...

Page 1 京都大学 京都大学学術情報リポジトリ 紅

by user

on
Category: Documents
12

views

Report

Comments

Transcript

Page 1 京都大学 京都大学学術情報リポジトリ 紅
Title
Author(s)
Citation
Issue Date
URL
原子スケールの摩擦を見る(摩擦の物理,研究会報告)
佐々木, 成朗; 塚田, 捷
物性研究 (2001), 76(2): 174-179
2001-05-20
http://hdl.handle.net/2433/97006
Right
Type
Textversion
Departmental Bulletin Paper
publisher
Kyoto University
研究会報告
原子スケールの摩擦を見る
東京大学大学院 工学系研究科材料学専攻
佐 々木 成朗 1
東京大学大学院 理学系研究科物理学専攻
塚田 捷
低速 ・低荷重極限の原子スケール摩擦は Toml
ns
i
on(トム リンソン)モデルに
i
ns
onモデルを用いてグラファイ トへき開面 と単一突
よって記述される。Tbml
起の間に生じる原子スケール摩擦を数値シミュレー トした結果 を紹介する。摩
擦の特徴 を 2次元的に可視化 して、その垂直抗力依存性 を示す。
1 はじめに
摩擦はピラミッドの昔か ら知 られている身近な現象であ り、二つの平面をす
べ らせ る時に生 じるずれ応力である。摩擦は地震のように非常 に巨視的なス
ケールか ら原子のように極めて微視的なスケール まで、幅広い階層で姿 を見
せるが [
1
,2
】
、ここでは原子スケールで現れる摩擦に焦点を当てたい。原子ス
ケールの摩擦を初めて観察 したのは、I
BM アルマ-デ ン研究所の Mat
e達であ
3
1
。彼 らはタングステンの針でグラファイ トへき開面をこすって、1
)摩擦力
る【
)1-1
0
〃N 程度の微小荷重額域で、
がグラファイ トの格子周期で変動する事、2
摩擦力が荷重に比例す る事 を見 出 した。彼 らが原子スケール摩擦 を観察す る
AFM‥At
omi
cR'
r
c
eMi
c
r
os
c
opy)【
4]
のに使った実験方法は原子間力顕微鏡法 (
であ り、微小探針 と表面 との間に働 く力を測定する力学的走査プロー ブ法で
ある。AFM を特 に摩擦力測定 に用いる場合、摩擦力顕微鏡 (
FFM:Fr
i
c
t
i
onal
For
c
eMi
c
r
os
c
opy)と呼ぶ。FFM は理想的には探針先端の単一突起 (
原子)が受
ける摩擦を測る装置 として考案 されたが、Mat
eらの実験では、表面か らはが
れて探針先端に付着 したグラファイ トの切片 (
フレーク)が実効的な探針になっ
ていたと考えられている。確かに探針 と表面間の接触領域 には複数の原子が関
与するであろう。 しか し単一突起による摩擦を考える事によって原子スケール
摩擦の素過程の情報 を引き出す事が期待出来る。そ こに単突起 (
原子)摩擦 を
考える意味がある。一つ注意 しておきたいのは、本稿で扱 う原子スケール摩擦
が、我々が 日常的に体験する巨視的な摩擦に比べて低速 ・低荷重極限の摩擦で
ある事である。すなわち、実験的に探針を走査す る (
引きずる)速度は毎秒数
百∼数千 Aであ り、荷重 (
垂直抗力)は nN (
ナノニュー トン)という原子数個
1
Ema
i
l
:
na
r
u
◎c
e
l
l
o
・
mm・
t
・
u
t
o
k
y
o
・
a
c
・
J
p
ー
174
-
「
摩擦の物理」
が保持できる程度のきわめて微小な量である。本稿では低速 ・低荷重極限の原
