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発達心理学会認知発達理論分科会第 16 回例会
報告者: 中本敬子 (京都大学大学院教育学研究科)
Gershkoff-Stowe, L., & Thelen, E. (2004). U-shaped changes in behavior: A dynamic systems
perspective. Journal of Cognition and Development, 5, 11-36.
発達に関する古典的見解
えば,指折りでの数え上げ)が安定して用いられた後,
・子どもから成人への不可避の進歩 inevitable progress
たとえば加算問題を解く経験が十分に積まれ,次の方
・連続性は認められるが,発達は,質的に異なり,構造
略に移行する(声を出しての数え上げ→外的支援無し
的に非連続的で,どちらかというと飛躍の多い段階の
連なりとして描かれてきた.
での方略)と考えられている(Groen & Parkman, 1972).
→しかし Siegler (1987; Siegler & Jenkins, 1989)は,子
→ しかし,このような見解に反する現象として,以前に
どもの方略選択を一試行ごとに分析し,子どもは一度
出来ていた行動 performance が退行したり喪失したりす
に一つのアプローチだけを使うのではなく,複数のア
るといった事実がある.
プローチを使っていることを明らかにした.また,子ども
= U 字型発達 U-shaped development
の方略選択は,階層的にある方略を他の方略に置き
e.g., 不規則変化動詞の過去形,名詞の複数形; 正し
換えるのではなく,それぞれの方略が使用される頻度
く使えたあとに,goed, foots の出現(過剰般化)・
と,それぞれの方略が適用される状況の範囲が変化し
U 字型発達を,発達過程を特徴づける非線形性の特
ていくことが示された.
殊な場合と考える.
非線形性は複雑系のふるまいの不可避な産物である.
このような多様性は発達現象において広く見られる
(Thelen & Smith, 1994).
・多様性は,システムの「ノイズ」ではないし,全体的心的
U 字型発達に対する幾つかの見解
CONTRASTING VIEWS OF U-SHAPED DEVELOPMENT
構造が現れるときに生じるムラでもない.
・このような獲得,喪失,躊躇は変化を研究するための重
要な手がかりであり,実際に変化の源泉であると考え
退行と同じく向上も説明する Explaining Progress as
Well as Regress
これまでの研究は,倍率の低い=全般的な変化に注
目を当ててきた.発達心理学者は,子どもの年齢差にお
ける質的な類似性と差違性に関心を持ってきた.
(たとえば,古典的な Piaget 課題において,隠された物
体を探すかどうか,など)
→心的構造 mental structure の観点から,発達の順序
が考察される(たとえば,子どもが探索するなら,彼らは
対象の永続性の心的構造を持っている,など)
→ こ の 観 点 で は , 発 達 は 一 つ の 静 的 構 造 static
structure から次の静的構造への移行と捉えられる.
られる.
・しかし,このような多様性は,全般的な順序構造 global
order structure の変異の性質を説明しようとする理論に
は challenging である.
・全体的/局所的なレベルでの行動は,二つの異なるリア
リティをもたらす.
全体レベルでは,発達的変異は古典物理での物体
のようなもの:質的に異なる境界のある要素である.
局所レベルでは,変異は素粒子物理学における
“対象”のようなもの:実時間で起こる複雑なプロセスで
ある.
・変化の研究では,成長と減衰の両方をコントロールす
るメカニズムは,実時間におけるプロセスの詳細な研
このような見解の問題点は,発達の全般的な説明が
子どもの実際の活動から乖離してしまうこと.
→実際の行動を細かく研究してみると,子どもは行為
act によって多様性を示しており,何らかの全般的な
究において明らかにされることが重要である.
・他の理論と違い,力学系理論はそのような変容のモデ
ルーー全体的な構造の変化と個々の活動とを統合す
るモデルを提供する.
構造がある証拠とな見なしがたい.
→たとえば,算数の問題を解く課題では,ある方略(たと
行動の関係の性質を特徴づける Characterizing the
2
後すぐと生後 2 ヶ月の赤ちゃんは,非顔様パター
nature of the relationship between behaviors
発達における退行は急激な変化期における slides,
ンよりも顔様パターンを好むが,生後 1 ヶ月の赤ち
dips に関係する.
