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第3章 文字メディアと思考の変化

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第3章 文字メディアと思考の変化
第2章
第2節
メディアの発展
文字メディア(メディアとしての文字)
文字が生まれた根源説(コミュニケーション発達史、稲葉三千男)
文字とは何か、誰が必要としたか??
1. 情報貯蔵説(p.74)
2. 呪術説(p.78)
3. 儀式起源説(p.82)
漢字の祖先の甲骨文字の由来を考察しよう。紀元前1500 年前後も殷の時代に、亀甲
や獣骨に印刀で刻まれた文字として出現した。殷では、1祭祀、2戦争、3狩猟や
農業など経済生活、4王および王族の行為と安否、の四項目で盛んに占いを行った。
灼くと甲には音を立てて亀裂が入る。これを卜兆(ぼくちょう)という。色とか亀
裂とかを総合的に調べられ、判断材料にされる。その結果は亀版に彫られた。これ
を卜辞(ぼくじ)といい、甲骨文字でつづられた。
文字を書くための道具(書かれるもの、書くもの)
文字の発生と発展
文字の起こり
絵と絵文字
絵はフランスのラスコーやスペインのアルタミラの洞窟に描かれた彩色画は、紀元前2
5000年から15000年頃に描かれた。文字が生まれる遙か前である。線画、記号、
装飾古墳にみられる文様などさまざまである。ヒトは、絵を描く唯一の動物である。
その後、絵を抽象化し、意図的にものがたりを持つ絵文字へと変化させていく。絵文字
を手に入れることによって、ヒトは情報を共有し、蓄積して伝達できるようになったとい
われる。
しかし、絵文字はまだ話す言葉を写すまでには至っていない。
絵文字と絵
絵文字から文字への変化はヒエログリフ(Hieroglyphics)に見いだすことができる。ヒ
エログリフはエジプトの神殿や石碑に刻まれた聖刻文字である。牛や馬や人などを抽象化
した図形などがみられるが、実はその一つ一つが言葉の音や意味を表したものと考えられ
ている。
ヒエログリフは絵文字ではなく文字であると考えられる。
発見された古いものは、
紀元前3000年にさかのぼる。
現在知られているもっとも古い文字は、メソポタミヤ地方のくさび形文字である。その
歴史は、紀元前4000年前に遡る。粘土板に葦のペンで刻まれた三角形や釘のような線
の組み合わせである。発見された粘土板は農業に関する会計簿であった。一見特異な形を
したこの文字も絵文字が次第に抽象化されたものである。
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私たちになじみのある漢字は、殷の時代にさかのぼる。漢字でもっとも古いものは、紀
元前1300年度から1000年頃の甲骨文字であると考えられている。漢字も絵文字か
ら始まった。今でも漢字には絵文字的な要素を見ることができる。
文字の体系
文字は大きく表意文字と表音文字に分けることができる。言葉の意味を表す表意文字
と音を表す表音文字である。
表意(語)文字
漢字は絵文字から発達をしてきた象形文字であるが、象形のほかに物事の関係性を示す
たとえば、上下とか左右とか、会意(すでに有る文字を組み合わせて音と同じ意味を表す。
たとえば、森、林)、抽象的な概念や代名詞なども表すようになる。
言葉の数だけ文字数が増える。漢字は数万語有るといわれる。しかし「論語」などで使
われる文字数は1500 文字前後である。シュメールの楔形文字は始め2000 字の文字記号が
有ったといわれる。漢字は生き残った表意文字である。
エジプトのヒエログリフは多いときで、5000 字、その後 700 となり、語をあらわす記
号と音を組み合わせるようになり、文字は事物から切り離され、文字数は減った。
表音文字
表音文字には、音節文字と音素文字が有る。
音節文字は、日本語のかな文字がある。日本語の音節を1 文字に対応させる。50 前後の
音節で日本語の音を表現した。かなを習得すれば、それだけで文章を書くことができる。
音素文字・アルファベット
起源は、紀元前1800 年から 1300 年の頃に地中海東海岸のセム人の間で作り出された。
セム文字を普及さえたのがフェニキア人で、やがてギリシャのアルファベットなり、今日
のローマ字となった。
アルファベットの特徴は、音素の 26 文字前後でできあがっているため、①だれでもが
覚えられるという意味で民主主義的である。また、外国語も処理できるので国際的であ
った。(日本語も処理できる)
ヨーロッパでは、表意文字から表音文字へ、そして音素文字へと変化してきた。
表意文字
文字
音節文字
表音文字
音素文字
文字が発明され、利用できるようになった人間は、その文字メディアによってどのよう
な変化(社会的側面や人間的側面)を手に入れるようになったか考察をしてこう。
