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物理的かつ機能的な長期耐用性を備えた集合住宅の遮音性能
物理的かつ機能的な長期耐用性を備えた集合住宅の遮音性能 Sound Insulation in Sustainable Housing 小 西 雅†,山 芳 男†† Tadashi KONISHI and Yoshio YAMASAKI 【あらまし】 に供給された集合住宅は,大規模修繕期にさしかかっ SI(スケルトン・インフィル )方式を採用した住 ている.集合住宅の建て替えや修繕は入居者・建物事 宅の遮音性能評価と設計の指針を得ることを目的とし 業者(管理者 )双方にとって様々な負担が生じるも て , 実際の集合住宅の設計・施工を通じて検討を行っ のであり,できる限り数少なく円滑に行いたい事業で た. ある. SI 方式は物理的および機能的長期耐用性を重んじ さらに近年明確に認識されるようになった地球環境 た建築の新しい形態である.本論文では,RPC(ラー 問題の視点から,住環境整備に際しても資源やエネル メン・プレキャスト・コンクリート )逆スラブ工法 ギーの有効利用が求められるのは言うまでもない.建 を採用した SI 住宅の設計過程を述べ,実施建物で測 物の建設時には多くの資材を要し,その解体時には多 定した床衝撃音と空気伝搬音の遮断性能を評価した. 種大量の廃棄物が発生する.また双方でエネルギーを 測定調査対象の建物は SI 方式を実現するために構 多量に消費する.工事の際に発生する粉塵・汚水・振 造躯体や内装に新しい工法を採用しており,その遮音 動・騒音が工事現場周辺の環境へ与える影響も大き 性能については十分確認されていなかった.今回の測 い.短期に繰り返される建設∼解体サイクルは地球環 定調査から,これら工法が従来と同等以上の性能を有 境に対する重い負荷となっている. していることを確認した. 今後の住宅産業・住宅政策において,これらは重要 な課題である.つまりスクラップ・アンド・ビルド 1 まえがき SI 住宅は100年程度の耐久性を持つ構造躯体(スケ な社会(Sustainable Society )の一翼を担える長期耐 用型住宅への転換が,強く要求されていると考える. ルトンまたはサポート;S )と,住戸の個別性や更新 日本の住宅が短期の建設∼解体サイクルを繰り返す 性の高い内装・設備(インフィル;I )とが,計画・ のは,機能面・社会面で柔軟性に乏しく急速に陳腐化 設計・施工・供給・維持管理の各段階で分離可能な住 してしまうのが一因である.長期にわたって優良な社 宅である.建築物一般において同様な方式は海外で 会資産となりうる住宅には,単に物理的な耐久性だけ オープン・ビルディング(Open Building )と呼ばれ, ではなく機能的・社会的な耐用性を長年維持させけれ スケルトン・インフィル以外のレベル分けの考え方も ばならない.年々多種多様になる住居利用者の生活ス ある.多様な意図や意義を内包するオープン・ビル タイル・サイクルに添うよう,要求される機能や性能 ディングのうち,SI 住宅は長期耐用性に重きを置い の変化に柔軟に対応でき,また保守容易であることも た住宅形式と位置付けできる. 必要である.耐久性の高いスケルトンと柔軟性のある SI 住宅の主眼は,今日の日本で集合住宅が抱える インフィルをもつ SI 住宅は,立地環境を安定に保つ 深刻な問題――維持管理・建て替えに関する問題や, 恒常性と入居者の生活スタイル・サイクルに即した可 短期の建設∼解体サイクルが環境に多大の負荷を与え 変性とを併せ備えることができ,良質な社会資産とな エネルギーを消費する問題――の緩和である. り得る.そのため近年日本の住宅関連プロジェクトに 日本で一般に「マンション」と呼ばれる鉄筋コンク リート系集合住宅が本格的に供給される様になったの は1960年代以降である.土地の有効利用等の観点か おいて,SI 住宅は重要な要素となっている[1,2] . 