Comments
Description
Transcript
プーチン次期大統領の経済政策
ロシア動向 プーチン次期大統領の経済政策 ─ 国家介入の縮小の一方で懸念される財政支出の拡大 ─ 3月4日に実施されたロシアの大統領選挙では、プーチン首相が60%を超える票を 獲得して圧勝した。プーチン次期大統領は、今後6年間の任期の中でどのような経済 政策を進めていくのだろうか。 は若干の変化がみられる。前回のプーチン大統領の 産業構造の多様化の目標は変わらず 任期後半には、先進技術分野の育成を目的としてロ シアテクノロジー(ハイテク工業製品)やロスナノテ プーチン首相は昨年 12 月の議会選挙後、今年 3 月 ク(ナノテク)、ロスアトム(原子力)などの政府系持 の大統領選挙までの間に、選挙綱領と目される七つ 株会社が相次いで設立され、また、資源・エネルギー の論文を相次いで国内主要紙で公表した。そして大 分野でも国営企業による民間企業の買収が行われ 統領選挙での当選が確定した直後には、選挙前に掲 るなど、総じて経済に対する国家介入の強化とみな げたすべての公約を実現すると明言したことから、 される動きが多くみられた。とくにロシアテクノロ これらの論文を読み解くことでプーチン次期大統領 ジーなどの政府系持株会社は、 「国家コーポレーショ の経済政策の方向性を占うことが可能である。 ン」という特殊な組織形態を有しており、財政資金の 1 月末に発表した経済政策に関する論文では、現 拠出や税制面での優遇を受けているにも関わらず、 在のロシアは世界経済において、原油やガスなどの 活動報告義務や税務検査を免除されるなど不明朗な 原料供給国として重要な位置を占めているが、今後 点が多いことから、汚職・腐敗の温床になっていると はそれに加えて、少なくともいくつかの分野では先 して多くの識者が問題視してきた。 進的な技術の保有国として重要な位置を占めるよう こうした国家コーポレーションについて、プーチ にならなければならないというのが主たる目標とし ン次期大統領は論文の中で「国家資本主義を拡大さ て掲げられている。そして、その有望分野として、医 せることが目的ではない」として、今後 2016 年をめ 薬品、高度化学、複合・非金属材料、航空産業、情報技 どに本体、子会社とも公開型株式会社に改組した上 術、ナノテクノロジーが挙げられている。 こうした産 で、軍需企業などを除いて国内もしくは海外の投資 業構造の多様化や先進技術分野の育成という目標 家に売却し、政府は基本的に資本関係から手を引く や、その実現のための有望分野は、 前回のプーチン大 方針であることを明らかにしている。また、現在政府 統領の時代(2000 ∼ 08 年)から掲げられ続けてきた が過半数の株式を保有している大企業や銀行、天然 ものであり、決して目新しいものではない。 ガス採掘の独占企業であるガスプロムについても、 政府の株式保有比率を削減するとしている。 経済への国家介入の縮小と民営化の推進へ ロシアでは昨年 8 月、メドベージェフ大統領の指 示により、ロスネフチ(石油)やロシア鉄道(運輸)、ズ ただし、その実現のための手法や政策スタンスに 10 ベルバンク(銀行)など各業界最大手の 20 社を 2016 年までに民営化する計画が策定されたが、プーチン る従量税方式が採られているため、原油価格の変動 次期大統領への政権交代に伴い、この民営化計画が による影響をきわめて受けやすい構造になっている 縮小されるのではないかと見る向きも多かった。し (図表1)。 かし実際には、プーチン次期大統領の下でメドベー 昨年承認された 2012 ∼ 14 年の 3 カ年連邦予算で ジェフ大統領の民営化計画がむしろ拡充して実施さ は、原油価格が年平均1バレル=100ドル前後で推移 れる可能性が高まってきたと考えられる。 するとの想定に基づいて、GDP 比 0.7 ∼ 1.6%の財政 赤字が見込まれている。このため、当初予算のままで 気になるバラマキ公約の中身 前述の社会政策の公約が実現されると、財政赤字は GDP比2∼3%に増えることになる。ロシアの政府債 一方、2 月中旬に発表された社会政策に関する論 務残高は2010年末時点でGDP比9.3%と比較的小さ 文の中で、プーチン次期大統領は公的部門の職員の いが、プーチン次期大統領の 6 年間の任期を通じて 給与を大幅に引き上げることなどを約束したことか 財政赤字が継続すれば、政府債務残高は着実に増加 ら、ロシアの財政悪化の懸念が強まっている。 することになり、中長期的にロシアのマクロ経済の プーチン次期大統領が論文の中で打ち出した公約 安定に悪影響が及ぶ懸念が生じる。さらに、任期中 とは、具体的には本年 9 月から、①国立大学教員と医 に原油価格が急落するようなことがあれば、プーチ 師、科学者の給与を各連邦構成主体(地域)の平均賃 ン次期大統領の公約自体、実現がおぼつかなくなる 金の水準にまで引き上げ、さらに 2018 年までに同水 可能性もある。このように、いまや財政のみならず、 準の2倍にまで引き上げる、②人口が減少傾向にある プーチン次期政権の政治的な安定性までもが高い原 地域で所得が地域平均以下の世帯に対して、第 3 子 油価格に支えられたものであることには注意が必要 以降の出生後、3 歳になるまでの子供向け手当てを 1 であろう。 人あたり月額 7,000 ルーブル(1 ルーブル=約 2.7 円) 増額する、③大学・大学院生への奨学金を月額 5,000 みずほ総合研究所 政策調査部 ルーブル増額する、④ 2012 年末までに退役軍人向け 主任研究員 金野雄五 住宅支援として合計 3 千万ルーブルを追加支出する [email protected] という 4 点である。これら社会政策の公約の実現に 必要となる追加的な財政支出の規模については、選 挙後にプーチン次期大統領自らが、年平均で GDP 比 1.5% (2011年のGDPから換算すると8千億ルーブル ●図表1 ロシアの連邦予算と石油・ガス収入 (単位:GDP比、 %) 超) に達するとの見通しを明らかにしている。 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 歳入 原油価格への依存を強めるロシア財政 近年、ロシアの連邦財政収入は、その半分近くが石 油・ガス収入(原油・石油製品・天然ガスの輸出関税と 採掘税の税収)によって占められており、そのうち原 油採掘税と原油・石油製品の輸出関税は、原油価格の 上昇に応じて 1 バレルあたりの税額が引き上げられ 18.5 20.9 20.1 19.6 19.4 8.5 10.4 9.5 9.5 8.7 歳出 22.5 20.1 21.6 21.2 20.1 収支 ▲4.0 0.8 ▲1.5 ▲1.6 ▲0.7 78 109 100 97 101 うち石油・ガス収入 原油価格 (Urals:ドル/バレル) (注)2011年までは実績、 2012年以降は予算。 (資料)2011年11月30日付連邦法No.371等よりみずほ総合研究所作成 11