ゃんではそのような選好が弱まるÆ 二つの独立
・初期の行動と後期の行動をいかにして関係づけて記述
したシステム (Conspec と Conlern)を提唱.赤ちゃ
んへの顔への注意の変化は生後 4—6 週に皮質
するか?
・・・退行を,行動の喪失や消失,あるいは放棄と見なす
下媒介注意から皮質媒介注意へのシフトによって
傾 向 が 強 か っ た (Ausubel, 1958; Bever, 1982;
引き起こされると考えた.このような神経学的な変
Strauss, 1982)
化の結果,Conspec(生後すぐに利用可能なメカニ
ズム)の抑制がおこり,発達的に Conlern メカニズ
・・・しかし,近年,退行を,減衰ではなく,進歩の兆候と
して見なすべきであることが示唆されている(e.g.,
ムが成熟していく.
Stager & Werker, 1997:母語と非母語の聞き分け能
発達的退行に関する近年の議論は,Piaget 理論の二つ
力の変化は,喪失ではなく,再組織化の問題と見な
の側面に起因している.
すべき.パフォーマンスは局所的には落ちているよ
構造レベルでの質的変化を強調する Piaget の段階
うに見えるが,長期的,全体的な変化は成長を示し
理論.Æ global perspective.発達的退行を理解する
ている.)
のは難しい.
個人の認識論史から発達的変化を説明しようとする
Piaget の試み Æ異なる時点での複数の変数の連続
・では,U 字型関数の初期の行動と,後の“成熟”との関
係は?
的関係に関与.対象に対する過去の近くや行為が,
[1] ホントは連続してて見かけ上の問題である
未来の行動を理解するための基盤になる.
・・・Klar (1982) :U 字型パターンは実験方法によっ
て生じた artifact に過ぎない.
・・・Karmiloff-Smith (1992) U 字型に見える行動の
変化と,進化し続けている表象の変化とを区別す
力学系理論の原理
PRINCIPLES OF DYNAMIC SYSTEMS THEORY
べきであると提唱.
[2] 表象システムが置き換えられたことの反映である
・・・世界の新たな表象の仕方は子どもに葛藤を引き
起こし,変化の背後にあるメカニズムとして振る舞
力学系理論は,発達の複雑性と多様性をとらえるため
の包括的な枠組みを提供する (Thelen & Smith, 1994;
Thelen & Ulich, 1991).
U 字型変化に対する力学系理論の説明: 連続性
うことがある(Goldin-Meadow, Aliboali, & Church,
1993).
continuity と,ソフト・アセンブリ soft assembly
・・・温度の概念的理解における U 字型変化(Strauss,
982).年少の子どもは,水に水を足しても温度は
時間的連続性 Continuous in Time
変わらない(冷たいまま)なこと(=常識的な理解)
非連続性は,時間的に連続した過程から生じる.
を知っているが,6—9 歳の子どもでは加法への気
力学系理論の重要な観点は,長期および最近のシステ
づきが現れ常識が崩れる(10 このボタン+10 このボ
ムの履歴が現在の状態に影響するということ.
タン=20 このボタン,10℃+10℃=20℃).その後正
力学計の観点からは,発達システムは,定義により,常
答するようになるが,以前にできていたのとは違う
に変化している.
理由による.
・
Oyama, Griffiths, & Gray (2001) :発達を“連関の
サイクル cycle of contingency”として特徴づけた.
[3] あるシステムから次のシステムへの移行をどのよう
すべての発達の state は,それ以前の state と連関し
に特徴づけるか?
ている.したがって,本当の退行=前段階への逆戻り
¾ 分 化 と 統 合 の 増 加 の 結 果 ? (Strauss & Stavy,
1982)
¾ 一つのシステムがもう一つのシステムを凌駕したり
抑制したりする?
¾ Johnson, Dziurawiec, Ellis, & Morton (1991) :生
はありえない.
¾
脳損傷の患者は,子どものような行動を示すが,そ
の背後にあるメカニズムは同じではありえない
(Thomas & Karmiloff-Smith, 2002).たとえば,歩き
始めた乳児とパーキンソン病の患者.
3
¾
問題はどのようにして行動が“喪失”したり“悪くなっ
課題になるのは,漸次的で線形の変化と,U 字型退行を
たり”するということではなく,パフォーマンスにおけ
含むステージ様で非線形な変化の両方を説明すること
る非線形性を生じさせるのに要素的プロセスがどの
である.
ように再構成されるかということ.
