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小児感染免疫 Vol. 22 No. 2 187
2010
12 ―麻疹・ロタウイルス胃腸炎―
私が歩んだ研究の道とそこからの教訓○
麻疹とロタウイルス胃腸炎に関する
血清免疫学的研究を振り返る
千 葉 峻 三*
は じ め に
は複数例担当していたことが当時の退院簿で確認
された.脳炎のうち 1 例については,障害児施設
本稿の依頼状には,本シリーズの趣旨がわが国
に入所した患児の様子を長年にわたり母親から手
の小児感染症,特にそのワクチンの開発,採用の
紙で知らせてくれたので記憶に残っている.ク
経緯を裏話的なことを含めて記録しておきたいと
ループの女児には気管切開を要した.ジフテリア
のことで,それぞれのワクチンの開発,開発され
とは異なり麻疹では気管切開を要することはまれ
たいきさつなどを含めて書いてほしい旨が書かれ
であるといわれていたので,母親にムンテラした
ていた.筆者はワクチンの開発に携わったことが
ときのつらかったことを今でも記憶している.
ほとんどないので一度辞退したが,ワクチンにこ
以上のように近年においても麻疹はときに重篤
だわらず小児感染症について研究してきたことを
な合併症を起こし,決して軽症な疾患とは考えな
回顧録的に書けばよろしいとの編集者の話であっ
かったが,昔はさらに重篤で命定めの病まいとし
た.
て恐れられていたと伝えられる.
そこで,ワクチンの開発や導入ではなく,ワク
2 .熱帯アフリカにおける麻疹
チンの効果や接種法などをめぐって論文報告して
熱帯諸国では麻疹は依然として killer disease
きたことのなかから,麻疹ワクチンとロタウイル
である.ナイジェリアのある病院に入院した麻疹
スワクチンについてあらためて想い起こし,まと
患者の致命率が 25%に達したという報告を最高
めてみた.
として,本症の致命率は一般的に 6∼20%といわ
筆者の感染症研究の回顧録については,
「臨床と
れる3∼5).
微生物」36 巻 1 号,2 号(2009 年)に掲載した
1,2)
をご参照いただけ
「感染症との永いつきあい」
れば幸いである.
Ⅰ.麻疹ワクチン
1 .麻疹の怖さを知る
表 1 は筆者がナイロビの国立伝染病院麻疹病
棟の入退院簿に基づいて調査した成績である6).
1970∼1974 年の 5 年間に入院治療を受けた麻
疹患者は 9,174 人で,このうち 1,095 人,約 12%
が死亡退院であった.直接死因は圧倒的に肺炎が
多く,その他に脱水症や百日咳の合併による死亡
筆者が札幌医科大学小児科に入局したのは昭
例も若干認められた.入院治療を要しない者も含
和 37(1962)年であった.入局当初の約 2 年間,
めた麻疹患者全体の致命率については,ケニアの
現在の初期臨床研修に相当する期間だけでも,麻
ある地域に限った調査によると約 11%の死亡率
疹後気管支肺炎,麻疹後膿(気)胸(ブ菌性)
,麻
であった.
