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障害者雇用研究報告概要(PDF形式:466KB)
1 はじめに ・ 授産施設や小規模作業所でも一般就労へ後押ししようとす 障害者の雇用促進及び就労支援は、中野区政の長年にわた る姿勢が見えてきた。 る重要課題であり、中野区(以下、「区」とする)ではさまざまな施 ・ 企業への就職を希望する知的障害者保護者が多くなってき 策を推進してきた。しかし、生活を支えるに足る収入を得ている た。知的障害者自身も就職には前向きな意識があり、就職に積 障害者はきわめて少なく、手当や給付等の福祉制度に頼らざ 極的な姿勢が見られる。 るをえない状況にある。 ・ 仕事に対し、「やる気」や協調性があり意欲的な障害者は仕 本研究は障害者の地域における一般雇用を促進させるため 事が長続きする。 に、障害者の新たな雇用形態の開発、雇用先となる事業体創 (2) 明らかになった問題点 設の方策、雇用創出策など、障害者・事業者双方にインセンテ ○就労支援体制について ィブがある政策を提示することを目的とする。 ・ 特別支援学校の就労支援体制(進路指導)の充実により、就 職率の向上が見込まれることから、定着支援・生活支援の体制 2 中野区の障害者雇用及び就労を取り巻く現状 をさらに拡充する必要がある。 と課題、問題点 ・ 就職者が増えるに伴い、定着支援と生活支援の対象者が増 中野区に居住する障害者について所得や就労の状況、就労 えている。障害者福祉事業団(区の就労支援事業委託先)の 意識、区内企業の障害者雇用状況、現在の就労支援と雇用促 業務が増大し、限られた体制での支援は年々厳しくなってきて 進の取り組みについてのヒアリング調査等に基づき分析検証し いる。 た。下記に現状及び問題点、課題について述べる。 ○就労の継続について (1) ・ 再就職したいと考えていても、具体的な求職活動をしていな 政策を創案する上で踏まえておくべき現状 ・ 身体障害者、知的障害者、精神障害者それぞれ増加してい い障害者が多い。 る。身体障害者は高齢化、重度化の傾向が強い。精神障害者 ・ 同じ会社に長く勤め続けられる障害者は少ない。 の増加傾向は著しい。 ○働く場について ・ 身体障害者は、課税対象者は 37%、非課税は 35%、「収入 ・ 可能であれば働きたいが「自分にあった仕事がない」と感じ なし」は 27.4%であった。 ている障害者が多い。 ・ 知的障害者の年間勤労所得は8割以上が「10 万円未満」、 ・ 仕事をこなす能力があっても、職業生活に適応が困難な障 納税者は 1 割未満である。 害者が多く存在する。 ・ 区の調査では、常勤の会社員・公務員・団体職員は、身体・ ・ 就労スキルがあっても 40〜50 代になると就職が困難である。 知的障害者は 11.2%、精神障害者は 1.5%であった(「中野区 ・ 知的障害者への求人内容が、能力、経験等の要件に合わ 保健福祉サービス意向調査-身体知的障害者調査/精神障 ないケースが多い。 害者調査」2005 年)。 ・ 福祉作業所の1人あたりの工賃は年々低下し、提供する仕 ・ 就職件数は、身体障害者が圧倒的に多く、知的障害者、精 事自体が減っている。 神障害者はわずかである。企業は身体障害者を率先して採用 ・ 作業能力が高くても一般的な会社に順応できないため就労 していることがうかがえる。 が困難な障害者がいる。 ・ 障害者の「働きたい」という意欲が高まっている。 ○中小企業の障害者雇用について ・ 就労支援の対象者の大半が知的障害者である。 ・ 中小企業の障害者雇用が進んでいない。 1 ・ 身近な地域で就職する障害者は少なく、区の支援による就 ○「働きたい」障害者に対する仕事の場を創設 職者数が区内事業所の障害者雇用数に反映されていない。 ・ 「働きたい」障害者へ仕事を提供し、工賃ではない給料を払 ・ 障害者雇用率を満たさない企業に対する雇用納付金適用 える事業に取り組む。 の規模が、2009 年度から 201 人(最終的には 101 人)以上に拡 ・ 作業能力が高いにもかかわらず、一般的な会社ではどうして 大される。障害者雇用について、今まで念頭になかった課題が も馴染むことが難しい障害者に対して、一般雇用する事業を構 中小企業経営者に突きつけられている。 築する。 ・ 中小企業にとって障害者が担当する十分な仕事量を単独で ・ 障害者が意欲的に取り組むことができ、仕事を通して区民と 確保することは難しい。 