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特集 認知症の非薬物療法について - 笑顔とこころでつながる認知症医療
認知症に取り組む人々の輪を支える温かな心 【スプリングマインド】 2013no.12 特集 認知症の非薬物療法について ﹁前頭側頭型認知症﹂ 紐解き・認知症研究 ﹁ビタミン摂取と認知症予防﹂ Ring a Bell 医療法人社団平成会 平成病院 ﹁地域行政と多職種を巻き込む先進的な試み﹂ 認知症フィールドワーク 認知症治療の今を知る 1 認知症の非薬物 療法について 大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室 教授 武田 雅俊 様々な種類の非薬物療法がありますが、 その効果の科学的検証はこれからの課題。 非薬 薬物 物療 療 法とは文 文字 字通り、薬物療法以外の治療法で、 一般 般的に 的には機能訓練 練や や手術なども含みます。認知症治 療の場 場 合 は、主に、心理 心理学的なもの、認知訓練的なもの、 運動や 運動 や音楽等、 や音 芸術的 的な なものがあります。 高齢 高 齢者、 者 特に認知症 症の の高齢者のケアをしている施設で は、歌や は、 歌 や ゲー ゲ ム、体操 操、脳トレなど様々な種類の活動を 行っ 行 って てい います。その のほ ほとんどが、 「広い意味での非薬物 療法 療 法」と言 言え えるでしょ ょう。 し か し、ど こ から か ど こまでが 「厳密な意味での非薬物 療法 療 法」であるのか、 のか、はっ はっきりしていません。また、どのよ うな種 種類 類の治療法 療法が認 が認知症のどのような段階にどのよ うな う な効果を及 を及ぼすのか のか、科学的な検証が十分に行われて いると いる とは はい いえ えま ませ せん。 ん 治療 治 療 法と 法 と し て 評 価す 価 するためには、①認知機能の改善、 ② 情 動・ 精 神 機 能 の 安 定・ 改 善、③ADLの 改 善、と い う3項目について、それぞれ個別に効果を検証する必 要があります。さらに厳密さを確保するために、RCT を、 (Randomized Controlled Trial:ランダム化比較試験) 2 武田 雅俊(たけだ まさとし) ダブルブラインド (二重盲検)で行いたいところですが、 1979 年大阪大学医学部医学科卒業、1983 年同大学大学 院医学系研究科博士課程修了。1984 年同大学医学部精 神医学教室助手、1985 年米国フロリダ大学リサーチフェ ロー、1986 年米国ベイラー医科大学リサーチアソシエ イト、1991 年大阪大学医学部精神医学教室講師を経て、 1996 年より現職。 専門分野は神経科学、老年精神医学、認知症の生化学。 患者さんも指導者もその活動を行っていることをハッキ リ自覚しているので実施は難しいでしょう。しかしそれ でも、できる限り科学的な検証を行おうという姿勢は 大切だと思います。 多くの医療機関、 福祉施設で認知症患者さんに対して 「非薬物療法」 が行わ れています。 音楽療法や運動療法を始め様々な種類がありますが、 その効果 について薬物療法ほどのエビデンスが出されていない現状があります。 今回は、 非薬物療法の種類や効用を整理し、 将来展望について論じてみます。 「非薬物療法」とは 認知症治療 薬物療法以外の多様な療法をすべて 包括する用語。一般的には“手術”も含 非薬物療法 薬物療法 まれるが、認知症疾患治療ガイドライン では、手術を除いた 心理学的なもの 認知訓練的なもの 運動や音楽等、 芸術的なもの に大別している。 効果が認められる非薬物療法に共通するのは、 患者さんが楽しんで取り組める活動であること。 はっきりした定義はありません。 豊かな余暇活動をしている人は認知機能障害が進み にくいというデータもありますので、純粋に楽しむため これまでに数多くの非薬物療法が考案されていますが、 だけに行ったレクリエーションにも、何らかの治療効果 効果が認められる治療法に共通しているのは対象者が楽 しみを感じ、 自らやりたいと思っている点だと思います。 はあるということになります。 