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高強度の筋力トレーニングが 下腿血流量に及ぼす影響

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高強度の筋力トレーニングが 下腿血流量に及ぼす影響
大阪経大論集・第53巻第6号・2003年3月
73
高強度の筋力トレーニングが
下腿血流量に及ぼす影響
中
尾 美喜夫
楠
本
秀
忠
岡
本
昌
夫
野々村
Ⅰ. 緒
博
言
わが国を始めとして, 人口の高齢化が進む先進諸国においては, 高齢者とこれを支
える生産年齢者の健康の維持増進策の構築は, 単に個人的問題にとどまらず社会的要
請でもある。 Cooper が
エアロビクス
7)
を著して以来, 健康の維持増進のために
有酸素運動 (エアロビクス) を実践する人が急激に増えるとともに, 有酸素運動と健
康の因果関係の解明や, その具体的運動処方の確立が試みられてきた。 最近では筋力
トレーニングに代表される無酸素運動と健康とのかかわりについての検討も進み, 高
齢者の日常生活行動の基盤として, また骨密度の形成や寝たきりの予防策として, そ
の効果が注目されている。 著者らは健康の維持増進策を具体化する上で, 日常生活行
動の基盤としての脚筋の機能, とりわけ脚筋持久力に着目し, その測定方法を確立す
るとともに年齢推移を明らかにし, 健康との関わりやその改善策について検討してき
た22)。 ACSM (アメリカスポーツ医学会) においても健康の維持増進のために筋のフ
ィットネスレベルを高めることの重要性が確認され, 筋力トレーニングのガイドライ
ンが発表されている1)。 筋のフィットネスレベルを高める上で筋力トレーニングが有
効であることは言を俟たないが, これまでは血圧上昇を伴うことや, その負荷の大き
さから, 特に高齢者には健康上のデメリットが多いとされてきた。 しかし最近では,
体脂肪量の減少および筋量の増加といった身体組成の改善6,12) とこれに伴う代謝率の
改善6,24), あるいは HDL (高比重リポタンパク:善玉コレステロール) の増加と LDL
(低比重リポタンパク:悪玉コレステロール) の減少といった血中脂質の改善2,5) がみ
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大阪経大論集
第53巻第6号
られることや, 体細胞でのグルコ−ス利用が促進されること10,17) が報告され, さらに
血圧についてもトレーニング時の血圧は高くなるものの筋力トレーニングプログラム
後の安静時血圧を高めるわけではないこと17) や安静時血圧を低下させるといった効
果は有酸素運動と変わらないこと3,25) などが報告され, 適切な筋力トレーニングは必
ずしも血圧に対して悪影響を与えるものではないと考えられ始めた。 Longhurst も筋
力トレーニングによって酸素運搬能力の改善は殆ど期待できないが, 安静時血圧や活
動時の血圧の減少, 交感神経活動の減少, 脂質やリポプロテインの改善, 筋線維に対
する毛細血管の割合の増加といった心臓血管系の適応が起こることを指摘している21)。
しかしこうした効果については被験者の性や年齢によって異なることや個人差も大き
いことから,必ずしも一致した見解が得られているわけではない。 その原因として,
筋力トレーニングのバリエーションが多いことや, 筋力トレーニング実施時の生理的
反応が十分には明らかにされていないこと等が考えられる。 筋力トレーニングの運動
処方を確立するためには,様々な運動条件における生理的反応を明らかにしておく必
要がある。
著者らは健康を目的とした筋力トレーニングの運動処方の確立を目的に, 前報23)
では生活習慣病の予防や治療の上に重要な意義を持つと考えられる有酸素機能に及ぼ
す筋力トレーニングの効果について検討した。 すなわち高強度の筋力トレーニングと
してウェイトリフティングを取り上げ, 長期間のトレ−ニングが最大酸素摂取量に及
ぼす影響を調べたところ, 最初の2年間は減少し, その後一定値に収斂する傾向を認
