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バイタリティある経営に不可欠な本質的ニーズへの対応-518KB

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バイタリティある経営に不可欠な本質的ニーズへの対応-518KB
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CB
B
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SHINKIN
SHINKIN
CENTRAL
CENTRAL
BANK
BANK
産業企業情報
海外経済調査レポート
24−5
No.11
(2012.8.15)
2000.10
地域・中小企業研究所
〒103-0028 東京都中央区八重洲 1-3-7
TEL.03-5202-7671 FAX.03-3278-7048
URL http://www.scbri.jp
本物の顧客志向で付加価値を創出する中小企業
−バイタリティある経営に不可欠な本質的ニーズへの対応−
視点
バブル崩壊以降の閉塞感のある状況は、「失われた 20 年」などといわれ、様々な面で構造
的な転換を迫られ中小企業経営も厳しい状況にある。当研究所の「全国中小企業景気動向調査」
では、業況判断D.I.(「業況が良いとする企業の割合」−「業況が悪いとする企業の割合」)
は、97 年∼98 年のアジア通貨危機・金融危機、2000 年のITバブルの崩壊、07 年の米国住宅
バブルの崩壊や 08 年のリーマン・ショック、さらには昨年の東日本大震災などに見舞われ、水
面下での上下を繰り返している。また、財務省の法人企業統計で信用金庫取引先の太宗を成す
小規模企業(本稿では資本金 1,000 万円未満)の付加価値額の推移をみると、バブル崩壊後に
大きく水準を低下させたままとなっている。ところが、こうした厳しい状況下でも、業種を問
わずバイタリティのある中小企業は常に存在する。これらは顧客から評価される付加価値を創
出していると考えられるが、その付加価値をどのように捉え、対応しているのであろうか。事
例企業での確認も含めて、付加価値創出による経営力向上について考える。
要旨

法人企業統計によれば、小規模企業の付加価値額はバブル崩壊後に大幅に低下し、その構
成要素のひとつで企業の存続・発展にかかわる営業純益の赤字基調が続いている。

付加価値低迷からの脱却には、顧客の本質的なニーズを捉え、商品・サービスの機能面だ
けでなく、様々なプラスαの価値も含めた顧客価値創出で対応することが重要である。

顧客価値の創出で差別化を図るバイタリティのある中小企業の事例として、ばね製造・販
売の沢根スプリング株式会社(静岡県浜松市)、機械装置設計・製造の株式会社テラシス
テム(熊本県菊池郡)、書籍販売の株式会社長崎書店(熊本県熊本市)、不動産賃貸・管
理の吉原住宅有限会社(福岡県福岡市)を紹介する。
キーワード
付加価値、営業純益、顧客価値、本質的ニーズ、環境変化、ソリューション・サービス
©信金中央金庫 地域・中小企業研究所
目次
はじめに
1.低迷する小規模企業の付加価値額
(1)資本金 1,000 万円未満の小規模企業の付加価値は 90 年比大幅に減少
(2)小規模企業の営業純益は赤字基調が続く
(3)付加価値の維持向上に環境変化への対応は不可欠
2.企業のバイタリティの源泉となる付加価値創造
(1)供給側と顧客ニーズとのズレが付加価値低迷の原因
(2)付加価値の基本である機能面でのニーズの把握
(3)機能面を補うプラスαの付加価値の重要性
3.顧客に評価される価値を創出する企業事例
(1)沢根スプリング㈱・・・常識を覆す通販での小口スポット品対応で差異化
(2)㈱テラシステム・・・顧客の立場を徹底的に重視しソリューションを提供
(3)㈱長崎書店・・・文化をテーマとした価値創造で書店の新展開を目指す
(4)吉原住宅㈲・・・リノベーションで既存物件に新たな価値を創出
おわりに(事例企業からの示唆)
はじめに
信用金庫の取引先に多い小規模企業(本稿では法人企業統計の資本金 1,000 万円未満
の企業)の付加価値は、バブル崩壊後の「失われた 20 年」といわれる期間に、製造業、
非製造業を問わず大きく低下している。その背景には、言うまでもなく企業を取り巻く
環境の変化がある。業種や規模を問わず大きな変化に見舞われ、大手家電メーカーの
2011 年度決算における巨額の欠損は、これまで「日本ブランド」の象徴であった企業
ですら、経営の巧拙により厳しい局面を余儀なくされることを現している。大手家電メ
ーカーでは、海外メーカーとも競争が激化し、技術進歩で商品の機能面での差異化が困
難性を増し、スピード、低コスト化などで後塵を拝する結果となっている。これまでの
ように、多額の投資で機能を付加しても、顧客のニーズに合致する価値が創り出せてい
ない。規模を問わず、顧客のニーズに合致した付加価値が創出できずに収益の低迷が続
く企業は、しだいに体力を消耗させ、ついには存続に赤信号がともることにもなりかね
ず、是が非でも顧客から評価される価値を創り出さなければならない。当然、基本であ
る商品・サービスの機能面の付加価値追求は重要である。しかし、ただ機能が高ければ
よいとは限らない。それが顧客の求める本質的ニーズに合致しているのかを、機能面以
外の様々なプラスαの付加価値も含めて考えることが重要である。
1.低迷する小規模企業の付加価値額
(1)資本金 1,000 万円未満の小規模企業の付加価値は 90 年比大幅に減少
小規模企業の付加価値額、すなわち、企業活動から生み出される価値を、財務省の法
人企業統計でみてみる。すると、バブル崩壊以降において、同統計で企業数の6割を占
める資本金 1,000 万円未満の小規模企業と、4割の資本金 1,000 万円以上の層では、付
加価値額が異なる動きをみせている(図表1、図表2)。
製造業の資本金 1,000 万円未満の層の付加価値額は、91 年をピークに 01 年まで低下
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傾向をたどり、その後は低位でほぼ横ばいが続き、リーマン・ショック後に水準を若干
落としている。ちなみに、2010 年は 90 年比で実に 71.8%減という低水準になっている。
資本金 1,000 万円以上では、付加価値額は比較的高い水準を維持しており、むしろバブ
ル崩壊後の方が高い年も少なくない。たとえば、97 年には 90 年以降でもっとも高い値
を記録している。リーマン・ショックで 08 年、09 年はやや低迷したものの、2010 年に
は 90 年比 3.7%減の水準まで戻している。
一方、非製造業では、資本金 1,000 万円以上の場合、バブル崩壊以降に付加価値額の
水準がかなり高くなっており、2010 年は 90 年比 45.9%増である。資本金 1,000 万円未
満では、製造業と同様に 91 年をピークに 97 年まで水準を下げ、その後は、ほぼ横ばい
(図表1)製造業の資本金別(1,000 万円未満、1,000 万円以上)付加価値額の推移
(千億円)
1,000
900
951
900
890
880
816
765
800
700
600
500
789 773
752
760 804 829 835 871
822 836 869
400
840 839
768 762 770 802 798
690
資本金1,000万円以上
656
724
300
200
100
0
149 162 143
128 117
98
資本金1,000万円未満
90
91
92
93
94
95
80
69
58
54
56
52
54
49
48
48
50
48
48
39
96
97
98
99
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
42
10
(年)
(備考)1.財務省「法人企業統計」より信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