ソフト・アセンブリ Soft Assembly
U 字型行動と乳児の歩行
生物的力学系は,複数の異質な要素から構成される. U-SHAPED BEHAVIOR AND INFANT STEPPING
ある特定の条件の下,システムは変化の複雑なパターン
を生じるよう自己組織化する (Kelso, 995).
自己組織化とは,組織化のパターンが構成要素の相
互作用(のみ)から生じるということを意味する.
乳児の歩行:健常な子どもでは生後 3 ヶ月くらいで歩
行運動パターンが消失するが,生後 8 ヶ月くらいでまた
出現する.
力学系システムの大きな特徴は,循環的因果(すべて,
要素が他のすべての要素の原因となるわけではない)で
ある.
力学系の挙動は,システムが埋め込まれている物理
的世界も含めたすべての要素に依存する.
・新生児:体を垂直にささえて足を床に着けてやると,歩
行のような運動が生じる.
・数ヶ月後には,通常の状況では,この運動を生じさせる
ことは難しくなる.
・1 才近くになって cruising や walking に先立ち,歩行が
発達=単一系内で協調する複数の相互依存的要素
(あるいは下位システム)の産物である.
再開する.
→ 伝統的な一要因による説明:初期の歩行は,皮質
行動は“柔らかく集積されている” behavior is “softly
下の反射による原初的な歩行で,脳の高次機能が成
assembled”. : 構成要素から多くの異なる布置が生成さ
熟するにしたがって,抑制されるようになり,高次機能
れ,そのうちの幾つか他よりも安定した”attactor”となる.
が自発的運動を生み出すのに十分なほど成熟すると
“本当の歩行”が出現する.この脳の成熟が U 字型の
→ この性質ゆえに,行動の安定性は,子どもの履歴
(child’s history)と現在の文脈の両方の関数として生起
発達的変化をすべて説明することになる (Forssberg,
1985; McGraw, 1945).
する.
→ 10 ヶ月児は隠された対象を上手く探すことができる
→ 脳の変化だけでは,このような U 字型発達は説明で
が,この能力はもろく,隠蔽と探索の間の遅延,A trial
きない.むしろ,子どもの身体変化や個人個人の運動
の数,場所の示差性,ゴールへの reaching を含めた
履歴,歩行が誘発されるそれぞれの文脈を含んだ要
練習試行の回数などに影響を受ける(Bremner, 1985;
因のダイナミックな複合と考えるべき.
Harris, 1987; Marcovitch & Zalazo, 1999; Marcovitch,
Zalazo, & Schmuckler, 2002; Smith, Thelen Titzer, &
→ 脳と無関連な歩行の要因
McLin, 1999)
・新生児の歩行を生じさせる姿勢は,“蹴り
力学系は非線形:その時点の要素の状態に応じて,
kicking ” を 減 少 さ せ る (Thelen & Fisher, 1982;
幾つかの要素は最終的なアセンブリに強い影響を及ぼ
Thelen, Fisher, & Ridley-Johnson, 1984).→ 2つ
し,他を支配する.つまり,ある時点では,幾つかのパラ
の運動は非常に似ているため,脳の成熟では上
メータの変化に鋭敏になり,要素の小さな変更はシステ
手く説明できない.
ムを新たな形式に変化させる.-->しかし,その要因が原
・生体力学的な文脈の重要性 (Thelen & Fisher,
因で変化が生じたという風にはいえない.システムは常
1982).新生児は生後 1 月の間に皮下脂肪がつき
に変化しているから.
体重が重くなるが,筋力がそれに応じて強くなる
発達における新しい行動は,以前に起こった出来事と
わけではない.--> そのため,起立した状態での
直接関係ないように見える理由から生じる.生体系は,
歩行は難しくなるが,横になった状態での蹴りは
時間的に連続した複数の部分の全体的調和から一貫し
続く.--> 歩行が見られない子どもでも,水の中に
た行動を創り出す.これはヒトの言語のような複雑な行動
足を入れ,筋力の負荷を低くすれば,歩行を再び
から,単純な動物の移動まですべてにおいて真である.
引き出すことができる
(Thelen, Fisher, &
4
1999; Thelen, et al., 2001; Thelen & Smith, 1994)
Ridley-Johnson, 1984).