めた。 今回は酸素運搬能力を決定する重要な因子であり血圧反応にも密接に関与する
と考えられる筋血流量に着目した。 筋血流量は,有酸素運動時には最大酸素摂取量の
変化に追随する18) とされるが筋力トレーニングにともないどのように変化するかに
ついては, 必ずしも一致した見解は得られていない13,16)。 またトレーニング時の主働
筋ではなく, 主として姿勢保持に働いていると考えられる下腿の筋群が, 長期間のト
レーニングによる全身的な筋組成や代謝の変化に対して,どのような適応をするのか
については明らかにされていない。 本研究では, 長期間の高強度の筋力トレーニング
が下腿の筋機能にどのような影響をもたらすのかを明らかにするため,被験者のトレ
ーニング経験年数別に下腿の筋持久力や筋血流量を比較し, その効果について横断的
に検討した。
高強度の筋力トレーニングが下腿血流量に及ぼす影響
Ⅱ. 方
75
法
被験者はいずれも大学入学以前は筋力トレーニング経験を持たない, ウェイトリフ
ティング部所属の大学生男子17名で, トレーニング経験年数が1ヶ月未満の者が5名
(以下 Ex0 とする), 経験年数が1∼1.1 年の者が4名 (以下 Ex1 とする), 経験年数
が2∼2.1 年の者が4名 (以下 Ex2 とする), 経験年数が3∼3.1 年の者が4名 (以下
Ex3 とする) であった。 被験者のトレーニング内容は競技種目 (スナッチ, クリー
ン・アンド・ジャーク) と補強種目 (プルアップ, スクワット, デッドリフトなど)
を中心に最大挙上重量の 80∼90 %の負荷を用いて, 各種目を3∼5回, 各5セット
を週5日の頻度で行うものであった。 なお7月中旬∼8月末, 1月中旬∼2月末はト
レーニングを行わなかった。 被験者の特性は表1に示した。
・
測定項目は最大酸素摂取量 (以下 VO2max), 足関節底屈最大筋力 (以下 PMS),
・
足関節底屈筋持久力, 下腿血流量および体脂肪率 (以下%Fat) である。 VO2max は
傾斜角を6度に保ったトレッドミル上でのオールアウト走時の呼気ガスをダグラスバ
ッグに採集し, 労研式ガス分析器で酸素, 炭酸ガスを分析した。 呼気ガスは7∼10
分の速度漸増法によるランニング後, 心拍数が180拍/分, 呼吸商が 1.15 以上に達し
た時に1分間採集した。 呼気量は乾式ガスメーターで測定し標準温度・気圧に補正した。
筋持久力の測定は足エルゴメータを用いて伏臥位で PMS を測定し, その 1/3 を負
荷として30回/分のテンポでオールアウトに到るまでの作業回数を測定し, その反復
回数を筋持久力の指標とした。
下腿血流量の測定は PMS の 1/3 の負荷を用いて30回/分のテンポでオールアウト
に到る作業の前後に, 水銀封入ラバーストレンゲージを使用して静脈阻止法により安
静時, 運動直後, 回復期に伏臥位で測定した。 各測定 30 秒前に足首のカフに 260
mmHg の圧を加え, 足への血流を遮断した。 大腿部のカフに 90 mmHg の圧を加え,
静脈を阻止した。 安静時血流量は20分間の安静後, 1分毎に5回測定しこれを平均し
た。 作業後は作業直後, 作業後30秒および回復期10分間の1分毎の血流量を測定した。
%Fat は著者らが報告した方法を用いて肩甲下部, 上腕背部の2箇所の皮脂厚から算
出した23)。 また測定時点でのウェイトリフティング競技2種目 (スナッチ, ジャーク)
の最高挙上重量の合計を全身の筋力の指標 (以下 TSI) とした。
群間の差の検定はt検定を使用し, 5%水準をもって有意とした。
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表1 被験者の身体的特性
N
Ex0 M ean
5
Age
(yrs)
18.6
SD
Ex1 M ean
4
19.3
体重
(kg)
64.9
%Fat
(%)
19.8
LBM
(kg)
51.4
7.43
9.57
3.04
60.9
SD
6.90
Ex2 M ean
4
77.0 b
20.5
SD
10.49
Ex3 M ean
4
73.3 b
21.3
SD
2.05
13.7
51.7
2.01
