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社会主義理論学会
社会主義
理論学会
会報 第52号(2003.4.22)
事務局 :〒355-0332
埼玉県比企郡小川町増尾 209
山口方
℡・Fax 0493-72-7301 [email protected]
郵便口座番号 00310=2= 17699
ホームページ
http://member.nifty.ne.jp/jsts/
お知らせ
第 14 回
研究集会
社会主義論の問題状況
村岡
社会主義と「法治主義」
到
(『カオスとロゴス』編集長)
参考文献
村岡到『生存権・平等・エコロジー』(白順社、03 年)
村岡到「〈社会〉の規定と党主政」
(
『カオスとロゴス』第 23 号)
アソシエーション・アプローチ間の
(久留米大)
相互関係
松尾
匡
参考文献:松尾匡 『近代の復権──マルクスの近代観から見た現代資本主義と
アソシエーション』(晃洋書房,特に第5章)
司会:石井伸男、田上孝一
(本会代表、高崎経済大)、
(立正大)
日時:03 年 5 月 18 日(日)午後 1 時―5 時
会場:豊島勤労福祉会館(池袋駅西口・次頁地図参照)
1
豊島勤労福祉会館(豊島区西池袋 2-37)
もよりの駅:JR 西武、東武、営団地下鉄:池袋駅西口徒歩 5 分
お知らせ
社会主義理論学会第 14 回総会
議題:1.2002 年度活動報告
3.2003 年度活動方針
2. 2002 年度会計報告
4.その他
日時:2003 年 5 月 18 日 午前 11 時―12 時
会場:豊島勤労福祉会館
2
社会主義理論学会
第 38 回研究会(2 月 15 日)報告
グローバル時代の国民国家論・ナショナリズム論
斉藤日出治(大阪産業大学)
はじめに
1970 年代以降の国境を越えた資本・貨
ムが興隆することになる。
幣・商品・労働力の国際移動は、市場取引を
第二に、グローバリゼーションは、近代の
舞台とするグローバリゼーションを急進展
資本主義社会を築き上げてきた国民国家と
させた。だがそれと同時に、グローバリゼー
いう主権の枠組みを大きく揺るがす。
国民国
ションとは一見逆行するかのようなナショ
家主権はもはや国境を越える経済取引、
労働
ナリズムの新しい胎動も始まる。
このグロー
力移動、
異文化交流などを制御する能力を失
バリズムとナショナリズムとの対抗・補完関
う。
この主権の動揺が国民的アイデンティテ
係について、
本論ではつぎのような問題設定
ィの不安を醸成し、
そのアイデンティティを
の下で議論を展開したい。
再確証するナショナリズムを呼び起こす。
第一に、
グローバリゼーションは国民国家
第三に、
したがってグローバル時代の進展
の枠組みを解体して、
世界に単一商品を普及
とともに、
国民国家という社会的枠組みとナ
させることによって、
世界の均質化を推し進
ショナリズムの集団的意識はしだいに衰退
める。だが同時に、この均質化によって、世
していくのではなく、
時代に応じた変容を遂
界の各地の多様性と差異が浮上して、
それが
げることになる。
たがいの敵対関係や対抗関係を醸成する。
こ
以上の三点の問題視野に立って、
グローバ
の関係は排他性、自己閉塞、異質な他者の排
ル時代における国民国家とナショナリズム
除を増長する。そのために、グローバリゼー
の変容を探るのが本論の課題である。
ションの進行とともに、ネオ・ナショナリズ
一
1
ポスト・フォーディズムとグローバリズム
レギュラシオン理論の方法論的反省
を考察するためには、
資本蓄積体制の転換と
グローバル時代における国民国家の変容
そこでの国民国家の役割の転換を見る必要
3
がある。
第二次大戦後の先進諸国の高度経済
らかにするようになる。
しかもこれらの制度
成長をけん引したフォーディズムの発展モ
の間には階層性が存在しており、支配的・主
デルは、1970年代以降ゆきづまるが、こ
導的な位置にある制度が他の諸制度に作用
のフォーディズムの危機の進展とグローバ
を及ぼし、
諸制度が階層的に編成されること
リゼーションの進展は密接に連動している。
によって経済全体の制御調整が可能になる。
だがフォーディズムの蓄積体制とその危
フォーディズムの蓄積体制において規定
機を分析してきたレギュラシオン理論は、
フ
的な位置にあるのは、賃労働関係である。図
ォーディズムの危機とグローバリゼーショ
2で示されるように、
労使間の団体交渉を媒
ンの進展とのかかわりを十分に理論化しえ
介にして生産性にスライドする賃金上昇が
なかった。その原因は、ポスト・フォーディ
確保され、
賃金生活者の消費購買力が増大し、
ズムを分析する際のこの理論の方法論的な
