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国際評価基準(IVS)の概要と日本の不動産鑑定基準との違い

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国際評価基準(IVS)の概要と日本の不動産鑑定基準との違い
2012 年 5 月
「国際評価基準(
国際評価基準(IVS)
IVS)の概要と
概要と日本の
日本の不動産鑑定基準との
不動産鑑定基準との違
との違い」
アメリカン・アプレーザル・ジャパン(
アメリカン・アプレーザル・ジャパン(株) 安達 和人
アメリカン・アプレーザル・ジャパン(
アメリカン・アプレーザル・ジャパン(株) 五十嵐殉也
1. 国際評価基準
(1)国際評価基準(IVS)の概要
国際評価基準(IVS: International Valuation Standards)は国際評価基準審議会
(IVSC: International Valuation Standards Council)が発行する、資産評価に関す
る基準(Standards)であり、各種資産の評価にあたって各国共通の留意点を示したも
のである。資産評価の長い歴史を振り返ってみれば、19 世紀後半から 20 世紀初頭にか
けて経済学の発展と共に時価の概念が確立され、1920 年代に評価理論の基礎が完成し
て評価業務が確立した(ちなみに筆者の属するアメリカン・アプレーザルは 1896 年に
設立された評価専門機関であり、民間の立場から長い間 IVS に寄与してきた)と言われ
るが、当時は不動産鑑定が中心であり、資産価値がコスト(historical cost)ベース
から市場価格(mark-to-market)ベースで測られるようになる転換点でもあった。その
後、欧米を中心に評価実務の発展とともに評価基準が整備されていったが、さらに 1970
年代に入り、ロンドン証券取引所(LSE)が財務報告のための評価基準を決めるなど、
投資家を意識した評価基準も求められるようになった。このような 1970 年代の急激な
経済情勢の変動や投資市場のグローバル化に伴い 1981 年に結成された国際資産評価基
準委員会(TIAVSC)が検討し、公表してきたものが国際評価基準である。その後 1984
年に TIAVSC は国連の民間非営利団体(NGO)となり、1994 年に国際評価基準委員会(IVSC:
International Valuation Standards Committee)と改称した後、2008 年 10 月に大規
模の組織再編と共に国際評価基準審議会(略称は同じ IVSC)と名称を変更し、今日に
至っている。
(2)IVS の歴史
IVSC が 1981 年に TIAVSC として発足した当時は約 20 カ国が参加していた。その後、
英国と米国の評価基準をベースに 1984 年に最初の統一評価基準が作られたが、不十分
なものであったため検討が続けられ、1994 年に最初の国際評価基準が 43 ヶ国の合意に
より策定された。この基準で初めて市場価格(market value)という概念が定義された。
また、これまでは不動産評価と財務報告に焦点が絞られていたが、新分野として機械
設備、リースホールド、投資不動産も含まれるようになった。さらに 2002 年には 3 年
間の各国の資産評価に関連する協会の協力の下、クロスボーダー取引の促進やグローバ
ル経済への対応、財務報告書における透明性の提供を反映した改定が行われた。このと
アメリカン・アプレーザル・ジャパン(株)
きには、資産評価関連の協会に加え、大手不動産会社や監査法人、資産評価会社などの
民間の協力も受けた。
(3)IVS の理念
IVS は、クロスボーダー取引の促進、専門的な評価指標としての貢献、資産評価や財
務報告書のための資産評価基準の作成という 3 つの理念のもとに改定が行われてきた。
すなわち、第一に、国際的な不動産取引の促進や財務報告書の透明性の確保そして資産
評価に対する信頼性の向上を目指し、第二に、グローバル経済下の財務報告に対する要