2.付加価値=役員給与+役員賞与+従業員給与+従業員賞与+支払利息・割引料+租税公課+営業純益
なお、営業純益=営業利益−支払利息・割引料
(図表2)非製造業の資本金別(1,000 万円未満、1,000 万円以上)付加価値額の推移
(千億円)
2,100
2,017
1,854
1,954
1,754
1,800
1,578
1,744
1,500
1,200
1,261
1,327
1,475
1,565
1,408
1,454
1,366
1,575
1,540
1,611
1,592
1,531
1,500
1,515
1,715
1,692
1,676
1,640
1,687
900 1,156
資本金1,000万円以上
600
300 423 454 445
419 405 379 337
0
資本金1,000万円未満
90
91
92
93
94
95
96
260 257 253 259 254 241 250 293 266 273 275 266 262 267
97
98
99
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
(年)
(備考)図表1に同じ
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傾向となっている。2010 年では、製造業ほどではないものの 90 年比で 36.9%減とやは
り低い水準である。
これらの変化の背景として、①大企業を中心としたヒト・モノ・カネのリストラなど
低コスト化の進展とその影響の下請け中小企業等への波及、②メーカーと流通業やユー
ザーの間の力関係の後者への傾斜、③バブル崩壊後の価格志向の強まり、④モノからサ
ービスへといったサービス産業化にみられるような産業構造の変化、などがある。この
ように、小規模企業において一時的ではなく、長期にわたり付加価値が低迷していると
いうことは、その体力の消耗も大きいと推察される。
(2)小規模企業の営業純益は赤字基調が続く
(図表3)資本金別(1,000 万円未満、1,000 万円以上)の営業純益の推移
(百億円)
4,000
3,600
3,200
2,800
資本金1,000万円以上
2,400
2,000
3,418
1,600
1,200
400
0
1,081 723
93
28 -116
90
91
-400
92
1,689
1,419 1,625
500
803
4,0294,031
3,132
2,706
2,509
2,281
1,877
1,669
資本金1,000万円未満
800 1,413
3,722
2,054 1,948
906
-54 -25 -54 -65 -35 -158
-105 -83
-112
-195 -187 -99 -86 -168
-245
-255-293 -200
93
94
95
96
97
98
99
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
(年)
(備考)財務省「法人企業統計」より信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
前項で述べた法人企業統計における付加価値額の構成要素は、役員給与、役員賞与、
従業員給与、従業員賞与、租税公課、動産・不動産賃借料、支払利息等、営業純益であ
る。このうち営業純益は、営業利益から支払利息等を差し引いたものである。そこから
さらに、法人税等、配当金などの社外流出分を除き、これを創業以来累積すると、その
企業が他の利害関係者に付加価値を分配後に積み上げた財務上の企業価値となる。
図表3で営業純益の推移をみると、資本金 1,000 万円以上では、バブル崩壊後に急激
に落ち込んでいるが、マイナスにはなっておらず、その後、波はあるものの水準を上げ、
07 年にはバブル崩壊以降のピークを達成している。リーマン・ショックで再び大きな
落ち込みとなったが、ここでも一定の回復をみせている。
一方、資本金 1,000 万円未満では、1990 年から 2010 年の 21 年間で、プラスは 90 年
と 91 年のわずか2年、残りの 19 年はマイナスという厳しい状況、つまり、小規模企業
では、経営の健全性・安全性・持続性を保つために欠かせない価値が毀損されてきた。
中小企業の経営者からは、こうした違いはそもそもの企業体力、すなわち、仕入力、
販売力、資金調達力、技術力、生産力などにおける企業規模に起因する差異であるとし
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て、仕方のないもの、あるいは努力しても限界があるものといった受け止められ方をす
る場合も少なくない。もしそうであれば外部環境まかせで、景気が好転して需要が増加
し、増産・増販効果や価格が上昇する機会を待つ以外に、小規模企業の先行きの展望は
開けにくいということになってしまう。しかし、これまで当研究所では、「全国中小企
業景気動向調査」の結果として厳しい状況下でも各業種において必ず業況が良いとする
企業が存在していることに触れてきた。そこには、他とは違う経営により、顧客に支持
される付加価値の創出が背景にあると推察される。
(3)付加価値の維持向上に環境変化への対応は不可欠
商品・サービスなどにより創出された付加価値(売上高)は、利害関係者に分配後、
最終的に企業側にとっての価値(利益)としても残らなければ、事業を継続・発展させ
てはいけない(図表4)。したがって、前述の営業純益がマイナスを続けていれば、い
ずれ事業の継続は立ち行かなくなる。企業に付加価値が残り、存続発展していくために
は、 顧客が喜んで十分な対価を支払ってくれるような価値のある商品やサービスおよ
びそれらの提供方法等の創出 が不可欠である。供給側が顧客に良かれと思う商品・サ
ービスでも、顧客の価値に合致しなければ、評価は得られない。また、供給側の企業と
顧客の双方ともに状況は常に変わり続けるのであるから、変化に対応して顧客に評価さ
れる付加価値を持続的に創出することが求められる。すなわち、流行など一時的なもの
で左右されない普遍的な価値は常に追求しつつも、必要な部分は変化させていかなけれ
ば、顧客等からそれまでと同等以上の評価を受け続けることは困難である。これは老舗
企業の経営においてもよく語られ、まさに「不易流行」ということであろう。
要するに、供給側の企業や経営者の都合ではなく、顧客が求める本質的な価値を創出
することがポイントである。ただし、本質的ニーズは変わらずとも、相応しい商品・サ
ービスの質・内容とその提供方法などは技術進歩等で変化させる必要も生じてくる。顧
客のニーズにフィットさせるには、先入観を持つことなく本質的ニーズを、その分野の
プロとして正しく捉え、ニーズ充足のための諸施策が組織全体としても整合的なものと
なるように、具体的アプローチを計画・実行し、評価、改善し続けることが必要である。
・原材料費
・外注費
・人件費
・賃借料
・運送費
・通信費
・水道光熱費
・租税公課
・支払利息等
・法人税等
・配当金
・
付加価値はマイナスの場合
もある。
・
付加価値は企業の存続、発
展に不可欠であり、創業以
来の累計額は、企業がこれ
までに生み出した価値の
合計︵
定量的な企業価値︶
となる。
売上高から
利害関係者への分配
分配後企業内に残った利益︵
付
加価値︶
が毎期累積
顧客は提供される商品・
サービ
スが、自らのニーズに合致してい
ると認識することで購入
把握したニーズに対応する商品・
サービスの開発・
提供
本質的な顧客のニーズを、適切
に把握
(図表4)顧客が本質的に求める商品・サービスの価値充足から生まれる企業価値
○留意点
・顧客ニーズの把握が適切であるか。(本質的なニーズでなければ一時的なもので終わる可能性)
・顧客が評価するニーズを満たす技術・ノウハウ・ビジネスモデル等はあるか
・商品・サービスを効果的・合理的に生産し、顧客に存在を正しく認識してもらえるか。(ただし、企業に残る
