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フランス保険契約法の新たな改正動向

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フランス保険契約法の新たな改正動向
フランス保険契約法の新たな改正動向
-2001年 2002年の法改正を中心に-
山野 嘉朗
(愛知学院大学教授)
1.はじめに
2. 2001年法改正-自殺免責条項・団体保険契約における被保険者
の同意(生存配偶者および姦生子の権利に関わり、かつ相続法の諸
規定を現代化する2001年12月3日の法律第2001-1135号)
2-1.自殺免責条項
2-1-1.自殺免責条項の変遷
2-I-2. 2001年改正
2-2.団体保険契約における被保険者の同意
3. 2002年法改正-危険選択における遺伝情報利用の禁止の明確化
および医療関係者賠償責任保険契約締結の義務化(病人の権利およ
び保健衛生制度の質に関する2002年3月4日の法律第2002-303号)
3-1.障害または死亡危険を保障する保険の危険選択における遺伝情
報利用の禁止の明確化
3-1-1.改正前の状況
3-1-2. 2002年改正
3-2.医療関係者賠償責任保険契約締結の義務化
4.むすびにかえて-問題点と今後の課題
-1-
フランス保険契約法の新たな改正動向
4-1. 2001年改正(生命保険における遺族保護)の問題点
4-2. 2002年改正(遺伝子情報利用規制・医療関係者賠償責任保険義
務化)の問題点
1.はじめに
フランスでは、最近、保険契約法分野において注目すべき改正が相
次いだ。この改正は、 ①自殺免責条項、 ②団体保険における被保険者
の同意、 ③遺伝情報利用規制、 ④医療関係者賠償責任保険の義務化に
関わるものである。とくに、 ①、 ②、 ③の問題は、近時わが国におい
ても活発に論じられているアップトゥデートなものであるし、 ④につ
いても、わが国の医療過誤紛争の多発傾向に鑑みて、無視できないテI
マといえよう。
本稿では、以上に関わる2001年12月と2002年3月に行われた法改正
の内容を紹介・分析し問題点と今後の課題を指摘することとする。
2. 2001年法改正-自殺免責条項・団体保険契約における
被保険者の同意(生存配偶者および姦生子の権利に関わり、
かつ相続法の諸規定を現代化する2001年12月3日の法律第
2001 -1135号)
まず、 2001年の改正から紹介したい。その中心は、自殺免責条項に
関するものと、団体保険契約における被保険者の同意に関するもので
ある。 「生存配偶者および姦生子の権利に関わり、かつ相続法の諸規
い
定を現代化する2001年12月3日の法律」に従った保険法典の改正であ
一2-
フランス保険契約法の新たな改正動向
る。
2-1.自殺免責条項
2-1-1.自殺免責条項の変遷
自殺免責条項の法定化は、 1930年の保険契約法に遡る1930年以前
のフランスにおいては、契約の自由が支配しており、陸上保険契約に
関する規定は、わずかに民法典(ナポレオン法典)第1964条において
射倖契約(contrat de aleatoire)の一つとして保険契約が掲げら
れているだけであり、いきおい、保険契約に関する法律関係は普通保
・Ll、
険約款によって処理されていた。 1930年法の中で、自殺免責が規定さ
れた後、数次にわたる改正を経て、最近の2001年改正に至る。
以下、 1930年法制定以前の状況と以後の状況について概観しておき
たい。
:U
(1) 1930年法制定前の状況
フランスでは、 19世紀末には既に、公序と道徳律に反するという理
由から、自殺の場合に契約を維持するいかなる種類の約定も無効とみ
なされなければならないと主張して、生命保険における自殺免責の原
4)
則を肯定する学説がみられた。
他方、判例もまたそのような原則は認めつつも、以下のとおり故意
による自殺(suicide intentionnel)と病的な自殺(suicide pathologique)を対置し、前者のみが保険保護の対象から除外される
とする約款解釈を行っていた。
1l
まず、セーヌ裁判所1874年11月24日判決は、生命保険約款の自殺免
責条項の解釈として、客観的事実としての自殺だけでは被保険者に対
する関係で保険会社を免責させるのに十分でないと判示した。そして、
6)
約款第4条をも勘案して、免責の対象である自殺は、意識的かつ意思
-3-
フランス保険契約法の新たな改正動向
による行為であると解しつつ、被保険者が意識的に命を絶ったことの
立証責任は保険会社にあると判示した。
これを不服とした保険会社は、 ①約款における自殺免責条項は、何
らの適用除外も区別もなく、自殺とされるすべてのケースに適用され
る、 ②自殺という客観的事実からして、その行為が無意識的であり、
意思によるものでないことの立証責任は保険金受取人にある、と主張
して控訴した。
7)
パリ控訴院1875年11月30日判決は、約款第5条の自殺という文言に、
約款の他の条項とりわけ第4条の規定が前提としている趣旨を与え、
かつ、自殺を、意思による、かつ、よく考えたうえの行為と解さなけ
ればならないと判示しつつ、約款第5条に定めるケースが行われたこ
と、すなわち、被保険者が意思により自らの命を絶ったことの立証責
任は保険会社にあるとした原審判決を支持した。
.、
これに対し、パリ控訴院1889年11月16日判決は、保険金受取人は被
保険者の自殺が心神喪失中の行為の結果であったことを証明していな
いと判示した原審判決(セーヌ商事裁判所1988年9月1日)を支持し
た。
t]:
他方、リヨン控訴院1891年2月17日判決は、被保険者が自殺したこ
とは事実上推定しつつも、自殺免責が適用されるためには、自殺が意
識的かつ熟考の上になされたものであったことが必要であり、その立
証責任は被保険者の自殺を立証することによって利益を受ける保険会
社にあると判示して、原審判決(ヴィルフランシュ裁判所1888年12月
28日判決)を取り消した。
同時期に、行政的規制に関しては、保険会社は政府の許可制度
(r百gime de 1 autorisation)に服していた(1867年6月24日法) 0
コンセイユ・デタ(国務院)は、保険会社が、保険契約に故意的自殺
4-
フランス保険契約法の新たな改正動向
を保障する条項を置くことを禁止していた。英国会社や米国会社のよ
うに自国の現行法に従うだけでフランス政府の許可に服さない外国会
社は、反対に、生命保険約款の中に自殺を保障する条項(一定期間後
不可争条項<incontestabilit芭differeeサ を置いていた。
1905年3月17日法が、それまでの許可制度に替えて届出制度(syst6me de 1 enregistrement)を採用したため、 1910年になってか
ら初めて、フランスの保険会社は外国保険会社と競争すべく生命保険
約款の中に、外国会社と同様に一定期間経過後不可争条項を導入する
ことになった。その結果、生命保険契約における明示的な条項によっ
て、一定期間が経過した後は、病気によるものであれ故意的なもので
あれ自殺が保障されることになった。
以上のように、フランスでは19世紀後半には、自殺危険を免責とす
る約款が見られたものの、多数判例は客観的事実としての自殺の証明
だけでは保険者は免責されず、少なくとも自由意思による意識的自殺
