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有声促音の音声的有声性に見られる地域差

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有声促音の音声的有声性に見られる地域差
有声促音の音声的有声性に見られる地域差
高田 三枝子(愛知学院大学)
[email protected]
1. 研究の背景
日本語の破裂音の音声詳細について、特に語頭(発話頭)の環境では、破裂前の声帯振
動(以下、prevoicing)の有無という点で明確な地域差と世代差が見られる(高田三枝子 2011)。
すなわち特に古い世代で東北では prevoicing を伴わず、関東以西では伴うという地域差がみ
られる。関東以西は特に近畿がその典型を示す地域で、prevoicing を伴う率が高くまたその
持続時間も長いものが観察される。関東以西では世代差も見られ、若い世代ほど prevoicing
を伴わない音声が増えている。こうした地域差および世代差は、語頭以外の音環境におい
ても観察されるのだろうか。
促音に後続する破裂子音は語中環境であるが、通常の非促音環境とは閉鎖区間の長さに
おいて大きく異なる。通常語中では破裂音の有声性の弁別に先行母音に対する閉鎖区間の
比が関わることが知られる。杉藤美代子・神田靖子(1987)は「破裂の強さ、声帯振動の
有無、あるいは VOT 等」よりもこの閉鎖区間の比率が弁別には重要であり、また/ata/の子
音閉鎖区間を先行母音+閉鎖区間の 4 割以下にした場合に/ada/に聞こえたという結果を示
している。促音の後続破裂音の場合も有声性により閉鎖区間の長さが音響的に異なること
が報告されているが(本 WS 川原講師の発表参照)、しかし促音による閉鎖区間の伸長は、
有声性の弁別、特に有声音の判定に困難を生じさせることが考えられる。有声促音は従来
音韻的な制約によりほとんど発音の機会がなく、有声促音の有声性の弁別が問題になるこ
とはあまりなかったが、近年、外来語の増加に伴い発音の機会が増加し、その有声性が明
確に弁別される発音が求められるようになったと考えられる。閉鎖区間の比率に代わり、
有声促音の子音の有声性を明確にする方略としてまず考え得るのは、実際に音声的な有声
性すなわち子音の閉鎖区間中の声帯振動であろう。この点において、各地域の発音の実態
はどのようであろうか。地域差は見られるのだろうか。以上のことから本発表では東北、
関東、近畿、三地域の有声促音閉鎖区間の声帯振動の出現パターンについて比較を行う。
発表者は先に、先行研究(高田正治 1985、Kawahara, S. 2006、松浦年男 2012)や自らの
分析をもとに、有声促音の閉鎖区間の声帯振動のパターンについて、まず先行子音から継
続的な声帯振動として捉え得るものと、後続子音の prevoicing として捉え得るものとに分け、
それらの有無および連続性の観点から以下のパターンの存在を認めた(高田三枝子 2013)。
<閉鎖区間中の声帯振動のパターン>
1.
声帯振動なし
2.
声帯振動あり
a.部分的
ア.前節母音からの持続のみ
イ.後続有声音の prevoicing のみ
ウ.前節母音からの持続と後続有声音の prevoicing
(1)
(2)
(3)
(4)
b.全区間中持続
(5)
本発表では各地域におけるこれらのパターンの出現比率を示すとともに、持続時間等の詳
細な分析の結果を含めて報告する(世代についてはデータ数及び紙幅の都合上、参考にと
どめる)。なお、本発表では音韻的に有声あるいは無声子音の後続する促音をそれぞれ「有
声促音」「無声促音」、と呼ぶが、これは閉鎖区間が音声的に有声であるあるいは無声であ
るということを意味するものではない。
2. 資料と分析
本研究で分析する資料は、2006~7 年にかけて、語彙読上げ式による面接録音調査により
収録した 10 語(表 2 参照)の単独発話音声資料である(サウンドデバイス Edirol UA-3FX、
マイク SONY PCM-MS957 使用。サンプリング周波数 22050Hz,量子化ビット数 16bit。こ
の調査及び資料のさらに詳細な内容は高田(2011)を参照)1。今回分析する資料の発話者
は、表 3 に示すとおりである。この表以降、話者は話者の地域(THK=東北(秋田県)、KNK
=近畿(大阪府、兵庫県)、KNT=関東(東京都))、当時年齢、性別(F=女性、M=男性)
に従って付けた話者記号で示す(同属性の話者が複数名いる場合は識別番号を最後に付す)。
