...

センシング用レーザ光源の研究開発

by user

on
Category: Documents
9

views

Report

Comments

Transcript

センシング用レーザ光源の研究開発
環境・医療分野応用
センシング用レーザ光源技術
センシング用光源
通信用光源技術
センシング用レーザ光源の研究開発
こんどう
NTTフォトニクス研究所では,通信システムの高性能化のために,波長制
やすひろ
あ そ べ
ま さ き
近藤 康洋 /遊部 雅生
御性に優れたレーザ光源を開発してきました.この特長は,通信分野以外の
おおはし
装置においても有効です.今回新たに開発したレーザ光源は,環境・医療分
大橋 弘美
ひ ろ み
野のセンシング装置に対し,従来光源で困難であった高性能化を可能にして
NTTフォトニクス研究所
います.
通信用光源のセンシングへの展開
帯域を持つ光源が用いられてきました
は2つのアプローチがあります.
が,可変波長レーザ光源を用いること
近年,安心・安全への関心の高ま
第1のアプローチは,波長の長波長
りから,生活環境や健康状態を,高感
化による高感度濃度センサへの適用で
度にリアルタイムで計測できるセンシ
す.レーザ方式を用いるガスセンシン
これら3種類の光源に関する技術的
ング技術が強く望まれています.この
グは,対象物質の光吸収を用いてその
な詳しい説明は,本特集の他の記事に
ような中,NTTフォトニクス研究所で
種類や濃度を測定するため,吸収強度
示します.本稿では簡単な特長につい
は,通信用レーザ光源開発を通して蓄
が強いほど高感度で高速な測定が可能
て説明します.
積してきた高い技術力を環境計測,医
になります.一般に分子の光吸収は波
療診断分野のセンシング用光源に展開
長が長くなるほど強くなる傾向がある
することを推進しています.
ため,センシング装置の高感度化を実
通信用光源として開発されてきた半
レーザを用いるセンシングは,測定
現するためには,発振波長の長波長化
導体レーザは小型,低コスト,低消費
対象に対して接触したり,サンプリン
が重要になります.長波長化を実現し
電力,および波長制御性に優れるとい
グしたりする必要がなく,非接触また
た光源として,ここでは2種類のレー
う特長から,レーザ方式センシング装
は非侵襲で高感度な計測を行うことが
ザ光源を紹介します.1つは,半導体
置用光源としての応用が試みられてい
できます.一方,NTTフォトニクス研
成長技術を高度化することにより,通
ます.通信用に開発されてきた半導体
究所では,通信システムの高機能化,
信用レーザと同じ構造・材料を用いて
レーザは,信号が載ったレーザ光を遠
低コスト化を実現するために,光ファ
2μm帯の発振を実現した半導体レー
くまで伝送できるように,光ファイバ
(2)
により,侵達度,スキャン速度,分解
能の改善が期待できます(5).
2μm帯半導体レーザ
イバ通信に用いるレーザ光源の研究開
ザです .もう1つは高出力の半導体
中の損失が小さい1.3 μmや1.55 μm
発を行ってきました.光通信用に開発
レーザと非線形光学結晶を用い,任意
の波長で発振し,材料としてInP(イ
してきた光源は,小型,低コスト,低
の波長で発振させることが可能な波長
ンジウムリン)系化合物半導体を用い
消費電力という半導体レーザを用いた
(3),(4)
変換レーザです
.
ます.しかし,前述のように,センシ
光源が有する長所のみでなく,波長制
センシング用レーザ光源の第2のア
ング装置の高感度化を実現するために
御性も優れており,他の分野に応用し
プローチは,波長の可変範囲拡大によ
は,この波長を長波長化することが重
た場合にも優れたシステム・装置を実
る画像センサへの応用です.現在,医
要になります.
(1)
現することが可能になります .
8
の高性能化を実現する波長特性として
療分野で注目されている画像センサと
波長と光吸収強度の関係を図2に
新たに開発したセンシング用レーザ
して光干渉断層撮影(OCT: Optical
示します.この図から,環境ガスとし
光 源 の位 置 付 けを図 1 に示 します.
Coherence Tomography) が あ り
て注目されているCO 2 ,COは通信波
レーザ方式を採用するセンシング装置
ます.従来のOCT光源には広い波長
長帯である1.5 μm帯にも吸収があり
NTT技術ジャーナル 2009.2
特
集
SSG―DBRレーザ
中赤外波長変換レーザ
広い
波
長
帯
域
2μm帯半導体レーザ
既存半導体レーザ
狭い
通信
通信用光源技術を展開
CO
ガス濃度分析
CO2
光吸収
画像センサ
グルコース
適
用
分
野
医療診断
OCT(網膜),