それが消費需要と投資需要を刺激する形で
枠組みにある。そして近年になって、その方
マクロ経済的な好循環が実現された。
法論的な反省が提起されるようになる。
だがこの階層序列は不動不変の分析機軸
山田鋭夫[2003]はレギュラシオン理論の
ではなく、可変的なものであり、時代や国に
方法論的反省についてつぎのように手際よ
よって異なっている。したがって支配的・主
く整理している。レギュラシオン理論は、蓄
導的な位置につく制度も、
賃労働関係に固定
積体制を支える制度諸形態を不変の基準と
されているわけではない。
みなしていた。この理論は、五つの主要な制
ところが、
かつてのレギュラシオン理論は
度諸形態として、賃労働関係、貨幣制度、企
マルクス理論の伝統にしたがって賃労働関
業間関係、
国家制度、
国際体制をとりあげた。
係を一貫して支配的な位置に据える分析を
フォーディズムの発展モデルの場合は、
賃労
進めてきた。そのために、ポスト・フォーデ
働関係として生産性の成果の分配をめぐる
ィズムの分析に際しても、
フォーディズム的
労使間妥協が制度化され、
寡占競争の企業間
な労使間妥協の破棄がその方向を決める決
関係が編成され、
ケインズ=ベヴァレッジ型
定的な基準となった。たとえばアラン・リピ
の介入国家が整備され、
管理通貨制度および
エッツの構図がその典型例である(図1)。
消費者金融・企業金融の通貨・金融制度がう
リピエッツは図の縦軸にフォーディズムの
ちたてられ、そしてIMF・GATTの国際
労使間合意を破棄して、
経営者と労働者の組
体制が配備される。
これらの制度的な整備が
織的な交渉に代わり労使間契約の個人化が
マクロ経済的な成長を保証した。
進むベクトルをとる。
アングロサクソン諸国
だが近年のレギュラシオン理論の方法論
が歩んだ新自由主義の路線がそれである。
こ
的反省は、
これらの制度諸形態がたがいに無
れに対して横軸には、
資本による労働の統制
関係で独立して機能するのではなく、
相互に
(構想と実行との分離)というテイラー・フ
補完しあい、構造的な両立性をもつことを明
ォード主義的原理をつき崩して、
労働者が生
4
産に能動的に参画するベクトルが据えられ
成長を
《資産形成型成長レジーム》
と呼んで、
る。ドイツの労使の共同決定、スウェーデン
フォーディズムと対比している。
金融革新に
の社会民主主義の路線がそれである。
よる企業の自己資金調達方式が多様化する。
リピエッツが提示したこの二つのベクト
また家計における金融資産運用が高まる。
そ
ルは、賃労働関係のポスト・フォーディズム
の結果、
金融が資本蓄積を推進する駆動力と
的な変容を考察する上で重要な方法機軸で
しての地位をしだいに強めていく。
株価の上
ある。とりわけアングロサクソン型のネオ・
昇にともなって配当と利潤が増大し、
それが
フォーディズムのフレキシビリティ戦略が
消費需要と投資需要を刺激して、
利潤をさら
フォーディズムの危機の唯一の脱出策とし
に引き上げ、
それがさらに株価をさらに押し
て喧伝される状況下で、
それに対抗する横軸
上げる。
これが資産形成型成長レジームの好
のベクトルを提示した意義は大きい。
循環の構図である。
フォーディズムの好循環
だがこの分析機軸は賃労働関係をポス
を媒介する制度は、
生産性の上昇を労働者の
ト・フォーディズムの変容の支配的な磁場と
賃金上昇へと転化する《労使間の団体交渉》
しているために、
フォーディズムの危機とと
であり、
また労働者の消費購買力を引き上げ
もにグローバリゼーションが急進展しそこ
る《消費者信用制度》であった。フォーディ
に新しい蓄積体制が生まれる事態を分析す
ズムのこの二つの媒介制度に該当するのが、
ることができない。そのために、レギュラシ
資産形成型成長レジームでは、
《企業統治
(コ
オン理論のポスト・フォーディズム論は、フ
ーポレート・ガヴァナンス)
》であり、
《グロ
ォーディズムを基準にしてそこからの乖離
ーバリゼーション》である。前者の企業統治
あるいは変容としてフォーディズム以後を
では、
もはや労働者と経営者の賃金妥協では
論ずるにとどまり、
新しい蓄積体制を積極的
なく、
機関株主と経営者との間の利益分配の
に定義することが困難となってしまった。
妥協が主要な争点となる。
グローバリゼーシ
これに対して、
新しい方法論的反省にもと
ョンはグローバルな証券投資を通して、
金利
づくポスト・フォーディズムの分析では、賃
と株価が国際的に連動する。
その影響を受け
労働関係ではなく、
国際体制が制度諸形態の
て、名目賃金や製品価格も、もはや一国の国
編成におけるもっとも規定的な位置に据え
民経済的レベルで決定されるのではなく、
国
られる。フォーディズムの蓄積体制では、企