疹脳炎,麻疹後クループなどをそれぞれ単数また
筆者が WHO から派遣されて滞在したケニアお
*
札幌医科大学名誉教授 Shunzo Chiba
188
2010
表 1 ナイロビ伝染病院における麻疹入院患者と死亡数(1970∼1974)
月別
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10 月
11 月
12 月
計
入院
1970
死亡
129
113
114
124
163
216
201
287
282
252
219
224
21
14
25
15
18
16
29
42
39
29
24
32
2,324
1971
入院 死亡
277
173
257
306
349
354
406
192
160
123
110
113
1972
入院
死亡
15
25
15
31
38
39
26
20
24
16
19
13
81
58
106
143
170
137
170
178
140
119
86
90
6
6
18
17
20
15
24
21
20
13
12
8
1973
入院
死亡
71
73
93
102
105
106
137
153
199
133
96
84
9
6
9
8
10
15
22
23
39
29
22
11
1974
入院
死亡
75
75
111
105
106
120
142
124
132
74
69
67
15
5
13
16
9
15
12
18
10
8
4
2
304
2,820 281 1,478
180
1,352
203
1,200
127
(13.1%)
(9.9)
(12.2)
(15.0)
(10.6)
9,174
1,095
(11.9)
(文献 6)より引用)
よびウガンダでは,麻疹の臨床診断には発熱,気
ら生まれた乳児は,通常生後 6∼10 カ月までは受
道および消化管カタルの他に,
急性期には結膜炎,
動免疫(母子免疫)を有し,罹患しない.以上は
回復期には皮膚の落屑が重要視され,日本でわれ
従来から教科書に記述されていたが,最近ではこ
われが重視するコプリック斑や発疹の性状などよ
うした流行状況や免疫状態に変化がみられる.す
り優位に考えられていた.黒い皮膚では発疹の性
なわち,1,2 歳児罹患のピークが減少し,0 歳児
状や色素沈着は見分け難いとのこともあるが,筆
と 10 歳以上の年長児の罹患が比較的増加し,こ
者の観察ではコプリック斑は日本の小児にみられ
こ数年は大学生における異常流行や成人罹患例の
るのとほぼ同様であった.皮膚の糠様落屑は黒い
増加が報告されるようになった8∼10).
皮膚とコントラストをなしてとらえやすい.この
筆者らは,このような流行状態の変化の兆しに
落屑はほぼすべての患者にみられ,ときには大き
ついて従来から報告してきた11,12).
な膜様落屑となることもあり,このような場合は
1966 年に弱毒生ワクチンと不活化ワクチンの
重症であった7).
2 種類が任意接種として開始され,1970 年より高
欧米諸国で分離された麻疹ウイルスと熱帯アフ
度弱毒生ワクチン接種が導入され,1978 年からは
リカで分離された麻疹ウイルスの性状に違いはな
定期接種に組み込まれた.任意接種の時代は接種
いことから,熱帯アフリカで麻疹が重篤化するの
率が 20∼30%と考えられていたが,定期接種の開
は,栄養失調児が多いことに加えて劣悪な衛生環
始により接種率が上昇した.現在では 70∼80%と
境と不十分な保健医療施設などによるものと考え
推定される.接種率の増加に伴い麻疹流行が減少
られている.
してきた.ところが,この流行の減少は免疫維持
3 .麻疹流行状態の変化と新予防指針の策定
に必要とされる自然麻疹曝露によるブースター効
麻疹には不顕性感染が極めて少なく,95%以上
果の機会を減少させる結果となり,近年の麻疹流
の者が一生に一度はかかる.わが国では乳幼児期
行における secondary vaccine failure 例の増加に
にほとんど感染し,一度かかるといわゆる終生免
関連している可能性が指摘されてきた9,10).
疫を獲得する.本症に罹患したことのある母親か
また,ワクチンにより免疫を獲得した母親から
小児感染免疫 Vol. 22 No. 2 189
2010
の移行抗体が低値であることや,自然麻疹罹患歴
のある母親においても流行の減少によるブース
抗体価(NT)
26
ター効果の機会の減少により,移行抗体の減少が
起こり得る可能性が指摘されてきた13,14).
そこで筆者らは,予防接種研究班の研究の一環
25
として全国各地の班員の協力を得て,麻疹流行減
少の児への移行抗体に及ぼす影響について調べ報
告した15,16).
24
まず札幌市の一病院において 1981∼1997 年ま
での 17 年間にわたって採取保存された正常新生
児の臍帯血中の麻疹移行抗体の推移を調べた.そ
23
81
83
85
87
の結果,臍帯血中の麻疹中和抗体価が 1995(平成
次に近年の乳児における麻疹抗体価の早期減衰
について明らかにするために,札幌市における
1996∼1997 年の 2 年間の乳児血清中の麻疹中和
91
93
95 97
年度
図 臍帯血麻疹中和抗体価の年次推移
7)年以降には有意に減少していることが確認さ
れた(図)
.