ヘモグロビン
OCT(前眼,歯科,
内視鏡)
ピロリ菌(CO2)
HCN,C2H2,NH3
HCl NH3
前眼部OCT像
H2O CH4 H2O CO2
ガスセン
シング
CO H2O,H2S,CO2
C2H6
CH4,H2CO,HCl,NO2
CO,CO2 NO SO2 N2O
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
3.5∼
(μm)
波 長
図1 開発したレーザの位置付け
ますが,2μm帯に存在する吸収のほ
的な制限を克服し,2μmから2.3μm
うがその強度が2桁程度強く,センサ
の発振を実現しています.
中赤外波長変換レーザ
の高感度化が可能になることが分かり
この波長帯にはCO 2 ,N 2 O,COの
ます.長波長化には,レーザ構造にお
強い吸収が存在し,環境ガスの小型,
の波長変換に基づいています.この光源
いて電気を光に変換する部分である活
高感度ガス検知器の実現が期待されま
は擬似位相整合LiNbO 3( QPM- LN)
性層の組成を変更する必要があります.
す.また,医療診断分野においても,
導波路と2つの半導体レーザから構成
しかし組成を変更すると活性層を構成
呼気中のCO 2 同位体分析によって検
されています.我々はQPM-LN導波
している半導体層に歪が生じることに
査を行うヘリコバクター・ピロリ菌の
路に関して新規のウエハ接合法を用い
なります.通信用の半導体レーザ光源
尿素呼気検査装置の小型,低コスト
た素子作製法を開発することにより,
でも多少歪が入った活性層を用います
化や,グルコースの強い吸収を利用し
これまで発生が困難であった中赤外波
が,2μmを超える波長を達成しよう
た非侵襲な光学式血糖値センサの実現
長領域における差周波発生を可能にし
とすると,結晶に加える歪が大きくな
を可能にする光源として期待されてい
ました.QPM-LN導波路をファイバ入
り,結晶欠陥が発生し,レーザ発振が
ます.
力型のモジュールとして実装すること
開発した中赤外光源は半導体レーザ
困難になります.開発した半導体レー
により,コンパクトな中赤外光源を構
ザは高度な成長条件により,この材料
成することを可能にしました.この構
NTT技術ジャーナル 2009.2
9
センシング用レーザ光源技術
(cm−1/molecule)
通信用レーザの波長帯
10−18
開発した2μm帯レーザ
H2O
HF
吸
収
線
強
度
−20
10
NH3
H2O
CO
CO2
HBr
CH4
HCl
H2S
−22
10
HBr
N 2O
図3 中赤外波長変換レーザの外観
H2S
よって共振器内のプラズマ効果を引き
2桁強い光吸収強度
CO CO2
起こし,結果的に屈折率を制御し,発
10−24
振波長を変化させます.波長切替時間
1 200
1 400
1 600
1 800
2 000
2 200
(nm)
波 長
はマイクロ秒オーダが期待できること
が特長です.
図2 波長による光吸収強度の変化
一方でOCTの研究が非常に盛んに
なっています.波長可変光源を用いた
成により従来困難だった3μm帯の室
ムに吸収スペクトルを測定することが
OCTの概念を図5に示します.時間
温 CW( Continuous Wave) 出 力
できます.本技術によるコンパクトな
的に波長をデジタルに変化させ,試料
が可能になりました.
中赤外光源は,さまざまなガス用の高
に照射およびスキャンして反射した光
光源の外観を図3に示します.バル
感度,リアルタイムでその場観察が可
と,元の光の干渉を用いて,試料の構
クのQPM-LN素子を用いた従来技術
能な計測ができる技術として有望であ
造を再現するものです.OCTは非接
とは異なり,高出力の固体レーザや高
ると考えています.
触・非侵襲の撮像技術であることか
出力の光ファイバ増幅器などを用いる
ことなく,ガスの分光等の応用には十
超周期回折格子分布反射型レーザ
ら,医療センシング分野において期待
されている技術です.特に,光周波数
分な0.2 mWの出力を得ることができ
波長可変レーザは波長分割多重方
ドメインOCTでは,波長可変帯域が広
ます.3μm帯ではメタン,エタン等
式 ( WDM: Wavelength Division
く,かつ,高速に波長挿引できる光源
の多くの炭化水素系ガスが強い吸収を
Multiplexing)通信用光源として研
が望まれています.通信用に開発され
示します.このため本技術による光源
究開発されてきました.波長可変光源
てきた広帯域波長可変SSG-DBRレー
はこれらのガスの検出に適しています.
は波長を任意に変えるものですが,さ
ザは143 nmという広い波長可変範囲
