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購買力平価に関する若干の論点について

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購買力平価に関する若干の論点について
大阪経大論集・第60巻第1号・2009年5月
1
購買力平価に関する若干の論点について
松川太一郎氏のコメントに答える
泉
は
じ
め
弘
志
に
松川太一郎氏が鹿児島大学経済学会『経済学論集』に「ICP の実践的意義を考察するた
めの手がかりについて
泉弘志・李潔・梁玉著『購買力平価と産業連関表の多国間比
較
日中韓2000年を対象に』における ICP 購買力平価計算式の利用形態を素材として
」
という論文を書かれ,我々の論文をコメントして下っている。我々の論文を丁寧に読み,
コメントして下さったことに対し篤く感謝する。
私は購買力平価に関して研究していて非常に複雑な難しい問題だといつも感じているの
であるが,この論文を読んで,購買力平価を中心テーマとして長年研究されている松川氏
にとってもそうであることがわかり,その苦闘されている様子に共感を覚えた。ここでは,
意見が相違している,あるいは我々の考えが十分には理解されていないと思われるいくつ
かの論点について私の考えを率直に述べ,お互いの理解が少しでも深まるとともに,購買
力平価に関心を持つ多くの人に参考になることを期待したい。
1.泉李梁論文の購買力平価と ICP や『現代経済学事典』の購買力平価
松川氏は,「(泉李梁論文の)購買力平価の概念が通常と異なっている。『本論文(=泉
李梁論文
1)
では,各国通貨表示の産出額を不変価格表示するための換算比率全般を『購
買力平価』と呼んでいる。これらの換算比率は,むしろ,国際不変価格デフレーターと称
するのがその本質をより適切に表す」2) と書き,泉李梁論文の購買力平価概念が ICP や経
済学事典の購買力平価概念と異なっているということを強調する。
しかし,ICP の購買力平価は各国通貨表示の GDP およびその支出サイド各項目を不変
価格表示するための換算比率であり,泉李梁論文の購買力平価は各国通貨表示の産業連関
表を不変価格表示するための換算比率であるから,両者には何を不変価格表示するための
換算率であるかということによって相違も存在するが,共通点が非常に多い,と泉は考え
る。
ICP の代表的な報告書には購買力平価の概念について「GDP を数量ベースで国際比較
1)泉弘志・李潔・梁玉(2007)のこと。以下泉弘志・李潔・梁玉(2007)を泉李梁論文と記す。
2)松川太一郎(2008)P. 2。以下松川太一郎(2008)を松川論文と記す。
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大阪経大論集
第60巻第1号
するには,……共通通貨に換算すると共に,換算過程で別々の通貨の購買力を等しくする
換算率,つまり,通貨コンバーターであると同時に価格デフレーターである換算率が必要
である。このような換算率が『購買力平価』または『PPP』と呼ばれる」3)「PPP とはその
最も単純な形式において,異なる国における同じ財またはサービスを各国通貨による価格
の比率で示す価格指数にすぎない。PPP は生産物グループについても,そして GDP に至
る様々な集計レベルのそれぞれについても算定される」4)「PPP は異なる国の生産物グル
ープ,集計項目,GDP の最終支出を実質最終支出に換算するために用いられる」5) と書か
れている。この引用文から明らかなように ICP では各国通貨表示の産出額を不変価格表
示するための換算比率全般を「購買力平価」と呼んでいる。泉李梁論文は ICP のこの用
語法を踏襲している。もし松川氏が購買力平価を GDP レベルあるいは一定レベル以上の
集計量についてのみ言える概念であって,産出額を不変価格表示するための換算比率全般
を言うのではないと考えているのであれば6),松川氏の購買力平価概念が ICP や泉李梁論
文のそれと異なる特殊なものであるということになる。
泉李梁論文は日本,中国,韓国の生産者価格産業連関表を不変価格表示することを目的
としている7)。従ってその購買力平価は同じ財またはサービスに関する生産者価格の各国
間の比率であり,ICP の購買力平価が購入者価格の各国間比率であるのとは異なる。この
点は,消費財,投資財等最終支出で使用される財・サービスだけでなく生産過程で原材料
等として使用される中間投入財の価格がその範囲に入るかどうかという点と共に,「産業
連関表を不変価格表示するための換算率」と「GDP およびその支出サイド各項目を不変
価格表示するための換算率」との大きな相違である8)。しかし,ICP 報告書で定義されて
3)Eurostat / OECD (2005) 翻訳の P. 8
4)Eurostat / OECD (2005) 翻訳の P. 9
5)Eurostat / OECD (2005) 翻訳の P. 10
6)松川論文には泉李梁論文の購買力平価概念は ICP のそれとは異なる特殊なものであると書かれて
いるが,松川氏が ICP の購買力平価を如何なるものと解釈しているのか,端的には書かれていな
い。ただ,松川論文には「(泉李梁論文の計算は)不変価格表示が第一義であり,ICP の意味での
購買力平価の計算という意義が後景に退いている」松川論文 P. 3 という表現が出てくる。泉は ICP
の購買力平価を様々な集計レベルの様々な集計量を不変価格表示するための換算率と解釈している
ので,「不変価格表示」と「ICP の意味での購買力平価の計算」は同義と考え,松川氏のこの文の
意味が理解できなく四苦八苦した。しかし,松川氏の「ICP の意味での購買力平価」は「GDP レ
ベル(あるいは一定以上の集計レベル)に関する物価水準を平準化する調整値」であり,「不変価
格表示」は「GDP およびその構成要素(あるいは一定以上の集計レベル集計量およびその構成要
素)を不変価格表示する」という意味だと解釈すると,松川氏の文の意味は理解できる(その主張
に同意するかどうかは別として)。このように解釈しないと理解できない部分は他にもある。しか
し,松川氏の「購買力平価」,「不変価格表示」がこのような意味だとするとその用語法は特殊であ
り,ICP の用語の解釈としては誤りである。
7)日本と韓国に関しては生産者価格産業連関表と購入者価格産業連関表が公表されているが,生産者
価格産業連関表の方が広く使用されている。中国に関しては生産者価格産業連関表のみが公表され
ていて,購入者価格産業連関表は公表されていない。また3ヶ国とも基本価格の産業連関表は公表
されていない。
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いる「通貨コンバーターであると同時に価格デフレーターである換算率」という意味では
共通であり,これらの換算率に同じ「購買力平価」という用語を使用することによって何
等混乱は生じない。
松川氏は伊東光晴編『岩波
現代経済学事典』の「商品バスケット(選ばれた商品が入
った買物かご)の国外の値段と日本の値段とを比較して求めた外国通貨の価値」という購
