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酒米搗精時に得られる米粉の物性と構造 - MIUSE

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酒米搗精時に得られる米粉の物性と構造 - MIUSE
平成 21 年度
修士論文
酒米搗精時に得られる米粉の物性と構造
三重大学大学院 生物資源学研究科
資源循環学専攻 循環生物工学講座
食品資源工学教育研究分野
平井宏和
平成 21 年度
修士論文
目次
略号
1
1.緒言
1.1
酒米について
1
1.2
清酒について
2
1.3
酒粉ついて
2
1.4
デンプンの構造と物性の関係
2
2.実験方法
7
2.1
実験試料
7
2.2
米粉の成分解析
7
2.2.1
デンプン含量の測定
7
2.2.2
ケルダール法によるタンパク質の測定
7
2.2.3
酸加水分解法による脂質の測定
7
2.2.4
デンプン損傷度の測定
8
2.3
デンプン試料の調製
8
2.4
脱脂デンプン試料の調製
9
2.5
アミロース含量(apparent amylose content)の測定
9
2.6
走査型電子顕微鏡(SEM)による形態観察
11
2.7
ラピッドビスコアナライザー(RVA)による粘度測定
11
2.8
膨潤力,溶解度の測定
12
2.9
示差走査熱量計(DSC)による測定
12
2.10
X 線回折による測定
13
2.11
ゲルろ過クロマトグラフィー(GPC) による測定
13
2.11.1
デンプン溶液の調整
13
2.11.2
イソアミラーゼによる枝切りデンプン溶液の調製
13
2.11.3
カラム充填方法
14
2.11.4
ゲルろ過クロマトグラフィー(GPC)条件
15
2.11.5
試料の注入法
16
2.11.6
検出法及び回収率の測定法
16
3.実験結果および考察
20
3.1
成分解析
20
3.2
アミロース含量
20
3.3
走査型電子顕微鏡(SEM)による形態観察
21
3.4
ラピッドビスコアナライザー(RVA)による粘度測定
21
3.5
膨潤力,溶解度の測定
22
3.6
示差走査熱量計(DSC)の測定
23
3.7
X 線回折
23
3.8
ゲルろ過クロマトグラフィー
24
3.9
総合考察
26
4.要約
引用文献
謝辞
略号
SEM
Scanning electron microscopy 走査型電子顕微鏡
DSC
differential scanning calorimetry 示差走査型熱量計
To
糊化開始温度
Tp
糊化ピーク温度
ΔH
糊化エンタルピー
RVA
Rapid Visco Analyzer ラビットビスコアナライザー
PT
pasting temperature 粘度上昇開始温度
PV
peak viscosity 最高粘度
MinV
minimum viscosity 最低粘度
BD
break down
FV
final viscosity
GPC
Gel Permeation Chromatography ゲルろ過クロマトグラフィー
F.N.
Fraction Number フラクションナンバー
1.緒言
1.1 酒米について
酒米はいわゆる酒造好適米または醸造用玄米と呼ばれるもので,清酒を醸造す
る原料,主に麹米として使用される米を示す.特有の品質が求められるため、
通常の食用米や一般米とは区別される.穂は同じ米でも,家庭の炊飯器などで
調理して食べる食用米に比べ稈長(稲の背丈)は高くなり,穂長(稲穂の長さ)
も長い.一般に米中央部の心白が大きいものが良いとされる.また粒は食用米
のように粒が小さいと,深く精米するとすぐ砕けてしまうので心白を取り出し
やすいように大きいものが良いとされる.また磨きこんでも砕けることがない
よう粘度が高く,もろみによく溶けるものが醸造しやすいとされる.(図 1)
1.2 清酒について
清酒は酒税法で「米,米麹と水とを原料として発酵させて,こしたもの」と定
義されている.造り方は米と水を原料として,米が麹で糖化され,糖ができる.
糖は清酒酵母による発酵でアルコールになる.これら糖化と発酵という 2 つの
作用がバランス良く進行していき,高濃度のアルコールを生成させ得る醸造方
法によって造られる.
米の胚芽や表層部には,タンパク質,脂質,灰分,ビタミンなどが多く含まれ
これらの成分は,清酒の製造に必要な成分だが多過ぎると清酒の香りや味を悪
くすると言われている.麹米・掛米から造られた醪中にタンパク質が少ないと,
生物である清酒酵母が生きていくには適した環境ではない.その厳しい環境下
で生存するために,清酒酵母がアミノ酸,クエン酸,リンゴ酸などの有機酸を
生成し,これらの中で揮発性のものが独特の吟醸香を構成する.米が削り込ん
であればあるほど,清酒酵母は吟醸香を出し香味が良くなるとされている.
1
1.3 酒粉ついて
元の米粒重量に比べてどれくらいまで外殻部を削り落とすかが精米歩合(単
位: %)として示される.精米歩合とは削り磨かれて残った割合を示すものであ
り,数値が低い程磨きがかかっていることを指す.日本人がふだんの食生活で
食べている食用米は,精米歩合 92%程度の白米(玄米の表層部を 8%程度削り取
る)に対し,酒米は「清酒の製法品質表示基準」により 60%以下を吟醸酒,50%
以下を大吟醸酒と規定されている.
酒米の外殻部を搗精する際に発生する米粉は酒粉と呼ばれており,搗精部によ
って赤糠(100~90%),中糠(90~80%), 白糠(80%以下)に分けられる.赤糠は脂質が
多いので絞って食用油,中糠はペットフードや鯉の餌,白糠はせんべいや和菓
子に一部使われている.しかし,食品用米粉と比べて加工適性が知られていな
いので需要が少なく,有効利用されていない.だが,清酒を醸造する際に多量
の酒粉の発生は避けられない.例えば玄米 1,000kgを搗精して精米歩合 40%の吟
醸酒用白米 400kgを作る場合には,600kgの酒粉が発生することになる.清酒業
界全体では,年間約 126,000 トンもの酒粉が副成されており,酒粉の処理は清酒
業界の問題のひとつである1).