QPM-LN導波路の設計と2つの半導
まざまなタイプの波長可変光源があり
を350マイクロ秒で挿引することがで
体レーザの組合せを変更することによ
ます.図4に示すのは,波長可変光源
き,光周波数ドメインOCTの特性を
り同様の技術を用いて5μm帯までの
を波長切替時間および波長可変帯域
改善することができます.
波長をカバーすることが可能になりま
でまとめたものです.超周期回折格子
す.開発した光源は励起レーザの駆動
分 布 反 射 型 ( SSG-DBR: Super
電流を変調することにより,ガス吸収
Structure
Distributed
今回紹介する環境,医療分野でセ
線の近傍で波長を掃引してリアルタイ
Bragg Reflector)レーザは,電流に
ンシング装置の高感度化を実現する
10
NTT技術ジャーナル 2009.2
Grating
今後の展開
特
集
メカニカル制御
ヒータ制御
(nm)
VCSEL+MEMS
SOA+MEMS
SOA+PLC
ECL(Heater Tuning)
100
波
長 10
可
変
帯
域
(4) O. Tadanaga, T. Yanagawa, Y. Nishida, H.
Miyazawa, K. Magari, M. Asobe, and H.
Suzuki:“Efficient 3-μm difference frequency
generation using direct-bonded quasi-phasematched LiNbO 3 ridge waveguide,”Appl.
Phys. Lett., Vol.88, p.061101, 2006.
(5) N. Fujiwara, R. Yoshimura, K. Kato, H. Ishii, F.
Kano, Y. Kawaguchi, Y. Kondo, K. Ohbayashi,
and H. Oohashi:“140-nm Quasi-Continuous
Fast Sweep Using SSG―DBR Lasers,”IEEE
Photon. Technol. Lett., Vol.20, No.12, pp.10151017, 2008.
SSG−DBR LD
SG−DBR LD
DBR LD アレイ
DFB−LD アレイ
DBR−LD
キャリア効果
温度制御
DFB−LD
1
s
ms
μs
ns
波長切替時間
図4 波長可変光源の波長切替速度と可変帯域の関係
反射ミラー
波長可変レーザ発振スペクトル
試料(例:眼球)
波
長
/
周
波
数
波長可変光源
時 間
受光器
図5 OCTの概念
レーザ光源は,人・環境にやさしい企
業を目指すNTTグループにとって,重
要なアプリケーションであると考えま
す.今後もNTTフォトニクス研究所で
開発してきた技術が,現在の世の中に
貢献するだけでなく,未来においても
人々の暮らしを豊かにする技術として
社会に役立つように,研究開発を推進
していきたいと考えています.
■参考文献
(1) M. Sugo, H. Suzuki, and Y. Kondo:
“Applications of Telecom Light Sources to
Non-telecom Fields,”NTT Technical Review,
Vol.3, No.8, pp.12-14, 2005.
(2) 佐藤・満原・近藤:“InAs量子井戸構造を用
いたガスセンシング用2μm波長帯半導体レー
ザー,”応用物理,Vol.77,No.11,pp.13241327,2008.
(3) O. Tadanaga, Y. Nishida, T. Yanagawa, K.
Magari, T. Umeki, M. Asobe, and H. Suzuki:
“Compact sub-mW mid-infrared DFG laser
source using direct-bonded QPM―LN ridge
waveguide and laser diodes,”Proc. of SPIE,
Vol.6455, p.64550D, San Jose, USA, 2007.
(左から)近藤 康洋/ 大橋 弘美/
遊部 雅生
ここで紹介する光通信の優れた遺伝子を
引き継ぎ,新たに誕生したセンシング用
レーザ光源は,環境モニタ,医療診断の分
野に新たな風を吹き込み,安心・安全を求
める現代社会に大きく貢献すると考えてい
ます.
◆問い合わせ先
NTTフォトニクス研究所
フォトニクスデバイス研究部
TEL 046-240-2832
FAX 046-240-4301
E-mail kujira aecl.ntt.co.jp
NTT技術ジャーナル 2009.2
11
Fly UP