買力平価の定義を引用し,それと泉李梁論文の購買力平価の概念が異なっているとの考え
を述べている。しかし私には,この事典の購買力平価の定義と ICP の購買平価,泉李梁
論文の購買力平価の概念の間に相違があるようには考えられない。『事典』では「商品バ
スケット」ということばを使用しているが,商品バスケットに入る商品は,特定の1生産
物,特定の生産物グループに属する全生産物,GDP の支出サイドの特定項目に属する全
生産物,GDP の支出サイドを構成する全生産物,国内で生産される全生産物,あるいは
輸入品も含めて需要・供給される全生産物,等々のどれであってもあてはまる定義である。
また「国外の値段と日本の値段」ということばを使用しているが,この値段は生産者価格
とか購入者価格とかは特定しておらず,どちらでもあてはまる定義である。『事典』の
「商品バスケット(選ばれた商品が入った買物かご)の国外の値段と日本の値段とを比較
して求めた外国通貨の価値」とは同じ生産物あるいは同じ生産物集合に関する日本価格と
外国価格の比率であり,日本価格から外国価格へ,あるいは外国価格から日本価格へ変換
するためのコンバーターの役割をはたす。
GK 法に基づく購買力平価は,日本価格と外国価格の比率(基準国価格と比較国価格の
比率)ではなく,各国価格(たとえば日本価格)と国際平均価格の比率の形で表示され,
国際平均全労働モデルに基づく購買力平価は各国価格(たとえば日本価格)と国際平均全
労働価格の比率の形で表示されるという点で,この事典の表現とは少し異なる。しかしこ
れらの購買力平価も,商品バスケット(選ばれた商品が入った買物かご)に関する各国の
値段と国際平均価格(あるいは国際平均全労働価格)による値段とを比較して表示した各
国通貨の価値ということであり,同じ商品バスケットに関する2つの値段の比率であると
いうことでは日本価格と外国価格の比率という事典の表現と同じである。そして泉李梁論
文の表2(P. 12) でも示しているように「日本価格と国際平均価格の比率」を「外国価格
と国際平均価格の比率」で割ることによって,日本価格と外国価格の比率(基準国価格と
比較国価格の比率)に変換することができる9)。
8)ただし,GDP およびその支出サイド各項目に関して,GDP あるいは消費,固定資本形成,輸出,
輸入といったレベルにまで統合された集計量に関しては,生産者価格産業連関表と購入者価格産業
連関表の消費,固定資本形成,輸出,輸入等の列合計値が一致していることからも分かるように,
生産者価格と購入者価格は同じである。相違は,財貨サービスを産業別に分解した時,購入者が商
業サービスおよび財貨運輸サービスを財貨と区別して別個のものとして購入しているという扱いを
するか,一体のものとしてつまり商業サービスおよび財貨運輸サービスの付加された財貨を購入し
ているという扱いをするかということである。
9)ただし,この方法でA国のB国に対する全産業国内生産額合計(全産業供給額合計,GDP 等々)
に関する購買力平価を求めた場合,全産業国内生産額合計(全産業供給額合計,GDP 等々)の構
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2.国際平均全労働法と生産の歴史的側面・超歴史的側面
泉李梁論文の目標は,各国通貨単位で表示されている日中韓3ヶ国の2000年産業連関表
を,生産性やエネルギー効率等の技術水準を国際比較するという目的で,同一通貨単位・
同一価格表示(松川論文ではこれを不変価格表示と表現しているので以下不変価格表示と
いうことにする)に変換することである。泉李梁論文は日中韓3ヶ国の2000年産業連関表
を不変価格表示するための価格として GK 法に基づく GK 国際円と国際平均全労働法に基
づく労働国際円という2つの価格単位を使用している。
松川氏は「 本論文(=泉李梁論文)』における統計利用の全体と理論的基礎との対応関
係を見ると,研究視覚が……二種類の不変価格で表示された産業連関表相互の比較分析よ
りも,産業連関表の不変価格表示法に傾斜していることが浮彫りになる」10) と書いている
が,もともと泉李梁論文のテーマは「二種類の不変価格で表示された産業連関表相互の比
較分析」でなく「産業連関表の不変価格表示法の工夫とそれによる表示」であり,「産業
連関表の不変価格表示法に傾斜している」のではない。産業連関表の不変価格表示法にお
いてどのような価格を使用するのが良いかは重要問題の1つであり,泉李梁論文は GK 国
際平均価格と全労働国際平均価格の併用という方法を提起した。また泉李梁論文は GK 国
際平均価格と全労働国際平均価格による2000年日中韓3ヶ国の産業連関表の推計結果を示
し,それらの相違の原因に言及している11) が,それは産業連関表の不変価格表示において
GK 国際平均価格による表示だけでなく全労働国際平均価格による表示も有用であるとい
うことを言うためであって,二種類の不変価格で表示された産業連関表相互の比較分析を
することが目的ではない12)。
松川氏は「 本論文(=泉李梁論文)』は不変価格である『国際全労働価格』の計算の理
論的根拠として,次のように述べている。『全労働量をウェイトにして統合産業産出量を
比較するという方法は,いかなる場合でも生産の主体は労働である,という生産というも
のの本質に適合した方法である。』ここでの生産の本質規定13) は,研究視角を産業連関表
成要素のウエィト(バスケットの中身)は,A国と国際平均価格の比率を計算した時はA国のもの
が使用され,B国と国際平均価格の比率を計算した時はB国のものが使用されており,2つのバス
ケットを使って計算されたものの合成であることに注意すべきである。
10)松川論文 p. 4
11)泉李梁論文 P. 13∼14
12)「GK 国際平均価格」や「全労働国際平均価格」は,GDP とその支出サイド各項目や産業連関表を
不変価格表示するために考え出された計算用・表示用の架空の価格であって現実市場に実在するも
のではない(もちろん架空とは言っても「各国の現実市場価格」や「各国の生産過程で現実に投下
されている労働量」 にもとづいて計算されたものであるが)。 この点で 「GK 国際平均価格」 と 「全
労働国際平均価格」の比較は各国における現実市場価格と全労働価格との比較とは意味が異なる。
13)泉達がここで言いたかったことは「 生産の主体は労働である』というのはいかなる生産にも言え
る本質的ことがらである」ということであって,ここで生産の本質規定をしているのではない。生
産の本質規定をするのであれば,生産の主体が何かということだけでなく,生産の客体,生産力や
生産関係等にも言及しなければならないと思う。
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の不変価格表示法に止まらずに,『国際全労働価格』ならびに市場価格の二種類の不変価
格で表示された産業連関表の国際比較結果の乖離を分析することまでに展開する時,理論
的基礎として十分でない……。」14) と書いておられる。それでは,松川氏は,「いかなる場
合でも生産の主体は労働である」という命題は「産業連関表の不変価格表示法として,そ
のための不変価格の1つに『国際平均全労働価格』を採用する理論適根拠」としてはみと
めておられるのであろうか?