価値を過度に優先したり、全体の整合性を考慮せず、単に効率化のみを最優先したコストカットなどは、顧客
その他の利害関係者の価値を損ない、結果として企業自身に残る価値が創出されない可能性もあることには注
意が必要)
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
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2.企業のバイタリティの源泉となる付加価値創造
(1)供給側と顧客ニーズとのズレが付加価値低迷の原因
これまでみてきたように、小規模企業において、経営の継続性・活力の源泉となる付
加価値、とりわけ、企業活動の継続と発展に欠かせない営業純益でマイナスが続いてい
ることは、極めて重大な問題である。いうまでもなく、付加価値をプラスに転換させ、
増加させる方向にもっていかなければ、社会を支える重要な役割を担う中小企業のさら
なる体力低下や規模の縮小、事業からの撤退などが懸念されるからである。
企業業績が芳しくない要因としては、前述の本質的ニーズと環境変化に十分に対応で
きていないことが大きい。中小企業ではないが、顕著な事例に 2011 年度の家電大手メ
ーカーの業績不振がある。家電大手3社(パナソニック㈱、シャープ㈱、ソニー㈱)の
2012 年3月期の連結最終損益は、3社全てが大幅な欠損となり、合計で1兆 6,049 億円
もの赤字を計上した。家電エコポイントの終了や地上デジタル放送化対応の一巡による
需要減少、円高などのマイナス要因もあるが、より根本的な問題としては、製品に対し
てかつてほど顧客が評価する付加価値の創出ができていない、ということがある。
かつては商品開発力にすぐれ、小型化や高機能化などで先行し、世界的に日本製であ
ることが大きな価値を持っていたが、韓国や台湾、中国などの競合先の台頭が顕著であ
る。代表的な製品である薄型テレビなどは、家電メーカーの国内生産からの撤退や縮小、
海外メーカーを含む他社との提携など、厳しい対応を迫られている。
これは、技術レベルの向上や安価で高性能な部品供給、モジュール化などにより、製
品開発においてわが国メーカーが急速に追い上げられ、一定レベルの満足が得られる製
品が、海外メーカーも含めて比較的簡単に開発・生産できるようになり、メーカー間で
の機能面の差異化が難しくなったからである(図表5)。韓国や台湾、中国などの海外
勢力は低コストとスピードを武器に攻勢をかけており、これに伴う価格下落に加えて、
円高も追い討ちをかけている。こうした環境変化にもかかわらず、国内の企業はこれま
でのように機能を付加すれば顧客が高く評価してくれるという想定のもとに、多額の投
資を行いながら対応を続けてきた。ところが、せっかくの技術・機能も顧客が納得する
形での商品化に結びついていない。結局、多くの顧客が何に価値を認め、付加された機
事 業 の縮 小 ・撤 退な ど大 幅 な 構 造改 革 、海 外 を
含む他社との提携・協力などの対応・見直しが進
められている。
顧客の認 める 価値創造のための効率的、合理的
な 組 織と商品 開 発 スタイルへの転換 が不可 欠 と
なる。
供給 企 業の収益力が低下 、先行き展 開 への閉 塞
感も増大した。
一方で、顧客の求めるレベルを超える機能の商品
に顧客はこれまでのよう に対 価 を簡単 には払わ
なくなった。
引き続き高機能化
で差異化を図ろうと
する従来型の努力の
継続
商品・サービスの同質化と海外メーカーの低コス
ト、スピード経営での展 開 が低 価格化 にさら な
る拍車
新規参入者を含め、一定
以 上 の商 品 開 発 が 可 能
となった。
部 品 の高 機 能 化 、モジュ
ール化が進展
商品・サービスの高機能化 で差異化 、ブランドの
維持・
向上で優位性を保てた。
商品・サービスが普及段階で需要が拡大し、供給
すれば売れた。
(図表5)家電大手が迫られる顧客の評価する付加価値創出への転換
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
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能等による効用に対して支払うコストとのバランスをどのようなレベルで求めている
のかなど、本質的なニーズを捉えて意味のある付加価値が提供できていなかった。単に
画面が3D対応であるとか高精細であるというだけでは、その薄型テレビに顧客が喜ん
でその金額の代金を支払うだけの納得性のある具体的な価値を提案しきれておらず、実
際に評価されていないということになる。
業績低迷が続いている企業では、少なからず顧客が本当に評価する価値と供給者側が
想定した顧客価値のズレが生じている。また、業績悪化要因を外部環境に求め、自らが
対応を怠ってきたとの認識・反省がほとんどない、対応が従来型から抜け出せない、目
先の措置にとどまる、などが多い。逆に、柔軟性があり、積極果敢に対応しているバイ
タリティのある企業は、基本である商品・サービスの機能面の価値を適切に押さえつつ、
顧客が商品やサービスを選択する意味を見出すなんらかの付加価値を創出している。
(2)付加価値の基本である機能面でのニーズの把握
機能面の価値は付加価値の基礎である。ただし、必ずしも高機能イコール高技術・高
付加価値でもない。モノをつくり出す技術自体は高くとも、顧客ニーズの正しい認識な
しに、適切な商品・サービスの開発や、どのように生産し供給すべきか、組織全体で整
合性がとれた合理的・効果的な諸施策の計画と実行による成果には結実しにくい。
営業純益の長期不振からすると、本質的な顧客ニーズに対して相当程度対応できてい
る中小企業は、残念ながら多くないと推察される。経営者はプロとしての自負心もあり、
いまさら顧客ニーズの確認など必要ない、という意見もあろう。しかし、その理解が正
しい場合でも、顧客が企業に十分な納得性を持って受け入れるのか、ニーズの変化の予
兆はないかなどを、顧客とのコミュニケーションにより確認することは重要である。
なによりも、顧客が商品・サービスを利用する現場の状況把握やコミュニケーション
などを通じて、表面的・対症療法的ではなく本質的に求められているのはなにかを理解
すべきであろう。顧客自身も表面的な事象にばかり目がいき、本当に必要なものを具体
的に認識したり、表現できていない場合もあり、本来対応すべき内容を明確にする意味
は大きい。中小企業では、経営者自身が現場に近い位置で情報収集を行いやすい強みを
十分に生かし、先入観を持たずに顧客の情報収集に当たるべきである。これが、付加価
値を構成するもうひとつの重要な要素であるプラスαの価値への対応にもつながる。
(3)機能面を補うプラスαの付加価値の重要性
企業が捉えるべき情報は、単純に機能的な側面ばかりではない。たとえば、顧客の本
質的な問題・課題を解決するためには、機能面だけでなく、プラスαの価値、すなわち、
効果的な導入・利用方法、メンテナンスや故障等のアフターサービス、消費財などでは
感動や共感による感性価値なども重要な意味を持つからである。
図表6で、直線 L0 がある商品群がもつ純粋な機能面の価値に対する適正な評価価格
を表しているとすると、商品A、B、Cはちょうど機能に見合った価格付けがなされて
いる。AはBより機能は低いが、その分価格評価も低い。逆にCはA、Bより機能が高
6
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©信金中央金庫 地域・中小企業研究所
く、その分価格の評価も高い。機能が商品群全体
(図表6)機能と対価の関係のイメージ
で上昇すると、直線 L0 は上方に移動し直線 L1 の
高
ば、価格の評価が低下しB1 となる。
また、機能の向上に伴う価格面の上昇率が、直
線 L0 の場合ほどでなく、直線 L2 のようになれば、
商品・
サービスの機能
ようになり、その際、Bの機能が同じままであれ
Bと同様の機能ではB1 の価格となる。
C
B2
B1
L1
L2
B
プラスαの価値
B3
A
L0
低
機能面だけの評価であれば、各商品・サービス