際市場の競争を通して決定されるようにな
業の労働生産性が上昇し、
その成果を分配す
る。各国の企業は、国際市場の競争につき動
る回路を整備することがマクロ経済的な好
かされて、
需要に即応する生産体制を整える
循環の駆動力となったが、ポスト・フォーデ
必要にかりたてられ、
生産のフレキシビリテ
ィズムでは、
国際金融市場の株価と金利が経
ィや雇用形態の多様化(不安定就労の増大)
済成長の駆動力となる。ミシェル・アグリエ
が推し進められる。したがって、テイラー・
ッタはこのようなポスト・フォーディズムの
フォード主義の硬直的な労使関係からフレ
5
キシブルな労使関係へ、
という賃労働関係の
2
ポスト・フォーディズム的変容は、金融主導
国民経済の蓄積体制からグローバリ
ゼーションの蓄積体制へ
の国際体制がもたらす帰結であって、
賃労働
このような方法論的転換を遂げることに
関係の変容がそれ自体が蓄積体制を転換す
よって、フォーディズムとポスト・フォーデ
る駆動力となるわけではない。
金融資産形成
ィズムの二つの蓄積体制の本質的な相違が
型成長のマクロ経済的回路のなかで、
国際競
浮き彫りになる。安孫子誠男[2002]は、アグ
争の圧力を受けて、
それに対処する形で各国
リエッタの資産形成型成長レジームとフォ
の企業が生産形態や雇用形態をフレキシブ
ーディズムの発展モデルをこの視点から対
ルに変容させていくのである。
比している。フォーディズムの蓄積体制は、
この新しい成長レジームの下では、
家計に
国民国家の主権に立脚したナショナルな枠
おける金融資産の比重も高まる。
フォーディ
組みによって編成された。
この蓄積体制では、
ズムの蓄積体制では、労働者の所得が、企業
労使間の団体交渉によって名目賃金を基準
によって支払われる賃金所得と福祉国家に
にして一国レベルで価格体系が確立された。
よって支給される社会生活給付(二次的所
アグリエッタはこれを《国民的賃金本位制》
得)から成り立っていた。賃金決定の団体交
と呼ぶ。いうまでもなく、フォーディズムの
渉方式が慣例として定着し、しかも年金・医
時代においても国際間の資本移動は活発に
療扶助・雇用保険などの二次的所得が国民の
行われたが、
そこには確固たる国民経済の枠
所得を保証することによって、
賃金生活者も、
組みが存在しており、
資本移動は各国の経常
労働能力をもたないひとびとも、
安定した消
収支の制約を受けていた。
費購買力を確保したのである。
だが金融資産
だがポスト・フォーディズムの蓄積体制は、
型成長では、
賃金に加えて家計所得の重要な
金融革新による金融の規制緩和の波が全世
構成要因をなすのは、
所得の資産運用である。
界に波及し、
グローバルな金融取引が展開さ
たとえば、
年金基金の資産運用による収益が
れ、企業間の国際競争が激化する。そのため
労働者の重要な所得源泉となる。
1990年
に、
製品価格と名目賃金は一国レベルではな
代後半の米国では可処分所得に占めるキャ
く国際的に決定されるようになる。
労働力の
ピタルゲインの比率が35%にのぼり、
賃金
国際移動が激化し、
移民労働者が先進諸国に
所得と金融所得の比率が2:1の割合に達し
大量流入する。
また企業の海外移転によって
ている。
機関投資家は労働者のこの年金基金
産業の空洞化が進み、雇用が削減され、賃金
をヘッジファンドにより投資基金として活
が抑制される。
そのためにフォーディズムの
用して巨額の利益を得る。
国際的証券投資が
《国民的賃金本位制》は崩壊する。それに代
増大して、
金融収益と株価がマクロ経済的成
わってマクロ経済的好循環の駆動力をなす
長の駆動力となる。
のは、《国際通貨本位》である。
レギュラシオン理論の「調整様式」は、蓄
6
積体制に向けて経済当事主体の思考と行動
な市場競争に耐えうる国民経済の再編・強化
を導く様式のことを指すが、
フォーディズム
を使命とするようになる。
フォーディズム時
においてはこの様式が基本的にナショナル
代の国民国家は、ケインズ主義的な財政・金
な枠組みにもとづいていたのに対して、
グロ
融政策と福祉政策を軸として、
国民経済の産
ーバリゼーションの時代にはそれがナショ
業編成を調整し、
社会成員を国民として統合
ナルな枠組みを越えたグローバルな空間に
する統合国家であった。これに対して、グロ
おいて築き上げられる。通貨・預金に対する
ーバル時代の国民国家は、
比較優位に立つ産
株式・証券の比率が増大する金融の証券化が
業の技術革新を推進し、
労働者の技能形成を
進み、年金基金・投資信託・生命保険を運用
促進し、
ベンチャー企業をはじめ投資活動を
する機関投資家が支配力をもち、
グローバル
誘致する政策が必要となる。ボブ・ジェソッ