研究者としての立場からは有効性を科学的に検証し、 例えば、認知症の患者さんに毎日、漢字ドリルをさせ 非薬物療法とレクリエーションの境目を明確にするべ ることに意味があるかと尋ねられたら、 「患者さんが楽 きだと考えますが、実際の運用においては患者さん自ら しんで取り組んでいるなら効果があるし、患者さんが 楽しんでやる活動を優先すればよいのだと思います。 嫌々やっているならあまり効果は期待できない」とお答 えすることになります。 逆の言い方をすると、リハビリは基本的に辛いもので す。手足が麻痺した人のリハビリは痛みを耐えて、固ま Aさ 同じ治療法でも患者さんによって効果は異なり、 った関節・筋肉を無理にでも最大限に動くところまで んには運動療法が効き、 Bさんには音楽療法が効くとい 動かします。それがリハビリの基本であり、患者さんに うことが当たり前のように起こるのです。本人が興味を 前向きな気持ちがなくては実行できません。 持って楽しんでできる治療法に、継続的に取り組んでい くのが正しい選択だと私は考えています。 「楽しく感じる活動」というと、レクリエーションとの 境目はどこにあるか?という疑問が生じますが、そこも 認知症の場合は、抑うつ症状なども出てきますから、 非薬物療法を試みる場合に、どうやって患者さんの気持 ちを前向きに保ち、楽しんで取り組んでもらうかを考え ることも重要だと思います。 3 芸術・音楽療法や運動療法は 効果が確認されています。 非薬物療法には様々な種類がありますが、 治療介入の 「行動」 「感情」の4つのアプ 標的として 「認知」 「刺激」 ローチに分類することができます。 リアリティオリエンテーション 認知 に焦点をあてた アプローチ 一般によく知られているのは 「刺激」に焦点をあてた活 技能訓練 活動療法 動で、 芸術療法やアロマセラピーなどが含まれます。 芸術・音楽療法は、大きく受動的なものと能動的なも 認知刺激療法 レクリエーション療法 刺激 に焦点をあてた アプローチ 芸術療法 アロマセラピー のの2つに分けられます。絵画でも音楽でも鑑賞するの ペットセラピー が受動的な活動で、絵を描いたり、歌を歌ったり、楽器を マッサージ 演奏したりするのが能動的なものです。絵を描く、音楽 行動 を奏でるという行為は言語化できない気分、 感情の不安 に焦点をあてた アプローチ 定さを外に吐き出す効果があり、 一般の精神科でも 「カタ ルシス療法」と呼ばれて、 よく行われています。能動的な 活動ができる段階の患者さんには、 ぜひ取り入れて欲し いと思います。 行動異常を観察し評価することに 基づいて介入方法を導き出すもの 支持的精神療法 回想法 感情 に焦点をあてた アプローチ バリデーション (是認)療法 感覚統合 刺激直面療法 身体機能の回復をめざすものと見られが 運動療法は、 ちですが、認知症の治療法としても効果が認められてい 身体の機能を維持することが認知機 ます。手足の機能、 能の維持にもつながります。 アルツハイマー病の場合、早期の段階で匂いを感じに くくなると言われているのでアロマセラピーは効かな 高齢者に限らず骨折で2週間、ベッドの上で暮らすと いという意見もありますが、一方で重症になっても嫌な 筋肉がやせ細ります。すると手足をコントロールする神 匂いへの嫌悪感が残っていることも知られており、よい 経回路、 さらに脳にも廃用萎縮という影響が出ることが 香り、好きな香りへの反応を利用できるはずだという考 わかっています。手足がよく動く状況を保つことが、脳 えで研究が行われるようになりました。 変性を防ぐことに繋がるのです。 の萎縮、 運動には有酸素運動と無酸素運動がありますが、 一定 タクティールケアは触覚を活用する治療法です。触 覚というのは五感のなかで最もプリミティブな感覚で、 の強度以上の有酸素運動が認知機能の低下の予防に役 視覚や聴覚に比べると未分化、つまり大雑把な感覚で 立つというデータもたくさんあります。 す。だからこそ相手の身体を触ることが親近感や信頼 自宅 運動療法はADLの向上に直接的に貢献しますし、 でもできるので特にお奨めしたいです。 に繋がったり、触れあうことで共感・協調、ポジティブ な連帯感が生まれるのでしょう。パッチ剤 (貼付剤)は、 貼るときに皮膚を撫でるなど触れあいの時間を確保す 認知、刺激、行動、感情に 焦点をあてて刺激する。 ることができるので、非薬物療法的な精神を安定させる 効果もあると思います。 