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神経変性疾患モデルの開発 -ポリグルタミン病モデルを中心に- 新潟大学脳研究所 動物資源開発研究分野 佐藤俊哉,横山峯介 神経変性疾患の定義の一つとして, 原因不明の代謝障害により,疾患ごとに決まった種類の 神経細胞群が,進行性の変性・脱落を生じる結果,様々な神経・精神症状を呈する一群の疾患 という考えがある.このような変性と脱落を示す神経変性疾患の多くは難病であり,神経細胞 の再生能力の低さを考えると,不治の病といわざるを得ない状況が続いていた.しかし近年の 研究の進歩,特に疾患モデル動物の開発が契機となり,神経症状の発現に必須なのは,神経細 胞死ではなく神経の機能障害であることが指摘されるようになった.この指摘は,治療可能な 時間が充分に存在することを示唆し,病態阻止型の治療法が可能であることも物語っている. 神経変性疾患の病態解明と治療法開発における鍵は,病態を忠実に反映した疾患モデル動物 の確立であるといっても過言ではない.我々の研究所では,神経変性疾患の原因遺伝子発見と 連動させ,複数の疾患モデルマウスを作成してきた.例を挙げると,アルツハイマー病(AD), 眼球運動失行と低アルブミン血症を伴う早期発症型失調症(EAOH/AOA1),筋萎縮性側索硬化症 (ALS),遺伝性脳小血管病(CARASIL)などがあるが,いずれも病態を忠実に反映した疾患モデ ルという段階には到達していない.ヒトにおいては,遺伝的変異を有しているにも関わらず, 成年期以降に発症する神経変性疾患が多いことを考えると,マウスの短い寿命の間に症状を出 現させることは難しいのかもしれない.この点に関しては,癌感受性の相違を背景にして樹立 された現代の近交系マウスの問題とも考えられるが,将来の課題として残されている. このように疾患モデル動物の作成には様々な問題があるが,ポリグルタミン病モデル動物に おいては,ポリグルタミン鎖長が細胞毒性と相関することから,導入遺伝子を過剰発現させる ことなく症状の発現が可能であり,病態を忠実に反映した疾患モデル動物の作成が進んでいる. 我々は,ポリグルタミン病の代表疾患である,歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)のマ ウスモデルとして,変異型ヒト DRPLA 遺伝子全長のゲノム導入型モデルを作成した.さらに, 伸長ポリグルタミン鎖を有する変異蛋白の核内集積と核の機能障害が病態に深く関与している ことを見いだした.本講演では,DRPLA モデルの開発とその病態機序の解明を中心に示し,さら に治療法開発を含めた今後の展望に関しても述べたい. 参考文献 1) Sato T, Oyake M, Nakamura K, et al. Transgenic mice harboring a full-length human mutant DRPLA gene exhibit age-dependent intergenerational and somatic instabilities of CAG repeats comparable with those in DRPLA patients. Hum. Mol. Genet. 8: 99-106, 1999. 2) Sakai K, Yamada M, Sato T, et al. Neuronal atrophy and synaptic alteration in a mouse model of dentatorubral-pallidoluysian atrophy. Brain 129: 2353-2362, 2006. 3) Sato T, Miura M, Yamada M, et al. Severe neurological phenotypes of Q129 DRPLA transgenic mice serendipitously created by en masse expansion of CAG repeats in Q76 DRPLA mice. Hum. Mol. Genet. 18: 723-736, 2009. ポリグルタミン病の治療法開発とモデルマウスを用いた評価 理化学研究所脳科学総合研究センター構造神経病理研究チーム 貫名信行 ポリグルタミン病は、病因遺伝子のCAGリピートの伸長に基づく疾患群でハンチントン病、球 脊髄性筋萎縮症、遺伝性脊髄小脳失調症の一部が含まれる。