な短期金融市場が発展する。
多国籍企業の直
プが指摘するように、
フォーディズムのケイ
接投資が急増して、
企業間の国際競争が激化
ンズ・ベヴァレッジ型国家が主として需要サ
する。国境を越えた企業同士の技術提携、資
イドに介入して、
公共投資や福祉政策を介し
本提携、共同経営が進展する。国境にまたが
て有効需要の創出に寄与するのに対して、
グ
る産業部門内回路が形成される。
労働力の国
ローバル時代の国家は供給サイドに介入し
際移動が高まり、
移民労働者が先進都市に流
て、企業の生産性上昇を助長する。ジェソッ
入して、賃金決定に大きな影響を及ぼす。賃
プはそのような国家を
《シュンペータ型労働
金・雇用のフレキシビル化が進む。多国籍企
国家》と呼ぶ。またヨハヒム・ヒルシュはフ
業、
金融資本の拠点としてグローバル都市が
ォーディズムの国家が統合国家であるのに
出現する。
複数の国民経済を包括する地域経
対して、
グローバル時代の国家はグローバル
済圏が形成され、国際地域統合が進展する。
な市場競争に参画する競争国家であると指
このようにして、
金融資産型成長レジームは
摘する。したがって、国家はグローバリゼー
ナショナルな枠組みを越えたグローバルな
ションの進展とともに衰退するのではなく、
編成を生み出す。だが言うまでもなく、この
むしろ介入国家としての性格を強めて、
権威
グローバルな編成は世界経済の均質化・一元
主義国家化していく。だがこの介入国家は、
化をもたらすのではなく、
きわめて不均質で、
社会成員を国民として統合しフォーディズ
不平等で、
複合的な編成がそこに生じてくる
ムのマクロ経済システムへと国民を動員す
ことになる。
るのではなく、
社会成員をグローバルな市場
3
グローバル時代の新しい介入国家
競争に向けて総動員する役割を果たすので
グローバル時代の国民国家は、
世界経済の
ある。
不均質で複合的な編成に参画し、
グローバル
7
二
グローバル時代のネオ・ナショナリズム
―統合のナショナリズムから排除のナショナリズムへ
このような国民国家の変容は、
新しいナシ
失って、
分裂と排除の様相を帯びるようにな
ョナリズムの高揚と密接に連動している。
フ
る。G・ドゥランティ[2000]は、グローバル
ォーディズムの時代には、
民主主義とナショ
時代になると、
ナショナリズムがもはや国家
ナリズムが一体化して、
資本蓄積を担う主体
と等置されるのではなく、
国家と切り離され
の育成に重要な役割を果たした。
民主主義は
た社会的不満のナショナリズムになると指
ひとびとを大量消費を担う主体=消費者と
摘している。
して育成し、また大量生産を担うテイラー・
ナショナリズムが統合ではなく排除の性
フォード主義の労働者として訓育した。
この
格を帯びる一事例を、
近年のフランスの極右
時代の民主主義は、
消費者民主主義と勤労民
政党の台頭のうちに見ることができる。
20
主主義という平等の理念に支えられていた。
02年4月のフランス大統領選挙は、
シラク
そして労働者と消費者を国民として統合す
現大統領と社会党ジョスパン候補との一騎
ることによって、
フォーディズムの蓄積体制
打ちが予想されていた。
だが大方の予想を裏
のソシエタル・パラダイムを築き上げた。
切って、第1回投票で、国民戦線から出馬し
だがフォーディズムが危機に陥るにつれ
たジャン・マリ・ルペンがジョスパンを追い
て、この能動的参画の代償が不確定となり、
落として、第二位の得票をかちとった。ル・
不平等となる。失業が増大して、この参画か
ペンを支持した社会層は、失業者の30%、
ら排除されるひとびとがしだいに増大する。
下層労働者の24%、
生活扶養手当受給者で
雇用の不安定就労が増えるとともに、
正規雇
あったと伝えられている。
用の労働者と不正規雇用の労働者との賃金
このル・ペンの躍進について、瀬藤澄彦
格差、労働条件の格差が歴然としてくる。ま
[2002]はつぎのようにその背景を分析して
た失業者は地域や国家の保護も受けられな
いる。
社会党のジョスパン内閣は経済政策と
いまま放置され、
労働や消費活動への参画か
して週35時間労働の時間短縮とユーロの
ら完全に排除されるようになる。
ナショナリ
導入を提起し、
この政策を首尾よく実現した。
ズムは民主主義と結びついて、
平等の装いを
しかしこの政策の実現がかえってフランス
維持することが困難となる。
国民の分断と不満を助長する要因となった
不平等と不安定の高まりとともに、
ナショ
のである。
週35時間労働はワークシェアリ
ナリズムは統合と平等の性格を失い、
国民国
ング、失業の減少、自由時間の増大という課
家のイデオロギー的な支柱としての意義を
題を担う政策であったが、