であることまでの証明を要すると解していた。これは、自殺免責を故
10)
意免責の一局画ととらえていたからであろう。そして20世紀になって
から、外国保険会社が一定期間経過後不可争条項を含む約款で生命保
険を販売しており、それとの対抗上、規制緩和もあって、フランスの
保険会社も同様の不可争約款を設けたという状況が理解される。
(2) 1930年法第62条(1976年保険法典L.132-7条)
当初、自殺免責条項は、 1930年の保険契約法では第62条に置かれて
.I
おり、それが、 1976年の保険法典の制定により、 L.132-7粂となっ
た。その内容は次のとおりである。
12)
「① 死亡保険は、被保険者が意思により命を絶った場合は効果を生
じない。ただし、保険者は、これと反対のあらゆる約定にかかわ
-5-
フランス保険契約法の新たな改正動向
らず責任準備金相当額を権利承継人に支払わなければならない。
② 被保険者の意思による意識的自殺の場合においても保険者が保
険金を支払うことを約する条項を含む契約はすべて、契約締結後
2年の期間を経過しなければ効果を生じえない。
③ 被保険者の自殺の立証責任は保険者の負担とし、被保険者の無
意識の立証責任は保険金受取人の負担とする。 」 (1930年法第62
条-保険法典L. 132-7条)
(L assurance en cas de d芭ces est de nul effet si 1 assure se donne volontairement la mort. Toutefois 1 assureur
doit payer aux ayants droit une somme egale au montant de la provision mathematique, nonobstant toute convention contraire.
Tout contrat contenant une clause par laquelle 1 assureur s engageえpayer la somme assur芭e, meme en cas
de suicide volontaire et conscient de 1 assur巨, ne peut
produire effet que passe un delai de deux ans apres sa
conclusion.
La preuve du suicide de l'assure incombeえ1 assureur,
celle de l'inconscience de 1 assure au beneficiaire de
1 assurance.)
この立法は、それまでの判例に見られたように、被保険者の意思に
よる自害行為を自殺として免責とし(第1項) 、免責の対象となる自
殺の故意性を強調するために、さらに被保険者の自殺の意識性の要件
(精神的要件)を加えている(第2項・ 3項) 。ただし、立証責任に
ついては、意思による自殺の立証責任は保険者に課し、無意識性の自
-6-
フランス保険契約法の新たな改正動向
殺の立証責任は保険金受取人に課している(第3項) 。民法の一般原
刺(民法典第1315条)によれば、債務から解放されたと主張する者は、
弁済またはその債務の消滅をもたらした事実を証明しなければならな
いわけであるから、故意の要素としての自由な意思と意識性は、本来、
保険者が立証すべきものであろう。しかし、 1930年法の立法者は、民
法の原則の特則としてこのような立証責任に関する規定を設けたもの
と思われる。他方、意思による意識的自殺を有責とする不可争約款の
効力を法認している。この不可争約款における2年の免責期間は最低
の期間であって、延長は可能であるものの、短縮は禁止されている
(強行規定) 。
ところで、当時の生命保険会社の大多数が設けていた免責期間は1
=l
年であったようであるが、公序の要請によってこれが2年の法定最低
期間とされた以上、かかる約款の改定を余儀なくされたものと思われ
る。
ちなみに、意思による自殺の証明は主として死亡診断書によってな
されるが、訴訟の場合、自殺の証明は、被保険者の経済的状態や感情
14)
的問題等の間接事実に基づく推定によってもなされうる。意識的自殺
の定義については諸説あるが、一般的には、被保険者の自由裁量が存
在し、それが、故意の要素を裏付ける自覚的な自殺の意思を支配して
いた場合に意識的自殺が認められ、反対に、被保険者の意思を支配し、
かつ自由な意思を歪めた精神的衝動に被保険者が負けた場合に無意識
卜・
的自殺が認められると解されている。
(2) 1981年改正
1981年の改正により次のような内容となった。
「死亡保険は、契約当初2年以内に被保険者が意思により意識的に命
-7-
フランス保険契約法の新たな改正動向
を絶ったときは効果を生じない。 」 (保険法典L.132-7条)
(L assurance en cas de dec芭s est de nul effet si 1 assure se donne volontairement et consciemment la mort au
cours des deux premieres annees du contrat.)
これは、契約当初2年以内の意思による意識的自殺は免責という趣
旨であるから、法定原則として約款に特段の定めがなくても、 2年経
過後の意思による自殺および2年以内であっても無意識的自殺は担保
となる。この改正で注目される点は、旧法第3項のような立証責任に
関する規定が削除されたことである。その結果、民法の定める立証責
任の原則に従い、被保険者の意思による自殺だけでなく、意識的自殺
の立証責任も保険者に課されることになったのである。すなわち、自
殺については無意識性が推定されているということである。旧法と比
較して、立証責任が転換されたことになるから、その局面においては
保険者に不利な改正といえよう。
しかし、上記ルールにかかわらず、判例は一貫して約款で2年以内
のすべての自殺(意思による意識的自殺)を免責とすることは可能と
16
解している。
なお、免責の効果として、旧法第1条に見られた責任準備金相当額
返還の規定は、保険法典L. 132-18条に移行している。
(3) 1998年改正
1998年には次のように改正された。
「① 死亡保険は、契約当初1年以内に被保険者が意思により意識的
に命を絶った場合は無効とする。
(塾 この規定は、保険法典L.140-6条末項に掲げる組織が締結す
-8-
フランス保険契約法の新たな改正動向
る、保険法典L.140-1条に掲げる契約には適用されない。 」
(保険法典L. 132-7粂)
(L'assurance en cas de deces est de nul effet si 1 assure se donne volontairement et consciemment la mort
au cours de la premiere annee du contrat.
Ces dispositions ne sont pas applicables aux contrats
mentionn芭Sえ1 article L. 140-1 souscrits par les organismes mentionnes au dernier alinea de 1 article L. 140-6.)
