発光(X発光、XX発光)に対し
て励起強度依存性を測定したところ、励起強度の増加に対してX発光は線形に、XX発光は二乗の関係で発
光強度が増加した。また、二次元空間マッピングを測定したところX、XX発光ともに同じ場所からの局所
的な発光であることが確認された。これらの結果からX発光が励起子、XX発光が励起子分子による発光で
あることがわかった。本研究によって GaAs 中の単一等電子トラップから励起子分子発光の観測に初めて成
功した。さらに、励起子、励起子分子発光に対して偏光特性を調べた結果、量子暗号応用に適したランダム
偏光であることがわかった。
発光メカニズムの解明を目的として GaAs 中の単一等電子トラップからの励起子−励起子分子発光に対
してフォトルミネッセンス励起(PLE)分光測定を行った。励起子分子発光に対する PLE スペクトルに
は GaAs 自由励起子より 4 meV および 5 meV 程度高エネルギー側に二つの鋭い吸収ピークが現れた。一方、
励起子発光に対しては励起子分子発光で観測された2つの鋭い吸収ピークと同じ位置で PLE スペクトルに
くぼみが生じることがわかった。これは励起子分子発光が共鳴吸収を起こし、キャリアが励起子分子発光に
選択的に寄与するために励起子発光が下がったと考えられる。 これらの結果から単一等電子トラップによ
る発光の選択励起の可能性が示された。
非古典光源として重要な知見となる減衰時間を求めるために励起子−励起子分子発光の時間分解測定を
行った。Z2 とラベルされた等電子トラップの発光減衰時間は (X)
τ
= 11 ns、
(XX)
τ
= 5 ns であった。2τ
(XX)
∼
(X)
τ
の関係であったことからX発光が励起子、XX発光が励起子分子発光であることが時間分解測定に
=
よっても確かめられた。励起子分子発光は励起強度を上げることに伴って減衰時間の短い成分が現れた。こ
れは励起子分子発光が強くなることで誘導放出効果が現れ減衰時間が短くなったと考えられる。また等電子
トラップの種類によって減衰時間が異なることを確認した。
以上のように本研究によって、GaAs 中の単一等電子トラップによる詳細な発光特性や、単一光子源に向
けた発光特性改善の可能性を示すことができた。さらに GaAs 中の単一等電子トラップによる励起子分子発
光を初めて確認するなど量子情報技術の分野で用いる非古典光源応用に向けて重要な知見が得られた。
− −
53
論文の審査結果の要旨
量子情報技術の分野において重要な役割を担う単一光子源や量子もつれ光子対源などの非古典光源への応
用を目的として単一量子ドット、GaP 中の単一等電子トラップやダイヤモンド中の単一 NV 中心などに対
して様々な研究が行われている。本学位論文は、発光線幅が狭いことや、発光エネルギー値の再現性が良い
ことなど、応用上、優れた特性を持つ GaAs 中の窒素原子対による単一等電子トラップからの発光に着目し、
その発光特性についての知見や、発光特性改善などに関する研究結果を詳細にまとめたものである。
第1章は本学位論文の序論であり、量子情報技術の分野で提案されている量子暗号プロトコルについて、
単一光子源、量子もつれ光子対源を用いた例を挙げて紹介している。量子もつれ光子対を得る方法としてパ
ラメトリック下方変換および励起子−励起子分子カスケード遷移について述べている。単一光子源の評価方
法として強度相関関数測定について述べている。非古典光源への応用を目的として行われている他の研究、
特に単一量子ドット、GaP 中の単一等電子トラップ、ダイヤモンド中の単一 NV 中心に関する研究につい
て紹介している。さらに、これまでに行われた GaAs 中の単一等電子トラップによる研究の動向と課題を指
摘し、詳細な発光特性評価や発光特性改善が必須であることを述べている。最後に本論文の構成として各章
の概略について述べている。
第2章では本研究で用いた実験について説明している。フォトルミネッセンス測定の原理や特徴を説明し、