実際にこの政策の
8
恩恵に浴したのは、公務員、高額所得層、ホ
ーではなく、
社会諸階層の敵対関係と分断を
ワイトカラー層であり、
ブルカラー、
臨時工、
あおり立てる排除のイデオロギーとして機
失業者はむしろこの政策によって状況を悪
能している。
化させられることになる。
失業状態は改善さ
ナショナリズムが統合から排除のイデオ
れず、安定した雇用が保障されない。就業労
ロギーへと転化する背景にあるのは、
言うま
働者にしても、
時間短縮の政策によって残業
でもなくグローバリゼーションの進展であ
することもできずに、
かえって所得が減少す
る。
グローバリゼーションは国民国家の境界
る。時間短縮の経済政策は、その恩恵に浴す
を流動化させ、異質な人種・文化の交流を促
る上層の賃金生活者と、
そこから悪影響を受
した。
安定した仕切りにもとづく生物学的な
ける下層の労働者層や失業者との溝をさら
差異に依拠した伝統的な人種差別に代わっ
に深めることになった。
て、
流動化する内包の動きの中で文化的な差
またユーロの導入は外国旅行や海外出張
異にもとづく人種差別が醸成される。
ネグリ
に際して煩わしい手続きや計算を省くとい
/ハートの『帝国』が指摘するように、
「人
うメリットがあったが、
そのような恩恵を蒙
種的排除は一般的に言って示差的包摂の結
ることができたのはやはり上層の社会集団
果として立ち現れる」(同書、邦訳 252 頁)
であって、
下層の賃金生活者にとってはたん
移民労働者を内包しながら、
その近接性の中
にフランをユーロに換算する煩わしさが増
でうまれる憎しみに依拠して、
住民を階層化
えただけである。そこから、下層階級はエリ
して編成するイデオロギーとしてナショナ
ートのために犠牲になったとする不満意識
リズムは機能する。
が高まる。この不満がル・ペンの支持と排外
「示差的な人種差別主義は、さまざまな他
主義的なナショナリズムの高揚となって現
者たちを統合しつつその秩序と融合させ、
そ
れる。ひとびとは右翼の危険性を承知でル・
して、
それらの差異を管理のシステムのなか
ペンに投票したのであり、それは「人民のエ
で調和よく編成する」(253 頁)のである。
リートに対する復讐」であった。瀬藤はこの
ようにル・ペン現象を診断する。
フランスの極右政党の台頭にみられるよ
うに、今日のネオ・ナショナリズムは、もは
やかつてのような国民の統合のイデオロギ
結び―グローバル市民権に向かって
グローバル時代に変容する国民国家は、
も
なりえない。
また排除性を露骨にした新しい
はやかつてのような社会形成の枠組みとは
ナショナリズムも、
社会統合のイデオロギー
9
的機能を果たしえない。
この時代に社会形成
も結びつかない。
だがそれはグローバリゼー
の担い手を育成する根拠はどこに求められ
ションが切り開く新しいフローの空間と時
るのか。
それはポストナショナルな市民権の
間を再領有するマルチテュードの権利とし
確立である。
市民権は近代社会において国民
て再定義される。「マルチテュードは、拡散
国家とナショナリズムに結びつき、
それに支
的で横断的な領土を再領有する装置のなか
えられていた。
だがグローバル時代の市民権
を移動し、自己を表現しながら、みずからの
はもはやその支えを失う。
市民権が社会統合
自律性を肯定する力を獲得する」(『帝国』
の回路となりうるためには、
市民権の再定義
邦訳 494 頁』)ネグリ/ハートは、このような
が必要となる。
マルチテュードの力を《グローバル市民権》
かつての市民権は立憲主義にもとづいて
と呼ぶ。グローバル市民権は、資産形成型成
いた。
立憲主義とは国家に対する市民社会の
長レジームによって推進される金融のグロ
自律を保証するものである。
市民社会によっ
ーバリゼーション、
およびそれと同時進行す
て国家権力を縛るのが立憲主義の理念であ
る排除のナショナリズムに対抗しつつ、
新し
る。
だが市民社会の自律性はもはや保証され
い社会形成の言説的な根拠となる可能性を
ていない。
国家が市民社会に全面的に介入し
はらんでいるのである。
ているだけではない。
グローバリゼーション
は国家を越えた権力的秩序を生み出し、
市民
《参考文献》
社会はその権力的秩序にからめとられてい
安孫子誠男[2002]「M・アグリエッタの(資産
形成成長レジーム)論について」(『千葉大学
経済研究』第 17 巻、第 3 号。)
バリバール E.[2002]「暴力のグローバリゼ
ーション」(『現代思想』12 月号)
バーバー B.『ジハッド対マックワールド』
三田出版会
Delanty G.[2000]“Citizenship in a Global
Age"Open University Press.