→ このような非神経的変化が,訓練により歩行を維持で
・力学系モデルにヒントを得たモデル化(行動は
きる( Zelazo, Zelazo, & Kolb, 1972)理由と考えられる.
多くの要素から創発し,時間と共に進化する)
この訓練には,直立姿勢にさせることで足を強くする
・このモデルに応じて,(1)乳児は対象が隠されて
効果がある他,そのような動きを補助する神経経路に
いない状況でも,実験者がカバーを揺らすだけで
対する入力を豊富にもする.つまり,訓練は,筋力とス
そちらに反応して,A-not-B エラーを起こす,(2) A
キルの両方に影響を及ぼす.このような介入は,複雑
の場所を探す試行の回数によって,固執が見られ
な状況システムに複数の影響を与えると考えられる.
るかどうかが異なることが実験により発見された.
→ A-not-B エラーは対象とその属性の心的表現だけの
問題ではなく,モノへのリーチングや運動の決定へと
U 字型行動発達と乳児の固執:2つの例
U-SHAPED
BEHAVIOR
AND
PERSEVERATION: TWO EXAMPLES
導く知覚的,認知的プロセスにも関与していることを示
INFANT
す(ターゲットの視覚的属性,どちらにリーチングする
かの手がかり,視覚入力が無くなったときにどれくらい
それに固執するか,入力を統合し運動を決定するまで
発達における退行と再出現は,単一の“脱身体化され
た”原因を考えている限り,驚くべき現象だが,しかし,U
字型現象は,一般的な知覚的,運動的プロセスを含め
たシステム全体を考慮した方が上手く説明できる.
本章では,力学系アプローチによる U 字型発達の予
測と,実験による検証とを,2 つの例で示す.
の時間依存的なプロセス,一方への反復的なリーチン
グの記憶構成など).
→これらのプロセスは乳児に特有なものではなく,世界
で適応的に動くために必要な一般的プロセス.
→固執は,自発的行動の正常な発達とその背後にある
メカニズムとによって,生じると考えられる.
・見分けにくかったり,一部しか見えないターゲットを
A-not-B 課題における固執的リーチング Perseverative
Reaching in the A-not-B Task
・Piaget の A-not-B エラー
知覚的に同定する能力
・隠されたあとでも,ターゲットとなるモノと場所を覚
えておく能力
・8—10 ヶ月児が,二つの同じ見た目の場所の内の
・競合する刺激のどちらかを選ぶ能力
一つを選んで隠された物を探す(カバーをはずす)
・行為のプランを立てるために,以前の行為の結果
ときに起こるエラー.
・はじめ A の場所で何回か物を見つける経験をさせ
たあと,実験者が物を隠す場所を B にうつす.
・乳児はモノが新しい場所に隠されたのを見ている
が,モノを隠すのとリーチングの間に遅延があると,
固執的傾向を示し A の場所を探そうとする.
・12 ヶ月児では,隠されたオモチャの移動をきちんと
を思い出す能力
→以前の行動の早期が新しい刺激事態と競合するため,
固執が起こると考えられる.
→行動は“柔らかく集積されている”ため,行為者の発達
位だけでなく,状況によっても行動は影響を受ける.
→このような観点から,U 字型の変化を予測したモデル
を述べる.
追跡できる.
・A-not-B エラーの源泉と意味
・ 対 象 概 念 に 関 す る 現 象 ? (e.g., Butterworth,
1977; Piaget, 1954)
モデルは課題分析から始まる The Model Begins with
a Task Analysis
・複合要因的で時間依存的な固執の説明は,力学場モ
・他の側面(空間能力,短期記憶,実行機能など)
デリングに基づく数理的理論でなされている(Thelen,
の変化によるもの? (Acredolo, 1985; Diamond,
et al., 2001).このモデルは,課題の精密な分析を要
1985).
する.
・現象自体は,ある条件下では頑健に観察される
ものの,文脈依存的で,様々な実験操作によっ
て変化する.その両方を単一の原因で上手く説
明できている理論はない.
・力学場モデル Dynamic field model (Smith et al.,
・A-not-B エラーを,視覚,決定,リーチング,想起の一
般的なプロセスの統合として捉える.
(1)
乳児は,課題のレイアウトを見る.典型的には,
課題は,6−8インチ離れたターゲットを置く2つの
同一の場所(カーテンや覆いでくぼみを隠してい
5
る)からなる.