請に応じた、資産評価を行う専門家による資産評価手法の向上を目指し、第三に、新興
国などに対して資産評価や財務報告の基準を提供することを目指している。このように
して IVS は、会計基準における GAAP(一般に認められた会計原則)と同様、GAVP(一
般に認められた評価原則)とも言われている。
かかる理念を受けて、IVS の目的は以下の 5 点とされている。
①
世界的に認められた評価原則や用語を定義することにより、あらゆる資産評価に
おける一貫性を推進し、評価に対する理解を深める
②
資産評価業務の遂行および評価結果の報告に関する共通原則を確認、普及させる
③
評価が求められる主な目的に適した評価の手順と開示方法を確認する
④
異なった種類の資産や債務を評価する際の留意点を確認する
⑤
複数の業界や国家における評価基準のコンバージェンスを図る
(4)IVS の構成
IVSC が 2011 年 7 月に公表し、2012 年 1 月から適用が開始された国際評価基準(第 9
版)が最新の IVS であり、以下の 5 部構成となっている。
<用語の定義>
各分野に共通の用語の定義
<フレームワーク> 一般に認められた評価概念と評価原則の説明
<一般基準>
「業務範囲」
「遂行」
「報告」という 3 つの一般原則があり、あ
らゆる目的の評価に適用される。
<資産別基準>
「企業」
「無形資産」
「動産」
「不動産」
「金融商品」別の基準と
注釈から成っている。
<評価適用>
評価が求められる目的のうち、代表的な 2 つである「財務報告」
と「担保付き不動産の評価」に関する基準とガイダンスである。
従来の基準との主たる相違点は、IVS の当初からの重要な項目であった倫理規定が削
除されて各国の規制団体に任されたこと、15 項目のガイダンスノート(GN)が整理さ
れて資産別基準に反映されたこと等である。なお、反映しきれなかったガイダンスノー
トの内容は、別途「技術情報(Technical Information Paper)」として発行されること
になった。
アメリカン・アプレーザル・ジャパン(株)
2. 日本における不動産鑑定評価基準との相違
IVS と日本の不動産鑑定評価基準との比較については、「不動産鑑定評価基準の国際
化に関する検討業務に係る調査報告書(平成 23 年 3 月、国土交通省)に記載されてい
るが、現時点では大きな相違は認識されてはいない。
以下は同資料に基づいて検討・整理した結果である。ただし、当該調査は 2010 年 6
月に公開された上記 IVS 第 9 版の公開草案(ED)をベースに検討され、その後 2011 年
2 月に公開された IVS 第 9 版のドラフト版を確認の上で報告されていることに留意され
たい。
IVS と不動産鑑定評価基準の両基準はその検討経緯を必ずしも一にするものではない
が、不動産評価の基本的概念において同一であり、整合性を有していると判断すること
ができる。具体的には、次の点等である。
・ 評価の中心とする価格を、IVS は市場価値(マーケットバリュー)とし、不動
産鑑定評価基準は正常価格としており、両者は共に一定の定義に基づく市場価値を
志向するものであること。
・ 市場価値及び正常価格の判断にあたっては市場参加者の視点からアプローチす
べきであること。
・ 価格を求める評価の手法として、IVS は、原価法(コストアプローチ)、比較法
(マーケットアプローチ) 、収益法(インカムアプローチ)を基本とし、不動産
鑑定評価基準においても、原価法、取引事例比較法、収益還元法の 3 つを基本とし
ていること。
ただし、IVS がすべての資産、負債を評価対象としているのに対し、不動産鑑定評価
基準は不動産(不動産にかかる権利を含む)を対象とし、その他の資産評価に関しては、
不動産の鑑定評価に関する法律第 3 条第 2 項業務、あるいは、不動産鑑定士としての
知見を活かした業務として対応する等の制度上の違いがあること、などが相違としてあ
げられる。
また、(1)評価範囲、(2)評価手法、(3)価値の種類、(4)価値の定義、(5)最有効使用、
(6)公正価値、(7)評価報告書の各項目について以下の相違点が指摘されているが、いず