一方,住宅内環境性能のうち遮音性能は,住居生活 者の関心が従来から高い項目のひとつである. ら特に都市部で集合住宅は多く供給されてきた.近年 その遮音性能について SI 住宅の場合を考えると, では集合住宅を 「 終の住みか」と考えている生活者も ① SI 住宅の特徴を十分に生かすためには,従来遮音 増加傾向にある. 性能上好ましくないとされてきた構造や間取りが避け これらの集合住宅のうち初期に建設されたものは, られない事例が多数ある,② 現在の測定方法や評価 竣工から40年以上経過し老朽化・陳腐化に伴う建て 尺度は建物全体の竣工時を想定されていて他の状態で 替えが必要となっている.また1970∼80年代に大量 の方法は測定・評価者が各個に工夫しているのが実情 † 早稲田大学大学院国際情報通信研究科博士後期課程学生 138 (Scrap and Build )型住宅から,循環型の持続可能 ††早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授 であり,SI 住宅の性能を公正に比較するためにはス そして逆スラブ工法による建物の柱・梁・床などの ケントンとインフィルとの個別の状態における予測・ 主 要 構 造 躯 体 に プ レ キ ャ ス ト・ 鉄 筋 コ ン ク リート 測定・評価・表示(意味づけ )方法の整備が必要と (PCa )を用いたのが,ラーメン・プレキャスト・ なる,等の課題がある. 鉄筋コンクリート(RPC )逆スラブ工法である.一 筆者らは SI 住宅の設計・建設を通じ,計画∼維持 般に工場生産される PCa は建設現場で打設される鉄 管理の各段階で SI 住宅の遮音性能をどの様に評価・ 筋コンクリート(RC )よりも高品質・高耐久であり, 表示するかについて取り組んできた [3-5] .本論文で SI 住宅の構造躯体(スケルトン )として適当な部材 は,逆スラブ工法とプレキャスト・鉄筋コンクリート である. 工法を用いた SI 集合住宅において床衝撃音遮断性能 と隣戸間・上下戸間空気伝搬音遮断性能を測定調査 し,SI 住宅の様々な特徴が遮音性能に与える影響に ついて考察した. 3 SI 住宅の遮音設計 3.1 工法等の特徴から生じる問題点 RC 造及び PCa 造を想定した場合,SI 住宅に多い 2 RPC 逆スラブ工法 事例には,① 自由な間取りを実現するため,住戸内 の梁や構造壁が少ない大面積床スラブになる,② ス 逆スラブ工法は,従来のラーメン(柱・梁架構 ) ケントンとインフィルとを区分して扱うため,壁・ 工法とは逆に梁底部へ床スラブを設けた建築工法であ 床・天井の界面が二重構造になる,③ 使用目的が異 る.逆スラブ工法では,大きな二重床の床下空間を利 なる部屋(寝室と浴室等 )が隣・上下近接住戸間で 用した住戸個別性・住戸内自由性の高い内部空間(イ 相対する,④ 実績の少ない工法が採用される,等が ンフィル )を持たせることができる.従来の工法で ある.SI 住宅を実現する際には上記のことを考慮し は設備排水たて管が上下の住戸専有部を貫通して設置 て遮音設計を行う必要がある. されていて各住戸の水廻り位置が限定されてしまう. それに対し逆スラブ工法では床下空間を利用して設備 3.2 スケルトン 排水を共用部に排出できるので,住戸内の水廻りを含 スケルトンは床や壁の無い構造ならば,上下および めた自由な間取りが可能になる(図1) .また住戸内 隣方向へ可変性を持つ柔軟な住戸範囲(専有部 )と に梁形が出ず外壁には天井面まで開口部がとれ,明る することができる.しかし現在から近未来の段階で く広々とした空間を構成できる.加えて,床下空間を は,住戸範囲の可変性よりも独立性が重要視されるで 利用した収納スペースの拡大や床段差の解消,バルコ あろうとの判断から,逆梁と一体化した床スラブおよ ニーの緑化など多様な要望に応えられる.SI 住宅と び耐震壁となる戸境壁・妻側外壁をもつスケルトンを して考えた場合,専有・専用部分と共用部分とが物理 基本構造とした.