4.68
20.4
57.2
7.17
6.71
61.8 a
15.6
2.74
2.19
注) a:Ex0と有意差あり,b:Ex1と有意差あり
表2 経験年数別の筋機能と有酸素機能の比較
TSI
TSI/
BW
TSI/
LBM
(kg)
Ex0 Mean 120.1
1.9
2.4
15.20
0.43
0.39
Ex1 Mean 158.8 a
2.6 a
3.1 a
0.29
0.37
Ex2 Mean 204.4 a,b 2.7 a
3.6 a
SD
SD
SD
Ex3 Mean
SD
25.59
20.03
0.24
0.28
213.1 a,b
2.9 a
3.5 a
14.51
0.26
0.22
周径囲
PMS
(cm)
(kg)
36.8
106.0
PMS/ 筋持久力 VO2max 下腿血流量
LBM
ピーク値
(回) (ml/kg/min) (ml/100ml/min)
1.7
2.1
49.6
0.25
0.25
10.40
83.4
1.4
1.6
46.0
24.40
0.44
0.50
1.4
1.9
51.8
0.23
0.20
12.44
1.5
1.8
46.5
0.29
0.33
3.30
7.94
34.9
2.50
39.1
106.9
2.68
36.6
13.67
108.9
1.78
・
PMS/
体重
21.10
9.62
5.02
50.2
5.15
46.5
3.27
42.7
3.48
43.9
2.81
17.0
11.17
13.9
2.87
6.8
0.98
8.5
1.93
注) a:Ex0と有意差あり,b:Ex1と有意差あり
Ⅲ. 結
果
体重は Ex2 が最も重く, 以下 Ex3, Ex0 , Ex1 の順序で軽くなった。 Ex1 と Ex2
および Ex3 間では有意差が認められた (p<0.05)。 除脂肪体重 (以下 LBM) は体
重の群間差にかかわりなく, 経験年数の多い群の方が大きい傾向が認められ, Ex0
と Ex3 の間で有意差が認められた (p<0.01, 表1)。
PMS は絶対値あるいは体重, LBM に対する相対値のいずれにおいても経験年数
別による群間で有意な差は認められなかった。 TSI は Ex0 から Ex2 まで経験年数が
最大酸素摂取量(ml・kg-1・min-1)
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77
60
55
50
45
40
35
30
Ex0
Ex1
Ex2
Ex3
下腿筋血流量(ml・100ml-1・min-1)
図1 トレーニング経験年数と最大酸素摂取量
18
経験年数0
経験年数1
経験年数2
経験年数3
16
14
12
10
8
6
4
2
0
安 運 運 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
静 動 動
時 直 後
後 30
時間経過(分)
秒
図2 トレーニング経験年数と下腿筋血流量
多くなるとともに有意に増加した。 体重あたり TSI も経験年数が多い群ほど高くな
る 傾 向 が 認 め ら れ , Ex0 と Ex 1 お よ び Ex2 間 ( p <0.05) , Ex0 と Ex3 間
(p<0.01) でそれぞれ有意な差が認められた (表2)。 また LBM あたり TSI も Ex2
までは経験年数とともに有意に増加したが, Ex2 と Ex3 間では有意差は認められな
かった。 PMS および反復回数から見た足関節底屈筋持久力には経験年数による群間
の差は認められなかった (表2)。
・
体重あたり VO2max は図1に見られるように Ex3 までは経験年数の増加とともに
漸減傾向を示し, Ex0, Ex1, Ex2, Ex3 の平均値 (±標準偏差, 単位:ml・kg−1・
78
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第53巻第6号
min−1) はそれぞれ 50.2 (±5.15), 46.5 (±3.27), 42.7 (±3.48), 43.9 (±2.81)で,
Ex0 から Ex1, Ex2 にかけて経験年数の増加とともに減少傾向を示し, Ex3 で僅か