れも大きな相違点ではない。
(1)評価範囲
IVS においては、金融商品を含むさまざまな資産と負債が対象範囲となるが、不動産
鑑定評価基準が対象とする範囲は、土地もしくは建物またはこれらに関する所有権以外
の権利であり、この点が大きく異なっている。
後者では、機械設備や装置器具について不動産と一体となったものについては不動産
評価に組み込まれているが、不動産以外の資産の価格については事業用不動産の評価に
あたり一般に控除され不動産のみの価値評価が行われている。
アメリカン・アプレーザル・ジャパン(株)
不動産鑑定評価基準は、その名の通り、不動産についての評価基準であり、不動産以
外の資産については原則として言及されていない。つまり、不動産と一体となっている
機械設備や装置器具、または不動産が主な構成要素となる事業用資産などを除き、評価
対象の範囲から除外されており、あくまで「不動産を評価することに特化した評価基準」
という特殊性がある。
(2)評価手法
不動産鑑定評価基準では、対象不動産の類型ごとに、各手法により求められた試算価
格について、関連づけ、比較考量、標準とする等の判断により価格を求めるものとされ
ており、IVS に記載される手法採用のヒエラルキーを採用していない。これは、不動産
鑑定評価基準においては、方式と手法の関連において精緻な分析を行っていることによ
るものであり、各手法において 3 方式の考え方を適切に反映しているのであれば、3 手
法により得られる価格に基本的なヒエラルキーは認められないことによると考えられ
る。
(3)価値の種類
不動産鑑定評価基準における正常価格は、IVS における市場価値に相当する。
不動産鑑定評価基準の特定価格の例示にある投資採算価値を表す価格は、IVS におけ
る投資価値と類似するが、同じものではない。
不動産鑑定評価基準の特定価格の例示にある早期売却を前提とした価格に相当する
価値の定義は IVS にはない。IVS においては「強制売却」について記載があるが、強制
売却は、定義された価値の種類ではなく、取引が発生する状況についての説明であると
されている。
IVS における投資価値、公正価値に該当する価値は、不動産鑑定評価基準にはない。
投資価値は、価格等調査ガイドラインに従い、不動産鑑定評価基準に則らない価格と
して求めることができる。
公正価値については、財務諸表における時価の算定について、「財務諸表のための価
格調査の実施に関する基本的考え方」(平成 21 年 12 月 24 日、国土交通省)により、
不動産鑑定士が当該時価の算定を行う場合の基本的考え方が示され、鑑定協会作成の実
務指針により解説がなされている。
(4)価値の定義
具体的な表現には違いがあるが、市場参加者の視点において市場における評価額を見
積もるという点において、IVS における市場価値と不動産鑑定評価基準における正常価
格は整合性を有していると考えることができる。
ただし、IVS においては、業務の適用範囲において、調査の範囲等につき合意するこ
アメリカン・アプレーザル・ジャパン(株)
ととなっており、当該調査の範囲を前提においた市場価値を求める。一方、不動産鑑定
評価基準においては、不動産鑑定評価基準に則って行われた鑑定評価によるものが正常
価格とされており、不動産鑑定評価基準に則らない価格調査については調査価格等とし
て表示するものとされている。ここで求められる調査価格等も IVS における市場価値の
定義に該当し、一定の条件下における市場価値を志向するものであるならば、市場価値
に相当するものと考えられる。
(5)最有効使用
最有効使用に関して、両基準の考え方に大きな差異はない。しかし、IVS は異なる種
類の資産を対象とした評価基準であるが、最有効使用は、不動産などのように複数の代
替的使用が行われる可能性を有している場合に適用される概念とされている。
不動産鑑定評価基準においては、正常価格の定義において「対象不動産の最有効使用
を前提とした価値判断を行うこと」を明記していることから、より詳細な説明となって
おり、土地の最有効使用と複合不動産の最有効使用の二つの面からの分析が必要である
ことについても言及されている。