逆に妻部以外の外壁(非耐震壁 ) 的・空間的に交錯している従来工法に比べ,逆スラブ は共有部分のインフィルと同様の扱いにし,建物に 工法はこれらの区分を明確にし易く住戸単位の維持管 よって PCa 板や ALC(Autoclaved Light-weight Concrete) 理や改修も容易と言える. 板,押出成型中空セメント板等を使い分けた. 基本構造図を図2に示す. 図2 RPC 逆スラブ工法構造概念図 遮音計画にあたっては,日本建築学会でまとめられ た「建物の遮音設計資料」 [6]等を参考に性能を予測し 仕様を定めた.従来,PCa 工法は RC 工法に比べて 図−1 従来工法と逆スラブ工法の比較 遮音性能が低いとされてきた.空気伝搬音に関しては 139 文献 [6]において,このことを配慮して予測する手順 ができなかった. が記載されている.しかしこれまでの報告事例 [7]や 検討の結果,間取りなどを短期サイクルで更新しな 筆者らの検討結果 [8]から,部材接合部のディテール いことを前提にする建物では,軽量角形鋼製の大引材 に工夫を加え施工管理を綿密に行うことで RC 工法と を900∼1500mm 間 隔 の 防 振 ゴ ム 付 き 鋼 製 脚 で 支 持 同等の性能にすることは可能と判断し,RC 工法と同 し,その大引材間に軽量 U 形鋼製の根太材を架ける 様の手順で予測・仕様決定を行った.部材接合部の 組床工法とした.自由性や更新性の高いインフィルが ディテールの一例として間口方向断面図を図3に示 必要な建物では,乾式遮音二重床(置床 )の一種で, す.戸境壁と梁との接合を隙間無く行うために,逆梁 防振ゴム付き鋼製支持脚をパーティクルボードブロッ 上面に溝をつくり戸境壁下端を埋め込む形状としてい クを介して下地板に付ける工法を採用した. 二重床の重量床衝撃音性能については,筆者らが実 る. 施した実際の建物での調査例[3,11]等を参考にして, 躯体素面状態より遮音等級が1ランク程度悪くなる性 能を見込んだ. 天井は木製下地組みに石膏ボードを貼った二重構造 で,中空部に電気配線が通っている. 住戸部間口方向の床・天井断面例を図4∼5に示す. 住戸内の間仕切りは木製間柱・石膏ボード貼り構造 で床下地材上に施工する工法を用いた. 図3 PCa 接合部改良断面例 住戸床スラブは,部位重量削減等の理由から増し打 ち型トラス筋付プレキャスト・コンクリート合成床版 (上面にトラス形鉄筋が付けられた厚さ65mm のプレ キャスト・コンクリートに165∼205mm の現場打ちコ ンクリートを増し打ちした床版;ハーフ PCa)とした. 計画当初は重量床衝撃音の遮断性能向上策として, 床スラブの間口方向に逆小梁を設け,床下地材の大引 や脚を支える案も検討された.しかし最終的には住戸 内小梁の無い大面積の床スラブを採用した.これは主 に,①住戸内間取りの柔軟性に対する事業者や意匠設 図4 床・天井断面例 A 計者からの要望が強かった,②床下空間内の給排水配 管の取り回しが容易になる,との理由からである. 戸境壁は直貼り仕上げを基本とし,電気配線・コン セント等の設備は埋め込まない構造とした.標準の厚 さは150mm に設定した.積層板状内装材貼りを前提 とする建物では,後に述べる遮音欠損を設計時に見込 んで厚さを180mm とした. 3.3 インフィル 二重床を構成する床下地材については,経済性や施 工性・自由な間取りへの対応性等を比較すると,ただ ひとつの工法に確定することが困難だったので,建物 によって異なる工法を使い分けた. 遮音性能上は床スラブの梁際のみに支持脚をもつ構 造が有利である.百瀬・坂場らは重量 H 形鋼製大引 図5 床・天井断面例 B 材を逆梁部で支持した乾式浮床構造の試作実験 [9, 10]において,重量・軽量床衝撃音および空気伝搬音 の遮断性能が良好な結果を報告している.しかしこの 工法では大引材の断面高さが大きく床下配管の取り回 しが困難になるので,SI 住宅用として採用すること 140 4.