本研究で単一等電子トラップを測定するために用いた顕微フォトルミネッセンス測定について具体的な例を
挙げて説明している。最後に本研究で用いた試料の作製方法である有機金属気相エピタキシー法について説
明し、実際に作製した試料、δドーピングシーケンスについて述べている。
第3章では量子暗号通信に適した等電子トラップの種類選択に関する知見を得ることを目的とし、単一等
電子トラップによる発光の励起強度依存性に着目して研究を行った結果について述べている。窒素原子対の
種類による発光再結合確率の違いを明らかにし、窒素δドープ GaAs(001)中の単一等電子トラップによ
る発光の種類による相対的な発光再結合確率を求めることに成功している。
第4章では GaAs 中の単一等電子トラップによる発光強度の向上と発光特性の改善を目的として窒素δ
ドープ GaAs 層を上下から AlGaAs 層で挟むダブルヘテロ構造を用いた試料における発光特性評価を行った
結果について述べている。AlGaAs 層を用いていない試料における単一等電子トラップからの発光は二つの
ピークに分裂し、それぞれが直交する直線偏光であるなど、量子暗号通信への応用に適さない特性であるの
に対して、AlGaAs 層を用いた試料からはシングルピークであり、ランダム偏光特性を有する発光が得られ
た。以上のように、AlGaAs 層を用いることで、量子暗号技術で用いる単一光子源応用に適した発光特性が
得られることを示している。
第5章では GaAs(110)中の単一等電子トラップによる発光では、同じ種類の窒素原子対であっても偏
光特性が異なることを示し、様々な種類の窒素原子対に対して偏光特性を測定することで窒素原子対の配列
についての検討を行い、1.444 eV(Z2)の発光が最近接窒素ペアである可能性を示唆している。
第6章では GaAs 中の単一等電子トラップから得られた二つの鋭いシングルピーク発光に対して行った二
次元空間マッピング測定、励起強度依存性測定の結果から二つの発光が励起子−励起子分子発光であること
を示している。さらに、励起子−励起子分子発光に対して詳細な発光特性評価を行い、励起子分子束縛エネ
ルギーが 8 meV 程度と非常に大きな値であることや、励起子−励起子分子発光がともにランダム偏光であ
るなど量子情報技術の分野への応用に適した特性を明らかにしている。
第7章では GaAs 中の単一等電子トラップによる発光準位の解明を目的として、単一等電子トラップから
− −
54
の発光に対してフォトルミネッセンス励起分光測定を行った結果について述べている。励起子、励起子分子
発光それぞれのフォトルミネッセンス励起分光測定の結果から励起子−励起子分子発光による量子もつれ光
子対の高効率生成、選択励起などの可能性について示唆している。
第8章では非古典光源において重要な知見となる発光減衰時間についての知見を得るために単一等電子ト
ラップによる励起子、励起子分子発光に対して時間分解フォトルミネッセンス測定を行った結果について述
べている。励起子分子発光の減衰時間が励起子発光のおよそ 1/2 であることから励起子分子発光である傍
証が得られている。励起子分子発光に対する時間分解測定の結果では励起強度に依存して減衰時間の短い成
分が現れることが示されている。
第9章では、本研究で得られた成果について総括している。
以上のように、本学位論文では、GaAs 中の単一等電子トラップによる発光の特性に関する詳細な検討、
発光特性の改善に向けた提案、さらには励起子分子発光の観測に初めて成功した成果など、意義の高い内容
が提示されている。さらに本研究の成果は、審査制度のある国際学術誌に2編の筆頭論文として発表が行わ
れ、国際学会での発表が4件、国内学会での発表が4件行われるなど、十分な研究成果が得られている。従っ
て本論文は博士(工学)の学位論文として価値があるものと判断し、「合格」と判定した。
− −
55
Fly UP