さらに五感をフルに活用するのが 「認知刺激療法」で アロマセラピーは非薬物療法のなかで最も科学的な す。匂い、触覚、音を一緒にして経験すると記憶に残り 検証が進んでいる治療法のひとつで、怒りや衝動行為、 やすいという現象を利用して、見るだけでなく、触った 問題行動が少なくなったというデータが報告されてい り、匂いをかいだり、音が出るものならそれを聞いて、記 ます。 憶を助け、 脳の働きを活性化しようとする治療法です。 4 非薬物療法では患者の行動をほめ、 不安を取り払うことが大切。 非薬物療法には社会生活を営む能力を 維持・改善するという効果も期待されます。 近年、 注目をあびることが多いのは 「感情」に焦点をあ 認知症は極めて社会的な疾患です。認知機能が衰え てた治療法でしょう。回想法、バリデーション療法など ることで、 社会的生活、 個人的生活に支障が出てくるから がこれに含まれます。 です。そこで、 残っている能力を、 なるべく長く維持する 回想法は、認知症患者が古い記憶を維持しているとい う原則に基づき、残っている記憶を適切な場面・適切な 状況で再認する訓練です。例えば、 若かったころに使って ことが非薬物療法の大きな目標になります。大切なポイ ントは、 練習したことを汎化できるかどうかです。 例えば、足し算の練習をして2+3=5ができるよう 関係する物語を話すことによって、 いたものを見ながら、 になった患者さんが、 3+4、 4+5など他の計算式でも 昔の記憶を引き起こそうとします。楽しかった時代を 訓練の効果が発揮できるなら、 計算という、 社会生活に必 思い出して語ることで自尊感情が高まり、精神の安定に 要な能力を引き出すことができたことになります。 も繋がります。介護者と患者さんのコミュニケーション も円滑になります。 ゲーム機を使った脳トレーニング (脳トレ)が、いわゆ る 「ボケ防止」に効果があるという人もいれば、ないとい バリデーション療法 (validation Therapy) は、 徘徊など う人もいます。ここでも問題は汎化ができるかどうか 患者さんの失敗 の 「問題行動」の抑制をめざす治療法で、 で、脳トレで足し算・引き算ができるようになるだけで や問題行動を責めるのではなく、結果的に正しかった行 なく、それが生活機能の回復に繋がるならば、非薬物療 動をほめることで、 失敗を予防し、 適切な行動を誘発して 法として効果があるということになるのでし 法 法と して て効果 果がある ると という いうことにな にな に なるのでし しょう。そ う そ いきます。 うい いう観 観点で 点でトレーニ ーニング ングを を組み立 み立てていけ けば、効果の の 「認知」に焦点をあてる治療法は、 まだ一般的には知ら れていないかもしれません。その代表である現実見当 ある る治療 療法に に育つ可能 可能性も 可能性も 性もあ あるかも か しれませ せん。 先ほども ども述べ 述 べたと 述べ と おり お 、認 知症 症 は社 社 会的な疾 な 患です。 す。 す。 見当識に障害が生 識訓練 ( RO:Reality Orientation)は、 だからこそ そ、ご家族や や介護 介 者とのコ の ミュ ミ ニケーシ ー ョンが が じている患者さんでもうまく暮らせるようにする訓練で 少しでも改善 改善 善すれば、 ば、患者 患者さ さんの精 の 神の 神 安定やA や DLは大 大 す。見当識とは自分が今どこにいるか、 などの現実認識 きく向上する する ることに にな なります ります。 りま のことですが、一般の人は直前までの記憶があるから、 医師が直 医師 が 接に が直 接に非薬 薬物療 物 法を 法を施す すこと こ は稀 は だと だ 思います ます ます 今、自分がここで何をしているかを認識できています。 が、 その の意義 意 ・目的 的を を理解 理 し 認知症患者さんは近時記憶がなくなるので、例えば冷蔵 て、 きち ちんと んと評価 評価 評 価す する ること ること こ 庫に卵を入れたことをすっかり忘れてしまうことがよく が大事だ が大 事だ 事 だと思 思い いま ます。 す。 あります。しかし、忘れてしまっても冷蔵庫を開ければ そこに卵があって、 それを見れば 「卵がある」ことはわか ります。