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文字が発明され読み書きが身にしみついた人間は、書くことができるようになったこと
で、はじめて今のように考えることができるようになったと見られる。書くことは、人間
の意識をつくりかえてしまった、
とオングはいう。
この章ではこのことを中心に考察する。
a.書く文化
前述したように、文字の歴史をたどると、現在知られている最も古い文書としては、紀
元前4000年頃といわれる粘土板に楔形文字を刻みつけたものをあげることができる。
この文書はバビロニアで発見され、「ウルク書版」とよばれている一種の会計簿であり、
穀物や家畜の数量が記されていた。
文字の起源については、王の神聖であることを高めるための儀式にかかわるという考え
と、穀物や家畜のようなものの貯蔵にかかわるという考えとの、2つの立場がある。しか
し、この考えは互いに排除するものではなく、むしろ相互に関係するという主張がある1)。
文字は権力と情報貯蔵の双方にかかわってきたと考えてよいだろう。
紀元前370年代に、プラトンは彼の著書「パイドロス」(274-7)と「第7書簡」にお
いて、ソクラテスの口を借りて「書かれた言葉」の困った点をいくつか上げている。
① 書くことは、現実には精神のなかにしかありえないものを、精神の外に打ち立てよ
うとする点で、書くことは非人間的である。書かれたものは一つの事物であり、つ
くりだされた製品である。
② まず、人々が文字を学ぶと記憶力の訓練がなおざりにされ、自分の力によって内か
ら思い出すことがなくなる。
③ 書くことは精神を弱める。今日でも、掛け算九九の表の記憶が「精神の」内的な手
段にならなければならないのに、電卓がそのかわりに外的な手段を提供してしまう
事を、親やその他の人々は恐れている。彼らは電卓は精神を弱めると主張している。
つまり、精神から、精神の強さを保っておくはずの仕事を取り去ると訴えるのであ
る。
④ そして、文字を学ぶ人たちに与える知恵は、知恵の外見であり、真実の知恵でない。
⑤ また、書かれたことばは、何かたずねても応答しない。もし、誰かがあなたの言っ
ていることを説明してほしいと頼めば、それに対する説明が返るであろう。ところ
が、テキストの場合は、いくら頼んでも、最初に疑問を呼んだのとおなじ言葉が、
それも、しばしば愚かしい言葉がただ繰り返されるだけである。
⑥ それに、言葉は書きものにされると、どんな言葉でもまた、理解する人であろうと
なかろうと、転々とめぐり歩く2)。
このように、プラトンの書くことに対して述べている内容は、いまのわれわれから見て
驚きである。このことについてオングは、このような批判は、コンピュータに対する反論
と本質的に同じであるとして、「プラトンは書くことを外的ななじみのない技術と考えて
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いた」3)という。
書くことは技術である
プラトンは書くことを外的ななじみのない技術と考えた。プラトンの時代の人々は、ま
だそれを十分に自分の一部にしていなかったため、そのような考えを意識的にもてたので
あろう。一方、われわれは書くことを非常に深く内面化し、それを自分自身の一部にして
しまっているため、印刷することやコンピュータを使うことを普通に技術を使うと見なす
ようには、書くことを一つの技術と捉えることが難しくなってきている。しかし、書くこ
とは技術であることには変わりはない。
書くことは一つの技術であり、さまざまな道具を利用する。オングによれば、書くこと
は技術であり、ペン、鉛筆、紙、インクなど、さまざまな道具が必要であるという。また、
クランチーは、「書くという技術」と題された章で、書くことは三つの技術(書くこと、
印刷、コンピュータ)のうちで、最も激しい変化をもたらしたと行っている。そして、「印
刷術とコンピュータは書くことが始めたことを、継続しているに過ぎない」4)と主張して
いる。
書くことは、口頭での話とは対照的に完全に人工的である。「自然に」書くことができ
るようにはならない。口頭での話が人間にとって自然であるということと極めて対照的で
ある。書くことが人工的であるとうことは、それをけなしているわけではない。むしろ誉
めているのである。(p 174)他の人工的な作品と同じに、いやどんな作品よりも文句な
しに価値がある、実際人間の内的な潜在力を十分に実現するためには、なくてはならない
ものである。技術とは、単に外的な助けをするだけのものではなく、意識を内的に変化さ
せるものである。技術が言葉にかかわるときほど、こうしたことが言えるときはない。
「書くことは、意識を高める。自然な環境からの離脱〔疎外〕はわれわれにとってよい