この改正は、 「経済・金融分野の雑則に関する1998年7月2日の法
17)
律第98-546号」第80条によってもたらされたものである。内容的に
は、自殺免責期間を1年に短縮したことがまず注目される。しかし、
この趣旨は、少なくとも契約当初1年以内の意思による意識的自殺を
免責としなければならないということにあるから、約款で免責期間を
2年以上としたり、 1年以内の無意識的自殺を免責とすることも可能
と解される。
さらに注目すべき点は、 「保険法典L.140-6条末項に掲げる組織
が締結する、保険法典L. 140-1条に掲げる契約には適用されない」
と規定されたことである。これは具体的には企業、企業団体等が従業
員のために契約する団体保険ないしローンの返済の保証を目的とする
団体信用生命保険のことをいう。この種の保険においては自殺免責が
適用されないと規定しているのである。
このような自殺免責不適用の規定が設けられた背景には、 1991年に
提案された議員立法案(強行規定として自殺を担保させるという改正
、
塞) 、 1994年になされた経済大臣との質疑応答(自殺免責条項改正を
.ウ:
問う質問とこれを否定する回答) 、 1996年になされた議員提出法案
-9-
フランス保険契約法の新たな改正動向
:oサ
(自殺免責条項廃止提案)がみられるのである。立法者はこれらの主
張の一部を法認したものといえようか。立法者は、逆選択の危険を無
21)
視できると判断して、遺族を厚く保護する法改正を行ったわけである0
もっとも、これは任意規定と解されるから、従来どおり団体保険に
1:.1L
おいて自殺免責を適用することはもとより可能である。
2-1-2. 2001年改正
2001年改正は、住宅取得のためにローンを組み、その担保として団
体信用生命保険に加入させられた配偶者の一方が自殺した場合に、免
責条項が適用されて借入残額につき保証が得られず、莫大な負担を余
儀なくされる配偶者の救済をはかることを主眼としている。
既述のとおり、このような救済の主張は1991年頃から一部の国会議
員によってなされ、議員立法案として提出され、その主張が一部受け
入れられたのが、 1998年法であるから、 2001年改正は、結果的には、
1998年改正の延長上にあって、これをさらに強化したものといえよう。
1997年の統計によるとフランスでは、年間11,131人が自殺で死亡して
quE
おり、そのうちの内8,094人が男性である。死亡原因全体に占める自
殺の割合は、 25歳から34歳が20%、 35歳から44歳が15%、 45歳から54
24)
歳が7%となっている。したがって、住宅を取得しようとする年代の
男性の自殺の割合は無視できるものではなく、生命保険の免責条項適
用の可否が残された遺族に大きな影響を与えうることは想像に難くな
Kf1
2001年改正は、社会党のアラン・ヴィダリ(Alain Vidalies)読
員が2001年1月17日に国民議会に提出した法案(proposition de
loi)に端を発するものである。この法案は、生存配偶者の相続法上
の地位の改善を目的して民法典を改正するもので、 6箇条からなるも
SHE
フランス保険契約法の新たな改正動向
のであった。しかし、法案審議の過程で、その内容は豊富かつ詳細な
ものへと変貌していった。
したがって、当初から保険法典の改正を目的としたものではなく、
相続法改正の関連問題として保険法典の改正問題が持ち上がったもの
と思われる。いずれにしても、下院と上院で熱心な議論が行われ、
「生存配偶者および姦生子の権利に関わり、かつ相続法の諸規定を現
qZ昭
代化する2001年12月3日の法律第2001-1135号」という名称の法律と
して、最終的に成立した。
同法における保険法典改正規定は第5条と第7条である。ちなみに、
第6条では、死亡保障に関する共済法典(Code de la mutualite)
L. 223-9条およびL. 223-18条についても保険法典と同様の改正を加
えているが、同法の目的からして当然の改正といえる。
新条文は次のとおりである。
「① 死亡保険は、契約当初1年以内に被保険者が意思により命を絶っ
た場合は無効とする。
② 死亡保険契約は、契約締結から1年経過後の自殺危険を保障し
なければならない。追加的な保障によって契約期間中に保障が増
加する場合は、自殺危険はかかる増加の1年経過後から保障され
る。
③ 第1項の規定は、保険法典L.140-6条末項に掲げる組織が締
結する、保険法典L. 140-1条に掲げる契約には適用されない。
④ 死亡保険は、契約締結後、被保険者の主たる住居の取得につき
融資すべく約定貸付金額の返済保証を目的として保険法典L. 140
-6粂末項末文に掲げる組織が締結する、 L. 140-1条に定める契
約を、デクレが定める限度額まで保障しなければならない。 」
aie
フランス保険契約法の新たな改正動向
(保険法典L. 132-7条)
(L assurance en cas de decee est de nul effet si 1 assure se donne volontairement la mort au cours de la premiere annee du contrat.
L assurance en cas de decさs doit couvrir le risque de
suicideえcompter de la deuxieme annee du contrat. En
cas d augmentation des garanties en cours de contrat,
le risque de suicide, pour les garanties supplementaires,
est couvertえcompter de la deuxieme annee qui suit
cette augmentation.
Les dispositions du premier alinea ne sont pas applicables aux contrats mentionnes え1 article L. 140-1 souscrits par les organismes mentionnes au dernier alinea de
1 article L. 140-6.