その遺伝子産物のポリグルタミン の伸長と凝集、核内封入体の形成、転写障害、神経細胞変性、神経細胞死の病態過程が考えら れており、それぞれの段階で病態の進展を阻止することで、発症の予防や疾患の進展を抑制で きると考えられる。本講演では以下の点について我々の研究を中心に紹介する。 1) ポリグルタミンの伸長に伴い病因タンパク質が構造異常を引き起こす。ポリグルタミン病 においてはその伸長ポリグルタミンの核内凝集体が転写因子など重要な因子をリクルート し、細胞機能を障害するという仮説がある。そこで我々は凝集体を細胞モデルから精製し、 その結合タンパク質を同定した。結合タンパク質としてシャペロン、プロテアソーム関連 タンパク質、ユビキチン結合タンパク質、等を同定し、それに加えて最近RNA結合タンパク 質TLS,転写因子NF-Y,Brn2を同定した。これらの結合タンパク質は病態を説明する上で重 要な因子であることをハンチントン病モデルマウスR6/2などの脳において確認した。 2) 伸長ポリグルタミンが形成する凝集体の異常構造が細胞内の様々な因子をリクルートする ことによって細胞機能障害を引き起こすとすると、この異常構造形成を阻止するか、異常 タンパク質の産生を抑制する、あるいは異常タンパク質を積極的に分解系に持っていくこ とが治療戦略となる。現在までに主に行われている実験的な治療はこれらの治療戦略に基 づいている。分解系として二つの主要なタンパク質分解系、ユビキチンープロテアソーム 分解系とオートファジーの制御が治療標的となりうる。これらの分解系を標的とした治療 の試みとそのモデルマウスを用いた効果検定について述べる。 参考文献 1) Bauer PO, Nukina N. The pathogenic mechanisms of polyglutamine diseases and current therapeutic strategies. J Neurochem. 110:1737-65, 2009. 2) Wong HK et al. Hum Mol Genet 17:3223-35, 2008. 3) Yamanaka T et al. EMBO J 27:827-39, 2008. 4) Bauer PO et al. Nat Biotechnol. 28:256-263, 2010. 統合失調症の発病仮説と動物モデル 国立精神・神経医療研究センター神経研究所・疾病研究第三部 功刀 浩 統合失調症は、およそ 100 人に 1 人が発症する commondisease であり、一卵性双生児の発病 一致率がおよそ 50%であるとされ、発症に遺伝要因が強く関与するとされる。長年の遺伝子研究 や近年の大規模全ゲノム解析によって、有力な統合失調症の遺伝子は多数挙げられているが、リ スク遺伝子として確立したといえるものはいまだに殆どない。従って、その病因はいまだに謎に 包まれている。この背景には、統合失調症が生物学的に定義付けられた疾患ではなく、「統合失 調症」の診断基準に合致する病態の中には種々の heterogenous な生物学的病態が織り込まれて いることが挙げられよう。事実、統合失調症の発病仮説としては、ドーパミン仮説、グルタミン 酸仮説、神経発達障害仮説、シナプス障害仮説、ミエリン障害仮説などがあり、群盲象を評すが 如くである。それぞれの仮説に基づいた動物モデルが存在し、ドーパミン作動薬や NMDA 受容体 拮抗薬の投与、NMDA 受容体遺伝子改変マウス、出生直後の海馬傷害モデル、周産期障害モデル などがある。リスク遺伝子の有力候補の遺伝子改変マウスも検討されているが、そのような動物 モデルが必ずしも統合失調症モデルマウスとして妥当性が高い表現型を示すとは限らない。いず れのモデルも一長一短であり、表面妥当性、構成概念妥当性、予測妥当性の全てを兼ね備えた理 想的な統合失調症モデルは存在しないのが現状である。 統合失調症の症状は、①幻覚・妄想、思考解体のような陽性症状、②意欲低下、感情鈍麻、自 閉などの陰性症状、③作動記憶や知能の低下、実行機能の低下などの認知機能障害の3つに大別 できる。ただし、全ての患者が全ての症状をもっているのではなく、症状や障害の程度は千差万 別である。