つまり記憶に頼るのではなく、そのときに見え るもの、 聞こえる音を手がかりに、 その場に適した言動が できるように導いていく訓練です。 認知症の患者さんは、 自分の判断や記憶が間違ってい るかもしれない、失敗するかもしれないという不安を感 じながら暮らしています。バリデーション療法も、現実 見当識訓練も、間違いや失敗は問題視せずに、正しい行 動を、 それが偶然、 正しかったのであってもほめることで 患者さんの不安を解消する効果があります。 5 地域行政と多職種を巻き込む 先進的な試み 熊本県は、認知症疾患医療センター﹁熊本モデル﹂が全国の注目を集める先進県である。 今 回 取 材したのは、2 0 0 9 年より﹁ 熊 本モデル﹂の地 域 拠 点 型 認 知 症 疾 患 医 療セン ターのひとつとして、八代市で中心的な役割を担う平成病院。院長である坂本眞一 先生が、高齢化率 %という八代市の現状を見据え、医療・介護・行政を巻き込ん で進めてきた精力的な試みが次々と成果を上げている。八代市と平成病院の 取り組みについて、坂本院長にお話をうかがった。 ︵取材班︶ 医療法人社団平成会 平成病院 院長 坂本 眞一 先生 医療法人社団平成会 平成病院 6 28 多職種連携の先駆けとなった 「やつしろ認知症研究会」 不知火海に面した八代市は人口約13万人。特産で ある国内最大の柑橘類・晩白柚(ばんぺいゆ)が有名 と勧められた。当時、認知症の人は身近にはまだ少 なく、看護と兼任という形で業務を開始したという。 医療センター開設後、認知症の受診者数は右肩上がり となり、西田さんの業務もまた大きく変わった。 である。九州新幹線の新八代駅からほど近い平成病 「現在は医療セ 院は、地域に根ざした精神科病院として、早くから認 ンターの相談業務 知症治療に熱心に取り組んでいた。 が中心になりまし 「八代市でも山間部においては高齢化率は42%であ た。介護支援専門 り、10人のうち4、5人は高齢者です。地域性を考える 員として主にケア と、国が考えているよりも7∼10年先を先取りして認 マネジャーからの 知症の人とご家族を支援していかなければなりませ 相談を受け付けて ん」。坂本院長の終始穏やかな語り口の端々に、認知 い ま す 」( 西 田 さ 症の人とご家族支援へのたゆまぬ熱意がにじむ。 ん )。 そ の 変 化 に 2007年には坂本院長が代表世話人となり、認知症 当初はとまどいも 介護研究の推進を目的とした「やつしろ認知症研究 あっただろうと坂 会」を設立。 本 院 長 は 語 る が、 「医師の研究会にとどめたくなくて、 世話人には認知 介護支援専門員 西田まゆみ さん 「最初は専門的な 症に関わる多様な職種の方に入ってもらうと決めまし 知識が深かったわけではなく不安もあったと思いま た。認知症には包括的なサポートが必要です。ケアマ すが、今や西田ケアマネジャーなしでは動けません」 ネジャーにも医学的な視点が、医師にも介護の知識が と絶大な信頼を置いている。 欠かせません。グループホームの代表、地域包括支援 センター(以下、包括)の代表等、市の職員にも世話人 にも入ってもらい、多職種で共通した視点から患者さ んを見ていくことが可能になりました」 (坂本院長) 。 平成病院の医療センターにおける取り組みの中で、 特徴的なのが訪問医療相談である。 各包括に出向いて、坂本院長が直接問診をし、認知 症の可能性が高い方々に病院の受診を勧める。 こうして認知症の予防、早期発見、治療・介護の充 「高齢者はどうしても精神科病院に対して精神病的 実のため関係機関の連携を図る研究会が発足した。 なイメージが強く、受診拒否も少なくありません。た 今では多くの研究会が多職種連携のスタイルを試み 『1回検査 だ直に接して一度顔の見える関係を作ると、 ているが、八代市がその先駆けではないかと思われる。 を受けましょう』という誘いに乗っていただけたり、 熊本大学から講師を招いた第1回の研究会には、医 ご家族も『あの先生の病院に検査受けに行くばい』と 療と介護の関係者が600人以上参加した。「人口13万 言いやすくなるので、訪問することの効果は絶大で の都市ですからかなりの人数です」と坂本院長は地元 すね」と微笑む坂本院長。 の関心の高さに胸を張る。それも多職種連携を働き かけた成果といえるだろう。 