(2)
課題レイアウトは,乳児に対して少とも連続的
な入力を与える.
(3)
実験者は,乳児に対して,オモチャの魅力を
Highlands, Spahr, Thelen, & Smith, 2001; Smith, et al.,
1999).
・A へのリーチングの記憶には,運動そのものの痕跡や
腕の軌跡の記憶が含まれる.
示す視覚的・聴覚的手がかりと,それを隠した場
→ 固執を示す乳児はリーチングの時空間的パスが試
所に関する手がかりを与える(乳児が数秒の間だ
行を重ねるごとに似てくる(次の試行に影響を与えるの
け見ることのできる一時的な手がかり).
に十分なくらい,リーチングの記憶が残っている;
(4)
遅延.このため乳児は手がかりを想起しなけ
ればならない.
(5)
乳児は A と B のどちらに手を伸ばすかを決定
し,リーチング.(この決定は,手がかりの強さと乳
Dietrich, Thelen, Smith, & Corbetta, 2000).
→ A 試行と B 試行の間で,乳児の腕に重りをつけたり
外したりすると,運動の記憶を破壊し,固執傾向を減
衰させる(Dietrich, Thelen & Smith, 2002)
児の過去経験の関数になる)
A-not-B における U 字型行動 U-Shaped Behavior in
→ A-not-B エラーはさまざまな要因で構成される.
(1)
新規で混乱しやすい課題レイアウト
(2)
A-not-B
・伝統的には A-not-B エラーは,対象概念の不完全さ
実験者によるターゲットへの注意誘導により,
や,記憶あるいは抑制的コントロールの欠如などで説
片方の場所(A)を選択し,筋運動のプランをたて,
明されてきた.これらの説明では,年少の乳児ほど固
リーチングする.
執的エラーを示すことが予測される.
(3)
A へのリーチングの記憶が残り,後の決定に
・力学的,身体化の観点からは,異なる予測
影響する.(A へのリーチングは,A を選ぶ決定へ
・もしリーチングの運動記憶が A-not-B エラーの固執に
のバイアスをかける.回数が多いほど,バイアスは
影響しているならば,一貫したリーチングをしない乳児
強くなる.)
は運動の記憶を形成できず,固執を示さないと予想で
(4)
実験者が A の手がかりを示すたび,このバイ
アスは増強する.
(5)
ターゲットの場所が移動される.今度は乳児は
B に対する手がかりを与えられる.
(6)
B 手がかりの記憶は消えるが,A へのリーチの
記憶はそうではない.そのため,A の記憶は B 手
きる.つまり,安定したリーチングが出来るようになった
乳 児 の 方 が , A-not-B エ ラ ー の 成 績 は 悪 く な る
(Clearfield, Thelen, & Smith, 2002)
・シミュレーション・モデルの該当パラメータを変更したと
ころ,U 字型の傾向を示した.
・Munakata (1998)も PDP モデルで同様の予測を示した.
がかりと競合し,A が勝つと,乳児は A にリーチン
グする.
・Clearfield et al. (2002)の実験で U 字型の変化を確認.
・14 人の被験児.5-8 ヶ月を追跡
(Figure 1 p.22 参照)
・ それぞれの月齢で,覆いだけ(隠したモノ無し)の
A-not-B 課題を実施:子どもは 7 ヶ月くらいまで隠
・A へのリーチングの回数が多いほど,B ターゲットの試
されたモノを探そうとはしないため,この課題を用
行での固執を示すことを予想.→ Smith et al. (1999)
いた.しかし,彼らは target へのリーチングはでき
でこの予測を確認.
る.刺激は,Smith, et al. (1999)の「隠されたモノ無
し条件 no-hidden object condition」と同じ(茶色の
身体的な部分 Embodied Part
「覆い」が茶色の箱にかかっている.8 ヶ月児と 10
力学理論で予測されるとおり,A へのリーチングの記憶
ヶ月児では,このような刺激では隠されたモノがあ
の強さが新しい手がかりを上回ることで A-not-B エラーが
ろうとなかろうと,同じくらい率でエラーを起こすこ
観察された.
・他にも,以下のことが示されている.
とを思い出して欲しい).