①の陽性症状の動物モデルは、覚せい剤などのドーパミン作動薬投与によるものが対 応すると考えられ、移動運動量、常同行動、プレパルスインヒビション、ラテントインヒビショ ンなどで評価される。②は、ソーシャルインターラクション、強制水泳、2ボトル選択などで評 価される。③は放射性十字迷路、T 字迷路、モリス水迷路などの課題で評価される。 統合失調症の治療に現在用いられている抗精神病薬は、陽性症状に有効であるが、陰性症状や 認知機能障害には有効性が乏しい。今後は、これらの症状に焦点を当てたモデルとそれを活用し た薬物や新たな治療法の開発が望まれる。 参考文献 1) Furuta M, Kunugi H: Animal models for sdhizophrenia: a brief overview. In: Biomarkers for Psychiatric Disorders (ed. by Turck CW), Springer, New York, pp163-184, 2008. ENU ミュータジェネシスによる注意欠如・多動性障害(AD/HD)モデル マウスの開発 理化学研究所バイオリソースセンター・マウス表現型解析開発チーム 古瀬民生、若菜茂晴 注意欠如多動性障害(Attention Deficit/Hyperactive Disorder、AD/HD は、発達段階に不相 応な注意力障害、衝動性、多動性を特徴とする行動障害である。この行動障害の発症に関しては、 遺伝的要因の強い関与が知られているが、その機序に関してはモノアミン系の異常を主とした複 数の仮説が提案されているものの現在のところ明らかになっていない。また、本障害の遺伝的要 因は多因子疾患である事が知られており、多様な遺伝的モデル動物が必要であると考えられる。 我々は理研 ENU ミュータジェネシスプログラム 1)において精神疾患・発達障害のモデルマウス として行動異常を示すモデルマウスのスクリーニングを行うとともに、表現型異常の責任遺伝子 の同定を行ってきた。さらに我々は、プログラムにおいて作出された行動変異体の詳細な表現型 解析を行ない、精神疾患および発達障害モデルとしての評価を行なった。 本シンポジウムにおいて、この、上記の変異マウスの中で AD/HD モデルとなることが期待され る変異マウスについて報告する。また、一連の ENU ミュータジェネシスで開発した精神疾患モデ ル候補についても紹介したい。 参考文献 1) Furuse T, Wada Y, Hattori K, Yamada I, Kushida T, Shibukawa Y, Masuya H, Kaneda H, Miura I, Seno N, Kanda T, Hirose R, Toki S, Nakanishi K, Kobayashi K, Sezutsu H, Gondo Y, Noda T, Yuasa S, Wakana S. (2010) Phenotypic characterization of a new Grin1 mutant mouse generated by ENU mutagenesis. Eur J Neurosci. 31(7):1281-91, 2010. ヒト型自閉症マウスモデル 広島大学大学院医歯薬学総合研究科 内匠 透 社会行動を含む精神行動機能の分子的基盤を理解するために、最近我々は、Cre-loxP 系に基 づく染色体工学の手法を用いて、ヒト染色体 15q11-13 相同領域であるマウス染色体 7 番の 6.3Mb にわたる重複をもったマウスを作製することに成功した。本マウスは、父性由来重複マウスに おいて、社会的相互作用の障害、常同様固執的行動、超音波啼鳴の発達異常、不安等、ヒト自 閉症患者でみられるような表現型を示した。 本マウスは、自閉症様行動を示すという表現型妥当性のみならず、その生物学的異常として ヒトと同じ染色体異常を有するという構成的妥当性をも充たす自閉症ヒト型モデルマウスであ り、コピー数多型の疾患モデルマウスでもある。本重複領域には、GABAA 受容体サブユニットや non-codingRNA である sno(smallnucleolar)RNA のクラスターを含んでいるだけでなく、エ ピジェネティクス的視点からも注目される。また、本マウスは、ヒト自閉症の前向き遺伝学の ための人工的ファウンダーマウスとして、今後の解析が期待されるところである。 