に増加したが, それぞれの差は有意ではなかった。
足関節底屈運度後の下腿血流量ピーク値は運動直後もしくは運動後30秒時に観察さ
れた (図2)。 Ex0, Ex1, Ex2, Ex3 の各群におけるピーク値の平均 (±標準偏差,
単位:ml・100ml−1・min−1) はそれぞれ 17.0 (±11.17), 13.9 (±2.87), 6.8 (±0.98),
8.5 (±1.93) であり, 有意差は認められなかったが, Ex0 から Ex1, Ex2 と経験年
・
数が増えるに従って減少し Ex3 で少し増加するという, VO2max の推移と類似した
傾向を示した (表2)。
Ⅳ. 考
察
全身の筋力の指標である TSI は体格 (体重) に群間差があるにもかかわらず, 経
験年数の多い群ほど大きい傾向が見られ, さらに体重および LBM あたりの相対筋力
でも同様の傾向が認められた。 したがって経験年数にともなう筋力の増加傾向は, 体
重の変化や筋量の増加によるだけではなく, 筋組成の変化等の質的変化によるもので
あることが示唆される。 一方, PMS については絶対筋力においても, あるいは体重
や LBM に対する相対筋力においても経験年数による差は認められなかった。 これら
のことからトレーニングの効果は部位により, 例えば主働筋と協働筋の相違によって
異なる可能性が示唆される。 被験者のトレーニング内容は大筋群, とりわけ股関節と
膝関節の伸展筋群の強化を狙いとする種目を中心に編成されているため, 大腿四頭筋
や大臀筋が主働筋であり, トレーニング負荷はこれら主働筋の最大筋力や物理的制約
要因によって決定されることになる。 このため今回のトレーニング内容では必ずしも
協働筋である下腿三頭筋にとって, 筋力発達の有効な刺激とならなかったのかもしれ
ない。 また下腿の筋群は常に姿勢保持のために働き, 挙上時以外でも活動しているた
め, 運動中を通じて常に負荷がかかっている状態にある。 いわば下腿三頭筋持久的ト
レーニングと筋力トレーニングを同時に行っていると考えることができる。 この点に
関して Dudley ら9) や Hickson 15) は筋力と持久力の同時トレーニングは筋力の発達を
妨げると報告している。 足関節底屈筋力にトレーニング経験による群間差が見られな
かったことの理由としてはこれらの要因をあげることができるが,この点を明らかに
するためには,さらに詳細な検討が必要となるだろう。
高強度の筋力トレーニングが下腿血流量に及ぼす影響
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足関節底屈筋持久力についても経験年数による群間の差は認められなかった。 筋力
トレーニングにより速筋線維 (FT 線維) が肥大した場合には, 最大筋力が増加し,
その 1/3 を負荷として測定された相対筋持久力は低下することが予測される。 これ
に対し, トレーニングの効果が主として遅筋線維に出現すると仮定した場合は最大筋
力の増加はあまり期待できず, その 1/3 の負荷での筋持久力は増加することが予測
される。 今回の結果はそのいずれにもあてはまらず, 筋力トレーニングと持久力トレ
ーニングの同時トレーニングにより効果が相殺されているのか, もしくは筋持久力を
改善するにいたるほど運動刺激が十分ではなかったかのいずれかであると考えられる。
今回は横断的検討であるため被験者が群間で異なるうえ, その数も少なく, 明確な結
論を引き出すには縦断的検討を加える必要があるだろう。
筋力トレーニングが有酸素能力に及ぼす影響については相反する報告があり,
Dudley ら9) や Stone ら26) は改善されるとし, Fahey ら11) は否定的な立場で報告して
いる。 これに対して Kraemer 20) は, 筋力トレーニングにともなう生理的変化は用い
られるセット数, 反復回数, 運動内容によって特異的であると述べている。 著者らは
前報23) において長期間にわたる高強度の筋力トレーニングの影響を縦断的に検討し,
有酸素能力が経年的に減少する事を報告しその要因について検討した。 今回の横断的