・ A 試行を 6 回(うち,4 回は訓練試行.覆いはボッ
・A への繰り返しリーチングは習慣を形成するが,姿勢を
クスのずっと前に置かれており,だんだん B の覆
変えたり,注意の焦点を変えたり,ターゲットをカラフル
いの隣にくるところまで位置を下げられる.その後
な も の に し た り す る と , 習 慣 は 阻 害 さ れ る (Dietrich,
2 回の A 試行を行い,2 回の B 試行を行う.B 試
6
行では,モノを隠すのとリーチングの間に 3 秒の
て,親と一緒に絵本にあるなじみのあるモノの名前
遅延を置く.
を呼ぶ.同時に,家庭で子どもが新たに話した単語
(Figure 2 p.24 に結果あり)
を親に日記で記録してもらう.この日記で,語彙爆
・ 5 ヶ月児ではあまり固執を示さない.ただし,14 名
発の兆候を推定.
中 6 名しか課題を完了していない.6 名は 1 試行
目で固執を見せる傾向がある.A へのリーチの記
・語彙の増加比が最も大きくなる時期に,呼称エラー
の急増と急減が見られる.
憶が弱いと,B へのリーチが阻害されない.また,
・子どもが発話する語として約 75 語を獲得した時期.
2 つの対象の見分けがつかない場合,どちらへの
・多くのエラーは,子どもが既に知っている語で起こっ
リーチングもしないということも考えられる.
ている.つまり,過剰拡張として起こっているのでは
・ 8-10 ヶ月での固執は,さまざまな要因(2つの同じ
なく,よく知っているモノに対して,かつては正しく呼
ターゲットがあるという不慣れな状況,遅延の後に
称できていたのに,違う単語で呼称してしまうエラー
手がかりを思い出す必要性,一つのターゲットへ
である.
の繰り返しのリーチング,知覚・運動的痕跡を残
・エラーは,主として固執的な傾向が見られる:ついさ
すのに十分に安定したリーチング)におって生じる.
っき発話した語の繰り返しになっている.(馬の絵を
これらは.知覚,決定,想起,運動に関する一般
さしながら horse と言ったあと,靴の絵をさしながら
的なプロセスなので,条件によってはもっと年上の
子ども(やオトナ)でもエラーが生じる.
horse)
・辞書的記憶から適当な語を検索する際の困難さを反
映していると考えられる.
馴染んだ対象に対する固執的な呼称 Perseverative
Naming of Familiar Objects
生後 12 ヶ月から 2 歳くらいの間に,子どもは話さない
状態から話す状態へと劇的に変化する.
語彙量の爆発的増加
初 語 の 多 く は 対 象 名 で あ る ( Bloom, Tinker, &
Margulis, 1993; Gentner & Boroditsky, 2001).
・これらのエラーが語彙爆発の開始点と結びついてい
ることから,辞書 lexicon の急激な増加によって,語
の正しい検索に関するプロセスが弱くなることに起
因すると考えられる.
・エラーが増加する時期は,実験室での子どもの発話
が増加する時期とも対応している.
・しかし,発話,生成される単語の増加比がその後も大
きくなり続けるにもかかわらず,子どもの呼称エラー
・子どもは,あるモノの名前を呼ぼうとして,他の単語を間
違って使うことがある.
は語彙爆発の初期にのみ見られる.
・つまり,語彙がほとんどないときにエラーを起こしてい
・単語の意味について仮説をテストしている?
るわけでも,たくさん発話をするからエラーを起こし
(Bowerman, 1978; Clark, 1973; Vygotsky, 1962)
ているわけでもない.むしろ,多くのエラーは,子ど
・語彙が少ない状態でコミュニケーションを達成
もが新しい語を話す量が増え始めた時期に見られ
しようとするための語用論的な解決? (Bloom,
る.
1973; Hoek, Ingram, & Gibson, 1986)
・概して過剰拡張のエラーとして捉える.
・2 歳後半の語彙爆発のはじめにこのエラーが多く見ら
れることを示唆する研究者もいる(Macnamara, 1982;
Rescorla, 1980).
・語彙の増加率が,発達が加速する時期での一時的
なエラーの増加の制御パラメータになっていると結
論できる.
・しかし,力学系の観点から言えば,単一の事柄に呼称
エラー増加の原因を帰属させることはできない.おそ
・語彙爆発が始まったあとも,過剰拡張は続いたり増え
らく,語の親近性の程度や,エラーの前に何回その単
たりすることを指摘する研究者もいる(Dromi, 1987).
