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1 チュニジア人から見た日本の研究生活

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1 チュニジア人から見た日本の研究生活
日本機械学会誌 2011. 3 Vol. 114 No. 1108
188
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チュニジア人から見た日本の研究生活
〜(株)□□□□□□□□□□□〜
Research Life in Japan Seen from a Tunisian Eye
1
クリストウ マハリズ
Kristou Mehrez
■2006 年チュニジア・応用科学技術総合大
学ソフトウェアソフトウェア工学卒業,
2007 年筑波大学大学院システム情報工学
研究科コンピュータサイエンス専攻博士
前期課程入学,2009 年筑波大学大学院シ
ステム情報工学研究科コンピュータサイ
エンス専攻博士前期課程修了,2009 年筑
波大学大学院システム情報工学研究科コ
ンピュータサイエンス専攻博士後期課程
入学
■主として行っている研究
・自立運搬カートのための混雑した環境で
の人間識別と人間追跡
■通学先
筑波大学大学院システム情報工学研究科
コンピュータサイエンス専攻博士後期課
程2年
(〒305-0006 茨城県つくば市天王台 2-1
一の矢学生宿舎 17 棟 202 号室/
E-mail:[email protected])
はじめに
私は,地中海にあるチュニジアとい
う景色のよい国から来た.歴史深い土
地である.今のチュニジアがある場所
は,古くはフェニキア人の拠点カルタ
ゴが,そしてビザンチン帝国が領土を
最大に広げたユスティニアヌス帝の時
代には,その一領土だった.7 世紀か
ら,アラブ人が侵入し,チュニジアは
イスラム圏となった.その後,フラン
スの侵攻により,1881 年にフラン
スの保護領にされた.1956 年に,
今のチュニジア共和国が成立した.
現在のチュニジアでは,科学や技術
に多くの注目が集まっている.最新テ
クノロジーも溢れていて,それらを見
たり学んだりする機会も多くある.私
は,幼いころからコンピュータやソフ
トウェア開発に強い興味があり,中学
校の時に初めてパソコンを手に入れ
た.いつも新しいものが欲しくて,父
にねだったり,そのために,アルバイ
トもした.初めて自分でソフトを開発
したのは 16 歳のとき,仏英辞書だっ
た.卒業したのは,チュニスにある国
立応用科学技術大学(INSAT)である.
工学やソフトウェア開発等,いろいろ
な科目とコースを勉強した.
日本文化に触発さ
れて
日本と初めて出会ったのは,筑波大
学と INSAT が共催した学会にあわせ
て催された『チュニジア-日本文化週
間』という祭りだった.
「日本の世界
遺産ジオラマ」
「ポスター」
「日本映画」
の展示・上映のほか,空手,生け花,
書道,折り紙の実演など盛りだくさん
だった.
このときに日本に興味を持ち,
日本語の勉強を始めた.日本大使館に
文部科学省の奨学金を応募するチャン
スがあると大学の先生が教えてくれ
た.
私はソフトウェアの開発が好きで,
もっと深く勉強したいと考えていた.
ロボット用ソフトウェアの開発は,よ
い挑戦になると思い,ロボットの研究
─ 40 ─
室を探して,今の筑波大学知能ロボッ
ト研究室に受け入れてもらった.
研究室の協力関係
に感動
日本に来てから,私の生活や考え方
は大きく変わった.まず,日本の大学
がチュニジアと違う点は,学生一人一
人に指導教員がつく点である.チュニ
ジアでは,クラス全員が授業に出て試
験を受け,評価をもらう.個人の研究
はあまりしない.卒業論文を書くため,
もちろん自分の研究を行うが,指導教
員の役割は研究指導ではなく,論文を
直すことだ.今,私の所属する研究室
では,メンバー相互の強い協力関係が
ある.自分一人で研究と戦うのではな
く,先輩に質問すれば,いつでも助け
てもらえる.そのことに,とても感動
した.機械の使い方など多くの知識や
ノウハウが,文書だけではなく,口頭
で伝えられることを知った.
指導教員との研究打ち合わせは,毎
週定期的に行われる.これが非常に有
効だと感じている.一週間という期間
は,与えられた課題に対して結果を出
すのに適当だし,研究中に問題が起き
て解決が必要な場合,手遅れにもなら
ない.先生と,さらに相談が必要な場
合は,いつでも対応してもらえる.先
生の応援は,研究を進めるにあたり,
大きな動機づけとなる.
せっかく,日本に来ても,英語だけ
を使っている外国人留学生が少なくな
い.指導教員と英語で議論すれば,そ
れで十分との考え方は,正しくないと
思う.日本で生活するには,どうして
も日本語が必要になる.大学でも,他
の人とのコミュニケーションは,研究
を進めるツールの一部だ.先生や他の
学生が話していることがわかれば,自
分がやっていることにも,大いに役立
つ.会話ができれば,自分の研究につ
いて相談もできる.多くの情報を交換
するために,できるだけ日本語で会話
をするのが,よい結果を得る,知識を
深めるためには重要である.
研究室では,毎週 1 回全体ミーティ
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チュニジア
アフリカ
図 2 首都チュニスの北東約 20km にある観光地シディ・ブ・サイド
図 1 チュニジアの場所
図 4 そうめん流しパーティ
図 3 私が研究している移動ロボットと私
ングがあり,その後,全員で研究室内
の掃除を行うが,これも驚いたことの
一つだ.なぜなら,
先輩後輩関係なく,
皆ががんばって働くからである.この
作業は,メンバーに一体感を持たせる
効果が大きいと思う.また,毎年 4
月に行う研究室の模様替えでは,大掃
除と物品整理,
席替えなどが行われる.
配置が新しくなることで,自分も新し
い気持ちになり,
やる気が湧いてくる.
自分で研究室の準備を手伝うと,まる
で自分で作ったワークスペースのよう
で,がんばろうという思いとともに,
新しい挑戦をしたくなる.必要なもの
は,すべて研究室にある.アイデアや
知識を持ち,努力さえすれば,資料は
必要に応じて手に入れられる.これは,
研究者にとって理想的な環境ではない
だろうか.
最後に,驚いたのは研究室のどんな
イベントにも「担当者」がいることで
ある.
スケジュール調整の準備であれ,
見学来訪の対応であれ,いつも責任者
がいる.些細な仕事にも,担当者がい
るのが不思議だった.研究室の皆に,
社会的な役割を担わせるのは,責任感
を育てるためによいことだと思う.
おわりに
研究室では,皆でいろいろな行事を
企画する.たとえば,飲み会やパーティ
─ 41 ─
などだ.先生が招待してくれたそうめ
ん流しパーティは,とても日本らしい
ものだった.竹を切ったり,みんなと
一緒にそうめんを食べたりするのはと
ても楽しかった.毎年 3 回行われる
研究室の発表会は,3 回とも違う場所
で行われている.勉強とともに観光す
るのが,私にとっては楽しいことだ.
そして,この発表会に参加するのが,
いつも新しい結果を出す一つの動機と
なっている.
これからもよい研究結果を出すため
に頑張っていく.博士課程を修了後は,
学んだものを活かした仕事に就きたい
と思っている.
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