なお分析資料中、T80M の「仏陀(ぶっだ)」、「スラッガー」の発話についてはその非流
暢性により分析不可であったため除外した。
表 1: 分析対象語
子音の有声性
有声
無声
語
グッバイ
河童(かっぱ)
仏陀(ぶっだ)
打った(ぶった)
ベッド
ペット
スラッガー
サッカー
バッグ
バック
表 2: 分析対象話者
話者
市町村
生年月
THK17M
秋田市
1988.9
THK19F
横手市
1987.3
THK20F
秋田市
1986.5
THK28M 南秋田郡
1976.6
THK34F
秋田市
1972.5
THK36M
横手市
1970.2
THK40F
鹿角市
1965.12
大仙市
1955.5
THK51M
由利郡
1951.3
THK55F
THK63M 由利本荘市 1942.9
THK63F
秋田市
1942.8
THK79F1 秋田市
1928.2
THK80M
秋田市
1925.6
話者
市町村
生年月
KNK16M
KNK19F
KNK21F
KNK26F
KNK30M
KNK36F
KNK46M
KNK49F
KNK51F
KNK56M
KNK60F
KNK65F
KNK87F
豊中市
大阪市
豊中市
泉南市
堺市
大阪市
大阪市
箕輪市
堺市
大阪市
吹田市
大阪市
神戸市
1989.10
1987.3
1985.1
1979.7
1975.7
1970.2
1960.7
1956.10
1955.5
1950.3
1946.5
1940.9
1918.10
話者
市町村
KNT15F
東久留米市
KNT16M1
東久留米市
KNT23M
東久留米市
KNT29F
東久留米市
KNT33F2
新宿区
KNT38M
中野区
KNT43F
中野区
KNT45M
練馬区
KNT52F1
新宿区
KNT56M
東久留米市
KNT65F 荒川区・文京区
KNT69M 荒川区・文京区
KNT77F
新宿区
KNT79F
東久留米市
生年月
1990.11
1990.1
1983.11
1976.12
1973.4
1968.11
1962.6
1960.8
1954.3
1949.9
1940.12
1937.6
1929.1
1926.6
分析では、先行母音の終端から後続子音の破裂までを「閉鎖区間」とし、閉鎖区間内の声
帯振動の始点と終点を計測し、持続時間を測定した。
(Praat (ver. 5.1.02)および Waveserfer (ver.
1
財団法人博報児童教育振興会「2005 年度第 1 回博報『ことばと文化・教育』研究助成」を受けた。
1.8.5)を使用)。また観察されるエネルギーの周波数帯域が声帯振動に相当することの確認の
ため狭帯域スペクトログラムを利用した。声帯振動の測定後、先に示した(1 節参照)5 つ
パターンに分類した。閉鎖区間の声帯振動が全くない、あるいは先行母音に引き続く声帯
振動が 10ms 以下の場合を(1)、先行母音に引き続く声帯振動が見られ、これが閉鎖区間途中
で途切れる場合を(2)、先行母音に引き続くのではなく、閉鎖区間途中から声帯振動が開始
する(後続子音の prevoicing と見なせるもの)場合を(3)、上記(2)と(3)の声帯振動が同時に
見られる場合を(4)、閉鎖区間中途切れることなく声帯振動が続く場合を(5)とした。
3. 結果
無声音
KNK
閉鎖区間の声帯振動のパター
ンについて地域、有声性別に示
KNT
THK
したのが図 1 である。無声促音
1
2
3
4
5
有声音
の場合は各パターンの比率に
あまり地域差が見られない(な
おパターン(3)については全地
域を通じて観察されなかった)。
KNK
KNT
THK
0%
一方、有声促音の場合には地域
差が見られる。特に近畿(KNK)
と東北(THK)の間
25%
50%
75%
100%
図 1: 促音閉鎖区間の声帯振動パターン出現比率
40%
で大きく異なり、関
THK
30%
東(KNT)はその中
KNT
間的な様相を見せ
20%
る。近畿では(4)およ
10%
び(5)の比率が高く、
0%
この 3 パターンを合
わせると 50%以上を
KNK
<10
<30
<50
<70
<90 <110 <130 <150 <170 <190 190≦
図 2: 先行母音に引き続く声帯振動の持続時間分布(ms)
占めるが、東北ではこれらのパターンは 10%程度にとどまる。
ところで、先行母音に引き続く声帯振動に注目すると、これはどの地域でもかなり多く
の発話で観察される((1)以外はこれを持つ)。この先行母音から引き続く声帯振動の持続時