もしそうなら,松川氏が泉李梁論文の研究視角・目標・テ
ーマを著者達(=泉達)の意図とは違って解釈されている(泉李梁論文の表現の不十分性,
それとも松川氏の誤読?)だけで,泉達と松川氏の間に考えの相違はないということにな
る。
現実の市場価格がいかなる大きさに決まるか,あるいは現実の市場価格が全労働価格か
らどの程度乖離するかという問題は,全労働量を計算することや「いかなる場合でも生産
の主体は労働である」という命題をあれこれ論じることによっては解決できないことは当
然であり,泉達はそのようなことは考えていないし,泉李梁論文にはそのようなことは書
いていない。日本,中国,韓国の現実の価格はそれぞれの歴史的生産関係的制度の下での
価格決定メカニズムによって決定されている。中国の場合は計画価格から市場で決定され
る価格への移行過程にある。日本,韓国の現実の価格も公共料金等国家の強い影響力下で
決定される価格,独占寡占の下での価格,完全競争的価格等々が複合していて複雑である。
松川氏はさらに「経済活動としての生産は,生産の超歴史的側面(まさに労働と生産技
術を要素とした生産力側面)と歴史的側面(利潤率を指標とした資本による社会的分業の
編成と,その下での賃労働という生産関係)の総体である。」15),「技術変化の要因には資
本による賃労働の機械による置き換えのように制度的側面も含まれる」16) と書かれている。
経済活動としての生産が「超歴史的側面17)・生産力側面」と「歴史的側面・生産関係的側
面」の両面から構成されるということに我々も異存はない。また生産力と生産関係が相互
に影響を与えあいながら変化していくというのもそのとおりであると思う。しかし,泉李
梁論文のテーマは,それらのことを前提に,生産性やエネルギー効率等の技術水準の国際
比較をするという目的に適合した不変価格表示産業連関表をどのように作成すれば良いか
ということである。
まず,松川氏も生産性,エネルギー効率,産業別産出量等が松川氏の用語で言う超歴史
的側面に属するものであるということには同意されると思うのだが,どうだろうか?
も
ちろんこのことは生産性,エネルギー効率,産業別産出量等が歴史的側面にも影響されて
決定されることを否定しているのではない。生産性,エネルギー効率,産業別産出量増大
率等は歴史的制度的側面に大きく影響されて決定される。たとえば封建経済,資本主義経
14)松川論文 P. 4
15)松川論文 P. 4∼5
16)松川論文 P. 5
17)泉は歴史貫通的という用語を使用する方が良いと考えているが,ここでは松川氏に従ってこの用語
を利用することにする。
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済,社会主義経済等を比較してどの制度が生産性,エネルギー効率,産業別産出量増大率
をより大きく上昇させられるのかという問題は経済学の重要問題であると思う。しかし,
そうであるがゆえに,生産性,エネルギー効率,産業別産出量等というカテゴリー・指標
は超歴史的に規定しておく必要がある。封建経済,資本主義経済,社会主義経済という区
別によって生産性,エネルギー効率,産業別産出量等の概念・指標そのものが異なるので
あればそれらの経済制度のうちどの経済制度が生産性,エネルギー効率,産業別産出量増
大率をより大きく上昇させられるのかという問題は論ぜられなくなる。別の例をあげると
中国に関して毛沢東時代と小平時代の比較に関してどちらがどの程度生産性,エネルギ
ー効率,産業別産出量増大率等を上昇させたかということを論じるには,毛沢東時代と
小平時代で経済制度が異なっているとしても,生産性,エネルギー効率,産業別産出量増
大率の概念・指標は同じに規定しておく必要がある。経済制度の異なる国の間の生産性,
エネルギー効率,産業別産出量増大率を比較するには,経済制度が異なっても変わらない
概念・指標としてそれらを定義する必要がある。
次は,松川氏は,GK 国際価格は歴史的生産関係的制度の下での価格決定メカニズムつ
まり歴史的側面によって決定されている価格であるが,労働国際価格は労働係数・投入係
数・固定資本減耗係数という技術つまり超歴史的側面のみにより決定されるということに
同意されるかどうか?