語を発話したか,モノの視覚的特徴や,ページ上での
・しかし,このエラーの背後にあるのが単一の現象なのか,
位置,何回呼称のためにその絵が見せられたか,また
関連する複数の現象があるのかはよく分かっていない
意味的な関連性はどうかなどの複数の要因の組み合
(Gershkoff-Stowe, 2001)
わせによりエラーが生じていると考えられる.
・Gershkoff-Stowe & Smith (1997)
・固執的呼称は,多くの新しい単語を獲得中のもっと年
・生後 15 ヶ月くらいから 6 ヶ月にわたって,子どもの自
長の子どもにも見られる(Gershkoff-Stowe, 2002)し,高
発的呼称を記録.子どもは 3 週間ごとに実験室にき
速呼称条件下での正常な成人(Dell, 1986)や成人の
7
失 語 症 患 者 (Dell, Schwartz, Martin, Saffran, &
よく練習されている.そのため,活性化と減衰は素早く
Gagnon, 1997)にも見られる.
なる.
・それぞれの話者集団にとって,制御パラメータは異なる
だろう.ある時期,ある文脈の元では,少数の要素の
・語彙爆発の前の段階では,子どもはあまり話さないし,
それぞれの発話に時間がかかる.
小さな変化がシステム全体を不安定にする.また,別
・語彙爆発が始まると,子どもはよく話すようになるため,
のときには,類似の変化はシステムの安定性にほとん
語彙の検索は時間的に近接して行われるようになる.
ど影響を及ぼさない.
また,一つ目の語の減衰が遅いので,次の語の検索
・A-not-B 課題の場合と同じく,モノの呼称の正確さは,
子どもの知識だけからは説明できない.
・正確な反応の起こりやすさは,内的プロセスと外的条
件の相互作用の産物として生じる.
・固執的呼称における U 字型変化は,エラー率は発話
語彙の成長における変化,発話の頻度,直前の反復,
に干渉する.
・語彙爆発の後期では,新たな語が発話語彙に急激に
付け加わり,語が時間的に近接して検索されるように
なる.しかし,すべての語の活性化レベルは強くなっ
ており,減衰の速度も速くなっている.そのため,一つ
目の語が二つ目の語を干渉することは少ない.
呼称されるモノの特性に依存している.より一般的に
いえば,U 字型の行動変化は複数プロセスとイベント
の相互作用から生じる.
・これらの説明が示すとおり,U 字型の行動変化は,連
続的なシステム要素の変化から生じている.乳児歩行
と同じく,背後にある変化は,リーチングの固執に固有
なわけでも,呼称の固執に固有なわけでもない.より,
固執のメカニズム Mechanisms in Perseveration
リーチングの活性化と減衰のパターンから,A-not-B
基本的なプロセスと,それらのプロセスの練習による向
上によって生じている.
エラーの生起を考える.
・A-not-B エラーでは,固執は隠されたモノに関する乳児
(Figure 3 p.28,Figure 4 p.29 参照)
の“表象”とは独立に生じており,手がかりからリーチン
グまでの間,心にオモチャを留めておくことだけに依
・リーチングにほとんど熟達していないときには,リーチン
グの活性化の立ち上がりは遅く,減衰も遅い.そのた
存してるわけではない.これは,5 ヶ月児でもそれがで
きることから明らかである.
め,次の試行に対して弱い痕跡しか残さない.
・リーチングにある程度熟達してくると,活性化の立ち上
がりが早くなり,全体的な強度も強くなる.そして,減衰
には時間がかかる.
・これらによって,ある試行が次の試行に影響を及ぼす
かどうかが決まる.
・課題が困難になると,年長児やオトナでも固執を示すよ
うになる.
・Spencer et al. (2001) 2 歳児でも,オモチャが砂箱
に隠され,遅延が 10 秒になると,固執傾向を示
す.
・固執はさまざまな原因で起こる:ここでは,運動の活性
呼称の固執も同様のメカニズムで説明できる.
化と記憶で U 字型変化を説明したが,遅延期間の間に
・語彙アクセスの速度と正確さには,単語の頻度が影響
位置を記憶しておくことも他の年齢では変化に関連して
することが知られている.つまり,語を使用した頻度が
いる.また,位置の記憶自体,知覚学習や注意のメカニ
多ければ多いほど,検索は確実になる.