89
■:1981 年と比較して p<0.05,■■:1981 年と比
較して p<0.01
▲:1987 年と比較して p<0.05,▲▲:1987 年と比
較して p<0.01
(文献 15)より引用)
抗体価を調査した.中和抗体価は 1∼3 カ月には
すべての例に検出できたが,4∼6 カ月より減衰
乳児麻疹の増加や青年あるいは成人における異
し,7∼9 カ月には 20 例中 7 例(35%)に検出さ
常流行は,ワクチン接種率が増加しつつも,流行
れ,10 カ月以降で検出できたのは 20 例中 3 例
阻止には接種率不十分な過渡期に認められる現象
(15%)にすぎなかった.他の 4 地域との比較検
であるので,ワクチン接種率の向上が切に望まれ
討においても同様の傾向を示しており,この傾向
が全国的であることが明らかにされた.
すなわち,
6∼10 カ月母子免疫が成立するとされた教科書の
る.
4 .ケニアにおける麻疹ワクチン・プロジェク
トへの参加経験
記載がもはや成立せず,0 歳児麻疹の増加傾向に
麻疹の母子免疫に関しては,かつてケニアにお
反映されている8,17).
ける研究経験がある.WHO とケニアの保健省に
母親の大多数がワクチン世代である現在,この
よるいわゆる“Measles Study in Kenya”というプ
傾向はさらに顕著となっていることが予想され
ロジェクトのために,WHO コンサルタントとし
る.
て 1975 年 1 月から 6 カ月間ナイロビに派遣され
WHO は,すでに麻疹ウイルス野生株が排除さ
た.先にも述べたように栄養失調児が多いアフリ
れている南北米地域に続いて,2010 年までにヨー
カにおける麻疹は重症で,下痢症による栄養失調
ロッパ地域と地中海地域において,その後 2012
の増悪と肺炎の合併などにより患児の 1∼2 割が
年までに日本が属する西太平洋地域において麻疹
死亡する,まさに“killer disease”であった.当
ウイルス野生株の排除を目指している.麻疹の流
時,欧米諸国,日本などでは 1 歳過ぎ,15 カ月以
行を阻止するための集団免疫率は 90∼95%とさ
降のワクチン接種が勧められていた18).
れており,わが国ではさらなるワクチン接種率の
しかし,アフリカをはじめとする熱帯諸国では
向上が強く望まれる.これを目的として,2006 年
1 歳過ぎの接種では遅すぎるので,いつ接種した
6 月から小学校入学前の小児を対象に MR ワクチ
らよいのか,至適月齢を決めることを目的として
ン 2 期接種が開始され,2008 年 4 月からは,5 年
この研究は開始された.ナイロビ大学医学部附属
間の時限措置ながら,中学 3 年生と高校 3 年生を
病院から小児科医,保健省から保健師と看護師が
対象に 3 期,4 期接種が開始された.
参加し,抗体価測定などの検査はケニヤッタ医学
190
2010
研究所(通称ダッチ・ラボ)
でオランダ人のラボ・
るが,その原因が前述した日本の場合と異なるこ
テクニシャンの協力を得て行った.WHO からは
とは明らかである.