・
検討においても VO2max は Ex0 の 50.2 ml・kg−1・min−1 と比較して Ex2, Ex3 で
はそれぞれ 42.7 ml・kg−1・min−1 および 43.9 ml・kg−1・min−1 と低値を示し, 3年
間で 44.2 ml・kg−1・min−1 へ収斂した前回の報告と類似した傾向を示した。 経験年
数の多いグループで得られた低い有酸素能力については, 経験年数とともに LBM が
有意に増加することを考え合わせると, 前報において指摘した速筋線維の発達に伴う
筋組成の変化, 特に主働筋における変化を要因としてあげることができるだろう。
安静時血流量は Ex0, Ex1, Ex2, Ex3 の各群の平均値間に有意な差は認められな
かった。 これは筋力トレーニングあるいは持久力トレーニングのいずれのプログラム
においても安静時血流量は変化しないというこれまでの知見29) と一致するものであっ
た。 表2に見られるように足関節底屈運動後の下腿血流量のピーク値の平均は,Ex0
∼ Ex3 にかけて経験年数が多くなるほど減少する傾向が認められたものの,群間に
有意な差は認められなかった。 ピーク値の平均はこれまで報告されているものに比べ
やや低い値を示したが, これは手作業で脈波波形に接線を引き, その傾きを求めると
いう従来の方法に対して, 本研究では脈波波形をデジタル変換し, 各波形の頂点を結
80
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ぶ回帰直線の傾きから血流量を算出したことによる分析方法上の相違と, 測定姿勢を
従来の座位や仰臥位ではなく伏臥位とした測定方法の相違が主たる要因であると考え
られる。 またこの測定方法では最大筋力の発揮が容易になったが, 被験者は両手を使
って上半身の固定を図ったため, 掌握運動を同時に行う形になった。 Kagayaら19) は,
強度の低い脚の運動を行っているときに, 最大筋力の50%の負荷での手の掌握運動を
疲労困憊するまで行うと, 脚は一定強度の運動をしているにもかかわらず脚血流量は
減少することや非活動脚の交感神経活動の亢進が観察されることから, 複数の筋が活
動するとき, 強度の高い筋活動を行う筋があればそれによって交感神経性の血管収縮
が強くなり, その結果, 活動している筋群での血流が抑制されることを指摘している。
このことも今回のピーク値を低くした一要因であるものと考えられる。
持久的トレーニングにともなって血流量が増えることはよく知られているが, 筋力
トレーニングにともなう血流量の変化については必ずしも一致した見解が得られてい
ない。 Tesch28)らは高負荷トレーニングに伴って毛細血管密度が減少することを報告
しているが,この点について Hudlickaら20) は高強度の筋力トレーニングは筋肥大を起
こすが, 酸化代謝能は改善せず, 毛細血管密度についても変わらないかむしろ減少し,
明らかな毛細血管の増殖は見られないと述べている。 Bond 4) らは4週間の高強度の
下腿の筋力トレーニング後に血流量が減少したことを報告し, 付随する血管の成長の
ない筋肥大の結果であろうと考察している。 これに対して, Copeland ら8) は最大筋
力の65−80%を負荷とする中∼高強度の筋力トレーニングと最大心拍数の60∼80%の
運動をそれぞれ別なグループに6週間課した結果, 前腕血流量は両群とも同様に増加
したことを報告している。 このメカニズムについて Hepple13) らは高齢者を対照に有
酸素運動と下肢の筋力トレーニングを負荷し, 外側広筋の筋線維周径囲あたり毛細血
・
管数は有意に増加し, VO2peak の変化と一致したことを報告している。 さらに高強
度, 高反復回数, 多セットの筋力トレーニングを用いるボディビルダーを対象に, 足
関節底屈運動後の下腿血流量がコントロールやエリート中距離ランナーに比べて高い
値を示すことを見出し, 中心部の血流 (心拍出量) に対して局所の代謝的需要を満た
すためのトレーニングの特色による適応であると述べている14)。 またボディビルダー