顧客が対価として支払ってもよ
いと考える価格
はこうした直線の近辺での価格付けになると考
えられる。しかし、機能で大差がないにもかかわ
高
低
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
らず、高い価格付けがなされる、あるいは、売れ
る商品と売れない商品がある、などといったことが起きる。これは、機能だけではない
何らかのプラスαの付加価値を顧客が評価しているからである。B3 はBやB1 と純粋
な機能の評価は同等だが、機能的に上回るCに比べてもやや高い価格に評価されている。
このBとB3 の価格の差分が、機能面の価値に付加されたプラスαの価値となる。技術・
ノウハウに基づく機能が顧客にとって意味のある形で商品・サービスに組み込まれ、さ
らにプラスαの付加価値と結びつくことで、顧客が本質的に求めている課題の解決に貢
献し、独自性を創出する差異化が図られる。
そうした顧客の課題解決は、ソリューション(課題解決)・サービスといわれる。た
とえば、生産財の機械などでは、単純に顧客の要求するスペックを満たすだけでなく、
その機械がかかわる部分で顧客が課題とする点は何かを捉えてより相応しい使い方を
提案し、場合によっては機械や部品を改良する。つまり根本原因にメスを入れ、顧客の
生産効率向上、コストダウン、品質向上など課題解決に寄与する。あるいは、消費財な
どでコモディティ化(日常品化)して競合品と品質・機能の差異がない場合でも、価格
ではなく販売方法、決済方法、配送の利便性、取付けサービス、消耗品供給や修理など
アフターサービスでの差異化でプラスαの価値を生み出せることもある(図表7)。
次章では、様々なプラスαも含めたトータルでの付加価値を高め、バイタリティのあ
る企業として成長する企業事例を紹介する。
(図表7)機能面の付加価値とプラスαの付加価値の例(デジタル1眼レフカメラの場合)
プラスαの付加価値
機能面の付加価値
高画素数、高感度、最新画像エンジン、ハイスピード
フォーカス、短時間起動、手振れ補正、大型モニター、
望遠・広角・接写など豊富な高性能交換レンズ、高速
連写、防水・防塵性、高容量バッテリーetc
機能面を損なうことなく感性があり扱いヤすいデザ
インで、オーナーとしての優越感や他者へのアピー
ル心を満足させる。オーナーのこだわりを満足させ
る。充実した相談・修理その他アフターケア体制。
メーカーや販売店による写真教室やクラブの設置
など魅力的なサービスetc
+
Digital Camera
顧客の本質的なニーズに応える
トータルの付加価値
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
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3.顧客に評価される価値を創出する企業事例
(1)沢根スプリング株式会社・・・常識を覆す通販での小口スポット品対応で差異化
イ.企業概要
当社は、1966 年に現取締役会長の沢根好孝
(図表8)沢根スプリング㈱の概要
氏が、オートバイメーカーなどの下請けとし
て創業したばねメーカーである。現在の孝佳
社長は2代目で、大手電気メーカーを経て 27
歳で家業に入り、90 年に 35 歳で事業を承継、
社長に就任した(図表8、9)。
経済産業省の機械統計および金属製品統計
によれば、ばねの生産金額は 91 年の 4,098
億円をピークに、01 年には 2,672 億円まで減
少、その後回復はしているが、2011 年で 3,009
億円とピークの 73%にとどまっている。つま
り、現社長はバブルが崩壊し、業界がピーク
を迎えるタイミングで事業承継をした。また、
社 名
代 表 者
所 在 地
設
立
資 本 金
年 商
従業員数
事業内容
当社の概要
沢根スプリング 株式会社
沢根孝佳(2代目)
こざわたり
静岡県浜松市南区小沢渡町1366
1966年5月
3,000万円
8億5,600円(2011年12月期)
54人(正社員42人、パート・嘱託12人)
ばねおよび関連製品製造販売
全国でばね製造業は約 2,500 事業所と、競争
(備考)沢根スプリング㈱提供写真などより作成
の激しい業界であるが、前期まで創業以来 47
(図表9)沢根孝佳社長
期にわたり赤字決算はなく、自己資本比率も
60%を超えている。
直近決算で、製品の仕向先は4割弱が輸送
用機器業界向けである。後述のとおり、生産
財ではほとんど前例がない通信販売を 87 年に
本格的にスタートさせ、小口スポット品で顧
客のニーズに素早くかつ1個からでも対応す
ることで、他社にはない顧客にとっての高い
(備考)沢根スプリング㈱提供
付加価値を創出し、差異化を図っている。取引先数は、従来型の受注量産リピート品で
約 400 社、通信販売では全国約 18,000 社に達し、売上構成では量産リピート品が若干
多いものの、両者ほぼ半々である。
なお、通信販売は 84 年設立の関連会社、サミニ株式会社(資本金 2,200 万円、年商
2.5 億円、従業員 11 人)を通じて行っている。このほか、関連会社では 89 年設立で職
人による少量生産専門の有限会社石本(資本金 600 万円、年商 4,500 万円、従業員4人)、
中国には 93 年に中国第一汽車集団公司との合弁で、燃料噴射装置弁ばねやエンジン・
バルブスプリングを生産し、中国内に供給している無錫澤根弾簧有限公司(資本金 136
万USドル、出資比率 40%、従業員 90 人)を設立した。さらに、現在、独資での中国
生産拠点の設立を準備中である。
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ロ.顧客価値の考え方やその具体的な創出に至った経緯等
当社はもともと、下請けとして輸送用機器業界向けをメインとした量産リピート品を
製造していた。しかし、顧客や景気の動向に大きく左右され、経営の安定性や健全性の
問題も生じやすかった。そこで、下請けから脱却するために、取引先と対象業界の分散
化を推進すべく、同業他社があまり手がけたがらない小口の注文にも積極的に対応し、
量産リピート品以外のマーケットの開拓を強力に推進してきた。
そもそも、一般的には量産リピート品のほうが効率は良いといわれるが、それは需要
が拡大する右肩上がりの時代でのことであり、モノづくりが海外に流れ、マニュアル通
りに仕事を進めていればなんとかなるという状況ではなくなってきた。マニュアル仕事
であれば、チェックシートに沿って仕事をすればよいが、低成長時代に突入して構造が
大きく変わり、量産リピート品ではますます価格低下を強いられるなど、国内ではもは
や製造+小売サービスとして製造小売業化しなければ、経営を維持継続し、生き残るこ
とは大変に難しいと考えた。
そこで当社は、規模の拡大を狙うのではなく、経営の継続性・安全性・健全性を重視
し、あえて他社が手を出さない、通常は手間・コストのかかる小口注文に積極的に対応
している。そもそも、小口小ロットのスポット品への対応は、量産リピート品の生産の
片手間で行われるのが普通であった。このため、顧客の立場からすると、たとえば製造
用機械の故障時などで、価格は高くとも一刻でも (図表 10)各種ばね製品
早く代替部品を入手したいといった強いニーズ
があるにもかかわらず、迅速な対応はなされてい
なかった。
そこで、当社ではバネの標準品の品揃えを充実
させつつ長年の経験から常に適正な在庫水準で
ストックし、欠品を極力排除し、他社にはない購
入量により価格が変化する一物多価とし、営業に
コストをかけないための通信販売という方法を
(備考)沢根スプリング㈱提供
導入、ITを活用して受注から発送までの事務処理を効率化す (図表 11)通販用カタログ
るなどで採算の取れるビジネスモデルとしている(図表 10、11)。
ちなみに、当社では商品の標準化や適正在庫ストックなど一連
の効率的運用方法により、17 時までの注文には原則即日発送と
いうスピード処理を可能としている。
現在では軌道化している通信販売も、最初の2年は多額のカ
