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地方自治体による効果的な“住民投資家向けIR ”手法の提案

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地方自治体による効果的な“住民投資家向けIR ”手法の提案
地方自治体による効果的な“住民投資家向けIR”手法の提案
社会情報コンサルティング部
上席コンサルタント
1.“地域づくりは地域の蓄えで”を担う住民
北村
倫夫
不特定多数の投資家を対象とする「市場公募
地方債」の発行については、市場公募団体 28
投資家
1)“地域づくりは地域の蓄えで”という発想
団体(東京都等の 16 都道府県と 12 政令指定
地方分権化の流れのなかで、活力と個性あ
都市)が 100 億円以上の規模で発行する場合
る地域づくりを実現していくために、今後も
しか認められず、引き受けは銀行などの機関
大きな資金需要が地方において発生していく
投資家に限定されていた。これが、小規模な
と予想される。しかし、現状での金融及び財
いかなる自治体においても、住民の賛同が得
政投融資制度変化のもとでは、資金を地方に
られれば事業(プロジ ェクト)に必要な資金
十分供給できない可能性がでてきている。
を公募債の形で調達できるのようになったの
これからは、“地域づくりは地域の蓄えで”
である。
という発想により、地域の資金蓄積が地域に
ミニ公募債のメリットは、自治体の実施す
投資・循環されるための仕組みを充実してい
る事業へ「投資家」として参加することによ
くことが必要である。本来地域の人々の蓄え
り、地域住民の地域づくりへの参加意識や事
たお金の相当部 分が、その地域のまちづくり、
業への監視・チェック意識が高まること。自
産業の振興、生活サービスの向上に役立つと
治体にとっては、資金調達手段が多様化する
いうことは、地方分権による住民主体の地域
とともに、住民参加型の行政が可能になるこ
づくりの視点からも非常に意義の高いことで
となどである。
ある。
3)住民投資家が主役の時代の到来
2)住民参加型ミニ公募債のブーム
さらに長期的にみると、地方分権化の流れ
この“地域づくりは地域の蓄えで”考え方
のなかで地方財政制度は、自治体が自己責任
を実現するひとつの有効な手段があらわれた。
によって必要資金を市場から自主調達すると
「住民参加型ミニ市場公募債」(以下、ミニ公
いう方向へと変化していくと予想される。そ
募債と呼ぶ)である。 群馬県が今年 3 月に
の場合、地方債における市場公募債の重要性
「“日本一の県立病院づくり”のための県立病
は一層高まり、市場原理の導入によって地域
院整備」を対象に発行した「愛県債」を第一
住民を中心とする個人投資家層を増やしてい
号として、ミニ公募債の発行がブームになり
くことが重要になる。
つつある。総務省のまとめによると、2002
まさに“住民投資家が主役の時代”の到来
年度では 16 の自治体の発行が許可される見
である。地域においていかに住民投資家を育
通しである(2002 年 6 月現在)。
てていくかが、自治体経営を左右するひとつ
ミニ公募債とは、全地方自治体において発
の鍵になっていくと考えられる。
行可能な、特に対象事業が限定されない、地
域住民向けの地方債のことである。 これまで、
地域経営ニュースレター September 2002 vol.48
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当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
2.地方自治体に必要となる効果的な「住民
広く住民に対して公募債についての正確な知
投資家向け IR」
識と興味を持ってもらうための IR 活動が極
めて重要になる。
住民投資家が主役の時代においては、地方
自治体による効果的な「住民投資家向け IR
3.住民投資家向け IR の基本的な考え方
(Investor Relations)」の展開が必要不可欠
である。IR とは、投資家向け戦略的広報活動
効果的な住民投資家向けの IR をおこなう
のことである。
にあたっての、基本的な考え方を示すと次の
地方自治体の IR については、市場公募地
とおりとなる。
方債発行市場の改革(発行条件決定方式の
「統
一条件決定方式」から「2 テーブル方式」へ
1)IR 活動の理念・目標の明確化
これからの住民投資家向け IR においては、
の変更等)などを背景として、最近になって
活動が活発になりつつある。01 年 7 月以降、
「行政活動を適切に理解してもらうための双
北海道、札幌市、大阪府、東京都、北九州市
方向コミュニケーションによる信頼関係の構
が投資家向け説明会をすでに開催した。直近
築」を理念とすべきである。したがって、自
では、埼玉県による市場公募債の IR 活動の
治体の財務情報だけにとどまらず、いかなる
事例がある。シンジケート団への説明会を 02
行政運営を目指しているかを示し、それに対
年 7 月に開催し、県の財政状況や県債の安全
する住民投資家の声を聴き、それを行政運営
性などを説明した。秋には東京都内で機関投
にフィードバックしていくことが重要である。
資家や格付け機関を対象とした IR 説明会も
また、この理念のもとで、より具体的な IR