がやるような中等度に高い負荷と高反復回数で短いセット間休息を用いたトレーニン
グ方法が, 相対的に長期間の無酸素状態を筋に引き起こすことを示唆し, 筋の無酸素
状態が筋組成をST線維優位に変えることを指摘する報告もある27)。 一般に, 筋線維
高強度の筋力トレーニングが下腿血流量に及ぼす影響
81
のタイプにより毛細血管の分布は異なり, タイプⅠ線維 (ST 線維) の多い筋では一
定の筋断面積あたりの毛細血管密度が高く, タイプⅡb 線維 (FTb 線維) の多い筋
では毛細血管密度は低いと考えられるが, これらの報告に見られるように, 運動負荷
の相違によって筋線維やそれを取り巻く毛細血管の適応の仕方が異なってくる。 前述
のように下腿はトレーニング中を通じて緊張し続けており, 同じ下肢でも主働筋であ
る大腿四頭筋とは異なった筋線維の適応がおこり, 経験年数の多い群ほど下腿血流量
が少なくなる傾向があるものの有意差は認められず, 足関節底屈の筋力や筋持久力に
・
も差が認められないという, 全身的な適応である VO2max の推移や, TSI の変化と
は異なった結果になったのかもしれない。
また骨格筋線維はタイプによって毛細血管の分布が異なるだけではなく, タイプⅠ
線維 (ST 線維) はミトコンドリア量が多く酸化酵素活性の高い酵素を多く含み, 酸
素消費能力が高く, タイプⅡb 線維 (FTb 線維) は毛細血管の分布が疎でミトコン
ドリア量が少なく酸化酵素活性が低い。 タイプⅡa 線維 (FTa 線維) は両者のほぼ中
間である。 このためトレーニングにともなう酸素摂取能力の変化を検討するには, 筋
線維だけではなく, こうした酸化酵素の活性の変化をあわせて考える必要があるだろ
う。 いずれにしても有酸素能力は心拍出量と動静脈酸素較差の積で決まることを考え
ると, 筋における有酸素的適応は局所の血液供給に関わる毛細血管の密度と, 局所で
の酸素の抜き取りに関わる各種酵素活性の両面から検討する必要がある。 このように,
主働筋や全身の持久性を反映する最大酸素摂取量の動向とは異なる下腿の筋力トレー
ニングへの適応のメカニズムについては, 生理的要因だけではなくこれら生化学的要
因も含めて検討する必要があるが, この点については本研究の範疇を超えているため,
今後の検討課題としたい。
Ⅴ. 要
約
健康の維持増進のために筋力トレーニングが推奨されているが, そのトレーニング
の効果はバリエーションによって大きく異なり,生理的メカニズムも十分には明らか
にされていない。 ここでは高強度の筋力トレーニングが, トレーニング時には補助的
に働き, 日常的に姿勢保持に働いていると考えられる下腿の筋機能に及ぼす効果を明
らかにすることを目的に, 大学生男子ウェイトリフティング部員 17 名を被験者とし
て筋力トレーニングの経験年数が全身持久性と下腿の筋持久力や筋血流量に及ぼす影
82
大阪経大論集
第53巻第6号
響について検討した。
1. 全身の筋力の指標とした競技種目挙上重量の合計は経験年数の増加とともに絶対
値においても除脂肪体重あたりの相対値においても増加し, 筋組成の変化が示唆
された。
2. 足関節底屈最大筋力も足関節底屈筋持久力も経験年数の増加による有意な変化は
見られなかった。
3. 最大酸素摂取量は経験年数が増えると減少傾向を示し, 経験年数3年の者の平均
値が 43.9 ml・kg−1・min−1 であった。 これは 44.19 ml・kg−1・min−1 に収斂し
た前回の縦断的検討と類似した結果であった。
4. 安静時下腿血流量にはトレーニングによる変化は見られなかった。
5. 最大筋力の 1/ 3 を負荷とした筋持久力測定後の下腿血流量のピーク値には, ト
レーニング経験年数による有意な差は認められなかったが, 経験年数の増加とと
もに血流量が減少する傾向が認められた。
6. 以上の結果からトレーニング効果は全身一様ではなく, 特に主働筋ではなく日常
的に負荷がかかっていると考えられる下腿の筋については, 主働筋を含めた他の
部位とは異なった適応が起こりうることが示唆された。
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