GK 国際価格は各国現実市場価格の数量ウェイト加重平均である
から,各国現実市場価格が歴史的生産関係的制度の下での価格決定メカニズムつまり歴史
的側面によって決定されている以上,歴史的な側面に影響されるものであることは明らか
である。各国現実市場価格に影響を与えるあらゆる要因が GK 国際価格に影響を与える。
労働国際価格は各国の全労働量比例価格の数量ウェイト加重平均である。泉李梁論文では
便宜上労働国際価格の表示単位として日本の総供給量の現実価格と労働国際価格が等しく
なるようにしていて,この表示単位は歴史的なものとも言えるが,労働国際価格による産
品間相対価格は技術だけで決定されている。この表示単位が変更されても労働国際価格表
示産業連関表の全ての数値が比例的に変るので,生産性やエネルギー効率の国際比較分析
に一切影響を与えない。この意味で労働国際価格は労働係数・投入係数・固定資本減耗係
数という技術つまり超歴史的側面のみにより決定されるといえる。
松川氏は「 国際全労働価格』の計算式は,基準国の全産業部門産出総額を,同じ総生
産量の生産に要する国際平均全労働量の総計で除して,後者の1単位当たり平均でみた絶
対的な価格水準を計算している。したがって,この価格の絶対水準は労働量のみならずア
ンカー機能として市場価格にも依存している。市場価格は分配関係も含んだ概念であるか
ら『国際全労働価格』の概念が『本論文(=泉李梁論文)』の生産の本質規定にも関わら
ず,制度的なものを含まざるを得なくなっている。……。『本論文(=泉李梁論文)』は
『日中韓3ヶ国の推計結果は,各国の産業別現実労働の全労働に比例する価格からの乖離
の状況に応じて両者の推計結果にかなり大きな相違が生まれることを示した』と述べてお
り,『現実価格』表示額と『全労働価格』表示額との比較を行っているから,全体的分析
の枠組みにおいては『国際全労働価格』の絶対価格水準の問題は避けることはできな
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い」18)と書いている。
しかし,泉李梁論文が「日中韓3ヶ国の推計結果は,各国の産業別現実労働の全労働に
比例する価格からの乖離の状況に応じて両者の推計結果にかなり大きな相違が生まれるこ
とを示した」と述べているのは,『現実価格』表示額による日中韓相対比較と『全労働価
格』表示額による日中韓相対比較との相違について述べているのであって,『現実価格』
表示額と『全労働価格』表示額との絶対水準に関して述べているのではない。『全労働価
格』表示額による日中韓相対値は技術だけによって決まるのに対し,『現実価格』表示額
による日中韓相対値はたとえ不変価格表示になっていてもその不変価格の大きさに影響を
与えるあらゆる要因が関していて技術だけによって決まるのではないということを問題に
し,実際に計算してみると,GDP や総需要=総供給額等に関して,『現実価格』表示額に
よる日中韓相対比率と『全労働価格』表示額による日中韓相対比率には大きな相違が出て
きたということを述べているのである。
松川氏は「 国際全労働価格』の絶対価格水準の問題は避けることはできない」と言う
が,「価格の絶対水準」という用語で何を表現しようとされているのか?
価格とはそれ
ぞれの商品単位量が貨幣商品いくらと等価であるかということであるから,価格表示の前
提として,貨幣商品の単位量とその呼称が決まっていなければならない。松川氏は「 国
際全労働価格』の計算式は,基準国の全産業部門産出総額を,同じ総生産量の生産に要す
る国際平均全労働量の総計で除して,後者の1単位当たり平均でみた絶対的な価格水準を
計算している」と書いているが,この計算は国際平均全労働量1単位当たりを如何なる価
格呼称にするかということを決めたのであって,1単位当たり平均でみた絶対的な価格水
準を計算しているのではない。泉李梁論文では,国際平均全労働価格の呼称を,国際平均
全労働表示による日本の全産業部門産出総額が現実価格表示による日本の全産業部門産出
総額に等しくなるように決めたが,これは国際平均全労働表示による中国の全産業部門産
出総額が現実価格表示による中国の全産業部門産出総額に等しくなるように決めても,国
際平均全労働表示による韓国の全産業部門産出総額が現実価格表示による韓国の全産業部
門産出総額に等しくなるように決めても,それらによる生産数量の日中韓相対値は全く変
化しない。価格呼称は読者に馴染みのあるものを選ぶのがよいと考え,泉李梁論文では,
国際平均全労働価格の呼称を,国際平均全労働表示による日本の全産業部門産出総額が現
実価格表示による日本の全産業部門産出総額に等しくなるように決めたということであ
る19)。
18)松川論文 P. 12
19)泉李梁論文の表3及び表4において GDP や総需要=総供給の日中韓比較をしたさい,絶対比較と
いう用語を使用しているが,これは,表の各項目で表示されている価格呼称で表示した時の比較と
いうことであって,絶対価格水準による比較ということではない。やや誤解をまねきやすい表現な
ので次回から表現を改善したいと思う。
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3.GK 法と国際平均全労働法
松川氏は次のように書いている。「ICP の実践における購買力平価では,GK 法と EKS
法の併用に見られるように,比較される GDP を行列整合性の要件下で国際的不変価格表
示することよりも,その物価水準を国際的に平準化して比較することが優先されている」
「(他方国際全労働法では)不変価格表示が第一義であり,ICP の意味での購買力平価の計
算という意味が後景に退いている」「これに対して GK 法は不変価格表示と購買力平価の
計算との間の一義性と二義性との問題については中立的である。購買力平価がインプリシ
ット・デフレーターとして二次的に計算されるのではなく,国際平均的不変価格と相互依
存関係において計算されるため,それとの一次的・二次的関係が存在しないからである。
それゆえに,GDP の国際平均的不変価格表示の方法のみならず,国際的に GDP レベル
の物価水準を平準化するための方法という両義性を持ち,EKS 法と二者択一性がある。
この点で,本論文(=泉李梁論文)の国際全労働法と論理的な性格を異にする」
泉には上記文章の意味がよく理解できない。上記文章のうち,後から2つめの文で松川
氏は「GDP の国際平均的不変価格表示の方法のみならず,国際的に GDP レベルの物価
水準を平準化するための方法という両義性を持ち」と言っているが,泉には,GDP レベ
ルの物価水準を平準して同水準価格で GDP を表示すれば GDP を国際不変価格表示した
ことになる,逆に GDP を国際不変価格表示すれば GDP レベルの物価水準を平準したこ
とになると思われるので,「GDP の国際不変価格表示の方法」20) と「GDP レベルの物価
水準を平準化するための方法」とはほぼ同義だと思われるが,松川氏は「両義性」と言っ
ているのであるから,二つを明確に異なるものと考えていると解せられる。松川氏がこの
二つの用語をどのような意味で区別しているのか松川氏の文章の中には明確な説明はない
が,脚注 6 でも述べたように,松川氏の「GDP の国際不変価格表示」は「GDP およびそ
の構成要素を行列整合性の要件下で国際不変価格表示すること」という意味だとすると,
それと「GDP レベルの物価水準を平準化する」ということばとの区別はつく。そして松
川氏は ICP の購買力平価は GDP レベルの物価水準を平準化するための係数であって,
GDP の構成要素を国際不変価格表示するためのコンバーターという意味を含まないと考
えておられるということである。しかし ICP が購買力平価という用語を,GDP を不変価
格表示するためのコンバーターという意味だけでなくその構成要素を不変価格表示するた
めのコンバーターという意味でも使用していることは既に1節で確認した。ここでは松川
氏が「GK 法と国際全労働法は論理的な性格を異にする」と言っている点に焦点をあてて
検討しておこう。
松川氏は,EKS 法は「GDPレベルの物価水準を平準化すること」のみを遂行し,GK
20)松川氏の文章では「GDP の国際平均的不変価格表示」と言っているが,ここでは「平均的」とい
う言葉を省いている。GDP というスカラー量の表示に関してであれば,その表示単位は基準国の
価格水準,比較国の価格水準,それらの平均価格水準等々のうちどれかに決めておけば良いだけで
あって,平均ということに重要な意味があるとは思われないからである。
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法は「GDP およびその構成要素を行列整合性の要件下で国際不変価格表示すること」と
「GDP レベルの物価水準を平準化すること」の両方をし,国際平均労働法では「GDP お
よびその構成要素を行列整合性の要件下で国際不変価格表示すること」を第一義として,
「GDP レベルの物価水準を平準化すること」は後景に退いていると主張しているのであ
る。はたしてそうだろうか?