斉藤日出治/岩永真治[1996]『都市の美学』
平凡社
[1998]『国家を越える市民社会』
現代企画室
[1999]『ノマドの時代』 大村書
店
[2002]「グローバリズムとナショ
ナリズム」『季刊、運動/経験』
[2003]『空間批判と対抗社会』現
代企画室
瀬藤澄彦『フランス発ポスト「ニュー・エコ
ノミー」』彩流社
るからである。
市民権を担う主体である市民
も崩壊している。
だから民主主義を市民によ
る参加民主主義として位置づけることもで
きない。
市民権はむしろ民主主義との結びつ
きを失い、
政治以前の私的な領域に押しやら
れる。市民権は断片化され、個人的なアイデ
ンティティの領域に押し込まれる。
だがこの断片化は市民権を再編する契機
にもなりうる。ジェンダー、セクシュアリテ
ィ、エスニシティ、マイノリティ文化など多
様で複合的なアイデンティティを尊重しつ
つ、
主体の創出を保証する言説として市民権
を再構築すること、
そこに新しい社会統合の
可能性が潜んでいる。
市民権はもはや国家と
も、国民とも、国家に制約された市民社会と
10
山之内/酒井編[2003]
『総力戦体制からグロ
ーバリゼーションへ』平凡社
Negri A./Hardt
M.[2000],“Empire",Harvard University
Press.(『帝国』水嶋
一憲ほか訳、以文社)
シャバンス B.[1990]『社会主義のレギュラ
シオン理論』斉藤日出治訳、大村書店
[1992]『システムの解体』斉
藤日出治・斉藤悦則訳、藤原書店
Kornai J.[1992]“The Socialist
System"Oxford.
山田鋭夫[2002]「グローバリズムと資本主義
の変容」『経済科学』第 50 巻第 3 号
民族自決、民族自治、地域自治
―ソ連の民族政策をふりかえる―
木村
(報告要旨)
英亮(二松学舎大学国際政治経済学部)
ソ連は、1991年末に解体し、15の構成
ロシア人70%、
ブリヤート人25%である。
共和国は独立した。
ロシアは連邦制をとって
このような事情は、
人口の92%が漢族であ
いるが、プーチン政権は、2000年にロシ
る中国ではもっとはっきりしている。
中国の
アを7つの連邦管区に分け、
各管区に大統領
民族区域自治法では、主体は「自治地方」で
直属の代表人を任命し、
中央政府の権限を強
あって「自治民族」ではない。内モンゴル自
めた。ロシア内の共和国は、それぞれそこの
治区では、モンゴル人は16.4%(199
原住民族の名称を冠し、
一定の権限を享受し
9年)に過ぎない。諸民族の混住が進むと、
ているが、
実質的には大部分の共和国でロシ
このような地方自治への傾向は必然的のよ
ア人が多数派であり、
地域自治に近いといっ
うに思われる。
てもよい。
たとえば、
ブリヤート共和国では、
1.ロシア革命期における民族政策
て』(北海道大学図書刊行会、2002.2)
ロシア革命期の短い期間の民族政策にお
に拠り、ヴォルガ・ウラル地域(バシキリア)
いても、すでに民族自決から民族自治、地域
と中央アジア・セミレチエの2地域について
自治への流れが見える。報告では、1年前に
紹介したい。
出版されたソ連民族政策についての近年の
セミレチエの革命は、
アジア系諸民族の第
重要な業績である西山克典
『ロシア革命と東
一次大戦への徴用を命令した1916年6
方辺境地域-「帝国」秩序からの自立を求め
月勅令に反対するムスリムの蜂起として始
11
まり、
この地域に入植していたロシア人など
委員会のヘゲモニーによって解決され、
ヴァ
の農民の運動が重なり、
両運動の併存と対抗、
リドフらは排除される。
ソ連形成による統合は、実質的には、「ロ
交錯のなかで展開する。セミレチエでの「農
民革命は、その過程からも、また、結果から
シアを中枢とする共産党組織と帝政期から
しても、ムスリム民衆を政治的に疎外し、彼
温存踏襲された官僚機構を通じて」(351
らの土地への侵害も内包する、
中央部ロシア
頁)おこなわれる。
ネップ期、党とソヴェトでは「コレニザー
の農民革命とは異なる植民主義的性格を強
く温存するものであった」
(西山-399頁)
。