ズム,抑制-活性のネットワークの発達など,様々な原因
・発達の初期では,子どもはすべての語をあまり練習し
によって影響されている.
ておらず,検索の家庭では弱い活性化と遅い減衰が
あると考えられる.
・多くの語を獲得したころには,幾つかの語はよく練習さ
・絵呼称課題でも,固執は,単語の頻度や語彙の競合
相手の強さなどに関連する様々なプロセスで起こる.
れて,安定した強い活性が生じるようになるが,まだ減
・語彙爆発が始まった時期に,直前に活性化され
衰には時間がかかる.
た語からの干渉に脆くなるには幾つかの理由があ
・語彙爆発の後期には,もっと多くの語を獲得しており,
幾つかの語はあまり練習されていないが,多くの語は
る.
・辞書に単語が増えることで,検索時に競合が起
8
こる可能性が高まる (Charles-Luce & Luce, 1990)
・どの領域においても,発達は,カプセル化されたモジュ
・語の生成が増えることで,検索の間隔が短くなる.
ールとして捉えるべきでなく,文脈の中の生体 the
cf. 複数の語からなる言語表現を使い始めた時期
organism-in-context の集積的な状態として捉えられね
には,繰り返しや置き換えなどのエラーが見られる
ばならない.
時期がある (Wijnen, 1990)
・呼称の連数をすると,固執エラーを起こす傾向を減ら
すことができる (Gershkoff-Stowe, 2002)
・15-21 ヶ月の子どもを 2 つの段階で訓練
・ ま た , U 字 型 変 化 は , 能 力 competence と 運 用
performance の区別がもはや妥当でないことを示唆す
る.
→すべてのパフォーマンスは豊かな発達履歴と特定
・第一段階: 両親と一緒に絵本をみながら,12 個
の課題によってその場その場で構成されるため,子
の実験刺激を,名前を聞いたり話したりして学習
どもの“真の”能力とは?という問いには答えることが
する.
できない.
・第二段階: 12 個の単語の内 6 個についてさらに
学習する.
・低学習の単語の方が,高学習の単語よりも,一貫
してエラーが多い.
・特に語彙爆発の開始時期では,低学習語のエラ
ー増加が著しい.
・子どもは計数と加算減算の“生得的”基本的能
力を持っていると言われてきたが(Wynn, 1995),
より年長の子どもが似たような課題に失敗する
(Mix, Huttenloche, & Levin, 1996).
・表面上似たような行動を示しても,園は以後にあ
るプロセスは大きく異なる.
・同じ単語を練習で繰り返し想起したり発話すること
・乳児の中核的能力を証明しようとしている課題の
で,その語は他の競合語からの干渉されにくくな
構造が,より単純な知覚的処理を反映している
る.
ことを指摘する研究者もいる(e.g, Clearfield &
・この結果は,健常成人と失語症の成人に,発音し
Mix, 1999; Haith, 1998).また,中核能力が後
にくい語を練習させた研究の結果と一致する(Dell,
の数学的スキルと連続していることは保証され
Burger, & Svec, 1997; Schwartz, Saffran, Bloch, &
ていない.
Dell, 1994).
・U 字型行動変化は,発達の複雑性・非線形性に目を向
・認知の変化は知識の変容から生じると広く信じられて
けさせる大きな役割を持つ.
いるのに対し,正反応が起きるかどうかは知識だけか
・このような行動変化は,伝統的な仮定への挑戦となるた
らは説明できないことを示してきた.むしろ,それは,
め,変化を生み出すメカニズムをよりつぶさに探求せ
子どもの内と外の両方における複数のプロセスの産物
ねばならない.
として起きると考えられる.
・このようなつぶさな探求こそが,すべての発達的変化を
理解するのに役立つものである.
結論 CONCLUSIONS
乳児歩行,リーチングでの固執,モノの呼称における
U 字型行動変化
・見かけの退行は,発達とタスクの履歴が特定の形で結
びつくことで生じる.
・あらゆる意味で,退行は子どもの内部だけで起こってい
るのではない.むしろ,これらの行動は,ある(特殊な)
課題環境での,基本的なプロセスのソフト・アセンブリ
から生じていると考えられる.
・U 字型変化は,発達が発展的なものばかりではないこ
とを示す点で重要なだけでなく,発達のプロセスを明
らかにするための窓としても重要である.
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