1.4
デンプンの構造と物性の関係
米の主要な成分はデンプンであり,加工適性を知る上でデンプンの物性を把
握する必要がある.一般的に,デンプンを水中で加熱するとデンプン粒が膨潤
を始め,粘度もそれに伴い上昇する.さらに加熱を続けるとデンプン粒は崩壊
し,粘度はそれに伴い下降することを糊化と言う.デンプン粒内部にパッキン
グされていたアミロペクチン分子やアミロース分子が水中に溶け出してくる.
これを冷却すると,アミロース分子やアミロペクチン分子同士が水素結合しあ
ってネットワークをつくり,不溶性の高分子となる.このように膨潤したデン
2
プン粒が収縮していく現象を老化と呼ぶ8).デンプンは温度処理することによっ
て,粒子の膨潤,透光度の上昇,粘度の上昇,アミラーゼによる被分解性の急
激な増加,デンプン粒特有の複屈折の消失,X線図形の変化が観察される2).こ
れら独特の物性は,構造の違いにより大幅に変化する.
酒粉は搗精によってデンプン粒が損傷していると言われているが,物性と構造
の関連性ついては詳しく調べられていない.
また近年になって,安価に提供される米粉食品は,自社製品への利用に関心を
示す実需者も現れており,米粉食品の開発,販売も盛んになってきた.地域活
性化事業として地元地域で得られた米粉を使用した商品開発も増えてきている.
(表 1-1,1-2) 2)酒粉は前述した米粉よりも非常に安価であり,また糠部分も含むの
でミネラルなど機能性成分を含んでいることや,未利用資源を利用という付加
価値の高い食品を作ることが可能と思われる.そこで,酒粉の物性と構造面を
把握し,有効な活用方法を検討する.
3
2.実験方法
2.1
実験試料
2008 年度産山田錦を試料米とした.試料米山田錦から湿式粉砕法(精白米を 4
倍量のイオン交換水に室温 3 時間浸漬し,水ごとミキサーで粉砕,通風乾燥)に
て得られた精米粉(90-0%部),及び,工場で搗精時に得られた酒粉 (80-40%部,
いわゆる白糠)を試料とした.
また酒米搗精による物性,構造変化を詳しく知るために 2008 年度三重大学附
属農場産伊勢錦短稈弓形穂についても同様にして得られた精米粉,及び,工場
で搗精時に重量別分画して得られた酒粉(100-90,90-80,80-70,70-60,60-50%部)を
試料とした.以上,試料の模式図を図 2-1 に示した.
2.2
米粉の成分解析
成分解析としてデンプン含量,タンパク質,脂質,デンプン損傷度を測定し
た.
2.2.1
デンプン含量の測定
TOTAL STARCH ASSAY PROCEDURE(Megazyme)を用いて行った.
このキットは AMYLOGLUCOSIDASE/α-AMYLASE METHOD(AOAC Method
996.11 AACC Method 76.13)に準じている.
2.2.2
ケルダール法によるタンパク質の測定3)
窒素の分析法の一つで,熱濃硫酸で試料を酸化分解し,含まれる窒素を硫酸
アンモニウムに変換する.このアンモニアを調べることで窒素量を定量し.米
の窒素係数 5.95 を掛けてタンパク質量を算出した.
7
2.2.3
酸加水分解法による脂質の測定4)
試料を酸で加水分解させた後,ソックスレー抽出器を用いてエーテルで脂質
を抽出した.乾燥した受器の重量を測定し脂質量を求めた。
2.2.4
デンプン損傷度の測定5)
酵素法の AACC 法では酵素の作用時間が 15 分と規定されているために,損傷
デンプンが多くなるとその作用時間不足となって測定に誤差が生じる.対して
酸溶解法は化学分析によることから影響を受けにくい.今回,試料の酒粉は損
傷度が高いと予想されたので,酸溶解法によるデンプン損傷度の測定を行った.
50 ml の共栓三角フラスコに試料約 0.5 g を秤量し,採取した.これに 0.25 N - HCl
50 ml を加え,55℃の恒温水槽中で 2 時間振盪した.振盪後,50 ml 遠心管に移
して 3000 rpm,20 min 遠心分離し,上清液の全糖をフェノール硫酸法により測
定した.デンプン損傷度は上清液を 50 ml として,無水物試料の比率として求め
た.
デンプン損傷度
(%) =
2.2.5
(ml)
0.25 N HCl可溶性の全糖量
無 水物米粉重量
(mg)
全糖量の測定(1/2 フェノール硫酸法)
試料溶液 0.5 ml に 5%(W/W)フェノール溶液 0.5 ml を加え混合し,これの液面に
直接,濃硫酸 2.5 ml を速やかに入れよく撹拌し,室温で放冷後,分光光度計に
よって 490 nm で吸光度を測定した.検量線は 0~100 μg/ml のグルコース溶液
を用いて作成し全糖量を求めた.
2.3
デンプン試料の調製6)
米粉から,冷アルカリ浸漬法によって以下のようにデンプンを抽出した.
8
各種米粉 100 g に 0.2 %水酸化ナトリウム水溶液 400 ml を加え,一晩 4 ℃で静置
した.上澄み液を捨て,3 回蒸留水で洗浄した後,吸水しやわらかくなった米
粉をミキサーによって粉砕した.粉砕物を綿製布によってしぼり,乳液状の液
体を 60 メッシュのシーブに通した.さらに綿製布とシーブ上に残った部分は,
再度ミキサーによって粉砕し,綿製布でしぼり 60 メッシュのシーブに通した.