L assurance en cas de deces doit couvrir d芭s la souscription, dans la limite d un plafond aui sera d芭fini par
d芭cret, les contrats mentionnesえ1 article L. 140-1 souscrits par les organismes mentionnesえIa derniere phrase
du dernier alinea de 1 article L. 140-6, pour garantir le
remboursement d un pret contracts pour financer 1 acquisition du logement principal de 1 assure. )
まず、契約当初1年以内の意思による自殺は免責とされる(第1項) 0
旧法と比較して、 「意識的」という要件がはずされた点が、まず注目
される。すなわち、意思による自殺である以上、意識的自殺であろう
:い
と無意識的自殺であろうと、契約は無効となる。したがって、 1年の
-12-
フランス保険契約法の新たな改正動向
期間内という条件付ではあるものの、立法者はすべての自殺を免責と
する約款を有効と解したそれまでの判例の立場を法認したとみること
ができよう。このように、立法者は、 1年という期間内における免責
27)
の主張を実際に機能させることを目指している。
保険者は意思による自殺という事実だけを立証すれば十分であるも
のの、 1年経過後の自殺は保障されなければならないことになった
(第2項) 。これは強行規定であるから、免責期間の延長や全期間免
責の設定は許されない。旧法においては、 1年間の免責期間は法定の
最低期間であるとしていたから、保険者は自由に免責期間を延長でき
28)
たが、これが許されなくなったわけであるから、契約の自由が大きな
制約を受けることになった。このようにして、立法者は、一方で保険
者の保護に配慮しつつ、他方で、保険金受取人を保護し、両者のバラ
ンスを維持したようである。
団体生命保険一般については、第1項の規定が適用されないわけで
あるから、 1年以内の意思による自殺を免責としない約款規定をおく
ことが可能であろう。しかし、旧法同様、これは任意規定と解される
から、個別生命保険と同じく、 1年の免責期間を設定することができ
る。しかし、第2項により1年経過後の自殺は保障されなければなら
ないので、免責期間の延長は許されないO
さらに特則として、団体信用生命保険については加入後1年以内で
あってもデクレ(命令)の定める金額の範囲内であれば、自殺免責の
主張は認められない。この点については、 2002年3月28日のデクレ第
2002-452号により実際には12万ユーロ(約1400万円)と規定された。
自殺免責の根拠は公序に求められるが、立法者は、団体信用生命保険
については一定金額という条件付で公序に反しないと判断したものと
思われる。
9RE
フランス保険契約法の新たな改正動向
2-2.団体保険契約における被保険者の同意
2001年改正では、自殺免責条項の改正と並んで、団体保険契約にお
ける被保険者の同意についても注目すべき改正点がみられる。
(1)旧保険法典L.132-5条
旧保険法典L. 132-2条は、他人の生命の保険において被保険者の
書面による同意がなければ無効となると規定する。本改正前は、団体
生命保険の場合にも、それが他人の生命の保険である以上、個々の従
業員の書面による同意が必要であると解されてきた。たとえば、破穀
qEE
院第1民事部1982年3月23日判決は、個人加入証になされた署名が被
保険者のものではなかった以上、保険法典所定の書面による同意がな
されていないことになると主張して、被保険者たる従業員の生存配偶
者からの保険金請求を拒絶した控訴院判決を正当であると判示してい
る。
(2)新保険法典L.132-8条
2001年改正によって保険法典L. 132-8条は次のような内容となっ
た。
「① 第三者が被保険者につき契約した死亡保険は、被保険者が最初
の保険金額または年金額を記載した書面による同意を与えていな
ければ無効である。
② 第三者が被保険者につき締結した契約の利益の譲渡または質権
設定および移転に際しては、被保険者の書面による同意が与えら
れなければならず、この同意がない場合は無効とするO
(彰 第1項の規定は、義務的加入の団体保険契約には適用されない. 」
(保険法典L. 132-2条)
(L assurance en cas de d芭ces contractee par un tiers
-14-
フランス保険契約法の新たな改正動向
I
sur la tete de 1 assure est nulle, si ce dernier n y a pas
donne son consentement par ecrit avec indication du
capital ou de la rente initialement garantis.
Le consentement de 1 assur芭doit,えpeine de nullite,
etre donne par ecrit, pour toute cession ou constitution
de gage et pour transfert du benefice du contrat souscnt sur sa tete par un tiers.
Les dispositions du premier alin(!a ne sont pas applica
bles aux contrats d assurance de groupe色adhesion obli
gatoire. )
本改正によって、強制加入の団体生命保険には、被保険者たる従業
員の書面による個別的同意が不要とされることになった。この点につ
いては、判例が書面同意必要説に立っていたのに対し、学説(多数説)
は、団体生命保険においては保険契約者側に被保険者殺害の危険が存
在しないが故に、被保険者の書面による合意の要求は不要であると主
30)
張していたのであるから、かかる方向で改正がなされたといえる。
注1) Loi n- 2001-1135 du 3 decembre 2001 relative aux droits du
conjoint survivant et des enfants adulterins et modernisant
diverses dispositions de droit successoral, J. 0. 4 d芭cembre 2001,
D. 2001. 3593, JCP.2002.III.20000.
2) その詳細については、大森忠夫・現代外囲法典叢書[日 仏蘭西商紘(1)
保険契約法2頁以下(有斐閣、 1940年)参照。
3) 以下の叙述につき、 voir J. Rouget, Le suicide et ses effets en
assurances de dommages et en assurances de personnes, Presses
Universitaires d Aix-Marseille, 1985, p. 13 et s.
4) Lefort, Traite th色orique et pratique du Contrat d Assurance,
115-
フランス保険契約法の新たな改正動向
Paris, 1894, 1900, cite in Rouget, op. cit., p. 13, note (7).
5) Trib. civ. Seine, 24 novembre 1874, D. 1877. 2. 132.
6) 第4条がいかなる規定であるか明らかではないが、文脈からして保険契約者
や保険金受取人による被保険者故殺等の故意免責条項と推測できようか。
7) Paris, 30 novembre 1875, D. 1877. 2. 132.
8) Paris, 16 novembre 1889, D. 1892. 2. 46.
9) Lyon, 17 fevrier 1891, D. 1892. 2. 46.
10) この点については、 「故意(faute intentionnelle)は、故意を犯した者
が損害を熟考の上計画するというように、意思による(volontaire)もので、
かつ意識的(conscient)なものでなければならない」という判例を引用して、
故意性と意識性の関係を強調する論文がみられる(Y. Saint-Jours, Le
suicide dans le droit de la s芭curite sociale, D. 1970. chron. 20)
ll) 保険法典編纂の経緯につき、岩崎稜「1981年フランス保険契約法の改正」保
険学雑誌498号20頁以下参照。
12) 本稿においては、 ≪volontairement≫を「意思により」と訳出すること
にした。大森博士は、第1項前段を「死亡保険ハ、被保険者ガ故意二自殺シタ
ルトキハ其ノ効果ヲ生ゼズ」と翻訳されている(大森・前掲124貞) 。この場
合、 ≪volontairement≫という用語は.結果的には「故意に」という趣旨
になるかもしれないが、前述したとおり、 「故意」 (faute intentionnelle)
の成立には、意思による(volontaire)ことと意識的(conscient)である
ことが要件とされているので、そのようなニュアンスをあえて出すために上記
の訳を採用することとした。なお、フランスの民法学説上も、故意が成立する
ためには、作為または不作為の意思に加え意識性が必要であると解されている
(J. Flour et J.-L. Aubert, Les obligations : 2. Le fait juridique,
2001, ncつ110.なお、山口俊夫・フランス債権法(有斐閣、 1986年) 101頁参
照) 。 ≪volontairement≫については、 「自発的」という訳も不可能では
ない。
13) H. Margeat et A. Favre- Rochex, Precis de la loi sur le contrat d assurance et commentaire sur la regleraentation de l'assuranee automobile obligatoire, 1971, p. 400.