IFRS 第 13 号においては、不動産を単体資産として見た場合とその他の資産と併せて
グループ資産として見た場合のいずれが市場参加者にとっての価値を最大化するかを
判断し、当該グループ資産として使用継続することが最有効使用である場合、グループ
としての使用継続を前提に求められる価値を公正価値とすることが求められている。こ
の場合に、グループ資産としての最有効使用が、個別の不動産の最有効使用と異なる可
能性があり、グループ資産の市場価値(公正価値)と個別資産の市場価値の合計が異な
る可能性がある。IVS では、いずれの前提に基づく価値であるかについて明記すること
を求めている。
(6)公正価値
我が国においては、会計上の不動産の時価評価に関し、不動産鑑定評価基準に則った
評価と則らない評価により対応されるため、基本的考え方や実務指針等にしたがった整
理がなされている。これらにより、不動産鑑定士が財務諸表上の評価ニーズに基づき時
価評価を行う際には、原則的時価算定またはみなし時価算定のいずれかを行うものとし、
原則的時価算定には、鑑定評価基準に則った正常価格および価格等調査ガイドラインに
基づく調査価格が含まれる。
IVS においては、その策定経緯により会計上の評価にかかる言及がなされており、公
正価値にかかる記載、会計上の減価償却や、リース会計等についての記載もみられる。
(7)評価報告書
両基準において、評価報告書の必要的記載事項に大きな相違はないが、「IVS に準拠
アメリカン・アプレーザル・ジャパン(株)
した評価であることの確認」は、不動産鑑定評価基準に該当項目はない。
IVS は評価報告書の電送も想定しているが、不動産鑑定評価基準では電送に関する記
載はない。
IVS における、「評価人の身元証明書と適性(能力)確認書」に関しては、日本の鑑
定評価に関する法律において、不動産鑑定士の資格が鑑定評価を行うにあたっての要件
とされており、評価書に当該資格を記載して署名押印を必要としていること、不動産鑑
定士は、国土交通省に登録されていることから、実質的に同証明書と同義の内容を具備
している。
3. 今後の動向
国際財務報告基準(IFRS)へのコンバージェンスに関する不動産鑑定評価基準に関し
ては、「財務諸表のための価格調査の実施に関する基本的考え方」
(平成 21 年 12 月 24
日、国土交通省)に記載の通り既に対応済みであり、財務諸表の作成に利用される目的
で不動産鑑定士が価格調査を行う場合、具体的には固定資産の減損、棚卸資産の評価、
賃貸等不動産の時価等の注記および企業結合等に関して行われる財務報告のために行
われる不動産鑑定については、今後大きな変更はないものと思われる。
一方、不動産以外の資産に対する評価基準については、不動産鑑定士が国家資格であ
り、不動産鑑定は不動産鑑定士が行わなければならないのに対して、動産や企業を評価
するにあたっては国家資格を必要としないため、国内の法律や規定などにより明文化さ
れているものはなく、IVS に該当する基準は存していないというのが一般的な理解と思
われる(IVS そのものは世界的に強制力を持たないが、各国で IVS 準拠を規定すること
によって不動産鑑定基準のような強制力を持つ)。ただし、不動産鑑定士と同様に国家
資格である公認会計士が、本来業務ではない企業評価業務を行う際の留意点については、
日本公認会計士協会が経営研究調査会研究報告第 32 号としてとりまとめ、
「企業価値評
価ガイドライン」として 2007 年 5 月に公表したものがある。
今後日本においても IFRS とのコンバージェンスが進むと、特に企業結合等において
不動産以外の資産が重要視される場合も珍しくなく、IVS を意識した検討が進められる
であろう。また、不動産鑑定評価の実務においても、建物評価に関して、今より精緻な
評価が求められると思われる。
(注)本原稿の内容は、中央経済社発行の旬刊経理情報
アメリカン・アプレーザル・ジャパン(株)
2012 年 5 月 10・20 日合併号に掲載されました。
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