ツィア」(「原住民化」)が進んだが、行政・
ヴォルガ・ウラル地域では、1919年3
軍事機構ではむしろロシア化が目立った。
2
月に成立したムスリムのヴァリドフ(トガ
0年代末からの集団化・工業化のなかで、こ
ン)
のバシキール臨時革命委員会は初めはス
の「原住民族化」の政策も崩壊し、スターリ
ターリンには支持されたが、
入植農民の地方
ン体制の成立にいたる。
ソヴェトに反発された。
入植農民と土地回復
を要求する原住民の要求の矛盾は、
結局党州
2.民族政策におけるスターリン主義とはなにか
バシキール人、カザフ人には、民族自治への
ア人であり、階級的には、大部分農民か牧民
動き、ロシア・ソヴェト政府の政策には、民
であった。社会主義と民族主義の間には、一
族自治、
さらに地域自治への流れがはっきり
致するところもあるが矛盾もある。また、労
とあらわれている。
後者がスターリンの方針
働者階級と農民・牧民の階級的利益は必ずし
であるとして批判されることがある。
も一致しない。
しかし、批判されるべき点の本質は、どこ
スターリンの民族政策は、
民族的観点と同
にあるのであろうか。ソヴェト政権は、社会
時に、
階級的立場からみて正しかったかどう
主義をめざす労働者階級の政権として成立
かという点も問われなくてはならないので
した。それは、労働者階級の利益を守ること
はなかろうか。
スターリンの政策が単純化さ
を通じて、
農民や諸民族の利益も実現するは
れ、戯画化されていると感じることがある。
ずであった。ロシアの人口の半分は、非ロシ
3.今日における民族問題と解決の展望
社会主義が民主主義であるとすると、
多数決
そのような意味で、民主主義の問題である。
で決定がおこなうにしても、
少数意見も尊重
少数意見の尊重は、
結局多数者をふくむ全体
されることが前提となる。少数民族問題も、
の利益につながると思われるのである。
12
に戦わなければならないということを理解
この意味で、
民族問題は女性問題と共通の
しなければならない」(98頁)。
ところがある。少数民族の解放、女性の解放
は、まさに多数民族の問題、男性の解放の問
スターリンに欠けていたのはまさにこの
題なのである。レーニンは、民族問題につい
ような認識であって、
民族問題についてとい
て、
「他民族を抑圧する民族は自由でありえ
うより、社会主義、民主主義についての理論
ない」といっているが、それは、女性の解放
に欠けたところがあったというべきではな
が男性の真の解放のための条件であるのと
いであろうか。しかし、今日においては、民
同じである。ロシアはいま、チェチェン人を
族運動の側にも同様の認識が求められるで
抑圧することによって、
ロシア自体の民主主
あろう。
義と自由を失っている。イラクの問題は、イ
さまざまなかたちでの支配、
被支配の関係
ラクの問題であるとともに、
それ以上にアメ
は、CISばかりでなく世界的に続いている
リカの問題であり、日本の問題であり、国連
が、
このような認識を持っているものは少数
の問題であると考えるべきであろう。
のようであり、
民族的紛争はむしろ激しくな
南アフリカのアパルトヘイトと闘った黒
っている。
現在ロシアの世論調査ではスター
人の活動家ビーコウは、
このことを次のよう
リンの評価があがっていると報道されてい
に表現した。「本物の(白人)リベラルなら
る。スターリン批判が、民族地域における具
ば、
自分たちも抑圧されているのだというこ
体的な事実に即して深められることが、
民族
と、そして、まったく同一だと主張しがたい
問題の解決とスターリン主義克服のための
黒人の自由のためでなく、
自らの自由のため
道であろう。
会員の論文・著作等紹介
上島武著『ロシア革命・ソ連史論』(窓社、03.3)
村岡到著『生存権 ・平等・エコロジー』(白順社、03.5)
田畑稔・大藪龍介・松田博等編『アソシエーション革命へ』(社会評論社、03.3)
丸山敬一著『民族自決権の意義と限界』
(有信堂、03.1)
斉藤日出治『空間批判と対抗社会―グローバル時代の歴史認識』
(現代企画室、03.3)
白井朗「レーニン主義とスターリン主義の連続性」(『QUEST』23号、03.1)