子スケール摩擦を扱 うのに適 したモデルを紹介 した後、それをもとにグラファ
イ ト平面上の原子スケール摩擦を数値シミュレー トした結果を 2次元的に可視
化 して、その垂直抗力依存性を示す。
2 Tbml
i
ns
onモデルによる摩擦
本節では Toml
i
ns
on(トム リンソン)モデル [
5
]について説明する。摩擦力顕
(
a
)のように三次元バネ (
カンチ レバー)に接続された
微鏡の探針表面系を図 1
単突起 (
原子)探針一表面系と考え、全エネルギー V をカンチ レバーの弾性エネ
T
Sの和 V-VT
+V
TS
ルギー vTと探針一試料表面原子間の相互作用エネルギー v
で表す。 ここで,
(
r-r
s
)
k(
r-r
s
),
vT-喜t
(
1)
である。k、r、rsはそれぞれ、カンチ レバーの弾性マ トリクス、探針原子の位
置、探針一表面間相互作用が無い時の探針原子の平衡位置 (
カンチ レバー位置
と等価)を表 している。一方 V
TSは第一原理的電子状態計算や、種々の経験的
ポテンシャルを用いて与える事が出来るが、我々は
vST
;
4
e
l(: )12 -
(
:
)
6]
7
(
2
,
のように第一原理計算か らパラメタフィッティングした レナー ドジョーンズポ
6,7,8
】
。表面の具体例 として、
テンシャルの和 として表 して計算 を行なった [
原子的に平坦なグラファイ トへき開面を考えよう。
上述のポテンシャルエネルギー面を考えると、カンチレバーの走査によって、
探針 と試料表面問の原子間結合の破断 ・生成による原子の非断熱的運動が起
きる。これが 恥 ml
i
ns
onモデル 【
5
1のコンセプ トである。すなわち、全エネル
ギー V の断熱ポテンシャル面を考えると、荷重が大きいか、バネ定数が小さ
d
2
vT
S
/
d
x2 ≧d
2
vT
/
d
x2 -k
)
、図 1
(
b)のように局所的な極小点が複数現
い時 (
1
)
、(
2
)では探針原子は初期付着点近傍に束縛されなが ら、連
れる。走査位置 (
3
)では極小点近傍のエネルギー障壁が消えるた
続的に動 く(
スティック)が、(
め、探針原子は隣接する極小点へ不連続的 (
非断熱的)に移動する (
ス リップ)
。
この時カンチ レバーにた くわえ られていた弾性エネルギーは、探針原子の運
動エネルギーや表面原子のフォノンに瞬時に散逸すると考え られる。探針原
1
)
(
3
)間では原点付近に初期付着 していたが、(
3
)以降では格子周期 L
子は、(
で不連続運動を繰 り返す。これをスティック ・ス リップ運動 と呼ぶが、これが
Tbml
i
ns
o
n摩擦の素過程である。
ー
17 5
-
研究会報告
(
a)
カ
ン
チ
レ
バ
y
,
ー基 底部
(xs十l
x,ys十l
l
x
k
∠
一
一
一
探
針
メ
/
二
傍等
カ ン チ レバ ー
(
x,
y,
Z)
夢
グラファイ ト試料表面
・
:
三L
_
_>
X
図1
:(
a)摩擦力顕微鏡 をシミュレー トするためのカンチ レバー と探針のモデ
x軸方向)
ル。(
b)
Toml
ns
i
onモデルの概念図。(
1
)
一
(
4)は、カンチ レバーの走査 (
によるポテ ンシャルの時間発展を示 している。
3 原子スケール摩擦の可視化シミュレーシ ョン
FFM のカンチ レバーの各位置に対 して全エネルギーを極小化する数値シミュ
レーションを行 うと、Toml
i
ns
onモデルを表現出来る.図 2のようにレバー位
xs
,
y
s
)の関数 として摩擦力を二次元プロットすると、原子スケール摩
置 rs-(
擦を 「
見る」事が出来る。図 2(
aト2(
f
)では、荷重を変えて計算 したグラファイ
oool)へき開面の原子スケール摩擦力の数値 シミュレー ションの結果 を実