実施建物での測定調査 4.1 建物概要 測定調査を行った二つの建物の概要を表1に示す. 建物 A は一括借り上げ方式の社員住宅として使用さ 4.2 測定・評価方法 れることもあって,全住戸同一仕様となっている.借 測定方法は日本建築学会でまとめられた 「 建築物の り上げ契約の更新時期(20年程度 )にあわせたイン 現場における床衝撃音レベルの測定方法」[12]およ フィルの更新を念頭においている.建物 B はあらか び 「 建築物の現場における音圧レベル差の測定方法」 じめ用意してある標準仕様から,購入予定者の希望に [13]に従った.この測定規格は JIS A 1418: 1995 お 添ってインフィルを変更する方式の分譲住宅である. よび JIS A 1417: 1994 にほぼ準拠している.また評 価方法として同 「 建築物の遮音性能基準」[14]を用 いた.従来からある測定結果との比較や評価・表示法 表1 調査対象建物の主な諸元 建物 A B 供給形式 賃貸 分譲 階/戸数 3階/27戸 3階/32戸 階高 3200mm 3300mm 住戸間口寸法 6500mm 6100mm 6600mm 住戸床スラブ内法面積 77.79m2 59.26m2 64.38m2 住戸床スラブ厚 230mm 250mm 270mm 床下地材 鋼製組床 置床 戸境壁厚 150mm 180mm への適用を行うため,現行(2000年改訂版 )の JIS は用いていない. 調査した項目と測定方法および評価方法の概要を表 2に示す. 床衝撃音レベルは,界床が躯体素面・下地面(建物 A はパーティクルボード施工完了時,建物 B は捨貼 り合板施工完了時)・仕上面の各状態で測定した.居 表2 調査項目と測定・評価方法の概要 騒音種類 空気伝搬音 代表的な ・TV,ラジオの音 事例 ・人の話し声 固体伝搬音 重量床衝撃音 ・歩行(履物なし) ・子供の跳びはね 軽量床衝撃音 ・スプーン,箸等の落下音 ・椅子,掃除機の引摺り音 ・通常は音源の特徴に寄る。 ・人の歩行時のように重くて柔ら ・堅くて軽いものが床に落下した ・多くの場合、音源側住戸の音よ かいものが床に落下した時に発 時に発生する。 りも弱い。 生する。 ・「カチン」「コツン」というよう 音の特徴 ・「ドスン」「バタン」という様な な比較的高い音で、上階での発 比較的低い音で、上階での発生 生音より強くなることもあり、 音より強い場合がある。 「フローリング騒音」として一 時期特に問題になった。 発生の しくみ ・相手住戸の騒音源から空気中に ・上階の床になんらかの衝撃が加えられることによって上階床すなわ 放射された音が壁・床を透過し ち下階天井や内装材等が振動し、その振動によって音が下階住戸の て聞こえる。 空気中に放射される。 ・JIS A 1417「建築物の空気音遮 断性能の測定方法」 ・日本建築学会「建築物の現場に おける音圧レベル差の測定方 法」 ・帯域ごとの音圧レベルを125Hz ∼4kHz の範囲で 、 音源と受音 の2室測定してレベル差を算出 測定法 する。 音 源: 帯 域 雑 音(125Hz ∼ 4 kHz,90dB 程度) 評価法 対策法 ・JIS A 1418「建築物の床衝撃音遮断性能の測定方法 」 ・日本建築学会「建築物の現場における床衝撃音レベルの測定方法 」 ・上階音源室に衝撃源を設置して床を加振し 、 下階受音室にて帯域ご との音圧レベルを63Hz ∼4kHz の範囲で、測定する。 衝撃源:バングマシン 衝撃源:タッピングマシン (7.3kg の自動車用タイヤを床上 (500g のスチールハンマ5個を交 90cm から自由落下) 互に床上4cm から自由落下) ・JIS A 1419「建築物及び建築部材の遮音性能の評価方法」 ・日本建築学会「建築物の遮音性能基準」 (学会の基準では建物や部屋の用途別に適用等級を定めている) ・D−○と呼び、数字が大きいほ ・L−○と呼び、数字が小さいほど性能が良い。 ど性能が良い。 ・壁・ 床 構 造 に よ る 対 策 が 基 本 ・床仕上材による対策は効果が期 ・床仕上材による対策が効果的で で、隙間,開口部の影響も大き 待できない。