開催予定である。
の目標を設定することが重要である。目標と
しかし、これまでの地方自治体の IR 活動
しては、「行政運営・事業内容の理解促進」、
は、決して十分であるとはいえず様々な課題
「自治体経営方針の伝達」、「自治体イメージ
が指摘できる。そのなかでも特にここでは、
の向上」、「安定的な住民投資家づくり」、「効
今のところ IR 活動の訴求対象がシンジケー
率的な資金調達」などが想定される。
ト団、機関投資家、格付け機関等に限定され、
2)適切な IR 手法の選択
住民等の個人投資家を対象としたものはほと
地方自治体がおこなう住民投資家向け IR
んど無いことを指摘したい。
これからは、機関投資家等のプロの投資家
の手法は、大きく捉えると「IR イベント」と
とともに、ミニ公募債の購入者となる住民投
「IR ツール」の 2 つからなる。これは民間企
資家を対象とした IR 活動が求められよう。
業においても同様である。企業の IR イベン
自治体がより多くの事業を住民の支援(ミニ
トとしては、決算説明会、会社施設見学会、
公募債購入等)によっておこなおうとする場
会社説明会(国内、海外)などがある。また、
合、地域においてより多くの住民投資家が生
IR ツールとしては、事業報告書、アニュアル
まれ、より賢い投資家に育っていくことが必
リポート、ファクトブック、決算説明補足資
要である。また、ミニ公募債を低コストで発
料、会社説明用 AV ソフト、株主通信などが
行・消化していくためには発行規模のロット
ある。
化が重要であり、それには住民投資家の拡大
こうした企業の IR 手法を地方自治体に応
が必要である。このように住民投資家の質・
用して考えると、想定されるメニューは表 1
量両面における拡大を達成していくためには、
に示されるようなものとなる。これらの組合
地域経営ニュースレター September 2002 vol.48
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せによって、最適な IR 活動を実施していく
ことが求められる。
表1
地方自治体における投資家向け IR 手法のメニュー
分野
IRツール名
自治体年次報告書
(
アニュアルレポート)
自治体の運営理念、事業方針、事業概要、財務情
報、行政評価結果等を、わかりやすく示した報告書
事業報告書
(
プロジェクトレポート)
ミニ公募債等の対象となる個別事業(プロジェクト)の
概要、成果等を示した報告書
投資家通信
ミニ公募債等の対象事業の進捗状況や運営状況等
について定期的に知らせる媒体
ファクトブック
自治体年次報告書の内容を補完するデータ集
説明会資料
投資家向け説明会に配布する資料。決算/予算、財
政構造、地方交付税、債券発行計画等の内容。
IR広告
新聞、放送等のメディア媒体への公募債関連の自治
体情報の掲載
一般投資家向け説明会
機関投資家、銀行・証券等、格付け機関等を対象と
した説明会
住民投資家向け説明会
地域住民を中心とした個人投資家向けの説明会(
ミ
ニ公募債等)
予算/決算説明会
自治体の予算/決算が確定された後の、投資家向け
の予算説明会
事業施設見学会
ミニ公募債の対象となる事業施設の見学会
個別問合せ・取材への対応
住民投資家、機関投資家、その他投資関係者から
の問合せ等に対する対応
IRツール
IRイベント
概要
4.効果的な住民投資家向け IR 手法の提案
日本ではまだ見られないものの、海外先進
国(英・豪・米国等)では、地方自治体がア
以上のような住民投資家向け IR 手法のメ
ニュアルレポートを作成する例がみられる。
ニューの中から、重要なものいくつかについ
その具体例として、オーストラリアのシドニ
て具体的な提案を試みる。なお、これらはミ
ー市をとりあげる。
ニ公募債個人投資家を意識したものとなって
シドニー市のアニュアルレポートは、市の
いるが、一般の公募地方債投資家向け IR の
当該年度における施策、事業、財政等につい
手法としても有効である。
ての成果を住民に正確かつわかりやすく開示
することを目的として作成されている。構成
1)「自治体年次報告書(アニュアルレポー
は、「市紹介」、「概括」、「組織機構」、「活動
ト)」の作成
の総括」、「法定の報告事項」、「財務諸表」等
であり、重点は「活動の総括」と「財務諸表」
住民投資家を含めた投資家全体に向けて、
におかれている。
情報を提供する最も基本的な IR ツールが「自
前者は、財政運営、都市開発、公共サービ
治体年次報告書(アニュアルレポート)」であ
ス、都市基盤等の分野における政策目標に対
る。アニュアルレポートは、民間企業の IR
する「業績評価」の結果が示されている。後
手段としても重視されており、国内外の投資
者では、発生主義、減価償却費計上、時価評
家に対して提供される例が増えている。
価などの企業会計的手法に準拠した、損益計
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算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書
特に、事業採算性については現在価値ベース
等が掲載されており、年間の市会計の成果が
でのキャッシュフローの算出結果、成果・効
詳細に把握できるようになっている。なお、
果についてはアウトプット指標やアウトカム