筆者がウイルス感染症専門家としてプロジェクト
全体のリーダーを務めた.WHO からは筆者の他
にフランスとチェコスロバキアの専門家が数カ月
Ⅱ.ロタウイルスワクチン
1 .ロタウイルスワクチンの開発状況
ずつリレーで参加した.ナイロビ最大の産科病院
ロタウイルスは,先進国,発展途上国を問わず,
プムワニ・マタニティ・ホスピタルで出生した新
小児の重症下痢症の原因として最も頻度が高く,
生児を対象として,200 人単位のコホートに分け
大部分の小児が 2∼3 歳までに感染する.安全で
てその 2/3 に生後 5∼9 カ月時にワクチンを接種
有効なワクチンの必要性が早くから指摘され,開
し,他の 1/3 は対照群として満 1 歳時にワクチン
発すべきワクチン・リストのトップに位置づけら
を接種した.ワクチン接種群については抗体価測
れていた.サルロタウイルス由来の第 1 世代ワク
定によってワクチンの take 率を調べ,ワクチン非
チン(RotaShield)が 1998 年に米国で認可され,
接種群については臍帯血からスタートして,移行
定期予防接種スケジュールに組み込まれたが,腸
抗体の衰退を調べた.接種群,非接種対照群とも
重積の副作用のために市場から撤退した.2004 年
に保健師の戸別訪問による罹患調査と,血清診断
以降に中南米,米国,ヨーロッパなどで認可され
に よ る 麻 疹 の 発 生 状 況 を 把 握 し た. 新 生 児 約
た第 2 世代のワクチン 2 種(Rota Teq,Rotarix)
1,000 人を対象とした 2 年間のプロスペクティ
は,腸重積の頻度をあげず,重症ロタウイルス感
ブ・スタディの結論は,7∼8 カ月が至適接種時期
染症の予防に 90%を超える高い有効率を示すこ
とするものであった.
とが報告されている.2008 年 4 月現在,2 つの第
以上の成績は Bulletin WHO 誌に発表され19),
2 世代ロタウイルスワクチンは世界 115 カ国で認
アフリカのみならず中南米も含めて熱帯諸国のモ
可され 12 カ国で定期接種化されている.第 2 世
デルとなり,現在 9 カ月時接種の国が多い.筆者
代のロタウイルスワクチンは現在わが国でも治験
自身としては,いかにも WHO らしいグローバル
が行われている20).
な視点による国際プロジェクトに参加し得たこと
は大変貴重な体験となった.また,レトロスペク
2 .ロタウイルス自然感染時の血清免疫:血清
型特異性と交又免疫の成立
ティブ・クロスセクショナル・スタディに比して
筆者らがウイルス性下痢症流行の調査を継続し
プロスペクティブ・コホート・スタディは時間も
て行っていた北海道立中央乳児院で G3 型ロタウ
人手も要するが,このような研究には必須である
イルス胃腸炎が 3 回繰り返して集団発生した21).
ことを学んだ.Bulletin WHO に掲載された論文の
第 1 回目は 1981 年 2 月,2 回目は 1982 年 3
末尾の研究参加者リストには筆者を含む 29 名の
月,3 回目は 1982 年 10 月であった.これら 3 回
氏名が連記されていて,研究規模の大きさを推測
の流行時に 1∼24 カ月齢の乳幼児 39 ないし 45
させる.
人が月齡に応じて 4 つの部屋に居住し,プレイ
プロジェクトは首尾よく完了したが,疑問が
ルームを共有していた.最初のアウトブレイクで
残った.臍帯血の平均 HI 抗体価は 1:32 で,こ
41 名中 19 名(46%)が,2 回目と 3 回目のアウ
の値は子どもの頃に麻疹に罹患した母親がその後
トブレイクでそれぞれ 39 名中 25 名(64%)
,45
の曝露によるブースターで抗体価が維持されてき
名中 10 名(22%)が嘔吐・下痢症を発症した.
たことを反映してむしろ高値であった.にもかか
29 名が第 2 回と第 3 回のアウトブレイクに曝さ
わらず,母体由来抗体の減衰が早く,生後数カ月
れ,うち 14 名が第 2 回時に発症していた.36 検
すると麻疹にかかり始めるのはどうしてなのか.