14) Y. Lambert-Faivre, Droit des assurances, lle芭d., 2001, ne
403.
-16-
フランス保険契約法の新たな改正動向
15) Lamy assurances, 2003, n- 3246.
16) Civ.
1'',
ll
mars
1980,
RGAT.
1981.
65,
Civ.
1",
ll
d∈蝣cembre
1990, RCA. 1991. n- 82, Civ. 1", 10 octobre 1995, RGDA. 1996.
423, note J. Kullmann, Civ. 1", 23 juin 1998, RCA. n- 331.
17) Loi n- 98-546 du 2 juillet 1998 portant diverses dispositions
d ordre芭conomique et financier, JO 3 millet 1998, p. 10127, D.
1998, legislation, 249.
18) Proposition de loi AN n" 2267, 9 octobre 1991, Doc. An, 1991,
n- 2267.
19) R芭p. Min., 27 juin 1994, JOANQ 22 aont 1994, p. 4281.
20) RCA. 1996, n"291.
21) Bulletin d Actualit芭du Code des Assurances, n- 17, octobre
1998, p.2.
22) H. Groutel, Suicide de 1 assure : choisir bon moment, RCA.
septembre 1998, rep芭res.
23) Quid 2002, p. 165.なお、近年のフランスにおける自殺者は、 90年が114
03人、 92年が11644人、 93年が12251人、 96年が11280人となっている(Quid
2002, p. 165)
24) 以上につき、 Voir C. Eteve, Suicide : le parlement remet 1 exelusion en question, Argus, n- 6748, 2001, p. 14.
25) Loi n- 2001-1135 du 3 d芭cembre 2001 relative aux droits du
conjoint survivant et des enfants adult芭rins et modernisation diverse dispositions de droit successoral, J.0. 4 d芭cembre 2001, D.
2001. 3593, JCP. 2002. III. 20000.
26) L. Fonlladosa, Une rentr芭e 2002 plac芭e sous le signe de chang
ement, Bulletin d actualite de Lamy assurances, no 80, 2002, p.
3et4.
27) Voir Rapport de Nicolas About, au nom de la commission des
loi, n- 378(2000-2001).
28) しかしながら、実際に免責期間を延長する会社は稀であったようである
(Lamy assurance 2003, n- 3255)
29) Civ 1", 23 mars 1982, RGAT. 1982. 497.
30) onlladosa, op. cit., p. 4.
-17
フランス保険契約法の新たな改正動向
3. 2002年法改正-危険選択における遺伝情報利用の禁止
の明確化および医療関係者賠償責任保険契約締結の義務化
(病人の権利および保健衛生制度の質に関する2002年3月
4日の法律第2002-303号)
2002年の保険契約法改正は、 「病人の権利および保健衛生制度の質
.;;I
に関する2002年3月4日の法律第2002-303号」によって行われた。
これは、病人の権利と保健衛生制度に関する126箇条からなるボリュー
ムのある特別法であり、質量ともに注目に値する。そのうち、保険法
典改正に関わる部分は、保険法典第1部第3章に第3節(障害または
:i:、
死亡危険に対する保険入手)を追加することによってなされた遺伝情
報規制の条項等(保険法典L.133-1条)と、保険法典第2部第5章
(医療民事責任保険)第1節(付保義務)および第2節(付保義務中央料率算定会)を追加することによってなされた医療民事責任保険
義務化に関する規定(保険法典L.251-1条ないしL.252-2条)の新
設である。
3-1.障害または死亡危険を保障する保険の危険選択における遺伝情
幸帥J用の禁止の明確化
3-1-1.改正前の状況
(1)生命倫理法による規制
2002年の改正前にも、 1994年7月に制定された生命倫理に関する三
つの法律(①情報処理、情報ファイルおよび自由に関する1978年1月
6日の法律を改正する、保健衛生の分野における研究を目的とする記
∴11
名情報の処理に関する1994年7月1日の法律第94-548号、 ②人体の
、:1
尊重に関する1994年7月29日の法律第94-653号、 ③人体の構成要素
9i:b
フランス保険契約法の新たな改正動向
および産物の贈与および利用、生殖への医学的介助ならびに出生前診
:;さl
断に関する1994年7月29日の法律第94-654号)からなる、いわゆる
Lll・
生命倫理法による民法典や刑法典の改正により遺伝情報の利用は規制
されてはいた。たとえば、 「人の特性の遺伝子学的調査は、医学的目
的または科学的研究の目的以外では着手してはならない。 」 「本人の
承諾は、調査の実施前に得なければならない。 」と定める民法典第16
-10条、 「遺伝子特性の調査により人から収集した情報を医学的目的
または科学的研究以外に使用する行為は、 1年の禁銅および10万フラ
37)
ンの罰金に処する。 」と定める刑法典第226-26条がそれである。つ
まり、遺伝子学的調査の目的は医学的目的・科学的研究に限定され、
かつそれには本人の承諾が必要である。そして、調査によって得られ
た遺伝情報の医学的目的・科学的目的以外の使用には刑罰が科される
のである。
(2)学説
上記罰則規定が設けられた趣旨は、遺伝子地図(carte genetique)に現れた情報を、 (たとえば、従業員の雇用の際に使用者が、
生命保険契約の締結の際に保険者が)経済目的で利用するのを回避す
こ11-
ることにあると解されている。この規定はとくに生命保険を対象とし
ているのであるから、以上の趣旨に鑑み、保険法典L.113-2条が能
こIt)、
動的告知義務(回答義務)を採用している以上、告知の際の質問項目
は当然に制限されることになる。ちなみに、この点については担当大
40)
臣の回答(1998年6月19日付)もみられる。その回答では、保健医療
または調査以外の領域での予見的な遺伝子検査の利用は、これに違反
した場合には差別として制裁が加えられる以上、たとえば保険や雇用
という枠組みおいては将来的に認められないとされている。
このように、保険者の保険申込者に対する遺伝子検査受診の要求は
-19-
フランス保険契約法の新たな改正動向
認められないし、遺伝情報を告知の対象とすることも認められないと
解されていた。
(3)保険会社の自主規制
フランス保険協会(FFSA<Federation Francaise des Societes d Assurancesサ は1994年から5年間は遺伝子情報を使用し
ないという約束をしていたが、これを1999年3月23日に更新し、この
約束をさらに5年間延長している。とはいうものの、上記学説に従え
ば、このような約束は、自発的な遺伝子情報開示があってもこれを利
用しないという意味しか持たないことになろう。
3-1-2. 2002年改正
2002年3月4日法は、民法典、刑法典、労働法典に明確に遺伝子差
別禁止規定を設けるとともに、次のとおり、保険法典に遺伝子情報利
用禁止規定を盛り込むことによって規制を強化した。
第99粂
I.保険法典第1部第3章に次の第3節を加える。
「第3節 障害または死亡危険に対する保険への加入」
「L.133-1条 障害または死亡危険に対する保険への加入は、以下
に再現する公衆衛生法典L. 1141-1条ないしL. 1141-3条に定める条