乳液上のサンプルを大きいポリ容器に移し,液の全量を 500 ml 程度にし,十
分に攪拌した後 4 ℃で静置した.十分に乳白状の物質が沈殿した後,傾斜法に
よって上澄みを捨て,再び液の全量が 500 ml 程度になるように蒸留水を加え十
分に攪拌し,4 ℃で静置した.このような洗浄を 2 日間行った.
上澄みを捨て,適量の蒸留水を加え,これを 4 ℃,4000 rpm,15 分間で遠心
分離した.沈殿物の上層に黄色の層が現れたので,これをスパーテルによって
除去した.黄色の層が現れなくなるまで,上記の遠心分離とスパーテルによる
除去を繰り返した.さらに酒粉の場合は,糠部分が沈殿物の下層に現れたので,
スパーテルによってデンプン層の部分のみ採取した.
精製されたサンプルを 40 ℃の乾燥機で乾燥させ,乳鉢と乳棒を用いて粉砕し,
200 メッシュのシーブに通した.
2.4
脱脂デンプン試料の調製7)
デンプン試料 0.5 g を 20 mg 程度のジメチルスルフォキシドに懸濁し,37 ℃
で一晩振とうした.これを 50 ml の 99 %エタノールに攪拌しながら少しずつ加
えた後,15 分間攪拌した.攪拌後 4 ℃で静置し,12 時間おきに上澄みと沈殿
がきれいに分かれたところで傾斜法によって上澄みを捨て,再度全量が 70 ml
になるように 99 % エタノールを加え,15 分間攪拌し 4 ℃で静置した.この溶
液を G-4 ガラスフィルターによって吸引ろ過し,得られた沈殿物をシャーレに
広げ 40 ℃で乾燥させ,これを脱脂デンプンとした.得られた脱脂デンプンを
9
1.5 ml マイクロチューブに保管した.
2.5
アミロース含量(apparent amylose content)の測定
ヨウ素電流滴定法8) にて行った.脱脂デンプン 100 mgを 50 mlメスフラスコ
にはかりとり,99 % エタノールによって十分湿らせた後,1 N水酸化カリウム
溶液 25 mlを加え,全体が 50 mlになるように蒸留水を加えた.外套つきビーカ
ーに 10 ℃の冷却水を流し,温度を保持した.これに蒸留水 75 ml,1 N塩酸 10 ml,
試料溶液 10 ml,0.4 Nヨウ化カリウム水溶液 0.5 mlを加えスターラーで攪拌し続
けた.約 25 mVの電圧をかけた白金電極をビーカーに入れ,ペリスタポンプを
用いて 0.00157 N ヨウ素酸カリウム溶液を 0.5~1.0 ml / min.の速度で滴下させた.
白金電極間の電流変化をデジミニ・レコーダーAC-5150(ATTO)を使用して記
録した.滴定曲線は図 2-2 のようになり,その変曲点からヨウ素酸カリウム溶液
滴定量を決定した.
滴定中の反応は,
IO₃⁻+5 I⁻+6 H⁺
→
3 I₂+3 H₂O
であり,生じたヨウ素は順次アミロースに包接されるが,アミロースの包接能
をこえたとき,生じたヨウ素は水溶液中でイオンとなる.このときそれに伴い
白金電極間の電流も次第に大きくなる.また,0.00157 N ヨウ素酸カリウム水溶
液 1 ml 滴定すると,ヨウ素分子が 0.2 mg できることになる.これをもとに試料
溶液 10 ml と反応したヨウ素分子の重量を求めた.
試料溶液 10 mlと反応したヨウ素分子重量Y(mg)
= 0.2 (mg / ml) × 0.00157 Nヨウ素酸カリウム水溶液滴定量(ml)
10
残った試料溶液を用いて,試料の全糖量をフェノール硫酸法で求めた.反応し
たヨウ素分子重量と全糖量をもとに次式によって,試料のヨウ素親和力を求め
た.
× Y (mg) 100
= ヨウ素親和力(I2 mg / 試料 100mg) 試料の全糖量 ( mg / 10 ml)
Schoch9)の方法で分離したアミロースの親和力はおよそ 19~20 の間に入る10)こと
から,アミロースのヨウ素親和力を 20 とし,試料米のアミロース含量を以下の
ように求めた.
100
(試料のヨウ素親和力 / 20) アミロース含量(%) × = 2.6
走査型電子顕微鏡(SEM)による形態観察
米粉試料を両面テープに塗布し,イオンスパッター装置 E-1010(HITACHI)によ
り,厚さ 180Åになるように金を蒸着させた.その試料を走査型電子顕微鏡
S-4000(HITACHI)で観察した.加速電圧は 3.0
2.7
kV で行った.
ラピッドビスコアナライザー(RVA)による粘度測定
米粉乾物濃度が 8 %の懸濁液 28.0 g を調製した.調製してから十分に攪拌し,
40 分程度経過したのち,RVA(RVA-3D,Newport Scientific)をもちいて,表 2-1
の条件で測定を行った.
測定結果は,ピーク粘度をPeak Viscosity(PV),95 ℃加熱後の最低粘度を
Minimum Viscosity(MinV),冷却後の最終粘度をFinal Viscosity(FV)と表した.ま
た,PVとMinVの差をBreakdown(BD),MinVとFVの差をSet Back(SB)と表した(図
2-3).さらに,粘度上昇開始温度をPasting Temperature(PT)と表し,Horibataら11)を
11
参考に,以下の手順で求めた.