同行する西田さんも「受診拒否がある人も医療相談 に合わせて施設に来ていただいて、受診につなげるよ うにしています。先生の顔を見ると、皆さん安心する より顔の見える医療の形を模索して ようで、頑なに拒否していた人もスムーズに受診に来 られますね」と笑う。 2009年に平成病院は「熊本モデル」の地域拠点型 認知症疾患医療センター(以下、医療センター)に指 地域連携を深める数々の取り組み 定され、 坂本院長と同院のスタッフは、 ますます多忙と なっていく。 看護師であった西田まゆみさんは、介護保険が始 まった当初、ケアマネジャーの試験を受けてみないか 医療センターの活動の一環として、 坂本院長は、 八代 市の地域連携を深化させる数々の試みを牽引してい る。 7 地域行政と多職種を巻き込む先進的な試み 「熊本モデル」の特徴的な取り組みである認知症事 「行政に働きかける際に、ご家族と違い、我々のよう 例検討会は、医療、介護、福祉など認知症に関わるすべ な民間からの働きかけではどうしても時間がかかる ての職種の方が入って年6回、合計20回くらい行って ことがあります」(坂本院長)。思いがストレートに きたが、今年度より、地域単位でも定期的に開催する 通じないジレンマはあるが、だからこそ、家族会と思 ことになった。坂本院長は、八代市の各包括を巡回訪 いを共有し、連携して声を届けることが大切と語る。 問して、この事例検討会の講師を務めている。 「先日は、男性介護者のみの会を開催しました。真 「質問や意見が活発に出るよう参加人数は20∼30 面目で追い込まれやすい傾向がある男性介護者は、虐 人ぐらいに絞っています。エリア内の事例を共有し 待に至る場合も女性より多いという調査結果があり てグループごとに事例検討を行い、それぞれが考えた ます。女性は家族会などで介護ストレスを軽減でき 支援策を発表してもらいます」(坂本院長)。 ますが、男性の参加は少なく、発言されることも少な その後、坂本院長がその支援策に対する評価とレク い。そこで、男性のみで開催したところ、男性ならで チャーを行っている。 はの本音も出るなど有意義な会になりました」と坂本 さらに、早期発見につなげるため民生委員を対象と 院長。こうしたさまざまな試みを毎年継続したいと した研修会も行っている。 どこまでも意欲的だ。 「高齢者の単独世帯、老老世帯が増加しています。 行政とともに、連携ツールの利用で 認知症の周知と治療に貢献 民生委員の方々には、高齢者の安否確認だけでなく認 知症の可能性を疑うところまで、一歩踏み込んで関 地域連携の推進には、行政の協力を得ることが不可 わってもらいたいと思い、 助言しています」 (坂本院長) 。 欠である。 また、八代市の家族介護者の交流会にも積極的に携 わるなど、行動を惜しまない坂本院長だが、家族会を 坂本院長を中心とした、 「やつしろ認知症研究会」の 支援することは、介護ストレスの軽減以外にも目的が 地道な活動が行政を動かして実現した最たるものが、 「もの忘れ相談手帳」と「もの忘れ受診手帳」だろう。 あるという。 「熊本モデル」認知症疾患医療センター 認知症の早期診断や診療体制を充実するために、地域での拠点機能を担う 「地域拠点型」と県全体を 統括する「基幹型」の二層構造(熊本モデル) として整備しています。 認知症疾患医療センター 一覧 ●くまもと青明病院 ●山鹿回生病院 (山鹿市) 熊本モデルの特徴 ●阿蘇やまなみ病院 「基幹型」の主な役割 (阿蘇市) (熊本市) ● 地域拠点型への専門的支援 (専門的指導、助言等) ●荒尾こころの郷病院 ● 地域拠点型が抱える合併症・ (荒尾市) ー 基幹型センター 熊本大学医学部附属病院 地域包括 支援センター ●くまもと心療病院 ● 症例検討会、 研修会の開催等 専門的支援 かかりつけ医 (宇土市) ●益城病院 連携 周辺症状など困難ケースへ の対応 連携 (上益城郡) 「地域拠点型」の主な役割 ● 専門医療相談 (電話、面接) ● 医療機関受診前の医療相談 地域拠点型 センター ● 鑑別診断とそれに基づく初期 対応 ● かかりつけ医、 地域包括支援 ●天草病院 (天草市) 8 ●吉田病院 (人吉市) ●平成病院 (八代市) 住民 相談・受診 身近な医療機関に相談できて安心 センターとの連携(認知症医 療に関する情報提供等) 医療法人社団平成会 平成病院 研究会で作製した「もの忘れ相談手帳」は、認知症の チェックシートや相談医のリストなどが掲載されて いる。