EKS 法では「GDP およびその構成要素を行列整合性の要件下で国際不変価格表示する
こと」はできず GK 法と国際平均労働法ではそれができると言っている点では松川氏と我々
の間に意見の相違はない。問題は松川氏が GK では「GDP レベルの物価水準を平準化す
ること」ができるが,国際平均労働法ではそれが「後景に退いている」,この点で GK 法
と国際平均労働法とは「論理的な性格を異にする」と言っている点である。
GK 法と国際平均労働法との相違は,GDP およびその構成要素あるいは産業連関表の
各数値を,国際平均現実価格で表示するか,それともそれらを国際平均全労働価格で表示
するかという相違である。GK 法が各国 GDP を国際平均現実価格という共通価格で表示
できるのと同様に国際平均労働法でも各国 GDP を国際平均労働価格という共通価格で表
示できる21)。各国 GDP を共通価格で表示するというのは「GDP レベルの物価水準を平準
化すること」である。この意味で論理的な性格に異なる点はない。
購買力平価の算式の研究史において,GDP レベル購買力平価水準を正確に計算すると
いう課題と行列整合性を満たすという課題をめぐる問題は1つの重要論点であった。現行
の ICP は,GDP レベル購買力平価水準では EKS 法が,行列整合性を満たすという点で
は GK 法すぐれている,ICP の利用目的には実質 GDP の大きさ比較と実質 GDP の構成
比較の両方があるが実質 GDP の大きさ比較の方がより重要なので EKS 法をメイン,GK
法をサブとする,という立場である。
EKS 法,GK 法,国際平均労働法のいずれでも各国 GDP(スカラー量)を不変価格表
示することができる,つまり GDP レベルの物価水準を平準化することができる。問題は
それぞれの方法で不変価格表示された GDP の国際比較がそれぞれどのような特徴を持ち,
経済分析上どのような意味を持つかということである。国際平均労働法による各国 GDP
の不変価格表示は,国際平均全労働量に比例する価格で各国 GDP の各要素を表示しそれ
21)泉李梁論文は産業連関表を不変価格することを課題としていて,GDP を不変価格することを課題
としているのではない。しかし松川論文が GDP を不変価格することを重要論点としており,産業
連関表はその1部分として GDP を含んでいるので,ここでは GDP の不変価格表示を取り上げる。
泉李梁論文は産業連関表を不変価格することを課題としているので GK 法の計算において産品の
数量として総需要=総供給を構成する全ての産品の数量を使用しているが,これを GDP の支出サ
イドを構成する産品の数量に変えると各国購買力平価も各産品国際平均価格も変わる。その点で,
表3の GK 国際円価格による GDP の国際規模比較は,表3の下部に記しておいたように,注意が
必要である。
国際平均労働法では各産品国際平均労働価格は各国購買力平価とは独立に決まるので,各国購買
力平価を総需要=総供給レベルの購買力平価から GDP レベルの購買力平価に変えても各産品国際
平均労働価格は変化せず,各国 GDP の相対的大きさは変化しない。
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大阪経大論集
第60巻第1号
らの合計額として各国 GDP を表示するという方法であるから,実態的な意味が明確な方
法である。それに比べて EKS 法や GK 法による各国 GDP の不変価格表示は,生産以外
の要因も含めて現実価格に影響を与えるあらゆる要因が影響してきて複雑である。現行
ICP は,GDP レベルの物価水準を平準化つまり各国 GDP(スカラー量)の不変価格表示
では EKS が優れているという立場であるが,私は,泉李梁論文で提起した国際平均労働
法はそれと違った特徴をもつ各国 GDP(スカラー量)の不変価格表示法として,独自の
存在意義があると考えている。EKS 法,GK 法,国際平均労働法の比較はそれらの抽象理
論的な考察とともに,実際のデータを使用した計算のなかで具体的に考察することも必要
であると思う。泉李梁論文は実際のデータによる1つの計算例を示した。
松川氏は,GK 法では各国 GDP レベル購買力平価と各産品国際平均価格が連立方程式
で同時に決定されるから,GK 法は不変価格表示(=GDP およびその構成要素を行列整
合性の要件下で国際不変価格表示すること)と(GDP レベルの)購買力平価の計算との
間の一義性と二義性との問題については中立的であると言っているが,これは論理の飛躍
である。ここで考察すべき問題は,各国 GDP レベル購買力平価が,各産品国際平均価格
との連立方程式体系の中で決定されるということによって,どのような特徴を持つかとい
うことである。現行 ICP は,GK の各国 GDP レベル購買力平価には,ゲルシェン・クロ
ーン効果が発生する等の問題がありEKS法より劣る,GK 法は GDP レベルの購買力平価
の計算より GDP およびその構成要素を行列整合性の要件下で国際不変価格表示するため
の方法として優れている,つまり GK 法は GDP およびその構成要素を行列整合性の要件
下で国際不変価格表示することを第一義とし GDP レベルの購買力平価の計算を第二義と
する方法であるいう立場である。私は,GK 法による各国 GDP の不変価格表示は,国際
平均現実価格で各国 GDP の各要素を表示しそれらの合計額として各国 GDP を表示する
という方法であるから,国際平均労働法とともに,実態的意味を持った特徴のある1つの
方法であると考えている。GK 法や国際平均労働法は行列整合性を満たす方法であるとい
う特徴を持つが GDP レベル購買力平価においても意義をもっている,その意味で一義性,
二義性というような議論をするより,その特徴を実体的意味と関係させて深く追求してい
くことが重要であるとと思う。
EU のように不変価格表示 GDP が各国の分担金額・補助金額等の決定に使用されるよ
うな場合は別かもしれないが,研究目的の場合は GDP レベル購買力平価が複数あっても
何の障害もない。それぞれの方法で計算された GDP レベル購買力平価の実態的意味をふ
まえながら,それぞれの研究目的に利用すれば良い。