測定開始後 1.0~2.0 分の粘度の平均値をベース粘度(Base Viscosity)とした.次
にPVとBase Viscosityの差を算出し,その差に 1/20 を乗じたものにBase Viscosity
を 足 し た 粘 度 を 算 出 し た . こ の 粘 度 を 超 え る 直 前 の 温 度 を Pasting
Temperature(PT)とした12) .
2.8
膨潤力,溶解度の測定13)
米粉の膨潤力,溶解度を澱粉関連糖質実験法に準じて行った.試料を 50 ml
遠心管に乾物量 1.0 g を加え,試料水分含量と蒸留水をあわせて 50 ml とした.
振動を与えながら所定温度(20 ℃,40 ℃,60 ℃,80 ℃)で 1 時間加熱した.加
熱後直ちに 4500 rpm,30 min 遠心分離した.傾斜法により上清液の大部分を回
収し,その後パスツールピペットを用いて上清液を完全に回収した.上清液の
液量,上清液中の溶出したデンプン量をフェノール硫酸法で測定し,溶解度を
求めた.溶解度はデンプン乾物量 100 g あたりの溶出グラム数,膨潤力は沈殿区
分デンプン 1 g あたりの吸水膨潤したデンプンの重量比として求めた.
沈殿区分の重量(W)
100
膨潤力(% S.P.)= × (100 % − 溶解度( % S)) × 乾燥デンプン重量
2.9
示差走査熱量計(DSC)による測定14)
米 粉 の 糊 化 開 始 温 度 を 示 差 走 査 熱 量 解 析 計 (2920 Modulated Differential
Scanning Calorimeter
ティー・エイ・インスルメント ジャパン社)によって調べ
た.試料を乾物量 100 mg になるようにはかりとり加え,試料と蒸留水の重量和
が 500 mg になるように蒸留水を加えスターラーで完全に懸濁させた.米粉懸濁
12
液をアルミニウムセルに 50 μl とり,サンプルシーラーを用いてシールした.リ
ファレンスとして,蒸留水 50 μl をアルミニウムセルにはかりとりシールした
ものを用いた.30 ℃から 95 ℃まで毎分 5 ℃で昇温し,吸熱反応の始まる温度
を糊化開始温度(To),吸熱反応の最大温度を糊化ピーク温度(Tp),吸熱反応量を
糊化エンタルピー(ΔH)として決定した.
2.10
X 線回折による測定
米粉試料をガラス試料板に押し付けて密着させ,試料水平型多目的 X 線回折
装置(X-RAY DIFFRACTOMETER UltimaⅣ RIGAKU 社)を用い測定した.また試
料中に含まれるデンプンのみの結晶性を知る為に,デンプン試料でも X 線回折
を行った.測定条件は以下に示す.
電圧
;40 kV
電流
;40 mA
走査速度
;4° / min
受光スリット;10 mm
2.11
回折角
;2θ
走査領域
;2 - 33°
ゲルろ過クロマトグラフィー(GPC) による測定
試料中デンプンの分子構造を比較検討するために GPC を行った.米のデンプン
粒は脂質とコンプレックスを形成しているので GPC ではうまく分離出来ない.
そこで米粉から脱脂デンプン試料を使用した.
2.11.1
デンプン溶液の調整
2.4 で得られた脱脂デンプン試料 60 mg をスクリューバイアルにとり,蒸留水
13
1 ml と 1N - NaOH 1.5 ml を加え,4 ℃,1000 rpm,60 min 激しく撹拌し,デン
プンを完全に溶解させた.その後 1N - HCl 1.5 ml を加え中和させた.中和後,4 ℃,
10000 rpm,10 min で遠心分離を行い,残渣は除去し, 上清を得た.
2.11.2
イソアミラーゼによる枝切りデンプン溶液の調製12)
2.4 で得られた脱脂デンプン試料 20 mg を 30 ml 三角フラスコにとり,蒸留水
10 ml とスターラー棒を入れ,105 ℃,60 min オートクレーブした.オートクレ
ーブ後,スターラーにより攪拌しながら室温まで冷却した.得られた糊化試料
溶液 5 ml を 14 ml チューブにとり,そこに 50 mM 酢酸ナトリウムバッファー
(pH3.5) 250 μl と,イソアミラーゼ溶液(1 mg / ml)250 μl を加え,37 ℃,
16 時間湯浴により酵素反応させた.反応終了後,5 分間沸騰浴中で酵素を失活
させ,4 ℃,15000 rpm,5 min の遠心分離を行い,残渣は除去し, 上清を得た.
2.11.3
カラム充填方法
初めにゲル中に存在する微粒子及びゴミを取り除く為にゲルを 600 ml 以上取
り、3 倍量の蒸留水で懸濁させた.この懸濁液をゲルが沈降するまで放置した
後,傾斜法により上澄みを除去した.次にゲルに吸着して溶出しない物質を取
り除く為にアルカリと酸を使用し洗浄した.1 N - NaOH 1 l でゲルを懸濁させ,
懸濁液中のゲルが沈降した後,傾斜法により上澄みを除去した.また 3 倍量の
蒸留水で懸濁させる洗浄を数回行った.1 N - HCl 1 l でゲルを懸濁させ,アルカ
リ時と同様に洗浄を行った.ゲルを洗浄後,溶出溶媒を 2 倍量加えてしばらく
放置してゲルを平衡化させた.平衡後,上澄みを静かに除去し,加温した等倍
量の溶出溶媒を加えて 60 ℃程度となったものをカラムの充填に用いた.プラス
チック製カラムは垂直に固定し,カラムの三分の一程度まで 60 ℃に加温した溶
出溶媒を入れ,カラム上部にリザーバーを取り付けて,ゲル懸濁液を静かにゆ
14
っくり壁面に伝うように注ぎ込んだ.これを約 10 時間放置することによる自然
沈降法でゲルを充填させた.充填後,リザーバー内に残った溶媒は除去し,リ
ザーバーを取り外した.可動栓取付の際,ポンプを作動させ,溶媒を流しなが
ら行いカラム内に空気が入らないようにした.