坂本院長の尽力もあり八代市の全世帯に配布 高齢社会を見据えてさらに 次のモデル構想へ こうした数々の啓発活動が実を結んで早期受診者 された。 「相談医の掲載は、かかりつけ医研修などを受けた 先生方に直接電話して依頼しました。配布後の反響 は大きく、早期発見・受診につながっていると思いま も増え、結果として認知症の人の来院数は増加の一途 をたどっている。 この状況について坂本院長は「認知症が周知された のはよいのですが、私たちで診られる人数は限りがあ す」(坂本院長)。 次に手がけたのが「もの忘れ受診手帳」だ。 「認知症治療にはさまざまな情報が必要です。ご家 ります」と悩みを語る。認知症に関わる医師を増やす ことは急務だ。 族の負担、本人の症状、身体状況、生活環境、職歴、性 「高血圧や糖尿病と同様に、かかりつけ医が認知症 格、介護保険の利用状況、ケアマネジャーとの連携、服 を診られるようになれば、逆にかかりつけ医への紹介 薬の状況など、その人のすべての情報を網羅できる連 も可能になります。認知症の人の急増が目前に迫る 携ツールとしての手帳を作製し、各事業所に配りまし 今、医療がイニシアチブを取らないと対策が追いつき た。平成25年度からは「火の国あんしん受診手帳」 (平 ません」と力説する坂本院長。「熊本モデル」の二層構 成24年度より「火の国あんしん受診手帳」の試験的運 造(基幹型・地域拠点型)に、サポート医やかかりつ 用が熊本県下全域で始まっています)として、熊本県 け医、地域の包括も加わって三層になってほしいと呼 下全域で使用される予定です」(坂本院長)。 びかける。 ※ 現状を少しでも前進させようと行政を巻き込んで 今後、平成病院が所属する平成会グループでは特別 いく熱意が、大きなうねりとなって社会を変えていく 養護老人ホームの開設も予定しており、認知症ケアに 好例といえるだろう。 おいて他施設のヒントになるような、医療と介護の垣 「行政が動くと皆が動くので、もっと行政を動かさ ないと」と話すのは西田さん。八代市は、小中高の授 根のない施設にしたいと抱負を語る。 医療へ、介護へ、すみずみまで目配りをしても、まだ 業の一環で認知症サポーターを養成しているという。 道半ばと意欲をにじませる坂本院長。高齢社会への まずは子どもたちからという取り組みだが、認知症を 危機感を切実に受け止めながら、地域のためによりよ 周知させるための課題はまだ山積していると語る。 い環境を実現しようと力強く前進する姿に、これから 「色々なイベントで包括の宣伝をしているのですが、 まだ相談する窓口の存在も知ら ずに悩みを抱え込んでいるご家 も歩みを止めることはないのだろうと感じた。 ※「熊本モデル」認知症疾患医療センターは基幹型 (熊本大学) 、 地域拠点型の二層構造 族も多くいます。多くの方に声 かけしてもらうためにもサポー ター養成は大切な施策ですが、 仕事などで講座を受けられない 人も多く、夜間に開くなど行政も 工夫が必要です」と西田さん。 坂本院長も 「やつしろ認知症研 究会に行政スタッフが入ったこ とは、大きな意味がありました。 今後の活動もいかに行政と行動 していくかが連携のカギですね」 と口を揃える。 坂本先生、西田さんと地域連携担当者・精神保健福祉士の本田 翔子さん 医療法人社団平成会 平成病院 866-0895 熊本県八代市大村町720-1 0965-32-8171 9 第12回「前頭側頭型認知症」 認知症というとアルツハイマー病が代表的で、 認 認知 知 患者さんに占める割合も 半数を超えますが、 アルツハイマー病以外の原因疾患について知っておく 半 半数 数 ことも重要です。 今回は「前頭側頭型認知症」について紹介します。 こと こ と 認知症治療の今を知る 療の 療の今を知る の今 今を知る 今を を知 知る 独特の症状を示す 「前頭側頭型認知症」、 かつてはピック病と呼ばれていました。 前頭側頭型認知症および類縁関係のあるいくつかの疾患について、詳しくわかってきたのは最近のことですが、 100年以上前に発見された 「ピック病」 という神経疾患もこの認知症に含まれています。 患者数はアルツハイマー病に比べると非常に少ないですが、全国では数万人の患者がいるとみられます。 