泉李梁論文の表3に GK 国際円(国際平均現実価格)と国際労働円(国際平均労働価格)
で表示された日本,中国,韓国の GDP の大きさが記載されている。これを見ると日本と
比較した中国の GDP の相対的な大きさが GK 国際円表示より国際労働円表示において大
きいのが目につく。この理由は,泉李梁論文の P. 13∼14 でも述べているように,国際平
均労働価格の農産物や軽工業製品の重化学工業製品に対する相対価格が国際平均現実価格
のそれらに比べて高いので,国際労働円表示の方が GK 国際円表示の場合より各国 GDP
購買力平価に関する若干の論点について
11
に占める農産物や軽工業製品のウェイトが大きくなり,日本に比べて農産物や軽工業製品
の大きい中国の GDP を大きくしているのである。
泉李梁論文の表2に GK 法と国際平均労働法で計算された全産業レベルの購買力平価が
記載されている。これと為替レートと比較して計算すると,全産業レベルの物価水準を,
GK 法では日本は中国の3.5倍,国際平均労働法では5.7倍と表示していることになる。日
中物価格差が国際平均労働法において GK 法においてより大きいのは,日中価格格差は農
産物や軽工業製品において重化学工業製品においてより大きいが,全産業レベルの物価格
差の計算において GK 法より国際平均労働法の方が農産物や軽工業製品の価格格差を高い
ウェイトで平均することになるからである。
4.各国の生産物種類の相違と生産数量の国際比較
各国で生産されている生産物は同じものもあるが異なっているものもある。このことか
ら GDP,国内生産額合計,産業別産出額等を実質値で国際比較するさい色々な問題が発
生する。多くの問題のうちここでは松川氏が取り上げている問題のみを検討することにす
る。
41.2ヶ国間比較(当該2ヶ国のデータのみしか使用できない場合):ア産業に関してA
国はα,βという2産品,B国はαという1産品のみを生産しているとしたら,A国とB
国のア産業生産数量比較をどうすべきか
松川氏は自動二輪車を例に取り,日本はスクーター,レーサーパブリカを生産している,
韓国はスクーターを生産しているがレーサーレパブリカを生産していない,この場合日本
と韓国のスクーターとレーサーレパブリカを含んだ自動二輪車の生産物数量比較を如何に
すべきか,という問題を提起している。しかし松川氏は途中で「韓国でも日本産と同スペ
ックのレーサーレパブリカが生産されてそれなりの台数で取引されているとして」という
ように条件を変えてしまって,「産品の数量比較が目的なら,自動二輪車部門の『購買力
平価』を計算するために両タイプの自動二輪車の価格を用いるか,部門を両タイプについ
て細分するか,いずれかの処置が必要であろう」と書いている。しかし問題は,韓国はレ
ーサーレパブリカを生産していないという条件のもとで,日本と韓国のスクーターとレー
サーレパブリカを含んだ自動二輪車の生産物数量比較を如何にすべきか,という問題であ
ったはずである。産業別生産額の国際比較において詳細に分類された産品ごとにみていく
と1方の国では生産されているが他方では生産されていない産品があるというのは頻繁に
見られることである。
松川氏がとりあげている例の場合,レーサーレパブリカ1台がスクーター何台分に相当
するかは,レーサーレパブリカが日本でのみ生産され韓国では生産されていないのである
から,日本の実情にもとづいて計算するしかない。日本の現実価格を利用するのがまず考
えられる基本的な方法である。そのようにしてレーサーレパブリカを加算した日本の自動
二輪車部門をレーサーレパブリカを含んでいない韓国のそれと比較するということである。
泉李梁論文でも産業部門別2国間の計算としては実際上この方法を採用している。
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もし可能なら日本の全労働量価格を利用するという方法も考えられる。しかし全労働量
の計算には産業連関表が必要であり,レーサーレパブリカとスクーターのようなレベルに
まで細分された産業連関表を作成するのは困難をともなうから,実際上不可能に近い。
松川氏も書いているように,スクーターを数量表示する単位として台という物理的個数
単位をを使用するか,円価値単位を使用する(たとえば百万円で表されるスクーター量を
単位としてその何倍かというように表示する)かは便宜的なことであって,計算しやすい
・理解しやすい単位を採用すればよい。
421.2ヶ国間比較(当該2ヶ国以外のデータも使用できる場合):ア産業に関してA国
はα,βという2産品,B国はαという1産品,C国もα,βという2産品を生産してい
るとしたら,A国とB国のア産業生産数量比較をどうすべきか?
松川氏によると日本商品と競合すようなレーサーレパブリカを生産しているのは世界を
見渡してもイタリアのみであるということである。イタリアはスクーターも生産している。
この場合,レーサーレパブリカ1台がスクーター何台分に相当するかは,4
1 で見た日本
の現実価格を利用するという方法とともに,日本とイタリアを平均した現実価格を利用す
るという方法が考えられる。確かに,その時点の世界全体の平均の相対価格によりレーサ
ーレパブリカ1台がスクーター何台分に相当するかというコンバーターを作成し日本のレ
ーサーレパブリカの生産量をスクーターにコンバートし日韓の自動二輪車の生産物数量比
較を行うのは1つの優れた方法であると思う。しかし,日本においては世界全体の平均の
相対価格ではなく日本の現実の相対価格が機能しているのであるから,たとえ世界全体の
平均の相対価格のデータが得られるとしても,日韓2ヶ国関比較において日本の現実価格
のみを利用するという方法の意義を否定してしまうことはできないように思う。両者とも
意味があり,この問題は確かに難しい。泉李梁論文は,日中韓3ヶ国のデータを収集する
だけでも手に余る大仕事なのに,全世界のデータを収集するなどとてもできないというこ
とで,日中韓3ヶ国以外のデータを取り入れた計算はしていない。
422.2ヶ国間比較(当該2ヶ国以外のデータも使用できる場合):ア産業に関してA国
はα,βという2産品,B国はα,γという2産品,C国はβ,γという2産品を生産し
ているとしたら,A国とB国のア産業生産数量比較をどうすべきか?