床構造による対策 ある。 い。 が基本となる。 141 室部の床仕上げは建物 A,B とも緩衝材を裏打ちした 床衝撃音低減型木質フローリングである. 床や天井の下地・仕上断面は先に示した図4が建物 1.2 m とした. 建物 A の測定住戸平面図を図6に,建物 B の測定 住戸平面図を図7∼8に示す. A,図5が建物 B に相当する.建物 A のフローリン グは財団法人日本建築総合試験所の試験結果から厚さ 4.3. 測定結果と評価 150 mm の RC 床スラブ上に施工された場合に軽量床 4.3.1 床衝撃音 衝撃音に関する遮音等級(以下 LL- と記す)が50の 躯体素面では重量床衝撃音に関する遮音等級(以下 性能を持つと推定された製品,建物 B のフローリン LH- と記す )が 50∼45,LL が 70 であった.床下 グは同様に LL-45 の性能を持つと推定された製品で 地 面 で は LH-55∼50,LL-50∼45, 仕 上 面 で は ある.一部屋につき上階室の音源位置は3点,下階室 LH-55∼50,LL-45∼40 であった.躯体素面状態で の測定位置は5点とした.測定位置の高さは仕上面床 の測定結果を日本建築学会提案の 「 インピーダンス 上から 1.2 m とした. 法に基づく床衝撃音レベルの実用的予測法」(イン 隣戸間および上下住戸間の室間平均音圧レベル差測 ピーダンス法) [15]による予測値と併せて図9∼10 定は竣工時に行った.一部屋につき音源位置は1点, に,下地面・仕上面状態での測定結果を図11∼12に 測定位置は5点とした.測定位置の高さは床上から 示す. 軽量床衝撃音レベルの躯体素面状態における測定結 果は,予測値とほぼ一致している. 重量床衝撃音レベルの躯体素面状態における測定結 果は,建物 A では予測値より小さい値(最大で10dB 差 )を示し,建物 B では予測値とほぼ一致している. インピーダンス法は,スラブ面積が10∼30㎡の在来 工法 RC 構造を主な適用範囲としている.本例のよう に面積が60㎡を超える大面積スラブの場合,重量床 衝撃音レベルは実測値の方がインピーダンス法の予測 値よりも小さくなる傾向があるとされ[16],今回の 測定結果も同傾向にある. 今回の測定結果から,躯体素面状態において逆スラ 図6 建物 A 測定住戸平面図 ブあるいはプレキャスト工法を採用したことによる床 衝撃音への影響を考えた場合,RPC 逆スラブ工法の 遮断性能は従来工法と比べて遜色ないと判断できる. 下地面状態・仕上面状態では,軽量床衝撃音遮断性 能が比較的良い値を示している.それに対し重量床衝 撃音レベルは従来の乾式二重床工法同様,250Hz 帯 域以下の低周波数帯域で躯体素面状態より大きい結果 となっている.床下空間が大きいので63Hz 以下の周 波数帯域で床衝撃音レベルが極端に大きくなる懸念も 計画時にはあったが,今回の測定では躯体素面状態に 比べ5dB 程度のレベルの増大で収まった. 図7 建物 B 測定住戸平面図(その1) 4.3.2 空気伝搬音 建物 A において隣戸間の室間平均音圧レベル差に 関する遮音等級(以下 D- と記す )は,居間−居間が D-45,開口部に面していない和室(1)−和室(1)間が D-50 であった(図−13(a)).和室(1)−和室(1)間の 測定結果は戸境壁の仕様である厚さ150mm の普通コ ンクリート壁の質量則から予測できる値に近い.開口 部に面した居間−居間間では2k ∼4kHz 帯域の音圧 レベル差が小さく,開口部(バルコニー側掃き出し 窓 )を経由した回折音(側路伝搬音 )の影響があら われている. 建物 B の隣戸間音圧レベル差の測定箇所は1例を 図8 建物 B 測定住戸平面図(その2) 142 除いた他で開口部に面しており,バルコニー対向の開 図9 躯体素面状態の重量床衝撃音レベル 図10 躯体素面状態の軽量床衝撃音レベル 口部に面している和室−和室間が D-50,開口部に面 音の影響を緩和したと考えられる. し て い な い 和 室 − 和 室 間 が D-60 で あ っ た( 図13 開口部に面していない和室−和室間と比較すると , (b) ) .