また、40∼60歳代での発症が多く、若年性認知症においては重要な原因疾患と考えられています。 こんなまずいお茶、嫌いよ! 飲めたものじゃないわ! ! 前頭側頭型認知症の 患者さんとの接し方 新しく来た患者さん、 前頭側頭型 認知症なのか… わっ! ! 09 No,0 子 花 佐藤 … 初耳だな そういや佐藤さん、 3 時のおやつに いつも問題を おこすんだよな 72歳 型 側頭 前頭 症 認知 この患者さんが、以前は 上品な人だったなんて とても信じられないなあ… 「前頭側頭型認知症」は、物忘れではなく、 人格や言動の変化から始まります そのとおり とおり! この認知症の 認知症の 特徴は、まさに は、まさに 「人格の変化」 格の変化」 なんだ だ 「無口になった」 「飽きっぽくなった」 「頑固になった」 「扱いにくくなった」… そんな、 「なんだか人が変わってしまったような言動」がみられます。 そ 人格や言動の変化こそが、 この疾患の中心的な症状です。 人 脱抑制 以 以前は 和 和服の似合う 上品な人 上 道徳観・社会性低下 ● 偏食・過食 ● 暴力行動 ● 落ち着きがない ● 立ち去り行動 ● う∼ん、 この病気の患者さんって、 対応するのが 難しそうだなあ… そんなことはないさ 感情鈍麻 自発性の低下 ● 自発語の減少 ● 影響されやすさ ● 反復言語・オウム返し ● 常同行動 ● 〈例〉 ・いつも決まった椅子に座る ・毎日同じ道順を歩く ・決まったものばかり 食べる 「前頭側頭型認知症」 「前頭 前 症 症」 によって人 に よ て てしまう ま によって人格が変化してしまう 10 毎日同じ行動をくり返す 主な障害部位 前頭側頭型認知症 名 前 前頭側頭型認知症(ピック病を含む) 分 類 前頭側頭葉変性症 前頭側頭型認知症 意味性認知症 進行性非流暢性失語 年 齢 40∼60歳代での発症が多い 症 状 人格変化、脱抑制、 前頭葉 ● 人格 側頭葉 ● 社会性 ● 記憶 (意味記憶) ブローカ ● 言語 (Broca野) ● 聴覚 ウェルニッケ ● 言語 (Wernicke野) 常同行動(記憶障害は初期には見られない) 病 理 前頭葉・側頭葉の萎縮、血流低下 治療法 根治療法はなし。独特の症状を利用したケアが効果的。 SSRI(うつ病の薬)が行動異常の抑制に効果。 反社会的行動には、 介護の工夫で対応する え! ? 症状を利用 できるんですか? 例えば、 「毎日同じ時間に同じ行動をくり返す」という 「常同行動」 と呼ばれる特有の症状を利用すると 介助がスムーズになることもあるんだ 3 3時のおやつで 他人に迷惑をかける 他 夕 夕方になっても お風呂に入りたがらない お おだやかな活動に誘う 新しい習慣をつくる 「みんなで絵を描く」という行動に誘い、 問題行動を抑える 「月・木曜日はデイサービスで入浴」という 習慣を作ると、自発的に入浴するようになる 若年発の認知症だからこその苦労も… 前頭側頭型認知症は40∼60歳での発症が多く、病気を抱 えながら仕事や育児・教育をどう継続するかが大きな問題 になります。 患者さんが、高齢者が多いケア施設の利用を嫌がったり、 施設側が「問題行動」の多い前頭側頭型認知症患者の受け 入れを敬遠するケースも少なくありません。しかし、早期診 断と、適切な治療・介入 が行われれば、仕事や自宅での生 活を長く継続し、また、介護施設などで他の利用者とトラブ ルを起こすことも防げます。 医療・介護関係者、高齢者とその家族が、疾患につい ての理解を深めることが何より大切だといえます。 認知症って アルツハイマー だけじゃ ないのか… その通りだよ。 次回は、 「レビー小体型 認知症」について 紹介していこう まだまだ勉強 しなくちゃな∼! ∼ ひえ つづく→ 参考資料) ●認知症疾患治療ガイドライン 2010, コンパクト版 2012 監修:日本神経学会 医学書院 ●認知症テキストブック 編集:日本認知症学会 中外医学社 ●病気がみえる vol.7 脳・神経 編集:医療情報科学研究所 メディックメディア 11 紐解き 認知症研究 ∼研究論文ピックアップ∼ ビタミン摂取と認知症予防 近年、 がん、 脳卒中、 糖尿病、 リウマチ、 認知症などの様々な疾患の における追跡開始時のビタミンD平均摂取量を比較した。その 発症リスク要因のひとつとして、活性酸素が注目されている。