件に従い保障される。 」
「L. 1141-1条 障害または死亡危険に対する保障を提供する企業ま
たは組織は、その保障を受けることを求める者の遺伝子特性の検査結
果を考慮することができない。たとえその結果が関係者により、また
はその者の同意を得て伝達されたとしても同様である。さらに、当該
企業または組織は、遺伝子検査およびその結果に関するいかなる質問
-20-
フランス保険契約法の新たな改正動向
も行うことができず、かつ、個人に対し、契約締結前および契約期間
中に遺伝子検査の受診を要求することもできない。 」
(L accesえ1'assurance contre les risques d'invalidity
ou de deces est garanti dans les conditions fixees par le
s articles L. 1141-1えL. 1141-3 du code de la sante publique ci-apres reproduits :
Art. L. 1141-1 - Les entreprises et organismes aui
proposent une garantie des risques d invalidity ou de deI
ces ne doivent pas tenir compte des resultats de 1 examen
des caracteristiques gen芭tigues d une personne demandant a b芭neficier de cette garantie, meme si ceux-ci le
ur sont transmis par la personne concernee ou avec son
accord. En outre, ils ne peuvent poser aucune question relative aux tests genetiques etえIeurs resultats, ni
demanderえune personne de se soumettreえdes tests
genetiques avant que ne soit conclu le contrat et pendant
toute la duree de celui-Cl¥)
新たに設けられた保険法典L.133-1条は、 「障害または死亡危険
に対する保障を提供する企業または組織は、その保障を受けることを
求める者の遺伝子特性の検査結果を考慮することができない。 」と明
確に規定した。このような遺伝子情報の利用禁止は、本改正前でも民
法典や刑法典の規定から類推できたわけであるが,保険法典において,
保険の危険選択における遺伝子情報の利用を明確に禁止した点に大き
な意義が認められよう。
同法はさらに、 「たとえその結果が保険加入希望者により、または
-21-
フランス保険契約法の新たな改正動向
その者の同意を得て伝達されたとしても同様である。 」と規定する。
これは、保険加入希望者が、積極的に自分の遺伝子情報を提供したと
しても保険企業はこれを危険選択に利用できないという趣旨と解され
る。みずから、あえて不利な遺伝子情報を提供する者が存在するとは
思えないので、この規定が想定しているのは、遺伝子検査の結果、自
分が優良な遺伝子情報をもっていることが判明し、かかるリスク・ファ
クターを保険企業に対して積極的に提供することによって、非喫煙者
割引のごとく保険料の割引を受けるという状況であろう。
保険制度の効率性の観点ならびに被保険者問の公平の観点からすれ
ば、危険度に応じた料率区分をすることはたしかに合理的である。し
かし、その反面、優良な遺伝子をリスク・ファクターとすることはと
りもなおさず遺伝子エリートを認めることに他ならず、優生思想への
=・
逸脱であると批判されよう。これまでは、保険加入希望者から積極的
に提供された遺伝子情報の利用を禁止する明文の規定がなかったため、
v'1
それにどう対応すべきかという問題点が指摘されたところであるから、
本改正によってこれを明確に禁止することにしたものと思われる。
同法は、また「当該企業または組織は、遺伝子検査およびその結果
に関するいかなる質問も行うことができず、かつ.個人に対し、契約
締結前および契約期間中に遺伝子検査の受診を要求することもできな
い。 」と規定する。この規定により、保険企業は、質問表における告
知事項に遺伝子検査とその結果に関する事項を記載することが禁止さ
れ、医的診査において診査医が口頭で遺伝子検査とその結果について
質問することが禁止されることになった。さらに、契約締結前であれ、
締結後であれ、いかなる時期においても、保険企業は遺伝子検査の受
診を要求できないと明確に規定された。以上の点は、これまでも民法
典や刑法典の規定の趣旨からして、当然のことと考えられてきたが、
- ・)蝣)-
フランス保険契約法の新たな改正動向
その趣旨を保険法典の中で明確にしたのである。
3-2.医療関係者賠償責任保険契約締結の義務化
2002年3月14日法は、医療過誤訴訟による責任の加重に対する医療
関係者の不平、過大な保険料や免責条項を設定することによる保険会
社の責任回避の試みを克服するため、保険法典第2部に新たに第5章
「医療民事責任保険」を設け、医療関係者に賠償責任保険契約の締結
1.い
を義務づけた。
(1)保険契約者
自由な資格で業を営む保健専門家(professionnels de sante) 、
保健施設、保健サービス機関のようにあらゆる範囲の医療業務従事者
のみならず、保健製品(produits de sante)の製造者、開発業者
および供給者等も付保義務を負い、これに違反した場合には、懲戒罰
(sanction disciplinaire)が科される(保険法典L. 251-1条) 0
なお、国は付保義務の対象外である(保険法典L.251-1条) 0
(2)対象となる責任
予防、診断、治療活動の範囲内で発生する人身被害に起因して第三
者が被る損害を理由として課せられた民事責任または行政責任が保険
保護の対象である(保険法典L.251-1条) 。なお、保健施設、保健
サービス機関が加入する責任保険契約は、与えられた任務の範囲内で
行動するその従業員も保障する。
(3)限度療
法律上、責任限度額に関する規定は存在しないため、完全賠償が原
則である。しかし、この保険では、自由な資格で業を営む保健専門家
については限度額を設けることができる。この場合に限度額として設
けられる条件は、コンセイユ・デタのデクレが定める(保険法典L.2
-23-
フランス保険契約法の新たな改正動向
51-1条) 。この場合、保険会社は被害者に対して、限度額の範囲に
44)
おいて補償を申し出ることになるが(公衆衛生法典L. 1142-14粂) 、
完全賠償原則の下で、被害者の損害額が保険金限度額を上回ることが
ありうる。そこで、その金額は「医療事故、医原性疾患、院内感染を
補償する全国公社」 (Office nationale d indemnisation des
accidents medicaux, des affections iatrogenes et des
infections nosocomiales)とよばれる公的な機関がこれを負担す
ることになる(公衆衛生法典L.1142-15条) 。同機関は、支払った
金額を限度として被害者が加害者に対して有する権利に代位する(公
衆衛生法典L. 1142-15条) 0
(4)保険者の引受義務
医療関係者に責任保険の付保義務を課しても、保険者に引受義務を
課さなければ実効性がない。そこで、新たに創設された中央料率算定
会(Bureau centrale de tarification)が付保の対象とされるリ
スクに対し適正な料率を定めることとした(保険法典L.252-1条) 0
中央料率算定会が決めた保険料でリスクを引き受けることを拒否し続
45)
ける保険企業は、現行法令に従って営業していないとみなされ、認可
取消等の行政処分を受けることになる(保険法典L.252-2条) 0
注31) Loi n- 2002-303 du 4 mars 2002, relative aux droits des
malades etえIa qualit芭du systeme de sante. J.0. 5 mars 2002,
p. 4118, D. 2002, n-12p. 1022.