タログ作成費用にもかかわらず、売上高はごくわずかしかなか
った。しかし、地道な宣伝活動や品揃えの強化(現在は約 5,000
種類)などの努力により、次第に認知度が高まり、1個のバラ
売りから対応し、小口小ロットでもすばやく入手が可能である (備考)沢根スプリング㈱提供
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利便性が顧客から高く評価されるようになった。
このように小口対応を強力に推進してきた結果、現在の社長が事業を承継した 90 年
当時は、最大手の取引先の売上構成比は 40%を越えていたが、直近の 2011 年 12 月期
決算では 12.7%に低下している。取引業界別でも主力の輸送用機器業界向けは、やは
り 90 年には 80%に達していたものが、37.2%にまで低下し、特定の取引先、業界への
集中から分散化が大きく進展し、リスクへの対応など経営力の向上が図られている。
こうした展開を支えるものとして、①商品力と経済性の追求による「競争力」、②能
力とモチベーションによる「社員力」、そして③「財務力」が重要、としている。また、
成功イメージを描き、考え、楽しく仕事をするには「ビジョン」が必要であり、このた
め 20 年前から経営計画書を毎年作成し、社員全員に渡し説明を行っている。また、こ
れも取組みが 22 年となる毎月 10 日の昼に1時間ほど行う全社懇談会がある。ここでは、
現状、問題点・課題、対応や成果などについて社員にオープンにしている。なお、社長
は半年に1回は説明用資料(財務3表と変動要因分析、今後の見通しなど)を作成して、
金融機関にも状況の説明を自発的に行っている。
さらに、毎週木曜日には、社員が講師を交代で務める社内勉強会が行われる。テキス
トは講師が手作りし、出席者は内容が理解できたか、役立つかなどを5段階で評価する。
つまり、受講者と講師のレベルアップを同時に行っている。こうした人材育成の目的は、
効率一辺倒の「問題対処是正処理型」から、社員が自分の成長を感じられる「問題解決
予防処理型」の人づくり、組織づくりにある。また、当社は社員の生活や人生を重要視
しており、残業時間が業界の月 20∼30 時間に対して5時間台、有給休暇取得率も従業
員 30∼99 人の企業の 42%に対して 76%など、モチベーションの向上にも努めている。
ハ.今後の取組み
今後も、
付加価値=品質+スピード・サービス
をさらに追及し、徹底した小口市場開拓で小口スポッ
(図表 12)掲げられた創造開発型
集団のスローガンと工場内部の様子
ト品の売上比率を 10 年後には現在の半分弱から8割
に向上させる。2020 年ビジョンでは、そうした取組
みを通じて、創造開発型集団として顧客から選択され
る世界最速のレスポンスのばね工場を目指していく
(図表 12)。同時に、採算性と従業員への配慮のバ
ランスを取りつつ付加価値を配分し、売上総利益率や
売上高営業利益率、バランスシートの資産・負債・資
本の総資産に対する構成割合などの目標も達成して
いく。
一方海外展開では、中国での合弁に続く独資による
新たな展開を準備中のほか、東アジア地域で「SAWANE (備考)沢根スプリング㈱提供
ブランド」を確立するなどにより、世界で3万社の顧客獲得を目標としている。
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(2)株式会社テラシステム・・・顧客の立場を徹底的に重視しソリューションを提供
イ.企業概要
当社は、現社長の寺本力人氏が 1985 年
(図表 13)㈱テラシステムの概要
に創業、売上高の約8割を占める自動車
業界向けをメインに、フラットパネル、
画像処理、半導体、食品、木工などの業
界向けに生産・組立・検査用などの機械
装置の設計・製造、これらを制御・管理
するソフトウエアの開発を行っている。
89 年には有限会社テラシステムエンジ
ニアリングとして法人化し、97 年に株式
会社テラシステムとなった(図表 13、14)。
工場は、熊本市中心部から車で約 30 分、
熊本空港からは車でわずか5分と利便性
が高く、阿蘇山の外輪山の麓で景観にも
恵まれた工業団地に立地している。この
ため、当社の取引先が多い関東、関西や
海外などからのアクセスも良好である
当社の概要
社 名 株式会社 テラシステム
代 表 者 寺本力人(創業者)
所 在 地 本社事業本部:熊本県菊池郡大津町
岩坂塚ノ西3301
設
立 1989年4月(創業1985年)
資 本 金 2,500万円
年 商 6億円(2011年4月期)
約72人(正社員32人、
従業員数
パート・アルバイト 約40人)
事業内容 機械・装置製造
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所撮影
(図表 15)。
(図表 14)寺本力人社長
寺本社長は、設計技術者として地元企
業で活躍していた。しかし、「楽しく仕
事をする。顧客が困っているから仕事が
来るのであり、やったことがないからで
きないとは言わない」、というポリシー
のもと、かゆいところに手が届く誠実で
丁寧な仕事を自らの手で実現するために
独立した。
当初は、自宅の庭の事務所で設計から
スタートし、ソフトウエアの開発者など
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所撮影
の人材を充実させ、現在のような設計から製作、システム全体としてのソリューション
の提供といった展開へと発展させてきた。
部品の調達は、効率性やコストパフォーマンス、利便性などの観点から、中国と韓国
からが大半を占めている。韓国などは、工場団地がわが国と違い金属加工なら金属加工
でまとまって業者が集積しており、ワンストップで事足りる利便性がある。納期も問題
がなく、品質面では必ずしもまだ十分ではないが徐々に改善されており、不足の部分は
当社工場において最終的な調整・仕上げをすることでコストと品質を両立させている。
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ロ.顧客価値の考え方やその具体的な創出に至った経緯等
主力の自動車業界向けは、ダイハツ工
(図表 15)工場内部の様子
業㈱、本田技研工業㈱、日産自動車㈱、
マツダ㈱、その他部品メーカー向けの四
輪車用エンジンやミッション関係の加
工・組立・検査用の装置をはじめ、これ
らをつなぐ搬送コンベヤなども含めたト
ータルでの生産設備の設計・製作が中心
である(図表 16)。まさに、自動車の心
臓部で、極めて高い技術レベルを要求さ
れる部分に関係している。訪問時には、
某自動車メーカーの、最新型省エネエン
(備考)会社案内より転載
ジン用の検査装置の組立が行われていた。 (図表 16)自動車エンジンシリンダー内面加工機械
当社の特徴は、機械の設計から製作だけ
でなく、それらが関わる一連のシステム全
体を適切に制御・管理できるパッケージソ
フトの開発まで、システムの一連の流れを
視野に入れて顧客へのソリューションを
提供している点にある。これは、当社が創
業以来掲げている、「お客様のニーズに対
して『その先まで』お応えすることが使
命」という考え方を実践したものといえる。
社長にはもともと「顧客の立場を徹底的に
(備考)会社資料より転載
重視する」という考え方があったが、この一連の流れまで捉えた管理・制御のノウハウ
は、かつて木材のプレカットシステムを受注し、木材製品製作の設計から生産まで一元
管理するシステムの構築を手がけたことをきっかけに蓄積してきたものである。
他社では、機械は作るがソフトウエアは外注というのが一般的である。しかし当社で
は、顧客の課題を解決するために、一連の生産システムの流れの制御・管理を適切に行
おうとすれば、ソフトウエアも含めて自社で内製・開発をすることが重要である、とし
ている。つまり、目先の効率性優先ではなく、本質的に顧客価値にとって重要な品質を
追求しているのである。
生産の流れを一体として把握・管理することが大きな顧客価値を生むということは、
