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生態系に関する環境影響評価
生態系に関する環境影響評価 京都大学大学院 地球環境学堂 教授 森本 幸裕 1. はじめに 筆者に課せられたテーマは「生態系に関する環 境影響評価」であるが、たいへん難しい課題であ る。生態系の環境影響評価が難しい理由は、①生 態系自身がたいへん複雑でありかつ、未知の部分 がたいへん多いこと、特にそのダイナミックな挙 動については複雑系といわれるように、通常の予 測や評価になじまない点もあることとともに、② 保全措置を検討する際に、どの程度の影響なら許 容されるかとか、守るべき自然環境の水準をどのよ 森本 幸裕 教授 うに設定するか、ひいては、③生態系へのインパク トがどれだけ人類の福利に影響が及ぶかというこ とを明瞭に示すことが困難な点にある。 ここでは、これまで関わってきたいくつかの環境アセスメント事例や、環境アセス手 法に関連する研究成果、さらにアメリカの事例や考え方も含めて、幅広く検討し、今後 のよりよい方向を見出していくための材料を提供したい。 2. 生態系の定量評価の必要性 従来型の、日本のアセスメントについては、はじめから事業実施が決まっており、こ れは「アセスメント」ではなく「アワスメント」ではないかという批判が根強くあった。 この原因の一つは、評価が定性評価になっていることにある。すなわち、影響があるか ないかという結論において、「影響がない」あるいは「影響が無視できる」という結論 がほとんどで、これは定性評価であり定量評価とはいえない。 「アワスメント」ができなかった事例、すなわち定性評価で影響があるとされた事例 は、これまでにいくつかあった。 有名になった事例として、新石垣空港(アオサンゴ群落:1989年)、藤前干潟(干潟: 1999年)、三番瀬(干潟:1999年)、愛知万博( 里山:1999年)等がある。最初の三つ の事例は浅い海に関連した事例であり、浅海域と干潟、すなわち海への問題である。も う一つの事例が里山の問題である。これまで浅い海とか干潟というのは、自然がなくな ってきたというのはよく知られた事実であるが、里山的なものを今後どう扱っていくの かということが、生態系の定量評価にとって非常に大きな課題であろうといえる。 3.定量的評価の手法 1 (1)HEP(Habitat Evaluation Procedure) Habitat(ハビタット)というのは野生生物の棲み場所、生息地のことである。 ハビタットを評価するProcedure(プロシージャー)、すなわち、「手順」が付いてい ることが大変重要な点である。HEPは決められた手順であり、学問的に唯一無二の真理を 示しているものではなく、手続きとして担当者、行政など、ステークホルダーが合意す れば良いというものである。つまり、開発と保全の合意形成のツールのProcedureとして の意味が強く、このために誰にでも理解できる言語としてのHabitat Evaluationを実施 することに特徴がある。重要なポイントとしては、野生生物を対象にした手法であり、 無機的な条件は対象にしていない。 HEPは、土地をカバータイプ(植生、水系、地形などから総合的に判断して均質化した ものをもとに区分)ごとに評価しようというものである。すなわち、HU(Habitat、ハビ タット・ユニット)で評価する。50haの土地があったとして、最適なハビタットに対し て餌が半分しかない場合は25haの最適なハビタットと同じ価値を持つと考えることによ って代替案を評価することが可能になる。SI(Suitability Index)は、対象地について 環境要因の適性度から評価した指数である。この餌、水、植生などに適性曲線を求め、 統合してHSI(Habitat Suitability Index)を求める。 HEPについては、指標種をどう選択するかという問題とポテンシャル評価が実際に個 体群動態にとってどの程度意味あるか、という二つの課題がある。 (2)PHABSIM(Physical Habitat Simulation) これまでに行われている定量的な評価手法のうち、二つの手法を紹介する。 一つはPHABSIMという手法である。Physical HabitatのSimulationということで、物理 的な環境条件で生息環境を評価する手法である。この手法の考え方もポテンシャル評価 である。特徴は、物理環境だけで評価するという点である。例えば、ある河川の流れに ついて魚にとっての質を評価しようというものである。従来、魚の個体群に対して用い られることが多い手法である。 一般的にいえば、河川のフィジカル・ハビタットを調べて、それに対して実際どのよ うな魚がどこで何匹いるかというデータをつくる。それを対照地点、操作しないコント ロール地点、実際作業をミティゲーションする地点の3種の地点で計測すれば、保全措置 の評価が可能である。 筆者は、水力発電による減水区間で魚類生息環境の劣化がおこるのを、瀬淵構造に手 を加えれば、影響を緩和できるかどうかをこの手法で検討したことがある。このような 事例では、どれだけデータに再現性があるのかをはじめ、いろいろ問題があるが、傾向 はそれなりに出てくる。 (3)HGM(Hydrogeomorphic approach) 湿地の生態系の状態の定量評価の方法で、米国陸軍工兵隊(US Army Corps of Engineers、 湿地の開発行為の許認可権限を有する機関)が開発したHydrogeomorphic approach(ハ イドロ・ジオモルフィック・アプローチ)という手法である。これは、生き物について 直接評価することは大変であり、むしろ無機的な条件、ジオモルフィックな立場から機 能、ファンクションで評価しようという特徴がある。米国の場合、湿地のNo Net Loss の原則がある。湿地保全が水質保全法で守られており、この法律がこの手法を実施する 2 根拠になっている。ほかの湿地のアセスの方法と比べて最も異なるのは、全体としての 体系を持っている点である。 HEP、PHABSIMはその場限りで成立するものである。その場限りとは、その対象地内だ けで完結するものであるが、HGMの根本的なところは、湿地の成立する地質的な流れも含 めて全部に分類体系ができていることである。対象湿地が全米における湿地の分類体系 から見ると、一体どこに当たるかをまず調べるというのが大事な点であり、これはほか の方法とまったく異なるところである。二番目の特徴はリファレンスを使う点である。 要するに、湿地分類体系を持っているということと、リファレンス・サイトに対して どれぐらいのものかというのを考えるということが二つの大きな特徴である。 4.定量的解析の試案 これまで紹介した手法は、主にPhysical Habitatが基準になっており、ポテンシャル を基準としている。しかも、指標種というのがHEPの場合には重要である。我々が重要と 考えるのはやはり生物種群であるが、非常に厳密なアセスを大規模な面積で実施するこ とは大変な労力を要する。例えば、道路の線形を絞り込む際、詳しい生物分布調査を全 域にわたって実施し、複数の代替案の検討を実施することは不可能である。このような 場合に複数の代替案を簡単に評価できないものだろうか、というところからこのような 手法を提案している。一つの特徴は評価手順が割合簡単だという点である。この評価手 順は、現在の土地評価図、これに対してハビタット・マトリックスを考える。これは、 景観生態学でいうパッチ・コリドー・マトリックスのマトリックスではなく、種群がハ ビタットをどう評価するかという組合せ評価図である。これによって、各生物群のハビ タット価値図を作成する。ハビタット依存度指数という重みを乗じたもので全体の価値 図を作成し、その後インパクトがどのようなものかというのをこの図で検討しようとい う図面である。 わが国では評価種を抽出する際、生態系の影響評価は典型性、上位性、稀少性(特殊 性)、に基づく評価が行われているが、これを補うものではないかと考える。しかも予 備的な段階で、土地利用図があれば簡単に作成できるため、詳細な調査を行う前のスク リーニングに役に立つのではないかと考えている。 5.ミティゲーションバンクとコンサベーションバンク 以上の生態系評価に基づいて、環境保全措置を市場経済のなかで行うスキームは、ま だ日本で認知されていない。アメリカの事例として、ミティゲーション・バンキングと コンサベーション・バンキングがある。 ミティゲーション・バンキングとは、開発によるロスに備え、開発者だけでなく、自 治体、民間などが野生生物生息環境を復元したり創造したりする事業を債権化し、その 債権を売買することができるようにしたシステムのことである。開発者はこの債権を買 うことで保全措置をしたとみなされる。開発の需要が多ければ価格は上昇するし、自然 回復の成果がはかばかしくなければ価格は下落するという、市場原理が働くことになる。 ミティゲーション・バンキングは、対象が「湿地」、運用期間が「ある時点で終了」し、 クレジットの計算方法が、「機能を評価する手法(HEP,WET等)」であるのに対して、コ 3 ンサベーション・バンキングは、対象が「絶滅危惧種」、運用期間が「永久的に保護」し、 クレジットの計算方法が、「1acre = 1credit」である。 6.まとめ 生態系の定量化の方法というのは、なにも1種類だけではなくて、いろんな方法が考 えられて良いと思う。その場その場で課題になるTarget Species(対象種群)は異なり、 生態系を保全しなければならない理由というものが、時と場合によって変わってくる。 それに応じて適切な定量評価の方法を考えていくことが大事なことである。 生態系の定量評価を踏まえ、ミティゲーション・バンキング等の環境保全の枠組みの なかで、環境保全を図っていくことを検討する必要がある。 「質疑応答」 1.水田に依存する種をコンサベーション・バンキングで活用することは考えられるか。 (回答) 絶滅危惧種をターゲットにすることが考えられる。ブランド米があるが、生き物保全 にインセンティブを与える有効な手法である。トキの保護は、水田の維持によるが、た だトキが来たからといって価値があがるわけではなく、象徴である。生き物バンキング があれば、保全へのインセンティブがつくと思われる。生態系のアセスは、少しでも競 合的環境にさせないといけない。倫理観だけで保全するのは、片肺飛行しているような ものである。 以上 4