関われる仕事を提供する。 ・ 現行の国制度を中心とした支援策は、中小企業にとって「使 ○中小企業の障害者雇用を促進 い勝手」がよくない制度である。 ・ 中小企業の立場に基づく利活用しやすい支援策を準備す (3) 解決すべき課題 る。 ○就職した障害者の雇用を長く継続させるために定着支援・ ・ 中小企業が障害者雇用に取り組むためのインセンティブと 生活支援を拡充 なる支援を用意する。 ・ 就職してもすぐに離職しないよう、定着支援・生活支援を手 ・ 経営者に対し、障害者雇用にあたっての職務分析や雇用環 厚くする必要がある。 境整備、意識啓発が必要である。 ・ 長く勤続している障害者を評価し、「やる気」を継続させるた ○障害者を雇用するために中小企業が共同で取り組める事業 めの支援をする。 を創設 ・ 福祉的就労に従事する障害者に対し、就職へチャレンジす ・ 区内の中小企業が共同して、障害者が担当する十分な仕 るための後押しとなる支援ツールを創設する。 事量を提供する。 ○離職した障害者が再チャレンジするために各機関が機能的 ・ 障害者を一般雇用する「特例子会社」と同じ性格を持つ事 に支援 業体をつくる。 ・ 障害者はどうしても就職先とのミスマッチは生じやすい。した ・ 中小企業が法定雇用率を達成する。 がって離職に至ったらきちんとケアし、再就職に向けてチャレン ○「障害者雇用」を旗印とする就労支援機関、企業等が参画 ジする支援を充実させる。 するネットワークを構築 ・ 就労状況を見守り、就労先でのトラブルや失敗を次のチャレ ・ 雇用する側と支援する側が、課題を共有し解決に向けて協 ンジに生かし、障害者の就労と雇用に関係する機関が共有で 議する場―企業と経営者団体、就労支援機関が参画するネッ きる工夫が必要である。 トワークを構築する。 2 ・ 障害者雇用の経験がない企業に対し、意識を啓発し情報や ・ 事業者が障害者雇用を促進する主体となり障害者の社会生 課題を共有する場を創る。 活を支える一翼となる → 加入した事業者のコンプライアンス(法的遵守)とCSR(社会 3 政策案について 的貢献)を推進する。 上述した課題を踏まえて、中小企業への雇用促進というこれ ・ 障害者が安心して働き続けることができる までにない課題に取り組まなければならない。したがって、障害 → コミュニケーションの問題などで会社での雇用が難しいが、 者を雇用する事業を起こすとともに、「就労支援」、「生活支援」、 作業能力がある障害者に対し、障害に応じた働く場を提供す 「定着支援」、「雇用支援」の機能をもつ機関が連携できるような る。 体制を築くことが必要である。これらが一体的に機能することに ③ 加入対象とする構成員 よって、障害者の雇用を促進させることが可能となる。この体制 区内中小企業(常用雇用者 300 人未満の区内事業所)、経営 を具現するためには中小企業への雇用促進を目的とした事業 者団体(経営者団体が加入することにより、それに所属する事 体を創設し、従前の就労支援体制を再構築することが必要で 業者は障害者の雇用支援を受ける)、障害者福祉事業団(事 ある。図1はこれを概念図にしたものである。政策案として、(仮 業団は定着支援のノウハウを提供すするとともに、LLPと緊密 称)「中野区障害者雇用支援センター」(図2参照)の創設、新た に連携をはかる)、その他(本事業に賛同する社会福祉法人、 な雇用支援・就労支援体制と取組み(図3参照)について述べ 個人等)が加入対象として想定される。 る。 ④ 障害者を雇用する事業に取り組む (1) (仮称)中野区障害者雇用支援センターの創設 障害者を雇用して「工賃」ではない「給料」を支払える事業に ① 事業体の選択 取り組む。雇用する障害者の種別は問わないが、求職のニー 事業体として、LLP(有限責任事業組合)の組織形態を選択 ズが高い、知的障害者や精神障害者の雇用を念頭とする。ま する。その理由として、ⅰ営利性がある事業に取り組めること、 た、LLPでは業務の請負も可能である。障害者は基本的には ⅱ自由な事業活動が可能、ⅲ事業者の経営参画が容易な点、 一般雇用とするが、障害に応じて短時間雇用やグループ就労 ⅳネットワーク構築に適している組織、ⅴ対等な立場で組織運 も可能とする 。また、コミュニケーションの問題など一般の会社 営を臨めること、が挙げられる。 では順応しにくい障害者でも、作業能力が高ければ雇用でき ② LLP「中野区障害者雇用支援センター」(以下「LLP」)のコ る 。 