言われてみれば当然である。しかし、単に発注者からのスペックに応じた機器を納入す
るという常識的な発想を超えて、トータルのシステムで考え、そのための人材育成や組
織としての管理運営を実践できている中小企業は、多くはないものと推察される。
実際、そうした一連の流れを押さえた精度の高い制御・管理の提供により、当社の製
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品では、近年、一段と重要視さるようになった製品の欠陥・不具合などの発生時におけ
る原因追求に不可欠な、生産ラインにおけるトレーサビリティ(生産履歴追跡)の確保
が徹底できる。こうした、実際に設備を利用する顧客企業の立場に立ったきめ細かな対
応が、顧客からの高い評価・信頼、つまり、当社の強みにつながっている。
また、汎用機械のような大量生産品ではなく、オーダーメードのニッチな市場である
ため、大手企業の参入が起りにくい。一方で、前述のとおりシステムとしてソリューシ
ョンを提供する能力などで競合する中小企業はあまりない。
このような当社の製品面の強みとともに、自社経営の管理においても特徴的なことが
ある。社長は、「経営計画のない企業、金融機関を論理的に説得できない企業、経営が
オープンでない企業であってはならない」として、利害関係者、すなわち、顧客はもち
ろん、社員、金融機関などに対しても透明性の高い経営を行なっている。そのために、
経営の現状をできるだけリアルタイムで把握し、経営管理を行っている。当然、経営計
画を策定し、月次の計数管理もきちんと行い、金融機関に対する説明は求められるまで
もなく、自ら進んで行っている。製品における顧客への説明が十分にできなければ価値
を認めてもらえず、受注に結びつかないのと同様に、自社の経営に関してもできる限り
論理的に説明できるのが当然であるし、そのために経営数値等の迅速かつ正確な把握は
経営者としてかじ取りを行うためには必要不可欠としている。
また社長は、経営の根幹のひとつである人材の育成面においても、「企業は人をつく
るところ、道場である」としている。人間的に成長し、金銭的なものだけでなく、仕事
を楽しいと感じて没頭できる人材が、ベクトルを合わせて未来を思考する組織とするた
めに、人にも投資をしてきたということである。
こうした一連の取組みの結果、当社は創業以来、赤字決算はリーマン・ショック時の
1期のみである。さらに、進行中の 2013 年4月期の予想売上高に相当する受注残高は
すでに確保している。これらは、当社の顧客価値重視の姿勢が、極めて高い評価を得て
いる証左といえよう。
ハ.今後の取組み
現在の課題については、環境が大きく変化して (図表 17)細菌培養装置
おり、対象分野を限定することなくマーケットに
順応していくことが重要としている。このため、
医療やバイオ、食品などのニッチな市場を狙って
いきたいとのことである(図表 17)。
また、顧客からの海外への展開への要望も多い。
すでに英語、中国語、韓国語は社内対応可能な体
制としているが、国内を重視しつつも、インドネ
シアやメキシコなどでの展開について、具体的に
決定していく段階に入っているとのことである。
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所撮影
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(3)株式会社長崎書店・・・文化をテーマとした価値創造で書店の新展開を目指す
イ.企業概要
当社は、1874 年(明治7年)に熊本市
(図表 18)㈱長崎書店の概要
新町で開業し、現在も熊本県官報販売所と
して営業を続ける長崎次郎書店が源流で
ある。同書店は 1877 年に西南戦争で全焼
するも復興し、1889 年(明治 22 年)に長
かみとおりちょう
崎書店初代が熊本市 上 通 町 に長崎次郎
書店支店を開設し、これが実質的な現長崎
書店の創業となった。その後、熊本水害な
どの困難も乗り越え、1955 年に長崎次郎
書店の支店から有限会社長崎書店となっ
た。1889 年から今年で実に 123 年の歴史
を誇る老舗書店である(図表 18)。
当社の売場面積は約 100 坪で、立地する
上通アーケード商店街は、熊本城に近く、
熊本市現代美術館もある。ちなみに、熊本
市の目抜き通りで市電の通る通町筋から
当社の概要
株式会社 長崎書店
代表取締役社長 長
健一(4代目)
熊本県熊本市中央区上通町6−23
1911年8月(創業1889年)創業123年
2,412万円
約2億円(2011年6月期)
11人(正社員6人、パート4人、
従業員数
アルバイト1人)
事業内容 書籍販売
社 名
代 表 者
所 在 地
設
立
資 本 金
年 商
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所撮影
北側に伸びる全長約 350mのアーケード
(図表 19)長
健一社長
は、パリのオルセー美術館をイメージした
もので、明治時代から発展してきた中心商
店街のひとつである。
しかしながら、通行量はピークの6割に
減少している。また、10 年前には当社を含
めて近隣書店は3店であったが、現在は、
当社以外は他地域の資本で5店に増加し
ている。さらに、ブックオフのような古書
店やネット書店などの新業態、読書以外の
時間を消費するものとして、若者を中心と
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所撮影
したゲームの普及なども、書店にとってはマイナス要因のひとつとなっている。市場が
縮小傾向の中で競合は一段と激化している状況にある。
現社長は4代目で、大学在学中には全国チェーンの書店で1年程アルバイトを経験し
た(図表 19)。2001 年に大学を中退して家業に入り経験を積み、上記のような厳しい
環境下、創業 120 年の 09 年に 30 歳の若さで事業を承継した。現在は代表取締役兼店長
として、従業員の能力を引き出しながら、これまでにない本の魅力の紹介の仕方、地域
との関わりなどを通じて、本と顧客をつなぐ書店の新たな価値づくりを目指している。
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ロ.顧客価値の考え方やその具体的な創出に至った経緯等
現社長が家業に入った当時は、厳しい経営環境
(図表 20)低い書架の店内
下で業績も芳しくなかった。教科書だけで年商1
∼2億円と稼ぎ頭であった外商が、得意先の学校
の取引の他社への変更で、効率の良くない個人向
けの配達ばかりとなり、赤字部門に転落して経営
の足を大きく引張っていた。
業績悪化は、支払いをめぐる仕入先の取次店と
の間の関係悪化や金融機関からの運転資金の借入
難にもつながり、一方で、従業員のモラルダウン
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所撮影
(図表 21)バーゲン本フェア開催中のギャラリー
も大きな問題となっていた。
当時、常務であった現社長は、取次店から求めら
れていた取引継続可能な案の提示や、事業継続に欠
かせない金融機関からの資金調達面の問題を解決
するには、信頼関係の立て直しが不可欠であり、そ
のために店としての明確なビジョンをもつことが
必要と考え、新たなコンセプトに沿ったリニューア
ルで立て直すことを決意し、先代社長を説得した。
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所撮影
その際、福岡や東京のいくつかの書店から、街の書店でも文化的・芸術的な顧客価値を
十分に創出できることを学び、これらを参考としながら独自のコンセプトを考えた。
具体化のため、社長は地元の商工会議所から紹介された県の中小企業経営革新計画制
度を利用することにした。経営革新計画の策定を通じてビジョンが明確になるうえに、
県の承認を得られれば、別途審査が必要ではあるが、政府系金融機関による低利融資な
ど保証・融資の優遇措置を受けることができるからである。