これは松川論文が P. 11 において EKS 法の意義を論じる文脈で示している表及び EKS
法の計算例の場合である。但し,松川氏の表と EKS 法の計算例は正しく対応していない。
表に存在する韓国の第1銘柄の価格データは EKS 法の計算では使用されていない。表に
基づいて計算するとしたら韓国の第1銘柄の価格データが使用されねばならない。表から
韓国の第1銘柄の価格データを除去すれば表と EKS 法の計算例は正しく対応する。
松川氏は,第1銘柄は日中両国で生産されているが,第2銘柄は日本のみ,第3銘柄は
中国のみで生産されている,韓国では第2銘柄,第3銘柄とも生産されているという場合,
EKS 法を適用して日中の購買力平価を計算すると,日本の第2銘柄の価格に韓国の第2
・第3銘柄の価格比を利用して日本で得られなかった第3銘柄の価格を推計していること
になり,これを利用した場合第1銘柄のみで日中購買力平価を推計するよりも日中の実態
購買力平価に関する若干の論点について
13
をより反映した購買力平価になる可能性を示唆し,EKS 法の意義を肯定的に評価してい
る22)。この点に関して私にも異存はない23)。
私達の研究は日中2ヶ国比較の購買力平価の推計から始めたが,途中から韓国も入れ3
ヶ国比較の推計をすることにした。韓国も入れた理由は,第1に韓国経済が興味ある重要
研究対象であるということであるが,それとともに日本と中国は経済実態の相違が大きす
ぎ同銘柄の価格データが収集し難いのに対し韓国も入れると上記のようなことが多数見ら
れるのではないかと期待したからでもあった。しかし今回の泉李梁論文の段階ではまだ中
国・韓国の価格をマッチングするためのデータの収集・整理が十分にはできておらず上記
例の第3銘柄のような例を多く見出すところまで到っていない。今後も努力していきたい
と考えている。
43.
2ヶ国関比較
A国B国ともα,β,γの3生産物を生産しているが何らかの事情
でγに関する価格データが得られなかった場合
γに関するA国B国価格比率が,α,βに関するA国B国価格比率と異なる場合,α,
βに関するデータから計算された購買力平価は,α,β,γが得られそれに基づいて計算
される場合の購買力平価とは異なる。両者の相違は,γから計算される購買力平価が,α,
βから計算された購買力平価と大きく異なれば異なるほど,またγのウェイトが大きけれ
ば大きいほど大きくなる。購買力平価が異なれば数量比較も異なる。
泉李梁論文は日中韓の公表されている価格データを収集しそれらをマッチングして購買
力平価を作成している。各国で調査・公表されている価格データは購買力平価を作成する
ことを目的として調査されたものではない。それらは全ての産品・銘柄を網羅しているも
のではない。従って,購買力平価を作成するために必要な重要産品・銘柄のデータが得ら
れない場合がしばしばある。その場合各国で生産されている全ての産品・銘柄の価格デー
タから計算される購買力平価と収集できたデータだけから計算された購買力平価には相違
が発生する。
松川論文にも書いてくださっているように,我々は泉李梁論文の基礎データを公表して
いる24)。その目的は,上記の相違が発生するということがあるが故に,我々の計算した購
22)松川論文 P. 11。その後松川氏は「ここで問題なのは,韓国の第2・第3銘柄の価格比の推計用デ
ータとしての妥当性である。妥当性が認められるなら,この方法による購買力平価の推計には意味
がある。しかし妥当性を持ち得ないときは,購買力平価が歪曲される。」と書いていている。しか
し松川氏が「推計用データとしての妥当性」をどのような意味で使用しているのか明白でない。韓
国の第2・第3銘柄に関する価格データの正確性のことなのか,それとも第2・第3銘柄両方が韓
国で意味があるほどに生産されているかということを問題にしているのか,あるいは第2銘柄に関
する日韓の比較可能性・第3銘柄に関する中韓の比較可能性を問題にしているのか? 肝心なのは
「妥当性」の意味を明白にし,それをどう検証するかである。
23)我々も,単に基準国不変性・推移性を満たすということだけでなく,そのようなことも考えて第1
段階:産業部門ごとに購買力平価を推計する段階では EKS 法を適用した。但し,CPD 法等と比較
してのメリット・デメリットはさらに検討していく必要がある。また,GK 法や国際平均労働法は
細品目・銘柄の段階での適用は難しいが,可能な条件があれば,それらにもメリットがある。
14
大阪経大論集
第60巻第1号
買力平価がどのような基礎データに基づいて計算されたものであるかを読者に知ってもら
った上で計算結果の意味(計算結果の特徴が基礎データから発生しているのか,計算方法
の独自性から発生しているのか等)を評価してもらおうということであるが,付随的には
読者から我々が使用しているデータよりもっと良いデータがあるという指摘を受け我々の
購買力平価を改善していきたいという期待でもある。
5.多国間購買力平価の適用国範囲と財・サービスの国際間移動
松川氏は EKS 算式による購買力平価を国際間の財貨・サービス移動による価格均等化
運動の収束値と解釈したうえで25),「EKS 法の幾何平均が適用される国々の範囲が,財と
サービスの国際的移動の実情と照らし合わせてみて,当然妥当性が問われてこよう」26) と
述べている。はたしてそうだろうか?