取り付け後,使用する流速の約 2 倍に合わせて溶媒を約 2 時間流し,それ以上
ゲルが縮まないことを確認してから,可動栓を動かして隙間を埋め,完全に充
填した.これらの操作を行った後,カラムを反転させ上昇法により,GPC を行
った.
2.11.4
ゲルろ過クロマトグラフィー(GPC)条件
ゲルろ過クロマトグラフィー条件は以下に示した.
デンプン溶液
ゲル
;Toyopearl HW-65F (東ソー)
カラム
;φ2.6 × 100 (cm)
溶出溶媒
;50 mM - NaCl
ポンプ
;PERISTA PUMP(ATTO)
流速
;100 ml / 1 hr.
注入量
;5 ml
試料濃度 ;1 mg / ml
分画容量
;10 ml / tube
枝切り後のデンプン溶液
ゲル
;Toyopearl HW-50S (東ソー)
カラム
;φ2.6 × 100 (cm)
溶出溶媒
;50 mM - NaCl
ポンプ
;PERISTA PUMP(ATTO)
15
2.11.5
流速
;40 ml / 1 hr.
注入量
;2.5 ml
試料濃度
;1 mg / ml
分画容量
;5 ml / tube
試料の注入法
フェノール硫酸法により試料濃度を測定し,濃度 1 mg / ml になるように希釈
した.注入量分の試料を試験管に入れて,ポンプに取り付けたチューブの吸込
口に差し込んで,直接注入させた.注入後,ポンプを止めて 2 ml の蒸留水で吸
込口を洗浄し,この洗浄液もカラムに流し込んだ。この洗浄を 2
回行った.こ
こまでの操作でカラムに空気が入らないように注意した.
2.11.6
検出法及び回収率の測定法
溶 出 液 は フ ラ ク シ ョ ン コ レ ク タ ー (SF-160 FRACTION COLLECTOR
ADVANTEC 製)で分画し,Toyopearl HW-65F ではフラクションナンバー 15~50
Toyopearl HW-50S ではフラクションナンバー 30~80 までの各フラクションの
全糖量をフェノール硫酸法で測定した.
回収率は次のようにして求めた.各フラクションの全糖量を合計したものと注
入量から算出し,回収率 95 %~102 %を有効とした.
また回収した糖がデンプンであると確認するためにマーカーとして
Pullulan
(Shodex STANDARD P-82) P-800 Mol. wt:75.8×104 ,P-400 Mol. wt:33.8×
104 , P-200 Mol. wt:19.4×104 , P-20 Mol. wt:2.08×104
16
を使用した.
3.実験結果および考察
3.1 成分解析
山 田 錦 精 米 粉 及 び 酒 粉 80-40% 部 , ま た 弓 形 穂 精 米 粉 及 び 酒 粉
(100-90,90-80,80-70,70-60,60-50%部)についての成分解析結果を表 3-1 に示した.
デンプン含量には精米粉と酒粉 80-40%部ではそれほど違いがなかった.しかし,
デンプン損傷度は精米粉では殆ど損傷がみられないのに対し,酒粉は大きく損
傷を受けていることがわかった.
弓形穂の重量別分画された結果から米の外側には多くのタンパク質と脂質が
含まれていることは,一般的に言われていることに応じるものだった.米粒の
中心部ほどタンパク質,脂質が少なくデンプン割合が多いことから清酒を醸造
する際により削って磨いたものはデンプンがより多いと考えられる.これは清
酒の大吟醸(精米歩合 50%以下)になると雑味が少なく香味が良いとされる要因
と一致した結果となった.
3.2 アミロース含量の測定
試料のアミロース含量を表 3-2 に示した. アミロースは糊化,老化,膨潤な
どの現象に影響を及ぼしていることが明らかとなっている.そのため,アミロ
ースは物性を評価する上での重要な要素となっている.
ジャポニカ米中に含まれるアミロース量は約 15-20%程度であり,
酒米もこの
範囲内であった.アミロース含量は山田錦精米粉(16.3%)酒粉 80-40%部(16.8%)
であり,大差がなかったことからアミロースは物性に影響していないと考えら
れる.
弓形穂の重量別分画された結果から米粒の部位によってアミロース含量が異
なることが分かった.デンプン粒内でのアミロースとアミロペクチンの存在様
20
式について,Boyerらは熟度の異なるトウモロコシデンプンの分析結果からはア
ミロースは粒の外側に近い部分により濃縮された形で存在していると報告され
ている15).異種である米の弓形穂に関しても同様な傾向が確認された.
3.3 走査型電子顕微鏡(SEM)による形態観察
山田錦の精米粉,酒粉 80-40%部,弓形穂の酒粉 100-90%,60-50%部の SEM
写真を図 3-1,3-2 に示した.精米粉はデンプンに損傷が殆どなく,米デンプンと
同様な多角形型の粒構造(図 3-3)もっていることがわかった.対して酒粉では表
面に剥離が生じ,粒の平滑性が消失した破砕粒が見られた.また表面が剥離し,
粒同士が凝集した状態であった.試料としている精米粉は水を加えながら粉砕
する湿式粉砕で行われている為,損傷は少ないと考えられる.それに対し,酒
粉は酒造用精米機を使用して得られたものである.酒造用精米機は一度に大量
の玄米(最低 1800kg 以上)を精米するため,削る際に大きな力と摩擦熱が加わる.