ンセプト ⑤ 区内中小企業の障害者雇用を支援する LLPは中小企業の障害者雇用の促進を目的として、障害者 「雇用促進コーディネーター」(仮称)を設置し、独自に障害 の雇用と就労をテーマとした様々な関係団体が課題や情報を 者を雇用しようとする区内事業所に対する支援を行う。障害者 共有する場である。このLLPのコンセプトは、下記の2点とす 雇用を進めるための事業所の体制や環境づくりのための支援 る。 や、多岐にわたり細かい要件が伴う助成金・融資、税制上の優 3 遇措置等について利用するための支援を行う。あわせて雇用 再就職を支援する、就労可能な障害者を継続的に見守ってい する企業の側に立った職場開拓や障害者雇用の啓発など雇 くセーフティネットとしての役割を担う、長期的かつ循環型支援 用を進めるための活動を行う。また、これまで障害者福祉事業 である。 団が担っていた定着支援を行う。事業者と障害者のパイプ役と ① 就労支援と生活支援の充実 なり区内事業者に雇用された障害者の定着支援を行う。 障害者福祉事業団は、これまで障害者の就労に関するあら ⑥ 加入事業者の障害者雇用率適用 ゆる支援を担ってきた。障害者を就職させるための就労支援と、 ここで雇用した障害者数を、加入した事業者の障害者雇用率 職業生活をサポートする生活支援に重点を置く体制へシフトす として適用させることが必要となってくる。 ることになる。ハローワークと密接に連携し 、一層の就職者数 (2) 新たな雇用支援・就労支援体制と取組み 向上を図っていく。また、生活支援をきめ細かく行い、就労して 全面的に障害者福祉事業団に委託していた「中野区障害者 いる障害者を日常的なレベルで見守ることで定着率向上につ 雇用促進事業」を事業団とLLPの 2 つの機関に機能を分化さ なげる。 せて委託する。就労支援、生活支援は障害者福祉事業団が担 ② 勤続表彰制度の創設 当し、定着支援と雇用支援はLLPが担当するという、両機関が 一般就労している障害者の就労への志気を高め応援する機 連携した支援体制を築く。また、新たな支援体制は離職しても 会を設ける。就労した障害者に対し、勤続年数 1 年、5 年、10 4 年等の節目に表彰する制度を創設する。 ③ 就労支援カルテの作成 就労しようとする障害者個人毎に就労支援の内容を作成し、 ネットワークを構成する機関で共有する媒体である。障害者福 祉事業団が就労支援の段階で作成し、就職した後は、定着支 援を行うLLPに移管し、離職したら障害者福祉事業団に移管 する。カルテに記載された当事者の経験やトラブル等を再チャ レンジ支援に活用する。 ④ 障害者雇用支援金の創設 LLPに加入しない区内中小企業に対し、障害を持つ区民を 雇用するための助成金を支給する。導入するにあたっては障 害者雇用のインセンティブとなりうる金額でなくてはならず、雇 用率適用となる短時間雇用(週 20 時間~30 時間未満)も助成 金支給の対象とすることが望ましい。 ⑤ 福祉的就労従事者への「職場実習通勤費」「就職準備金」 の助成 授産施設や作業所などに入所している福祉的就労に従事し ている障害者に対して就職へのチャレンジを後押しする支援で ある。「職場実習通勤費」は、職場実習に臨む際に通勤費を支 給する。さらに就職が決まった場合に職業生活に必要なものを そろえるために「就職準備金」を支給する。 4 今後の課題 今回の政策案の主軸となるLLPの実行可能性、採算性につ いてさらなる調査が必要である。また、ここで雇用する障害者数 を加入組合員となる企業への障害者雇用率制度に適用させる ための法的整備が必要である。今年 3 月に閣議決定され、衆 議院で審議中(9 月 30 日現在)の「障害者雇用促進法」改正案 には、事業協同組合等における障害者雇用率を加入する企業 に適用させる内容が盛り込まれている。LLPは事業協同組合と は法的背景は異にするものの、共同事業性が担保された組織 である。このため、法改正での表現には「協同組合等」となって いることから、解釈の中で厚生労働省の認定を受ける可能性は 【研究メンバー】 高いと考える。さらに、認定されなかったとしても法改正の趣旨 鈴木あゆみ (政策研究機構研究員) (中小企業の雇用促進)と同様のため、構造改革特区として認 定される可能性も高いものと見なすことができる。 5 佐藤 充 (政策研究機構研究員) 石崎 文子 (保健福祉部障害福祉分野主査)