間に関しても、有声音において地域差が見られる(図 2;ここでの分析対象は(2)と(4)のみで
(5)は含まない。また無声音の図は割愛するが、半数以上が 30ms 以下、100ms 以下にほぼ全
てが収まり、地域差はあまりなかった)。どの地域も有声音の方がより長く持続するが、近
畿では特に 100ms 以上持続させるものがしばしば見られる(近畿の(2)(4)で、11/32 個)。
4. 結論
以上、東北、関東、近畿の 3 地域の有声促音における声帯振動の現れ方について見た。
先に閉鎖区間中の声帯振動に地域差が見られる可能性を指摘したが、果たして地域差はあ
ると結論付けられる。ただし閉鎖区間中の声帯振動は、先行母音からの持続によるものと
後続子音の prevoicing として生起するものとに分け、その内特に地域差が観察されたのは後
者の後続子音の prevoicing についてであった。
また地域差の様相は語頭環境の有声破裂音の prevoicing のものと似ていた。すなわち語頭
環境で有声破裂音が prevoicing を伴う地域(関東以西、特に近畿)では有声促音でも後続子
音が prevoicing を伴う割合が高く、語頭環境でこれを伴わない地域(東北)では有声促音で
もほとんど伴わなかった。また先行母音から引き続く声帯振動の長さに関しても、近畿で
は他の地域よりも長い音声が観察された。
なお東北方言については、方言的発音として「あるところ」を[addo֙o]のように発音する
場合がある。これは共通語的には「アッドゴ」のように「有声促音」として認識され得る
が、この音声では閉鎖区間で声帯振動が閉鎖区間中持続するパターンが見られる(例、「お
国ことばで聞く桃太郎」(佐藤亮一(2002)付属 CD)の山形県の話者)。ただしこれらを今回
扱ったものと同列に扱うべきかどうかについては疑問の余地がある。すなわち高山倫明
(2012)が指摘するように、上記のような「有声促音」の後続子音は、本来他方言のいわ
ゆる「清音」に対応するもので、「促音+語中清音」と解釈し得る。これに対し本研究で扱
った発話は、話者は「促音+濁音」の文字列を受けて発音しており、「濁音」として音韻的
解釈がなされた上での発音であると考えられるからである。つまり話者の音韻的評価が異
なっている可能性を考える。この点は大変興味深く今後の課題とすべきであろう。
なお本発表では各地域の世代差については触れることができなかった。また他地域の分
析も必要である。さらに有声性の弁別に関わる音声特徴は他にもあり(本 WS 川原講師の
発表参照)、今後、合わせて検証を進めたい。
参考文献
Kawahara, Shigeto (2006) “A faithfulness ranking projected from a perceptibility scale: The case of
[+voice] in Japanese.” Language 82: 536–574.
松浦年男 (2012)「有声阻害重子音の音声実現における地域差に関する予備的分析」『第 26
回日本音声学会全国大会予稿集』, 37-42.
佐藤亮一 (2002)『お国ことばを知る
方言の地図帳』
東京:小学館
杉藤美代子・神田靖子 (1987)「日本語話者と中国語話者の発話による日本語の無声及び有
声破裂子音の音響的特徴」『大阪樟蔭女子大学論集』24, 1-17.
高田正治 (1985)「促音の調音上の特徴について」国立国語研究所(編)
『研究報告集』6(国
立国語研究所報告 83), 17-40.東京:秀英出版
高田三枝子 (2011)『日本語の語頭閉鎖音の研究―VOT の共時的分布と通時的変化』 東京:
くろしお出版
Takada, Mieko (2013) “Regional Differences in Sound Patterns during the Closure of Japanese
Voiced Geminates” Presented at 3rd International Conference on Phonetics and Phonology, Dec.
20-22. Tokyo, National Institute for Japanese Language and Linguistics.
高山倫明 (2012)「促音の音用論」『日本語音韻史の研究』, 129-145.東京:ひつじ書房
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