削った際にデンプン粒が損傷し,また酒粉自体の持つ水分と摩擦熱で糊化し,
一部の粒同士が凝集したと考えられる.
湿式製粉法の米粉では米の組織が崩壊して,デンプン粒が分離した状態にな
る.しかしながら,乾式製粉法の米粉では米が単に微細化した組織体になる.
これらの米粉を製品にする場合,乾式では生地調整時の吸水性は低く,硬めで
歯ごたえのある食感になる.湿式では,吸水性が高く,軟らかく,舌ざわりが
滑らかで,粘りの強い食感となる.このように,前処理の違いからも製品の品
質は異なってくる16).
3.4
ラピッドビスコアナライザー(RVA)による粘度測定
試料の RVA の粘度曲線を図 3-4,3-5 に示した.
デンプンは水とともに加熱すると図 3-6 で示したように膨潤する.こうして膨
21
潤したデンプン粒同士の摩擦で液の粘度は急激に上昇する.さらに温度が上が
ると,デンプン粒の一部は破壊され,膨潤したデンプン粒と,デンプン粒の断
片,それに網目構造から抜け出したデンプン分子も加わり,糊液の粘性はます
ます増加する.PV は粒の膨潤の最大点であり,さらに加熱を続けると粒の膨潤
が限界に達して崩壊が起こり,粘度は下がっていく.また冷却を始めると,MinV
で最低粘度を示し,それより先は崩壊した粒が再び結合していき,再び粘度は
上昇する.これは糊化と逆の現象の老化によるものと考えられている.
山田錦精米粉,酒粉 80-40%部,弓形穂精米粉,酒粉各重量分画部の RVA の各
パラメータ値を表 3-3,3-4 に示した. PV,MinV,FV とも精米粉と比較して酒
粉では粘性が出なかった.デンプン含量の差がある為とも考えられるが,山田
錦においてデンプン含量差は精米粉(76.9%)と酒粉 80-40%部(70.2%)では約 7%程
度である.含量差を考慮しても極端に粘性が出ていないので,デンプンが損傷
したことによる粘性の減少であると考えられる.PT も酒粉が低い温度だった.
低温で粘性がでやすいのもデンプンが損傷したことにより水分を吸収しやすく
なったためと考えられる.
3.5
膨潤力,溶解度の測定
山田錦精米粉,酒粉 80-40%部の膨潤力および溶解度の結果を図 3-7,3-8 表
3-5,3-6 に示した.全ての試料で温度が高くなるにつれて膨潤力,溶解度も高く
なった.デンプン粒は比較的多量の水分を吸収し,膨潤するとともにアミロー
スの溶脱を起こす.この変化は,デンプンが糊化する液温以上で特に著しい.
酒粉 80-40%部は低温で容易に溶解し,膨潤もしやすい結果となった.3.2 SEM
による形態観察より酒粉は搗精によって表面に剥離が生じ,粒の平滑性が消失
したことから,粒の表面積が増え, より水分を吸収しやすくなり膨潤もしやすく
なったと考えられる.しかし,80℃におけるデンプン粒の膨潤は完全に膨潤し
22
た状態であるため,精米粉(8.84%)と酒粉 80-40%部(8.85%)はほぼ同じ値となった.
また酒粉 80-40%部は溶解度が高いので水分を保持しにくいことがわかった.
デンプン粒は,温度上昇によりアミロースが溶脱するため膨潤力の差は,ア
ミロペクチン構造が大きく関与していると考えられている17-18) .
3.6
示差走査熱量計(DSC)の測定
山田錦精米粉,酒粉 80-40%部のDSCの結果を図 3-9 表 3-7 に示した.通常,
米を糊化させると図 3-10 のようなDSC曲線を描く.糊化に伴なう吸熱はアミロ
ペクチンとアミロースの分子内,あるいは分子間の水素結合の崩壊による吸熱
反応と,その結果新たに形成される糖残基の水酸基と水分子の水素結合による
発熱反応の総和と考えられている.高橋らは19-22)は生デンプンを加熱処理すると
糊化が進み,ブロードで小さい吸熱ピークを示すと報告しており,このエンタ
ルピーの減少はアミロペクチンの結晶領域に深く関与していると考えられてい
る.
酒粉は糊化エンタルピーが非常に少ないことから,アミロペクチン結晶領域
量が大きく減少し,糊化しやすいと考えられる.発熱反応はまず非結晶領域で
起き,これが膨潤することでこれに連なる側鎖を結晶領域から引きはがして糊
化が進むと言われている.酒粉 80-40%部は To と Tp が精米粉に比べて,高い温
度に移行し,また糊化エンタルピーが減少していた.これらはデンプン含量差
によるもの,搗精時にアミロペクチン結晶領域が崩れ易い部分から崩れ,減少
しアミロペクチン結晶領域が質的に変性したことが可能性として考えられる.
3.7 X 線回折
山田錦精米粉,酒粉,弓形穂精米粉,酒粉各重量分画部の米粉および精製
デンプンの X 線回折図を図 3-11,3-12,3-13,3-14 に示した.
23
デンプン粒を構成する 2 成分が明らかになるとともに,結晶部分と非結晶部
分からなることが判明した.微細な結晶部分はアミロペクチンの房状構造の直
鎖分子が部分的に水分子をはさんで,あるいは直接水素結合により結晶部分を
作り,デンプン粒内で規則的に詰まっていると考えられている23).その結晶部分
の詰まり方で結晶構造が決まる.X線回折では結晶構造の特徴を,それぞれの回
折パターンで示す.回折パターンはA形,B形に分類される.トウモロコシや米
など穀類デンプンはA形を示し24),馬鈴薯など塊茎デンプンはB形を示す25).