ただし、経営革新計画書の策定は未経験のことであったため、福岡のコンサルタント
の手を借り、3か月かけて作成した。目指すところは、取次店の支払いを 100%履行す
る、金融機関への返済も適切に実行する、そして、なによりも独自のコンセプトに沿っ
た店舗リニューアルの実現で新たな付加価値を創出する、ということにあった。
業績不振の大きな原因となっていた外商は、宣伝効果を目的に半径 150m以内の信号
はっぴ
を渡らない範囲で、当社オリジナルのカートと法被を着て行うことに限り残して廃止と
した。一方、目玉の店舗リニューアルの内容は、美術館をイメージし、落ち着いた雰囲
気で芸術に親しめるような感覚で本と接することができるようにするため、書架を低く
し、通路も広くゆったりとさせ、1階に約 10 坪のミニギャラリーを設けて雰囲気をか
もし出し、さらに3階の倉庫を約 30 坪の多目的スペースの「リトルスターホール」に
転換する(図表 20、21、22)。本屋には美術館や画廊のような敷居の高さはなく気軽
に入れ、ギャラリーやホールで絵画や写真、書などを展示、これらと組み合わせた雑貨
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販売や舞踏家によるダンス、お絵かき会、読み聞かせ、
(図表 22)リトルスターホール
講演会など様々な企画を催し、自店と顧客や催しに参
加する顧客・作家・芸術家の交流・出会いの場を創出
する。計画は承認され、2006 年にリニューアルが行わ
れた(ただし、倉庫からリトルスターホールへの転換
は 2009 年に実施)。
一方、店舗コンセプトに合致した顧客価値のある品
揃えのため、売れる商品、売りたい商品をプロの目で
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所撮影
選別して取り揃える必要がある。そこで、従来からの取次店ルートだけでなく、①出版
社の見切り品である新本を安価に仕入れ、定価の半額程度で販売(バーゲン本:利益率
は通常定価販売の倍以上ある)、②中小書店単独では仕入れが難しいベストセラーの品
揃えや仕入価格面など、取次店との取引条件改善のため中小書店の仕入れ協業会社「ネ
ット 21」(現在参加 23 社 45 店で 100 億円規模の売上げ)に参加、③東京神田神保町
のそれぞれ特定分野で強みをもち、小回りの利く小取次店ルートの活用など、採算を意
識した積極的な取組みを行っている。この結果、市場が年率4∼5%の減少を続ける中
で、当社の売上高は横ばいをキープしている。
1階のギャラリーや3階のホールは、直接的に書籍に関わらなくとも、書店としてブ
ランディングや今後の展開につながるもの、換言すれば顧客価値と書店としての価値が
合致すれば、短期的な実利だけでなく今後への投資という意味合いで積極的に様々なも
のを扱っていく方針である。ちなみに、2010 年に行った熊本在住もしくは出身で、各
分野で活躍する 100 人を文庫本セレクターとし、選ばれた文庫本 100 冊を展示販売する
企画「La!Bunko」では、100 点中 20 点で品切れがでる人気となり、1か月で 1,858 冊
を販売した。また、足代などのコストはかかるが、出版社や作家に対しても積極的に働
きかけ、熊本の他店ではほとんど行っていないサイン会などの提案も行っている。
人材面では、読書アドバイザーの資格を取得したモラールの高い従業員に絞り、積極
的に売り場づくりに参加させている。さらに、「ながしょブログ」や月刊のフリーペー
パー「ナガショ通信」という形で様々な文化・情報の発信もなされている。
なお、社長は一連の改善への取組みを通じて経理・財務その他管理面を勉強し、試算
表や資金繰表の金融機関への提出・説明や、適切な税理士の活用なども行っている。
ハ.今後の取組み
顧客にとっての価値は、最終的には売り場・棚であり、「親しみやすい」「入りやす
い」「おしゃれ」「居心地がいい」などが重要としている。そうした観点から、2006
年のリニューアルを経て感じるところもあり、レイアウト、棚の段数、通路幅などでさ
らに手直しを図っていく。一方、仕入れ面でも前述のような様々な条件の改善にさらに
取り組む。例えば、ほしい商品の確保、作家のサイン会やトークショーを催すなどのた
めには、出版社とのパイプ・信頼関係をさらに醸成することも課題である。
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(4)吉原住宅有限会社・・・リノベーションで既存物件に新たな価値を創出
イ.企業概要
当社は、1965 年の設立から 47 年となる。 (図表 23)吉原住宅㈲の概要
元は福岡市中央区の清川で旅館を経営して
れいぜん そう
天神パークビル
外
観
貸会議室・貸オフィス
いた両親が、築後間もない冷泉 荘 (後述)
を買い取り不動産賃貸業に進出し、旅館か
らはその後撤退した(図表 23)。
現在は、福岡市中心部に当社事務所があ
り貸事務所、貸会議室、貸駐車場、カフェ
経営を行っている築 35 年の天神パークビル
(9階建、48 区画)と、築 35 年の新高砂マ
ンション(7階建、58 室)、同 45 年の山王
マンション(6階建、45 室)、同 54 年の冷
泉荘(5階建、24 室)の3棟のマンション
を所有し、計4棟の賃貸・管理運営を行っ
ている。
いずれもかなりの築年数を経過している
が、基本的な耐久性については問題がない
当社の概要
吉原住宅 有限会社
吉原勝己(2代目)
福岡県福岡市中央区大名2−8−18
1965年9月
500万円
約1億4,000万円(2011年8月期)
5人(正社員3人、契約社員1人、
従業員数
アルバイト1人)
事業内容 不動産賃貸・管理
社 名
代 表 者
所 在 地
設
立
資 本 金
年 商
ため、建替えではなく耐震補強や設備の更 (備考)吉原住宅㈲提供写真、同社 HP などより
新をしつつ、古いことを価値として積極的 (図表 24)吉原勝己社長
にアピールする個性的なリノベーションで
新たな付加価値を創出し、ヴィンテージ物
件としているところに大きな特徴がある。
現社長は、当初、家業の不動産賃貸業を
継ぐ意思はなく、大学卒業後、医薬品メー
カーでサラリーマン生活を送っていた(図
表 24)。しかし、先代社長が体調を崩し、
家業の厳しい経営状況を何とかしたいとの
思いから、医薬品の仕事に未練を残しつつ
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所撮影
も 18 年のサラリーマン生活にピリオドを打ち、2000 年に家業に転じた。業況は想像以
上に厳しいものであったが、その後、不動産の勉強をしつつ、リノベーションによる業
績回復に注力し、2007 年に先代から事業を承継した。
2008 年には、社長が代表者で 100%出資の㈱スペースRデザイン(資本金 500 万円、
年商約1億円、正社員6人)を設立した。同社では、他のオーナー物件も含めた再生・
リノベーションのコンサルティング、工事監理、不動産管理・仲介、空間デザイン・H
Pデザインなどを行っている。
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ロ.顧客価値の考え方やその具体的な創出に至った経緯等
それぞれの所有物件は、かつては地域でもラン
(図表 25)冷泉荘(上)、山王マンション(下)
ドマーク的な高級物件であったが、好立地にもか
かわらず現社長が家業に入った時には、経年変化
などから入居率 30%という物件もあるなど、経営
は厳しい状況となっていた。
しかし建替えに関しては、構造面で問題はなく
社長自身が建物に対する愛着が強く街の景観を変
えたくなかったこと、長年の付き合いの居住者へ
の配慮、投資負担が重くなる、などから避けたか
った。そこで、海外での再生マンション事例をビ
ジネス誌で見たのをきっかけに、リノベーション
による付加価値の再生、新たな価値の追加により、
入居率の向上を図る方法を選択した。
社長のリノベーションのイメージとしては、大
正から昭和初期にかけて関東大震災からの復興と