32) なお、保険法典L.133-1条では、エイズ抗体陽性者等の重大な疾病に羅患
している者が、住居や職業に使う事務所あるいは施設に要する借金の返済を担
保する死亡保険の加入についての国と専門保険業界団体との協定の内容を法的
にバックアップする規定も含まれているが(その詳細につき、 voir A. Castelletta, Responsabilite medicale : Droits des malades, 2002, p. 18) 、
その訳出はここでは省略する。
-24 -
フランス保険契約法の新たな改正動向
33) J.0. 2 juillet 1994, p.9559 ; D. n- 27-358 du 21 juillet 1994.
34) J.0. 30 millet 1994, p.11056 ; D. n- 29-406 du 1" septembre 19
94.
35) J.0. 30 juillet 1994, p.11060 ; D. n- 29-409 du 1" septembre 19
91.
36) この法律の全訳として、大村美由紀『外国の立法』 33巻2号9貢以下参照。
また、同法の立法紹介として、聯島次郎『外国の立法』 33巻2号1頁以下参照。
37) この刑罰は本年1月1E]より、 2年の禁錦および3万ユーロの罰金に改めら
れている。
38) J. F. Massip, L insertion dans le code civil des dispositions relatives au corps humain,え1 identification g色netiaue etえIa procr芭ation m色dicalement assist芭e, Gaz. Pal. 1. 437.
39) 受動的告知義務から能動的告知義務に改正された経緯につき.拙稿「フラン
ス・ベルギーにおける告知・通知義務制度改革と論理」文研論集122号47頁参
m
40) RGDA. 1998. 919.
41) 優良遺伝子保有者と劣等遺伝子保有者という区分けができてしまうことは遺
伝子による差別であり、優生学的見地から大いに問題のあるところである。ち
なみに、遺伝情報の利用について自主規制を行っている英国においても、遺伝
子検査結果を根拠とする保険料割引は明確に禁止されている(ABIくAssociation of British Insurers>の行動規範(Code of Practice)第8条、第
38粂) 0
42) Lambert-Faivre, op. cit., n- 914.
43) Lambert-Faivre, La loi n- 2002-303 du 4 mars 2002 relative
aux droits des malades etえIa qualite du syst色me de sante : III
- L indemnisation des accidents m芭dicaux, D. 2002, p. 1369.
44) 2002年3月4日法は、医事紛争の場合に、裁判官によって主催され、医療機
関利用者、医師、保険業者が構成員となっている和解・補償委員会とよばれる
ADR (裁判外紛争処理システム)を構築した。被害者は、訴訟を避け、この
委員会を利用して、迅速な補償を受けることができる。この委員会は、被害者
の申請を受け付けた後、鑑定手続に入り、 6か月以内に意見を出さなければな
らない。損害が医療責任に起因すると判断したときは、意見が保険者に送付さ
- &1
フランス保険契約法の新たな改正動向
れる。保険者は、それから4か月以内に被害者に対し補償の申し出を行わなけ
ればならない。
45) 保険企業から2度にわたり引受を拒絶された付保義務者は、中央料率算定会
に訴えることができる(保険法典L.252-1条) 0
4.むすびにかえて-問題点と今後の課題
4-1. 2001年改正(生命保険における遺族保護)の問題点
個別保険における自殺免責に関しては、契約当初1年以内であれば
意識的自殺・無意識的自殺の別なく免責を認めつつ、 1年経過後であ
れば一律に有責とするという立法は、精神的要素という立証困難で、
紛争の原因となる要素を除去した点できわめて明瞭な立法と評価でき
よう。しかしながら、自殺免責を故意による事故招致の一種ととらえ
た場合、故意の要素として「意思」と「意識」を要するというフラ
スの学説・判例の立場からすれば、意識性という要素を無視できるの
だろうかという理論的問題も出てくるのではあるまいか。現在までの
ところ、フランスにおいて本改正の詳細な研究は見られないが、今後
の議論をなお注視してきたいところである。
他方、法律(強行規定)によって団体信用生命保険における自殺を
担保させるということは、 1年の期間内における契約の自由を阻害す
るものであるが、これは、これまでは自殺免責条項の趣旨である公序
が詐欺的行為から保険者を保護するための公序であったことに鑑みれ
46)
ば、まさに発想の転換が行われたものといえよう。公序概念は時代と
ともに変容しうるものではあるが、これを再考する契機となろう。
この改正が実務に与える影響は少なくなかろう。法案審議の当時は、
l
-26-
フランス保険契約法の新たな改正動向
契約コストや危険選択への影響が指摘されたものの、デクレ(政令)
の定める強制保障限度額は6万ユーロ(約700万円)であり、これは、
地方における小さな一戸建ての価格に相当するにすぎず、保険不正請
47)
求の危険は副次的なものであるとの指摘がなされていた。しかし、実
際にはデクレで、これが12万ユーロ(約1400万円)とされたため、な
お副次的といえるか問題があろうO また、反対に、保険者が被保険者
に対し抗彰剤の服用について告知させる等、質問項目を厳格なものと
する-すなわち、告知義務によって潜在的自殺危険を排除する48)
おそれがあるとの指摘もみられる点にも留意する必要があろう。
以上のとおり、今回の改正では、住宅ローンを抱える生存配偶者に
対し、死亡配偶者についての自殺免責の主張を認めないことで保護を
与えつつも、保険コストを考慮して、適用限度額を押さえるという手
法を採用している。このような状況は、本来保険保護が及ばないはず
の者に対する、一般保険契約者による内部補助が強制されているとみ
ることもできよう。しかし、このような強制に対しては、保険契約者
間の公平という見地から問題がないわけではなかろう。民間保険にお
けるある種の社会連帯の導入というフランス独特の手法は、しかしな
お注目に値すると思われる。
わが国では、 4年連続で自殺者が3万人を超すという異常な事態が
続いている。自殺の中には、免責期間経過後の保険金取得を目的とし
た悪質なものもみられるようになってきた。そして、その場合の保険