ことであり、実際、多くの点で人間生活を充実させるために不可欠でさえある」5)。十分
に生き十分に理解するためには近づくことだけでなく、離れることも重要である。「離れ
ること」、これこそ書くことがなににもまして意識に与えるものであるとして、「離れる
こと」の重要性を強調する。
b.書く文化の特徴
オングによれば、視覚は切り離す感覚であるのに対して、書くことは言葉を客観化し、
分析的な思考をもたらした。書くことは、話を声と音の世界から視覚的世界へ移動させ
ることによって、話と思考をともに変化させる。実際、書くことに慣れた社会では、「書
くことを内面化した人は、書くときだけでなく話すときも、文字を書くように話す」6)こ
とになる。
書くことによって意識の構造が変わるというのは、
このことをいうのであろう。
さらに、記憶が失われることも意識構造の変化によると考えられる。これらのことから、
書く文化の特徴として、次の6つをあげておく。
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①書く文化では、意識構造が変化する。その変化により、
1)話すときも、文字を書くように話すことになる。
2)記憶力が失われる。
このほか、書く文化ではさまざまな特徴が生じる。それは、書くことが技術である
ためにもたらされるもので、書くため、あるいは読むために必要なことがらであり、
次のように表現される。
②書くこと及び書かれたものを読みとるために、
1)言語の視覚的なコード(規則)が発明されなければならない。
2)書くこと読むことについて時間をかけて練習をする必要がある。従って、時間の
かかる学習が必要となり、エリート主義的。
書く文化によってもたらされた「書かれたもの(script:スクリプト)」は、単に書か
れたものという以上にいろいろな力が与えられる。その一つは、魔術的な力である。
③書かれたものは、はじめ、魔術的な力を持つと考えられた。
読み書きが限定された人だけのものであった社会では、書かれたものは不用意な読
み手にとって危険で、導師のような仲介する人が必要と考えられている。また、読み
書きは、特殊な集団、例えば聖職者や職人に限定されることもあった。
④書かれたものは、言葉を事物や静止したものとして表示し、半永久的な空間の世界に
変形する。
世界の多くの文字は、互いに独立に発展した。その中で、古代ギリシャ人によって
完成された表音アルファベットは、音を視覚するという点において優れている。漢字
で書かれたものはエリート主義的である。とオングはいう。いずれにしても、書かれ
たものは、半永久的に保存が可能であり、書かれた記録は次第に過去の事柄を証拠づ
けるものとしての力を獲得していった。
しかし、
11−12世紀ごろイギリスでさえ、
文書は信頼されるものではなかった(Clanchy,1979)。なぜなら、当時、証書の偽造
はありふれたことであり、証言の方が信用された。証言は問いただすことができ、本
人に反論させることもできたからである。
⑤書くことにおいて、不整合を除き、推敲(反省的な選別)によって、言葉を選ぶこと
を可能にする。こうした推敲により、思考と言葉にはものごとを区別する新たな力が
与えられる。口頭(話)の演じ語りでは、訂正は話しての信用を落とし逆効果となる。
だから、訂正は最小限にとどめる。一方、書くことにおいては、訂正は非常に大きな
効果を生むことができる。なぜなら、そもそも訂正がなされたことすら、読者は知り
ようがないからである。
⑥書くことによって、正確さと分析的な厳密さを求める感覚が生まれる
オングによれば、プラトンの思考は対話形式で述べられているが、その緻密な正確
さは書くことが認識過程に及ぼした影響によるものである。書くこと、そして対話の
形式でテクストに仕上げることで、問題を分析的に明瞭化した7)。
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⑦文字文化が豊かになるのは、印刷のおかげであり、また、文字言語が広く用いられる
ようになるには辞書のおかげである。
辞書は、印刷術が確立する以前につくられていない。それは「声の文化の世界から
限りなく隔たっている。書くことと印刷するが意識の在り方を変える、ということが
どういうことかを、これほどはっきり示すものはない」8)。
(引用文献)
1)小林修一・加藤清明、情報の社会学、1994,福村出版、p.33
2)プラトン、パイドロス、藤沢令夫訳、1967,岩波文庫、pp.134-136
3)W.J.オング、声の文化と文字の文化、桜井直文訳、1991、藤原書店、p.172.
4)同書、p.173.
5)同書、p.174.
6)同書、p.123.
7)同書、pp.217-218.
8)同書、p.223
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