また外廊下および吹き抜けに対向した開口部に バルコニー対向の開口部に面している和室−和室間は 面している洋室−洋室間は D-40∼45であった(図 500∼4kHz の広い帯域で音圧レベル差が小さくなっ 14) .バルコニーにはパーティーションがあって回折 ている.建物 A の測定結果と比較しても低下してい 143 図11 下地・仕上面状態の重量床衝撃音レベル 図12 下地・仕上面状態の軽量床衝撃音レベル る周波数帯域が広く,1kHz 帯域では音圧レベル差の ボード )の影響と考えられる.この構造が遮音欠損 値が小さい. 傾向にあることを,筆者らは実験室の測定結果 [17] これは開口部を経由する回折音の他,建物 B の戸 境壁両面に貼られている積層板状材料(断熱ボード ; 押出し法発砲ポリスチレン断熱材を裏打ちした石膏 144 で,羽染らは現場建物の測定結果[18]で報告してい る. この断熱ボードは主に結露対策として施工されたも 図13 隣戸間音圧レベル差(開口部に面した部屋と面しない部屋との比較) 図15 断熱材施工範囲の比較平面図 しかし前記既報から考えて,500∼1kHz の音圧レ ベル差の低下は断熱ボードの影響と推察している.特 に建物 B では意匠上の理由から(部屋壁面に段差が できるのを嫌って),部屋の間仕切りに接する部分ま で 広 い 面 積 に わ た っ て 施 工 さ れ て い る の で( 図15 (c)),影響が顕著になったと考えられる. 上下住戸間の室間平均音圧レベル差は建物 A の居 間食堂−居間食堂間(バルコニーに対向 )が D-55, 図14 隣戸間音圧レベル差(外廊下に対向した 部屋と吹き抜けに対向した部屋との比較) 建 物 B の 居 間 − 居 間 間( バ ル コ ニ ー に 対 向 ) が D-55,洋室1−洋室1間(吹き抜けに対向 )が D-50 であった. 測定結果を図16に示す.いずれも1k ∼2kHz 帯域 ので,通常は外壁面から奥行き 450∼900mm の範囲 で音圧レベル差が低下しており,2kHz 帯域で D 値 で行われる(図15) .建物 B の測定箇所中で戸境壁に が決定している. 断熱ボードが貼られていないのは,開口部に面してい この原因としては,開口部を経由した回折音の影響 ない和室だけである.したがって今回の測定結果から が考えられる.特に洋室1は吹き抜けに対向し,上下 断熱ボードの有無のみを条件とした比較はできない. 住戸を隔てる跳ね出し床スラブが無く,柱や外壁で囲 145 図13 隣戸間音圧レベル差(開口部に面した部屋と面しない部屋との比較) まれている.従って反射音が迂回しやすい条件になっ した影響に関する設計・施工実務者の認識は一般に非 ており,バルコニーに対向する居間−居間間より側路 常に希薄で,調査結果を見て性能低下程度の大きさに 伝搬音の影響が大きくなったものと思われる. 驚かれる例が多い. 躯体壁・床厚が150mm 以上ある本調査例では,空 SI 住宅では長期の耐久・耐用性を重視しているの 気伝搬音に対する遮音性能が躯体壁・床厚にほとんど で,性能・機能の耐用性向上の面でも正確な情報の管 影響されず,側路伝搬経路に大きく影響されていた. 理が必要である. これは文献 [7]での報告例と一致する.また積層板状 その意味で SI 住宅において遮音性能を考える場 材料を貼った戸境壁では,意図的に空気層を設けない 合,従来の評価・表示方法が適当かどうかは検討を要 工法でも遮音欠損の傾向があることが推察された. することと思われる.SI 住宅は将来の内装や間取り 変更を前提とし,その仕様決定に建物使用者を含む多 5.むすび 数の人間が関わる例が多い.