ト(
験 と比較 した [
8,12
]
。(
a
)か ら (
f
)に向かって、荷重を大きくしている。いず
FJk
T
)と
れもラスタ走査によって得 られた水平力を、走査方向に平行な成分 (
垂直な成分 (
Fy
/k
y
)について表 したものであ り、理論一実験間の非常 に良い一
致が得 られている。まず (
a
)では実験の S
N比が良くないが、理論 と実験の明
y
/
k
y に着 目すると、(
a)
、(
b)に見 られる明暗
暗パター ンの対応は良い。次に F
境界部の作るジグザグ模様 (
グラファイ トの炭素結合に対応)が、(
C
)
、(
d)では
e
)
、(
f
)では完全 に消滅 している。一方 F
Jk
。
角が取れたような形状 にな り、(
に着 目すると (
a)
、(
b)の蜂の巣格子型のセルか ら成るパター ンが、(
C
)
、(
d)で
崩れ、(
e
)
、(
f
)の矩形型のセルか ら成るパターンに変化 している。このように、
像のパター ンは荷重 に依存 して顕著な変化 を見せる。
全エネルギーの安定平衡条件を用いる詳 しい解析によれば、摩擦力顕微鏡に
-
17
6-
「
摩擦 の物理」
理論
トト
・
、 実根
理論
鞄梅
策験
汝:
‥
L
.
慧
F
・
_
∴
'
・
董
喜
…琵
壷
壬
二
幸
L
:
. 、
◆
'
.
十 _
.
・
二
;
′
/
一
・
-
書
≡ 喜
≡
≡ ≡
__ 一
巨
三
図 2:理論 シミュレー ション及び実験で得 られた、F
Jk
x とF
y
/
k
y の摩擦力
a)
0.
4nN、22nN、(
b)
0.
6nN、
像o平均垂直荷重 <Fz >は理論、実験の順 に (
4
4nN、(
C
)
1
・
OnN、91nN、(
d)
1・
lnN、1
2
2nN、(
d)
1
.
2nN、3
27nN、(
d)
2.
2nN、
595nN である。
- 177
-
研究会報告
おける探針原子 rとカンチ レバー r
8との間には写像 rト+r
s関係
r
s-r+
k1・
∇,
VTS(
r
),
(
3
)
が成立する事が分かっている 【
8,9
]
。従 って FTS ニ ー∇ rVTSが大きいほど (
荷
重が大きいほど)
、もしくは kの成分が小さいほど(レバーが軟 らかいほど)レ
バーの安定領域の面積が大きくな り、上記のような荷重依存が現れると説明さ
れる。このパター ン変化は、荷重を外部パ ラメタにした時に、探針原子の運動
に生ず る一種の相転移 と考える事 も出来 る。 ここでは実験 との対応 を示すた
3
)式か ら、バネ定数 も荷重 と同等な働き
め、荷重依存のデータを挙げたが、(
をするので、バネ定数の変化 も摩擦力像 に同様の転移 を引き起 こす。また (
e
)
、
(
f
)の F
y
/
k
yでは走査 x方向に平行な帯状の明暗パター ンが現れている。それぞ
れの y方向の帯の幅は (
e
)では殆んど一定だが、(
f
)では異なってお り、FJk
r
は 1×2型の超周期型のパター ンを示 しているが これ も (
3)式の写像関係か ら
理解できる。
フレーク探針 (
多原子摩擦)と考え られているグラファイ トへき開面上の FFM
実験のパターンを、単原子モデルで再現出来た というのは驚 くべき事である。
計算の荷重のオーダーが実験 に比べて 2桁ほど小さい事か ら、実際にはフレー
ク探針になっているというアイディアも考慮すべきか も知れない。 しか し、そ
れな ら単原子摩擦を仮定 して得 られた二次元像が何故実験像のパター ンを再現
しているのか、また単原子 ・多原子摩擦の違いは何かを探るのが今後の課題で
ある。
4 おわ リに