回折ピークは,回折角の小さいほうから順に第 1 環,第 2 環,…と呼ばれて
いる.これらはKatzら26)が認めた回折ピークで,その後 2 ないし 3 本の回折ピー
クに分かれることが明らかになったものは,順に,a,b,c,・・・が添えられてい
く.結晶形の判定は,まず回折ピークの位置と強度を総合的に判断して行った.
A形の特徴は第 1 環と第 3a環を欠き,第 4 環がa,bに分かれ,回折線の強度は同
程度に強く,さらに第 6 環のaが強いことであり,B形の特徴は第 1 環が明瞭で
あり,第 3a環が存在し,第 4b環が欠け,第 6 環がaとbに分かれていることにあ
る.この判定方法から精米粉,及び精米粉デンプンの結晶形は全てA形であった.
酒粉では回折ピークが減少し,結晶性が認められなかった.しかし酒粉デンプ
ンでは,僅かだが回折ピークが確認できたことから,完全に結晶部分が無くな
ったのではないことが示された.以上のことから酒米搗精時にデンプン結晶性
が失われるほどの損傷を受けたと考えられる.また 3.6
DSCの測定の結晶領域
が減少した結果に応じている.
図には示してないが,糊化したデンプンにおけるX線回折図では回折ピークが
あらわれない.この理由としては,加熱によってデンプン分子の結晶構造が崩
壊したためだと考えられている.また,老化が進行するとX線回折図の回折ピー
クは部分的に回復するため,老化現象はデンプンの結晶化に基づくとしている.
しかしながら,老化デンプンのアミロペクチンの結晶構造は,生デンプンの結
24
晶構造とは一致しない27).よって酒米搗精時にデンプンは老化した可能性はない
と考えられる.
3.8
ゲルろ過クロマトグラフィー
山田錦精米粉デンプン,酒粉 80-40%部デンプンの GPC を行った結果を図
3-15,3-16 に 示 し た . Toyopearl HW-65F の 面 積 比 は フ ラ ク シ ョ ン ナ ン バ ー
33(F.N.33 は elution-volume で表せば 330ml)までの区分を F1 区分とし,それ以降
を F2 区分とした.これらの面積比の結果を表 3-8 に示した.
Pullulan P-800,P-400,P-200,P-20 は F.N.32,35,37,41 にピークが現れた.このマー
カーから回収された糖はデンプンであるといえる.精米粉と比較して酒粉
80-40%部は F1 区分が少なく F2 区分が多い割合となった.F1 区分から F2 区分
へ移行していることからアミロペクチンが低分子化していることが示された.
また,F2 区分でも特定のフラクションのみが突出しているのではなく,全体的
に移行しているのでアミロペクチンの特定部位ではなく全体的に削られ低分子
化していると考えられる.
試料デンプンを枝切りしたものを調べる為に,Toyopearl HW-65F より低分子
分画を行える Toyopearl HW-50S を使用した.枝切り酵素イソアミラーゼで処理
すると,アミロペクチン溶出部分はアミロースより低分子のパターンとなって
現れる.ここでは F2 区分(B2,B3 鎖と思われる部分),F3 区分(A,B1 鎖と思わ
れる部分)とする.その為,ボイドピークとなって現れるのがアミロース区分で
あり,ここでは F1 区分とする.F1 区分を F.N.46(F.N.46 は elution-volume で表せ
ば 230ml) F2 区分を F.N.55 とし,それ以降を F3 区分とした.この面積比を表 3-9
に示した.F3/F2 はアミロペクチン短鎖/長鎖比を表す.
枝切りしたデンプンでは精米粉と酒粉 80-40%部に溶出パターンはほぼ差異は
なく,どの区分においても面積比が近かった.以上より酒米を搗精する際に,
25
アミロペクチン鎖が壊れない程度に損傷し低分子化していると考えられる.
弓形穂精米粉デンプン,酒粉各重量分画部デンプンの GPC を行った結果を図
3-17,3-18 に示した.山田錦と同様に Toyopearl HW-65F Toyopearl HW-50S 面積比
の結果を表 3-10.11 に示した.Toyopearl HW-65F の結果から粒外側ほどアミロペ
クチンが低分子化していた.100-90%部位はタンパク質などが多く含まれている
ため損傷が少ない,またデンプン精製の際,デンプン含量が米粉に対して約 14%
しかなかったため,比較的損傷の少ない部分のみ多く回収した可能性がある為,
アミロペクチンの低分子化が少ないと考えられる.Toyopearl HW-50S の結果か
ら枝切りしたデンプンでは精米粉と酒粉の溶出パターンは類似していた.この
ことからも酒米を搗精する際に,アミロペクチン鎖が壊れない程度に損傷し低
分子化していると考えられる.搗精部位によって面積比が異なることはアミロ
ースとアミロペクチンのデンプン粒内での分布が異なることに由来していると
考えられる.またアミロース区分である F1 区分は 3.2 アミロース含量の測定の
結果に応じている.
26
3.8
総合考察
上記までは,個々の測定結果について述べたが総合考察では構造と物性の関
連性から,食品利用の適性を検討する.
酒粉は損傷しているといわれているが,実際デンプン粒が損傷を受けていた.
しかし,搗精部位によって損傷度合いが異なりRVAの粘性や膨潤力にも違いが現
れていた.SEMによる形態観察では粒が破砕しているだけでなく,剥離があり,
糊化による凝集も見られた.部位別 100-90%,60-50%ともに損傷を受けていた.