して東京や横浜などに建設され、当時としては先
進的であった同潤会アパートや、空きの目立つ工
(備考)吉原住宅㈲提供
場・倉庫街から芸術家やデザイナーの街として知られるようになったニューヨークのソ
ーホー地区、ということがあった。もちろん、耐震性や設備などは診断し、必要に応じ
て補強・強化・更新がなされている。配管などはわざわざ外壁に這わせて、これを外観
のデザインとして利用するといったことも行われている。ただし、基本的に外観につい
ては古さがアピールの大きなポイントであるため、従来の雰囲気をそのまま残している。
最初に手がけた冷泉荘は、もともとは近くの川端通商店街の商店主が住む団地であっ
たが、管理が行き届かず、ホームレスなどが入り込むなどの問題が起っていた(図表
25)。この物件は事務所に用途変更して SOHO としても使用できるようにし、地元のア
ーティストの表現の場として活用することにした。具体的には、耐震補強など建物のハ
ードや外装といった基本部分は当社として手を入れ、初期家賃は1室 30∼35 ㎡で3万
5,000 円と、福岡市中心では格安に設定した。その代わりに、入居期間は3年で内装を
入居者負担で好きなようにセルフリノベーションする。入居者が才能を発揮することを
可能としたのである。なお、1階は 60 人程度が入れるホールとしており多目的利用が
可能である。この当時、すでに築 47 年で、しかも入居者が費用を負担するセルフリノ
ベーションというユニークな手法であったが、発想が豊かな地元の若手建築デザイナー
から発表・活躍・切磋琢磨する場としても注目された。もちろん、それらの作品は製作
者以外の人たちからも評価され 24 室は満室状態となっている。
山王マンションでは、退室があるたびに 300∼400 万円/室でのリノベーションを行
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い、45 室中 27 室で実施済みである。3DK タイプ
(図表 26)新高砂マンション
で、家賃設定は近隣の新築坪単価よりやや高めで
ある。経営的には 45 ㎡で月5万円の家賃でペイす
るが、リノベーション費用を 20 年程度で回収する
として約7万円の家賃としている。家賃が高い分、
入居者の質も良化することにつながっている(図
表 25)。
新高砂マンションでは耐震補強を施し、55 室中
34 室をリノベーション済みである(図表 26)。2
(備考)吉原住宅㈲提供
DK タイプで子育て中の 30 歳台が中心、家賃は 45 ㎡で 7.3 万円程度となっている。最
近では、設備面などの機能は回復向上させるが、それ以外では、内装もわざわざ古いま
まを残した良さが人気となっている。このため、リノベーション費用も 50∼100 万円/
室と安価で可能であり、当社では「エコリノベーション」として行っている。
このような取組みの結果、福岡市の賃貸住宅の空室率が 20%程度に上るともいわれ
る中で、当社の物件は入居希望のウエイティングが出る人気ぶりとなっている(ウエイ
ティングリスト作成により、退去後に即時入居が可能で機会損失をなくし、顧客ニーズ
の把握もできる)。デザイン性や新しい設備とともに、建物の古さがもつ価値が融合し、
入居希望者にとって大きな魅力を作り出すヴィンテージ物件となっている。
当社事務所のある9階建てオフィスビルの天神パークビルは、2000 年に 48 区画の4
分の 1 が空室であったため、大手仲介業者周りの営業に注力して満室とし、その収益を
住宅部門改善に回した。現在1階にカフェを設け、屋上は庭園とし、共同利用可能な部
屋を設けるなど共有スペースが多く配置され、入居者全体でビルを使いこなすというこ
とから「Collective(集合的・集団的) Office」と名付けている。トイレも各階ごと
に違うデザイナーにより改装するなど、ユニークな取組みを行っている。家賃は新築ビ
ルと変わらないレベルとなっている。ただ、当ビルも築 36 年を経過し、現状では8室
が空室となっており、新たな施策を考えている。
ハ.今後の取組み
マンションは、既存の3棟では未実施の部屋のリノベーションを順次進め、新たな物
件を取得しての展開も含めて顧客ニーズに応えることに注力していく。天神パークビル
は、耐震補強とオフィスリノベーションを考えている。クリエイティブ系の会社の入居
を考えており、オープンな共有スペースでの交流などを通じて、質の高い仕事ができる
空間を狙っている。
加えて、㈱スペースRデザインでの他社物件のリノベーションで、建物の風景を残し
ながら街の価値向上に努力していく。このため、経営面での管理を徹底するとともに、
従業員に対するガラス張り経営と、チャレンジングなテーマ設定をして周りと議論しな
がらまとめ、成功体験を積ませる人材育成にもいっそう注力していく。
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おわりに(事例企業からの示唆)
かつては付加価値を創出したビジネスモデルが通用しなくなり、業種や規模を問わず、
企業には本質的な問題・課題への対応が求められている。多くの中小企業で付加価値が
低迷し、価格競争やコスト削減にきゅうきゅうとする中、事例企業ではバイタリティあ
ふれる企業活動の源泉として、付加価値を創出する以下のようなポイントが指摘される。
第一に、ターゲットとする顧客が本質的に望んでいるものを常に意識し、それは流
行・ブームではなく根源的に顧客が欲しているものである。もちろん、その要求を満た
す方策は、技術進歩や環境の変化など時間の経過とともに徐々に変化していく。しかし、
表面的ではなく本質を狙う確かさ、方向性が重要であることを強く示唆している。
第二に、本質的ニーズの充足のために、顧客の立場に立って慣習・常識にとらわれな
いビジネスモデルを構築し、単純に製品・サービスの機能を充足するだけでなく、プラ
スαも含めたトータルの付加価値を創出している。
第三に、付加価値創出のために、企業の理念・目的を組織全体で共有し、ベクトルを
合わせた活動をしている。経営者や一部の社員だけではなく、全体がひとつの方向に向
かい能力を発揮させるため、縦割りの硬直した組織・業務運営ではない柔軟性をもって
顧客の本質的なニーズに対応している。すなわち、顧客の課題を根本的に解決するため
に求められるものは何かを理解し、製商品・サービスがそのために十分な機能を発揮で
きるよう人材育成など様々なサポートも含めた活動が行われている。
第四に、各事例企業は、経営判断を迅速かつ適切に行うために、経営の管理を徹底し
て現状把握を行い、議論が行われ、ガラス張りの経営を行っている。
価値を考えるに当って、消費財では、デザインやモノに秘められたストーリーなどの
感性価値といった定量的に示しにくいが、単純な価格やスペックだけではない価値も大
きな意味・力をもつことも認識しておかねばならない。生産財でも、提供する機械や部
品などそれそのものの機能向上に加えて、少なくともそれが関わる部分ではメンテナン
スの利便性、より良い使用方法などプラスαの価値を提案し、顧客の生産性、低コスト
化、品質向上などで期待以上の成果を実現して差異化を図る(これは感性価値に比べ、
定量的な評価で価値を示すことが格段にやりやすい)、などが重要である。
バイタリティのある中小企業は、顧客にとっての付加価値をいかに創造するかにおい
て、本質的な問題を捉え、解決のための納得性あるストーリーを考え抜き、その実現に
組織的に取り組み、長期的視点での差異化を成し遂げているのである。
(藤津 勝一)
<参考文献>
・財務省「法人企業統計年報特集」(平成2年度から平成 22 年度の各年版)
・A.G.Lafley,Ram Charan(斎藤聖美訳)「ゲームの変革者」日本経済新聞社(2009)
すえかね
・前川洋一郎、末包厚喜編著「老舗学の教科書」同友館(2011)
本レポートのうち、意見にわたる部分は、執筆者個人の見解です。投資・施策実施等についてはご自身の
判断によってください。
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