参考文献 1) Nakatani et al, Cell 137:1235-1246, 2009. 2) Takumi. Brain Dev, in press. 統合失調症治療薬の開発と動物モデル 大塚製薬株式会社 Qs’研究所 廣瀬 毅、二村 隆史 アリピプラゾールグループ 統合失調症は陽性症状、陰性症状、認知機能障害、感情障害の大きく 4 つの症候論的次元を持つ複 雑な精神疾患である。近年の分子生物学的手法や遺伝学の進歩により、病態関連遺伝子候補やその関 連酵素などの同定がなされ、分子機構や成因などの解明が進んではいるが、どれもが決定的な結論を 得ておらず依然として病因は不明である。 統合失調症薬物治療の端緒は 1952 年のクロルプロマジンの精神病治療効果の発見であるが、その後 の治療は現在に至るまでドパミン受容体を中心とした薬物―受容体反応に基づく対症療法に終始して きた。現在臨床使用されている治療薬は殆ど全てドパミン神経伝達を遮断する作用を持っており、陽 性症状に対する治療効果を示すことから、神経薬理学的側面においては統合失調症の病因の一部にド パミン神経伝達の異常が関与するという点は現在最も広く受け入れられている理解であろう。 さて、こうした統合失調症を治療する新薬を開発する上で利用される動物モデルとはどのようなも のであろうか? 一般的に新薬開発のステップには以下のようなフローが考えられる。 ①コンセプト決定(作用機序の特定を含む、または含まない) スクリーニングフローの検討 ④化合物のスクリーニング ②コンセプトバリデーション ⑤候補化合物選定 ⑥短期毒性評価 ③ ⑦ 前臨床試験(GLP 毒性試験・代謝試験、製剤検討) ⑧Phase I 試験(安全性評価:ヒト) ⑨Phase II(コンセプトバリデーション:ヒト) ⑩Phase III(大規模検証試験)。 これらのハードルを全てクリアしなければ新薬とはなり得ないが、基礎開発段階でその開発化合物 が真に対象疾患に有効かどうかを予測するために、しばしば疾患特異的な病態モデルが利用される。 しかし、統合失調症の病態を反映する疾患特異的な動物モデルは依然として確立されていない。従っ て、比較的距離が近いと考えられる薬理学的側面での仮説を基にした薬原性統合失調症モデルや、現 在判明しつつある遺伝因子の異常を反映した遺伝子改変(又はノックアウト)動物モデル、もしくは 発達障害仮説に基づくモデルなどにおける評価のいずれかを組み合わせて、設定した薬理作用プロフ ィールで目的の治療効果を発揮するか慎重に見極めて臨床での評価を待つということになる。 各種動物モデルの薬効評価における最終的なパラメーターとしては、その動物が示す行動異常を評 価することが一般的である。こうしたモデルを用いた行動評価の手法はその目的に応じて様々に開発 されているが、基本的には自発的もしくは課題付加により変容した動物の行動量を指標にしている点 は共通している。その理由として統合失調症の病態を反映する生化学的マーカーが特定されていない という点がある。また、統合失調症との生物学的な相同性を利用したパラメーターを評価する試験法 もある。 講演では陽性症状、認知機能障害などの各症状に関連した動物モデルの背景と特徴を紹介しながら、 治療薬開発との関わりについて言及したい。 参考文献 1) Clin Schizophr Relat Psychoses. 4(2): 124-37, 2010. 2) Curr Opin Psychiatry. 22(2): 154-60, 2009. 3) British Journal of Pharmacology 159(2): 285–303, 2010. 4) World J Biol Psychiatry. 10(4 Pt 3): 778-97, 2009. 5) Drug Discov Today. 15(3-4): 137-41, 2010. 6) International Review of 41 Neurobiology 78: 41-68, 2007. 7) Psychopharmacology 206: 551–561, 2009. 8) Schizophrenia Bulletin 35(3): 528–548, 2009. 9) Neuropsychopharmacology. 33(9): 2061–2079, 2008.