酒造用精米機では搗精に非常に長い時間をかけるが,搗精重量区分で随時回収
され,赤糠,中糠,白糠に分別される.つまり酒粉は搗精が終わるまで,常に
搗精による影響をうけているわけではない(表 3-12)28).搗精方法から考えると米
粒自体のデンプン詰まり方が損傷具合に関連しているのではないかと考えられ
る.Tamakiらは酒米のデンプン粒は米粒内側ほど柔らかく,ゆるい構造で背腹
側に沿って空間が生じていると報告している29-30).ゆるくパッキングされている
内側のほうが損傷を受けやすい可能性が考えられる.
DSCで吸熱反応があった事から少なくともアミロペクチン結晶領域の存在が
認められるが,質的変化もしくは量的減少,その両方があったと考えられる.
またX線回折の結果,回折ピークが僅かにしか確認出来なかったしていたので,
X線で測定できないほどの結晶のみ残っていると考えられる.GPCの結果から搗
精によってアミロペクチン鎖長分布は低分子化した.しかし,イソアミラーゼ
による枝切りデンプンでは同じ溶出パターンだった事からアミロペクチンの房
単位で損傷しているがアミロペクチン鎖が壊れているのではないと推測される
( 図 3-19) . 現 在 で は , デ ン プ ン の 微 細 構 造 を 決 定 す る 方 法 と し て
HPAEC-PAD(high-performance anion exchange chromatography with a pulsed
amperometric)法やFACE(fluorophore-assisted carbohyfrate electrophoresis)法を用い
ることで枝切り反応によって得られたアミロペクチン鎖をDP80-100 程度まで明
27
確に分離することが可能である31-33).以上の測定を行うことで,アミロペクチン
鎖長分布を知ることが出来るため,今後更なる検討の余地がある.
デンプンは糊化状態ではじめて機能を持ち利用される場合が多い.糊化に
は,常に加熱もしくはある種の薬剤を必要とする.酒粉は容易に糊化出来るた
め,使用方法の検討価値は高い.また食品用米粉の重要な指標の一つにデンプ
ン損傷度があるが,酒粉は損傷デンプンが多いことから,硬さが低下,付着性
が低下し粘った食感が付加できると考えられる.
酒粉の有用活用方法に,100%米粉パンが考えられる.現在販売されている米
粉パンは小麦粉と米粉にグルテンを添加したものがほとんどである.パンは小
麦粉に含まれるグルテンとデンプンで形成される薄膜により,発酵時の二酸化
炭素を保持することでパンが膨らむ.しかし,米はグリアジンとグルテニンを
持たないためグルテンを形成できないので,二酸化炭素を保持できず,膨らむ
ことが出来ないためグルテンが添加される.そこで米粉の一部に酒粉を加える
ことで粘性が与えられ,グルテンの役割が果たせると考えられる.以上より,
すべて米のみを使用した 100%米粉パンが作製可能と考えられる.また他には,
ういろうの製造が考えられる.通常,ういろうは米粉の沈降を防止するため温
湯を用いるなどの方法でデンプンを一部糊化させる必要がある.しかし,米粉
の代替品として酒粉を使うことで酒粉中の損傷デンプンが生地粘度を上昇させ,
米粉の沈降を防止することが出来ると考えられる.また低温で膨潤するので冷
水から直接ういろうを製造でき,製造工程の簡略化が可能と思われる.
次に,酒粉を食品用米粉の代替品として使用出来ないか検討する.酒粉は結
晶領域がほぐれたことにより,粘性が下がったと考えられる.そこで,湿熱処
理や温水処理のアニーリングによって不完全な微結晶の溶解と再結晶化をする
ことで,結晶領域が強化,再構成され糊化特性を変化させることが出来る.ア
28
ニーリングは硬さ応力や粘度が減少すると言われているが,処理時間によって
は安定,増加することが可能と考えられている.34-35)
今回データには出していないが,酒粉の粒は測定不可能なレベルで小さい.
粒が小さいことに加え,SEM で確認した通り粒表面が剥離しているので,表面
積は大きい.表面積が大きいほど加水量に影響があり増加する.食品用米粉と
加水量範囲が全く異なり,広範囲の加水量に対応した酒粉はゲルおよびゾルの
調整において使用できテクスチャーの改善に有効な方法である.
酒粉に含まれるタンパク質は食品素材原料の組織の補強が有効となるので,
副原料として利用することにより,より有用性が見出される可能性がある.
酒粉は未利用資源であるとともに栄養価の高い食品である.酒米から搗精さ
れたものとして使用者からも安心,信頼でき,原料が安価であるので実用化し
やすい.今後,酒粉の理化学的性質を生かした食品作りが期待される.
29
4.要約
酒米搗精時に発生する米粉(酒粉)は搗精時に損傷を受けていると言われてお
り,粘りが少なく食品用には使われにくいが,米粉より安価である.そこで酒
造好適米である山田錦と伊勢錦の精米粉と酒粉の物性と構造の関係を調べ,利
用適性を検討した.
米粒外側にはタンパク質,脂質が多く含まれており,化学的成分に関しては内
側ほど精米粉と近いと言われている.酒粉はデンプンが損傷を受けていた.RVA
の粘性が低い,低温でも膨潤力や溶解度が高いなど,精米粉との物性の違いが
見られた.アミロース含量は同程度だったので,物性の違いは主にアミロペク
チン構造に由来していると考えられる.走査型電子顕微鏡で形態観察したとこ
ろ,デンプン粒が崩れ表面に剥離が生じ,粒の平滑性が消失していた.示差走
査熱量計では Tp,ΔH に変化が認められた.X線回折図形では,デンプンの結
晶構造は失われていた.ゲルろ過クロマトグラフィーでアミロペクチン分子構
造変化を分析したところ,アミロペクチンの鎖長分布が低分子化していた.以
上のことから酒米搗精時に,デンプンがどの様な損傷を受けているか推測し,
利用適性について検討した.
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