全く貿易関係のない国々の国際比較を考えてみよう。全く貿易関係のない国々の間でも
GDP とか産業別生産額の実質値比較,その計算のための購買力平価の推計は必要である。
必要性は国際機関への負担金額や国際機関からの補助金額の決定のような行政的なことを
思い浮かべても,経済学等のアカデミックな目的を考えても,種々発生する可能性がある。
また,全く貿易関係のない国々の間でも比較可能な生産物が存在し,それらの生産物がそ
れぞれの国の経済で代表性を有しておれば,購買力平価の推計,そして GDP とか産業別
生産額の実質値比較は可能である27)。購買力平価推計の必要性・可能性は「財とサービス
の国際的移動の実情」とは直接の関係はない。
逆に,国際間の財貨・サービス移動による価格均等化運動が進んで,国際間価格格差が
無くなった場合を考えてみよう。この場合には為替レートと購買力平価は一致し,わざわ
ざ各国の価格データに基づいて購買力平価を計算する必要が無くなる。
EKS 法,GK 法,国際平均労働法に基づいて計算される購買力平価は,それらの計算を
適用する構成国が変われば,その中の2ヶ国間購買力平価の値が変化するという性質を持
っている。これらの算式で計算された日中購買力平価は,日中だけで計算するか,日中韓
の中の日中として計算するか,それとも日中韓以外の国も含めた中での日中として計算す
るかによって異なった値になる。日中購買力平価の計算をどの構成国で計算するのが良い
かという問題は1つの重要テーマである。
EKS 法,GK 法,国際平均労働法等に基づく購買力平価の計算の意味を特定の仮定のも
とでの国際間の財貨・サービス移動による価格均等化運動の収束値との関連で解釈するこ
24)泉弘志・李潔・梁玉・金満浩・任文・ 小川雅弘 (2007) 参照。
25)松川論文 P. 13∼15
26)松川論文 P. 15
27)抽象的な可能性であるが,貿易関係も通貨の交換関係も一切ない国の間でも,GDP とか産業別生
産額の実質値比較,購買力平価の推計は可能である。しかし通貨の交換関係が無ければ,価格水準
の国際比較は概念として存在しなくなる。価格水準は通貨間の交換比率(為替レート)が成立して
いることが前提になるからである。価格水準は購買力平価の為替レートに対する比率である。この
場合購買力平価は存在するが為替レートは存在しない。
購買力平価に関する若干の論点について
15
とには意義がある場合があると泉も考えているが,そのことから「それらの方法を適用す
る地域的範囲の妥当性」を財・サービスの国際的移動の実情から判断すべきであるという
結論を導きだすのは論理の飛躍である。
泉李梁論文は日中購買力平価の計算を日中だけで計算するだけでなく,日中韓の中の日
中としても計算した。その理由の一つは 422 で既に述べたように,日本と中国は経済実
態の相違が大きいが,韓国経済は日中の中間に位置づけることができるので,日中共通の
産品・銘柄は見つからない場合でも,日韓と韓中では共通の産品・銘柄は見つかる場合が
あり,それらも利用して日中購買力平価を計算すれば日本と中国のより多くの産品価格に
もとづく購買力平価になるということを期待してであった。経済実態の相違が大きい国の
場合,たとえ共通の産品・銘柄が見つかった場合でも,その産品・銘柄が1方の国あるい
は両方の国で少量しか生産・取引されていなく,その産品・銘柄が当該国で代表性を持た
ない場合がある。また一方の国では少量しか生産されていなく特別に高いというような場
合もある。どの構成国で計算するのがより精緻な購買力平価になるかを考える場合に重要
なことは,「財とサービスの国際的移動の実情」ではなく,その構成を選択することによ
り比較可能性,代表性の高い価格データを使用できるようになるかどうかであると私は考
えている。一般的には産業の発展段階や文化・伝統が近い国の場合には比較可能性,代表
性の高い価格データが得やすいと考えられる。その意味では,日中購買力平価の推計の場
合,もし可能なら,韓国とともに台湾を入れられれば,より豊富なデータに裏付けられた
購買力平価になる可能性があると考えている。
日韓購買力平価の場合に中国を入れることの意義,中韓購買力平価の場合に日本を入れ
ることの意義,等々についても同様に考察していく必要がある。
終
り
に
主要な結論を簡単に述べる。
1.松川氏の「(泉李梁論文では)ICP の方法が本来とは異なる目的と形態で使用されて
いるため,目的不適合性を呈している」という主張は,ICP の購買力平価概念及び泉李
梁論文の目的に関する誤解にもとづくものであり,承服しがたい。
2.数量比較と「品質差」(生産物種類の相違)の問題は確かに難しい。種々の問題の1
つ1つに関して,少しでも良い計測になるように,具体的な努力を積み重ねていく必要
がある。しかし,松川氏の指摘は抽象的である。真の問題はその先にある。
3.松川氏の「EKS 法が適用される国々の範囲が,財・サービスの国際的移動の実情と
照らし合わせてみて,妥当性が問われてこよう」という主張は,根拠に乏しい。
以上一見すると松川氏と泉達との間には大きな意見の相違があるようにも見えるが,こ
れは,購買力平価という複雑な対象を研究するという大きな共通の課題に向かっての努力
の中で,あえて同意見の部分はは省略し,相違点つまり意見交換の中で深めていきたい論
点のみに重点をおいて述べると,このようになるということである。本稿で書いた論点に
関して松川氏からさらに詳細な意見が聞けることを楽しみにしている。
16
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第60巻第1号
参 考 文 献
泉弘志・李潔・梁玉(2007)「購買力平価と産業連関表の多国間比較
日中韓2000年を対象に」
産業連関』Vol. 15 No. 2 環太平洋産業連関分析学会
泉弘志・李潔・梁玉・金満浩・任文・小川雅弘 (2007)「日中韓2000年産業別購買力平価の
推計」 統計研究参考資料』No. 96 法政大学日本統計研究所
伊東光晴編 (2004)『岩波現代経済学事典』岩波書店
松川太一郎(2008)「ICP の実践的意義を考察するための手がかりについて
泉弘志・李潔
・梁玉著『購買力平価と産業連関表の多国間比較日中韓2000年を対象に』における ICP
購買力平価計算式の利用形態を素材として
」 経済学論集』第69号 鹿児島大学経済学会
Eurostat / OECD (2005) “Purchasing Power Parities and Real Expenditures 2002 BENCHMARK
YEAR” Eurostat / OECD (翻訳:総務省政策統括官 (統計基準担当) 付国際統計管理官 (2005)
『OECD統計局購買力平価と実質支出 (仮訳) 2002基準年 )
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