活性 結果、アルツハイマー病発症群は50.3μg/週、アルツハイマー病 酸素は、体内に取り込んだ酸素(O2)が他の物質と結びつきやすい 以外の認知症発症群は63.6μg/週、発症なし群は59.0μg/週で、 状態へ変化したもので、高い反応性ゆえに蛋白質や核酸、細胞膜を アルツハイマー病を発症した患者のビタミンD摂取量は、発症し 傷つけてしまう。 なかった患者と比べて少ないことがわかった。また、ビタミンD摂 認知症の発症機序においても、 アルツハイマー病では 老人斑 取量に応じて、5つの群に分けて比較したところ、最も摂取量の多 の生成、脳血管性認知症においては動脈硬化に活性酸素が関与 い群(平均摂取量104.38μg/週)ではアルツハイマー病発症が していることが明らかになってきた。 この活性酸素の毒性を弱める 4.1%と、摂取量が多い群で明らかに発症リスクが低い結果となり、 には 抗酸化作用 を持つ物質が有効とされている。今回は、身近な アルツハイマー病発症とビタミンD摂取量が関連していることが 抗酸化物質であるビタミン類の摂取と認知症の関係にまつわる 示唆された。 研究をいくつか紐解いていこう。 最後に、英国University of OxfordのSmithらが行ったビタミンB 米国The Johns Hopkins UniversityのZandiらは、ユタ州の の摂取が脳の萎縮に影響を与えるかを調査したランダム化比較試 キャッシュ郡に住む65歳以上の高齢者4740名を対象に、ビタミン 験を紹介する (Smith AD et al. サプリメント使用とアルツハイマー病発症リスクの関連について前 度の認知障害があると診断された70歳以上の高齢者168名を対象 向きに検討を行った(Zandi PP et al. , 2004; 61: に、無作為にビタミン投与群(葉酸0.8mg/日+ビタミンB12 0.5mg/ 82-88)。その結果、ビタミンEとCのサプリメントを一緒に摂取して 日+ビタミンB6 20mg/日)とプラセボ投与群に割り付け2年間投与 いる人がアルツハイマー病を発症するリスクは、ビタミンサプリ を行い、脳の萎縮率を調べた。その結果、ビタミン投与群の年あた メントを全く摂取しない人と比べて64%減少した。 しかしながら、 りの脳萎縮率の平均値は0.76%で、 プラセボ群の1.08%より萎縮 ビタミンEのみ、ビタミンCのみといった単独摂取の場合は、アル 率が小さいことが明らかとなり、ビタミンB群の摂取が脳の萎縮を ツハイマー病発症率の減少は認められなかった。 抑制している可能性が示された。 ビタミンD の 影 響 に 関してはフランスA n g e r s U n i v e r s i t y HospitalのAnnweilerらの報告を紹介しよう (Annweiler C et al. , 2012; 67: 1205-1211)。Annweilerら , 2010; 5: e12244)。中等 以上から、ビタミン類の摂取は認知症の 発症リスクを低下させる可能性があることが わかった。食事指導の際には、ビタミンの過 は、ビタミンDサプリメントを摂取していない75歳以上の高齢女性 剰摂取がもたらす副作用につい 498名を対象に、食事からのビタミンD摂取量と認知症発症につい ても十分周知させつつ、適切 て前向き研究を行った。7年間の追跡後、アルツハイマー病発症、 な摂取を呼びかけてみては アルツハイマー病以外の認知症発症、発症なしの3群に分け、各群 いかがだろうか。 編集委員 編集主幹 井原 康夫・同志社大学脳科学研究科病態脳科学分野認知記憶加齢部門教授 編集委員(五十音順)池田 学・熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学分野(神経精神科)教授 宇高 不可思・財団法人住友病院副院長 東海林 幹夫・弘前大学大学院医学研究科脳神経内科学講座教授 武田 雅俊・大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室教授 発行 12 編集:株式会社エム・シー・アンド・ピー 〒530-0005 大阪市北区中之島 2-2-2 大阪中之島ビル 12F 06-4706-3315 www.mcp.co.jp 2013年2月作成 RVT-SP12