体の糞便中 23 検体(64%)が電顕観察でロタウ
栄養失調によるとする推論もあったが,結局わか
イルス陽性で,MA104 細胞で培養増殖後 G3 型と
らずじまいであった.母体由来抗体の早期減衰と
同定された.第 2 回と第 3 回流行前後の血清がそ
乳児期罹患という現象は日本の現状に類似してい
れぞれ入院児 39 名中 32 名と 45 名中 29 名から
小児感染免疫 Vol. 22 No. 2 191
2010
表 2 3 型ロタウイルス胃腸炎の集団発生に際
表 3 3 型ロタウイルスに感染した乳幼児におけ
し,3 型ロタウイルスに対する流行前中和
る 1,2,4 型ロタウイルスに対する中和抗
抗体価と感染あるいは発症との関係
体価の随伴上昇
抗体価
検体数
感染例数
発症例数
血清型(株)
被検例数
抗体上昇例数(%)
<1:16
1:16
1:32
1:64
1:128
1:256
1:512
7
13
6
12
6
8
9
7
13
6
9
5
2
2
6
12
6
8
1
0
0
1(KU)
2(S2)
4(HOCHI)
44
44
42
34(77)
10(23)
26(62)
(文献 22)より引用)
体と発症防御の間に相関が認められたことは免疫
(文献 21)より引用)
のモニタリングに有用と思われた26,27).
3 .ロタウイルスワクチン候補 MMU−18006
採取凍結保存された.
株の接種経験
そこで,感染ならびに発症防御抗体価と曝露後
米国 NIH で開発されたサル由来ロタウイルス
抗体反応の評価のために,流行株(G3)と G1,
のワクチン候補・MMU−18006(RRV,G3)を Dr.
G2,G4 型ロタウイルスに対する血清中和抗体価
Kapikian から供与を受けて接種試験を行った成績
を測定した.その結果によると,ロタウイルス胃
の概略を述べる.RRV は RotaShield の親株であ
腸炎に対する感染ならびに発症防御は血清型特異
る.
的であり,流行株血清型に対する中和抗体レベル
ワクチンの試験接種は,ウイルス性胃腸炎の流
に相関し,128 倍以上の抗体価レベルがあれば発
行調査を継続して行っていた北海道立中央乳児院
21)
症が阻止されることが判明した(表 2) .また,
の入所児に対して,1986 年 1 月および 1987 年 9
3 型ロタウイルスの感染に際して,1 型と 4 型ロ
月の 2 回に分けて行われた.第 1 回接種では乳児
タウイルスに対する抗体価の随伴上昇も高率に認
院に在院した月齢 2∼14 カ月(平均 7.5 カ月)の
められた(表 3)
.これらの成績から,筆者らは,
24 名,第 2 回接種では月齢 1∼13 カ月(平均 6.1
ロタウイルスワクチンは 1∼4 型を含む多価ワク
カ月)の 30 名を接種対象とした.ワクチンの副
チンとすべきだが,2 型を含む 2 価ワクチンの 2
反応,非接種者へのワクチンウイルスの伝播性,
回接種によるブースター効果でヘテロタイプのロ
接種ウイルスに対する血清抗体価の上昇,他の血
タウイルスをカバーする防御効果が得られること
清型に対する随伴上昇,再接種による抗体獲得と
を示唆した21,22).
持続などについて検討して詳しく報じた28).
血清型特異的防御効果については,同乳児院で
ワクチン接種後の観察期間中,ロタウイルス野
1989 年 3 月に発生した 1 型ロタウイルスの流行
生株による院内流行がなかったので,接種ワクチ
23)
時にも観察されている .
ンの実際の効果については判定できなかったが,
血清免疫の発症防御効果については,米国 NIH
での志願者感染実験でも認められている
24,25)
.
その防御効果を血清中和抗体反応から予測すると
ワクチン株と同型の 3 型ロタウイルスに対する
動物実験による成績では,腸管局所における
発症防御については十分に成立したものと考えら
IgA 抗体や細胞障害性 T 細胞の働きが重要であ
れた.しかし,他の血清型のロタウイルスに対し
るとする報告が多い.しかし,IgA 抗体の持続は
ては無効であり,多価ワクチンの開発が期待され
短く測定も困難であることや,ヒトにおける細胞
た.一方,この試験接種により RRV の伝播性が極
性免疫は十分に研究されていない.血清中和抗体
めて低いことが初めて明らかにされた.