今後の重要な研究課題と して,スケルトンとインフィルの分離供給が可能に 長期耐用性を主眼とした SI 住宅を実現するために なった場合における,(現在の様に建物の竣工状態だ RPC 逆スラブ工法を採用した集合住宅において,遮 けではなく )各個別状態での性能測定・評価・表示 音性能を測定調査した. 方法の確立をあげることができる. RPC 逆スラブ工法は類例が少なく各部に新しい試 みを行っている工法だが,今回調査した建物は集合住 謝辞 宅として比較的良い遮音性能を示した.従来から指摘 実施建物の測定資料を使用するにあたり,東急建設 されている PCa 工法の遮音性能上の欠点について 株式会社の方々のご理解とご協力を頂きました.謹ん も,それと推測される様な結果はあらわれなかった. で感謝の意を表します. 他に長所が多い RPC 逆スラブ工法は SI 住宅の有望 146 なモデルとなりうる工法と思われるが,今後も継続し 参考文献 て性能の検証を行う必要がある. [1] 建設省大臣官房技術調査室,建設省建築研究所 一方,二重床施工後では重量床衝撃音遮断性能が低 第五研究部,スケルトン住宅って何?−長持ち 下した結果に見られる様に,インフィルがスケルトン する集合住宅づくりを考える−(建設省,東 単体の持つ性能へ与える影響も明確にあらわれた. 京,1999.4). これらは遮音欠損を見込んだ設計仕様により目標性 [2] 生活価値創造住宅開発技術研究組合,生活価値 能を満足できた.しかし筆者らの経験する限り,こう を創造する21世紀型住宅のすがた(東洋経済 新聞社,東京,2001) ,pp. 102-144. [3] 小西雅 ,“ラーメンプレキャスト逆スラブ構造 の集合住宅の床衝撃音遮断性能について ,”日 本 音 響 学 会 講 演 論 文 集 , pp. 901-902(1997. 3) . [4] 小西雅 ,“ラーメンプレキャスト逆スラブ工法 による集合住宅の遮音性能測定例 ,”日本騒音 制御工学会研究発表会講演論文集,pp. 93-96 (1997.9) . [5] 小西雅,井上諭,羽染武則,杉野潔,山﨑芳男 “SI 住宅における遮音性能の評価・表示方法 に つ い て ,”日 本 音 響 学 会 講 演 論 文 集,pp. 879-880(2003.9) . [6] 日本建築学会,建物の遮音設計資料(技報堂出 版,東京,1988) . [7] 木田寛治 ,“コンクリート系界壁・界床の遮音 特性 ,” 音響技術,25(2) ,pp. 37-42(1996). [8] 小西雅,尾熊藤榮 ,“建築物の構造躯体の隙間 調査法 ,”日本騒音制御工学会技術発表会講演 論文集,pp. 53-56(1994.10) . [9] 百瀬幸治,池田正基,斎藤駿三,鳥居洋 ,“高 遮音性能工法の開発(その2.鋼製浮床の施工 実験) , ”日本建築学会大会学術講演梗概集 D, pp. 275-276(1991.9) . [10]坂場晃三,百瀬幸治 ,“振動制御による高性能 遮音床, ”三菱製鋼技報,33,pp. 29-35(1991) . [11]小西雅,鳴嶋実,尾熊藤榮 ,“ハーフ PCa スラ ブにおける乾式遮音二重床工法の床衝撃音遮断 性能 ,”日本騒音制御工学会技術発表会講演論 文集,pp. 257-260(1992.9) . [12]日本建築学会,建築物の遮音性能基準と設計 指針[第二版] (技報堂出版,東京,1997), pp. 403-424. [13]前掲書[12] ,pp. 363-377. [14]前掲書[12] ,pp. 1-8. [15]前掲書[6] ,pp. 121-140,pp. 156-161. [16]「 音響技術」編集委員会 ,“大型スラブの床衝 撃音 ,”音響技術,25 (3) ,pp. 15-20(1996). [17]小西雅,今井章久 ,“コンクリートに板状材料 を積層した壁の遮音性能について ,”日本音響 学会講演論文集,pp. 867-868(2002.3) . [18]羽染武則,井上諭,瀬戸山春輝 ,“折り返し断 熱による界壁の遮音欠損と対策事例 ,”日本音 響学会講演論文集,pp. 1121-1122(2004.9). 147