レポートは各戸に配布され、インターネット
指標等による「事業評価(事前・事中評価)」
にも公開されている。
の結果が示されることが必要である。
こうした先進事例を参考とし、かつ住民投
資家への適切な情報提供を重視すると、日本
3)「住民投資家通信」の発行
の自治体アニュアルレポートに記載すべき事
先に述べた「事業報告書(プロジェクトレ
項は、財務情報(自治体全体、事業別)、自治
ポート)」を補完し、投資家にとってより身近
体経営理念、事業戦略、環境への取組み、事
なツールとして重要な役割を担っていくのが
業概要の健全性、行政評価(事務事業評価)
「住民投資家通信」である。民間企業では、
などである。これらは、住民投資家が市場公
「株主通信」が個人株主を対象とする代表的
募地方債の購入を判断する際の最も基本的な
な IR ツールの一つとなっている。株主通信
情報になる。
には、単なる事業状況の報告のほかに、株主
に訴求したい話題が幅ひろく掲載される。し
2)「事業報告書(プロジェクトレポート)」
かも、読者が個人であることを意識し、わか
の作成
りやすい表現・図表・データによる説明がな
住民投資家向けの IR ツールとして、重要
されている。
な役割を担うのが「事業報告書(プロジェク
この株主通信を応用した、「住民投資家通
トレポート)」である。自治体アニュアルレポ
信」をミニ公募債の購入者を対象として、定
ートがより包括的な投資家に対する情報提供
期的に発行することが望ましい。掲載すべき
の媒体であるのに対して、「事業報告書」は、
内容は、ミニ公募債の対象となった当該事業
公募債発行の対象となる事業(プロジェクト)
の進捗状況、運営状況、事業の成果・効果、
に限定した情報を提供するものである。
利用者による評価等についてのわかりやすく、
特に、ミニ公募債の場合、資金の使途目的
見やすい情報である。
を明示して発行するため、住民投資家に当該
群馬県では、ミニ公募債の対象となった
事業へ高い関心を持ってもらうことが不可欠
「“日本一の県立病院づくり”を目指す病院事
となる。そのためには、住民投資家の投資判
業」の進捗状況や実績について購入者に伝達
断に必要な、対象事業についての正確かつ詳
される予定となっている。このようなニーズ
細な情報の提供が重要である。実際に群馬県
に最も適した媒体が「住民投資家通信」とな
の場合、ミニ公募債を発行する際に、「“日本
る。なお、発信メディアは、冊子・インター
一の県立病院づくり”を目指す病院事業」の
ネットの両方によって対応することが望まし
概要や病院事業会計の決算概要をまとめた資
い。
料が作成された。自治体の事業報告書は、こ
のようなニーズに応える IR ツールとして位
4)「市民バイサイド・アナリスト」の育成
最後に、必ずしも地方自治体の狭義の IR
置づけられる。
「事業報告書」の内容としては、事業(プ
活動ということではないが、地域において“賢
ロジェクト)の目的、達成目標、社会的意義、
い住民投資家”を育成していくための一つの
概要、事業採算性、成果・効果などがわかり
方策として、「市民バイサイド・アナリスト」
やすい形で表現されていることが求められる。
の仕組みを提案したい。
地域経営ニュースレター September 2002 vol.48
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「 バ イ サ イ ド ・ ア ナ リ ス ト ( buyside
analyst)」とは、生損保会社、信託銀行、投
信会社、投資顧問会社等の証券投資を業務と
する法人(機関投資家)に所属しているアナ
リストのことである。 その仕事は、自らの調
査をもとにして得た投資すべき銘柄等の投資
情報を、自社内のファンドマネージャーに提
供することである。このような民間ベースで
の仕組みを自治体と住民の関係に置きかえて
みたのが、「市民バイサイド・アナリスト」の
考え方である。
ここで提案する「市民バイサイド・アナリ
スト」とは、市民個人や市民投資グループ側
に立って、自治体のミニ公募債等の対象事業
に対しての分析情報を提供するとともに、投
資に関するアドバイスを行うことを主な仕事
とする専門家のことである。ただし、民間の
バイサイド・アナリストのように投資のリス
ク分析・評価をおこなうのではなく、対象と
なる事業の公共性や健全性、進捗状況、運営
状況、事業の成果などをわかりやすく分析し、
住民投資家に対して情報を提供することを主
な業務とする。特に、ミニ公募債の場合、「地
域住民が当該事業へ投資することにより事業
への参加意識が高まる」という効果をより発
揮させるため、事業に関する様々な情報を行
政側とは異なる視点から、客観的かつ継続的
に住民投資家に伝えることが重要である。
こうした「市民バイサイド・アナリスト」
を地域のなかで育てたり、有償ボランティア
的サービスとして提供できる仕組みを、NPO
等との協働により実現していくことが望まし
い方向である。
筆 者
北村 倫夫(きたむら みちお)
社会情報コンサルティング部
都市システムコンサルティング室長
専門は、国土/都市地域に関わる政策・計画・経営
Email:
地域経営ニュースレター September 2002 vol.48
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