村岡到「環境・農業・社会主義」(『QUEST』23号,03.1)
田上孝一「インドで見た貧困(上)」(『QUEST』24号、03.3)
村岡到「1960年安保闘争―新左翼運動の登場と限界」(『QUEST』24号、03.3)
松尾匡「まちづくりの森山二タイプ分類の本質と諸形態―発展段階、事業形態、アソシ
13
エーションアプローチ、地域通貨」(『産業経済研究』
、久留米大産業経済研究会 03.3)
山根献等著『石原慎太郎というバイオレンス―その政治・文学・教育』(同時代社、03.2)
渡辺憲正「反グローバリズムと市民社会論」
(東京唯物論研究会『唯物論』第 76 号、02.12)
岩淵慶一「労働
相互行為
コミュニケーション」(東京唯物論研究会『唯物論』第 76
号、02.12)
田上孝一「未来世代に対する責任」
(東京唯物論研究会『唯物論』第 76 号、02.12)
山本晴義「現代アメリカ思想」(季報『唯物論研究』第 78 号、01.11)
津田道夫「回想の中野重治」
(季報『唯物論研究』第 79 号、02.11)
山本晴義「現代アメリカ思想 II─グローバリゼーションとポストコロニアリズム」
(季報『唯物論研究』第 80 号、02.5)
鈴木正「『九条』の心とわたし」
(季報『唯物論研究』第 81 号、02.8)
田畑稔「21 世紀と『批判的唯物論』の存在理由」
(季報『唯物論研究』第 82 号、02.11)
津田道夫「続・回想の中野重治」
(季報『唯物論研究』第 82 号、02.11)
山本晴義「講座『現代アメリカ思想』を終えて」
(季報『唯物論研究』第 83 号、03.2)
山本晴義「現代アメリカ思想 III─『アメリカ・リベラリズム』の崩壊とニューレフ
ト」
(季報『唯物論研究』第 83 号、03.2)
鈴木正「昭和ヒト桁の語り種─続『九条』の心とわたし」
(季報『唯物論研究』第 83 号、
03.2)
書評原稿
投稿募集
以下の会員の著書と寄贈図書の書評稿を募ります
上島武著『ロシア革命・ソ連史論』(窓社、03.3)
村岡到著『生存権 ・平等・エコロジー』(白順社、03.5)
田畑稔・大藪龍介・松田博等編『アソシエーション革命へ』(社会評論社、03.3)
丸山敬一著『民族自決権の意義と限界』
(有信堂、03.1)
斉藤日出治『空間批判と対抗社会―グローバル時代の歴史認識』
(現代企画室、03.3)
寄贈図書紹介
ロイ&ジョレス・メドヴェージェフ『知られざるスターリン』(現代思潮社、03.3)
社会主義理論学会会員が多数参加している著書を紹介します
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オルタ・フォーラムQ編『希望のオルタナティブ QUEST からの問題提起』
Ⅰ
現代日本の根本問題
小杉修二 地球温暖化問題と平等主義
斉藤日出治 21 世紀社会主義の新地平
西川伸一 官僚技官の旧弊とその打破の道
堀込純一 日本の人治主義と法治主義
村岡
Ⅱ
長田
到 則法革命と農業問題
リレー連載 私の社会主義論
浩 障害者の労働と生活保障をどうするか
志摩玲介 斉藤「21 世紀の社会主義像」をめぐって
上島
武 ロシア革命とテロリズム
高橋一行 アメリカ社会主義雑感
田上孝一 環境問題から社会主義へ
村瀬大観 リベラルでエコロジカルな社会主義を
Ⅲ
現実的諸問題との格闘
早川和男 生存権と住宅問題
六津五郎 教育めぐるせめぎ合いと改革案
太田武二 御万人のテーゲー文化の生命力
尹
健次 「在日」が意味するもの
野口真理子 フェミニストカウンセリングから視えるもの
海野八尋 日本経済の現況と政治の展望
河内正道 市町村合併と地域・自治
近
正美 労働化されない「学校のお仕事」
石川源嗣 労働組合にいま問われていること
高田
健 改憲勢力との対決を
A5判 168 頁
定価 1700 円+税
発売元 白順社 2003 年 3 月刊
『希望のオルタナティブ』出版記念討論会
●6月7日(土)2時
●全水道会館(水道橋) 執筆者を囲んでフリー討論
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