本稿では低速 ・低荷重極限の原子スケール摩擦を記述する方法である Tbm-
1
i
ns
o
nモデルを紹介 し、摩擦を数値 シミュレーションを用いて 2次元的に可視
化 した。シミュレーションは実際の実験結果 を非常に良く再現する他、像の明
暗パター ンの荷重依存性 も予測出来た。一方で、原子スケール摩擦は、我々が
日常的に経験 している巨視的な摩擦法則では直感的に理解 しにくい特徴が多
い。本稿 も研究の途上の一報告であ り、原子スケール摩擦の概念の全てを網羅
するものではないが、低速 ・低荷重極限の摩擦シミュレー ションの雰囲気をい
くらかつかんで頂 けた もの と思 う。本稿では摩擦力顕微鏡の安定平衡条件や
探針のスティック ・ス リップ運動の詳細、また運動カンチ レバーの異方性や走
査方向の効果 につ いては触れなか ったが この点 については別報 を参照 された
1
0,11
]
。また本稿では単突起 による摩擦の素過程 を考えたが、探針一表面
い [
間の接触 に関与する原子数が増加 した場合に、素過程が どのように変化 してい
くのかは興味深い問題であ り、現在研究を進めている。一般 に摩擦を研究対象
ー1
7
8-
「
摩擦の物理」
として選ぶ時、どのような階層の摩擦を考えているのかを意識 して研究 を進め
る態度が必要と思われる。
参考文献
[
1
]松川宏:パ リティ 8,1
8(
1
9
9
4)
.
[
2
1松川宏,川端和重:固体物理 35,4
3
7(
2
0
0
0)
.
【
3
】C.M・
Ma
t
e
,G.
M.Mc
Cl
e
l
l
a
nd,氏.
Er
l
ands
s
ona
ndS.
Chi
ang:Phys
.Re
v.
Le
t
t
・59,1
9
4
2(
1
9
87
)
・
【
4
】G・Bi
nni
g,C・F・Qua
t
ea
ndCh.Ge
r
be
r
:Ph
ys
.Re
v.Le
t
t
.56,9
3
0(
1
9
8
6)
・
[
5
]G・A・Tb
ml
i
ns
o
n:Phi
l
o
s
・Ma
g.7,9
05(
1
9
2
9)
.
【
6
]N・Sa
s
a
k
ia
ndM・Ts
uk
a
da:Ph
ys
・Re
v.B52,8
471(
1
9
95
)
.
[
7
]N・Sa
s
ak
i
,K.Ko
ba
ya
s
hia
n dM.Ts
uk
a
da:Ph
ys
.Re
v.B54,21
3
8(
1
9
9
6)
,
J
pn・J・Appl
・Ph
ys
・35,3
7
00(
1
9
9
6
)
・
[
8
]N・Sas
a
ki
,M・Ts
uk
a
da,S.Fu
j
i
s
a
wa,Y.Sug
a
wa
r
a,S.Mo
r
i
t
aa
n dK・
・& Te
c
h・B 15,
Ko
ba
ya
s
hi
:Ph
ys
・Re
v・B57,37
85(
1
9
9
8)
,I.o
fVa
c.Sc
i
1
47
9(
1
9
9
7
)
,
[
9
]T・
Gya
l
o
g,
M・
Ba
mme
r
l
i
n,
氏.
Lut
hi
,
E.
Me
y
e
ra
ndH.
Tho
ma
s
:Eur
o
phys
.
Le
t
t
・31,2
6
9(
1
9
9
5
)
.
【
1
0
】佐々木 成朗,塚田 捷‥日本物理学会誌 52,7
04(
1
99
7
)
,応用物理学会誌 67,
1
37
0(
1
9
9
8)
.
[
1
1
]佐々木 成朗,塚田 捷:固体物理 35,5
1
3(
2
0
0
0)
.
[
1
2
]S・Fu
j
i
s
a
wa,E・Ki
s
hi
,
Y.Sug
a
wa
r
aa
n dS.Mo
r
i
t
a:Ph
ys
.Re
v.B58,4
9
09
(
1
9
9
8)
.
ー1
7
9-
Fly UP