が腸管内に滲出して防御効果を発揮するのか,あ
同乳児院において 1988 年 10 月に第 3 回目の
るいは単に腸管免疫を反映しているのかは不明で
試験接種を行ってブースター効果などについて検
あるが,少なくともヒトの自然感染で血清中和抗
討していたところ,1989 年 3 月に 1 型野生株に
192
2010
よる胃腸炎の流行が発生した.
そこで,
ブースター
接種群,1 回接種群,非接種群の 3 群に分けて,
症した修飾麻疹の 7 例.小臨 38:1219−1224,
1985
3 型の RRV ワクチンの 1 型野性ロタウイルスに
11)永井和重,他:中学生を主体とした麻疹の流行.
対する防御効果について調べた23).
その結果,1 型流行株に対する流行前抗体価レ
ベルと不顕性感染との間に有意の相関が認められ
たが,接種した 3 型 RRV ワクチン株に対する抗
体価との間には相関が認められなかった.
ロタウイルス特異的血清 IgA 抗体反応には発
症防御との関連性は認められなかった.この結果
はロタウイルス胃腸炎に対する発症防御が血清型
特異的であることを示すとともに,ワクチン接種
を含めたロタウイルス感染の既住が異型免疫反応
の誘起に重要であること,さらに加齢やワクチン
のブースター接種が異型ロタウイルスによる胃腸
炎の発症防御に効果的であることが示唆され
た23).
以上の成績は,ロタウイルスワクチン開発の初
期段階における小規模接種試験によるものである
が,現在にも通ずる示唆がいくつか含まれている
と思われる.
文 献
1)千葉峻三:感染症と私 74 感染症との永いつきあ
い(1)
.臨床と微生物 36:80−83,2009
2)千葉峻三:感染症と私 75 感染症との永いつきあ
い(2)
.臨床と微生物 36:174−176,2009
3)Morley DC:Severe measles in the Tropics. Ⅰ.
Br Med J i:297−300, 1969
4)Morley DC:Severe Measles in the Tropics. Ⅱ.
Br Med J i:363−365, 1969
5)Scheifele DW, Forbes CE:Prolonged giant cell
excretion in severe African measles. Pediatrics 50:
867−873, 1972
6)千葉峻三:熱帯アフリカにおける麻疹.臨小医
25:7−12,1977
7)千葉峻三:
[Ⅱ]ウイルス感染症 1 わが国でもみ
られるウイルス感染症.新小児医学大系 29 熱帯
小児科学,中山書店,東京,1984,208−216
8)野田雅博,他:麻疹ウイルスの血清疫学的研究.
臨床とウイルス 22:284−288,1994
9)川上勝朗,他:麻疹ワクチンの seccondary failure.臨床とウイルス 22:251−259,1994
10)岡藤輝夫:麻疹ワクチン接種歴をもつ小児に発
感染症誌 62:717−721,1988
12)大崎雅也,他:平成 8 年北海道滝川市において見
られた麻疹の流行について.臨小医 46:19−23,
1998
13)Lennon JL, Black FL:Maternally derived measles immunity in era of vaccin−protected mothers.
J Pediat 108:671−676, 1986
14)Pabst HF, et al:Reduced measles immunity in
infants in a well−vaccinated population. Pediat
Infect Dis J 11:525−529, 1992
15)千葉峻三,他:麻疹流行減少の移行抗体に及ぼす
影響について.予防接種研究班報告書,1998,82−
86
16)Ohsaki M, et al:Reduced passive measles immunity in infants of mothers who have not been
exposed to measles outbreaks. Scand J Infect Dis
31:17−19, 1999
17)Ohsaki M, et al:Recent increase in the freguency
of infant measles in Japan. Pediat Internat 42:
233−235, 2000
18)Editorials:Measles immunization;New recommendations. JAMA 237:366, 1977
19)Collaborative Study by the Ministry of Health of
Kenya and the World Health Organigation:Measles immunity in the first year after birth and the
optimum age for vaccination in Kenya children.
Bull WHO 55:21−31, 1977
20)楠原浩一:ロタウイルスワクチン.小臨 62:
2167−2175,2009
21)Chiba S, et al:Protective effect of naturally
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