金請求の排除および理論構成をめぐって学説・判例上、議論が活発に
49)
なってきている。他方、保険実務においては比較的最近に至るまでは
免責期間が1年とされていたが、現在では、免責期間を従来どおり1
年にしている会社、 2年ないし3年に延長した会社に分かれており、
とりわけ大手の会社の多くはこれを2年としている。このような状況
-27-
フランス保険契約法の新たな改正動向
に鑑みるのであれば、免責期間と自殺との関係についてさらに議論を
深める必要があり、その場合に、フランスにおける立法動向はきわめ
50)
て示唆的といえよう。
次に団体保険について検討する。フランスでは、団体保険は社会保
障を補完する制度ととらえられており、企業が保険金を取得してこれ
を自由に処分できるということは想定されていない。したがって、保
険契約者(企業)側に従業員である被保険者殺害の危険が存在しない。
そのような事情を背景として、義務的加入の保険とはいえ保険金受取
人の同意を不要としたこと-すなわち、遺族の保護を第一に考慮す
るという発想-は非常に興味深い。
わが国の生命保険契約法では団体保険に関する規定は設けられてい
ない。したがって、個別保険に関する規定を前提として解釈せざるを
得ない。そこで、企業が保険契約者・保険金受取人となって従業員を
被保険者とする個別保険や団体定期保険の保険金の帰趨をめぐり紛争
こい
が多発してきたことは周知のとおりである。
制度が異なる以上、単純な比較が許されないことはいうまでもない
が、遺族保護の徹底というフランスの立法的方向性は、それなりの示
唆はあるといってよかろう。
4-2. 2002年改正(遺伝子情幸帥J用規制・医療関係者賠償責任保険義
務化)の問題点
フランスでは、生命保険における遺伝情報の利用を全面的に禁止し
たが、その結果、逆選択を恐れ、将来的にフランスの保険市場から撤
退する保険企業が出てきやしないかという問題がまず指摘できよう。
もっとも.ベルギーやオーストリアを始めとして多くのヨーロッパ諸
国では立法により、あるいは業界の自主規制により遺伝情報の利用を
128-
フランス保険契約法の新たな改正動向
制限しているのでその懸念は杷憂に終わるかもしれない。
いずれにしても、近い将来、遺伝子診断技術の進歩によって、遺伝
情報の制度が格段に増した場合、逆選択との関係で、生命保険事業と
して成り立つ限界は奈辺にあるのか。一定の限界が明らかになった場
合に、業界は、かかるリスクに備えていかなる共同システムを構築す
べきか。国は何らかの形で補助をすべきか。補助をするとしたらどの
程度で、どのように行うべきか。そもそも、民間企業に対し、法的に
遺伝情報利用を禁止すること自体可能なのか等々、様々な議論があり
うるだろう。保険企業の経営の健全性を維持しつつ、被保険者の人権
にも配慮するために法律はどうあるべきかという難しい問題が提起さ
れている。
わが国では、この間題についてようやく議論が開始したという状況
にあるが、なんらかの立法的措置は考えられて然るべきであり、その
ための議論の素材として、フランスの今回の改正は、大いに参考にす
べきであろう。
さいごに、医療関係者賠償責任保険契約締結の義務化についてであ
るが、フランスにおける最近の報道によると、義務化の結果、また、
それに加え現在のフランスの深刻な医師・看護婦不足の現状に鑑み、
リスクがあまりに高くなったことから危険選択ができないと判断して、
フランス保険市場から撤退する外国保険企業(大手3社)が出てきた
ようである(たとえば、 1219ある市立病院の半分以上が、次期の保険
・、LIL
契約を解約する旨の手紙を受け取ったようである) 。ちなみに、 2回
の引受拒絶にあった病院等は中央料率算定会に申し出て引受会社を指
定してもらうことになる。引受拒絶を続ける会社はフランス国内では、
営業認可が取り消されることになる。賠償責任保険の引受義務を課さ
れた保険企業の健全性の維持の問題、民間保険会社と公的機関の役割
-29-
フランス保険契約法の新たな改正動向
分担等について、今後、様々な問題が生じてくるものと予想される。
医療過誤が多発しているわが国で、フランスの医療関係法改革の動
向およびその影響については今後も注視していく必要があろう。
注46) S. Rougon-Audrey, L exclusion du suicide des assurances d∈C芭s, Bulletin d actualite du Code des assurances, octobre, 2001,
p.2.
47) C. Et芭V色, Suicide : rien d alarmant dans les contrats d芭C巨S,
Argus, n- 6766, 2001, p.26.
48) Ibid., p. 26.
49) 自殺免責については、 2001年10月7日に近畿大学法学部で開催された日本私
法学会のワークショップで活発に議論が展開されたこと(その概要につき『私
法』 64号141貞参照) 、 2002年10月27日に明治大学で開催された日本保険学会
大会において、福島雄一助教授が「生命保険契約の自殺免責約款における免責
期間経過後の被保険者自殺に関する一考察」と題する個別報告を行ったことは
記憶に新しい。なお、最近の文献として、播阿憲「保険金支払義務と免責事由」
倉揮康一郎編『生命保険の法律間題』 (経済法令研究会、新版、 2002年) (金
判・増刊号1135号) 106頁参照。
50) フランス法との比較を前提とした、わが国における解釈論・立法論の展開に
ついては別稿を予定している。
51) わが国の団体生命保険に関する最新の論稿として,拙稿「他人の生命の保険
契約」倉滞康一郎編『生命保険の法律問題』 (経済法令研究会,新版, 2002年)
(金判・増刊号1135号) 66貞参照。
52) Le monde, 10 septembre 2002, p. ll. Voir aussi Argus n- 6795,
p. 9.
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フランス保険契約法の新たな改正動向
(付記)本稿は、 「平成14年度調査研究に対する助成」として財団法
人・簡易保険文化財団より受けた助成による研究成果の一部である。
なお、本稿は、平成14年9月21日開催の生命保険文化センター主催
「保険学セミナー(東京) 」で行った報告に加筆したものである。石
田満先生、松島恵先生をはじめとするセミナー会員の諸先生から多数
の貴重な質問をいただいたお陰で、本稿においては、当日の質疑応答
で明らかになった問題点についてさらに検討を深めることができた。
記して御礼申し上げる次第である。
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